襲撃を受けた砦。今はその混乱も収束していた。多くの被害を受けた。犠牲になった砦の兵士は三十余名。それだけでも少なくない数であるが、そこにアグラヴェインの連れてきた騎士二十六名も含まれれば大損害だ。
その混乱は大きく、普通であれば沈静するのに幾分も時間がかかろう。しかし、一日と経たぬうちに砦の混乱は沈静化していた。
それもこれも上位存在たる円卓の騎士がこの砦にやってくるからだった。円卓の騎士とは特別な存在だ。一般兵とはくらべものにならない。
それが砦に来るのだ。全隊にて出迎えるのが当然であり、ゆえに些末な混乱など捨て置かれ後処理だけ行われて秩序が取り戻されるのだ。
これが獅子王を戴く騎士とその兵士たちの規律であると言わんばかりに全隊でもってトリスタンの来訪を歓迎する。
歓迎し、葬儀の為に同胞の死を悼み、雪辱を果たすのだと誓うのだが――。
「ああ、私は悲しい――」
この男には届かない。反転し、鬼畜外道に堕ちたトリスタンという騎士には一切響かぬ。人の情など反転しもっとも遠い場所に置いてきたのだから。
弓鳴り一つ。ただそれだけで、死体が一つ。もうひとつ鳴らせば死体が一つ。恐怖が伝播する。涼しい顔で殺しをやってのけて、告げるのは一言。
「同胞の死を悼む暇など誰が与えたのです」
追撃しろ。どうしてそうしていないのだ。同胞の死を悼んでいるから敵を野放しにしていいのか。そんなわけがないだろう。その無能さが悲しいと弓を鳴らす。
「奴らの足跡、我が妖弦で辿るのみ。一日前のものなら十分に追跡は可能です」
直ちに兵士たちが追撃の準備に奔走する。
「……ああ、私は悲しい」
悲しみを謳う騎士は、ひとり、妖弦をかき鳴らす。その先にあるものを切り伏せることを想いながら――。
◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇
宴会の余韻に浸ることも良いが、考えることは山ほどある。例えば、背中合わせのマシュが今、どんな表情をしているのだとか。あるいは、背中に感じる女の子の柔らかさを堪能することも大事なのかもしれない。
ダビデにいろいろと染められてなかったら今頃こんなに平静ではいられなかっただろう。今も心臓が爆発しそうなほどばくばくだ。
背中を流してくれる柔らかい手の感触だとか。思い出すだけで嬉しさで顔が緩んで、火を噴きそうなほどに紅潮してしまうのを止められない。
マシュと二人っきり。ああ、いやフォウさんもいるか。マシュに抱えられているようで、うらやまけしからんというか。
でも――今度は、みんなでこういった風呂に入りたいと思う。いや、別に清姫やブーディカさんたちの裸が視たいとかそういうことではなく、こうゆっくりとした静かな時間を過ごしたい。
空を見上げる。満天の星空がそこには広がっている。聞えるのはオレやマシュが動いた時に湯が経てる水の音と虫の声。後には何も聞こえない。
「ふぅ」
吐く息は軽く。きっとこの特異点に来て何よりも軽い吐息だ。気持ちがいい。もうこの特異点ではこんな風に息を吐けるとは思えなかったから。
「気持ちいい」
「はい、クー・フーリンさんには感謝ですね」
「そうだね……」
「フォウフォウ!」
「ああ、フォウさん、暴れてはいけません。きちんと百まで数えないと」
「はは、フォウさんは毛があるから熱いのかな? この熱さが気持ちいいのに」
手足を伸ばせるほど大きくないのが残念だけど、マシュと背中合わせで座っていっぱいのお風呂だから満足。
「先輩、どうぞもっとこちらに背を預けてもらって大丈夫です」
「いいよ。マシュこそ、オレの背中使ってくれていいよ。いつも苦労をかけてるからね」
「それはこちらもです。寧ろ、わたしが不甲斐ないばかりに先輩には苦労だけでなく迷惑まで」
「良いんだよそれで。オレが、やろうと思って、やってることなんだからさ。いつも一番前で戦ってくれているから感謝してるんだ。怖いだろうに。だから、今はゆっくりしてもいいんだよ」
「先輩……では、こうしましょう」
2人そっと寄り添って、二人で背中を合せる。半分こ。ひとりによりかかるのではなく二人で互いの重さを分け合う。
「こうすれば、両立です」
「はは、そうだね」
湯水の熱。
身体の熱。
彼女の熱。
ああ、三つの熱がオレを温める。心の底から、温かくじんわりと。
「――――」
こらえていたものがふっとあふれだした。一筋の涙。オレの頬を伝って湯船に落ちていく。
「先輩?」
「大丈夫……なんでもないよ……」
流れる涙を湯で流す。
「ふぅ……」
もう一度息を吐くと、なんだか眠くなってきた。瞼が落ちる。船をこぐ。昨日の夜からずっと起きていたからだろう。
張り詰めていたものが、すっかりとほぐされた身体の中からあったまって心も体も熱で柔らかくなって。だから、眠気にあらがえない。
駄目だと思っても抵抗はできそうになく。すぅっと、オレの意識は眠りの中に落ちていく。
「先輩? ……おやすみなさい」
「おや、す、み……マシュ……」
ああ、素晴らしい時間だったな、とオレは思って、眠りに落ちた――。
◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇
――翌朝。
「うむ、みな良い顔だ。良き朝を迎えられたようで何よりだ」
宴の余韻も覚めて、これからのことを考えねばならない。聖都攻略。そのための一斉蜂起。百貌のハサンに感謝の言葉を受けながら、これからのことを考える。
ハサンたちとこちらの目的は一致している。ともにあの正門を越えなければならない。聖都の門はひとりでは超えることができない。
ゆえに聖都攻略戦の作戦を考えなければ。
「呪腕さん、率直に聞きたい。聖都へ攻め入る軍勢はどれほど用意できる?」
「それは百貌の方がよかろう」
「ああ、現在攻勢に出ることに賛成している村は半分といったところだ。前線に出られる兵士は七千ほど。聖都の兵士の数も一万に満たないが、我らとは質が違う。聖都の兵士はみな手強い」
概算にして、聖都の兵士ひとりにつきこちらの兵士は三人。攻城戦においても戦力比は三倍必要だが、それを考えるとさらに三倍。
この時点ですでに数が足りない。その上、円卓の騎士が出てくればただの軍勢では蹂躙されるだけだ。サーヴァントの相手はサーヴァントが基本。
アメリカにおいてもそうだった。更に面倒なのは粛清騎士の存在だろう。アレはサーヴァントとも渡り合える。数はそう多くないが展開されるとこちらのサーヴァントの数では対応できず軍勢へ被害が出る。
それも尋常ではない被害が。しかし、兵力を増やそうにもこちらは時間をかければかけるほど疲弊する。対してあちらは時間をいくらかけようが疲弊することはない。
何より聖槍とやらの準備が終わればおそらくはもうだめだ。なにをしても終わる。
「しかし、サーヴァントの数ならこちらが上だろう。十字軍との闘いを生き延びた円卓の騎士は五騎」
ランスロット。ガウェイン。トリスタン。モードレッド。アグラヴェイン。
「対してこちらは15人だ」
マシュ、ベディヴィエール、アーラシュ、静謐のハサン、呪腕のハサン、百貌のハサン、藤太、三蔵、クー・フーリン、ダビデ、エリちゃん、式、ジキル博士、ジェロニモ、金時。
「うむ。いや、戦場ともなると三蔵は役に立たぬ故、14人だな。倍以上だ。二人で一騎を相手にしてもおつりがくる。であれば、もう我々だけで聖都に攻め入ってしまえばいいのでは?」
「それは違う、トータ殿。これは聖地を取り戻す戦いだ。俺たちが戦って円卓を倒せばいい、という話じゃない。そもそもさっきの一人に対して三人ってヤツな。アレは俺たちにもあてはまる。前にモードレッドの戦いぶりを見たが、円卓の騎士は妙な力に守られている。ギフトだったな。ありゃあ三人がかりで一騎倒せるかどうかだ」
「そうだ。それにガウェインはそのおかげで加護が常時発動しているから、どこぞの赤い人みたく三倍だよ三倍。オレたち全員でかかって難民を逃がすのがやっと。聖剣を使われて犠牲は2人だ」
オレの言葉に藤太がむぅとうなる。
14人いて、ギリギリか負けているくらいだ。ギフトをどうにかできなければ勝てるものも勝てない。
オレだって、ひとりで円卓全員の動きを予測なんてできない。せめて円卓クラスそれもギフト込みなら、一騎だけにしてほしい。
無理をしたら二騎、さらに無茶でもなんでもなりふり構わず、ここで死んでもいいのなら――全員分を予測してやる。
けど、それはできない。まだここが最後ではないから。最後の特異点ではないのに、ここで死んだら駄目だ。
「……無論、兵力に関しては最後まで呼びかけを続ける。円卓どもも各個撃破すればよい」
ならばこそ、問題は聖都へどうやって入るかに焦点が絞られる。聖都の門には最強の守りがある。ガウェイン。あれがあそこにいる限りどうあがいたところで勝てない。
まともに攻撃を受ければそこで終了。あの状態のガウェインの攻撃を、まともに受けることができるのはマシュの盾くらいだ。
「ランスロット卿が味方ならばよかったのですが。ガウェイン卿と戦う、という点においてでは彼の宝具アロンダイトは相性が良いのです」
ベディヴィエールの言葉を聞いて、ぽんと、どやがお一発の三蔵ちゃん。何か名案が浮かんだようだ。
「ランスロットを味方にして、ガウェインの相手をしてもらうのはどうかしら!」
「…………」
「ばかもの、仲間同士でどう戦わせるのだ! 握り飯一つで懐柔できるのはお主だけだ!」
「………………」
「先輩、もしかして、それもありだなとか考えませんでしたか?」
「…………」
オレたちにできないのならできる奴にやらせる。そういうものだろう。ランスロットならばガウェインをどうにかできるというのならば彼にさせればいい。
懐柔できないと藤太は言うが、だが、こうも考えられる。三蔵ちゃんがこう言ったということはあながち芽がないわけではないはずなのだ。
三蔵ちゃんは、あんな性格をしているが、各地を見て回っている眼は確かだ。人を視る眼、土地を視る眼、あらゆる全てを視るということにおいて彼女ほど卓越した旅人もいない。
そんな彼女が、ランスロットならば話が通じそうだというのならば、通じる可能性がないわけではないということなのだ。
彼女と数か月旅をしたのだからわかる。彼女が思うことは根拠がなくとも少しは、そう少しくらいは考慮しても問題ない部分を含んでいるのだ。
ダ・ヴィンチちゃんのことは許せないが、話をしてみるのは手なのかもしれない。
「でも、敵は円卓だけじゃないからなぁ」
敵は円卓だけにあらず。この時代聖杯を持っているのはエジプト領のオジマンディアス。何を考えているのかわからない点では彼もまた味方ではない。
だが、獅子王の敵ではある。
「だから、カルデアの指揮官として、聖都攻略戦への参加は認められないな」
「…………」
「待ってください。彼を繋ぎ止めるには、もう一つ、大きな戦力があればいいのですね? それなら……我らにも秘中の秘があります。私が捕らわれ、尋問されていた理由の一つでもあります」
静謐のハサンの言葉に百貌が慌てふためく。
「お許しください、百貌さま。ですが、我々も禁忌を破る時ではないでしょうか……?」
今はどうしても力が足りないのだから。
「禁忌?」
「……アズライールの廟。それはアサシン教団はじまりの寺院に眠るという、初代山の翁のことですね」
「ベディ?」
「ここに来る前に魔術師に言われたのです」
――アーサー王に対抗するのなら、山の翁を尋ねなさい。
――歴代のではなく、最初にして最後の翁を
――あと、時間はかかるけどいいものをあとで送ってあげる。
「――と」
初代山の翁。それはつまり、ハジマリのハサン・サッバーハか。
「……確かにあの方であればガウェインなど恐るるに足りぬ。だが、あのお方を起こすということは……」
「…………貴様にはいっていなかったな、静謐。呪腕めは、この時代に生きた暗殺者だ。その意味がわからぬ山の翁ではあるまい」
「そんな……ごめんなさい。私、知らなくて――」
ハサンらの反応を見る限り強大な人物のようだ。そして、おそらく彼を起こすということは何かしらの代償がある。
呪腕さんがこの時代に生きたハサンだということに何かが関係がある。
――考えろ。何がある。
今も眠る初代山の翁。
この時代を生きた呪腕。
――駄目だ、ピースが嵌らない。情報が足りない。
「――良いのだ。戦力があればよいのですな? では、今一度、我らが村に参られよ。そこで、我らの秘密を明かしましょう」
ハサンがそう言って、オレたちは、東の村へと戻ることになった。百貌のハサンは集落をめぐり準備を整える。あと千は増やすといった。
二日の時を費やし、オレたちは、東の村に戻ってきた――。
全然、話が進まなかった。だが、風呂をちょろっと描写した。まあ、善いだろう。これ以上はうん、アレだしね。
次回、初代山の翁。
さあ、諸君。死が来るぞ――。
あと暗エミヤ、はよう勇者エリちゃんヨコセ。