俺の青春ラブコメはこの世界で変わりはじめる。   作:clp

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今回は設定説明の回です。



04.なんとか彼は状況を把握しようと努める。

 もしも意識や感覚を保持したまま、現実そっくりのバーチャルな世界にログインできるなら。肉体は現実世界にとどめたまま、あらゆる情報を脳に直結させて仮想空間で日々を送ることができるなら。どんなにか楽しいことだろうか。

 

 その想いに取り憑かれて、ついに革新的な技術を可能にした一人の男がいた。

 

 彼はこの技術を世間に知らしめ、同時に独占するために、仮想空間に二つ世界を作った。

 ひとつは現実そっくりの世界。

 もうひとつは空想上の世界。

 前者は教育・学術関係者を、後者は一般のゲーマーを対象としたものだ。つまり後者はゲームの世界と呼ぶべきだろう。

 

 今はまだ、二つの世界はともに小さい。当たり前だ。現実そっくりの世界を丸ごと作ろうと思えば、労力も資金もべらぼうに掛かる。

 だが、それらが調うのを待っていては、ライバル企業に先を越されてしまう。男はこの技術に関連した特許を数多く取得していたが、特許とはそれほど万能ではない。

 

 だからこそ彼とその仲間たちは、多くの者が仮想空間を体験することを望んだ。

 彼らが真に作りたかったのは現実そっくりの世界だったが、世に周知するという理由からゲームの世界を欲したのだ。

 

 事前の予想を大きく超えて、ゲームの反応は上々だった。予約初日の時点で予定していた販売数を上回ったほどだ。

 

 一方で、教育・学術関係者は最低限しか確保できなかった。

 千葉県下のいくつかの高校や大学、そして付近の学習塾。当初設定していた対象年齢を引き下げてまで、何とか数だけは揃えたものの。

 

 彼が欲したのは、肉体に付随する限界を取っ払うことだった。物理的な制限に悩まされることなく、勉強や研究や芸術に没頭できる環境を整えること。その想いは、教育・学術関係者なら容易に理解してくれるだろうと、そう思っていたのに。

 

 残念ながら、天才の想いに共鳴する者は少なかった。

 

 参加を表明した高校や大学の職員ですら、生徒に悪影響を及ぼすのではないかと反対する声が大きかったし、当の生徒たちはゲーム気分だった。ゲームソフトがなくても仮想世界を体験できるという、その程度の認識でしかなかった。

 

 今やゲームマスターを名乗ることになった彼が、こうした状況をどう見ていたのか。

 それは、この世界へのログインが始まってほどなくして、明らかになった。

 

 

***

 

 

 集合場所に指定された海岸沿いの病院でも、比企谷八幡は誰とも喋らず孤高を貫いていた。同級生が順番にログインする段になってもそれは変わらない。

 だが、その内面は常とは違っていた。

 

 幸運にもゲームを入手できた数少ないゲーマーを除けば、自分たちを始めとした限られた学生や教職員だけがバーチャルな世界を体験できるのだ。世界で初めて、誰よりも早く。

 この状況で興奮しないようでは、男子高校生たる資格はないだろう。中二病に罹患した過去を持つ者ならばなおさらだ。

 

 八幡は沸き立つような想いを抑えきれないまま順番を待っていた。

 もうすぐだ。あと数人で俺の番になる。仮想空間にログインしたら、最初に何をしようか。

 

 事前に説明されたあちらの世界で可能なあれこれを思い出しながら、八幡は焦がれるような想いで順番を待つ。高一の間は味気ない毎日だったが、今となってはそんな過去など些細なことだ。何と言っても()()を体験できるのだから。

 

 だが、たった一つだけ。先程の部室で過ごした時間だけが、八幡に異を唱えていた。

 現実の世界でだって、楽しいことがあるのではないか。面白い体験ができるのではないかと。

 

 とはいえ、踏み込まなかった者にはその仮定は意味をなさない。

 八幡は、現世のしがらみをほぼ全て。妹や家族以外の関係を全て捨てるような気持ちで、仮想世界へとログインした。

 

 まさか現実世界に戻って来られない事態になるとは、思ってもいなかった。

 

 

***

 

 

 仮想空間の総武高校に集合した生徒たちは、それぞれ自分のクラスへと移動した。今日はこの世界で授業を二つ受ける予定だが、その前にバーチャルな環境に慣れておく必要がある。

 

 喋る相手がいなくても普段ならぼーっと過ごせばそれで済んだのに。今は何でもいいから身体を動かしたいと思ってしまう。わくわくする気持ちを持て余した八幡が、次の授業で使う教科書などを机の中に入れていると。

 

「じゃあ最初に、隣のクラスと合同教室を作ってみるからな」

 

 担任の教師がそう言って、手元で何やら操作を始めた。するとたちまち部屋の容積が広がって、二つのクラスの生徒たちが一堂に会した。廊下側の壁が遠のいて、そこに隣の教室が横並びになるようにして、すぽんと入り込んだ形だ。

 

 声にならない驚きを示す者、「おおっ」と感動している者、「やべーっしょ」と騒いでいる者など反応は様々だが、誰もが興奮している様子が伝わって来る。それは八幡も例外ではなかった。

 

「では、解除はこちらでやりますね。F組の皆さん、さようなら」

 

 隣のクラスの担任が合同教室を解除して、クラスは再び見慣れた姿に戻る。またもや声を上げる生徒たちを手振りで抑えて、担任が次に試したのは。

 

「今度は離れた教室と合体させてみるな。そうだな……体育館にするか」

 

 程なくして、今度は窓側の壁が遠のいたかと思えばすぐに姿を消して。教室からそのまま繋がるように板張りの床が続いていた。

 バスケットのリングやバレーのネット、さらに奥には観客席も確認できる。体育館の壁の一部が教室の側面とくっついて、両者を隔てる障壁が取り払われた後のような光景だ。

 

 教師の声を待つことなく、境目にいた生徒数人が我慢できずに立ち上がって「やべー、本物だ」と走り回っている。体育館の入り口に向かった生徒は「ここから外に出られるぞ」と興奮気味だ。

 

 普段ならイラッとするところだが、ぼっちを気取る八幡ですらも、彼らの気持ちが分かるなと思ってしまった。教室側のドアからは廊下に、体育館側からは外に移動できるのは、仮想空間ならではだろう。

 

 

「教室の合体は教師じゃないとできないけどな。教室の内装は、クラスなら委員長の、部室なら部長の権限で変更が可能だったな。ちょっと試してみるか?」

 

 合体を解除した担任の言葉に従って、委員長が席を立った。

 

「そうですね。では生物室にしてみます」

 

 どうせならお菓子の家がいいとか、竜宮城を再現しろといった軽口が叩かれているが、やはり八幡は気にならなかった。それよりも早く変化が見たい。

 

 生真面目な顔をした委員長が操作を行うと、見慣れた机がたちまち姿を消して、黒を基調とした横長の机に四人から六人ずつが座っている光景に切り替わった。

 

 生物室に移動したとしか思えないが、机の中を見ると教科書がある。八幡がついさっき入れておいたものだ。つまり見た目は違えども、これは自分の机で間違いないのだろう。合体でも移動でもなく換装だと、そう説明された意味が実感できた。

 

 

「この世界だと、移動教室に怯える必要はないってことだよな。連結するにせよ内装を置き換えるにせよ、クラスに行けば済むってのは、ぼっち的には助かるな」

 

 移動教室とは知らないまま独り途方に暮れていた過去を思い出して、思わず呟きが漏れる。あわてて八幡は、声が外部に聞こえない設定に切り替えた。

 

 自分の言葉が周囲に伝わらないだけで、周りの声は先程までと変わらない。委員長が教室を元に戻す声もちゃんと聞こえている。

 

 ないしょ話をする相手は残念ながらいないが、ぞんぶんに独り言を口にできるのは少し嬉しい。ぼっちではあるけれども、八幡は決して無口な性格ではないからだ。むしろ妹に対してなら饒舌になるまである。

 

「えーと。ついでだし、音声入力でメモを取ってみるか」

 

 この世界では手書きももちろん可能だが、手元にキーボードなどを表示することでローマ字入力やフリック入力もできる。事前の説明で八幡が心を惹かれたのは音声入力だった。

 

「周りの連中が馬鹿騒ぎをして鬱陶しい、って言ってもあいつらには聞こえないし、自動的に文章ができるし楽だなこれ。漢字の変換も句読点も問題ないし、ここの入力システムはかなり優秀みたいだな。余は満足じゃ、マル。実験終了!」

 

 喋ったとおりのメモを眺めて、笑いが込み上げてくるのを必死で堪えた。これならL○NEが捗ることだろう。この世界では純正のメッセージアプリで同様のやり取りができると聞いたが、相手がいないのが残念なほどだ。

 ぼっちの自分でもそうなのだから、他の連中ははしゃいでいるだろうなと八幡は思った。

 

「授業中に音声入力ができるってのも楽だよな。現実の世界に帰ったら手書きでノートを取るのが嫌になりそうだわ」

 

 そう呟きながら、机の中から教科書を取りだした。この世界特有の仕組みをざっと確認し終えた担任が、生徒たちにそう命じたからだ。

 

 教師も生徒も浮ついた気分のままで、見慣れた教室で慣れない環境下での授業が始まった。

 だがそれは、不意の中断を余儀なくされる。

 

 

***

 

 

 半時間ほど経った頃に、奇妙な違和感が八幡を包んだ。

 気付けば目の前には教科書もノートも机すらもなく。まるで入学式のように隙間なく並べられたパイプ椅子に腰を下ろしていた。

 

 ちらちらと目だけを左右に動かすと、付近には同じクラスの連中が集まっている。すぐ前も、そして後ろもおそらくF組の生徒だろう。周囲のざわめきが次第に大きくなって来た。

 

 思い切って首を大きく動かすと、人数からして全校生徒が集められているようだ。場所は体育館で間違いない。同時に、教室を合体したわけでも内部を換装したわけでもなく、強制的に移動させられたのだと理解する。はっきり言って嫌な予感しかしない。

 

 

「諸君、この世界にようこそ。ゲームマスターの私から少し説明をしたくてね。気持ちを落ち着けて聞いて欲しい」

 

 突如としてステージ上に現れた男にそう言われて、体育館内はたちまち弛緩した空気に包まれた。しかし八幡の嫌な予感は去ってくれない。むしろ変な連想をしてしまう。この状況は、まるでSAO*1みたいじゃないか。

 

「話は単純だ。まず、君たちは最低でも一年間はログアウトできない。それから、この世界での死は現実の死に直結するので、短慮は避けて欲しい。ここまでは大丈夫かな?」

「……えっ?」

 

 気の抜けた声が館内にこだました。言われた言葉が瞬時に理解できない者、冗談だと受け取った者が大半で、事の深刻さに気付いた者はまだ少数だ。

 だが、パニックを起こされるよりはマシだと八幡は思う。唇を強く噛みしめながら、ゲームマスターの言動に意識を集中する。

 

「ゲームに挑んでいる諸君は一般プレイヤー、教育・学術関係者のことはゲストプレイヤーと我々は呼んでいる。ゲームは、捻りのない形で恐縮だがね、塔の百階でボスを倒せばクリアとなる。その場合には、一般・ゲストを問わず全てのプレイヤーを解放すると約束しよう。多少の時間差は出るかもしれないがね」

 

 ざわざわとした喧噪が辺りに満ちている。現実感を持てずにいるのだろうが、頼むから静かにしてくれと八幡は思う。ぼっちは他人を頼れないのだ。重要な情報を聞き漏らしたくはない。

 

 それにしても、塔を上っていくゲームと聞くと携帯電話のアプリを思い出す。オリジナルはずっと昔にゲームボーイで出たそうで、父親が社畜を始めて間もない頃に、現実逃避をしたくて繰り返しプレイしていたと聞かされた。

 

 あれをやらされて「サガシリーズ*2」に嵌まったんだよなと、そこまで考えて。少し気持ちの余裕が出てきた自分に八幡は気付いた。

 

「ゲストプレイヤーの諸君は、古典的な意味での人質だ。現実の世界から安易に干渉されないようにという意味合いもあるが、それよりも諸君には生き証人となることを望むよ。この世界がいかに素晴らしいか、その魅力を外で存分に広めてくれたまえ」

 

 かつて巨大な帝国が周辺の部族から人質を取り、帝国内の優れた文物を惜しみなく体験させることで自分たちに好感を持つ人材に育てたように。

 

 古典的な意味での人質とは、良く言ったものだと八幡は思う。どうせ解放の可能性をちらつかせながら良からぬ事でも企んでいるのだろうと、そう考えていたのだが。

 

「君たちが望めば、二年後には何ら条件を課さずにこの世界から解放しよう。もちろん、この世界に残ってくれても構わない。一年後からは半年おきに新たなプレイヤーを募集する予定なので、君たちを飽きさせることはないと思うがね」

 

 

 この世界に向けるゲームマスターの自信は、一体どこから来るのだろうか。最低でも一年間はログアウトできない世界に、誰が来たがるというのだろう。

 

 だが、確かに。この世界の先進性や利便性は身をもって体験してきた。人質という立場でさえなければ、魅力的な世界だと言ってやっても良い。

 

「あれだな。ハンター*3のグリードアイランドみたいに、とんでもないお宝とかがあれば、ログアウト不可でも人が集まるだろうけどな」

 

 あのゲームでは、クリアどころか元の世界に戻ることすら諦めて惰性で生きているプレイヤーがいたはずだ。そんな連中を二年ごとに一掃して、新たな人材を呼び込む仕組みを考えたつもりなのだろう。

 

 それでもやっぱり、年単位で元の世界に戻れないのは論外だという結論に戻ってしまう。が、そんなことよりも。

 まずは自分のことを考えるべきだと八幡は思い直した。

 

 周囲から怒声が飛ぶ中で、何とか話を聞こうと耳に意識を集中する。なのに、何を言っているのかまるで聞き取れない。

 

「ちっ。この世界でゲームマスターに歯向かっても意味ねーだろ。お前らが文句を言うのは勝手だが、人に迷惑を掛けるなっつーの」

 

 授業中からずっと声が外に漏れない設定のままなので、八幡の口調も乱暴になって来た。続けて大きくため息を吐いて、匙を投げる。こうなっては、なるようにしかならない。押して駄目なら諦めるのが肝心だ。

 

 そんなふうに八幡が腹をくくって、座ったままぼーっと過ごしていると。ようやく騒がしい声が小さくなった。ゲームマスターが身振りで傾聴を求めたのが原因だろう。

 

「今の私は運営の仕事場から、君たち全員に語りかけている。だから質疑応答は省略させてもらうよ。それよりも諸君は、この世界を満喫してくれたまえ」

 

 そう言って、男は現れた時と同様に瞬時に姿を消した。

 反射的に時刻を確認すると、もうすぐ午後六時になろうとしていた。

 

 

***

 

 

 再び奇妙な違和感に包まれて、気が付くとF組の教室だった。あれは夢だったと思いたいが、現実逃避をしても何も始まらない。

 授業は即座に中止となり、担任が教壇に立ったままLHRに移行した。

 

 幸いなことに、教師一同はひな壇に近い席に移動させられたみたいで、ゲームマスターの説明を全て聞き取れていた。それを担任がひととおり整理していく。

 

「我が校でこの世界に巻き込まれたのは、授業を受け持つ教師全員と全校生徒一同だな。校長先生をはじめ学校運営にのみ関与している方々はログインしていない」

 

 無理に軽い口調を装ってはいるが、やはり担任も冷静ではいられないようだ。どうして自分が、という感情が言葉の端々から伝わって来る。

 

「我々が寝かされているベッドは特注品で、筋力低下や褥瘡をかなりの程度まで防げるという話だ。数年臥床しても軽いリハビリで日常生活に復帰できると聞いていたが、まさか実際にそんな目に遭うとはな」

 

 それでも大人として、取り乱すことなく己の役割を果たしているのは凄いものだなと。八幡は素直にそう思った。

 

「この世界でも空腹感があって、この学校で一日三食の配給を受けられるんだとさ。できるだけ現実みたいに過ごせってことだろうな」

 

 聞き逃したのは、今のところは大した話じゃなかったなと。八幡が密かに安堵の息を吐いていると、唐突に担任の話が止まった。

 

 顔を上げると、教師は目の前に表示されたメッセージを確認している様子だ。やがて一つ頷いて空中をタップして、教壇の横に移動した。

 

 何が起こるのかと、クラス全員の視線が集中する中で。

 教壇に、人影がひとつ浮かび上がった。

 

 

***

 

 

 そこに現れたのは同学年の女子生徒だった。どうやら映像記録を再生しているようだ。誰かがクラス内で発言した内容を他のクラスでも共有できる機能があると言っていたが、それを使ったのだろう。

 

 八幡がそこまで把握するのを待っていたかのように。雪ノ下雪乃は現状について、滔々と私見を述べ始めた。

 

 

「たちの悪い冗談という可能性もまだ僅かに残ってはいますが、私は先程の発言に嘘はないという前提に従って、今後の方針を考えるべきだと思います」

 

「ゲームマスターによると、私達が解放される条件は三点。ゲームをクリアすること、二年後を待つこと、そして卒業資格を満たすこと。いずれかを果たせば、私達は現実世界に帰還できます。来年からは秋卒業も可能とのことですので、私達は最短で一年後、次に一年半後、最悪でも二年後には解放されます」

 

「三年生の先輩方は学業に専念されるのが一番だと思います。しかし私たち二年生は、残り二年で行うはずだった授業を一年に圧縮して受けるべきかと言えば、それは無理だと考えます。それを全員が一年間も続けられるとは思えないからです」

 

「歴史に鑑みて、私たちは何よりもまず内部分裂を防がなくてはなりません。一部の人だけが可能な案を採用することは、結局は誰にとっても得のない展開になりかねません」

 

「私たち二年生と一年生は予定通りのペースで授業を受けつつ、高等学校卒業程度認定試験(高認)を視野に入れるべきだと考えます。先程ゲームマスターは、この世界でもすぐに模試や入試が受けられるようになると言いました。私達の学業を妨げるつもりは微塵もないと。ならば高認も受験できる可能性があります」

 

「残念ながら先生方には、ゲームクリアか二年後かの二択しかありません。ではゲームクリアを目指すべきかというと、現時点では不確定要素が多すぎます。ゲストプレイヤーには幾つかの優遇措置がありますが、それらはゲーム攻略には関係のないものばかりです。そして推測になりますが、一般プレイヤーには私達にない攻略の為の優遇措置があると考える方が自然です。何より、死と隣り合わせのゲーム攻略はリスクが高すぎます」

 

「そもそも、私たちは二週間の間、軽挙妄動を防ぐためという理由で学校外に出られません。拘束期間が終わってからもまずは情報収集に努め、他のゲストプレイヤーと連絡を取り合うことが大切だと思います。その間に、攻略に邁進する一般プレイヤーとの差は大きく開いている事でしょう」

 

「今、私達にとって最優先すべき事は。一人一人が冷静になって、普段どおりの精神状態を保つことだと私は考えます。その為にも、少なくともこの二週間の間は、現実どおりの生活を継続すべきだと思います。決して自暴自棄にならず、皆が決めた目標に向かって努力することが大切なのは勿論です。しかし同時に、心のゆとりを忘れないようにしなければ、年単位の時間を無事に過ごすことはできないでしょう」

 

 

 反論の余地のない正論を聞き終えて。八幡は、じっと立ったままの雪ノ下を眺める。まるでドラクロワの絵画「民衆を導く自由の女神」のように、世間に名の知れたリーダーもかくやと思わせる堂々とした姿だ。きっとクラスではいつもこんな感じなのだろう。

 

 この短時間でここまで状況を理解して対策を立て説得力のある説明ができる生徒は、まず他にはいない。聞き漏らしていた情報を頭の中で整理しながら、八幡は雪ノ下の能力に舌を巻いていた。

 

 だが、何故だろうか。

 八幡は演説に聴き入りながらも、心底からは同意できなかった。

 

 雪ノ下が語る言葉の中に欺瞞を感じたからではない。「皆が決めた目標」とは明らかに、自身の提案を既決事項にしてしまおうと聞き手を誘導する目的の表現だが、この状況でそこに噛み付くほど八幡は意固地なわけではない。

 

 軽率な行動に出ぬよう教師にすら配慮して論を展開し、同時に生徒をも諫めている。今の雪ノ下の演説は、時が経ってから振り返れば瑕疵を思い付くかもしれないが、現時点では完璧に近い。

 

 だが……。

 

 

「ゆきのん、すごい……」

 

 聞き覚えのある声が八幡の耳に届いた。「あれ、もしかして同じクラス?」と思考が逸れそうになるのを何とかこらえ、そして直感的に思う。「あいつは無理をしている」と。

 先ほど現実で見た雪ノ下とは、何かが違う。

 

 だが、仮にその直感が正しかったとして。八幡に何ができるというのだろうか。

 それに、この世界は限りなく現実に近いが、しかし現実ではないのだ。だから自分の感覚が間違っている可能性もある。

 

 雪ノ下の印象が微妙に異なるのは、二つの世界の表現能力の差が原因だと結論づけて。

 八幡は、心に浮かびかけていた疑問を忘れることにした。

 

 

 時刻を確認すると、夜の七時を回っていた。

 

*1
川原礫「ソードアート・オンライン」(2009年〜)

*2
「魔界塔士 Sa・Ga」(1989年、携帯アプリは2007年)、「Sa・Ga2 秘宝伝説」(1990年)、「ロマンシング サ・ガ2」(1993年)、「ロマンシング サ・ガ3」(1995年)など

*3
冨樫義博「HUNTER×HUNTER」(1998年〜)




この世界を構築する際に、本話で名前を挙げた三作品を参考にしました。
次回は少々難航しておりますが、できれば数日後に投稿したいと考えています。
ご意見、ご感想、ご指摘などをお待ちしています。

以下追記。
前書きの一文が作者の意図とは違った意味に解釈できそうなので訂正しました。(5/17)
同級生→同学年に修正。(5/19)
後書きの余計な語りを消去しました。(7/14)
細かな表現を修正しました。大筋に変更はありません。(8/12,9/20)
新しく書き直したものに差し替えて、以下の解説を付け足し、前書きと後書きを簡略化しました。(2018/11/17)


■書き直しに伴う弊害について、他一点
 本話には、最初に投稿した際には明かさなかった話がいくつか含まれています。その結果、本来ならそれらの情報が初お目見えだった箇所が(幕間2話など)くり返しに思えるかもしれません。いずれ修正する予定ですが、しばらくはご勘弁を頂ければと思います。
 また、「仮想空間に巻き込まれたのは高校生だけ」と誤解させる描写があったみたいで、その辺りの補足も本話で加えておきました。

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