俺の青春ラブコメはこの世界で変わりはじめる。   作:clp

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中間テストの直前ですが依頼が入ります。


11.その後で彼らは勉強会を行った。

 午前の授業が終わって昼休みに入り、比企谷八幡は教室で昼食の支度に入った。普段であれば由比ヶ浜結衣に誘われぬようさっさと出て行くのだが、今は試験まで一週間という時期である。復習をしながら独りで食べるという大義名分があるので、彼は安心して席に座っていられたのである。

 

 そんな彼のもくろみ通り、教科書を広げながら食事をしている八幡に話し掛ける者はない。遅刻で始まった時はどうなる事かと思ったが、この調子だと今日はこのまま平穏に過ごせそうだ。そんな事を考えながら重要項目に絞って教科書を斜め読みしていた彼の耳に、メッセージの着信を知らせる音が届いた。

 

 

『ヒッキー、今日は朝どしたの(・∀・)??』

 

『寝坊した』

 

 何か急用でもあるのかと少し身構えながらメッセージを見て、八幡は少しがっくりとしながら返事を返す。打ち込むのも面倒なので音声入力で最小限の返事をしたところ、またすぐにメッセージが返って来た。

 

『体調が悪いとかじゃなくてε-(´∀`*)ホッ』

 

『今んとこ健康』

 

『じゃあさ、今日の放課後みんなで勉強会しよヾ(・ω・ )』

 

『面倒だからパス』

 

『ヒッキー、なんか怒ってる(*’ω’*)?』

 

 思わず教室の後ろを振り返り由比ヶ浜の方へ視線を向けると、こちらを見ていた彼女と目が合ってしまった。胸の鼓動を強めながら彼は即座に目を逸らして、端的に返事を返す。

 

『は?なんでだよ?』

 

『だって、絵文字か顔文字がないと怒ってるように見えるし(*・ε・*) ぶー』

 

『入力が面倒なんだよ。別に怒ってねぇから気にすんな』

 

 女子のトップ・カーストの一角であり、可愛らしい外見と優しい性格の由比ヶ浜から教室で話し掛けられるのも緊張するが、こうして同じ教室に居ながらこっそりとメッセージでやり取りをするのも改めて考えるとドキドキものである。八幡はふとその事に気付き、少し慌て気味に返事をする。

 

 返事をして一息つくかと思った八幡だが、先ほどの由比ヶ浜の様子が落ち着いたものだった事を思い出した。それは彼からすれば、自分だけがあたふたしているようで余計に落ち着かない。意識過剰で慌てているのは俺だけかと少し落ち込んだ気持ちも芽生えさせつつ、彼は続けて届いたメッセージを読む。

 

『せっかく今日はさいちゃんも誘ったのに('∩') ムスッ』

 

『おけ。何時にどこ集合?詳細求む』

 

 教室の後ろの方から、机に両手を叩き付けながら誰かが勢いよく立ち上がった物音が聞こえてくる。思わずびくっと反応してしまい、そのまま身動きできない状態で様子を窺っていた八幡だが、幸いな事に物音の主は再び着席した様子である。

 

 周囲の友人達に言い訳をしたり謝っている彼女の声をぼんやりと聞いていると、彼の許に最後のメッセージが届いた。

 

『今日はカフェで。放課後すぐに席取り( ゚Д゚)<ヨロシク』

 

 

***

 

 

 由比ヶ浜の指令通り放課後すぐに動いた八幡だが、お店に着いて注文の列に並ぼうとしたところで見知った後ろ姿を見付けた。一方の雪ノ下雪乃も、彼女への視線を感じたからか即座に振り返り、2人は視線を合わせる。

 

 普段なら何も見なかったかのように視線を逸らされる可能性が高いのだが、今日に限っては雪ノ下は彼をじっと見つめたままである。少しだけ胸の高鳴りを覚えつつ彼が話し掛けようとすると、機先を制するかのように彼女の指令が届いた。

 

「比企谷くん。注文はまとめて済ませるから、席を確保して貰えるかしら?」

 

「あ、はい。んじゃ、ラテのグランデにキャラメルソース追加で頼むわ」

 

 どうやら彼女は彼をからかうよりも、単に分業を指示する事を優先しただけの模様である。最初の外出の際にこのお店に来ていた為に、注文の仕方に不安がない事も要因の1つなのだろう。揺るぎのない雪ノ下らしさというものを感じ取って逆に安心しながら、八幡は目に付いた4人席を目指して歩いて行く。

 

 

 彼が目指す辺りは机を移動させる事で簡単に人数が可変なエリアで、4人分の空きがあるその隣では制服姿の男女カップルが何やらこそこそと話をしている。女性の方は八幡からは見えないが、男の後ろ姿を見るに体格的には中学生ぐらいだろうか。少し不機嫌になりながら八幡が奥の長いソファに鞄を放り投げると、勢いが良すぎたのか件の女性の近くまで転がってしまった。

 

「あ。す、すんません……」

 

 こちらを非難する事なく、それどころか一瞥もくれず静かに鞄を押し戻す少女に向けてしどろもどろに謝っていると、聞き慣れた声が辺りに響いた。

 

「あ、お兄ちゃんだ!」

 

 声の主へと顔を向けると、そこには嬉しそうに笑顔を浮かべる美少女が居た。妹の比企谷小町と意外な場所で会った事に八幡はびっくりするが、彼とて妹と予想外の形で遭遇するのは嬉しい事である。とはいえあまり喜びを顕わにし過ぎて気持ち悪いと言われるのも辛いので、彼はなるべく平静を装いながら妹に向けて話し掛けるのであった。

 

「……お前、こんなとこで何してんの?」

 

「いやー。ちょっと相談を受けてて?」

 

 向かいの席へと顔を向ける小町に倣って八幡が視線を動かすと、そこには制服姿の男子中学生が座っていた。なぜ小町はこんな奴と2人きりで?などと警戒心を強める八幡に向けて、その男の子はぺこりと頭を下げながら自己紹介を始める。

 

「初めまして。川崎大志(かわさきたいし)です。……比企谷さんから、お兄さんの話は色々と聞いてます」

 

「おい。お前にお兄さんと呼ばれる筋合いはねぇ!」

 

「……時代錯誤の頑固親父みたいな事を喚かないで欲しいのだけれど」

 

 

 いつの間にか注文を終えて、雪ノ下が彼の背後に立っていた。放課後すぐの時間帯なのでレジに行列が出来ていたものの、注文の品は即座に完成して手渡されるのであまり時間差が付かなかったのである。そして彼女の背後には由比ヶ浜と戸塚彩加の姿もあり、2人も飲物を載せたお盆を手にしている。

 

「お、お兄ちゃん!本当にぼっちを脱却したんだね」

 

「ちょっと待て。本当にってどういう事だよ?」

 

「やー、どうも初めまして。比企谷小町です。兄が大変お世話になっているようで……」

 

 八幡からの抗議をさくっと流して、小町は立ったままの3人に向けて自己紹介を始める。その笑顔が営業用スマイルである事は八幡には丸分かりなのだが、それでも親しげな表情でにこやかに話し掛けられると悪い気はしないだろう。そのまま彼女らに自己紹介をさせる暇を与えず、小町は言葉を続ける。

 

「ささ、まずはこっちに座って下さい!大志くんはそのままで、お兄ちゃんはこっちの端ね。小町が間に入るから。……あ、本当に遠慮なく、奥に座って下さいねー」

 

 迅速に場を整える小町の勢いに気圧され、大人しく戸塚・由比ヶ浜・雪ノ下の順に奥のソファに腰を落ち着ける。彼女らと向かい合って八幡・小町・大志の順に席について、まずは自己紹介が始まったのであった。

 

 

***

 

 

「じゃあ改めて、妹の比企谷小町です。至らぬ部分が多い兄ですが、何卒よろしく……」

 

「たはは……。小町ちゃん相変わらずだね」

 

「結衣さん、お久しぶりです。あのお菓子とても美味しかったですよー。是非また遊びに来て下さいね」

 

 そういえば顔見知りだと言っていたなと八幡が思い出している間に2人の挨拶が終わり、次いで戸塚が自己紹介を始めた。

 

「初めまして。クラスメイトの戸塚彩加です」

 

「うはー、可愛い人ですね。お兄ちゃんってば何があったの?」

 

「戸塚が可愛いのは認めるが、一応言っとくと男だからな」

 

「またまたー。愚兄が面白くない冗談を口にしてごめんなさいです」

 

「いや、あの。ぼく、男の子です……」

 

「え、あ、本当に?」

 

 戸塚の長いまつげや綺麗な肌を凝視しながら半信半疑で首を傾げている小町と、彼女の視線に顔を赤くして身じろぎする戸塚であった。そんな可愛らしい戸塚の姿を脳内メモリーに繰り返し焼き付けていた八幡だったが、さすがに彼からのSOSが尋常ではなくなって来たので、小町に肘打ちをして注意を促す。

 

「ほら、次行くぞ」

 

「では、私の番ね」

 

 兄に言われても注意を他所に向けられなかった小町だが、その一言で意識を彼女へと向けてしまうのだから凄いものである。その声はとても静かで密やかなのに、その場にいる全員の耳に沁み渡るような存在感があった。

 

「初めまして。雪ノ下雪乃です。比企谷くんと同じ部活で部長を務めています」

 

「ほえー。本当に可愛い人ばっかに囲まれちゃって……。あれ、でも、雪ノ下って?」

 

「……ええ。お兄さんに怪我を負わせてしまってごめんなさい」

 

「悪いな小町。もう終わった事だし、あんま気にすんな」

 

「それに、元々はあたしの不注意が原因だし……」

 

「それも終わった話だから、あんま気にすんな」

 

「あ、うん。小町的にはお兄ちゃんが良ければそれで良いんだけど……。雪乃さんって呼んで良いですか?兄もこう言っていますので、もう気にしないで下さいね。結衣さんも。……おふたりとも、兄をよろしくお願いします」

 

 何とか無事に取りなして、張り詰めかけた雰囲気は再び友好的なものへと変化していた。雪ノ下と小町とは互いに笑顔で頷き合っていたし、戸塚は会話の流れから何となく事情を察して、彼女らの仲が険悪なものにならなかった事を喜んでいる。それは由比ヶ浜も同様で、そして八幡もまた身近な存在の間で揉め事が起きなかった事を安堵するのであった。

 

 

「それで、あの……。川崎大志と言います」

 

 知り合いが小町しか居ないこの場で自己紹介を始めるのだから、彼のコミュ力もなかなかのものである。しかし彼が口を開いたのはそれだけが原因ではなく、むしろ切羽詰まった相談事を抱えていたという理由の方が大きかった。

 

「あの、うちの姉ちゃんも皆さんと同じ総武高校の2年なんっすけど、最近ちょっと……」

 

「昨日お兄ちゃんに話したよね?お姉さんが不良になっちゃったって」

 

「あ、姉ちゃんの名前、川崎沙希(かわさきさき)って言います」

 

「あー、あたしたちと同じクラスの川崎さんだね」

 

 八幡と戸塚に同意を求める由比ヶ浜の視線に軽く頷き返しながら、八幡は脳内で記憶を必死に漁る。よもや知らないとは言えない雰囲気なので冷や汗を流しそうになるが、意外に近い記憶に突き当たった。

 

「もしかして、あの黒い……」

 

「そうそう。ちょっと青みがかった、長い黒髪の川崎さんだよね?」

 

 危うく余計な事を口走りそうになった八幡だが、何とかそこで口を閉じる。上手い具合に由比ヶ浜が勘違いしてくれたので事なきを得たが危ないところであった。

 

「でも、ぼくも話をした事がないから分かんないけど、川崎さんって不良って感じとは……」

 

「うーん。なんてか、一匹狼?みたいな感じだよね」

 

「誰かと仲良くするってよりは……独りでぼーっと外を見てる気がするね」

 

 戸塚と由比ヶ浜が彼女の印象を確かめ合っているが、弟からすればそうした情報はあまり好ましいものではないだろう。友達が多ければ良いというものではないが、しかしクラスで友人が居ないという状況は家族としてはあまり聞きたくない事である。

 

 そんな大志の心境に配慮したわけではないのだろうが、雪ノ下が彼に質問を始めた。

 

「その、お姉さんが不良になったのはいつぐらいからなのかしら?」

 

「はいっ!えと、変わったのは今月に入ってからですね。帰ってくるのがどんどん遅くなって……」

 

 雪ノ下に問い掛けられて緊張のあまり声が上擦ってはいたが、彼は何とか質問に的確に答えることができた。その彼の返答を聞いて、その場の面々が頭を働かせる。

 

「外に出られるようになって、この世界で再会した時は、前と変わってなかったんだよね?」

 

「は、はぁ。そうですけど……」

 

 由比ヶ浜に親しげに話し掛けられた事と、彼女の揺れる胸元にどぎまぎしながらも、彼は今度も何とか返事をする事ができた。

 

「ぼくもテニスの練習で遅くなる時があるんだけど、何時ぐらいなの?」

 

「そ、その……」

 

「日付が変わらないと帰って来ないって言ってたよね」

 

 小町のフォローによって事なきを得るものの、何故か戸塚と話をする事が大志には一番難度が高かった模様である。

 

「たまに顔を合わせても喧嘩になっちゃうし、俺が何か言っても『あんたには関係ない』って言われるし……」

 

「家庭の事情って……どこにでもあるものね」

 

 静かに独り言を呟く雪ノ下の陰鬱な表情に各々が驚きの表情を浮かべるが、次の瞬間には、彼女の顔は以前と変わらぬ凛々しいものになっていた。狐につままれたような気がして唖然とする面々を尻目に、彼女は大志に語り掛ける。

 

「私達は奉仕部という部活動を行っているのだけれど……。もしも依頼をする気があるのなら、明日の放課後にでも高校まで来てくれないかしら?」

 

「ゆきのん、今って部活は活動停止期間だけど……」

 

「ええ。だからどの程度の力になれるかは確約できないのだけれど、顧問の平塚先生に話を通して、可能な範囲で相談に乗るという形で如何かしら?」

 

「それで充分っす!あの、よろしくお願いします!」

 

 

 こうして、大志の依頼は奉仕部に受理されたのであった。

 




次回は日曜日に更新です。
ご意見、ご感想、ご指摘などをお待ちしています。

追記。
前書きのテスト期間中→中間テストの直前に変更しました。(9/29)
細かな表現を修正しました。(11/15)

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