俺の青春ラブコメはこの世界で変わりはじめる。   作:clp

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前回までのあらすじ。

 八幡が考えていた以上にゲームの効果は大きく、留美は他班の小学生から絶えず話しかけられていた。疲労で体力の限界が近かったこと、同じ班の子たちが居心地悪くしていたことから、留美はキャンプファイヤーを早めに切り上げて部屋に戻った。

 小学生が解散した後、全員が集まる中で雪ノ下がゲームの詳細を伝え、八幡がもう一つの計画を明らかにする。さすがに苦言を呈しながらも平塚先生はすぐに動いてくれた。やることがない生徒たちはそのまま解散して、八幡はこの日も男子生徒たちと行動を共にする。その結果、八幡は葉山と濃密な一時を過ごす事になるのだった。



17.やるべきことを終えて彼女らは各々の課題と向き合う。

 男子生徒たちを見送って、女子生徒たちは引率者用のログハウスで平塚静の帰りを待っていた。昨日から一同の頭を悩ませていた問題に大きな進展があったので、今は肩の荷が下りたような気持ちで各々が気楽に過ごしている。

 

「そういえば。さっきのゲームって、展開をもう一度詳しく再現できる?」

 

「ええ。説明の際に必要かもしれないと考えて、念のためにゲームを預かっているので、そのまま再現できると思うわ」

 

 雪ノ下雪乃のこの返事に、問いかけた海老名姫菜が目を輝かせる。海老名も今日の昼まではこのゲームを知らなかったので、どんな風にゲームが進んで行くのか見てみたい気持ちが一つ。それに加えて、参加者それぞれがどんな意図をゲームに託したのか、可能な範囲でそれを知りたいという気持ちがもう一つの理由だった。

 

 雪ノ下がゲームを箱から取り出して広げ始めると、自然と他の面々も周囲に集まってきた。駒の動きを口で伝えられるよりも、目で把握できるほうが理解し易いし面白い。改めて基本的なルールを簡単に説明した上で、雪ノ下は各軍の動きをゆっくりと再現してみせた。

 

「雪乃さんの攻撃が容赦なさすぎる……」

 

「でもでも〜、小町ちゃんのお兄さんもけっこう鬼ですよこれ」

 

 比企谷小町が恐れおののく横で、一色いろはが素の声で感想を述べる。小学生の動きを見切っているとしか思えない雪ノ下の行動といい、小学生がどう動いても無理な状況に持ち込んでいる比企谷八幡の戦術といい、それらを盤上で再現されると一同は苦笑いを浮かべるしかなかった。

 

「ヒッキーのさっきの動きって、支援が1つ少なくても大丈夫だよね。あえて数を見せつけたとか、そんな感じ?」

 

「あーしとテニスをした時も、計算しながら行動してる感じだったし。ヒキオのことだから、威圧して相手の動きを止めようとしたんだと思うし」

 

 大局を見て考察するのは苦手でも、局所での数の比較には鋭い感覚を見せる由比ヶ浜結衣が疑問を呟く。すると八幡と真剣勝負の経験がある三浦優美子が推測を述べる。

 

 

 このように各々が気軽に口を挟みながらゲームの流れを確認し終えたところで、再び海老名が口を開いた。

 

「やっぱり、私も含めて他の人には二人の役割はできなかったと思うけど。雪ノ下さん、嫌な気持ちとか残ってない?」

 

「大丈夫よ。ゲームであっても、ルールの中で全力を尽くすのは当然だと私は思うのだけれど」

 

 個々の行動以前に、平然とこう口にできる雪ノ下の姿勢こそが一番恐ろしいと一同は思った。同時に、それこそが雪ノ下を雪ノ下たらしめているのだろうと。ゲーム中の行動に対して、雪ノ下は何ら後悔をしていないのだろうと彼女らは思い、ひとまずの安心や先々の危惧や、それらがない交ぜになったような感情を抱くのだった。

 

「あちらとの打ち合わせのために、一度このログハウスに戻ってくるみたいね」

 

 平塚先生から雪ノ下に連絡が入り、女子生徒たちは撤退の支度を始めた。まだまだ打ち合わせが長引きそうな教師の苦労を思うと、彼女らがここで居続けるのは問題だろうという話になったのだ。

 

 時間に追われる状況なのに「もっと文句を言ってやれば良かった」と八幡に憤る平塚先生を何とか宥めて、女子生徒たちはログハウスに戻った。

 

 

***

 

 

 自分たちが寝起きしているログハウスに戻って一息つくと、もともと体力がない上に一日ずっと動き回ったり頭を使ったりした影響が出たのか、雪ノ下が他の面々への挨拶もそこそこに寝床へと去って行った。とはいえ身体は疲労困憊でも頭は妙に冴えていて、すぐには眠れそうにない。

 

 年下の機敏さで雪ノ下を二階のベッドまで連れて行った小町は、それを聞いて雪ノ下が眠りに就くまで話に付き合うことにした。

 

「さっきのゲーム、うちの兄が足を引っ張ってなくて良かったです」

 

「計画通りに事をなしたという感じだったわね。比企谷くんなら、あの程度のことなら心配しなくても大丈夫よ」

 

「およ。雪乃さんが妙に高評価だ」

 

 そんな小町の返答に、雪ノ下は楽しそうな表情を浮かべながらゆっくりと応える。

 

「三人で一緒に部活をするようになって、もう四ヶ月近くになるのだし。過小評価はしていないつもりよ」

 

「そのうち盛大にやらかすんじゃないかって、妹としては不安なんですけどねー」

 

 今度は雪ノ下の評価をそのまま受け入れて、しかし小町は別の心配事を口にした。順調な時ほど逆に不安が募るというのは、兄と一緒に積み重ねてきた過去からの経験則だ。

 

 新しい学年ではクラスに何とか溶け込めたみたいだと喜んでいたら、突然の告白によってそれを台無しにしてしまったり。進学先の高校では中学の知り合いがいないのでのびのびと過ごして欲しいと思っていたら、入学式の前に事故に遭ってぼっちが確定したり。

 

 逆に、この世界に巻き込まれて妹にも会えず寂しがっているのではないかと心配していたら、小町の厳しい査定を軽くクリアできるほど外見も性格も優れている女の子二人と同じ部活で過ごしているというのだから、開いた口がふさがらない。苦境のほうが安心できるとはどういうことなのかと、いつか兄を問い詰めたいと思う小町だった。

 

 

「小町さんの心配も理解できるのだけれど。比企谷くんなら、理由なくやらかすことはないと思うわ」

 

「うーん。でも、変な風に考えた結果、みたいなやらかしをしそうで……」

 

「この間のように、黙って去って行こうとするのも今後はないでしょうし……少なくとも、必要もないのに他人に迷惑をかけるような行いはしないのではないかしら?」

 

 小町を温かな目で見つめながら、雪ノ下は真面目な顔でそう告げた。

 

 情で心配する小町に対して、雪ノ下は理によってそれを否定する。雪ノ下とて、同じ部活の仲間としての情は既に十二分に持ち合わせているのだが、小町が抱く肉親の情にはまだ遠く及ばないのが現状だった。雪ノ下が否応なく情に動かされる域に至るには、結果を理で判定するのではなくやり方を情で問うようになるには、もう少し時間を積み重ねる必要があるのだろう。

 

「だったら良いんですけど、心配な気持ちって消えないんですよねー。その、雪乃さんはどうしてそこまで、兄のことを断言できるんですか?」

 

「同じ部活で過ごした四ヶ月間と、それから……事故のことがあったから。やはりきちんと謝るべきか、どう接するべきかと考えながら過ごしていた一年間があったから、他の人よりも私は比企谷くんのことに詳しいのよ」

 

 肉親の前で事故の話を出す以上、真面目な表情は維持したままだったが、雪ノ下の目は優しかった。その視線を受け止めて、小町のほうから相好を崩す。

 

「兄が気を遣わせてしまってすみません。たぶん雪乃さんが悩んでいた間も、のほほんと過ごしていたと思いますよ」

 

「優雅なぼっち生活を、などと口にしている気がするわね」

 

 八幡に対する認識を確認し合って、二人は控え目に笑い声を上げた。

 

 

「小町さんに一つ、お願いがあるのだけれど」

 

「いいですよー。なんでも来いです!」

 

「留美さんの……あの小学生のことなのだけれど。おそらく、同じ班の加害者のことを思いやって、私や比企谷くんには話しかけて来ないと思うのよ。だから……」

 

「了解です。変なことにならないように、明日は気を付けて見てますね」

 

 実のところ、雪ノ下はこれを由比ヶ浜に頼もうと考えていた。最近はマシになって来たとはいえ、他者と付き合うのが苦手な雪ノ下にとって、誰かに頼み事をするのは依然としてハードルが高い行為なのだ。

 

 例えば指示や命令であれば、適切な伝え方ができると雪ノ下は思う。何らかの交換条件を伴ったお願いであれば、それも普通に伝えることができるだろう。しかし見返りの伴わないお願いをするのは、雪ノ下にとっては下手なテスト問題よりもよほど難しいことだった。

 

 だが、八幡を話題にして心を通わせたことで、今の雪ノ下は小町に対して身構える気持ちがほとんどない。更には鶴見留美のことを考えると、八幡の妹という肩書きは他の高校生にはない利点だ。留美の相手をしてもらうには、小町は由比ヶ浜以上に最適な人材だと思い付いて、お願いをする気になったのだった。

 

「比企谷くんの妹だと伝えれば安心してくれると思うから、お願いね」

 

「お兄ちゃんって、意外に年下受けが良かったりするんですよねー。じゃあ明日、上手く機会を見付けて話をしておきますので、雪乃さんは安心して休んで下さいね」

 

 小町の言葉を聞いて、多くの人の気持ちを背負って留美の境遇を改善するために一日中動き続けた疲れが、一気に押し寄せてきた気がした。これで無事に責任を果たせたとようやく安心して、雪ノ下は急激に睡魔に襲われる。

 

「小町さん、おやすみなさい」

 

 何とかぽつりと呟いて、雪ノ下はそのまま夢の世界へと旅立っていった。だから雪ノ下は、小町の最後の言葉を耳にすることはなかった。発言の中に色んな意味と気持ちを込めて、小町は楽しげな口調でこう述べる。

 

「雪乃さん、おやすみなさい。お兄ちゃんのこと、よろしくお願いしますね!」

 

 

***

 

 

 ログハウスに帰って早々に二階に移動した雪ノ下と小町を見送って、残った四人はいったん腰を落ち着けようとした。しかし三浦が口を開いたことで、その動きは未遂に終わった。

 

「ちょっと二人で話があるし」

 

「聞かれたくない話っぽいし、部屋を分けよっか。私たちはここで待ってるから、優美子たちはゆっくり話して来なね」

 

 指名を受けた一色がきょとんとしながらも三浦に従う素振りなのを見て、海老名がそう提案した。二階に繋がる部屋にはそのまま海老名と由比ヶ浜が残り、三浦と一色は新しく作った個室へと二人で去って行った。

 

「今日は色々あったねー」

 

「はやはちの絡みがたくさん見られたし、私は満足な一日だったなー」

 

 そんなまとめ方をする海老名に由比ヶ浜は苦笑する。仲良くなった当初はこうした話題になるたびに「想像しないように」と気を張る必要があったが、今やこの手の話は慣れたものだった。その感覚は普通ではないと、由比ヶ浜はもう少し慎重になったほうが良いのかもしれない。

 

「たぶん優美子、隼人くんの話だよね?」

 

「だろうねー。ずっと『分かんない』とか『そんなんじゃない』とか言ってたけど、覚悟が決まったのかな?」

 

「そうだとしたら、きっかけは昨日のゆきのんとのアレだよね?」

 

「だよね。優美子は気に入った相手には世話好きだし、母性本能とかかな?」

 

 未だ異性に対してそうした感情を抱いたことのない海老名が、首を傾げながら推測を口にする。それに対して、由比ヶ浜はちくりと痛む胸のうちを悟られないようにと、身構えなければならなかった。

 

 同学年の誰よりもまばゆい存在感を放ち、実際に話してみると可愛らしい性格も持ち合わせているあの女の子が相手でも、彼を決して渡したくない。東京わんにゃんショーからの帰り道に、そんなわがままな嫉妬心によって自らの感情を自覚した由比ヶ浜にとって、想い人への真っ直ぐな気持ちがきっかけであろう三浦は別次元の存在にすら思えた。

 

 改めて確認するまでもなく、由比ヶ浜は雪ノ下と親しい仲だ。もっと仲良くなりたいと思っているし、雪ノ下には幸せになって欲しいと思っている。同時に由比ヶ浜は雪ノ下と八幡にももっと仲良くなってもらいたいと思っている。由比ヶ浜の中でも奉仕部は既に特別な存在なのだ。

 

 実際に昨夜、八幡が自分と雪ノ下に親しい気持ちを持ってくれていると確認できて、由比ヶ浜は我が事以上に雪ノ下への気持ちを喜んだ。もしかすると最大のライバルになるかもしれないが、ライバルなら別に良い。だが、もしも奪われるのであれば。その時に自分が二人をどう思うのか、由比ヶ浜はそれを考えるだけでも恐ろしくなる。

 

 八幡を誰かに渡すのは絶対に嫌なのに、同時に八幡と雪ノ下がもっと仲良くなって欲しいと思っている。結局のところは、自分との仲を越えない範囲で仲良くなって欲しいという、傲慢なわがままに過ぎないのではないか。

 

 

「おーい、結衣ー?」

 

「あ、ごめんごめん。ちょっと疲れてたのかぼーっとしてた」

 

「疲れてるなら先に寝てくれても良いよ?」

 

「うん、まだ大丈夫。そういえば姫菜って、どうして隼人くんとヒッキーなの?」

 

 気楽な話をしたくなって、由比ヶ浜はふと思い付いた疑問を口にした。言った直後に我に返って、由比ヶ浜は海老名の勢いを止めるべく身構えたのだが、意外にも冷静な返事が返って来た。

 

「うーん、どうしてだろ。何でかそのカップルが私の中では腑に落ちたんだよねー」

 

「その、とべっちとか、さいちゃんじゃダメなんだよね?」

 

「ダメとは言わないけど、ベストじゃないって感じかなー。というか、結衣って普通に考えてくれるんだね」

 

 海老名の「普通」の意図が分からず由比ヶ浜が首を傾げていると、珍しく暴走の気配を全く見せず詳しい説明が始まった。

 

「よくある話なんだけどさ、BL好きって言うと『男どうしなら何でも良い』って受け取られちゃうんだよねー。でもさ、男女の恋愛ものが好きな人たちだって好みがあるじゃん。それと同じ感覚で結衣が考えてくれてたのが『普通』だなって。そういうの、案外珍しいから嬉しいんだよねー」

 

 感情を込めずさらっと「嬉しい」と言い放つ海老名の口調に、由比ヶ浜が騙されることはない。誤魔化しかたこそ異なるものの、こうした捻くれた照れかたに由比ヶ浜は慣れているのだ。

 

 そして海老名が語る内容にも頷けた。異性が好きなことと、異性なら誰でもいいということには大きな隔たりがあるはずなのに、同性だと後者のように受け取られやすいのは何故だろうか。言われてみれば不思議な話だと由比ヶ浜は思った。

 

「自分とは違うって、一人を好きになる『普通』の人とは違うんだって、そんなふうに突き放して考えようとしてるのかな?」

 

「あー、そっか。昔のドラマとかで、浮気した女の人に『売女め!』みたいなこと言うじゃん。でもだいたいは旦那さん以外の特定の誰かと浮気しただけで、大勢と浮気したいと思ってたわけじゃないだろうにね。それも『自分とは違う』とか『普通じゃない』みたいなレッテルを貼りたいと思って言ってるのかもねー」

 

「まあ、あたしも浮気はダメだって思うけどさ。あれだよね、友達どうしでも『大勢に色目を使って』みたいな陰口を言われることってあるけど、あれも同じかな?」

 

「だね。虐めとかでも『違う』って部分がきっかけになるの多そうだよね」

 

 

 図らずも雑談がタイムリーな話に繋がって、二人は少し押し黙る。だが由比ヶ浜がすぐに沈黙を破って話し始めた。

 

「姫菜は……虐めとかは大丈夫だった?」

 

「まあ、昔は趣味を隠してたからねー。最初のうちは隠すのも下手だったからバレる時もあったけど、何とか誤魔化しているうちに誤魔化すのにも慣れてきて。表向きは平穏に、裏では趣味をって感じだったかな」

 

 もう少し事態は複雑だったのだが、自分でも未だどう解釈したら良いのか分からない部分がいくつかあるので、海老名は過去を簡略化した。特に、趣味が薄々バレている時でも、逆に全くバレていない時でも関係なく、何故か自分に対してだけは風当たりが強くないケースが珍しくなかったのだが、あれをどう理解すれば良いのだろうか。

 

 海老名の解釈としては、「大人しいけれどミステリアスな部分がありそう」という自身のイメージが良い方向に作用したのではないかと考えているのだが、かといって何度も特別扱いを受けるほどの魅力が自分にあるとまでは思えなかった。だからそれだけでは説明できない何かがあるのだろうと考えていた。

 

 周囲の扱いをそのまま自分の実力だとは勘違いせず、違和感を抱えて過ごして来た海老名は、いつかその理由を知りたいと思っていた。実は彼女のこうした考えかたそのものが理由の一つだったりするのだが、海老名はそれに気付かない。

 

 異性への興味の持ち方がずれていることも含め、色んな事柄が海老名の中では複雑に絡まり合って存在している。今では海老名本人ですら解きほぐすのが困難なほど複雑に。

 

「そっか。今は趣味を表に出せて、良かったねって言って良いのかな?」

 

「うん、正直助かってるよ。はやはちとか気軽に言っても大丈夫だし」

 

 話を元に戻しながら、海老名が楽しそうに呟く。自分がはやはちを好むのは、三浦と由比ヶ浜といういつも一緒にいる二人の影響も大いにあるのだが、さすがにそれは口には出さない。

 

 あの二人の男の子を見る限り前途は多難だろうとは思うが、それでも三浦と由比ヶ浜の想いが成就する日が来ることを海老名は密かに願った。そして海老名はまだ、自分の恋愛に関しては何も考えていなかった。

 

 

***

 

 

 二人で個室に入って、三浦と一色は狭い部屋の中で向き合った。無駄に豪華な一人掛けソファを二つ用意して、二人は話を始める。まずは三浦が己の意思を端的に伝えた。

 

「あーしは、隼人と付き合えるように頑張ろうと思うし」

 

「わたしとしては、頑張って下さいね〜、としか言えないんですけど?」

 

 やはり三浦の気持ちは確定したのだなと一色は思う。それに対して、自分の気持ちは未だあやふやなままだ。まさか四ヶ月も費やして進展がないとは意外だったと、一色は少し自嘲する。だがそれだけに、成し遂げた時の充実感には期待できるだろうと一色は考え直す。

 

「じゃあ、部活の時間でも隼人に会いに行っても良いんだし?」

 

「あ〜、それはそれで困りますね〜」

 

 そもそも葉山隼人という人物を把握し切れていない点に問題があると一色は再認識する。最終的な方針を決めるためのお昼の話し合いの時に、少しだけ彼の本性のようなものが垣間見えた気がしたのだが、それも確定的なものではなかった。

 

「というかぶっちゃけなんですけど〜、今の段階で葉山先輩と付き合えると思います?」

 

「たぶん無理だし」

 

 あっさりと否定する三浦を眺めながら一色は考える。異性としての好意があるのか定かではないが、葉山が現時点で関心を持っている女性は、自分が知る限りでは一人しかいない。三浦は彼女のことをどう考えているのだろうか。

 

「葉山先輩に、好きな人っていると思います?」

 

「意識してるのは確かだけど、好きとは違うと思うし」

 

「それって、三浦先輩の願望ってことは……ないですよね〜」

 

 睨まれてしまったのでトーンを下げたが、これで三浦の優先順位がおおよそ把握できたと一色は思った。一番警戒しているのが雪ノ下で、次が葉山の態度だろう。誰とも付き合う気はないと宣言するかのような葉山の態度は、確かに攻略が難しい。だがそれ以上に扱いに困るのが雪ノ下の存在なのだろうと、一色は他人事のように思った。

 

「できれば協力して欲しいし」

 

「え〜っと。何をですか?」

 

 その雪ノ下への対策なのか、それとも葉山の態度を軟化させることなのか。三浦が付き合えるように協力しろということなのか、あるいは一色の望みでもある葉山の本性を知ることなのか。少なくとも協力を求めている時点で、自分のことはさほど警戒していないのだろうと一色は思った。

 

「隼人のことを、もっとよく知りたいし」

 

「う〜んと。それだったら、戸部先輩とかのほうが……」

 

 再び睨まれたので一色は言葉を途中で止める。本性を知りたいと思う自分の希望にも近いが、三浦の意図は葉山の態度軟化にあるのだろう。少し考えて一色は口を開く。

 

「そもそも、気持ちが固まったのって昨日のあの時ですよね?」

 

「ちょっと違うし。あの時も気持ちは傾いてたけど、付き合いたいって思ったのは昼の話し合いの時だし」

 

 何故だろうかと一色は思う。葉山にとっては良いところのない話し合いだったと思うのだが。それに。

 

「三浦先輩が雪ノ下先輩を相手に頑張ってた時も、葉山先輩って特に動いてくれませんでしたよね。自信ありげに話し始めたプランもあっさり却下されてましたし。それでどうして付き合いたいって話になるんですか?」

 

「なら、プランが採用されたヒキオと付き合いたいと思うし?」

 

「ないですね」

 

 もはや語尾を伸ばすことも忘れて、真顔で一色は答える。その返事を苦笑されて、まるで「ヒキオのことを知りもしないくせに」と言われているような気がして、一色はわざとらしく膨れた顔を作ってみせる。何度かあった奉仕部との関わりによって、そして何よりも由比ヶ浜から話を聞いて、三浦が八幡をよく知っていることに一色は気付かない。

 

「周りの目を気にしてたら、ヒキオとは付き合えないし」

 

 一色が葉山に拘っている理由を三浦はこう考えていた。葉山という個人ではなくステータスが目的なのだろうと。つまりは周囲に見せるのが目的なのだろうと。

 

 だから「付き合う」という表現をあえて使って、三浦は挑発的な言葉を吐く。それは葉山のことも、そして八幡のこともまるで見えていない一色への苛立ちなのか、それとも憐れみなのか。

 

 三浦はもちろん知人・友人としての付き合いを言ったつもりだったが、予想通りに相手は食い付いてきた。

 

「周りがどうこうじゃなくて、興味が湧かないだけなんですけどね〜」

 

「見えてないだけだし。それに隼人を狙っても無理だから、周りから『やっぱり』とか言われるだけだし」

 

 あのせんぱいのことはどうでもいいけれど、確かに葉山に関する指摘はその通りだと一色は思う。落ちない相手に拘ってこちらが株を下げるようでは意味がない。だがそれも落としてしまえば済む話だ。葉山の内面を見通すことができれば、その時点で勝利は決まったようなものだと一色は考える。そのためには。

 

「じゃあ、条件付きなら良いですよ。葉山先輩のことをもっとよく知るために協力しますよ〜」

 

「さっさと条件を言うし」

 

「三浦先輩が付き合いたいって思った理由を、詳しく教えて下さい」

 

 それもまた葉山の内面を知るためには重要な意味を持っているのだろう。そして三浦に協力することで葉山の本性を掴めたその時こそ、自分がどう行動すべきかが明らかになると一色は考えた。だが。

 

「単純なことだし。あーしが磨いて光らせたいって思ったんだし」

 

 だから三浦は葉山の失敗に拘らない。葉山のステータスもどうでもいい。それは実に三浦らしい発想だった。そんな三浦の物言いに、ふと頭に浮かんだことを一色は口にする。

 

「もしかして、結衣先輩って昔からあんな感じじゃなかったんですか?」

 

「去年は知らなかったし、二年になって最初に見た時はもっとおどおどしてた気がするし」

 

 確かにそうだったと一色は思い出す。入学式の直前に偶然会った由比ヶ浜は、親しみやすさこそ今と同じだが、どちらかと言うと「使い易い便利な先輩」というイメージがあった。しかしこの世界で再会した時には(ちょうど三浦たちがテニス勝負をした時だ)、隙を感じる以上に奥深さを感じた。いわば「頼れる先輩」へと変貌を遂げていたのだ。

 

 そうした由比ヶ浜の変化は三浦だけの手によるものではない。もちろん雪ノ下や八幡の影響もある。そもそも、表に出せなかっただけでそれが既に由比ヶ浜の中には備わっていたからこそ、短期間で一色の印象を変更させることができたのだろう。

 

 だが今の一色にはそこまで考えが追いつかない。三浦が自分の横にいるのに相応しい相手として由比ヶ浜を選んだのではなく、三浦と並び立っても違和感のない存在にまで由比ヶ浜を育て上げたのだと受け取って、先ほど周囲の目の話を持ち出した三浦の意図を一色はようやく理解した。

 

「なるほど、三浦先輩のお気持ちは解りました。でも、せっかく葉山先輩を光らせても、わたしが取っちゃうかもしれませんよ〜?」

 

「無駄だと思うけど、やりたいならやってみれば良いし」

 

 一色は自分に相応しい相手を選ぼうと思っているし、自分に相応しい存在になるために相手が努力するのが当然だと考えている。しかし三浦は既成の存在には満足せず、自分の手を加えることを望んでいるのだろう。

 

 一色はそんな三浦の考えを否定する気はない。一色からすれば、たとえ今の葉山が内面に問題を抱えていたとしても、自分に相応しい存在にまで成長した時点で奪えば良いだけの話だ。三浦の許しも得た以上、一色にとって悪い話は何もない。

 

 

 そんなことを考える一色を眺めながら、三浦は思う。目の前の女の子は、まだ自分の気持ちを把握することすらできていないのだろうと。他者との単純な関わりの中でしか自分の存在を理解できないのだろうと。

 

 三浦が語った「葉山と付き合いたい理由」が半分でしかないことを一色は知らない。一色にも理解できる理の部分しか話しておらず、情の部分は伝えていないのだが、一色はそれを疑問に思う素振りすら見せなかった。

 

 昼の話し合いの時に、自分が動いても葉山が協力してくれなかったこと。葉山の案が簡単に却下されてしまったこと。一色が言った通り、これらは理屈の上ではマイナスに働くが、愛情とはそれだけで量れるものではない。これらを目の当たりにして、それでも逆に情が増しているのを自覚して、三浦はようやく自分の気持ちに観念したのだった。

 

 

 女性どうしの関係ですら、男性を介してやり過ごせてしまうぐらいに異性の扱いが上手かったせいで、一色は今まで同性だけで関係を築いた経験がほとんどなかった。実のところ、同性とこんなに長い時間一緒に過ごしたのは今回の合宿が初めてだった。所々でサッカー部の二人の存在をちらつかせてみたものの、同行者はいずれもそんなことには動じない面々だった。

 

 一色としては、そんな環境でも自分が上手く立ち回りできたことに手応えを感じていたのだが、経験値の低さは一度の成功では補いきれるものではない。そしてそれは異性との画一的な関係についても言えることだった。

 

 大勢の異性にちやほやされて、その中の特定の異性と親しくなっても周囲の恨みを買うことなく、今まで一色は上手く過ごして来た。だがその親しさとは、肌が触れあうほどの距離まで近付くことを許すとか、休日でも同行を許すとか、そうした意味での親しさに過ぎなかった。それはその他大勢との関係と本質的には変わらない。

 

 現時点で一色に可能なのは異性を使うことであって、異性との仲を深めることではない。何かをしてもらって何かを返すという対価を通した関係しか築けない今の一色を、三浦が警戒することはない。

 

 だが、長年伸び悩んでいた才能が突然開花することもあると三浦は知っている。今は著しく偏った形だが、一色の対人関係の才能が開花した時にその魅力に抗える男性がどれほどいるのかと考えると、三浦もうかうかしてはいられない。

 

 ふと由比ヶ浜のことを思い出して、三浦は更に気持ちを引き締める。現時点で一色は八幡を歯牙にもかけていない。おそらくは点としての認識に止まっていて、彼が何をしたとか彼を取り巻く人間関係がどうといった情報の羅列を知っているだけで、彼という存在のことは何も知らないのだろう。

 

 だが、もしもそれらの点が繋がる事があれば。単独の情報にはそれほど心を惹かれなかったとしても、それらが全て特定の一人の人物に帰結すると気付いてしまえば、その時に彼女の心にどんな感情が芽生えるのかは予測が付かない。願わくば由比ヶ浜のためにも、一色には八幡という存在に気付かないままでいて欲しいと三浦は思った。

 

 

 葉山のことをより深く知るために協力し合うこと。引き続きクラスと部活とでお互いが葉山と過ごす時間を尊重し合うこと。葉山と付き合えると思った時には、個々で勝手に動いても構わないこと。いずれかが無事に付き合えた時には、潔く諦めること。

 

 これらを改めて確認して、三浦と一色の対談は終わった。

 

 

***

 

 

 少しだけ時間は遡る。引率の教師から許可を得て、キャンプファイヤーを早めに切り上げた留美は、同じ班の四人を引き連れて宿泊室へと戻った。道中は誰も口を利かず、留美の後ろを少し距離を開けてついてくるだけだった。

 

「先に寝るから」

 

 怒ったような泣き出しそうな声で、今日の昼まではリーダー格だった女の子が誰にともなく宣言して、そのままベッドに潜り込んだ。ゲームではフランス担当だった彼女は最後まで文句を口にしていたが、全体に向けてゲームの結果が知らされ多くの小学生が留美を祝福する光景を見てからは黙り込んでしまっていた。

 

「今日はもう、寝たほうがいいよね」

 

 ゲームではトルコを担当していた女の子が続けて口を開いた。リーダー格の女の子に次いで発言権があり、留美がハブられるようになるまでは仲が良かった彼女は、今さら自分に言えることは何もないとでも考えているのか、苦しげな表情を浮かべていた。

 

「あ、じゃあ……」

 

「お、おやすみ」

 

 残りの二人も遠慮がちに言葉を発して、部屋の中は沈黙に包まれた。

 

「……みんな、おやすみ」

 

 すぐには関係が戻らないとしても、根気強く「やり返すつもりはない」ことを伝えて行かねばと考えながら、留美はこの日は「誰も仲間外れにする気はない」という気持ちだけを伝えた。

 

 

 こうして、合宿の二日目は波瀾万丈な展開を見せつつも、何とか無事に終わった。




この二週間ほどで急に慌ただしくなって来て、帰宅時間も書く時間をどの程度確保できるかも、正直その日にならないと判らない状況です。
なので確約はできませんが、次回は金曜か最悪でも土曜に更新できるよう頑張ります。
ご意見、ご感想、ご指摘などをお待ちしています。

追記。
細かな表現を修正しました。大筋に変更はありません。(7/26,7/28)
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