俺の青春ラブコメはこの世界で変わりはじめる。   作:clp

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前回までのあらすじ。

 朝の点呼には出た上で、留美は午前中の班行動には同行しないことになった。この一連の行為に関して全ての責任を押し付けられて、宿泊室で孤独に過ごしていた留美に、雪ノ下からのメッセージが届く。

 研修室で待つという雪ノ下と八幡のもとに足を運んだ留美は、そこで二人から色んな話を教えられた。二人の経験に基づいた説得力のある話を聞けたことで、留美はずいぶんと気持ちが楽になった気がした。



13.はなばなしく彼らは議論を重ねる。

 研修室から出て行く鶴見留美を、比企谷八幡は部屋の入り口まで足を運んで送り出した。彼に見送りを命じた雪ノ下雪乃は、自宅に部下や年下のお客を招いた時の両親の行為に倣って自身は動かなかったものの、やはり自らも動くべきだったかと少しだけ反省していた。

 

 ドアを閉めて振り返り、八幡は今後の行動を目線だけで問いかける。雪ノ下はそれに対し、先程まで彼が座っていた場所に目を向けることで応えた。

 

 八幡を見送りに立たせた雪ノ下は時間を無駄にすることなく、留美との対話が無事に終わったとだけ部員に報告した。すると即座に返事が来て、おかげで雪ノ下はあちらの状況も把握できたのだった。こちらに向かって移動を始めるという彼女らが集合場所の食堂までやってくるには、もう少し時間がかかるだろう。

 

 雪ノ下の視線を受けて再び同じところに座り直した八幡は説明を聞いて頷いた。そのまま雪ノ下が話を続ける。

 

「先程の無力化と透明化の話は興味深かったわ」

 

「どっかの偉い先生が言ってた受け売りだし、定説ってわけでもないみたいだがな」

 

「特に、無力化の過程で時間をかけすぎると、逆に周囲から加害者への疑いが生まれるという話が重要だと思ったのだけれど。朝食後に聞いた男子からの提案と重なる部分があるわね」

 

「周囲に働きかけて場の空気を改善するって話だよな。周りの連中の意識を無理矢理にでも変えるって話をあんな風にまとめるとか、葉山も何だかんだで能力高いよな。お前が居るから学年一位になれないだけで、俺なんかおかげで万年国語三位だしな」

 

「それを悔しく思うのならば、次で葉山くんを抜けば済む話ではないかしら?」

 

 葉山隼人の話を出されても涼しい顔でこう答える辺り、雪ノ下は引き続き良い精神状態を保てているのだろう。言われて苦笑している八幡にも余裕が窺える。昨夜の様々なやり取りを経て、後顧の憂いなく事に当たれる心境に二人は至っていた。

 

「それ、自分は抜かれないって思ってるだろ。ま、その話は二学期に入ってからとして。お前は何か手があるのか?」

 

「事態の改善だけを目指すのであれば、ね。とはいえ条件的にも責任という点でも厳しいのが正直なところね。留美さんが期待していたような一発で状況を変える手は思い付かないわ」

 

「そういや、逃げることを勧めてたのは少し驚いたな。あれも昨日の話が原因なのか?」

 

「最悪の事態は避けたいと思いながら話したのは確かね。それと私の留学も、ある意味では逃げから始まったようなものだったから……」

 

「あれだ。『間違った始まり方でも、新しく関係を作っていけば』ってクッキーの時に言ってきたのはお前だろ。職場見学からごたごたしてた時には由比ヶ浜も『始め方が正しくなくても』って言ってたし。どうせお前のことだから『逃げて正解』って側面を過小評価して、『逃げた』って部分だけを気にしてるんだろうけどな。さっきの孟母三遷と同じで、結果が良かったんだからいいんじゃね。留学、楽しかったんだろ?」

 

 

 彼らが同じ部活で時を過ごすようになって、既に四ヶ月近い月日が流れている。この世界に巻き込まれたことや多くの事件に遭遇したことで、奉仕部の三人は濃密な時間を共にしてきた。中でもこの二人は記憶力が優れているために、過去の部員同士の発言を引き合いに出して会話を落ち着かせる傾向が最近は特に増えていた。

 

「そうね。だから留美さんにも、この先で楽しいことを経験してもらいたいわね。肝試しの代替イベントは固まっているような口ぶりだったと思うのだけれど、比企谷くんは何か打つ手があるのかしら?」

 

「葉山とか、他の連中のアイデア次第だけどな。自案に拘る気はないし。俺の案だと不確実な部分が残る上に、特に雪ノ下に協力してもらう必要があるんだが……正直、嫌な思いをさせてしまうかもしれん」

 

「構わないわ。結果が良ければ、嫌な思いぐらいは安いものよ。とはいえその口調だと、詳しい内容は後のお楽しみということなのかしら?」

 

「お前の案だって詳しいことは話してねーだろ。どうせ後で説明するんだし、二度手間を避けただけだっての」

 

「確かにその通りね。ではもう一つだけ。結局さっきの話の中で、貴方が留美さんを助けたい理由は明確になっていなかったと思うのだけれど。誰にも言えない理由なのかしら?」

 

 まるで八幡の意図を見通しているかのように、雪ノ下は悪戯っぽく微笑みながら問いかける。男性の態度からしてバレバレだろうに、それでも愛情表現を言葉で要求する女性ってこんな感じなのかなと場違いなことを考えながら、八幡は仕方なく口を開く。

 

「昨日、言ってただろ。お前は由比ヶ浜のために、由比ヶ浜はお前のために留美を救いたいって。部活をずっとやって来て今更かもしれんけど、奉仕部ってこういう部活なんだなって改めて思ってな。俺は正直、結果第一ってか、介入して事態を悪化させるのは一番ダメだろって思ってたけど。そんな斜に構えた傍観者みたいな立ち位置じゃなくて、俺も奉仕部の一員として留美の状況を改善してやりたいなって思えたんだわ」

 

「そう。私は由比ヶ浜さん(と葉山くん)のために。由比ヶ浜さんは私のために。そして比企谷くんは同じ奉仕部の一員として、私たちのために留美さんを救いたいと考えているのね」

 

 葉山との過去の一件に事情を知らない他人を巻き込んでいるようで、申し訳なさを少しだけ感じながらも、雪ノ下は口に出す必要のない部分は内心で飲み込んだ。そちらに意識を多く奪われていたために、後半はすぐ横にいる男の子の発言内容を繰り返すだけになったのだが、そのせいで八幡はこの上ない気恥ずかしさを覚えていた。

 

 先ほど連想したことを再び思い出しながら、ラブラブなカップルの会話は俺には絶対無理だなと考えながら、八幡は頑張って真面目な表情を維持しつつ言葉を付け足す。「雪ノ下と由比ヶ浜のために」「二人と共に」という恥ずかしい理由を少しでも薄めようと目論見ながら、同時にこの理由も忘れるわけにはいかないと思いながら。

 

「あと、留美と長い時間話してみて思ったけど、あいつはこんな扱いを受けて良い奴じゃねーよ」

 

「それは私も同意見ね。実際に話してみて、助けたいという気持ちが強くなったわ。……では、そろそろ食堂に向かいましょうか。方針がすんなり決まると良いのだけれど」

 

「あ、メッセージを送りたい先があるから、少しだけ待ってくんねーかな?」

 

 そう言って八幡は、念のために二人と一人にメッセージを送った。

 

 

***

 

 

 少しだけ時間は遡る。川べりでは中高生たちが難しい顔で集まっていた。

 

 残っていた女子生徒たちに男性陣が合流して、当初こそ水遊びに参加できなかった愚痴を戸部翔がおもしろ可笑しく口にすることで明るい雰囲気にできていたものの、留美の現状を女性陣が説明し始めると辺りは重苦しい空気に包まれた。

 

「隼人が……あっちの先生とか他の小学生に上手く説明して、問題を解決するってできないし?」

 

「そうだな……。昨日の話し合いでも、ハブられてる子に話しかけるのは難しいってことだったから。それに比べると可能性はあるかもね」

 

「じゃあ、あーしがフォローするから、説明の仕方を考えて欲しいし」

 

「うーん。まだ方針を固定するのは早いし、他の意見も聞いた方が良いんじゃないかな」

 

 煮え切らない葉山の返答に三浦優美子は内心で歯軋りをするものの、自分でも無茶振りをしている自覚はあるだけに、主張を繰り返すことができない。

 

 女性陣は昨夜の雪ノ下と三浦の諍いをどこまで話したものかと判断がつきかねていて、なかなか口を開こうとしない。戸部は先程までは頑張って場を盛り上げていたものの、今の三浦に言葉をかけるのは怖いという気持ちもあり、そもそも真面目な話には口を挟みづらい。こうした分野では彼は葉山に全幅の信頼を置いているのだ。

 

 そんな一団の中で、三浦とはテニスの練習を通して縁があるために怯える気持ちが少ない戸塚彩加が口を開いた。

 

「雪ノ下さんと八幡なら、何か別の解決法を考えてるんじゃないかな」

 

 雪ノ下の名前が出たことで三浦の反応を気にしながら、女性陣は各々が考え事に耽っていた。

 

 一色いろはは昨夜と同様に、葉山には解決が難しくとも雪ノ下なら解決できるだろうと考えていた。まだ名前を覚える気のないせんぱいについては、雪ノ下と並んで女子小学生から指名を受けたことに多少の意外感を抱きつつも、相変わらずさしたる関心はない模様だ。

 

 比企谷小町も雪ノ下なら鮮やかに問題を解決するだろうと考えていた。八幡については肉親ゆえに、集団が抱える問題を見事に解決するようなタイプではないと思い込んでいる。とはいえ兄の能力を疑っているわけではなく、八幡には助言役とか裏方のような役割が似合うだろうと考えていた。

 

 海老名姫菜も昨夜と同様に、葉山にも雪ノ下にも解決は難しいだろうと考えていた。あとは八幡次第だが、自由時間に留美が一人だけ居残りをさせられている現状は思っていた以上に厳しいと言わざるをえない。中高生に何とか出来る段階を超えていると海老名は考えていた。

 

 由比ヶ浜結衣は同じ奉仕部の二人のことを信じている。雪ノ下と八幡なら単独でも解決できるかもしれないが、二人が協力すれば解決は間違いないと。だが同時に、由比ヶ浜は二人に期待が集まり過ぎることを心配していた。あの二人が変な気負いを感じることなく、問題の解決に全力を注げる環境を整えるのが自分の役割だと、由比ヶ浜は考えていた。

 

 そして三浦優美子は。唇を強く噛みしめながら、それでも女王の矜持として、雪ノ下の失敗を願うようなことだけは絶対にしたくないと考えていた。己の力不足を、ライバルの足を引っ張って誤魔化すようなことは絶対に嫌だと。

 

「全員で話してみないと分からないし、少し早いけど移動しようか」

 

 葉山がそう提案したのとほぼ同時に、由比ヶ浜のもとにメッセージが届く。詳しいことは書かれていなかったが、留美との対話が無事に終わったという一文を由比ヶ浜は全員に伝達する。そして早口で音声入力を行ってこちらの状況を書き送った。

 

「川遊びもしたかったけど、仕方ないから移動するべ」

 

 未練を自ら断ち切るように、残念そうに口を開いた戸部に全員が苦笑しながら、一行は青少年自然の家に向けて移動を始めた。

 

 

***

 

 

 朝にも集まった自然の家の食堂にて、中高生が勢揃いしていた。小学生を引率する先生たちと何やら相談事をしていた平塚静も戻って来て、総勢十一人が部屋の奥で一塊になっている。

 

 特に申し合わせたわけでもなく、彼らは昨日の夕食時と同じ配列になっていた。机を挟んで右手奥から雪ノ下、小町、由比ヶ浜、海老名、三浦の順に座っている。お誕生日席の一色を挟んで、左手手前から戸部、葉山、戸塚、八幡、平塚と並んでいる。

 

「まずは私の話から始めようか。あちらの引率の先生方は、とにかく問題が明るみに出るのを怖れているようだな。状況は掴んでいるものの、遠からず収束するだろうと、考えているというよりは期待しているという状態に思えたよ」

 

 どこか疲れたような声音で平塚先生がまず口を開いた。居並ぶ中高生の胸に憤りの気持ちが湧き上がるが、教師の対面に座る女子生徒が話を始めると、じきに全員が落ち着きを取り戻した。

 

「今はアップデート直後の時期ですので、保護者に連絡が行くのではないかと普段以上に怯えているのかもしれませんね」

 

「関東地方の解禁と並ぶアップデートのもう一つの目玉か。メッセージで何人かから感想が届いてるけど、リアル世界とのビデオ通話は概ね好評みたいだね」

 

 雪ノ下の指摘に対して、昨日の重苦しいやり取りが嘘のような気軽な口調で葉山が情報を重ねる。送られてきた感想の中には()()()からのものも含まれていたのだが、さすがにそれをこの場で公表するような愚は犯さない。

 

「あれって肉親だけとか場所限定とか、制限が多すぎですよね〜」

 

「こっちと向こうと、同じ場所じゃないと話せないってケチですよねー」

 

「下手に範囲を増やすと収拾がつかなくなりそうだしな。昨日ざっと読んだ限り、基本は自宅どうしで話すだけで、最初に用意されてた個室のみ例外でリアルの自宅に繋がるんだっけか。親と話すこともあんま無いし、小町に任せるわ」

 

「肉親限定は遠からず解除したいとマニュアルに書いてあったのだけれど、場所の限定はあまり考えてなさそうだったわね。いずれにせよ、今この場では検討しても仕方がないことなので、話を戻すわよ」

 

 一色から小町へと話がどんどん横道に逸れそうになっていたのを八幡が押しとどめ、雪ノ下が話題を戻した。そのまま彼女は話を続ける。名前で呼ばれることに拘っていた留美のために、今この場では軽々しく固有名詞を出さないようにと気を付けながら。

 

 

「おそらく引率の先生方が怖れているのは、被害者一人から連絡が行くことではなく、問題が大きくなって大勢の生徒から保護者に連絡が行くこと、なのでしょうね」

 

「雪ノ下の言う通りだろうな。多数を優先して一人を犠牲にする考え方には言いたいこともあるのだが、子供たちの世界に大人が上手く口出しできないという事情もあると言えばある。それでも現状を鑑みれば外からの介入が検討されて然るべきだと思うのだが、正直に言って説得は難しいな。力不足を実感するよ」

 

 口元を寂しく感じたのか煙草を吸いたそうな表情を浮かべて、しかし平塚先生は自重して話の聞き役に回る。

 

「その、先生や子供に受けが良さそうな隼人とか……が、当事者以外を説得するって難しいし?」

 

 雪ノ下を見据えて、珍しく言葉を濁しながら三浦が発言する。雪ノ下をどう呼ぶべきか、そもそも雪ノ下に動いてもらうようなプランを自分が提案して良いのか躊躇したために、こうした中途半端な物言いになったのだ。並んで座っている海老名と由比ヶ浜が、雪ノ下に協力を要請する三浦を見て少しほっとした様子なのにも気付かず、三浦は雪ノ下の返事を待つ。

 

「貴女の提案は検討に値すると思うのだけれど、正直に言って時間が足りないわね。今日と明日でいくら頑張ったところで、林間学校が終わってしまえば話は有耶無耶になると思うわ」

 

「だからって、何も手を打たないよりは、少しでも説得したほうが良いと思うし……」

 

 三浦とてそうした正論は言われるまでもなく理解している。先ほど川岸で葉山に無茶ぶりをしたのも、他に手がないことに三浦自身が気付いているからこそだ。なまじっか昨夜大口を叩いただけに、弱々しい口調で三浦は雪ノ下に縋ろうとする。しかし。

 

「見込みのない行動に時間を費やすのは愚の骨頂よ。他のプランを考えるべきだと思うわ」

 

 雪ノ下は意志を曲げない。こんな程度で挫けている場合ではないと、雪ノ下は他者にも強さを求める。その気迫が三浦の心に火を灯す。

 

「せっかく下手に出たってのに、その態度。あーし、あんたのそういうところ、好きじゃない」

 

「あら。問題の解決のために必死になっている今の貴女を、私はけっこう気に入っているのだけれど」

 

 もはや怒っているのか照れているのか周囲からは判別できないほど顔を赤らめて、三浦が絶句していた。だが彼女とて女王としての誇りがある。らしくない発言を続けた三浦は最後に、彼女らしい言葉を口にした。

 

「じゃあ、見込みのあるプランをさっさと教えるし」

 

 女子生徒たちは一様に安堵の表情を浮かべていたし、三浦と縁のある戸塚や戸部も彼女らしさが戻って来たことを実感して苦笑いしている。平塚先生と八幡はしばらく傍観者に徹しようとしている様子だ。そんな全体の空気が弛緩した状態で、葉山が口を開いた。

 

 

「朝にも言った『周囲に働きかけて場の空気を改善する』って話だけどさ。雪ノ下さんが協力してくれるなら、できるかもしれないって思ったんだけど、どうだろう?」

 

 自分の協力が必要だと言われたのは、先程の研修室で八幡に言われた時に続いて二度目になる。しかし雪ノ下は葉山の口調から八幡とは違う何かを、他人を単なる手駒としか見ず悪びれもしない()()()と似た何かを感じ取って身構えた。

 

 この夏までの雪ノ下は葉山を内心で嫌悪していたが、それは彼女自身も過去を引き摺っていたからだった。過去のあの事件が心から離れず、葉山が何か行動をするたびに「あれほど盛大に失敗しておいて何を偉そうに」という気持ちが沸いていたのだ。

 

 だが今しがた感じた嫌悪感はそれとは別種のものだった。よく知っていたはずの、性格全てを見切っていると思っていたはずの顔馴染みが、雪ノ下の知らない間に良くない方向へと変化しようとしている。

 

 葉山に小学生の時と同じ失敗を繰り返させるわけにはいかないと昨日から考えていた雪ノ下だったが、この状態は更に危うい。どうして彼がこんな形でやる気になっているのか、彼の動機が昨夜窺えたそれとは異質なものに思えてしまって、雪ノ下は緊張感を募らせる。生兵法とはまさに今の葉山のことだと雪ノ下は思った。

 

「集団への情報操作は、貴方には難しいのではないかしら?」

 

「そうだね。俺もそう思ったから、雪ノ下さんに協力して欲しいってお願いしてるんだけどさ」

 

「貴方の意図が解らないのに、お先棒を担ぐような真似は御免だわ」

 

「俺は別に変なことは考えてないよ。昨日は正直、過去の自分の失敗を見てる気がして、何とかしたいって考えてたんだけど。今はあの子のために、状況を改善してあげたいって考えてるだけなんだけどね」

 

 昨夜の女子会で雪ノ下が説明した話が今の葉山の発言に重なって、女性陣の多くは葉山を少し見直していた。昨日と比べて葉山が成長していると受け取ったのだ。雪ノ下が昨日、曖昧な話で誤魔化したことが、手痛いしっぺ返しとなっている形だった。

 

「その、隼人の提案を引き受けるか、その判断には口を挟まないし。だから隼人の話だけは、聞いてあげて欲しいし」

 

「……分かったわ。葉山くん、説明を」

 

 あの三浦に懇願されて、雪ノ下はそう答えるしかなかった。

 

「俺に集団を説得できるだけの能力がないって前提で、それでもみんなを説得するにはどうすれば良いのかなって考えてたんだ。結論は、偽らざる情報を出すこと。雪ノ下さんに関係者全員と、確か五人の班だったからその全員とじっくり話してもらって、そこで得た情報を公表することで全体を説得できないかなって考えたんだけど、どうだろう?」

 

 やはり、体よく利用するつもりなのかと雪ノ下は思った。情報が公開される前提で当事者からどこまで聞き出せるのかも未知数なら、肝心の被害者当人への影響も未知数だ。確かに葉山のプランであれば、場の空気は改善できるかもしれない。しかしそれが被害者の救済に繋がるとは限らない。目先の問題の解決を目指して、大本の目標が疎かになる彼らしい提案だと雪ノ下は思った。

 

 とはいえ葉山としては、現状で彼に可能な精一杯のことを行おうとしているのも間違いない。自分には()()()のような情報操作は不可能だと分を弁えて、正しい情報を前面に出して問題の解決に挑む姿勢は彼らしいものだと言える。雪ノ下が過剰に反応した「他人を利用する」という部分も、葉山が意識下では今なお幼馴染みに甘えているという程度の話でしかない。

 

「私としては、加害者には糾弾を、被害者には救済を与えるという前提で尋問……じっくりお話をして、加害者の意識を変えることで全体の空気をも改善するという順序のほうが良いように思うのだけれど」

 

 これが雪ノ下が思い描いていたプランだった。三浦の案と比べると話す相手が圧倒的に少なくて済み、葉山の案と比べても当事者の説得に重きを置いているために、全体の説得に掛かる時間を考慮しなくて済む。しかし既に彼女自身が八幡に告げているように、条件的にも責任という点でも厳しい部分があった。

 

 このプランをきちんと実行できれば、留美の状況を改善できるという自信が雪ノ下にはある。だが昨夜に海老名が危ぶんでいた通り、雪ノ下は当事者たる小学生たちと身近に接する存在ではない。それが大きな壁として立ち塞がっていた。

 

 単なるボランティアの一高校生に過ぎない今の雪ノ下の肩書きでは、たとえ加害者たちに接触しても問答無用で尋問を行うようなことはできず、それよりも先に平塚先生の責任問題に発展するだろう。

 

 仮にそれらをクリアして当面の問題が改善できたところで、恒久的な解決には程遠い。状況は一時的に改善しても留美の孤立化が解消できない可能性があり、更には別の加害者たちが現れる可能性も無視できない。それに対して、あくまでも雪ノ下は部外者に過ぎないのだ。

 

 

 会議は踊る、されど進まず。プランの同時進行を主張する葉山と、共存は不可能だと反論する雪ノ下。雪ノ下のプランに危うさを感じて、消極的な否定をそれぞれ感情面から、そして理論面から行う由比ヶ浜と海老名。深い議論には興味を持てない小町と一色の年下組。議論に加われないことを歯がゆく思いながらも、それぞれ八幡と葉山に視線を送ることしかできない戸塚と三浦。この面々なら最後には上手く行くはずだと楽天的な戸部。

 

 そんな中、横に座る教師からの視線に根負けして、ついに八幡が口を開いた。




次回は金曜に更新予定です。
ご意見、ご感想、ご指摘などをお待ちしています。

追記。
細かな表現を修正しました。大筋に変更はありません。(7/15)

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