僕は誰だ? そもそも僕の一人称は僕なのか? 俺なのでは? それとも――。分からない。自分が定義できない。そもそも自分という存在は本当にいるのか、自分には何も分からない。自分がここに存在しているかどうかも定義できない。そもそもここがどこかなのか、そしてここが本当に存在しているかどうかすら、自分には分からない。自分の存在も世界の存在も自分には定義できない。何も定義できず、何も言えない。だから自分は何も話せない。思考しているかどうか、この思考が誰かに伝わっているのか、それとも自分だけの思考なのか、実は最初から存在なんてしていないのか。考えれば考えるほど、分からない。分からなく、不明だ。
分からない。たったそれだけで、あるかどうかすら分からない心が不安になる。どうしようもなく、どうしようもないこの状態を、しかし自分は何もできない。自分が分からないのだから、何もできない。自分が恐怖を感じているかどうかも分からないが、恐らくこれは怖いのだろう。
何もかも分からないが、何もかも分からないことだけは分かっている。
死んでいるのだろうか、それとも植物状態なのか、或いは繰り返すが自分は存在していないのか。猜疑心と闘いながら、思考しているかどうか分からない思考を繰り返す。
自分は一体どんな人間だったのだろうか。
そもそも人間だったのだろうか。
人間ではないと仮定した時、自分は脊椎動物なのか無脊椎動物なのか、脊椎動物なら魚類両生類爬虫類鳥類哺乳類のどれなのか、無脊椎動物ならどんな軟体動物なのだろうか。プラナリアのような微生物、或いはダイオウイカのような巨大生物なのだろうか。或いは幻の生物なのだろうか。例えばネッシーやヤマタノオロチ、ペガサスにユニコーン、タイタン族にオーク、エルフにドワーフやその他諸々。
人間であると仮定した時、自分は一体どの地域で生まれたのだろうか。どんな家庭に生まれたのだろうか。どんな家族に囲まれていたのだろうか。兄弟姉妹、従兄弟、叔父や叔母、両親、友達に囲まれたのだろうか。いや、そもそも無事に生まれることはできたのだろうか。身体や精神に障害を負った生涯だったのか、或いはこれからそんな生涯を送るのだろうか。
いや、そもそも地球内生命体なのだろうか。地球外生命体の可能性だって十分にありえる。それにもっと言うならば、正しい世界にいるのだろうか。平行世界や多次元宇宙論にいるもう一人の自分なのか、或いは量子コンピュータのプログラムなのか、もしくは空想上の人間なのか、世界五分前仮説のように神なる存在が生み出した設定ありきの存在なのか。いや、考えてみればそもそも正しい世界になんてあるのだろうか。どれもこれも間違った世界や、正しくはない世界なのではないだろうか。
分からない。分からないことが分かる。
ああ、そもそも、自分は生命体なのだろうか。人間やそれ以外の存在に作られた人工知能なのではないだろうか。或いは精神体という、精神でしか存在していないような存在なのだろうか。ああ、そうだそうだ、霊魂という可能性もある。幽霊やオカルティックな可能性も考えていなかった。例えば、誰かに呼びだされたのではないだろうか。それが失敗して、精神だけがこうして成り立っているのではない――。
唐突に全ての謎が解ける。唐突に現実に戻り、目が覚める。目が覚め、目が醒める。
「……ああ、そうだった。自分は、大原有紀だ」
思い出す。自分の名前は大原有紀、日本の普通の家庭に生まれた、普通の友達を持った、普通の人間だ。何の変哲もない、普通の人間だ。
そして、つい先程まで自分は眠っていたのだ。ただ眠っていて、体も意識も眠っていたせいで、自分が誰かも分からなかっただけだ。
「何か、変な夢だったなぁ」
そう言って、私は、彼氏のデートに向けて、気合の入った服に着替える。さて、今日は楽しみだな。
と、そんな夢を蝶は見ていた。
意味不明でしょう。当たり前です、これは蝶の見ていた夢なのですから。