【完結】ミックス・アップ(魔法先生ネギま✖グレンラガン)   作:アニッキーブラッザー

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第39話 なんか色々と「ゲッ」

一匹の巨大な黒竜が荒野に横たわっていた。

手ひどい傷を負っているが、死んではいない。だが、竜の頭部から生えている二本の鋭い角が、片方へし折れている。

折れた巨大な角の上に座りながら、冷たい瞳をした白髪の少年は呟いた。

 

「角をへし折るだけで殺さない・・・面倒な依頼だけど、これで完了だね」

 

自分の体より何倍もの巨体を誇る黒竜相手に、息一つ乱さずに圧倒した男の名は、フェイト・アーウェルンクス。

世界を超え、時代を超え、彼はここに居た。

 

「20年前の魔法世界に来て、もう4ヶ月か・・・早いものだ」

 

どこまでも続く空の向こうを見つめながら、フェイトは溜息ついた。

 

「だが、ついにこの日が来た。一つの大きな歴史の転換期だ。今日を過ぎれば、二人と一緒に・・・オスティアだ」

 

フェイトは黒竜の角を肩に担ぎながら、その場を後にする。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

超巨大魔法都市国家メガロメセンブリア。

それは魔法世界最大の軍事力を擁する、魔法世界有数の大都市である。

巨大な魔力と発達した文明を誇るこの国家こそが、魔法世界の中心的役割を秘め、無私の心で世界の人々のために力を尽くすことを使命としている。

しかし、そんな巨大都市には華やかさだけでなく、薄汚い場所も存在する。

 

「おい、聞いたかよ。紅き翼の連中の戦果をよ」

「ああ。グレート=ブリッジ奪還作戦だろ? 今じゃ、あの『連合の赤毛の悪魔』率いる紅き翼は、このまま帝都ヘラスを攻め滅ぼす勢いだぜ」

 

煌びやかで、近代的な建物や文化の誇る首都の隠れた路地裏。

その地域に立つ、一軒の何の変哲もない大衆酒場では、傭兵や軍隊崩れの賞金稼ぎやチンピラのたまり場と化していた。

 

「あ~あ、英雄様は羨ましいね~。俺も、魔法学校をちゃんと卒業してればな~」

「けっ、テメエがちゃんとしたって、たかが知れてるぜ」

「あん? なんだとコラァ!」

 

酒と堕落した人間の匂いが充満する掃き溜めの場所。チンピラたちも酔っ払い、ケンカがいつ始まってもおかしくないような環境だ。

だが、ここしばらくは、チンピラたちの大きなケンカは起きていない。

それは、この酒場でアルバイトしている一人の少女の力が大きかった。

 

「とっても大きな声がしましたけど、何をなさっているのですか?」

 

薄汚れた酒場には決して似合わぬ、可憐な花。

純白のフリフリのメイド服に身を包んだ、ニア。

彼女は不思議そうに首を傾げながら、胸ぐらをつかみ合っているチンピラたちに尋ねる。

 

「おおっと、ケンカじゃねえよ~」

「そうだぜ、ニアちゃん。俺たちは仲が良いからよ~」

 

チンピラは、慌てて互いの肩を抱き合って、笑ってごまかす。

 

「あら、いつも仲が良くて、とってもいいですね!」

 

ニアがニッコリとほほ笑む。それだけで、酒場に居た男たちはデレーッと鼻の下を伸ばして、空気が和んだのだった。

 

「あ~あ、ニアちゃんはいつ見ても可愛いな~」

「しっかし、ニアちゃんがここでバイトを始めて、どれぐらいか?」

「なあ、いい加減、おじさんたちと付き合ってくれよ~」

「ふふふ、ダメです。私には、シモンが居ます」

 

今では、ちょっとした裏通りのアイドルと化したニア。

 

「か~、またシモンかよ。あの冴えないガキが」

「いや~、最近アイツも日雇い労働者の間では、穴掘りシモンって言えば、それなりに名の通った有名人らしいぜ?」

「でもな~、ニアちゃんとじゃ釣り合わねえだろ~? せめて、あの白髪の小僧なら、まだ納得できるんだけどよ~」

 

魔法世界の過去にタイムスリップした。それをどこまで理解しているかどうかは定かではないが、ニアもシモンも逞しく生きていた。

つい最近まで、日本で普通の高校生をしていたニアとシモンが、魔法という異形が当たり前の世界で、さらに戦時中という特殊な環境下で生活するということは、普通では考えられぬことだった。

だが、そんな環境で4ヶ月も過ごしたことにより、二人もすっかりこの世界に順応し始めていた。

 

「今帰ったよ」

 

突如、酒場の扉が開いた。入ってきたのは、フェイトだった。

 

「あっ、フェイトさん、お疲れ様。依頼はどうでした?」

「うん、何ともなかったよ。シモンはまだかい?」

「はい、この間の戦争での復旧作業で、仕事が増えたそうです」

「ふっ、穴掘りシモンは現場から離れられないということか」

 

微笑しながら、椅子に座るフェイト。その表情はとても穏やかだった。

彼もまた、この4ヶ月の生活で、変わってきていた。

麻帆良学園の学園祭にて、図書館島にあった魔法世界と地球を繋ぐゲートと超鈴音の発明品の誤作動により、20年前の魔法世界にフェイトたちがタイムスリップしてから、4ヶ月。

最初のうちは、フェイトの心休まる時はなかった。

この世界は地球と違い、獰猛で強力なモンスターが多数存在し、世界全体が戦争の渦に巻き込まれている。

そんな時代のこの世界に、フェイトと一緒にやってきた二人の友。つい最近までは平和な日本で暮らし、常識の中で生きてきた普通の高校生だった二人の友を、この世界で守るのは骨が折れた。

ただ脅威から守るだけなら容易いが、この二人は、ワザとかと思えるぐらいに次から次へとトラブルを運ぶは、目を離したスキにとんでもないことをしでかすはで、無表情でクールだったフェイトという人物が、すっかり振り回されてしまった。

しかし、それでもこの二人を見捨てずに、今日までともにあり続けたのは、打算も何もない、フェイト自身の意思によるものだ。

だが、最近では二人の友も、この世界に順応し始め、今ではスッカリこの世でたくましく生きていることは、うれしいことであった。

 

「おい、フェイ公。テメエは、今日はどんなことしたんだ?」

「荒野のドラゴンを追い払う仕事さ。兵士は戦争に回されるから、人手が足りないらしい」

「ド、ドラゴン!? 涼しい顔してまあ……なんでお前は、士官しねんだ? テメエなら、紅き翼並みの働きをするんじゃねえのか?」

 

今では、メガロメセンブリアの路地裏の酒場が、フェイトたちの拠点となっていた。

表通りだと、何かと面倒なことになるというフェイトの意見から、日の当たらぬ場所を拠点として選んだ。

当然最初は、子供三人がこんな場所で受け入れられるはずはない。襲われたことや、強盗されかけたことだってある。

だが、それでも居場所を見つけ、ニアは酒場の皿運び、シモンは建設現場で、フェイトは何でも屋のような仕事で生計を立てていた。

その目的は、生活費と旅費を集めるため。

 

「言っただろ? 僕たちは、オスティアに行きたいんだ。この時代では、オスティアへ行くには相当の手間と資金が必要だから、こういうバイトをしているだけだ」

 

この世界は、今二つの巨大勢力が争っている。ヘラス帝国とメセンブリーナ連合。

辺境の僅かな諍いから始まり、世界レベルに発展したヘラス帝国の侵略戦争。帝国の目的は、オスティアという地の奪取。

つまり、オスティアとは、現在の大戦の中心ともいうべき場所なのである。

そのような場所に行くには、当然、手間と資金がかかったのだった。

 

「オスティア~? 正気かよ。んなところに行ってどうすんだよ」

「知ってっか? 噂じゃあ、あのマフィアの完全なる世界(コズモ・エンテレケイア)。あの組織とオスティア上層部は繋がってるって噂もあるぐらい、ヤバい場所だぜ?」

 

彼らにとって、フェイトたちの行動は正気とは思えないらしい。だが、フェイトは涼しい顔で返した。

 

「知ってるよ。何もかも。たぶん、この世界に居る誰よりもね。でも、それでも行かなくちゃいけないんだ」

 

少し皮肉めいた口調で答えるフェイト。

 

「でも、おかしいですね。私たちが、最初に居た場所はオスティアという場所の近くだったのに、どうして遠いメガロメセンブリアに来て、またオスティアに行くのですか?」

「それは・・・まあ・・・色々とあの時期のオスティアは厄介で・・・」

 

フェイトは口ごもり、視線を窓の外へ移した。

そう、今ニアが言った通り、ニアたちが最初にこの世界に来たのはオスティア近辺だった。

しかし、オスティアは戦争の渦中のど真ん中だ。近隣の村や街も、略奪などの悲劇に晒されている。

そして、それはこの世界のどこにでも言えた。世界を巻き込む大戦中に、素人のシモンとニアの安全を確保するには、どこでもいいというわけにはいかない。

フェイト一人なら何ともないが、シモンとニアが一緒だと危険だ。そう考えると、メガロメセンブリアという巨大都市に身を隠していた方が安全だった。

・・・っというのが、表向きの理由。

 

(オスティア周辺には、組織の連中があちこちに居る。僕の存在を知られたくないからね・・・)

 

っというのも、理由の一つだった。

だが、その生活にも、ようやく終わりが見えてきた。

そろそろ、オスティアへ向けて再び動く時期になってきたと、フェイトは考える。

フェイトは、酒場から窓の外を見る。

その視線の先には、メガロメセンブリアの議事堂。

 

(さて、こちらもそろそろ時間だ・・・3・・・2・・・1・・・)

 

その時だった。巨大な爆音と、巨大な柱の棘が議事堂内部から飛び出した。

 

「な、何だこの音は!?」

「議事堂からだぞ!?」

 

慌てふためくチンピラたち。それは酒場の中だけでなく、都市に居るすべての者たちに衝撃が走った瞬間だった。

 

「なんなのです?」

「大丈夫だよ、ニア。ちょっとテロリストが、議員に化けて内部に侵入し、議事堂内で会合するはずだった紅き翼を罠にはめただけのことだ」

「えっ!? 紅き翼って・・・確か、ナギさんたちの?」

「そうだよ。歴史上、彼らは罪を被せられて、今日から賞金首になる。でも、安心したまえ。いずれその容疑が晴れて、彼らは英雄になる。今日行われることは、歴史上絶対欠かせない出来事なのさ」

 

淡々と説明するフェイト。その間に、首都の巨大艦隊がライトを照らしながら、都市を飛び回っている。

 

「大変。シモンがまだ帰ってきてません!」

「大丈夫だよ。シモンの仕事は、都市郊外だ。このまま黙って過ごしていれば、何の問題もないよ。っていうか、連合が追いかけているのは、紅き翼だから、シモンは何の関係もないよ」

 

外は今の爆発音で大騒ぎというのに、フェイトは冷静な口調でコーヒーを飲んでいる。

フェイトが冷静でいられるのは、彼が未来から来た人間で、この世界の表と裏の事情を全て把握しているからだ。

 

(帝国と連合の裏で暗躍している、僕たちの組織。組織と連合の議員が繋がっているという証拠を見つけた紅き翼が、それを連合上層部に報告に行った。だが、その人物は本物に成りすました・・・一番目のアーウェルンクス・・・。一番目に嵌められて、紅き翼は反逆者扱いになって、連合から追われる・・・それが、今日この日だ)

 

今日起こることは、全てわかっている。

 

(ついでに、組織の幹部が、秘密裏の交渉に赴いたアリカ姫とテオドラ皇女・・・この二人を揃って攫う日・・・まあ、紅き翼に救出されるけどね・・・)

 

自分の知る歴史と、一切の違いが見当たらないからこそ、フェイトは落ち着いていられるのだった。

 

「さあ、ここからようやくスタートだ。墓守り人の宮殿での戦いまで、ゴールが見えてきた」

 

だが、歴史というのは、ちょっとしたことでいくつもの道に分かれることもある。

また、全てを知った気になっていたフェイトは、今後歴史では語られなかった、知らなかった事態に直面して、頭を悩ませることになるのだった。

 

「な、なんだったんだ、今のは!?」

「議事堂の方でしたね。ナギとガトウとラカンが行ってますが・・・」

 

爆音がしたと同時に、その客は酒場に入ってきた。

爆音を聞いて、慌ててその客は外に出ようとするが、その後ろ姿を見て、ニアが声を出す。

 

「まあ! アルさん! それに詠春さんも!」

 

ニアの言葉に二人が振り返る。

 

「ニアさん?」

「おお! こんなところに居たのかい? 久しぶりだね。シモン君は?」

 

彼らの存在を見て、酒場のチンピラたちは、卒倒した。

 

「「「紅き翼(アラルブラ)!?」」」

 

そう、紅き翼の、アルと詠春がここに居た。

 

「ニア君。君たちは、今までどこに居たんだい? オスティアで、謎の魔法使いに襲撃されて君たちの姿を見失ったが・・・」

「ああ、あれですね。あれは、襲われたのではなく、私たちの友達が、私たちが襲われていると勘違いして、あんなことになってしまったのです」

「友達? なんだ、シモン君以外にも、まだ居たのかい?」

 

4ヶ月前に出会った紅き翼。

シモンとニアは彼らと行動しそうになり、自分の存在と歴史のゆがみを恐れたフェイトが、無理やり二人を連れ去った。

ニアとシモンの無事を喜ぶ詠春たち。

ニアは、心配をかけた二人に、自分たちの友を紹介しようとする。

 

「紹介します。こちらが・・・」

 

この時、フェイトは慌てて酒場のカウンターに姿を隠した。

 

(な、・・・なんだって・・・)

 

フェイトは、カウンターの下に隠れながら、汗をダラダラと流していた。

 

(ど、どういうことだ!? 確かに、紅き翼が首都に居るのは知っていたが、歴史上、ここで僕たちが出会うことはないはずだ!? 僕さえ気を付ければ、広大な首都で鉢合わせになることはないと・・・いやいや、そもそも超VIPの紅き翼が、何で裏通りに? 彼らに絶対に会わないと思ったからこそ、裏通りに拠点を置いたのに、何故? ・・・待てよ・・・そうか、情報収集のためか!)

 

フェイトは、とある事情から、紅き翼とは会うわけにはいかないのである。

だからこそ、顔を見せるわけにはいかない。

だが、事態はさらに悪化する。

 

「ここに居たか、詠春! アル!」

「まいったぜ、嵌められた! あの、白髪の小僧が!」

 

息を切らしながら、酒場に乗り込む、三人の豪傑。

 

「ナギ! ラカン! ガトウ! これは一体、どういうことだ!?」

「事情は後だ、詠春! タカミチとお師匠は、どこに居るか分からねえが、とにかく逃げるぞ! 俺らは指名手配犯になっちまった!」

「タカミチ少年はゼクトと一緒だ・・・おそらく無事だ。今は、我々がここから離脱することが先決だ!」

 

ゾロゾロと入ってきた男たちに、酒場のチンピラたちは気絶しそうになった。

そりゃそうだ。

魔法世界最強とも言われている最強チームが、こんな薄汚れた酒場に現れたのだ。声を失っても仕方なかった。

 

「おおー、ニアじゃねえか! 無事だったのか!」

「はい、友達が助けてくれました!」

「友達?」

「はい、紹介しますね」

 

フェイトの焦りはピークに達する。

 

(まずい! タカミチやフィリウスが居ないのは、せめてもの救いだが、今のサウザンドマスターたちは、一番目のアーウェルンクスと会っている! 今の僕が彼らと顔を合わせれば・・・)

 

フェイトは手に届く範囲を急いで探る。

何か、誤魔化せるものはないか? 

どうやったら、この場を乗り切れる? 

苦悩の末、フェイトが取った、行動は・・・・・・

 

 

(こ、この服は!? いや・・・しかし・・・・くっ・・・・・・・仕方ない!)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

首都から僅かに離れた場所に位置する広場。

 

 

 

日雇い労働者たちがスコップやツルハシ、そしてドリルを使って、土地を整備していた。

 

 

 

剣や魔法の才もなく、学もない男たちが泥だらけになって仕事をする中に、シモンは居た。

 

「なんだか、首都が騒がしいぞ?」

 

首都上空を飛び回る戦艦に、只ならぬ気配を感じ取ったシモンは、作業を中断させて首都へと視線を向ける。

 

「コラ、シモン! 手を休めるんじゃねえ! いくらおまえでも、仕事をしなけりゃ、ステーキはやらねえぞ?」

「あっ、ごめんよ、シャク親方!」

 

工事現場の責任者、シャク親方に言われて慌てて作業を再開するシモン。だが、それでも内心では首都が気になるようで、チラチラと視線を移す。

その様子をまた怒鳴られるシモン。周りに居た日雇い労働者仲間は、それを見てこそこそと話す。

 

「なあ、あの冴えない坊主がやけに親方に気に入られてるが、なんなんだ?」

「ああ、お前は新人か? あいつは、穴掘りシモンっていってな、俺たちのエースだ」

「エース?」

「ああ。固い地盤だろうと、瓦礫の山だろうと、ドリル一つで簡単に穴を開けられる不思議な野郎だ」

 

その話を聞いて、労働者たちの視線がシモンに集中する。

 

「うん……そうか……ここを掘れば、柔らかいから簡単に穴が空くんだね?」

 

シモンは親方に怒鳴られた後、静かに大地に手を置いて、意識を集中する。

 

「あいつ、一人でブツブツと何をやってんだ?」

「大地と会話してんのさ。あいつは、大地の声を聞きとって、掘る場所をピンポイントに探ってんのさ」

 

大地と会話する。それを聞いても半信半疑だった労働者たち。だが、次の瞬間、シモンはドリルを一突きして、固い大地にいとも簡単に穴を開けた。

それだけで、「相変わらずだぜ」「あいつスゲー」と言った歓声が上がる。

もう、慣れた光景だが、シモンはゴーグルを深々かぶって恥ずかしそうに穴の中に入って、身を隠した。

 

「ふう、ここら辺の作業もだいぶ進んだな~。給料もいいし、親方もたまにステーキを奢ってくれるし、一生このままでもいいかもな~」

 

褒められることは照れるが、シモンはニア同様に、この数か月でたくましく成長していた。

最初はフェイトに全てを助けられていたが、今では職を見つけ、ニアと生活できるぐらいこの世界と順応していた。

魔法だとか異世界とか、そういうことは分からず、元の時代の元の世界に帰る方法はフェイトに任せきりだ。

当然、元の世界にも戻りたいという気もするが、このままでも特に困ることはないと思う自分もいた。

泥まみれの汗水流して金を稼ぐのは、シモンの性に合った。

戦争中ではあるが、亜人や元の世界にはない文化など、新鮮な毎日だった。

 

「おい、シモン! その作業が終わったら、帰っていいぞ!」

「うん、わかったよ、親方!」

 

フェイトは、あまりこの世界の人間と深入りすることは良くないと注意している。シモンも何度も説明されて、その理由をなんとなくだが理解していた。

だが、それと同時に気になることもあった。

 

「親方、それじゃあ、お疲れ」

「おう。美人の嫁さんが待ってるぞ。さっさと、帰りな」

 

シャクの言葉で、他の労働者たちが身を乗り出す。

 

「ええ! こいつ、嫁がいんのか?」

「おうよ。ニアちゃんっていう、メチャクチャ可愛い子だ。裏通りの酒場で働いている子だ」

「か~、嫁と二人暮らしかよ。いいな~」

「いや、二人じゃねえよ。フェイ公っていう、ダチと一緒に三人暮らしだ」

 

そう、気になるのはフェイトのことだ。

フェイトは明らかに何かを隠している。そして、何か裏がある。この世界で暮らしていて、それが感じ取れた。

フェイトが話さないのであれば、無理に聞き出そうとはしない。シモンもニアもフェイトを信じているからだ。

だが、時折一人のフェイトを見ていると、どこか悲しそうで消えそうな雰囲気を感じ取ってしまうことがある。

だからシモンは、元の世界に帰る方法よりも、フェイトが何を背負っているのかが、気になって仕方なかったのだった。

 

「さて、それじゃあ帰ろうかな」

 

友を信じると決めた。だが、それでも気になる。その思いを抱えたままこの数か月を過ごしてきたシモン。

その疑問の答えが・・・

 

「ん!?」

 

間もなく明かされることになる。

 

「どうした、シモン?」

 

帰路に就こうとしたシモンは、荒野の果てをジッと見つめる。

そこには地平線に沈む太陽と岩山しかない。だが、シモンは怖い顔で見つめた。

 

「この感じは・・・戦ってる・・・いや、襲われてる・・・」

「シモン?」

「大地を伝わって、声が、攻撃の音が、争いの振動が伝わってくる」

「あん?」

 

現場で作業を続けて身に着けた、シモンの感覚。シモンは、根拠はないが、この世界で仕事をし続けて、大地からあらゆる情報を手に入れる感覚を身に着けた。

その感覚が、シモンに教えている。

 

「襲われているのは・・・女の人だ! ・・・危ない!」

 

気づいたら、シモンは走り出していた。

誰かが襲われているような気がする。それだけで、危険を恐れず走り出していた。

半年前なら、カミナの背中に隠れていた。そして恐れて逃げ出していた。

だが、今のシモンは逃げない。一瞬の迷いもなく走り出した。それもまた、この世界に来て成長した部分なのかもしれなかった。


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