俺の青春ラブコメはこの世界で変わりはじめる。   作:clp

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前回までのあらすじ。

 由比ヶ浜の誕生日を祝いたいのに、どう話を出せば良いのか分からない雪ノ下と八幡。そんな2人を誕生日の夕食会に誘いたいのに、嫉妬と不安の感情に苛まれて口に出すのをためらう由比ヶ浜。そんな微妙な雰囲気の奉仕部に材木座が現れた。彼と遊戯部との勝負に助太刀をして欲しいという依頼を聞いて、まずは当事者から詳しい事情を聞き出すべく、4人は遊戯部の部室に足を運ぶのであった。



21.ゆるぎなく彼は己の信念を叫ぶ。

 特別棟の2階にある小さな部屋の前で立ち止まって、比企谷八幡は気怠げにノックをした。少しだけ間を置いて、中から「どうぞー」というやる気のない声が聞こえてきたので、彼らは扉を開いて順番に部屋の中へと入っていった。

 

 部室の中には所狭しと色んなものが散乱していて、よくよく見るとそれらは全てゲームに関するものばかりだった。ボードゲームのパッケージやカードゲームの箱などはもちろん、積み上げられている書籍もタイトルを見る限り何かのゲームを題材としたものばかりに思える。

 

「田舎のおもちゃ屋さんみたいな感じだな」

 

「あー、駄菓子とか売ってそうな?」

 

 思わず呟いた八幡の言葉に、こちらも思わず反応したという体で由比ヶ浜結衣が応答する。そんな彼女に顔を向けて自然な形で頷く八幡だが、実は予想外の反応が返ってきて驚き、二の句が継げなかったにすぎない。だが彼の余裕ありげな反応を受けた由比ヶ浜は、先程まで変な邪推をして悩んでいた自分が急に恥ずかしくなって、勢いよく視線を逸らして率先して部屋の奥に向かうのであった。

 

 

「あ……えっと……」

 

 大きな本棚の奥へと回り込むと、そこには男子生徒が2人いた。上履きが黄色なので1年生だろう。彼らが無言でこちらに向けてくる視線に答えるべく、八幡は困っている様子の由比ヶ浜の前に出て、その上で材木座義輝を手招きした。

 

「邪魔して悪いな。こいつがお前らに用事があるみたいなんだが……」

 

「剣豪さん……。勝負に来たんですか?」

 

「うむ。今こそ約束の刻。貴様らとの度重なる死闘に終止符を打つべくまかり越した。主らにも異存はなかろうの?」

 

「ええ、こっちはいつでもいいですよ。あ、その人が助っ人ですか?」

 

「然り。幾星霜の時を経て、数多の戦場をともに駆けた我が相棒。この男こそ、比企谷八幡その人である!」

 

「あ、1年の秦野と言います。こっちが相模です」

 

「あー、比企谷だ」

 

 仰々しく盛り上がる材木座の横で、普通に自己紹介を行う3人であった。

 

「え、相模って……」

 

 だが由比ヶ浜が思わず呟いたことで、名前を呼ばれた男子生徒が途端に険しい表情を浮かべる。この女の先輩はあの噂のことを知っているのだと理解して、彼は即座に身構える。だがこうした人間関係の問題は彼女が得意とする分野であり、由比ヶ浜は相手の反応を見てすぐに口を開いた。

 

「あ、えっと……。あたし、さがみんとは同じクラスなんだけど、ちゃんと話を聞いてるから。悪いのは、変な風にからかってきた人達だよね?その、相模くんは悪くないって、誤解を訂正するようにしてるから……ごめんね」

 

「なんで、あなたが謝るんですか?」

 

「え、だって、あたしはさがみんと友達だし。あんな噂を立てられて辛いだろうなって気持ちもね、解るって言ったら怒られるかもだけど……少しは解るつもりなんだ」

 

「……言っとくけど、由比ヶ浜がその、噂?とか、流したわけじゃねーからな。俺はその噂のことは知らんけど、こいつは誰かの悪口を言い触らすような奴じゃねーよ」

 

「え、ヒッキー?」

 

「ええ。由比ヶ浜さんは初対面の貴方に対しても、自分に責任がなくても、貴方の辛い気持ちを汲んで親身になれる優しい性格なのよ。それを誤解しないで欲しいわね」

 

「ゆ、ゆきのん?」

 

 八幡が自分にフォローを入れてくれるだけでも予想外だったのに、更に雪ノ下雪乃までが嬉しい事を言ってくれる。2人のことを変な風に考えていた自分が恥ずかしいという思いすら瞬時に消えて、由比ヶ浜は嬉しさと照れくささが同居したようなはにかんだ笑顔を見せるのであった。

 

 

***

 

 

「では、本題に入っても良いかしら?」

 

 八幡と雪ノ下の発言をそのまま受け入れたのか、素直に身構えた姿勢を解いた相模を見やりながら、雪ノ下は即座に場の主導権を確保した。彼女の問い掛けに頭を縦に振って同意した遊戯部の2人に向けて、彼女はまず椅子の準備を命じる。

 

 慌てた様子で付近にスペースを作って、後輩の2人は人数分の椅子を用意し彼らとの間に机を挟んだ。部屋が手狭な上に物が乱雑に散らかっているので、机の向こうに遊戯部の2人、机のこちらに奉仕部の3人が並び、材木座がお誕生日席という配置である。なぜか真ん中の席に座らされて居心地の悪い思いをする八幡であった。

 

「さて。ゲームで勝負をするという話を聞いているのだけれど、勝負の発端から勝負によって相手に要求することまで、詳しく説明してもらえるかしら?」

 

「えっと、剣豪さんは、何て?」

 

「彼の創作を真っ当に批評して、更には半可通のくせにゲームを語る彼に注意をしたら逆上したと聞いているのだけれど」

 

「あ、あれー?ハチえもん、我が言ったことと違うんだけど?」

 

「いや、雪ノ下の把握で合ってると俺も思うんだが」

 

 2人の容赦のない発言には、遊戯部の2人も苦笑いである。少しお互いに顔を見合わせた後で、代表して秦野が口を開く。

 

「まあ、経緯はそんな感じで。要求ですけど、作家になりたいとか偉そうな事を言うのなら、剣豪さんにはちゃんと、やるべきことをやってから言って欲しいんですよね。とりあえずもっと本を読むとか、そういうことをしないのに態度がこんな感じなので、正直いらっとするんですよ」

 

「あー。俺、今から遊戯部の側に付くわ。どう考えても正論だろ」

 

「そうね。私もそちらの意見が正論に思えるのだけれど……。由比ヶ浜さんはどうかしら?」

 

「えっと……中二はなんで小説を書きたいんだっけ?依頼の時になんか言ってたよね?」

 

 

 あっさりと寝返った八幡や彼の判定に同意する雪ノ下とは違って、由比ヶ浜は意外なことに過去の話を持ち出した。あの時のことを思い出しながら八幡が答える。

 

「要は『書きたいから書く』って感じだったな。そういやお前、あの時に言った文法・論理・修辞の三学と文芸評論家スキルって、今どうなってんの?」

 

「あうふ!……その、確認していないでござる……」

 

「なんかもう、勝負するまでもねーな。お前は足りないものがあり過ぎるから、素直にこいつらの要求を受け入れて、少しぐらいは基礎の勉強をしたほうがいいと思うぞ」

 

「……八幡よ。お主の言い分は拙者にはよく解る。だが、我は書きたいのだ。何よりもまず書きたいのだ!……以前の依頼の際に諸君に告げられた問題点は、我も自覚している。参考にできる点は、新作に取り入れてはいるのだ。だが、多くの本を読むことは一朝一夕ではできぬ」

 

「だからって、やらねーわけにはいかんだろ……」

 

「では貴様は、勉強してから書くのが正しいというのか?書いて書いて、どうしても足りないものを勉強するという順では駄目だと申すのか!……我は、勉強が嫌で避けているのではない。勉強の必要性を理解しながらも、今すぐに書きたいから書いているのだ」

 

 いつしか雪ノ下も由比ヶ浜も、そして秦野も相模も口をつぐんで、八幡と材木座の対話を見守っている。彼の発言を内心で反芻して、八幡はゆっくりと口を開く。

 

「じゃあお前は、もし勝ったら何をこいつらに要求するんだ?」

 

「愚問なり!……我が要求はただ1つ。書き上げた作品を読んで思ったままの感想を教えて欲しいという、ただそれだけでござる」

 

 材木座の心からの叫びが教室内にこだまする。それを聞いた各人の反応を順に確認して、雪ノ下は静かにこう宣言した。

 

「勝負は成立ね。同時に、貴方の依頼を正式に奉仕部として受理します。……比企谷くん、貴方に現場の全権を与えるわ。遊戯部と交渉して、勝負の内容やルールを確定させて……この勝負に勝ちなさい」

 

 こうして遊戯部との勝負が始まるのであった。

 

 

***

 

 

 遊戯部の2人の顔を順に見据えて、八幡はおもむろに口を開く。

 

「んじゃ、まずはゲームの内容を決めるか」

 

「あ、えっとですね。せっかくなので、そちらのお二人もゲームに参加しませんか?」

 

「……どういう意味だ?」

 

「勝負は勝負として、俺達は1人でも多くの人にゲームの楽しさを知ってもらいたいとも思ってるんですよ。だから見てるだけじゃなくて、実際に参加して欲しいなと思うんですけど……」

 

 秦野の意外な提案を受けて八幡が訝しげな目を向けると、今度は相模がその意図を説明した。彼らの連携を目の当たりにして苦戦を予想しながら、八幡は両脇の2人を順に眺める。

 

「その場合は4対2になってしまうのだけれど、勝つ気はあるのかしら?」

 

「ええ。団体戦形式でも良いですし、個人戦にして優勝者の所属する側が勝ちという形式でも良いですし」

 

「……そうだな。勝敗のルールは後にして、とりあえずゲームの内容を決めようぜ」

 

「いいですよ。カードゲームならトランプやUNO、花札にドミニオンまでありますし。ボードゲームなら人生ゲーム、カタン、カルカソンヌ、ディプロマシーやおばけ屋敷ゲームも準備できます。よくあるオリジナルとスマホ版で変更点が、みたいな話はなくて、全てが現実通りですよ」

 

 今度は返答の順番が変わって、雪ノ下の挑発には相模が、八幡の提案には秦野が答える。挙げられたゲームの大半を知らないのか、隣では由比ヶ浜が首を傾げている。どうにもやりにくさを感じて、八幡は少し考えた末に口を開いた。

 

「色々と挙げてもらって悪いんだが、初心者の俺らがその手のゲームで勝てるとは思えねーんだわ。お前らも結末が見えてる勝負だったら、さっき言ってたゲームの楽しさ?ってのが味わえないんじゃね?」

 

「そうでもないですよ。()()()()()()()()、ゲームのことでは手を抜きませんし」

 

「そう言われてもなぁ……。この4人で良い勝負ができるゲームって、なんか心当たりねーか?」

 

「……あの、こっちに丸投げして、大丈夫ですか?」

 

 思わず相模に心配されてしまう八幡であった。話し合いが進まないことに業を煮やしたのか雪ノ下が口を開きかけるが、八幡はそれを軽く手を挙げることで遮る。彼女が言おうとしたことは分かっているとでも言いたげに視線を送って、彼は以下のような提案を行った。

 

 

「せっかくだから、この世界限定のゲームとかどうだ?」

 

「……どういう意味ですか?」

 

「この世界のマニュアルって、クイズもできるらしいんだけど、お前ら知ってた?」

 

「ええ。もちろん知ってますし、マニュアルの解読も進んでいるほうだと思うんですけど……大丈夫ですか?」

 

 素朴に疑問を口にする相模に向けて、あえて挑発気味にマニュアルの話を出すと、秦野もまた挑発気味に返してきた。だが解読の進み具合に関しては奉仕部の3人が飛び抜けていると、ゲームマスター自らが保証してくれている。落ち着かない様子で教室の隅を眺めている材木座を横目で確認しながら、内心で「かかった!」と叫びつつ八幡はポーカーフェイスで交渉を続ける。

 

「まあ、俺らもそれなりに解読してるからな。負けてもこいつに勉強させれば良いだけだし、他のゲームよりは良い勝負になるんじゃね?」

 

「確かに、雪ノ下先輩が相手だと手強そうですね」

 

「んじゃ、俺とかが相手の時は手加減してくんねーかな?」

 

「ゲームで俺達が手を抜くことはありませんよ」

 

 どうやら秦野は挑発に乗りやすい性格みたいで、敢えて雪ノ下の名前を出して八幡を煽ってくる。だがその程度で気を削がれるようでは、ぼっちなどやっていないのである。軽口で返しながら、八幡はより自分達に有利なルールを織り込もうと頭をひねる。特に彼の横で不安そうな表情の由比ヶ浜をどのように戦略に組み込めば良いだろうか。

 

「じゃあ、順番に問題を出していって、全員が回答者になる形で勝負するのはどうですか?」

 

「それは……どうだろな。勝敗の付け方にもよるんじゃね?」

 

「4対2の形ですし、正解者の数ではなくて正解者の割合で勝ち負けを決めるとか」

 

「いや、数をごり押しする気はねーけど、割合だとこっちが不利じゃね?」

 

 先に相手に提案をされて、八幡は相手の意図を読みながら話を先延ばしにする。相模の提案はおそらく雪ノ下を警戒したものだろう。彼女を前面に出して破竹の勢いで勝負を決められるような形式を避けて、材木座や由比ヶ浜が足を引っ張ってくれるような形式の勝負を考えているはずだ。彼らが由比ヶ浜をどう評価しているかは判らないが、少なくとも材木座の穴は突いてくるだろう。

 

 そうした八幡の危惧は秦野の提案で確定的となる。いくら雪ノ下が全問正解しようとも、八幡もそれに並んだとしても、他の2人が全滅ではどうしようもない。それに対して遊戯部の2人はいずれも高い正答率を狙えるのだろう。これでは勝負にならない。……いや。

 

 

 八幡は星取り表を計算しながら、ふと思い付いたことを全力で検証する。

 

「(1問ごとに勝敗を決める形だと……。その場合、2対2になるから……。由比ヶ浜は最悪……。問題は材木座、か。)……なあ、ちょっと提案なんだが」

 

「何ですか?」

 

「最初に材木座に問題を出させるから、それでこいつが勝てない場合は俺らは下りるわ」

 

「えっ?……その場合はそちらの負けということで良いんですか?」

 

「え、ヒッキー?」

 

 ここまで黙って交渉を見守っていた由比ヶ浜が思わず声を出してしまう。もしもこの依頼を解決できなければ、彼は奉仕部を去ってしまうのだ。心配そうに自分を見つめる由比ヶ浜に力強い視線を返しながら、八幡はゆっくりと説明を始めた。

 

「そのな、俺らは奉仕部ってのをやってるんだが。部の方針として『飢えている人に魚を与えるのではなく魚の釣り方を教えよ』みたいなのがあるんだわ」

 

「比企谷くん?……成る程」

 

「要するに今の材木座だと、魚を求めてる形になるんだわ。まずは最低限こいつが勝つ姿を見せてもらわないと、全てを俺らがお膳立てして勝負に勝っても、こいつの為にならねーだろ?」

 

「つまり……どういうことですか?」

 

「最初に材木座が問題を出して、それでお前らのほうが正答率が良かったらお前らの勝ちな。俺たち奉仕部は勝負には関与しない。まあ、材木座が出す問題だからこいつは正解するだろうし、お前らには良くて引き分けの勝負になっちまうが……別に良いよな?正答率って話を持ち出したのはお前らだからな」

 

 遊戯部の2人が正解者の数ではなく正答者の割合という話を持ち出したのは、数が少ない自分たちのほうが有利になるからである。だがもしも自分たちのほうが数が多い状況に追い込まれると、その企みは逆効果となる。

 

「……もしも引き分けの時はどうするんですか?」

 

「だから材木座が勝てない時は俺らは下りる。材木座が出す問題で、こっちで答えるのは材木座だけだ。そんな有利な状況で引き分けで良いとか、ちょっと甘やかしすぎじゃね?」

 

「は、八幡……?」

 

「大丈夫だ。お前が勝てば何も問題は無い。その後の勝負は参加してやるよ」

 

 ことさらに余裕そうな口ぶりで、八幡は材木座を宥める。彼の意図をどこまで読んでいるのか、雪ノ下は楽しそうな表情を浮かべて経緯を見守っているし、由比ヶ浜は頼もしそうな表情で彼の横顔を見つめている。そんな対面の先輩たちへの憤った気持ちを隠すことなく、秦野は細かな確認を行う。

 

「……その後も、1問ごとの勝負を判定するのは正解者の割合ってルールで良いんですよね?」

 

「ああ、そりゃそーだろ。どうする?キミに有利すぎて少しこわいか?」

 

「……いえ。全力で勝ちに行きますよ?」

 

「俺らも同じだから安心しろ。んじゃ、そんな感じで勝負を始めるか」

 

 こうしてルールは決まった。お互いに1人1回ずつ問題を出して、参加者全てが回答者となる。問題ごとに正答率によって勝敗を決めて、最終的に勝ち星で相手を上回った陣営の勝利となる。材木座が問題を出す初回のみ、彼と遊技部2名との勝負になる。

 

 両陣営の数の不均衡を考慮して、問題を出す順番は以下のように決まった。すなわち材木座、由比ヶ浜、秦野、相模、雪ノ下、八幡の順である。当然のように八幡に大トリを譲る雪ノ下と視線を交わし、八幡は己の進退をかけた勝負に挑むのであった。

 




次回は明日更新する予定です。
ご意見、ご感想、ご指摘などをお待ちしています。

追記。
1箇所なぜか由比ヶ浜を雪ノ下と書いていた部分を訂正しました。(2/23)
細かな表現を修正しました。大筋に変更はありません。(3/2,4/6)

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