――そこは、まさに戦場だった。
鉄風雷火の戦場ではない。爪牙魔弾の戦場だ。
だが、そこはまさに戦場だ。屍山血河が築かれる最前線。
そこを案内役とともに駆け抜ける。ニップルへとたどり着き、西回りで人々を護衛する。
それが与えられた役割。
『大丈夫かい?』
「正直、恐いです」
作戦開始前に、ドクターから通信が入る。
『それでも、君はやるんだろう?』
「……はい。それがオレが今出来ることだから」
サーヴァントたちは、オレが近くにいるほど力を発揮する。ならば、より作戦の成功率をあげるならば前に出る方が良い。
ただでさえ魔術師としては何一ついいところのない平凡なのだから、これくらいはやらないといけない。なにより敵は強い。
『……君はとても強いよ。さあ、そろそろマシュが呼びに来るんじゃないかな?』
「マスター! 時間です」
「ああ、今行くよ、マシュ。それじゃ、ドクター、行ってきます」
『うん、行ってらっしゃい。君なら大丈夫と思うけれど危なくなったらちゃんと逃げるんだよ』
さあ、行こう。
だが、全ては遅かった。
あらゆることは、女神の掌の上のこととでも言わんばかりに――。
「ようこそ。忌々しい魔獣戦線の皆さん」
絶望が、其処にいた。
もぬけの殻のニップル。
そこにいたのは、神が造り上げし、生きた宝具。
エルキドゥならざるエルキドゥ。
ニップル市に既に人はいない。あるのは血の痕跡のみ。そこから導き出される結論は、ただ一つ。
「連れ去ったのか、ニップルの人たちを!」
「此処まで来るだけのことはあると褒めておこうか。レオニダスは言っていないようだけど、兵士の死因で最も多いのは未帰還だ」
「それはつまり――」
つまりは連れ去り、栄養としたということ。あるいは――。
「さて、話をするつもるはないし。せっかくここまで来たんだ。こいつ相手にどこまで戦えるか、試してみると言い」
――現れる巨獣。
魔獣ウガル。
ティアマトの子の中でも最大の魔獣。
「バニヤン!」
「うん! いっくよー!」
例えどれほどの数であろうとも。強力であろうとも、彼女の大きさには敵うまい。巨大なバニヤンの一撃が魔獣どもを薙ぎ払う。
ニップルに人がいないからこそ出来る戦法だった。もし人がいれば、そうそう出来ない。
「……なんだい。それは。いったいどこでそんなものを。いや、今は――」
「余所見とは、余裕だな!」
エルキドゥに突っ込んでいくのはスカサハだ。
彼の手数を彼女もまた技量にて追随する。降りしきる槍の雨を蹴り上げた槍で打ち落とす。
槍、三節棍、弓、投げナイフ、だが―、太刀。次々と取り出され、蹴り出され、放たれる絶技に武器。
しかしてそれは相手も同じ。肉体を槍、斧、盾、獣といった万象へと自在に変化させる。それを雨あられのように放ってくる。
おおざっぱ極まりないが、その全てが必殺の威力を内包していると知れば、無視をすることなどできるはずもない。全力でもってそれらすべてを撃ち落とさなければ、背後にいるあらゆる全ては死に絶える。
だからこそ、誰もが全力だ。
「行くわよ!」
勇者モードエリちゃんが、剣戟でもって防ぐ。
「やったわ! どーよ、マスターって、きゃー!?」
「はいはい、調子乗らないのっと。マシュ、そっちは大丈夫?」
「はい、大丈夫ですブーディカさん」
しかして調子乗ってぶっ飛ばされるのはいつものことか。
「魔獣も厄介だし、ね!」
ウガルは強力だ。
そして、数が多い。いったいどれほどの数がここに集まってきているのか。まさしく総力戦。否、一方的な虐殺戦と言い換えた方が良い。
なぜならば、敵はまだ、本気ではないのだから。
「ますたぁ!」
「っ――!」
放たれる牙と躱す。
間一髪。
汗が流れる。
「この!」
清姫の炎がウガルを焼くが、そこを乗り超えてさらに別の、さらに別の。
倒しても倒しても出てくる。
「キリがない!」
「薙ぎ払うか――」
聖剣から極光を立ち上らせるアルトリア。
「やめた方がいいんじゃないかな。なにせ、乱戦だ。それでは味方も巻き込む」
「では、どうしたら!」
「なに、単純よ。こうするんじゃ――」
撃てないのなら、撃てばいい。
ノッブの火縄銃が某モビルスーツよろしく飛翔しては、それぞれ撃ち抜いて行く。
「限定解放状態じゃ、これなら、まあ、一発で十分じゃろう」
燃えるノッブ。
比喩ではなくガチで燃えている。
「さて――神仏なにするものぞ。わしがここにおる限り、貴様ら全員カモじゃわ」
「――なるほどね。でも、今回はこっちが本命なんだ」
「なに――」
スカサハを吹き飛ばし、エルキドゥが向かうはアナ。
「君は殺しておかなくちゃね。だって、カルデアのマスターより厄介だ――」
本気の一撃が、穴を襲う。
突き穿つ槍の一撃。
「アナ!」
「がっ――」
「マズイ、あれは致命傷クラスだ。ええい、キャスパリーグ。何をしているんだ。魔力溜め込んでいるんだろう。ここで使わなくていつ使うんだ!」
「フォウ――!」
フォウ君がアナをどこかへ転移させる。
その瞬間、何かが来た――。
地面から現れた怪物。
そう、怪物だ。まぎれもない怪物。
それが尾を一振りする。
ただそれだけで、兵士らは全滅する。
魔獣戦線のあちこちで悲鳴が巻き起こっていた。そこに現れた存在を見て、誰もが悲鳴を上げる。
「なんだ、あれは――」
「アーキマン!」
『今やってる!』
解析結果。
サーヴァント。
本体10メートル。
全長にして100メートル。
区分:神霊。
クラス。復讐者。
「煩い。喚くな人間。三女神同盟の首魁たるこの百獣母神ティアマトが姿を見せたのだ。平伏して、死ぬべきであろう」
放たれる莫大なまでの圧。
気を張っていなければ意識そのものが押しつぶされそうなほどの圧迫感。
これこそが、この時代を歪める女神同盟の首魁。
ティアマト――。
こちらを睥睨し、値踏みする神たるもの。
皆悉く平伏し、首を垂れろと言わんばかりだ。
動けない。誰一人として動けるものはいないだろう。
それほどまでに強大。彼女が持つ力の要領は、まさしく、この時代を滅ぼすに足るのだから。
「まだだ……」
「おうおう、まだよ。邪な神を敬ういわれなし。さあ、命令を寄越せ、マスター」
「ノッブ……!」
「ああ。いい気分よ。わし、めっちゃ活躍しておる。これはもう沖田よりも人気になって来年は水着サーヴァントとかになること間違いなしじゃわ!」
言っていることはわからないが、いい感じにぐだった!
「マシュ、深呼吸! マーリンはエラ呼吸でもしてて!」
「は、はい! マシュ・キリエライト、しんこきゅうします」
うん、マシュのましゅまろがしんこきゅうでまーべらす。
「スカサハ!」
「うむ。神を殺して見せると常々いっているが、あれは儂の手にも余るわ。マスターが死にかねん」
「撤退! 全員、北壁まで逃げるぞ!」
「なら、殿はお姉さんにお任せだ。マシュ、手伝って! あとマーリンもね」
「わかりました!」
「そうだね。さすがに私も本気を出すか」
三人の宝具で、敵の猛攻を防ぐ。ティアマトの攻撃は苛烈だ。
「わたしが連れていくよー!」
大きさには大きさ。バニヤンが皆を抱えて走る。
ニップルの門まで100メートル。だが、相手は手を伸ばすだけでこちらを捕まえることが出来る。いくら攻撃しようとも、敵に損傷は与えられない。
聖杯の回復。
否、それはただ彼女がそう顕現したことによる機能の一つか。
だが、聖杯の在り処はわかった。あとはそれをどうやって回収するか。
打倒困難。
逃亡至難。
絶体絶命。
いつまでもマシュの盾とブーディカさんの車輪で持ちこたえられるはずもない。いつかは破られるだろう。
だが――救いは絶体絶命の窮地でこそやってくる。
「――よくぞ持ちこたえました、マシュ殿」
そこに牛若丸がやってきた。
「牛若!?」
「行きなされ! 足止めは拙者が請負ましょう! なに心配召されれるな、相手はこちらを虫としか認識しておられませぬ。宮本武蔵でもなし。ならば、虫を捕まえることなどできませぬ!」
「――ありがとう!」
「――ええ、それでよいのです。どうか健やかに、笑顔でいなされ。そうすればどのような困難であろうとも乗り越えられましょう――」
彼女はきっと戻らない。
そう思った。
「バニヤン!」
「うん、急ぐよお!」
バニヤンがスピードを上げる。
その後ろで、剣戟が響くがすぐにそれは消え失せる。
ニップルの壁が崩壊しそこから現れるはティアマト。
こちらを逃がさんと猛烈な勢いで追いかけてくる。
バニヤンのまた大きいが、相手も速い。
何より――。
「マシュ!」
「――はい!」
相手が放つ魔眼が厄介だ。
石化の魔眼。あれを受ければ、ただでは済まない。
「あれは私の天敵だ。詳しくは言えないが、私の意識が停止すると大変なことが起きる! なので、全力で守ってくれ!」
などとマーリンが言うものだから、こちらもマシュとブーディカさんで全力でガードだ。
ちまちまとダビデが石を投げているが効果は見られない。
「うーん。いや、本当。これはヤバいね!」
「笑っている暇があるのならば少しは、どうするかを考えたらどうかね。ダビデ王なのだろう?」
「そうはいってもねえ。正直、今の僕らの中だとアナちゃんが一番、あいつ相手には適任だったんだけど。まあ、その為に自称エルキドゥはやったんだろうし」
「なら、今は何とかして生き残ることだけを考えないとね」
「よし、バニヤン、こいつならもうちょい早くはしれんだろ」
「おー、すごい!」
何とか北壁までやってくるが、このままティアマトを止められないのはマズイ――。
「くぅ――」
「流石に、きついね」
二人とも限界だ。
これ以上は防げない。
だというのに――。
「猪口才な。だが、此処までだ――冥府で我が子らについばまれるが良い。我が魔眼にて滅びるが良い!!」
相手はまだ余裕があり、その攻撃はさらに苛烈さを増していく。
躱せない。このままでは、死ぬ――。
「いいえ。諦めるのはまだですぞ!」
――我々は
――本来この時代に必要とされる事無く、歴史という名の淡く語られるだけの存在。
だが、だが!
この時代の王が必要といった。
時が必要であると。
ならば、その時を稼ごう。
スパルタはそうやって歴史に名を刻んだのだから。
「例え、幾万幾億の敵が来ようとも、時間を稼ぎましょうぞ! なあ、
現れる三百人のスパルタ兵。
放たれる熱線邪視。
スパルタの生きざま、彼らが歴史に刻んだ確かな証が、女神の攻撃を跳ね返す。
「レオニダス王!!」
「そんな――」
その身体は石化の呪いに蝕まれている。
当然だ。
彼の盾はただの盾なのだ。
綺羅星の英傑たちの如き、神秘はない。
彼らが持つのはただ絆と誇りだ。必ずや守り切るという決意だけが、彼らの盾を支えている。
最後の一人になろうとも、時を稼ぎ、その稼いだ時が必ずや未来へ繋がるのだと信じている。
「自らの攻撃は多少は効きましょう。魔性に落ちし女神。ギリシア神話にて語られる落ちたる者。女神、ゴルゴーンよ」
「忌々しい名を口にしたな。だが――赦そう。その行いに免じて、貴様はここで果てるが良い。人類の滅びを見るまでもなく、此処で――」
「いいえ。それはありえません。人類は不滅なのです」
そう砕けぬ思いがある限り、炎は燃え続けるのだ。
「無駄だ。貴様という盾が無駄死にをしたのだ。もはや人類の命運は尽きた。刻限を待つまでもなく、全てを灰燼と化しウルクへと入る!」
「いいや――まだ――」
しかし、もはやティアマト――いや、ゴルゴーンはこちらを見向きもしない。バニヤンという巨人がいても、それすら敵足りえない。
足りないのだ。全てが。
「このままじゃ、ウルクが攻め落とされる」
それは駄目だ。レオニダス王が、牛若丸が、護ってくれたのだ。ならば、ウルクは、この世界は必ず護らなくてはならない。
だが、怪物は足元の蟻など気にしない。
このままなにもできず見ているしかできないのかと思った時、それを止めたのは――。
「それは性急にすぎます母上」
エルキドゥであった。
彼が話したことによって、十日の猶予が得られた。
逃げるための猶予が。
だが、誰一人として逃げる者はいなかった。
「レオニダス王は言っただろう。こんな時こそ、やれることをやるのだと」
レオニダスは逝った。
もはや彼の守りはない。
だが、彼の教えは今もここに在るのだと、ウルク兵たちは誰一人絶望せずに前を向いていた。
「オレたちも、対策を立てないと。今までやられっぱなしだったんだ。このままじゃいられない」
「ああ、そうだとも。まずはギルガメッシュ王に報告をしないとね」
アナのこともある。
まずはウルクへ戻ることになった。