俺の青春ラブコメはこの世界で変わりはじめる。   作:clp

30 / 170
今回はタイトルの通りです。



05.ここにあざとほんわか天使が降臨を果たす。

 顧問の先生が市教研に出席するので部活が休みになったこの日。一色いろはは部活で使う用具を購買と見比べるために外のスポーツ店に行きたいという名目で、サッカー部の先輩2人を連れ出すことに成功した。連れ出された男子生徒2人としても、この世界のスポーツ用品に各々どんな差異があるのか気になっていたので、彼女の提案に興味を惹かれたのも当然だった。

 

「購買のと比べて、スパイクどうですか?」

 

「やっぱり軽さが違うな。それと履き心地と。ここまで感覚を再現されると脱帽だね」

 

 もちろん彼女にとっては葉山隼人を連れ出すための口実に過ぎないわけだが、だからといってそれを疎かにはできない。内心の思惑はさておき、職務に熱心な様子を示しておくのは大事である。まずは少しずつ機会を重ねて親密さを増して行く。今はその段階なのだと彼女は考えていた。

 

 最終的に付き合うことを目指すのか、それとも特別な後輩というポジションを維持し続けるのか。正直に言うと彼女はそこまで先の事は考えていない。他のどの先輩よりも、葉山と特別な繋がりを持つ事が高校生活を送る上で有利だと考えてアプローチしているだけで、どうしても彼でなければという強い気持ちは未だ沸いて来ない。

 

「ビブスは、こっちのが丈夫ですね〜」

 

「購買のは、すぐに破ける時があるからな」

 

 彼女は自分の魅力をきちんと認識していたし、それをどう活かせば良いのかも理解していた。中学までの多様な経験によって、彼女は男性に対する振る舞い方を熟知していたのだが、その秘訣は相手との距離の取り方にあった。距離を縮めるべき時に縮め、踏み込むべきでない時は少し離れて相手を安心させる。彼女はその判断がとても優れていたのである。

 

 お陰で彼女は特定の男の子と親しくなった時にも、その他大勢の男子から恨みを買わずに済ませられた。彼女の事を勝手にライバル視して醜い嫉妬を燃やす女子生徒もいたのだが、お目当ての男子生徒の前では大人しくせざるを得ない。陰口を叩かれたところで、彼女に好意的な男子の耳に入った時点で勝手に注意して解決してくれるので問題にならなかった。

 

 

「あ、そういえば。ちょっと噂を聞いたんですけど〜」

 

 葉山たちと同じクラスで時おり彼女に話し掛けてくる先輩がいるのだが、彼女はふと彼から聞いた話を思い出した。葉山のクラスで少し嫌な噂が流れているというのである。お店に着いて以来、存在も発言も完全に無視していたもう1人の先輩に目を向けて、彼女は問い掛ける。

 

「最近、何か恨まれるような事をした覚えってあります?」

 

「へ?俺が?……いやー、いろはす。そりゃねーわ」

 

 あまりにも意外な一色からの問い掛けに、戸部翔(とべかける)は少し呆気にとられたものの、すぐにいつもの調子を取り戻した。彼の横に立つ葉山は少し険しい表情になっていたのだが、彼はそれに気付かない。

 

「う〜ん……。わたしは違うって判るから良いんですけどね。戸部先輩が喧嘩っ早いって噂が……」

 

「は?」

「いろは。それを誰から聞いたんだい?」

 

 唖然とした表情で間抜けな声を上げる戸部に被せるようにして、しかし葉山はいつもの口調で後輩に質問をした。

 

「え〜と、ちょっと知らない名前の先輩方が話しているのを偶然ですね」

 

 おそらく一色の身を案じて、そしてサッカー部にまで影響が及ばないかと心配して話してくれたのであろう男子生徒には気の毒な事実が判明した。情報源をぼかす意図もあるのだろうが、どうやら彼女には名前を覚えられていなかった模様である。それなのにここまで夢中にさせるとは、彼女が放つメロメロの威力がいかに規格外であるかが解ろうというものだ。

 

「それって、俺と同じクラスの奴かな?」

 

「う〜ん……。たぶんですけど、違うクラスにまでは広がっていない感じを受けました」

 

 葉山の声に次第に真剣味が混じって来るのに合わせて、彼女も真面目に返事を返す。人差し指を頬に当てて考え事をしている彼女のポーズは、わざとらしくも可愛らしいものだったのだが、葉山には効果がなかった模様である。

 

「そうか。早いうちに手を打った方が良いかもしれないな」

 

「変な噂とかマジ勘弁だわー。隼人くんが動いてくれるなら安心だけど、恨みとかマジ止めて欲しいわー」

 

「葉山先輩。噂の事をもう少し詳しく調べた方が良いですか?」

 

「いや。下手に拡散させるのも嫌だし、こっちで早急に何とかするよ」

 

 どこか急ごしらえで作ったかのような笑顔を向けてくる葉山に微笑み返しながら、「では、お手並み拝見といきますか」と内心で呟いた彼女は、何だか自分が黒幕のような事を言ってるなと気付いて自然な笑みを浮かべる。

 

 彼女は噂を流した犯人やその人物の意図には興味がない。葉山の対応を見て、それによって自分がどこまで踏み込むかを計ろうとするクレバーな彼女には、この程度の噂など取るに足らぬものだと見抜くのは容易であった。

 

 おまけも込みで一緒にお出掛けをするだけでも充分だと思っていたのに、予想外の収穫を得られてほくほく顔の彼女は、普段とは少しだけ違った表情を見せていた。しかしながら残念な事に、彼女の天然の笑顔を識別できる生徒は、一色自身も含めこの場には誰もいなかった。

 

 

***

 

 

 翌日の水曜日。雪ノ下雪乃は部室で昼食を食べるために独り廊下を歩いていた。曲がり角を過ぎて、特別棟へと伸びる通路の先の方へと視線を送ると、そこには見知った顔の女子生徒が佇んでいる。彼女の顔を見据えながらゆっくりと近付いて行くと、向こうもようやくこちらに気付いたのだろう。ほんわかとした笑顔を浮かべながら、城廻めぐりが話し掛けてきた。

 

「こんにちは、雪ノ下さん」

 

「こんにちは、城廻先輩。何か御用ですか?」

 

 雪ノ下の返答は、ともすれば堅苦しく形式的だと受け取られかねない口調だったが、彼女は特にそれを気にする風には見えない。

 

「うーんとね、ちょっと部活の事でお話があるんだ。せっかくだし部室にお邪魔して、一緒にごはんとか、どうかな?」

 

「部活というと、奉仕部の事ですか?生徒会の他の役員の方々も同席されるのでしょうか?」

 

 少しだけ身構えながら、雪ノ下は質問に明確な返答をせず疑問で返す。1年の頃からクラスに知人は沢山いたが、彼女が同学年の何人かと友人関係と呼べる付き合いができるようになったのは2年になってからである。もしも奉仕部という存在がなければ、彼女は同級生から一方的な憧れを受けるだけの、対等とは呼べない関係しか結べていなかったに違いない。

 

 今の自分があるのは奉仕部のお陰だと、己が部活に必要以上の感謝の念を捧げている彼女にとって、その存続を脅かす者は等しく敵である。目の前にいる生徒会長からは底意を感じないが、しかし彼女は()()()が気に入る何かを持っていて、高校生活のうち短くない時間を共に過ごした仲だと聞いている。用心に越した事はない。

 

「うん。奉仕部の事なんだけど、悪い話にはしないから安心してね。一応は2人だけの予定だったけど、……嫌だった?」

 

 いつの間にか距離を詰められて、気付けば手を握られながらゆったりとした口調で話し掛けられていた雪ノ下は、驚きと照れ臭さと警戒感と安心感とが一気に湧き出た自身の感情を何とかコントロールしようと試みるのが精一杯で碌に返事ができない。反射的に首を横に振って、直後に自分の失敗に気付き、雪ノ下は敵意を浄化する存在の恐ろしさを身を以て体験したのであった。

 

 

 連れ立って部室に入って、生徒会長をお客様席に座らせて、雪ノ下は紅茶を淹れながら思考を働かせる。部室で落ち着きを取り戻せたお陰で、先程の彼女の発言に微妙な違和感があった事に気付いた雪ノ下は、それを手掛かりに検証を重ねていた。

 

 少なくとも「悪い話にはしない」という言質は取れている。そして言葉のニュアンスを考えると、彼女の用件は時と場合によっては「悪い話にもできる」ものだと考えられる。更に今の雪ノ下には事情が全く掴めていない事を考え合わせると、生徒会長から詳しい情報を得る事が当面の最善策に思えて来る。後は彼女を信頼できるかだが、底意を感じないという先の自分の判断を信じる事に決めて、雪ノ下は2人分のお茶を机に運ぶのであった。

 

「どうぞ」

 

「ありがとー。……って、すごく美味しい!昔はるさんが淹れてくれたのも美味しかったけど、この世界でもこんな味が出せるんだね」

 

「良い茶葉のお陰です。あちらで部室の写真を撮った時に、置いてあった茶葉の銘柄が写っていたみたいで」

 

「あ、じゃあ特別扱いなんだね。大事に飲もうっと」

 

「さすがに飲み放題とはいきませんが、運営が毎月同じものを補充してくれるみたいなので、遠慮なさらなくても大丈夫ですよ。……さて、お話を聴かせて頂いても?」

 

 気を抜くとほんわかと微笑ましい気分で包まれそうになる自分に活を入れて、雪ノ下は本題をスタートさせる。それに対してあくまでものんびりとした口調で、生徒会長は事情を語り始めるのであった。

 

 

「えとね、まだ大きく広まってはないんだけど、最近ちょっと変な噂が流れ始めてて」

 

「噂、ですか?」

 

「うん。うちの役員の子が報告してくれて。たぶん害は無いと思うんだけど、お知らせはしておこうかなって」

 

「という事は、私か部員の誰かに関する噂でしょうか?」

 

「うーん、惜しいけど不正解。正解は、奉仕部3人の噂、なんだよね」

 

 その返答を聞いて、雪ノ下は微かに眉をひそめる。正解を逃した事への苛立ちもごく僅かにあるが、小学生の頃から体験してきた下世話な噂の気配を感じ取ったのが主な原因である。彼女は少し疲れた表情で、溜息を漏らしながら話の続きを促す。そんな彼女の態度に気を悪くする事もなく、むしろ同情するように頷きながら、生徒会長は噂の内容を語るのであった。

 

「簡単に言うと、『女子生徒2人の弱みを握って調子に乗っている男子生徒がいる』という噂なんだ」

 

「はあ……。比企谷くんは弱みを握っても、いざとなると逃げ出すと思いますよ。なにせ好意ですら素直に受け取れない性格ですから」

 

 少しだけ身を固くしていた雪ノ下が一気に脱力して、その理由を説明する。取り越し苦労だと判って気を抜く雪ノ下に対し、話を持って来た彼女の反応は少し違ったものだった。

 

「あれ、彼って誰かから好意を寄せられてるの?もしかして……」

 

「違います。私ではないですし、それに恋愛的な意味ではなく、彼に以前助けて貰った子から向けられた好意ですね。それを『お礼を受け取るほどの事はしていない』と言って拒絶しようとしていた程ですので」

 

「ほぁー。セリフだけだと格好良く聞こえるけど、違うの?」

 

 素朴な質問に静かに頭を横に振って答えながら、雪ノ下はどう説明したものかと頭を悩ませる。彼が話す姿を見せれば一発で解って貰えると思うが、確かにセリフだけだと印象は全く違ってくる。

 

 雪ノ下は「同じ内容でも、話す人が違えば受け取り方が違ってくるものだけれど」と目の前の少女の演説を思い出して頭の中で呟きながら、少しだけ笑顔を浮かべる。それを見た城廻は、彼女たちが部活内で良好な関係を築けている事を悟り、同じように笑顔を浮かべるのであった。

 

 

「問題が無いなら、それでいっか。でも、もし困った事になったら相談してね」

 

「その、城廻先輩。どうして先輩はそこまで親身になって頂けるのでしょうか?」

 

「うーん。やっぱり、はるさんに沢山お世話になったからかな」

 

 そう言った彼女は、彼女ら姉妹の事情を少しぐらいは聞いているのだろう。のんびりと、同時にきっぱりと、目の前の少女の誤解を解くべく話を続ける。

 

「別にはるさんに頼まれたとかじゃなくてね。先輩からして貰った事を後輩に返すっていうか、そういうのに憬れてたんだ。だからもし雪ノ下さんがちょっとでも『あの時は助かったな』って思ったら、同じ事を下の学年の子にしてあげてくれたらな、って」

 

 目の前の先輩に疑いの目を向けていた事を雪ノ下は後悔していない。注意を払うべき状況だった事は確かだからだ。しかしこんな話を聞いてしまった時点で、雪ノ下が内心抱いていた疑惑は全て氷解してしまった。だから彼女はせめて今の素直な気持ちを伝えようと、口を開く。

 

「城廻先輩が生徒会長で、この高校の生徒はとてもめぐまれていると思いますよ」

 

 自分よりも先輩のはずなのに、年下のように可愛らしく照れる生徒会長を雪ノ下は眺める。噂も大した事はなかったし、独りで過ごすはずだった昼休みも存外に楽しいものになった。そうした事を自覚して、彼女は今こそ心からほんわかとした雰囲気に浸りながら残りの休み時間を過ごしたのであった。

 

 

***

 

 

 授業を後1つだけ残した休み時間。比企谷八幡は教室の後ろの方に注意を払いながら机の上にうつぶせていた。クラス内のトップ・カーストの面々が昼休みに続いて小声で何かを相談していて、教室はいつもとは少しだけ違った雰囲気に包まれている。視覚よりも聴覚に神経を集中していた八幡の目の前で、不意に何かが動き始めた。

 

 目に意識を戻すと、小さく可愛らしい手がひょいひょいと振られている。いつの間にか、八幡の前の席に戸塚彩加が座っていた。

 

「おはよ」

 

「……毎朝、味噌汁が飲みたい」

 

「ええっ?ど、どういう……」

 

「あ。……すまん、寝ぼけてたわ。で、どした?」

 

 危うく男の子にプロポーズしそうになった八幡であったが、内心では「男の娘なら仕方ない」などと全く反省していない模様である。

 

「あのね。職場見学って、もうグループは決めちゃった?」

 

「あー……戸塚はもう決めたのか?」

 

「……うん。ぼくはテニス部でグループになる予定なんだけど」

 

「あ、あれからも上手くいってんだな。部活に活気が出て良かったな」

 

「うん、ありがとね。……でも、最初の外出の時も比企谷くん、独りで行ってたよね。もし誰かもう1人の当てがあれば、ぼく……」

 

「ばっかお前。せっかく部活が良い感じになって来てんだから、俺なんかに気を遣うなって。それに俺って男子の友達がいないからなぁ……」

 

「あの、ぼく、男の子なんだけどな……」

 

 戸塚が何やら小声で呟いているものの、八幡の耳には届かない。職場見学のグループは特に男女別とは決まっていないが、同性の友達が皆無なのに異性の友達に期待できるわけもない。八幡は少し溜息を吐きながら背伸びをして、教室の後方で集まっている面々を横目で窺う。

 

 考えてみると、由比ヶ浜たち女子グループはお互いを名前で呼び合っている。男子が同じ事をやると、眼鏡の彼女が興奮しそうな疑惑を招く危険があるので女子に比べると頻度は少ないが、葉山などはグループ内で名前で呼ばれていたはずだ。では、やましい気持ちなど全くない俺も、目の前の人物を名前で呼んでも良いのではないだろうか。

 

「彩加」

 

 思わず実際に口に出してしまい、慌てたのは当の八幡だった。せっかく戸塚から話し掛けてくれるという今日の良き日を迎えられたというのに、馴れ馴れしく下の名前を呼んでしまっては全てがおじゃんである。彼は必死で弁明をすべく声を出そうとしたが、それよりも先に戸塚がその可愛らしい口を開いた。

 

「……嬉しい、な。初めて名前で呼んでくれたね」

 

「なん……だと」

 

 潤んだ瞳でこちらを見つめながら、八幡にとっては望外の発言を口にした戸塚は、重ねて予想外の言葉を口にする。

 

「じゃあ、ぼくも。……八幡?」

 

 ズキュウウウンという擬音が確かに聞こえた八幡は、戸塚の呼び掛けにシビれあこがれてすっかり放心状態である。休み時間の終わりを告げる予鈴が鳴って、顔を赤らめたままの戸塚が自分の席に戻るのを見送りながら、八幡は心静かに今の心境を歌に託すのであった。

 

 

『勇気出し 彩加と呼んだら 八幡と 呼ばれた今日は 彩加記念日』

 




9月に入って、良い評価を1つと悪い評価を2つ頂きました。
1巻と同様に区切りまで読んで頂いた上で判定をお願いする作風ですので、低評価をされたお二方にもしもまた読んで頂いた際に「途中で見放したけど持ち直したんだな」と思って頂ける形にできるように。そして高評価を頂いた方の期待を裏切らぬように頑張って書き続けたいと思っています。
これからも本作を宜しくお願いします。

次回は日曜日に更新です。
ご意見、ご感想、ご指摘などをお待ちしています。

追記。
細かな表現を修正しました。(11/15,2/20)

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。