俺の青春ラブコメはこの世界で変わりはじめる。   作:clp

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前回のあらすじ。

 今後の方針を話し合った結果、留美の依頼と合同企画への対応は八幡が、海浜の後ろに見え隠れする陽乃への対応は由比ヶ浜が、それぞれ総指揮を執ることになった。
 雪ノ下と留美に課せられた役割は、姉や友人といざ向き合った時に悔いのない話ができるように備えることだ。

 奉仕部の手助けは、向かい合う舞台を整える時点まで。
 そう語る八幡に対し、その後のことは「一人でできる」と留美は答える。
 自分もかくありたいと思う雪ノ下は、年下の友人に感謝の気持ちを込めて、留学時に聴いた懐かしい曲を演奏するのだった。



08.ゆらめく想いを外には出さず彼は特別な相手を支える。

 その日の夜のこと。

 

「なんだか、腑に落ちない気がするのだけれど……」

 

 少し身体を動かすだけで両肩が触れ合いかねない現状に萎縮しながら。

 すぐ隣で渋い顔をしてつぶやく雪ノ下雪乃の声を右から左へと聞き流して。

 

 比企谷八幡は、五人の女子高生に囲まれるという腑に落ちない状況に陥っている我が身を救うべく、この場で唯一の同性へと視線を向けて。

 

「無理」

 

 あえなく却下されていた。

 

 

***

 

 

 雪ノ下が演奏を終えると、三人からの惜しみない拍手が送られた。

 

「時どき思うんだけどな。なんかもう雪ノ下一人で充分じゃねって言いたくなる時あるよな」

「合同企画にこだわってムダな話し合いを続けるぐらいなら、雪乃さんのワンマンショーでいいよね?」

「あ、留美ちゃんに質問なんだけどさ。女の子でもワンマンショーでいいのかな?」

「えっ……と。じゃあ、その、”one person show”とか?」

「おう、そんな感じで合ってるぞ。つーか小学生に英語を訊くなよ……」

「だ、だって留美ちゃんって沙希に教えてもらってるわけじゃん。だから、あたしよりも詳しいかなーって……」

 

 そんなふうに雑談をわいわいと続けていると。

 

「由比ヶ浜さん?」

「ひっ。ゆ、ゆきのん違うって」

 

 いつの間にか席に戻っていた雪ノ下から声を掛けられたので、慌てて言い訳を試みる由比ヶ浜結衣。

 とはいえ雪ノ下は怒っているわけではないみたいで。

 

「疑問を素直に口にするのは良いことなのだから、恥ずかしがる必要はないのよ。比企谷くんも聞き流してあげたら良いと思うのだけど?」

「まあ、そうだな」

 

 やんわりと(いさ)める程度の口調だったので、八幡も軽い答えで済ませた。

 すると雪ノ下の発言に便乗するようにして。

 

「あ、じゃあ……えっと。さっき歌った歌詞って、どんな意味なの、ですか?」

「無理に敬語を使わなくても大丈夫よ。それに留美さんが興味を持ってくれたのなら、演奏した()()があったわね。ただ、大まかな流れとしては日本語の歌詞と大差はないのだけれど……ごめんなさい。留美さんが文法をどれくらい理解しているのか、単語の意味をどこまで把握しているのかが私には判らないから、説明が難しいのよ。あとで川崎さんに連絡を取ってみるから、ちゃんと先生に教えてもらうほうが良いと思うわ」

 

 こくりと頷いて、教えてもらう日が待ちきれないとばかりにふふっと笑みを漏らす鶴見留美。

 それを微笑ましく眺める二人の耳に、八幡の声が聞こえて来た。

 

「なんか、あれだな。川崎も良い先生やってるみたいだな。かなり評判が良いって小町も言ってたけど、中学生にも小学生にも受けが良いって、なかなかできることじゃないよな」

「だって沙希だもん。それぐらいできるってあたしは思うけどなあ」

「そうね。初対面ではつっけんどんでも、長く付き合うほどに味が出るというか……」

 

「噛めば噛むほどってか。あれだな、雪ノ下がするめ扱いしてたって塾で報告しておくようにな」

「いかにも上手い表現をしたと言わんばかりの態度を取られても、対応に困ってしまうのだけれど?」

「イカだけにな、ってやかましいわ!」

 

 こうした流れは久しぶりだなと三者三様に苦笑を浮かべていると、しょうがないなあこの人たちはと言いたげに口元を押さえてくすくすと身を震わせているので、小学生らしい無邪気でレアなその反応に三人も思わず暖かい息を漏らしてしまった。

 

 しばしの無言の時を経て、由比ヶ浜が弾む口調で話を続ける。

 

 

「あ、でもさ。留美ちゃんは歌詞が気になったみたいだけど、あたしは演奏のほうが気になってたんだよね。ベースとかドラムもゆきのんが一人でやってたけど、あたしとヒッキーが参加しても面白そうだなーとかさ。でさ、ゆきのんは何でもできるけど、三人で演奏するなら文化祭みたいなパート分けがいいんだよね?」

 

「そうね。ギターとベースとドラムスのスリーピースで由比ヶ浜さんがヴォーカルという形が一番望ましいと思うわ。私にもう少し体力があれば良かったのだけれど……」

「無い物ねだりをしても仕方がねーし、演奏で色々と助けてもらってるから気にすんな」

 

「だね。でさ、三人ならそれでいいんだけど、アンコールだと平塚先生がベースを弾いてくれて城廻先輩がキーボードで陽乃さんがギターだったじゃん。あの時にね、あたしがアコギとか弾けたらもっと良かったのかなーって。その、ベースがイヤになったんじゃなくて、弾けるようになって来たのがすごく楽しいんだけど……なんて言えばいいんだろ?」

 

「由比ヶ浜さんが言いたいことは解るから、大丈夫よ。貴女がギターのコードだけでも弾けるようになってくれると、メンバー次第でもっと色んなことができるのは確かね」

「つっても、あの陽乃さんが見返りなしに参加してくれるとは考えにくいし、城廻先輩も卒業だろ。まあ約一名ベースをやりたがる人はいるかもだけどな。あとは……ああ、一色がキーボードできるよな」

 

 さらっと流されたことを知ったら年甲斐もなく泣きわめきそうだなと思いつつも顧問の存在をさらりと片付けた八幡が、別の人材に思いを馳せていると。

 

「ふぅん。いろはさんってキーボードできるんだ。……私もピアノとか習おっかな?」

「え、留美ちゃんそれって……」

 

 折り合いが悪いというわけではないと思う。

 あの後輩が挑発的な発言の背後に潜めていた想いを、この子は昨日ちゃんと把握できていたからだ。

 

 だからこれは、単なる嫉妬。

 それも仲間外れにされなくないという程度の軽い嫉妬だ。

 

 もちろんこれが()()()の嫉妬にいつ発展しないとも限らないのだけれど。

 少なくとも現時点では、昨日あの後輩が口走っていたのと同じ気持ちを留美も抱いていると見るのがおそらく妥当だろう。

 

 だからこそ、三人だけの話し合いに飛び入り参加した二人を昨日、除け者にしなくて正解だったと由比ヶ浜は思った。

 

「ピアノに興味があるのなら、習っておいて損はないと私は思うわ」

「あ、でも、今から始めるのは遅いって……」

 

 不安を漏らす留美と視線を合わせて、頬の筋肉が少しでも大きく動くように心掛けながら、雪ノ下が返事を続ける。

 

「それはプロのピアニストを目指す人たちの話ね。趣味でピアノを弾くのなら、何歳から始めても遅いということは無いのよ。まずは試しに楽しく弾いてみて、後のことはそれから考えても充分に間に合うはずよ」

「そっか。じゃあ、ちょっと考えてみる」

 

 嬉しそうに答える留美に、三人が顔をほころばせていると。

 

 

「話は聞かせてもらった。私の助けが必要みたいだな!」

 

 いきなりドアががらりと開いて、登場したのは平塚静。

 

「あれ、先生ってピアノも弾けるんですか?」

「いいえ。鍵盤は素人だったと思うのだけれど……」

「比企谷、私が教えるという意味ではないよ。それと雪ノ下、君にはそんな話は……ああ、君()()なら見ていれば判るか」

 

 そう言いながら、ドアを閉める手間すら煩わしいとばかりに後ろ手でずぼらに力を込めて。

 そのまま平塚はせかせかと机に近付くと、留美の隣の椅子に(あざとい後輩のために用意しておいたものだ)勢いよく腰を下ろした。

 

「ピアノ教師の()()があるのも確かだがね。それよりも私が助けになれるのは演奏面だろう?」

「いえ、その……どこから聞いてたんですか?」

「君が私をベーシストとして推薦してくれた辺りだな」

 

 厳密にはもっと前の話も、何なら雪ノ下の演奏から聞いているのだけれど、トイレで身嗜みを整えてから戻って来たのがその辺りなので嘘は吐いていない。

 

「なんだか目が少し赤くなってますけど……あ。もしかして、ヒッキーに言われて嬉しかったとか?」

「うっ……」

 

 ひょこんと首を傾けながら、裏の意図などかけらもない素直な疑問を由比ヶ浜がぶつけて来る。

 理由こそ違うものの嬉し泣きをしたのは事実なので返事に窮していると。

 

「え、そこまで過剰に反応されるのって……」

「比企谷くん。普通の人なら過剰反応になるのだけれど。平塚先生は基本的に構ってちゃんだと、貴方が言っていたのではなかったかしら?」

「いやま、そうなんだけどな。でも限度があるっつーか、まさかここまで拗らせてたとはな……」

 

 なんだか不名誉な誤解が真実としてまかり通っている気がするのだが。

 とはいえ本当のことを口にするのは気恥ずかしいので仕方なく耐えることにして。

 

「ごほん。それで、どんな曲を演奏するのかね?」

「いえ。それ以前に、バンドを演って良いのかすらも判らないのが現状なのですが……」

「あと雪ノ下の説明に付け足すなら、やるとしても基本スリーピースで何とかなると思うんですよね」

 

 生徒二名の反応が世知辛い件について、誰かに愚痴りたくなって来た平塚だった。

 

「はぁ……どうせ私は除け者なんだ。一人だけ、ほんの少しだけ年上だし。いいんだいいんだ……」

 

 大人の威厳などは彼方へとかなぐり捨てて顧問が子供のようにいじけている件について、しばし互いに目配せを重ねた結果。

 

「じゃあバンド演奏の時には私がいっしょに観るようにしますね」

「平塚先生の介護を留美さんにお願いするのは申し訳ない気もするのだけれど、他の手立てを思い付かないのよね……」

「まあ演奏が始まったら勝手に盛り上がってくれるだろうし、あんま気にしないで留美も楽しんだら良いからな」

「なんなら陽乃さんを呼んじゃってもいいしね。あたし的には、留美ちゃんにも友達といっしょに観て欲しいなーって思うしさ」

「なるほど。あんな姉でも使い方次第では有効活用できそうね」

 

 ()()()()を気遣う生徒たちの視線が痛痒いのは確かだけれど。

 同時に平塚は、三人が一年生だった頃を思い出していた。

 

 孤高がいつ孤立に転じても不思議ではない状況にあった雪ノ下。

 ぼっちを堪能していても常に危うさが垣間見えていた八幡。

 広くとも希薄な友人関係を深化させる(すべ)を持っていなかった由比ヶ浜。

 

 三人はいずれも、孤高・ぼっち・広く薄い友人関係といった前半の要素を良い意味で維持しつつも、後半の課題を立派に克服してみせた。

 

 たった今のやり取りを一年前の三人に聞かせたら目を丸くしてぶったまげるだろうなと思うと、瞼がまた少し潤みそうになって来たので慌てて平塚は口を開く。

 

「陽乃とも、いつかじっくり話をしたいものだな。今回も何やら企んでいるようだがね。最終的には私がしっかり引き受けるから、君たちは君たちで同学年や年下の力になれるよう頑張りたまえ。世の中は、そういう順番になっているのだからな」

 

 そう告げると、三人の顔つきがはっきり変わった。

 すぐ隣の小学生からも並々ならぬ気配が伝わって来るのは、大切な誰かのために動けるだけの素養が、既にこの歳にして備わっている証拠だろう。

 

「じゃあ、たまにはこの顔ぶれで夕食でも食べに行こうか。ちゃんと送り届けてあげるから、君も来たまえ」

 

 そんな四人に何かご褒美をあげたくなったので提案を口にしてみると。

 

「えっ……私もいっしょでいいんですか?」

「そりゃそうだろ。むしろ留美が主役まであると俺は思うんだが?」

「部員じゃなくてもさ。留美ちゃんはもう仲間って言うか、なんて言ったらいいかなゆきのん。あ、身内?」

「そうね。出来が良くて手が掛からない妹みたいな感じかもしれないわね」

「妹……雪乃さんと結衣さんの……ふふっ」

 

 なぜか俺だけ除け者にされているのが少しだけ気に食わないのだけれど俺には既に世界一の妹がいるのだから留美が怯むのも仕方がないか……などと考えているのが丸分かりなので、笑いをこらえるのが大変だった。

 

「では、どこか行きたい店はあるかね?」

「うーん……その、せっかく行くのにヒッキーとか留美ちゃんが緊張しちゃうようなお店だともったいないなって。だから普通に駅前の、例えばサイゼとかじゃダメですか?」

「いや。由比ヶ浜がそう言うのなら、きっとそれが一番良いだろうな。比企谷が賛成なのは顔を見れば判るとして、雪ノ下もそう思うだろう?」

「ええ、そうですね。では今日はここまでにしましょうか」

 

 一同に向けて部活の終了を告げた雪ノ下と、座ったままで話を続ける。

 

「私はここを閉めて、駅前に車を停めてから行くから、先に店に入っていたまえ」

「では、お言葉に甘えて。留美さん、由比ヶ浜さん、比企谷くん。忘れ物は無いわね?」

「おう。先に廊下に出てるからな」

「あ、ヒッキー待って。留美ちゃんも一緒に行こ?」

 

 真っ先に背中を向けて歩き始める八幡と、それを制して留美にも誘いを掛けている由比ヶ浜を微笑ましく眺めていると、教え子の小さな声が耳朶に届いた。

 顔の向きを元に戻して、短い問い掛けに耳を傾ける。

 

「先生は……いつから廊下に?」

「ん……突然どうしたのかね?」

「いえ、なぜだか急に嫌な予感が……すみません。気のせいですね」

 

 話を打ち切って机に手を置いて勢いよく立ち上がった雪ノ下にだけ聞こえるように、答えを返す。

 

「ずいぶん前から居たのだがね。君が普通に昔の話をできていたのが嬉しくて、少し余韻に浸っていたのだよ」

「っ……。演奏の音に負けないようにと大きな声で話したのが……」

 

 顔を隠すように深くうなだれて、机からまっすぐに伸びた両手の二の腕あたりがぷるぷると震えている。

 

 それを見た平塚はゆっくりと立ち上がると、雪ノ下の左の手首のあたりをひょいと掴んで真横へと、自分の身体の方へと引き寄せて。

 

「えっ……なに、を?」

 

 バランスを崩しそうになった教え子をしっかりと受け止めてから、その背中を軽くぽんぽんと叩いた。

 

「雪ノ下()、よく頑張ったな」

「……おかげさまで」

 

 ほんの微かに頭を下げながらそう言い残した雪ノ下は、最後までこちらに顔を向けることなく、部員たちの後を追ってそそくさと廊下に出て行った。

 

 

***

 

 

 駅前のサイゼでは、なぜだか昔話に花が咲いた。

 正確には四ヶ月前の話なので、昔と言うには最近すぎる気もするのだけれど。

 ずっと濃密な日々を過ごして来たからなのか、この夏の出来事が遠い過去のように思えてしまうのだ。

 

「留美さんの視点で振り返るのも面白かったし、その後の小町さんの暗躍も予想以上だったわね」

「あいつは生徒会もやってたし、ぼっちにもなれるし、なんかハイブリッド感があるんだよなあ……」

「それって、表でも裏でも動けるって感じで超いいじゃん。あたしもちょっと憧れちゃうかも」

 

 そして今、留美と平塚が先に帰ったので、この場には三人だけが残されている。

 二人が席を立ったタイミングで解散しようとしたのだけれど、あのお節介焼きの顧問が。

 

「せっかくだし、君たちはもう少し残っていてはどうかね。いつもと違う環境なら、いつもとは違った話題で盛り上がれるかもしれないからな」

 

 そんな提案に続けて、ご丁寧にウインクまで送られてしまった。

 

 部室を出る間際の私は、きっと恥ずかしさと照れくささのあまり耳まで真っ赤になっていたと思う。

 それを歩きながらの深呼吸で何とか静めて。

 駅までの道のりを三人と話しながら歩いていると、ようやく気持ちが落ち着いてくれた。

 

 たぶん由比ヶ浜さんにはお見通しだったのだろう。

 道中は主に二人と二人に分かれて話したのだけれど、彼女は歩きながらも上手に立ち回って、ペアが固定しないように、会話が途切れないように気を使ってくれた。

 

「ゆきのん、出てくるの遅いよー。早く行こっ。あ、ヒッキーはちゃんと留美ちゃんと手を繋いであげてね」

「留美ちゃんちょっと来てー。えっとね、ゆきのんと手を繋いで……わー、なんだか本当にお姉ちゃんと妹って感じする。ヒッキーもそう思わない?」

「そういえば、人にすすめてばっかで、今日まだ留美ちゃんと手を繋いでなかった……。あう、ごめんねゆきのん、留美ちゃん取っちゃって」

 

 たった一つの「手を繋ぐ」という行為だけでそれを可能にするのだから、呆れを通り越して戦慄すら覚えるのだけれど。

 

 そんな彼女だからこそ、私も気付いた時にはちゃんと指摘をしておくべきだろう。

 そう結論付けて、意識を過去から今へと戻した。

 

 

「由比ヶ浜さんには暗躍なんて似合わないわよ。貴女の長所は表で動いてこそ最大限に発揮できると思うのだけれど……他者を思い遣っての行動を、その当事者どころか自分自身にまで隠そうとしたり軽く受け取らせようとするのは、あまり良くない傾向ではないかしら?」

 

 気を使ってもらったのに批判で返す形になるので、刺々しい口調にはならないようにと気を付けながら、ゆっくりと丁寧にそう伝えたところ。

 

「ちょい待て。お前が言いたいことは俺もまあ同感な部分があるんだけどな。由比ヶ浜に嫌われたくないからって理由なのか知らんけど、説明に飛躍があるし、かなり抽象的になってるぞ?」

 

「……そうね。端的に伝えることにするわ。要するに私は、由比ヶ浜さんに似合わない事はして欲しくないし、由比ヶ浜さんが自分自身を過小評価しようとするのも嫌なのよ。貴方も覚えていると思うのだけれど、テスト明けの金曜日も昨日も、由比ヶ浜さんは自らの長所を私たちやこの部活のおかげだと、この短期間で二度も繰り返していたでしょう?」

 

 気のせいか、このコミュ障ぼっちちゃんめと彼に呆れられたように思えたので、密かにむっとしながら内心の想いを吐露する。

 

「んっ、と……そうだったか?」

「貴方が覚えていないのは珍しいわね。もっとも、私もその場では指摘できなかったので、偉そうな事は言えないのだけれど。……いくら部の雰囲気が悪かったとはいえ、由比ヶ浜さんの努力を差し置いてこの部活のおかげだなんて言わせてしまうのは、私たちの為にも、何より由比ヶ浜さんの為にも良くないと思うのよ」

 

「そう言われると、まあ俺も同感かな。あとすまん。短期間で二回も、ってのが記憶に残ってないのは、あれだ。その、雰囲気の悪さから、俺が無意識に目を逸らしてたせいだと思う」

 

 あるいは、実は俺がその言葉を繰り返し聞きたいと望んでいたからか?

 文化祭の一日目にあの後輩に言われた言葉が、八幡の脳裏に蘇る。

 

『せんぱいって、あれですよね~。付き合ってるのに何度も何度も「好き」って言わせて、相手の気持ちを確かめないと気が済まない人みたいですよね~』

 

 この部活のおかげだと由比ヶ浜に言われて嬉しかったからこそ。

 自分も認められたような、()()()()()()()()()()気持ちになったからこそ。

 俺は雪ノ下とは違って、その発言の問題点に気付けなかったのかもしれない。

 

 そんな結論に至った八幡が密かに己を恥じていると。

 

「いいえ。私の反応も貴方と大差はないのだから、謝る必要なんて無いわ。それに終わった事を悔やむよりも、将来的に由比ヶ浜さんの役に立つような話をしたいと私は思うの」

 

「ゆ、ゆきのんっ……。ううっ、ゆきのんに抱きつきたいのにテーブル邪魔すんなし!」

 

 テーブルに悪態を吐きながら、感極まった由比ヶ浜がわやわやと混乱状態に陥っている。

 

 

 ちなみに三人はソファー席に居るのだが、それは向かい合わせではなくU字状になっていた。

 食事の時には部室と同じ並びで、つまりU字の底辺に八幡が、右手には平塚と留美が、左手には雪ノ下と由比ヶ浜が座っていた。

 

「こうでもしないと、君はいつ逃げないとも限らないからな」

 

 そして一足先に留美を送って帰る時には。

 

「雪ノ下はこちら側に移動したまえ。比企谷に逃げ道を与えないようにな」

 

 顧問のまさに去らんとするや、其の(げん)や善し。

 そう受け止めた雪ノ下が素直に助言に従った結果、八幡は現在、両手に花の状態だ。

 

 もっとも本人としては袋小路に追い詰められたとしか思えず、花を愛でる余裕などかけらも無いのだけれど。

 

 

「ゆ、由比ヶ浜さん?」

 

 その剣幕に恐れをなして、テーブルを回り込むという方法をどうか思い付かないで欲しいと心の底から願いながら。

 雪ノ下はじりじりと、通路とは反対側へとお尻を移動させる。

 

 それを見た由比ヶ浜もまた、対面の彼女に少しでも近付きたいと考えたのか、じりじりとお尻を通路とは逆の方向に。

 

「ちゃちょっと落ち着け」

 

 噛んだ。

 

「比企谷くん、もっと奥に詰めなさい」

「むー、すぐそこにゆきのんいるのに……ヒッキーじゃま!」

 

 しかも聞いちゃいねー。

 

「ゆ、由比ヶ浜さん落ち着いて……そうだわ。両方の耳に指を入れて、三〇秒ほど強く押さえてみてくれるかしら?」

「えっ、こう?」

「ええ。そのままステイ、ステイよ」

 

 それはしゃっくりの治療法だろうが、なんてツッコミは口にするだけ野暮なのだろうと考えながら。

 八幡が視線を遠くへと飛ばして現実逃避に走ろうとしたところ。

 

「あれっ、比企谷じゃん?」

「えっ、せんぱい?」

「あ、ほんとに比企谷くんだー」

「……相変わらずだな」

 

 両耳を指で塞いでいる女子高生とそれを熱心に励ましている女子高生に挟まれて一人だけ虚ろな視線で何かを諦めている男子高生に向けて、女三人男一人の集団から声が掛けられた。

 

 

***

 

 

 とうに夕食は食べ終えて、親睦会という名の集まりは現状完全に破綻していた。

 昨日に続けて独特のノリで盛り上がる海浜の面々について行けず、こちらとあちらで会話が分断されて久しいからだ。

 

 今日も生徒会の四人だけで臨んだ総武側とは違って、海浜は何人かの助っ人を連れて来ていた。

 その中の一人が絶妙なタイミングで合いの手を入れるたびに、あちらではボルテージが更に高まり、こちらでは(選挙期間中に総武高校に現れたことがあるので、四人中三人が彼女を知っていたのも影響して)既に冷め切っていたはずのやる気がますます冷却の度合いを増す結果になっていた。

 

 こうなったらいっそのこと開き直ってしまおうと考えて、一色いろは以下の総武高生が合同企画とは全く関係のない新学期の予定について話し合っていると。

 

「ねー、えっと、一色ちゃんだよね。何度か会ってたけど、ちゃんと喋りたいなーって思っててさ」

「かおりって勢いだけで突き進んじゃうから、ちゃんとお話なんてできるのかなー?」

「やばい、それあるー!」

 

 面倒な相手は避けたいのが本音だが、こうまで近付かれてしまえば粗略には扱えない。

 とはいえ、こんな親睦会なんて無ければあの小学生と一緒に三人に会いに行けたのにと思うと、イライラした感情がふつふつと。

 

「え~と、じゃあ~……場所を移して話しませんか?」

 

 気分を落ち着けようと二人からいったん視線を逸らして、あちらの生徒会長が周囲との話に夢中なのを確認した上で、これを解散の理由にしようと考えながら一色がそう提案すると。

 

「えっ……なんで?」

「あー。かおり、ごめん。わたしのせいだと思う」

「あ、えっと、そういう意味じゃ無いですよ~」

 

 選挙中に雪ノ下が主催した集会にて、この女子生徒がやらかしたのは確かだけれど。

 正直に言うと昔も今もあまり眼中には無いので、そこに拘っていたわけではなくて。

 

 だから一色は、こそっと二人を手招きすると、小さな声で囁きかける。

 

「ぶっちゃけ、あのノリって疲れません?」

「私は疲れる前に何か言っちゃうから大丈夫だけど、千佳はたまに文句言ってるよねー?」

「あー、そっちかー。じゃあさ、かおり。会長に『一色さんたちと先に帰る』って言ってきてくれる?」

「はーい」

 

 足早に近寄って会話の流れをぶった切って向こうの会長に一方的に「私と千佳は総武の人たちと先に帰るね」と宣言してから戻って来る途上、折本かおりは満面の笑みを浮かべながら親指を立ててきた。

 

「ごくろー」

 

 こちらも親指を立てながら仲町千佳がそう返すのを耳にして、深く考えたら負けだと腹を括った一色は部下三人に向けて小声で。

 

「ほら、このタイミングで離脱しますよっ!」

 

 急いで荷物を整えて、唖然とした表情でこちらを眺める他の海浜の生徒たちには口を挟ませないほどの早業で、一色たちは親睦会を離脱した。

 

 

 お店から少しだけ離れた場所で一同は立ち止まる。

 してやったりの表情を浮かべている折本や仲町とは違って、総武の四人は微妙な顔つきだ。

 

「こんな調子で、合同企画なんてできるのかな?」

「けどなあ本牧。あのノリは予想外すぎただろ?」

「そうですね。文実とは全然違うので、ちょっと……」

「う~ん。でも、明日はこっちも助っ人が来るので、それはまた明日考えましょう。で、皆さんはどうします?」

 

 言外に「帰ってくれていいですよ~」と含みを持たせて伝えたところ。

 

「本牧と藤沢は気疲れしてたし、今日はもう帰ったほうが良いだろな。単なる雑談なら俺も帰るけど……?」

「そうですね~。……合同企画の話とかもします?」

「うちの会長があんな調子だから、少しは打ち合わせしておいたほうがいいかもねー」

「それあるっ!」

 

 現実的な仲町と、どこまでもノリが良い折本の発言を受けて、稲村純は覚悟を決めると同時にふうっと大きく苦笑を漏らした。

 

「りょーかい。じゃあ二人はとっとと帰れ。本牧はちゃんと藤沢を送り届けてやれよ?」

 

 そう言って二人を追いやると、稲村はじっと一色を見つめる。

 

 いくらあのせんぱいの推薦とはいえ、今まであまり接点が無かった上に、あざと可愛い後輩を装っても反応が思わしくなかったので当初は対応に困ったものの。

 会長の自分を立ててくれているのだと気付いてからは気が楽になった。

 

「じゃあ、そうですね。あそこにでも入ります?」

 

 生徒会の仕事も、友人の想い人たる後輩女子への対応も全く問題は無いのに、今なお彼女に対してだけは過度の緊張を覚えてしまう。

 

 見つめ合うと素直にお喋り出来ない不甲斐ない我が身に呆れながら、というか昨日ぐらいからようやくあざと可愛い姿を装わなくなったので今まで耐えた俺グッジョブと安心しかけていたのだけれど、自分にとって特別な異性たるこの人に「あそこ」「入る」なんて言われたらそれだけでドキドキするから頼むから止めてくれと心の中で叫びながら、稲村が残りの二人へと視線を向けると。

 

「さ、サイゼっ!?」

「あー、なんか思い出しちゃうねー。じゃあ行こっか」

 

 思いのほか乗り気な反応に首を傾げつつ、一色と稲村も二人を追ってお店に向かった。

 現実とは違いコートや荷物を入り口で預かってくれたので、軽装になった四人は店内へと足を踏み入れて。

 

 そして一同は、見覚えのある三人と合流を果たした。

 

 

「……なあ。どういう組み合わせだ?」

「えっとぉ~、親睦会からの脱出組です!」

「ちょ、それよりさ。何やってるのか分かんなくてウケるんだけど?」

「たぶん精神統一的な何かかなー?」

「……二九、三〇。ゆきのん、三〇秒経ったよ!」

「え、ええ。由比ヶ浜さん、お疲れ様」

「えへへっ。……あれ、えっと、折本さんと仲町さんと、いろはちゃんと、稲村くん?」

 

 由比ヶ浜がきょとんとした目を四人に向けると、名前を覚えられていたのが嬉しかったのか。

 

「この席でいいじゃん。合流しちゃおうよ!」

 

 折本はそう言い終えると同時にソファの端に腰を下ろして、えっさほいさとお尻を由比ヶ浜のほうへと動かしていく。

 続けて、そんな即決ぶりには慣れているとばかりに平然とした顔つきで仲町がその後を追った。

 

「まあ、わたしも別にいいですけどね~……よいしょっと」

 

 一色は一色でソファの上に両手と両膝をついて、靴を履いたままの足先をぶらぶらさせながら、よじよじと雪ノ下の方へと近寄って行く。

 男子二人が妙な性癖に目覚めかけたものの、何とか妄想を振り払っていると。

 

「藤沢さんと本牧くんは、一緒では無いのかしら?」

「ちょっと疲れてるように見えたので、先に帰ってもらったんですよ~」

「えっ。それって本牧くんとさわっちが二人っきりってことだよね?」

「やばいっ。気にしてなかったけど、そういう関係なのっ!?」

「さ~、違うんじゃないですか?」

「たしかに、そんな感じには見えなかったよねー?」

「……俺も座るか。あ、とりあえず人数分ドリンクバーで?」

「わたしはそれでいいですよ〜」

「わたしはシナモンプチフォッカとドリンクバーのセットで。かおりは?」

「晩ご飯の後だし千佳みたいには食べられ……ひっ。えっと、一緒に食べるからドリンクだけでっ!」

「なにこのカオス」

 

 各々が好き勝手に喋っている中でも、特に一色の「さ〜」という興味を欠片も抱いていないのが丸分かりの発言が一番怖かったのは墓場まで持って行く秘密にしようと八幡は思った。

 

 少なくとも、「しまった」という顔つきの由比ヶ浜をフォローするために敢えてあんな口調にしたわけでは絶対にないと、そう言い切れてしまう自分もちょっと怖いのだけど。

 

 

「じゃあ、俺はドリンクを取りに行ってくるけど……?」

「わたしはオレンジスカッシュでお願いしますね〜」

「わたしも端の席だし一緒に行くよー。かおりは、いつもの?」

「うん。よろしくーっ!」

 

 稲村と仲町が席を立ったので、後輩の心理に詳しすぎる自分に悩むのはいったん中止にしようと考えながら、その当人に目線を送ると。

 

「あの、せんぱい。稲村先輩って仕事もできるし頼りになるんですけど、わたしを立てすぎというか……ちゃんとした会長に育てよう、みたいな感じだと思うんですけどね〜。副会長とか書記ちゃんには柔らかい感じなのに、わたしが相手だと『部下』って感じで……まあ、使い勝手がいいから別に問題はないんですけど〜」

 

 殊勝なことを言い始めたかと思いきや、やっぱり一色は一色だなと考えていると、ついつい口が滑ってしまい。

 

「一年後には一色いろは被害者の会の名誉会長になってるかもな」

 

 不本意ながら俺が会長になるとして、副会長は副会長だろうなと妄想を続けていると、暗くて重い声が聞こえて来た。

 

「……せんぱい。それってど〜いう意味ですか?」

「い、一色さん……その、近すぎないかしら?」

「雪ノ下先輩がもうちょっと詰めて下さい。で、せんぱい?」

 

 これは俺には無理なやつだと早々に白旗を揚げて、耳が遠いラノベ主人公を装いながらおもむろに飲物に手を伸ばして微妙に震えるグラスからごくんと一口水分補給をしていると。

 

「でもさ。いろはちゃんが立派な生徒会長になったら、ヒッキーたちは被害者どころか英雄……じゃなくて貢献……じゃなくて、えーっと?」

「功労者、という言葉が適切かもしれないわね。比企谷くん特有の照れ隠しなのだから、これぐらいは一色さんも聞き流したら良いと思うのだけれど?」

「イカにもっ!」

「貴方は黙ってなさい。あとすぐに人の真似をしようとするのは止めなさい」

「やばいっ、なんか色々ウケるっ!」

「はあ。まぁせんぱいだし仕方がないですね〜」

 

 ちょうどドリンクが戻って来たので、この話はここでお開きになった。

 

 

 一色にドリンクを手渡しながら、稲村が奥の三人に向けて口を開く。

 

「なんか変な感じで盛り上がってたな。ただ、俺もちょっと疲れてるから、雑談は後回しにしてもらっていいか?」

「ですね〜。じゃあさっさと片付けましょうか」

「ここで打ち合わせしておかないと、明日も話がまとまりそうにないもんねー」

「……少し教えて欲しいのだけれど。親睦会でも何も話は出なかったのね?」

「あー、えっと、会長とかは合同企画の話ですっごく盛り上がってたんだけどさ。その、いつもと同じというか……」

「何も決まらなさそうな感じだったよねー」

 

 雪ノ下の疑問に珍しく折本が申し訳なさそうな話し方で答えると、そんな配慮ごと仲町が一刀両断で片付けた。

 さすがにそろそろ動くだろうと思っていただけに、予想が外れた雪ノ下は渋い表情で小さく呟く。

 

「なんだか、腑に落ちない気がするのだけれど……」

 

 ところで、三人で居た頃にも詰め寄られていた八幡は、一色への余計な一言のせいで更に肩身の狭い状況に陥っていた。

 なのでこの場で唯一の同性へとヘルプを求めてみたのだけれど。

 

 詳しい経緯こそ分からないものの、八幡から助けを求められているのは理解できる稲村だったが。

 

「無理」

 

 俺のような普通の凡人が、学年きっての実力者たる二人に向かって何が言えるというのだろうか。

 そう考える稲村が、声を出さずに唇の動きだけで八幡のSOSを却下していると。

 

 

「なんか、変だよね。陽乃さんらしくないって言うかさ」

「そうなのよ。可能性が一番高いのは、選挙の時と同じでこれ以上は関わる気はないというパターンなのだけど……姉さんの性格的に、その」

「そう思って油断した時が一番怖いって話だよな。あと、悪いけどちょっと狭いから、もうちょい向こうに詰めてくれない?」

「それ、どう考えてもせんぱいのせいだと思うんですけどね〜」

 

 そう言いながらも一色が素直に雪ノ下と距離を置いて、そのせいで自分との距離が近くなったので稲村が密かに冷や汗を流していると。

 

「じゃあわたしも端まで行くねー。ほら、かおりも比企谷くんに会えたからってそんなに近付かなくてもいいでしょ?」

「やばいっ、なんか分かんないけど視線が痛いっ!」

「えー。だって()()()()()()じゃないの?」

「やっぱりそっかー。それなら仕方がないなぁ」

 

 海浜の二人が勝手に理解を深めているのだけれど、変に訂正しようとしたらかえって藪蛇になるのは目に見えているので、総武側は敢えて口を挟まなかった。

 そのかわりに議題を元に戻す。

 

「まあ、明日の打ち合わせには俺が行って、様子を見て来るわ」

「それって、ヒッキーが一人で行くつもり?」

「まだ人手が必要な時期じゃないからな。話し合いに大勢を連れて行っても結局無駄だろ?」

「それもそうね。でもその口調だと、後々誰を連れて行くのかも概ね決めているみたいね?」

「あ、それでな。雪ノ下と由比ヶ浜にちょっと人物評をお願いしたいんだがな」

 

 三人のテンポの良いやり取りには口を挟めそうにないので、明日は少し苦労が減るかなと期待しながら稲村が顔を正面に戻すと、仲町と目が合った。

 何故だか少しだけ不安そうに見えたので。

 

「あいつらが動いてくれるから、たぶん大丈夫だ」

「信頼してるんだねー」

「信頼っていうか……単純に能力の差だな。俺みたいな普通の奴とは違って、あいつらは……なんだろな。特別っていうか……()()だからな」

 

 今までこんなふうには使ったことのない言葉だったけど、不思議なぐらいにするりと出て来て口に馴染んだ。

 あの三人には、あるいは自分にとっての特別な異性たる彼女を加えた四人には、この言葉がとてもよく似合っていると稲村は思った。

 

「そっか。でもさ、その分け方だとわたしも稲村くんと同じなんだよねー。特別に憧れてるだけの普通の存在って感じ?」

「いや。仲町さんも折本さんも、普通って枠には収まらないと俺は思うな。その、思い出したくないかもだけど、葉山と、その」

「あ、うん……」

「俺は話を聞いただけだけどさ。あんなふうに行動に出られる時点で、仲町さんも特別だと俺は思うけどな」

「そっか。でもじゃあ、そう言ってくれる稲村くんも、普通とは言えないと思うなー」

 

 そんなふうに親睦を深めていると、ふと妙なことに気が付いた。

 話を続けている奥の三人はともかくとして、残りの二人が会話に入って来ないのは何故だろうか?

 

 言われた言葉が嬉しかったのと少し照れくさかったので、手刀を切って仲町にお礼を伝えた稲村は、そのまま何気なく顔を左へと動かして。

 

 そこには、稲村が今までに見たことのない表情を浮かべた女の子が静かに座っていた。

 

「稲村先輩って、ちょっと分かんない部分があるな〜って正直思ってたんですけどね。意外と話せそうっていうか、せんぱいが太鼓判を押して推薦してくれた理由が……理由は、まだちょっと分かんないですけど〜。稲村先輩を推薦したくなる気持ちは、何だか分かった気がします。だから、前にも一応は言いましたけど……改めて、一年間よろしくお願いしますね〜!」

 

 不器用に親指を上げて、その言葉に応えることしかできなかった。

 きっと、横から見ているであろう仲町には何もかもがバレバレだろう。

 

 それでも、初めてちゃんと自分のことを見てくれた気がして、それだけで心の隅々までがぽかぽかと温かくなっていくのを稲村は実感した。

 

 

「もともとは戸塚に頼もうと思ってたんだけどな」

「意外と、さいちゃんよりもいいかもね」

「私も同感ね。さて、こちらの話は終わったのだけれど……?」

「あ、お疲れさまです〜。じゃあ雑談組はそのまま残って、帰る人は……」

「あのね、その前にちょっとだけいいかな?」

 

 一色の声を遮って仲町が話し始めたので、折本を含め続きを予想できない一同がぽかんと口を開けて、それでも視線をそちらに向けると。

 

「ほんとは、もっと多くの人の前で言うべきだと思うんだけどね。えっと、一色さんと。由比ヶ浜さん、だったよね。それと、雪ノ下さん。総武の会長選挙の時に、変なことをして迷惑をかけて、ごめんなさい」

 

 言い終えると同時に深々と頭を下げた仲町は、いつまで経っても頭を上げようとしない。

 その耳に、不思議に優しい声が届いた。

 

「えっとね。チカチカは変なことって言うけどさ」

 

 ……チカチカ?

 一人を除いた全員の頭の中に大きな大きな疑問符が浮かび上がっているのだが、話し手だけはそれに気付かない。

 

「誰かを好きになって、その人のために行動するのって、変なことなんかじゃ絶対にないって、あたしは思うけどな」

「……ありがと」

 

 そう言って頭を上げた仲町は、謝る対象たる三人を順に眺めた。

 

 自分なんかじゃ、とても敵わない。

 でも、そんな相手に対してでも、自分にできる行動というものが確かにある。

 今日は謝るだけだったけど。

 願わくば今回の合同企画で、それが無理でもいつかきっと、この人たちの助けになれたらいいなと仲町は思った。

 

「じゃあ、これにて一件落着ですね〜」

「そうね。集会の時には合同企画に参加しないようなことを言っていたので不思議に思っていたのだけれど、貴女の動機は尊重するわ。ただ、今後は気後れとかしないで気軽に接してくれたらこちらも助かるわね」

「あ、今さらだけど、チカチカって呼んでも大丈夫だよね?」

「……」

「いつもは暴走するのは私だから、千佳がフォローしてくれるんだけどさー。千佳がやらかす時って私がフォローできないから、酷いことになっちゃうんだよねー。だからさ、また迷惑をかけちゃうかもだけど……借りはきっと別の機会に、ちゃんと返すねっ!」

 

 陽気な口調で断言する折本に、一同が苦笑しつつも頷いていると。

 

「あ、かおり。土曜日のことだけどさ。ここのみんなも誘ってみる?」

「えっ、それいいじゃん。それ絶対あるって!」

 

 何のことだか分からないので、一同が首を捻っていると。

 

「えっとね。かおりと二人でディスティニィーに行く予定でねー」

「なるほど。クリスマス前のこの時期だとアトラクションは」

「あ、ゆきのんストップ」

「な、なんですか今の雪ノ下先輩は?」

「一色……知らない方が良いことって世の中にたくさんあるよな?」

「やばいっ。最初に部室に行った時も集会の時も怖かったけど今日は大丈夫だと思ってたのに、やっぱり怖くてウケるっ!」

「結局ウケるのか……。比企谷と同中って言ってたけど、お前の周りって」

「言うな稲村。てかお前も俺も巻き込まれそうなのを知ってて言ってるのか?」

「俺はまあ長いものには巻かれる主義だけど、お前はどうなんだ?」

「まあぶっちゃけ、ディスティニィーとか何が楽しいのか分からんからな。あれだろ、変なかぶりものとか頭に着けてウェーイとかやってるけど、よく人前で出来るなぁって思うよな」

「カップルで行くようになると意見が百八十度変わるらしいぞ。自分も知らなかった自分が次から次に出て来てびびったとか言ってた」

「ああ、そういう奴らって○ねばいいのにな」

「はい、ストップです。で、せんぱいはどうするんですか?」

 

 ついつい稲村と話が盛り上がってしまった八幡だったが、一色に口を挟まれたタイミングでこそっと周囲を探ってみたらみんな普通に引いていた。

 ですよねーと内心で呟くしかできない。

 

 とはいえ八幡にも意地があるわけで。

 

「悪いけど、さすがに金を使ってまで行きたいとは思わんなぁ」

「そう。それなら、折本さんと仲町さんには申し訳ないのだけれど、私たちは不参加になりそうね。いちおうギリギリまで説得はしてみるつもりだけれど、無理だったらごめんなさい」

「あ、うん。ちょっと直前すぎるよねー」

「そっかー。ま、今回は千佳と楽しめばいいし、また今度みんなでいっしょにってのもいいじゃん!」

 

 そんなふうに話がまとまっている陰では、こそこそと目線だけのやり取りが。

 

「なんでゆきのん、断っちゃったのかな?」

「なにか考えがありそうですし、あとのお楽しみですね〜」

 

 こちらも話がまとまって、そして一同は閉店の時間が迫っているのに気が付いた。

 楽しいと時が過ぎるのもあっという間だけれど、それならまた集まれば良いだけの話だ。

 

「私たちは途中参加になるのかしら。いい親睦会だったわね」

「途中までは悲惨だったんですよ〜」

「よしよし。いろはちゃんお疲れー」

「うちの会長ってああだから……ごめんねー」

「明日からは比企谷も来るし、たぶん大丈夫だ」

「ぼっちに過剰な期待を掛けるとか、稲村って知っててやってないか?」

「比企谷って周りの評価が中学の時とぜんぜん違うよねー。あーあ、私にもっと見る目があったら良かったのになあ」

 

 そんなふうに会話をがやがやと続けながら、七人の高校生はサイゼを後にする。

 

 

 なお、先程の稲村と仲町の会話に折本が加わらなかったのはシナモンプチフォッカを持つ店員さんの姿が目に入ったからで、一緒に食べると言ったからには最低一切れは食べないとダメかなと苦悶していたからとのこと。

 結局は全てぺろりと仲町が食べた。

 




予想外のトラブル半分・他の理由半分で、更新が大幅に遅れてしまい申し訳ありませんでした。

ここ最近、「次は早くに更新できそう」と思った時に限って変なことに巻き込まれている気がするので、今回はちょっと逆張りをさせて下さい。

というわけで、次回もどうせ何かが起きて書く時間が全く取れないままに日が経ちそうなので書け次第更新するという形にさせて貰ってもよろしいでしょうかごめんなさい。

では、ご意見、ご感想、ご指摘などをお待ちしています。


追記。
脱字を一つと他二点、細かな描写を修正しました。(8/7)
比企ヶ谷と書いていた箇所を修正しました。(12/31)
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