【完結】ミックス・アップ(魔法先生ネギま✖グレンラガン) 作:アニッキーブラッザー
「ふっ・・・ふふ・・・これは少々驚きましたね。進路指導をする? まあ、確かに君の研修の最終課題はこの学園の生徒たちの・・・」
「それは返してもらいます」
「えっ・・・えっ!?」
いち早くハッとしたギンブレーが冷静に振る舞おうと、ネギに皮肉を言おうとした。
だが、ネギは既にギンブレーを見ていなかった。
ネギは教壇から降り、ギンブレーが取り上げたキヤルの進路調査カードを一瞬で取り返した。
(ほう・・・速いな・・・そしてこの胆。流石はサウザンドマスターの子といった所か)
(ネギくん・・・学園祭から更に動きにキレが出てきているようだね)
(なんか面白くなてきたネ。これは麻帆良女子中では見れなかった光景ヨ)
一部野次馬丸出しの生徒たちが居るが、今は教室が静まりかえり、クラス中がネギの一挙手一投足に注目していた。
ネギはギンブレーから奪い返したキヤルの進路カードを見る。そこには、ハッキリと大きな字で、「アイドル」という進路が書かれていた。
その紙をジーッとしばらく見つめていたネギだが、ようやく顔を上げ、おおよそ十歳児とは思えぬような真剣な表情でキヤルを見上げて、二人は向き合った。
「キヤルさん。こちらの夢は、本気の夢なんですね?」
キヤルはゾクッとした。
普段は教室ではマスコット扱いでモミクチャにされたり、からかわれたり、カミナたちにあしらわれているネギとは思えないほどの迫力。
一切の虚偽どころか、ふざけ半分の解答など許さない。まるで、キヤルの本心を見抜こうとしているかのような雰囲気だった。
だが・・・
「・・・あ・・・ああ・・・本気・・・だよ。本気の本気だ! ワリーのかよ!」
自分もウソは言わない。キヤルは唾を飲み込み、汗をかいた掌を強く握り、ハッキリと答えた。
キヤルも察したのかもしれない。
この場面を逃げ出したり、気圧されて引いたりすれば、自分は一生アイドルにはなれないと直感した。
だが、ネギは畳みかける。
「ですが、キヤルさん。言い方の違いはあっても、ギンブレーさんの考えは間違っているわけではないと思いますよ?」
教室は静まりかえり、この二人を見守った。
「確かにこの世でアイドルとして成功し、それを職にしている人は居ます。ただ、僕もそちらの世界に詳しいわけではありませんが、それは途方もない努力や才能、環境、そして競争や報われない現実、努力とは関係ない運が左右することも多いでしょう、そしてそれ以上の困難がたくさん付きまとう世界だと思っています」
ギンブレーは始めからキヤルの夢を否定した。
だが、ネギはキヤルの夢を一旦受け止めた上で、そこから現実を突きつけた。
キヤルもグッと口を紡いでネギの言葉を聞く。
「さらに言えば、たとえアイドルになったとしても成功し、まともな収入を得られる人もほんの一握りのような世界だと思います。宝くじで大当たりする方がよっぽど確率の高い世界だと思います。そのうえ、生涯を通じて安定して収入を得られるのかという問題もあります」
「わ、分かってるよ! 一時でも成功するのもほんの一握り。その成功を生涯続けられる奴なんか、一握りの中の一握り。で・・・でも俺はそんなもん全部承知だってーの!」
たたみかけられて、そのまま飲み込まれそうになった瞬間にキヤルも反撃に出た。
そんな現実は全部承知であると。ブラウン管を通して見る華やかな世界など、本当に僅か。
その裏では想像を絶するような熾烈な争いや不幸や汚いやりとりなどだってあるだろう。
しかし、それでも自分は目指すんだとキヤルは主張した。
「しかし、闇雲に目指すものではありませんよね? 当然、どこかの事務所にも所属しないと・・・」
「ああ。だから今でも隠れてオーディションとか受けまくってる! 夏休みに入ったら本格的にレッスンを受けようと思ってんだ! バイトだって死ぬ気でやってやらあ!」
「世間では中学生から既に大学を視野にいれて学問に励んでいる人も居ます。さらに今の日本では有名大学卒業でも就職できるか分からない社会です。今はキヤルさんも高校一年生ですけど、進学か就職かを左右する時期になったとき、その時でもまだ努力が実っていなかった時、キヤルさんは確実に世間の学生から出遅れています。そんなときに後悔することはありませんか?」
「私は、・・・後悔なんてし・・・いや・・・正直怖くてそこまでは考えたくねえよ・・・でも、俺はそんな風に考えて諦めることはしたくねえ!」
なかなか厳しいことを言うと思える反面、これぐらいは普通というより当たり前なのかもしれない。
「お、おお、意外とエグイな先公」
「ってか、あんな顔もすんだな、あいつ」
「でも、口を挟まない方がいいのかもね・・・」
だからこそ、クラスメートたちも援護を出せなかったし口を挟めなかった。
これはネギとキヤルの真剣勝負だ。ここでキヤルが負けるようなら、どのみちアイドルなんか目指さない方がいい。
普段おちゃらけてるダイグレン学園も、それぐらいのことは雰囲気で察した。
そして、ネギは最後に問いかける。
「では、キヤルさん。あなたは、アイドルになれなかったらどうしますか?」
「ッ!?」
なれなかったらではない。むしろなれないのが当たり前の世界。
もしなれなかったら・・・というのは誰もが通る難問。
そこで道がどう分かれるかは、この難問に対してどれだけの覚悟を解答できるか。
「・・・そ、そんときは・・・潔く・・・・・・・いや・・・」
潔く諦める。それは懸命な判断かもしれない。
ダラダラと時を過ごすよりはスパッと自分で見極めるという選択だ。
だが、キヤルは途中まで言いかけて、すぐに首を横に振る。
「違う! もし、俺はアイドルになれなかったら・・・・・・」
そして、覚悟を示す。
「そん時は、なれるまで諦めねえ! 足掻いて足掻いてしがみつく! 無理を通して道理を蹴っ飛ばす! それが俺の答えだ!」
キヤルは一生夢と心中する道を選んだ。
そのキヤルの答えには、最初は野次馬気分で見ていた超やフェイトたちでも感嘆の息をもらした。
「~~~~」
人前でデカデカと夢を語り、少し恥ずかしくてそれ以上の言葉が出ないキヤル。
だが、そんなキヤルに今までの態度を一変させたネギが優しく微笑んだ。
「ならばキヤルさんは、アイドルを目指すべきだと思います」
「・・・・・・・・・へっ?」
「「「「「「「「「「えッ!?」」」」」」」」」」
意外な言葉に、誰もが言葉を失った。
だが、ネギもまたウソは言っていない。先ほどまでの現実ばかりを突きつけた表情が一変し、今度は年相応の少年のように瞳をキラキラと輝かせていた。
「誰かに言われて考えが変わってしまったり、途中で諦められるような夢なら見る必要はないと思います。でも、キヤルさんは違います。だから僕は、キヤルさんを応援します!」
「せ・・・せん・・・こー・・・」
「ずっと、全力で応援します!」
ネギの表情は、振り返らずに突っ走れと言っているように見えた。
何だかキヤルは余計に恥ずかしくなった。ここまで十歳の子供と自分の将来について向き合っていたことを。
だが、同時にうれしくもあり、キヤルは小さく「おう」とだけ答えた。
「何をバカなことを」
だが、ギンブレーは納得しなかった。
「ネギ先生、あなたは自分が何を言っているのかわかっているのですか? 不確かで可能性の低いものに生徒を放り出して、ダメになったときにどうやって責任を取るつもりですか!? 説得には甘すぎる!」
ネギのやり方は無責任だとギンブレーは言う。
だが、今のネギはキヤルの味方。キヤルがやると言った以上、ネギはどんなことがあってもキヤルを応援する味方になるつもりだ。
「ギンブレーさん。僕は生徒たちに、可能か不可能かで変更させる進路指導はしません」
「?」
「僕は、どの道を進めばその人が幸せに思うかどうかで進路を一緒に考えたいと思います」
聞いているとどこか恥ずかしく、どこか心がポカポカする。
気づけばみな自然と笑みが零れずにはいられない、ネギの教育理念だった。
「甘やかしますね。だが、私はそれでもやはりあなたには反対ですね」
しかし、ネギの思いが必ずしも万人に受け入れられるわけではない。
「あなたの言葉、聞こえはいいですが、私は反対です。まあ、ネギ先生には分かりません。教師であっても大人でない君には、『引導を渡す』ということも大人の役目であるということを分かっていません」
夢ばかりでは生きてはいけない。必ずどこかで諦めきれないものを諦めなければいけないときが来る。
そして、キヤルの進もうとしている道は、その可能性が明らかに高い世界である。
まだ社会を知らぬ、まだ子供である学生にそこまで考えてそこまで覚悟をしているかというのは、やはり疑わしいものである。
だから、真剣に現実を突きつけてやるのも間違っていない。
だが・・・
「ギンブレーさん。僕にも夢が・・・いえ、目標があります」
「はい?」
「自分で言うのもなんですけど、それは本当に達成困難な目標です。でも、どんな引導を渡されても僕はソレを絶対に諦めません。例え僕が十歳でも二十歳でもおじいちゃんでも変わりません。だからこそ、僕はキヤルさんも同じだと分かりました」
「だからと言って・・・」
「それがこの学園の・・・そして僕の教育理念です!」
おかしな話かも知れない。十歳の少年に将来を諭され、クラス全員が感心している。
そして中でも、ヨーコは一番だった。
(教育理念・・・か~・・・すごいな・・・あいつ)
そして、ヨーコは思う。
(なんだろう・・・なんか・・・・いいな・・・・)
今は単純な憧れかもしれないが、自分の中で「こうありたい」という将来の姿が今思いついた。
影響の受けやすい単純なダイグレン学園。
だが、だからこそ純粋に影響を受け、ヨーコも「こうありたい」と思うものがたった今できた。
ならば後は速い。一度決めたからには引かない。
「ねえ、先生さ・・・聞きたいことが・・・ッ」
「はい?」
教室中が注目する中、ギンブレーだってまだ居るのに手を上げて声を出してしまった。
思わず声を出してしまい、慌てて口を塞ぐが遅い。
みながクルリとヨーコに振り返ってしまった。
(うわっ、しまった~・・・後にすれば良かった。みんなこっち見てるし~・・・・・・・でも・・・)
失敗したと思った。
こんな質問、みんなが見ている前ではなく、後でコッソリとネギに聞きに行けば良かったと。
(キヤルは負けなかったんだから・・・・)
だが、すぐにその考えをヨーコは改める。
「あの、ヨーコさん?」
ヨーコも、道を見つけた。
ならば恥ずかしがる必要はない。キヤルやネギのように堂々とすればいいのだと、ヨーコは改めてネギに尋ねる。
「ねえ、センコーになるのってさ・・・やっぱ難しいのかな?」
宇津和ヨーコ
希望進路:大学進学 教育学部
ホームルーム後のダイグレン学園屋上にて。二人の生徒が空を見上げていた。
「まさか、あのヨーコがセンコーになろうと思うとはな」
「うん。俺も驚いたよ。でも、ヨーコならきっと良い先生になれると思うよ?」
「そうか~? あんなデカ尻女なんか、逆に教育に悪いんじゃねえのか?」
「はは」
シモンとカミナ。
未だにクラス中が一枚の紙と睨み合っている教室から抜け出して、二人は息抜きで屋上に来ていた。
思いっきり空に背伸びをする二人。
「そーいや、お前と二人でいるのも久しぶりかもな? 最近じゃァ、ニアとかセクとか、誰かが必ず一緒だったもんな」
「うん、俺もだよ。まさか、キヤルや先生やヨーコの話を聞いて、ニアまであんなに進路を真剣に考え出すとは思わなかったよ。なんか、ブツブツと黒ニアと相談してたよ。最終就職先は決まってるけど、大学ぐらいは出るべきなのかどうかとか・・・」
「まっ、最後に落ち着く場所は決まってんだろうがな」
ニアは例えどのような進路に進もうと、最後にたどり着くのはシモンの妻。
そこだけは彼女も絶対に譲らないし、他の者たちもそうならないはずがないと思っている。
シモンもシモンで、どこか男らしい表情で頷く。最近は色々とあったが、あの学園祭以来はニアとの絆が完全なものとなっていると自覚しているからこそだ。
「しっかし、ヨーコにも驚いたが、キャルとセンコーはすごかったな。さすがはダイグレン学園の仲間ってもんだ。あのギンブレーが退散したからよ~」
「うん。俺も、あんなに真剣なキヤルを初めて見たし、先生もすごかったよね」
「ああ!」
仲間たちの先程の姿に感心せずにいられないシモンとカミナ。
そして、カミナは興味本位でシモンに聞く。
「シモン、お前は何になるって書いた?」
「俺? それが俺・・・色々考えたけど分かんなくって。ニアとのことばかりを考えてたから。ただ、確かに先生やギンブレーの話を聴いてると、真剣に考えなきゃいけないとは思ってるけど」
「へへ、そうだな。お前はニアさえいりゃあ、女一人と生まれたガキを養えるぐらいの暮らしでもいいんだろうけどよ。ったく、だが男がそんなんでどうする! もっとデッケーことやスゲーことに魂を込めねえとよ」
「できないよ~。だって俺、ニアを幸せにできればそれでいいからさ」
「か~、男らしいセリフだがよ~、な~んかしっくりこねえ。これが女が出来た男の姿って奴か?」
一昔前までは自分の背中をトコトコとついてきて、少し消極的だった弟分。
だが、その弟分の隠れた根性や気合や男気というのはこれまでカミナにしか分からなかった。だが、今ではこうして明確に逞しくなったシモンに嬉しい反面、カミナもどこか寂しい気もした。
一方でシモンもまだ進路というものはうまく考えられなくても、これほどニアと居る未来ばかりを考えられるようになったあたり、自分も少しは成長したと感じた。
しかしだからこそ、シモンは気になった。
皆が着実に変わっていこうとするなかで、昔から変わらないアニキ分のことだ。
「アニキ。アニキってさ、進路はどう考えてるの?」
カミナが大学進学のために勉強をするか?
スーツを着て上司や客に頭を下げるサラリーマンになるのか?
シモンはこれまで何年もカミナと一緒に過ごしてきたが、こうして進路というものと向き合うと、カミナの未来がまったく想像できなかった。
カミナは一体何を目指して進むのか。
シモンは真剣にカミナに尋ねた。
「いつも言ってんだろ? 狭い地球から飛び出すってよ」
「俺、マジメなんだけど?」
カミナはいつものような回答をした。シモンは少しむくれてもう一度聞き返す。
だが、カミナは本当に嘘偽りはないと笑った。
「おいおい、シモン。俺が嘘を言ったことがあったか? 俺を誰だと思ってやがる」
「い、いや、でもさ、それって表現であって、具体的なものじゃ・・・」
「いや、本当にそうなんだよ、シモン」
「・・・・・・・・え?」
そう、いつもいつも聞いていたカミナの馬鹿げた進路。
しかし、それを今日改めてその意味をシモンは聞くのだった。
「なあ、シモン。お前は俺のオヤジを覚えているか?」
「え? ・・・ジョーおじさんのこと?」
いきなり何の話だと、シモンはポカンとした。
「お前のオヤジの親友で、いつもバカみたいな話で二人は真剣に話し合ってたよな。アンスパと棊子麺、ドリルと刀、火星と金星とか、平行世界だパラレルなんたらとか」
「う、うん。て言っても、二人とも俺たちがすごい小さい時にいなくなっちゃったけどね」
「ああ」
目を細めて空を見上げるシモンとカミナ。
遠い過去を懐かしんでいるような表情だ・・・が、少しシモンは複雑になる。
(って、そういえば父さんのこと忘れてた!? 学園祭の時には居たのに、そういえば何を!?)
完全に忘れていた。
ずっと行方不明になっていた父親が学園祭にいたのだ。
催眠術で操られたり、そのあと停学になったり、セクストゥムがシモンの部屋に居座り始めたり、デュナミスたちが転校してきたりのバタバタでスッカリ忘れていた。
だが、複雑な顔をするシモンの隣で、カミナはシモンの表情を見ずに話を続ける。
「あのな、シモン。俺はガキの頃一度だけ、オヤジに連れられて宇宙に行ったことがあるんだ」
「へっ・・・・・・・・・・はああ?」
シモンは変な声を出して聞き返してしまった。
だが、カミナはマジな顔だ。
「マジなんだ。あの、壁も天井も床もねえ、広大なんて言葉じゃ言い表せねえあの空の向こうにな」
「う・・・・うそでしょ?」
天を指さすカミナ。
シモンはポカンとしながら尋ねる。
「って、そもそもさ、なんで・・・・・・行ったの?」
「オヤジの話じゃ、金星に行くためだってよ」
「えええ!? き、金星!? なんで!?」
「さあな。俺もそれ以上はよく覚えてねえ。本当に金星に行ったかどうかもな。ただ、あの宇宙には行った。それだけは覚えてる」
想像だにしなかった告白に、シモンの思考はしばらく追いつかなかった。
「いや・・・んな変な顔してっけど、俺お前にガキの頃話したことあるだろ?」
「えっ!? いや、確かにそんなような自慢話してた気がするけど、でもあれって子供の時の冗談じゃ!?」
「だから言ったろ? 俺は、嘘はつかねえ。ましてやお前になら絶対にだ! そう、俺は確かに見たんだ」
シモンは知らなかった事実に驚きを隠せない。
「俺は確かめてえ。あの時、オヤジはどこを目指し、何を見ようとしていたのかをな。そのためなら、金星だろうが火星だろうが、目指すまでだ」
カミナは本当に嘘をつかない。それどころか、嘘みたいなことを本当に変えてしまうような男だ。
だからシモンは信じるしかなかった。
カミナが子供の時に、本当に宇宙へ行ったことがあるのだと。
「オヤジが目指した先に何があるのか、俺はそれを知りてえ」
「何かって・・・何があるんだろ・・・」
「さあな。案外、進化したゴキブリでもいるんじゃねえか?」
「いや、あのマンガは面白いけど、それは絶対に嫌だ!」
「だははははは! まあ、でも何かがあるんだろ!」
シモンは目を見開く。ここ最近で自分は変わったと自分でも感じていた。
しかし、目の前のカミナだけは何も変わっていない。
幼い頃からずっとあった魅力や心意気や純粋さを今でも持ち続けている。
子供の時のカミナがそのまま手足だけ伸びただけのようにも見える。
「俺もセンコーやキヤルと同じだ。現実や常識が俺を馬鹿だと罵ろうと、俺の目指すものは何も変わらねえ。俺の進路は狭い地球を飛び越えた、その先にあるものさ」
やはり、カミナはカミナだ。つくづくそう思うシモンだった。
みんなも自分も変わっていっても、カミナには変わって欲しくない。そう思ってしまった。
「まっ、今はそんな先のことよりも目先の事よ。もうすぐ夏休みだ」
「うん。今年は去年よりもすごく大騒ぎの夏休みになるかもね」
「ああ。仲間が増えまくったからな。今年の夏は、スゲーことになるぜ」
・・・その頃
学園の応接室。
「あなたほどの方がワザワザ確認に来なくても・・・」
かしこまっているようで、どこか昔を懐かしむかのような表情のタカミチ。目の前に居る女性に微笑んだ。
「ワシもビックリしたぞい。まさか貴方様がいきなり来るとは思わなくての」
タカミチの隣で、学園長もどこかかしこまっている。
そんな彼らの目の前には、一人の女性が居た。
女性はコーヒーカップからゆっくりと口を離し、顔色まったく変わらぬ無表情で口を開いた。
「いきなりでないと、逃げられたり感づかれたりするでしょう?」
物腰が柔らかく、その身には清楚さと気品が感じられた。
「しかし、魔法世界人は地球には来れんはずでは?」
「ええ。ですが、我々は多少の制限はありますが独自の技術で地球へ渡航することが出来るのです。あまり公にはなっていませんが」
長い髪に褐色の肌。真っ白いローブで前進を包んだ、美しい女性。
明らかに一般人とはかけ離れたオーラを漂わせていた。
「完全なる世界の残党全員が麻帆良の学園に居るなどという冗談のような話し、この目で確認しないわけにもいかないでしょう」
静かに語られる内容は、ここ最近でこの学園内で起こった珍妙な出来事を指していた。
「いやー、申し訳ない。我々もいつかはあなたにも詳細を教えねばと思っていたのですが・・・」
「良いのです。あなた方も苦労が絶えなかったでしょう」
「いや・・・・・・・・それはもう・・・・・・・・・」
女性の気遣いの言葉にしみじみと頷くタカミチ。彼の脳裏には今、二つの光景が浮かんでいた。
一つは、かつて参加した二十年前の大戦。命と魂を全身全霊に懸けて戦い抜いた戦の時代。
そしてもう一つは・・・
(それはすぐには言えないさ・・・あの、アーウェルンクスたちが転校してきたり、フェイトが女装したり、デュナミスが学園のヒーローになったなど・・・私ですら整理がすぐにできなかったのだから・・・)
もう一つはあの学園祭。
二つの光景がタカミチの頭の中を酷く複雑にさせ、今日に至るまでの心労が半端ではなかった。
「それにしても思い切ったことをしますね。ナギの息子を完全なる世界と同じ学園に入れているとは」
「あっ、それはワザとではなく、むしろ向こうがワザとなのではないかというほど複雑な事情が」
ああ、正にそれだ。女性が不意に口にした言葉に、タカミチは深々と頷いた。
それこそ正に学園を混乱に招いた事件である。
「それにしてもあのヘラスのジャジャ馬娘が大人になったもんじゃ。じゃが・・・そのしゃべりは窮屈ではないか?」
苦笑しながら女性に告げる学園長。
すると、女性は無表情から一変して、天真爛漫な少女のようにニコーっと笑みを浮かべた。
「ふふ・・・・あー、そうじゃ、窮屈でかなわんぞ。王宮では四六時中そんな感じじゃ。たまには昔からの友であるヌシらと会って本性出さねばたまらんのじゃ」
「ふぉふぉふぉ。急に行儀が悪いぞい」
「むー、よいでないか。妾もあんなキャラで年中通さねばならんのだから」
正しい姿勢から一気に崩れ、態度が一変した。
そして、それがむしろ自然に見える。今の彼女こそが、彼女の本性であった。
その変わり様に、タカミチと学園長は思わず笑った。
「やれやれ。しかし、もういくつですか? いい加減、結婚でもされて本当に落ち着けばよろしいのに」
「ならん。妾は昔から婿を既に決めておるからの」
「おや? ジャックにはまるで相手にされていないとお聞きしましたが?」
「ジャック・・・ふん! あんな鈍感超絶無礼千万な男などもう知らん。こっちが散々アプローチしても相手にもせん! やはり、妾の運命の婿は、かつて妾を救った勇者に他ならなかったの」
「そういえば、二十年ぐらい前にそんなこと言ってましたね。え~っと、誰でしたっけ?」
「なぬ、忘れておったか。これじゃから紅き翼の男共は女心を知らぬ。と言っても、その勇者殿ももう結婚しているであろうがな。ただの、実らなかった初恋じゃ。ジャックといい、勇者といい、妾は本当に恋愛運がない」
タカミチの言葉にプクーっと頬を膨らませてソッポ向く女性。一見二十代前半から後半に見える容姿だが、その振る舞いは十代後半の様な落ち着きのなさであった。
そして、彼女は品無く目の前のコーヒーを音を立てて一気に飲み干して立ち上がる。
「ほれ、もうこの話しは終わりじゃ。さっさとゆくぞ。ナギの息子と完全なる世界の残党共を拝みに行くとするかの」
そしてシモンの夏はスゲーことになるのだった。