【完結】ミックス・アップ(魔法先生ネギま✖グレンラガン)   作:アニッキーブラッザー

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第90話 息子は何処に? 雀荘です

戸惑っているのはお互い様だった。

完全に目が覚めたアリカだが、状況を理解できていない。それはシモンたちも同じだった。

 

「シモンよ。久しいと言うべきじゃが、まずは聞きたい。妾はどれだけ眠って・・・いや、今は何年じゃ? ヘラス歴、もしくは地球の西暦でも構わぬ」

 

頭を抑えながら現状を確認しようとするアリカ。シモンは彼女を落ち着かせながら、ゆっくりと語る。

 

「俺が魔法世界でアリカたちと会ってから、20年経っているよ」

「ッ!? なんじゃと!? バ、バカな、しかしそれではヌシの姿が・・・」

「うん、ちょっとワケがあるんだけど、これはウソじゃない。今は西暦2003年だよ」

 

まるで浦島太郎だろう。彼女が一体何年眠っていたかは分からないが、相当なショックを受けている様子からも、かなり長い期間眠っていたと思われる。

あの、強いイメージばかりだったアリカが、少女のように震えていた。

 

「アリカ。俺たちがここに来たのは偶然なんだ。用事があって月まで来たら、いきなりブタモグラに襲われて地下に落とされて、偶然ここを見つけたんだ」

「・・・・・・・・・・・・・・・・・」

「ここが、ナギとアリカの新婚生活を過ごしていた家であり、隠れ家っていうのも分かったけど、一体何があったんだよ? どうしてこんな棺に入ってたんだ? それに、ナギは?」

 

 

本当はもっと聞きたいことは山ほどあるが、今はこの二つが最優先だ。

何故、こんな所で眠っていたのか。

ナギはどうしたのか。

木乃香たちも聞きたいことが山ほどあったが、今は場の雰囲気を察して口を閉ざしていた。

 

「・・・・・シモンと出会ったのが二十年前・・・計算すると・・・妾が眠っていたのは、およそ十年近くじゃな」

「じゅ、十年!? そんなに!?」

「うむ。しかし・・・そうか・・・十年も・・・ゼクトと・・・いや、ナギと造物主の戦いからそれほどの年月が経ったか」

 

複雑な表情で額を抑えながら呟く。

十年。気の遠くなる時間だ。アスナたちも息を飲んだ。

しかし、何故? 一体何があってそのような事態になったのだ?

 

 

「妾とナギは勝てなかったのじゃ。造物主にな」

 

「「「「「ッ!!??」」」」」

 

 

ナギたちが勝てなかった? あの、無敵の象徴のような男が勝てなかったなど、信じることは出来ない。

しかし、アリカの表情が全て真実だと物語っていた。

 

「二十年前よりも強大となった造物主を相手に、ナギと妾は為す術がなかった。相打ち・・・それが限界じゃった・・・」

 

相打ち・・・それが指し示す言葉は一つしかない。

ならば、造物主と共にナギは死んだのか?

アスナは腰が抜けて、頭の中がグシャグシャになった。

何故なら、そのナギといつの日か会うために、毎日を懸命に生きて努力している少年を知っているからだ。

しかし・・・

 

 

「ナギもおそらく、妾と同じように封印されておる」

 

「えっ!?」

 

「造物主は不滅。たとえ倒しても魂だけが残り、また新たな器を見つけて復活する。終わり無き戦いの繰り返し・・・だからこそナギは、己の魔力と命を懸けて、魂ごと造物主を封印させたのじゃ」

 

 

それは、完全なる世界の焔たちですら知らない話しだった。

フェイトやデュナミスからもその辺りの話しは聞かせてもらってはいないからだ。

しかし、不滅の造物主は倒すよりも封印した方が効果的かもしれないというのは、その通りかも知れない。

だからこそ、文字通りナギたちが命を懸けて世界を救ったというのは誤りではないのかもしれない。

 

「じゃあ、ナギはどこ居るのよ!?」

 

アスナを見上げるアリカ。

何かアリカ自身もアスナに聞きたいことがあるのか、少し戸惑っている。

 

「・・・分からぬ。妾もあの時に力つきて倒れたからな・・・アルたちならば何かを知っているかもしれぬが・・・」

「・・・それじゃあ、あんたは? あんたは何でこんな所で封印なんかさせられてたのよ!」

 

そうだ、ナギが居なくなった経緯は納得できた。

ならば、アリカは? アリカの身には一体何が起こったのだ?

アリカも複雑な表情を浮かべて過去を振り返る。

 

 

「ナギが造物主と、アルやガトウに詠春たちが敵の人形どもと戦っている間・・・妾もある人物と戦っていた。だが、当時の妾は恐ろしいほどに体力と魔力が低下していたために奴に敗れた。ナギが造物主を封印しても、今後のために妾をカードとして所持しておきたかったのだろう」

 

「敗れたって・・・誰に・・・」

 

「墓守人の宮殿の主・・・創造主の娘・・・アマテル」

 

「「「「「ッ!!??」」」」」

 

「「「「・・・? ・・・・? ・・・???????」」」」

 

 

その名に反応があったのは、焔たちだけ。

アスナ、刹那、木乃香、シモンはまるでピンと来ない名前にどう反応していいか分からなかった。

 

「後のことは良く分からぬ。じゃが、どうしてここに封印されたのかと言えば、おおよそ検討がつく。魔法世界も地球も魔界も安心して妾を封印できる場所は無かったのじゃろう。メガロメセンブリア、魔法協会、魔界、紅き翼、そして完全なる世界の組織にも奴は妾の存在を内密にしたかったのじゃろう。アマテルにとって、妾の肉体はそれほど重要じゃからな・・・案の定、十年経っても妾の肉体に老いが感じられぬ。魔法で肉体を生きたまま眠らせて保存したのじゃろうな・・・」

 

肉体を眠らせる。言われてシモンたちも気づいた。

確か、二十年前でアリカは既に十代だったのだ。ならば、実年齢はどう考えても三十代だ。

しかし、今のアリカは二十代前半。下手したら十代後半にも見えるほどの若々しさだ。

十年間も歳も取らずに眠らされて、起きれば十年後の世界。

正にタイムスリップだ。

 

「シモンよ。ヌシが歳を取っておらんから、大して時代が経っていないと思ったが・・・アスナ・・・そして、そちは木乃香じゃな? 詠春の娘の」

「えっ・・・ええ!? アリカ様、ウチのこと知っとるん!?」

「うむ。そながた赤子の頃、京都で抱き上げたことがある。母親にもよく似ておる。すぐに分かったぞ」

「そ・・・そうやったんや・・・」

 

まさか、会ったことがあったとは思わず、木乃香も照れくさそうに頭を掻く。

木乃香に大きくなったなと微笑むアリカ。しかし、その微笑みがとても悲しそうに見えるのは、誰の目にも明らかだった。

 

「ふっ・・・そうか・・・十年か・・・長いの・・・」

 

それは・・・

 

「・・・・・・ふふ・・・・」

「アリカ?」

「・・・・・・ッ・・・すまぬ・・・・」

 

アリカの瞳に涙が浮かんだ。彼女は慌てて顔を隠すが、誤魔化すことはできない。

 

 

「いや・・・妾も・・・息子の成長を見たかったなと・・・」

 

「「「「「「ッ!!!???」」」」」

 

「約束も守れず・・・妾は・・・わら・・わ・・・は一体何を・・・」

 

 

拭いても拭いても、どれだけ微笑もうと、アリカの涙は止まらなかった。

 

「実は、妾には息子が居た。まあ、居たと言っても出産して数度抱き抱えた程度・・・戦いに巻き込まぬように直ぐにナギの故郷の知人に預けたのじゃ・・・」

 

次第に、アリカの嗚咽が漏れだした。

 

 

「必ず迎えに行くと・・・全ての決着を付けると誓ったが・・・妾は・・・帰れなかった・・・我が子に何も残すことも出来なかった・・・」

 

「アリカ・・・その・・・息子って・・・」

 

「妾とナギの息子・・・メガロメセンブリアが黙っているはずがない。・・・公式記録では死んだはずの妾に息子が居たことが世間にバレたら首都の面目は丸つぶれ・・・どうか、無事に幸せであって欲しいが・・・しかし・・・」

 

「・・・・・・・・・・・・・」

 

「そうじゃ、シモン。妾は戦争で王女になり、ナギに出会って女になれた。じゃが、母親にはなれなかったのじゃ」

 

 

まるで、悔いるように、そして自分を憎むように己を責めるアリカ。

 

「う・・・くっ・・・ッ、ネ・・・・・ギ・・・・ネギ」

 

その苦しみがどれほどのものか。

だが、彼女には希望が残っていた。

 

「ネギは・・・・・・・・・胸を張って堂々と、毎日を懸命に、そして笑顔で過ごしているわよ」

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・なっ・・・」

 

アリカの震えが止まった。だが、すぐに再び震えだした。

 

「ア、 アスナよ・・・今、何と? いや、何故・・・ネギのことを知って・・・」

 

ずっと真剣な顔つきだったアスナ。しかし、今のアリカを見て、自然と優しく微笑んだ。

 

「優秀な両親の血を引いた天才少年は、僅か十歳で教員免許をとり、魔法使いの修行をしながら麻帆良学園で教師をしてんのよ」

「ッッ!!??」

「そう、私や木乃香や刹那さん、焔ちゃんたちや、そしてシモンさん。みんな、ネギの生徒で・・・そして、あいつの仲間よ!」

 

歯の震えの音が響き、アリカが少女のように狼狽えている。

今の話しが真実なのか、その真偽を求めるようにシモンに弱々しい目を向ける。

その瞳に対し、シモンもニッと笑って頷いた。

 

「俺も、そしてニアもみんなもだよ。みんなが、ネギ先生と毎日を楽しく生きているよ」

 

ネギは生きている。

 

「ネギは・・・生きて・・・」

「ああ」

「・・・・・・大きくなったのか・・・」

「十歳だから背はまだ小さい。でも、大きいよ。すごく大きいと思う。俺は、ネギ先生をすごく大きな器だと思っている」

「・・・笑って・・・おるのか?」

「そーだなー、いつも兄貴たちのメチャクチャに涙目になってるけど・・・楽しそうだよ・・・それに、すごくイキイキしている」

 

辛く過酷な人生を歩ませたのかも知れない。生みの親である両親を、そして自分自身の運命を呪っているかもしれない。

しかし、そのネギは毎日を楽しく、多くの仲間たちと過ごしている。

 

「お父さんが目標なんだって」

「ッ!?」

「生まれて一度も会ったことがないけど・・・すごく尊敬しているんだって」

 

それが事実だとしたら、アリカにとってこれ以上の幸福がない。

 

「あ・・・・ああ・・・ネギ・・・・ネギ・・・・・ネギ!!!!」

 

強く誇り高い姫が、大粒の涙を流して声を上げた。

 

「良かった・・・ネギが! ネギが・・・ネギが!!」

 

生きていた。真っ直ぐに育っていた。多くの仲間たちに囲まれ、笑顔で過ごしていることが分かった。

 

「・・・決して幸福な人生を歩んでおらぬと・・・自分の運命を・・・親を恨んでいてもと思ったが・・・ネギが・・・」

 

こんなアリカを、シモンは見たことがない。

我が子の安否と幸福を知った母親の涙は、自然と木乃香たちの涙腺も潤ませた。

 

「アリカ・・・俺たちと一緒に地球へ帰ろう。そして、ネギ先生と会ってくれ」

 

シモンが手を差し出す。その意見には、アスナたちも大賛成だった。

 

「そうよ! ネギだって喜ぶわよ! お母さんが生きていたなんて分かったら!」

「うう、はようネギ君に会わせてあげたいわ!」

「はい、研修を頑張ったネギ先生に、これ以上のご褒美はないでしょう!」

 

ずっと両親の温もりを知らずに育ってきたネギ。

例え今は幸福で仲間に恵まれていたとしても、やはり母親の存在は違う。

 

「ねえ、焔・・・いいのかな? 私たち、立場的に・・・」

「・・・・・・・・・まあ、いいのではないか? ハッピーエンドということで・・・」

「うん、だよね。きっと、今のフェイト様なら呆れながら許してくれそう!」

 

少し居心地が悪そうな焔たち。当然だ。

何故ならアリカとナギとネギを引き離したのは、彼女たちが所属している組織とナギたちの戦いが原因だからだ。

しかし、今の彼女たちはその組織としての使命よりも、自分の気持ちを優先した。

みんな、ネギを心から笑顔にしてやりたい。母親に会わせてあげたい。その気持ちだけだった。

 

「行こう、アリカ!」

 

シモンはそう言って、アリカが立ち上がるのを待った。

アスナたちもアリカが頷いてくれるのを待った。

 

「礼を言う、シモン。しかし・・・」

 

しかし・・・

 

「もう、妾にその資格はない。ネギに会わせる顔がない」

「え・・・・?」

「今を幸せに生きているあの子に、妾などが今更現れても邪魔なだけじゃ」

 

アリカはシモンの提案を受け入れなかった。

彼女は今にも崩れそうな笑だけを浮かべた。

だが、そんなこと納得できるわけがない。

 

「ちょ・・・馬鹿なこと言ってんじゃないわよ! どーいうことよ!」

 

アスナはアリカの胸ぐらを掴んだ。相手は魔法世界の王女。刹那たちはハラハラしている。

だが、今のアスナの怒りは尋常ではなかった。

 

「赤ちゃんの時のアイツと約束したって言ったじゃない・・・必ず迎えに行くって・・・なのに、どうしてよ! 全然意味が分かんないわよ!」

 

当たり前だ。ようやく目を覚まし、十年間一度も会えることのなかった最愛の息子に会うことができるのだ。

それなのに、自らの意思で会わないというアリカの考えを理解することはできなかった。

しかし、アリカもまた苦しんでいた。

 

「ヌシらは・・・妾が世界でなんと呼ばれているか知っておるか?」

「はあ? 分かんないわよ。王女様? バカップル? 色ボケ女?」

「災厄の魔女・・・・」

「ッ!?」

「そう呼ばれた妾には居場所などは無い。むしろ、ネギの血筋が世間に知れ渡る方がまずい」

 

何故、ナギとアリカが月で暮らすことにしたのか? 

それは全てがその呪われた異名ゆえだ。

 

「ネギ・・・あの子だけが気がかりじゃった・・・薄れゆく意識の中で、ただあの子の幸福だけを願った。それが叶ったのじゃ。妾などが側に居ない方が良い。ヌシたちが側に居る方がよっぽど良いのじゃ」

 

シモンの手を取らずに、アリカは立ち上がり、部屋の窓を開ける。

仮初の太陽と偽物の青い空の光が部屋に差し、海の香りがした。

光と空気をいっぱいに吸い込み、アリカはどこか割り切ったような表情で振り返った。

 

「シモン、アスナ、礼を言おう。そして、後生じゃ。これからもネギの側に居てやって欲しい。それだけが、何もできなかった愚か者の唯一の望みじゃ」

 

国を救うことが出来なかった。母親としての最低限の責務すら果たすことが出来なかった。

今のアリカは、過去の十字架を背負ったまま、ネギの幸福だけを祈り、再会する気などないのだ。

 

「アリカ・・・そんな・・・何言ってんだよ・・・」

 

かける言葉が見つからない。刹那たちも、アリカの心の重荷が計り知れず、何も言うことが出来なかった。

ただ一人を除いて・・・

 

「・・・・ふざけんじゃないわよ・・・・・・・・・・」

 

震えるほど拳を握り締め、彼女は言った。

 

「・・・・・甘ったれてんじゃないわよ・・・・勘違いしてんじゃないわよ・・・」

 

アスナだった。

 

「あんた、母親でしょ・・・・あいつをお腹痛めて生んだんでしょ・・・何で・・・だったら・・・あいつの気持ちぐらい想像しなさいよ・・・」

 

アスナはアリカの言葉に微塵も納得していなかった。それどころか、余計に怒った。

アリカの言葉が許せずに、思わず涙を流しながらもアスナは言う。

 

「あいつは、自分の目標でもある両親にいつの日か会うために頑張ってんのよ・・・・・・いつの日か、あんたたちに会って・・・今の自分を見て欲しいから頑張ってんのよ・・・・・偉大なあんたたちに追いつくには、ウジウジしてたって届かないから頑張ってんのよ・・・」

 

仲間が居るから幸せだ。悲しくもない。それも正解でもある。

しかし、それだけではない。

 

「今のあいつの笑顔も嘘じゃない。でもね・・・」

 

偉大な親に追いつくのに、下を向いたって届かないことをネギは分かっているからだ。

 

「本当は・・・寂しくて・・・切なくて・・・ずっと、頭を撫でて欲しいに決まってんじゃない・・・」

 

アリカはアスナに背を向ける。その表情は伺えない。だが、その背が小刻みに震えているのが分かる。

 

「自分には資格がない? ネギを不幸にする? 私たちが側に居る方が良い? 勝手に決め付けて勘違いしてんじゃないわよッ!! あいつには、あんたが必要なのよ!!」

 

アスナはアリカに掴みかかる。掴んだ両手の爪が、アリカの真っ白い両腕に赤く食い込んでいく。

背を向けるアリカを無理やり振り返らせると、アリカも頬に涙が伝っていた。

自分の気持ちを殺して、本当は今すぐにでもネギに会いに行って抱きしめたいはずなのに、そうしない。

アスナは、そんな見当違いなアリカの考えを絶対に許さなかった。

 

 

「あいつにね、6歳ぐらいの頃の記憶を見せてもらったことがあるの」

 

「なに・・・?」

 

「お父さんもお母さんもいないで・・・大好きな親戚のお姉ちゃんともたまにしか会えず・・・ほとんど一人暮らしで・・・楽しみと言ったら魔法の修行と大好きなお父さんがどんな人か想像するぐらい・・・自分がピンチになったら助けてくれるなんて思い込んで・・・凶暴な犬にイタズラしたり、木から飛び降りたり、真冬の川に飛び込んだり・・・それぐらい寂しくてどうしようもなかったのよ」

 

 

それはシモンも初耳だった。ネギが両親と一緒ではないというのは知っていたが、今のネギがそんな過去を過ごしていたとは思わなかった。

 

「それだけじゃないわ。あいつのお父さんを恨んだどっかの馬鹿が村にたくさんの悪魔を送り込んで、村中の人たちを石化させたのよ!」

「なっ、なんじゃと!?」

「幸いあつだけは助かったけど・・・その過去を教えてくれた時のあいつは、私に何て言ったと思う?」

「ッ・・・・・・う・・・・・」

「あれは、ピンチになったらお父さんが助けに来てくれるなんて思っていた自分への罰なんじゃないかって、そんな馬鹿なことを考えてたのよ!?」

 

ショックからか、アリカは力が抜けて床に座り込んだ。

 

「十歳も六歳も変わんないわよ! 根っこじゃ、親に会って甘えたいに決まってるじゃない!!」

 

楽しく生きていると聞いて安堵していたはずが、自分の子供がそんな心の歪みを持っていたことを、まったく想像できなかった。

 

 

「確かに、今はあいつも幸せかもしんない。・・・私も・・・シモンさんもカミナさんも・・・両親や家族と一緒に暮らしていない人はこの世にもたくさんいるから・・・ネギだけが特別な過去じゃないかもしれない。でも、あんたは違うでしょ・・・ネギに会おうと思えばもう会えるんじゃない・・・頭を撫でてやることも、抱きしめてあげることだってできるんでしょ! 会えるのに会わないだなんておかしいに決まってるじゃない!」

 

「う・・あ・・う・・ネギ・・・ネギ・・・ああ・・・あ・・・ネ・・・ギ・・・・あ・・・あ、ネギ!!」

 

 

顔を覆い、顔をクシャクシャにしながらアリカはその場でボロボロと泣いた。

まるで、何年間も溜め込んだ涙を一気に解き放ったかのように、床に突っ伏して声を上げた。

 

「う、わ、わらわ・・・は・・・い、いまのままでは、・・・かつての妾とナギのように・・・ネギも世間から隠れて生きていかねばと・・・だから・・・」

「あいつはいつでもどこでも堂々と生きているわ! 自分はネギ・スプリングイールドですってね!」

「妾がそばにいれば、あの子を不幸にしてしまうと・・・白い目で見られ、犯罪者のような扱いを受けるのではと・・・」

「だったら、私たちが力を合わせ守ってやるわよ! 世間なんか蹴っ飛ばしてやるわよ!」

 

アリカの過去がネギに重荷になることはない。

万が一、それが重荷になったとしても、仲間である自分たちが絶対に何とかしてみせる。

アスナの言葉にそんな想いが宿っていた。

 

「ネギには・・・ネギにはあんたが必要なのよ・・・そして何よりも、あんたにもネギが必要なんじゃないの!?」

 

そうだ、何よりも今のアリカにこそ、ネギが必要なのだ。

 

「きっと先生も、今の自分を見て欲しいと思うはずだよ」

「・・・っ・・・シモン・・・」

「アリカ、俺たちダイグレン学園の教育方針を教えてやる。「もし」とか「たら」とか「れば」とか、そんな想いに惑わされるな。答えてくれ、アリカ。アリカは今、どうしたいんだ?」

「ッ・・・」

 

アリカの本心など一つしかないに決まっている。

もし、自分の過去がネギを苦しめたら? 今まで一度も何もしてやれなかった母親に何の資格が?

もし? たら? れば?

そんな想いを全て無視できるとしたなら、自分の答えなど一つしかないに決まっている。

 

「・・・ネギに・・・会いたい・・・会いたいにきまっているではないか・・・・」

 

その言葉を待っていた。

アスナもシモンも、そして刹那や焔たちも瞳を潤ませながら笑顔でガッツポーズした。

 

「よっし! じゃあ、一緒に行こう!」

「何が何でもネギに会わせてやるんだから!」

「フェイト様に怒られる準備しておかないとね!」

「せや! ほんで、これからはウチらでネギ君とアリカさんを守るんや!!」

「ええ。私たちが力を合わせれば可能でしょう!」

「うむ」

「ですね!」

 

シモンと少女たちの頼もしき誓いに、アリカは頭が上がらなかった。

 

「アリカ。俺さ、アリカたちが何を背負って、何と戦っていたのか、何が理由かなんて全然分からない。でも、アリカもナギも、そしてネギ先生も、俺たちの仲間なんだ!」

「そうよ、シモンさんの言うとおりだわ。こういう時、ダイグレン学園・・・いいえ、麻帆良の生徒はこうやって叫ぶのよね?」

「ああ!」

 

ダイグレン学園共通の合言葉。それをアスナたちも今は完全に同意して、共に言う。

刹那や焔たちも互いに苦笑しながら、共に叫ぶ。

 

 

「「「「「細かいことは気にするな!!」」」」」

 

 

明らかに自分より地位の低い者たちにまで深々と頭を下げるアリカ。

 

 

「すまぬ。恩にきる」

 

 

心の中で、会えなかった息子をただただ想った。

 

(ネギ・・・ヌシは今・・・どうしておる? 立派な男の子になったか?)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ジャラジャラと、空間には独特な音が響いていた。

 

 

「ローーーーーーーーーーーーーーーーン!!!!」

 

 

タバコと酒の匂いが充満する部屋。

部屋の中はワイシャツの袖をまくった中年の男たちが真剣に卓を囲んでいる。

その一卓で、明らかに年齢のかけ離れた少年は、手配をオープンにして、オレンジジュースを一気に飲み干した。

 

「なっ!? だだだ、大三元!?」

「これで点差は・・・」

「うーむ」

 

ネギのアガリに頭を掻いて天井を仰ぐ大人たち。

デュナミス、新田、タカミチは、次こそはと関節を鳴らして配を積み上げていく。

 

 

「ふう、次こそ取り返さないとね。あっ、マスター、灰皿を新しいの」

 

「しかし、今日は大変でしたな、ネギ先生も。あれだけギンブレーさんと言い合いになり、不祥事で減給されたうえに、子供に股間を強打されたなんてね。あっ、私にはビールをもう一・・・いや、デュナミス先生と高畑先生のも、三つとオレンジジュース一つお願いします」

 

「ふっ、教育とは難儀なものだな。ん、ポン」

 

「う~、まだヒリヒリします。いつもアスナさんにぶっとばされてますけど、こんな痛みは初めてです。新田先生はああ言ってくれましたけど、人に教えるって本当に難しいです。リーチ」

 

「えっ、は、早いな・・・っと、それより今度は祭りだって? もうすぐ研修も終わるというのに、最後の最後まで何かをやるね、あっ、ビールありがとうございます」

 

「まあ、生徒とは不良だけではありません。デリケートで心に傷を持った子達もいます。そういった生徒をサポートするのも教師の仕事」

 

「しかし、理想は構わんが給料の割に合わん。果たして何名の人間が実践できるか・・・あと、タカミチよ、そろそろタバコが臭い。外で吸え」

 

「それより、デュナミス。君は随分となれなれしいが、僕は君が僕たちにしたこと、そして師匠のことを忘れたわけではない。それもポンだ」

 

「ふん、戦場の話をいつまでも持ち出して恨みを語る者は、返って格を落とすぞ?」

 

「もーーーーー! やめてください、デュナミス先生もタカミチも! 教師が憎み合ってどうするんですか!? あっ・・・・アガってる」

 

「「「なにいいいいいい!!??」」」

 

「ぐっ・・・デュナミス・・・君は下手すぎだ・・・そこで、何でそれを捨てる・・・ヘタが麻雀に入ると空気が悪くなる」

 

「ぬ、だ、黙れ」

 

 

椅子の隣には冷たい飲み物のグラスと瓶。山盛りになったタバコの灰皿。

普通は真剣になればあまり談笑はしないのだが、彼らは手だけは真剣に動かして、その話題は学校教育が中心になっていた。

 

 

「しかし、学園祭でネギ君の力を知ったが、まさか麻雀まで強くなっているとは・・・やれやれ、ナギたちが知ったらどれだけ悲し・・・いや、爆笑しそうですけど」

 

「ハッハッハ、よし、今日は無礼講で教育の未来を語りながら徹マンといきましょう」

 

「ふう、明日はヒーローショーのリハーサルだが、まあ大丈夫だろう」

 

「ふっふっふ、ダイグレン学園で鍛えられた僕はちょっとやソッとじゃ根を上げませんよ」

 

 

遠く離れた月の上から我が子を思うアリカ。

その息子は、教育とは何ぞやと、同僚と語り合いながら徹マン中だった。

 

 

 

そして時を同じくして、夜空に輝く満月に、今宵一頭の竜が舞い降りたのだった。

 


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