俺の青春ラブコメはこの世界で変わりはじめる。   作:clp

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今回で職場見学のグループ分けが決定します。



08.どんなに頑張っても彼はフラグを避けられない。

 その日の放課後、奉仕部の部室には1人を除いて昨日と同じ面々が集まっていた。彼らは前日同様の配置で腰を下ろしていたのだが、今日初めてこの部屋に登場した少女だけは、依頼人席に座る男子生徒の背中に身を隠すようにしながらも他の生徒たちの顔色をしっかりと観察していた。

 

「だから、葉山先輩が2日連続で部活に出ないとか、困るんですけど〜」

 

 そう言いながら一色いろはは、教室内の女子生徒の表情を順に眺めて、1人の女子生徒に意識を集中させることにする。他の女子生徒は当面の間は彼女と利害がぶつかる事がなさそうだったし、彼女の眼の前にいる葉山隼人を除けば、他の男子生徒は平均以下の存在にしか見えない。

 

「あーしも体を動かしたい気分だし、手早く終わらせるから先に部活に行ってるし」

 

「昨日も葉山先輩、遅れて部活に行くって言ってたのに来ませんでしたし。次期部長に2日連続で休まれると大変なんですよ〜」

 

「部外者がいると話が始められないし。だから邪魔しないでさっさと出て行くし」

 

 葉山を挟んで行われている一色と三浦優美子の舌戦に、2人の男子生徒は困惑している。三浦と同じグループの女子生徒たちも自らの旗色が鮮明なだけに口を挟みづらく、互いの言い分を聞きながら心配そうに眺めることしかできない。葉山としても自分が部活をサボっている事は確かなので迂闊に反論できず、「まあまあ」と言いながら2人の女子生徒を手で宥める程度のことしかできない。そんな状況を見てとって、雪ノ下雪乃は少し溜息をついた後に口を開いた。

 

 

「一色さん、だったかしら?奉仕部の部長である私・雪ノ下の責任で、今日は葉山くんを必ず部活に行かせるから、ひとまず貴女だけ先にサッカー部に向かってくれないかしら?」

 

「え〜と、そこまで言われると仕方がないですけど〜。一応は戸部先輩も絡んでいるはずなので、完全に部外者とは言い切れないと思いますよ。それに、噂を葉山先輩に報告したのもわたしですし」

 

「なるほど、確かに一理あるわね。葉山くんに後から報告させるだけでは不十分かしら?」

 

「いえ、それでしたら引き下がりますけど〜……」

 

 元々の彼女の狙いは、三浦の了解のもとに葉山と話す機会を得ることだったので、雪ノ下からこの発言を引き出せた時点で目的は果たしている。しかし葉山から話を聞くだけでは、事件にどう対処したのかを正確に知るのは難しい。事件そのものに興味は無いが、葉山という男子生徒を詳しく知る為には、特に彼がどんな行動をしたかが知りたいところである。それに提案にほいほい飛び付いてしまうと、彼女の意図を悟られて面倒なことになるかもしれない。

 

「念のため先に簡単な結果だけ教えて下さい。噂への対応は、もう大丈夫と考えていいんですよね?」

 

 彼女はそう続けて、視線を由比ヶ浜結衣に向ける。入学式で面識を得て以来、接する機会は少ないものの彼女とは友好関係を築けているし、感覚的に物事を把握するタイプなので葉山とは違った話が聞けることだろう。

 

「うん、大丈夫だと思うよ。隼人くんがクラスで色々と根回ししてくれたし、ゆきのんと優美子が脅してくれたし。……あ、あと一応ヒッキーも頑張ってたし」

 

 最後に付け加えられた情報に、一色は首をこてんと傾けながら周囲の様子を観察する。先輩たちの視線の行方からして、冴えない男子生徒の1人のことなのだろうが、特に頭が切れるようにも見えないし行動力があるようにも思えない。仲間はずれが出るのを避けるために付け加えた、由比ヶ浜らしい発言なのだろうと解釈して、一色は必要最低限の笑顔を件の男子生徒に向けてから再び口を開いた。

 

「解りました。じゃあ葉山先輩、昨日サボった分は明日練習を増し増しですので、覚悟してくださいね〜」

 

 そう言って彼女は部室から出て行き、ようやく依頼の話が始まるのであった。

 

 

***

 

 

「では、まず今後の方針を確認したいのだけれど。お昼に食事をした時には、このままでも事件は収束するという意見が優勢だったわね。私としては、このまま犯人をあぶり出しても良いとは思うのだけれど……」

 

 まずは部長の雪ノ下が口火を切る。犯人に関する部分は敢えてという意味合いでの発言とはいえ、彼女が口にすると本当に実行に移しかねない迫力があるだけに、即座に部員からツッコミが入る。

 

「だからお前は、怖いことを言ってる自覚を持てって」

 

「あら、何か疚しいことがあるのかしら?」

 

「だからそれが問題だっての。脅して冤罪を認めさせるのが検察の仕事じゃねーぞ」

 

「なるほど。比企谷くんにしては良い指摘だわ」

 

 周囲としても2人のやり取りには慣れたもので、苦笑する程度で話に加わってくる。

 

「それに、あの後とか放課後とか、クラスのみんながとべっち達を励ましたりしてたしね。あたしたちも気を付けてるから、すぐに何かが起きることはないと思うよ」

 

「それに正直、冤罪も問題だけど、今の状況だと犯した罪以上の罰を受けることになるからな。俺はこれ以上の犯人追求には反対だ」

 

「隼人の優しさが犯人に伝われば良いけど、何とかなんないし?」

 

「もしあの3人の誰かが犯人だったら、隼人くんの優しさとか頼り甲斐のある胸板とかは伝わってるんじゃないかな。だから大丈夫だよ優美子。隼人くんとあの3人との深い関係はまだ始まったばかりだ!みたいな……ぶはっ!」

 

 

 教室内には気心の知れた生徒しかいないこともあって、海老名姫菜の暴走は久しぶりに放置されてしまった。それでも甲斐甲斐しく出血の後始末をしてあげる辺り、三浦のおかん気質もかなりのものだと言えるだろう。そんな光景を横目に眺めながら、比企谷八幡は話を戻す。

 

「まあ、もし今の状況で動いたら悲惨な目に遭うことは犯人も自覚してるだろうし、当分は大人しくしてるだろ。てか、あの3人の犯人説も微妙な感じだしな」

 

「ヒッキー、お昼休みに言ってたもんね」

 

「……どういう事か、説明してくれないか?」

 

「そういや葉山は昼飯が別だったか。……あの3人だと戸部が少し孤立してる感じを受けたんだが、お前との部活の繋がりとかを考えたら、あいつが噂を流すのも不自然なんだよな」

 

「それと、残りの2人が意外に仲が良いとも言っていたわよね」

 

「ああ。2人して噂に怯えてる感じを受けたし、あんな様子で実は裏で目の前の奴を陥れる算段をしてましたとか、そこまで演技力があるとも思えなかったんだが」

 

 

 ぼっちでいる間に培った人間観察力には定評があると本人自ら主張する八幡だが、さすがに彼ら2人が共謀している事までは見抜けていない。それは2人の共謀が彼という存在を加えた結果として生じたイレギュラーな事態だからで、葉山と戸部と八幡がグループを組むという最悪の結果が現実味を帯びてきたが故の行動だという事に思いが至らないからである。そもそも自分の存在を軽く考えてしまう八幡は、自分がここまで巻き込まれてもなお、自分の存在に押されてトップ・カーストに属する連中が動くなどという可能性に思いが至らないのであった。

 

 この教室にいる生徒の中で他に真相に気付く者がいるとしたら雪ノ下だろう。しかし彼女とて、不完全な情報を基にしては正確な推理を組み立てるのは難しい。

 

 彼ら2人は確かに怯えているが、その対象は噂そのものではない。ほんの気の迷いからこんな噂を流そうと考えてしまった過去の自分たちの行動が、公に糾弾される事に怯えているのである。その意味で彼らには同情を集めたり励ましを受ける資格は無い。だが、彼らが慄然としておののいているのは紛れもない事実であり、そんな彼らに声を掛けようとするクラスメイトの行動は自然なものだろう。そしてそんな光景を見てしまえば、彼ら2人が噂に対して震えているという誤解も相まって、彼らへの嫌疑を優先的に検討する意欲が薄れてしまうのも仕方の無い事だろう。

 

 

「念のために確認したいのだけれど。彼らは罰を受ける事を怖れて震えているわけではないと、貴方達は考えているのね?」

 

 それでも雪ノ下は、真実につながるギリギリの質問を発する。とはいえ彼らはおそらく無実だろうという空気が教室内には漂い始めていたし、彼女としても一応の確認という程度の気持ちでしかない。

 

「ああ、あいつらはそんな連中じゃない。良い奴らだっていう俺の評価は信じてもらえなかったけど。こんな大それた事ができる奴らじゃない、って言えば、雪ノ下さんも信じてくれるかな?」

 

 大それた事態に至ったのは彼らが意図したわけではなく、偶然の影響が大きい。学校外へと世界が広がったとはいえ、閉じこめられた状況には変わりはなく、そのため現実よりも噂が伝播しやすい環境にある事に彼は気付けない。

 

「それにあれだ。罰を怖れてるのなら、3人ともが同じような怯え方をしてるのが不自然だよな。あれって絶対、お前に参考人として尋問されるのを怖れてる気持ちも強いと思うぞ」

 

 そして八幡が共謀という可能性を思い付けなかったのも仕方のない事である。それに彼ら3人が雪ノ下に怯えている事も確かなので、彼の発言には説得力があった。本当は、彼らのうち2人は参考人としてではなく容疑者として尋問される事に怯えていたのだが、戸部が抱く参考人招集への恐怖が甚大だったので見分けが付かなかったのである。強いて言えば、雪ノ下の脅しが効きすぎたという事なのだろう。

 

「解ったわ。では彼らへの容疑はひとまず解消して、噂に対しては経過観察を行うという結論で。依頼は解決という事で良いのかしら?」

 

「ああ、助かったよ。色々とありがとう」

 

 そう葉山が答えて、この日の議題が1つ片付いたのであった。

 

 

 なお余談だが、大きな事件へと発展してしまった事に対して、大和と大岡の2人は特に罰を受けたわけでは無い。しかし彼らとて罪の意識は持っており、ゆえに葉山に対する態度がどこか遠慮したものになる事は避けられなかった。葉山がそれを事件の後遺症と考えて深く追求しなかったのは良かったのか悪かったのか。いずれにせよ、彼らは自らが犯した罪を打ち明ける機会を失ってしまい、良心の呵責に長く苦しむ事になる。戸部に対しても彼らは罪の意識を持ち続けたが、雪ノ下に尋問される可能性に対して恐怖を覚えたという共通体験が勝った。その結果、切っ掛けは間違っていたのだが、彼ら3人は友人としての関係を深めていく事になるのであった。

 

 

***

 

 

「ところで、依頼が終わった以上は余計なお節介かもしれないのだけれど。葉山くんを含めた4人はグループ分けをどうするつもりなのかしら?」

 

「あー、そういやその問題があったな。もう4人別々で良いんじゃね?」

 

「うーん。いきなり別々になっちゃうと、また変な噂を呼んじゃうかもだし。あたし達もうまく説明できないし、それは止めた方が良いと思う」

 

 八幡の適当な解決策に対して、さすがに人間関係では一日の長がある由比ヶ浜が説得力のある返答をする。そんな由比ヶ浜の長所を見直している八幡の横で、口を開く男がいた。

 

「げふん。ならば件の3名を同じグループにするのは如何か?」

 

「あれ、お前いたの?」

 

 せっかく案を出したのに、酷い事を言われる材木座義輝であった。しかし彼は妙に嬉しそうな顔で僚友の問いに答える。辛辣な事を言われるよりも無視される方が辛いと身に染みて理解しているが故の反応なのであった。

 

「うむ。先程までは事情がいまいち掴めず、我が灰色の脳細胞にも活躍の場が無かったが。話が分かれば解決策など我には容易いものよ」

 

「でも中二の案だと、隼人くんとグループを組む男子が得をした形になっちゃうから、ちょっと難しいと思う」

 

「げふうっ!」

 

 大方の予想通りにあっさりと却下されてしまう材木座であった。とはいえ他に名案が出るわけでもなく、話は行き詰まりの様相を見せていた。

 

 

「そういえば、私のクラスも人数の関係で1人余る事になるのだけれど、4人のグループを1つ作る事になっているわ。貴方達も教師に事情を説明して、4人で構成できるようにお願いしてはいかがかしら?」

 

「うーん。あたし達のクラスだと2人余る計算になるんだけど、他のクラスと組んで良いぞって感じだったよね?」

 

「え、マジで?じゃあ他のクラスの奴と行く事になるのかよ……」

 

「自分が余る事を確信しているのもどうかと思うのだけれど」

 

 片手で頭を押さえるいつものポーズを取りながら、律儀にツッコミを入れる雪ノ下であった。そんな2人の会話を聞きながら少し考えていた由比ヶ浜が口を開く。

 

「他のクラス……そっか!あのね、優美子ってどこか行きたい見学先ってある?」

 

「別に。結衣は何か希望を思いついたし?」

 

「姫菜はどう?」

 

「私も取り立てて希望はないよー。結衣が行きたいところがあるなら遠慮しないで言いなよ」

 

「じゃ、じゃあさ。とべっち達と同じ場所に行って欲しいんだけど……」

 

 話の流れを無視するように、突然、突拍子もない事を言い始める由比ヶ浜に、2人の親友は困惑した表情を浮かべる。そもそも戸部たちのグループ分けをどうするかという話をしているのでは無かったのか。そんな疑問を抱えながら、三浦はとりあえずの返事を返す。

 

「同じ見学先にするのは問題ないし。でも隼人たちのグループ分けはどうするんだし?」

 

「あ、それなんだけどね」

 

 そう言って由比ヶ浜は少し楽しそうな表情を浮かべながら一旦口を閉ざす。そしておもむろに彼女のプランを語り始めるのであった。

 

 

「えとね、とべっち達は3人でグループを組んでもらって、隼人くんには優美子と姫菜と組んで欲しいんだ。別に男女別って決まってないし、実質6人で行動するから問題ないと思うし」

 

「確かに問題はないけど、じゃあ結衣はどうするの?」

 

 当然の疑問を海老名が尋ねるが、それに対しても由比ヶ浜は動じない。気のせいか腐った目でおつむの心配をされているような気配を感じるが、別に自分の存在を忘れていたわけではないのだ。

 

「ゆきのんのクラスって、本当だと1人余るんだよね?じゃあさ、ゆきのんと、あたしと、ヒッキーでグループにならない?」

 

「……はぁ?」

 

「……なるほど。由比ヶ浜さん、考えたわね」

 

「ふふん。あたしだって頭を働かせる時はあるんだからね!」

 

「比企谷くん。確か貴方のところにも運営からの招待状が来ていたと言っていたわよね?」

 

「まあ、そうなんだが。どういう事だ?」

 

「私のところに来た招待状に返信して、一緒に見学に行く生徒の名前を教えたら、運営から却下されてしまったのよ。『我々の望む水準に達していない』って。最低でもグループの過半は招待状持ちの生徒にすべしって言われてしまったのだけれど、貴方なら問題はないわよね」

 

「……は?」

 

「正直に言って見学を諦めるのも仕方がないと思っていたのだけれど。行けるとなるととても楽しみだわ。これも由比ヶ浜さんが素晴らしい案を出してくれたお陰ね」

 

「な、なんだか予想以上に喜ばれてるんだけど。……あたしが役に立ったってゆきのんに褒められるの嬉しいし、まあいっか」

「俺は良くない」

「従者は黙って部長の意見に従いなさい」

 

 何だか酷い事を言われているが、彼女が本気で八幡を貶そうとしているわけではない事は既に彼も充分に理解している。そして同時に、こうなってしまうと状況を覆せない事もまた、彼は理解してしまっていた。

 

「それに確か貴方は昨日、『今度の職場見学だって俺の意志は全く反映されないだろうが、それを黙って受け入れる覚悟はできてるぞ』って言っていたわよね?」

 

「げ。もしかして俺、あの時にフラグを立てちまったのか?」

 

 正確には、彼が心の中で「計画通り」と快哉を叫んだ3話の時点でフラグは立っている。なんなら3話のタイトルからしてフラグである。

 

「他に異論は……無いようだし、これで決定で良いわね。では私と由比ヶ浜さんと比企谷くんが同じグループ。葉山くんと三浦さんと海老名さんが同じグループ。そして元被疑者の3名が同じグループね」

 

 普段の落ち着いた様子とは違って、楽しげな口調で雪ノ下が宣言して、これでこの日のもう1つの議題も結論が出たのであった。すべての懸案を片付けて部室を出て行く葉山と三浦と海老名の表情は、とても楽しげなものであった。

 




次回は週の半ばの更新になります。
ご意見、ご感想、ご指摘などをお待ちしています。

追記。
細かな表現を修正しました。大筋に変更はありません。(9/21,11/15)

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