【完結】ミックス・アップ(魔法先生ネギま✖グレンラガン)   作:アニッキーブラッザー

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第28話 あれが逆転の女神様よォ!

武道大会会場の龍宮神社。

水面に浮かぶリングの上に、3―Aの生徒、朝倉和美が上る。

興奮と熱気に包まれて騒がしかった会場中の声が、その瞬間ピタリと収まった。

朝倉の手にはマイクが握られている。

それだけで彼女の存在が何を意味しているのかを会場中が理解した。

それは即ち司会者だ。

そして司会者が現われたということは、ついに始まりのときが来たことを示している。

満員御礼の観客席を見渡しながら満足そうな笑みを浮かべて朝倉はマイクを口元に近づけ、開始の合図を告げる。

 

『お集まりの皆様、長らくお待たせしております! 今お集まりの皆様には余興を兼ねて、まほら武道大会本戦前の前座をご覧になっていただきましょう!!』

 

会場がざわついた。

前座の話は予め聞いていたが、それほど詳しくは知らない。何故なら彼らの興味は全て武道会の本戦だからだ。

 

『急遽組まれたこのカード! まず入場していただきますのは、ロージェノム・テッペリン選手!!』

 

まず先に入場してきたのはロージェノム。

真っ白いマントに全身を覆い、しかしそれでも覆いきれぬ覇王のオーラが全身からあふれ出ている。

玄人にも素人にも分かる。この雰囲気は只者ではないと。

 

『姿を現しましたロージェノム選手! この人を知らずとも、テッペリンの名を聴いたことの無い人はいないでしょう! そう、彼こそあの世界にも轟くテッペリン財団のトップ! 正に王の中の王として生きるものなのです! しかし彼とて王である前に人なのです! 家族という大事なものがあります! 今日はその娘を奪い去ろうとした憎き男の顔面に父の鉄拳を食らわせるために現われました!!』

 

紹介内容はえらくアットホームな感じがするが、笑いは起こらない。

覇王のオーラが露出し、渦を巻き、会場を飲み込んでいるからだ。

 

「ほう・・・雰囲気があるではないか」

「うん、なかなかのものだね」

 

エヴァやタカミチも中々興味深そうにロージェノムの面構えを見ていた。

 

『さて、続きましては身分の差を乗り越えようと地の底から這い上がろうとする男の入場です!!』

 

朝倉がマイクで続ける。その瞬間、カミナたちは待っていましたとばかりにシモンに声援を送る。

 

『麻帆良ダイグレン学園の一年生! 怖いもの知らずの荒くれ者たちと噂されるこの学園から、王から姫を掻っ攫うという不届き者があらわれました! しかしその想いは本物! 愛する姫を再びその手に取り戻すために男は戦います! その愛を果たして貫き通せるのか!?』

 

朝倉の紹介と共にシモンが姿を現した。

ゴーグルを頭に装着し、肌の上から直接青いジャケットに袖を通し、その背中にはサングラスを掛けた炎のドクロマークが描かれていた。

 

「カミナ・・・あれ・・・あんたが?」

「おうよ、アレこそ俺たちのシンボルだ!!」

 

入場してきたシモンの表情は硬い。

やる気は前面に出ているのかもしれないが、どう見ても肩に力が入っている。

 

(ニア・・・ニア・・・ニア!)

 

頭の中にはニアのことだけでいっぱいだ。

何が何でもやらなければならないという気持ちの表れだろう。

しかしロージェノムと比べて会場の反応を冷ややかだ。

誰の目から見ても明らに超人のオーラを纏っているロージェノムに対し、シモンは普通。とことん普通にしか見えなかったからだ。

 

「シモンさん・・・」

「ふむ・・・試合前までは良かったのですが、会場に飲まれているんでしょうか? 少しぎこちないですね」

 

ネギやクウネルは入れ込みすぎに見えるシモンを心配そうに眺めている。

そして、入場を終えた両者がついにリングの上で向かい合った。

 

「ロージェノム・・・!」

「来たか・・・小僧」

 

彼らは互いに互いをにらみ合うが、戦う理由は両者同じ。愛するニアのためだった。

 

『さあ、リング中央で互いの視線が交差し合う! 恋人の父と娘の恋人・・・そんな両者の胸中には何を宿す!? その心中は何を想う!?』

 

シモンはロージェノムを見た瞬間、俄然拳を強く握り締めた。

しかしシモンを見下ろすロージェノムの瞳は、シモンと比べると若干落ち着いて見える。

 

(ふん・・・娘の恋人に怒りの鉄拳を・・・か・・・だがそれも、殴るに値すればの話しよ。貴様を見て、そして知った結果がつまらぬものならば、何も用など無い。まあ、そもそも一般人相手に勝敗を求めるのもいささか酷ではあるがな・・・)

 

ロージェノムは余裕に見える。勝敗など最初から気にしている様子も無い。

 

(俺は勝敗にこだわっているぞ! お前に勝たなきゃいけないんだ! 絶対に・・・負けられねえんだよ!)

 

シモンは勝利を誓う。

 

(やってみよ・・・)

(やってやる!)

 

全てを得るのか、全てを失うのか、どちらが得てどちらが失うのか、それを決定付けるための運命のゴングがようやく鳴り響く。

 

『それでは、まほら武道大会前座戦、始めええ!!』

 

その瞬間、シモンは猛ダッシュで正面から飛び込んできた。

 

「先手必勝だァ!!」

 

言葉通り、何の小細工もなしに殴りかかってきた。

 

「ぬっ!?」

 

その拳にスピードはさほど感じない。

いや、シモンのような見た目ただの学生にしては上出来なスピードだが、常人レベルでの話し。

だからこそ避けるまでも無い。

そう思っていた。

しかし拳が目の前に近づいた瞬間、ロージェノムの顔つきが少々変わった。

すると受けようと思っていた拳に対して反射的に手が出てしまい、シモンの拳を右手の平で掴み取った。

だがその時ロージェノムは自分の直感が正しかったことを実感する。

 

(重さはある・・・・・・)

 

拳に重みを感じた。

掴んでみてはじめて分かる。

シモンの拳は硬く、その容姿からは想像できないほどゴツゴツで荒れた手だった。

ドリルを使い、土や石に壁などと日常から相手にしてきたシモンの手はシモンの人生そのものを表していた。

 

「うおおおおおおおおおお!!」

 

シモンは連打する。

愛する女を取り戻すために、頑固親父の顔面目掛けて、力強く握った拳を何度も連打する。

 

(重みはあるが・・・しかし・・・)

 

だが、所詮はテレフォパンチ。振りが大きすぎる。

 

(ふん、まあ所詮は素人か・・・さらに喧嘩の経験も浅いと見える。殴り方がなっていない。よくもこれで大口叩けるものだ。まあ、ワザワザ当たってやることもないが・・・このワシが避けたと思われるのも癪・・・ならば・・・)

 

普通は当たることの無いパンチだが、ロージェノムは顔面でその拳を受け止めた。目も瞑らずにシモンのその拳を観察するように。

 

『おおーーーっと、シモン選手の拳がヒット! オープニングヒットは恋人を奪われた彼氏の鉄拳からだ!!』

「よっしゃあ、いけ、シモン! 殴れ! ボッコボコに殴りまくれえ!! んなヒゲと胸毛だけがスゲエハゲ親父なんか怖くねえぞ!」

 

シモンの拳が入った瞬間、カミナたちが乱暴な声援を送り、他の客たちは少し迷惑そうに睨んでいる。

そう、盛り上がっているのはダイグレン学園の応援席だけ。

その理由は、解説者によって語られた。

 

『いや~、しかしあのパンチでダメージは期待できないでしょう』

『それはどういうことでしょう、解説の豪徳寺さん』

 

客席の一角に、大会解説者席というのが設けられ、その席には茶々丸とその隣にはリーゼントの豪徳寺薫という男が座り、シモンの戦いぶりを冷静に分析する。

 

『ロージェノム氏は避けるのも面倒くさいという意味や、パンチがまるで効かないことをアピールするためにワザとパンチを受けているのでしょう。シモン選手のパンチの振りは大いですが、ほとんど手打ちでパンチを打つには欠かせない腰や後背筋の使い方がなっていません。あれでは何回打ってもダメージにはならないでしょう』

 

そう、豪徳寺の解説どおり、ロージェノムのように見るからに怪物のような男に対してポカポカと子供が殴っているようにしか見えないのである。

この大会は予選を通じて超人的な体技を誇る学園生徒たちの中からたった一人の最強を決める大会だ。

そのような大会に前座とはいえこのような子供の喧嘩で盛り上がれるほど観客たちも甘くは無かった。

だがそれでもシモンは殴る。

 

「うおおおお!」

 

拳が痛かろうが、疲労で呼吸が乱れようとも、がむしゃらになって殴り続ける。

 

『おまけに肩に力が入りすぎです。打撃に重要なのは瞬間的な脱力・・・基本中の基本ができていきませんね』

『なるほど。だからこそロージェノム氏も余裕のノーガードで好きに打たせているというわけですね?』

 

会場からは冷ややかな視線に、嘲笑が聞こえてくる。だが、それでもシモンは歯を食いしばる。

 

(笑いたければ笑え! これが俺だ! 格好良さなんて求めない! ただ、この手も・・・足も・・・気持ちも・・・死んでも止めない!!)

 

人からの視線など気にしない。

 

(そうだ・・・アニキたちはいつだって堂々としているんだ!)

 

カミナたちだっていつもそうだった。みっともないとか、そんな理由で何かをやめたりしない。

だから自分も戦う。

 

(引いたら負けだ! 押しまくってやる!!)

 

それがダイグレン学園の生徒なんだと、シモンは懸命に拳を繰り出した。

だが、一頻り殴られ続けていると、とうとうロージェノムが手を動かした。

 

(・・・ちっ・・・こんなものか・・・)

 

そしてシモンの額の前に腕を伸ばしてそのまま指で弾き飛ばした。

 

「ッ!?」

 

デコピンだ。

指一本で弾かれたとは思えぬほどの衝撃を受け、シモンの額から血が流れ出た。

 

『おおおーーっと、ロージェノム氏の反撃! しかもデコピンだ! だが、たったそれだけでシモン選手はぶっ飛ばされた!』

 

初めての反撃と流れ出る血にシモンが顔を歪める。だが、そんな自分に追撃するどころか、ロージェノムはシモンを見下ろしたまま盛大にため息をついた。

 

「ふう・・・」

「ッ!?」

 

がっかりしたというレベルではない。失望どころの話ではない。シモンに対する興味すらまるで失せたような目だった。

 

「お前~・・・・」

 

シモンは悔しそうに歯軋りしながら、流れる血などお構い無しに立ち上がり、拳を振りかぶってロージェノムに飛び掛った。

 

「何ため息なんかついてるんだァ!!」

 

言い終わった瞬間、スパッと素早く重い風が顔面に襲い掛かった。

 

「・・・・・・・・え・・・・」

 

それを何なのかと考える間もなく、シモンの世界が途切れ、シモンは鈍い音を響かせながらリングの上を受身も取れずに転がった。

 

『おおッ!? こ、これは!?』

 

正に一瞬の出来事。

盛り上がりの薄かった観客たちも息を呑むほどの一撃。

 

「ふう・・・つまらん・・・」

 

ただ一言だけロージェノムはそう呟いた。

朝倉も目の前で人間が殴りとばされて人形のように転がる光景に少し息を呑み、司会としての役目を一瞬忘れるほどのものだった。

 

『これは・・・見事な一撃が入ったと言ってもいいのではないでしょうか?』

『はい、茶々丸さんの言うとおり、申し分の無い一撃ですね。今の一振りだけでロージェノム氏のレベルの高さ、そして両者には決して覆せぬ圧倒的な実力差があったと言えるでしょう』

 

解説の豪徳寺も汗を流していた。

 

『豪徳寺さん。これはもうこの戦いは終わりととってもよろしいのでしょうか?』

『いえ、勝敗は揺るがないでしょうが、終わりかどうかは分かりません。ロージェノム氏は今の一撃をメチャクチャ手加減したと思われます』

『手加減?』

 

その解説を聴いた瞬間、アスナは首をかしげた。

 

「ちょっ、あのおっさん、あれで手加減したって言うの!?」

「当たり前だ、ばか者」

「な、バカって何よ、エヴァちゃん!?」

「あの男が本気でぶん殴ったら、あのモヤシ小僧、首から上がなくなるどころか、全身の肉片すら飛び散っていただろう」

「ッ!?」

 

アスナは淡々と述べるエヴァの言葉に顔を青褪めさせた。

悪い冗談だと期待したが、周りを見渡してもネギやタカミチ、刹那やクーフェに楓すら無言だったからだ。

そう、つまりそれがロージェノムやネギたちの居る世界。

 

「そんな・・・それじゃあ・・・・勝てるわけ無いじゃん・・・」

 

住んでいる世界そのものが違うのだ。

応援しようとする言葉を失うぐらいの圧倒的な現実に、アスナは悲しそうな目でシモンを見ることしか出来なかった。

 

「・・・・・ぐっ・・・・つう・・・」

 

沈黙する会場の中、シモンは歯を食いしばりながら何とか起き上がる。

一瞬意識を失っていたが、朝倉がカウントを取り始める前に何とか立ち上がった。

 

『おおーーっと、シモン選手立ち上がった! これはまだまだ諦めていないのか!?』

 

だが、立ち上がっても会場が盛り上がることは無い。

 

『豪徳寺さん、シモン選手は立ち上がりましたね?』

『はい。ロージェノム氏のパンチのキレがよすぎたのと、手加減があったために意識を完全には途絶えさせることは無かったのでしょう。しかし、この戦いはもう・・・』

 

もう終わりなのか?

 

「うおおおお、シモン! 気合だァ! んなパンチはテメエがニアを失うかもしれない痛みに比べれ屁でもねえ!」

「シモーーーーーン! 10倍にして返せええ!!」

「あんたの気合はこんなもんじゃないでしょォ!!」

 

ダイグレン学園だけは叫ぶ。逆転しろと鼓舞し、信じている。

だが、他人から見ればその姿も哀れに見えてくる。

その証拠に立ち上がったシモンだが、既にヨロヨロに見えた。

そんなシモンをつまらぬものを見るよう目で、ロージェノムが告げる。

 

「大口叩くだけでなく、力で示せと言った結果がこれか?」

「はあ・・・はあ・・・何ィ!?」

「動きもキレもまるで無い。レベル差を考慮しても酷すぎる。演技なのか・・・それとも・・・・やる気が無いのか?」

「ッ!?」

 

自分が弱いというのは知っている。だが、ニアと二度と会えないかもしれないというのに、やる気が無いなどとあるはずがない。

 

「なめんじゃねえ! やる気がないだとッ!? だったら最初からここに居るはずないじゃないか! 勝負は・・・まだまだこれから・・・・・・・!!」

 

シモンは小さい体を更に低くして、低空のタックルのような形でロージェノムの足に飛びつこうとする。

だが、上から大きな手の平で頭を捕まれ、そのまま顔面から地面に叩き潰されてしまった。

 

『うげっ!? こ、これは・・・!』

 

思わず何名かの者は目を逸らしてしまった。

顔面を地面に叩きつけられるというエグイ光景に、思わず誰もが「うっ」となってしまった。

そんな攻撃を何事も無かったかのような顔でロージェノムはシモンの頭を地面に押さえつけながら呟く。

 

「どうした? やる気の空回りか?」

 

その一言だけを吐き捨てて、そのままシモンに止めをさすこともせず、ロージェノムはアッサリとシモンの頭から手を離した。

 

「ぐっ、このお・・・・」

 

今のでやろうと思えば勝負はついていた。

だが、勝負をつけることすらくだらないと思ったのか、ロージェノムはアッサリと引く。

シモンは悔しそうに立ち上がるが、目の前で自分に対して失望したようなロージェノムの視線に体が言うことを聞かず、その場で立ち尽くしてしまった。

 

「ふう・・・やる気がどうとか以前の問題だ・・・お前は中身が伴っとらん」

「な・・・なんだとッ!?」

「お前はただやけくそになっているだけだ。技術や戦闘能力の話ではない。人間誰しも断固たる決意をして困難に立ち向かう時は、相応の覇気や眼光を秘めている。しかし貴様には無い」

「ち・・・・違う!!」

「昨日の貴様には僅かだがそれを感じることは出来た。だからワシもこのような席を設けた。勝敗など見る気は無かった・・・ただ、貴様の想いを見るつもりであったが、もう限界だ」

 

ロージェノムが半歩足を踏み出した。

 

「ッ!?」

 

たったそれだけで、引かないと誓ったはずのシモンが、後ろへ飛びのいてしまった。

 

「あ・・・・」

 

逃げた。

シモンはそれを認識してしまい、顔面が蒼白してしまった。

自分の誓いはこの程度なのか? そう自身で思ってしまうほど、ロージェノムの強さを認識して後ろへ下がってしまった。

そんなシモンに対して、とうとうロージェノムは全身の力を抜いた。もはや戦う気も失せている。

 

「棄権しろ。そして、ニアのことは忘れろ。二度とニアの前に現われるな。子供教師にそそのかされ、貴様のようなつまらん小僧にチャンスを与えたワシがバカだった」

 

シモンのことを知れ。

自分の娘が好きになった男のことぐらい知ってみろ。

ネギにそう言われてシモンを見たこの数分間で、ロージェノムが出した答えがこれだった。

あまりにも重い空気に、司会の朝倉も、解説席の茶々丸たちにも言葉が無い。

 

「ねえ・・・どうなっちゃうのよ、これ? 高畑先生~」

「・・・残念だけど・・・仕方ない。ロージェノム氏も一般人に力を使うようなものではなかったのが幸いした」

「で、でも・・・これじゃあシモンさんとニアさんは・・・」

 

アスナは認めたくは無いと周りを見るが、刹那たちももはや目を瞑って首を横に振っていた。

 

「おらァ! はげ親父! 勝手なことぬかしてんじゃねえ!」

「シモンはまだまだこっからなんだぞ!!」

「逃げんのかァ!」

 

こうなってはダイグレン学園の声援すら悲しく感じる。

数分前までは大会を楽しみにしていた観客たちで温まっていた会場の空気も、すっかりと白けて冷え切っていた。

 

(シモン・・・・やはり・・・・無理なのかい?)

 

フェイトももうこれまでだと思っていた。

 

(ふむ・・・穴掘りシモン・・・評判ほどでは無かったようネ・・・)

 

大会主催者席で見下ろす超鈴音。

 

(・・・シモンさん・・・あなたには・・・世界を変える力を感じたのですが・・・)

 

同じドリ研部のザジもその目には期待は無かった。

 

「なあ・・・もういい加減さっさと終わんねえ? 俺、早くクーフェ部長の試合が見てえんだけどよ~」

「俺も! もういいじゃねえかよ、こんな試合」

「私も早く子供先生の試合見た~い」

 

白けた会場は、さっさと終わらないかと飽き飽きしていた。

誰もが興味も期待も希望もシモンに対して抱いていなかった。

そんな男をどうして・・・

 

「どういうことなんだ・・・アル・・・」

「・・・・・・・・・・」

「アル!」

「・・・・・・・」

「・・・クウネル・・・」

「はい、何でしょう、エヴァンジェリン♪」

「ぬ・・・ぬう~~」

 

散々呼んでも反応しなかったのに、クウネルと言った瞬間に反応したクウネルに対して、エヴァはイラついている様子だが、イラつくだけこの男は喜ぶだけと思ったのか、そこはグッと堪えた。

 

「貴様は試合前にあの小僧に何か言っていたが、結局なんだったんだ? ただのつまらん一般人ではないか?」

 

そう、ただの一般人に過ぎない。

そんなシモンに対して、何故クウネルは気にかけたのか。

するとクウネルは少し難しそうな顔をした。

 

「そうですね・・・確かに状況が悪い・・・これではシモンさんの真の力は解放できません」

「はっ? 真の力だと~?」

「ね、ねえ、アンタ! 真の力って何なの!?」

「クウネルさん、どういうことですか?」

 

シモンの真の力。その言葉を聞いた瞬間、ネギたちが顔を上げた。だが、クウネルは難しい表情をしたままだった。

 

「彼の真の力を解放するには・・・相手も本気でやる気が無ければなりません・・・しかし、ロージェノム氏は最初から本気になるどころか、シモンさんとの戦いのやる気も失せています。それでは駄目なのです。シモンさんの力を発揮するには、相手もやる気にならねばならないのです」

 

クウネルの言っている言葉の意味が分からなかった。

相手がやる気になったり本気になれば、シモンが真の力を解放できる?

そんなわけの分からないこと、いや、それ以前にそんな状況になるはずが無い。

 

「あの~・・・相手が本気って・・・」

「あの兄ちゃん何も出来ずに死んでまうやん」

「相手が手加減しては駄目? しかし本気を出されたら死んでしまうでござる」

「よ、よく分からないアル・・・」

 

刹那や小太郎たち、武に長けたものたちですらクウネルの言葉の意味が判らない。それはタカミチやエヴァのような最強クラスのレベルでも同じだった。

どんなに手加減されてもシモンではロージェノムに勝てない。

ロージェノムが本気を出せばシモンの真の力が解放できるらしいが、それではシモンが死んでしまう。

どちらにしろ、話だけ聞けばシモンはもうどうしようもないと見て取れる。

その証拠に、シモンはまだ体が動くのにどうすればいいのか分からず、ロージェノムの言葉に動揺してしまっていた。

 

(くそ・・・やっぱり俺だけじゃ駄目なのか?)

 

心に暗雲が立ち込める。

 

「シモーーーン、いけえええええ!!」

 

カミナたちが叫んでいる。しかし、耳には入るが心に響いてこない。

 

(俺一人じゃ・・・ニアを・・・ニアを・・・)

 

もう駄目なのか?

 

「さあ、言え! 小僧! もう二度と、ワシらの前に現われんと!!」

 

ネギの言葉、ダイグレン学園の仲間たちの言葉、フェイトの言葉、クウネルの言葉がシモンの頭の中でグルグルと回るが、冷静な思考を失ったシモンは、それが何だったのかを忘れてしまった。

 

「~~~~~っ」

 

抱えたものを全て心ごとへし折られかけてしまったシモンは、自分の意思ではなく、自然と口が動こうとした。

 

「俺は・・・俺は・・・・・」

 

カミナたちが立ち上がれと叫ぶが、もう耳に入ってこない。

全てが終わる。

だが、そう思いかけたとき、一人の少女の言葉が会場に響いた。

 

 

「シモン!!!!」

「ッ!?」

 

 

会場中がその声に視線を移した。

観客席で可憐な、そして涙を浮かべながら、しかし両目をしっかり見開いて少女がそこに立っていた。

 

「・・・ニア・・・・」

 

そこに居たのは、ニアだ。

ニアがシモンを見ている。

周りをヴィラルや大勢のSPに囲まれて身動きがとれない、正に囚われの姫がそこに居た。

 

「シモン!」

「ニア・・・・・・二アッ!」

 

幻ではない。本物のニアだ。シモンの心臓が大きく跳ね上がった。

 

「ふん・・・・最後の対面だな・・・・」

 

ロージェノムがつめたい言葉を浴びせる。

そして、多くのものもそれが二人の最後の逢瀬だと感じ取った。

一部の・・・

 

「ふっ・・・ようやく現われましたね」

 

クウネルと・・・

 

「へっ、逆転の女神様がな!」

 

ダイグレン学園の者たちを除いて。

 


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