一方通行が異世界からくるそうですよ?   作:宇佐木時麻

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無知という悪

「――――」

 

 夜の暗闇が恐ろしいほどに張り詰める。彼我の距離は一メートル、その空間だけが悲鳴を上げるように重苦しく変貌する。

 

「……それは、どういう意味かしら。一方通行くん。私が、足手纏いですって?」

 

 必死に冷静さを保つように久遠飛鳥は言葉を紡ぐ。目は据わり、隠し切れない憤怒が震えとなって姿を見せる。その若い未熟な反応に一方通行は顔色を変える事無く飛鳥の瞳を見据えたまま口を開く。

 

「それが分かってねェから、足手纏いだって言ってンだよ」

 

 彼女は自身を正しいと認識している。自分に文句を謂われる筋合いはなく、悪いのは黒ウサギを商品扱いしたペルセウスだと思っている。

 それは正しい。どちらが正しく間違っているなど一目瞭然だろう。だからこそ、彼女は若い。

 この世界は、正しさだけでは成立しないのだから。

 

「なら貴方は黒ウサギがあの男の物になるのが正しいとでも言うの!?」

「違ぇよ、俺が言いてェのはそっちじゃねェ」

 

 またも見当違いな事に憤る飛鳥に対し一方通行はどこまでも正反対に静謐と告げる。

 

「オマエ、何であの時ギフトを使った?」

 

 それは、飛鳥にとって思考を空白にする一撃だった。

 

「えっ……」

「それが正しいとでも思ったのか? 仲間を侮辱されたのなら力ずくで黙らせることがか? ガキみてェに暴れてよォ」

 

 一方通行の言葉に飛鳥は顔面蒼白になって一歩後退る。それはまるで、何かから逃げるように。訊いてはならない真実を知ってしまうような嫌な前兆。

 

「あの馬鹿ウサギは月の兎っていう希少な存在だってのは先の会談を訊いたオマエなら知っているだろ。なら当然、あの馬鹿が強力なギフトを持っていることくらい理解できるよな? なのにあのボンボンに虚仮にされても何もしなかった。その理由が分かるか?」

「それ、は」

 

 飛鳥はまるで吹雪の中に居るような悪寒が背筋を襲っていた。聡明な思考が否応無く一方通行の問いの答えを導き出す。それは、飛鳥にとって最悪の解答となって彼女の心を蝕んでいく。

 

「あの会談は偶然、奇跡的に対等な立場として開かれた会談だった。”ノーネーム”と” 超大手商業コミュニティ”じゃ普通圧倒的にこちらが不利だ。だがあン時はペルセウス共がコミュニティ内まで襲撃してきたお陰でどちらにも負担が掛かり、その境界線が曖昧になっていた。だからこそ最初で最後の対等なチャンスだったンだよ。だからこそあの馬鹿ウサギは耐えてたンだよ。コミュニティにのため、仲間のためにな。アイツは、そのためなら泥水を啜る覚悟があった」

 

 黒ウサギとで悔しくなかったはずがない。

 あれほど虚仮にされて、仲間を侮辱されて、悔しくて悔しくて腸が煮えくり返っていたに違いない。

 だがそれでも彼女は耐えた。あの会談が偶然訪れた奇跡だったから。あれを逃せば二度とチャンスは訪れないと理解していたから、何としてでもこちらが有利になるまで耐え続けなければならなかった。

 だが。

 

「それを、オマエが台無しにしたンだよ」

「――――」

 

 飛鳥の悲鳴のような息を飲む音が空気に響く。

 仲間を侮辱され激怒した。それは確かに美談だろう。誰もが正しい事だと言うだろう。

 だが、この世界は正しさだけでは成り立たない。時には清濁併せ呑まなければ真に大切なモノを守れやしない。

 暗部として生きなければならなかったように。

 学園都市を抜けださなければならなかったように。

 大切な者を守るために光も闇の道でもない答えを選んだように。

 無知とは、悪だ。

 

「わ、私は……!」

 

 声が震える。普段の強気で活気に満ちた声とはかけ離れた弱々しい声。

 そんなつもりじゃなかった、とか。ただ助けたかった、とか。口の中で言い訳を呟いて、しかし外に漏れることなくパクパクと口を動かすのが限界だった。

 

 ――浮かれていた。

 

 少し考えれば分かる事だった。ノーネームというコミュニティの現状。力でどうにかなるならとっくの昔にどうにかしていたはずだ。そしてそれが出来なかったからこそ飛鳥達異世界の住人にまで頼ったのだ。

 黒ウサギがどれほど仲間を大切に思っているかなど少ない時間を過ごしてきた飛鳥でも知っている。だからこそ彼女の力になりたいと思ったのだから。

 だが、現実はどうだ。異世界という未知、自分と同じ特別な力を持った仲間、それらの環境に浮かれ、無様な姿を晒している。仲間を侮辱されたからといって力でねじ伏せるなど、それこそ奴等となんら変わりないではないか。

 奥歯を噛み締め飛鳥は悲痛な表情を浮かべて拳を握り締めた。その様子に一方通行の言いたい事が伝わったのか、彼は方向を変えてノーネームの移住区へ向き直る。

 

「言っておくが、オマエだけが悪いンじゃねェ。だがオマエも原因の一端を担っているということを忘れるな」

 

 話は終わりだと一方通行は杖を付いて歩み出す。その白い背中に飛鳥は縋るように、悲鳴に近い叫びを放った。

 

「なら! なら私は、あの時どうすれば良かったのよッ!」

 

 まるで慟哭のような悲鳴に対し、一方通行は僅かに横顔を振り返り、

 

「知るか、テメェ自身で考えろ」

 

 一切合切バッサリと切り捨てた。

 学園都市最強の超能力者(レベル5)だった頃ならば何と答えていただろうか。

 暗部として生活していた悪党だった頃ならばどう答えていただろうか。

 少なくとも今の一方通行にはそう応えるしかなかった。他人に与えられた答えなどに何の意味もない。結局のところ、自分で選ぶしかないのだ。でなければ最後に待つのは最悪の結末なのだから。

 

 かつて、その力ゆえに社会から孤立した少年がいた。

 ある大人に謂われ、『最強』ではなく『無敵』になればまたあの陽だまりに戻れると信じた。

 結果、自身の身が築き上げた一万以上もの血と屍によって身動きできず闇の泥沼に沈んでいく事にさえ気づかずに。

 何も知らなかったからこそ、少年は決して取り返しのつかない罪を犯した。

 

「……チッ、ガラじゃねェな。やっぱしよォ」

 

 背後から啜り泣く気配を感じながら一方通行は決して振り返る事なく歩く。警告はした、後はそれを活かすか殺すかは本人次第だ。

 

「……精々考えろ。何が正しいのか、どうすればいいか、自分で選べ。コマの末路は使い潰されてお終いだ。それが嫌ならその貧相な頭で良く考えることだな」

 

 聞こえているか分からないが一方通行はその名の通りに言葉を告げて飛鳥の元から去っていく。その儚げな後ろ姿はいずれ闇へと消え去った。

 

 

 

   ◇◇◇

 

 

 

 早朝。まだ日が昇って間もない頃合い。人気の少ない時間帯にも関わず一方通行は誰にも声を掛けることなく移住区の玄関先へ向かっていた。

 チョーカー型電極は最大にまで充電されており、今日一日の行動には何の心配もないだろう。一方通行は移住区の門を潜り抜け、

 

「よぉ、こんな朝っぱらからどこ行く気だよ?」

 

 不意に、門の傍の壁にもたれ掛かっていた逆廻十六夜に声を掛けられた。

 

「……オマエには関係ねェだろうが」

 

 欠伸をしながら不敵に笑う彼の姿を見て一方通行は不愉快そうに顔を歪めるが、それを無視して横を通り過ぎようとする。

 しかし。

 

「まあ待てよ。お前、()()()()()()()()()?」

 

 彼の征く手を遮るように、ちょうど横を通り過ぎようとした一方通行の腕を十六夜は掴んだ。

 瞬間、まるで朝の陽気な雰囲気が一瞬で変貌したかのように冷たく重苦しくなる。一方通行の睥睨とした双眸が十六夜を射抜くが、彼は飄々とした態度で殺気を受け止めていた。

 そう、睨み付けるだけ。一方通行は掴まれた腕を払わなかった。否、払えなかった。

 

「この感触、前腕半くらいか? 一日でだいぶ侵食されてるみてぇだな」

「……いつから気付いていやがった」

 

 不愉快極まりないと言わんばかりに一方通行は舌打ちし、ポケットに突っ込んでいた腕を引き抜き肘辺りまで袖をめくる。顕となったその皮膚はまるで石像のように固く変貌していた。

 

「細胞はどうなってんだ?」

「壊死はしてねェ。血液もどういう原理が石化している箇所を通り過ぎれば順調に流れてやがる」

「ふーん、一日でそのペースだと全身に回るまでおよそ一週間ってところか。だが、」

「その前に器官や心臓が石化しちまったら生きてる保証はねェ」

「あん時光を受け止めたのが原因か?」

「だろうな。反射しきれずどうやら一部を受けちまったらしい」

 

 パキパキッ、と細胞単位で徐々に石化していく右腕を眺めながら十六夜と一方通行は冷静に判断する。

 ペルセウス襲撃時、一方通行は石化の光線をその右手で受け止めた。彼の能力(ギフト)はベクトル操作。本来ならばその光線は反射され放った本人の元へ返されるはずだった。

 しかし、ここで一つのアクシデントが発生する。石化の光線、それは彼が知る既存の法則では成り立っていなかったという事実だった。

 一方通行はこの世に存在する総てのベクトルを操作する事が出来る。しかしその前提として彼自身が理解していなければならなかった。幸い一方通行はスーパーコンピュータに匹敵する頭脳の持ち主だったが、理解できぬものは操作できない。

 石化の光線は彼にとって未知の法則で成り立っていた。だからこそ普段ならば反射するはずの光線は不明な法則によって乱反射し、一部が彼自身へと跳ね返ってきてしまい徐々に彼の身体を蝕んでいるというのが経緯だった。

 

「タイムリミットは?」

「遅ければ五日、早ければ三日という具合だ」

 

 己の死への時刻を端的に告げて一方通行は袖を直しポケットに仕舞い込んだ。それを見て十六夜はヤハハと笑みを浮かべる。

 もうすぐ死ぬというのに、彼我の間には悲壮感は流れていなかった。否、そんなもの最初から流れてなどいなかった。

 もうすぐ死ぬというならば、死なないようにすればいい。それだけの話だ。

 

「それで? もうすぐご愁傷様なお前さんは何処行こうってんだ?」

「……散歩だ」

 

 どうする気か分かりきっている癖して訪ねてくる相手に馬鹿正直に言う気になれず、左手で首を押さえて首の骨を鳴らしながらデタラメを言う。その対応に十六夜も予想通りだったのか相変わらず笑みを浮かべながら背もたれにしていた壁から起き上がる。

 

「そぉかい。ところで関係のない話だが、”ペルセウス”へ挑むには二つのギフトゲームを制覇して証を手に入れなきゃならねえようだぜ? 東地区の海魔(クラーケン)と西地区のグライアイって奴等のギフトゲームをな」

「そォか。俺には関係ねェ話だが……散歩に行くなら、東に行くか」

「関係ねえが、まだ早い時間に目が覚めちまったしよぉ。俺も散歩にでも行こうかね。そうだなぁ……西の方でも行きますか」

 

 まるで何かに言い訳するように嘯いて、二人は背中合わせに並び立つ。

 一方通行と逆廻十六夜は油と水の関係だ。

 火を近づければ轟々と燃え上がる十六夜と、火を近づければ鎮火する一方通行。彼らは決して交わる事なく己が道を征くだろう。

 だが、彼らは同じ液体だ。例え交じり合う事が無くとも、征く道が同じならば彼らは共に総てを流し尽くすだろう。

 

 総ては、己が『娯楽/手段(目的)』のために。

 

 

 

「―――精々ヘマやらかすなよ、モヤシ野郎」

 

「―――誰にモノを言っていやがる、三下が」

 

 

 

 ゴガッ!! という爆音が鳴り響く。

 それっきり、辺りは嘘のように静寂に包まれた。違いがあるとすれば、それは真新しく地面に刻み込まれた小さな亀裂だけだろう。

 ここから先は語るまでもないだろう。刻は過ぎ――

 

 

 

   ◇◇◇

 

 

 

契約書類(ギアスロール)”文面

 

『ギフトゲーム名 ” FAIRYTAIL in PERSEUS”

 

 ・プレイヤー一覧 逆廻 十六夜

          久遠 飛鳥

          春日部 耀

          一方通行

 ・〝ノーネーム〟ゲームマスター ジン=ラッセル

 ・〝ペルセウス〟ゲームマスター ルイオス=ペルセウス

 

 ・クリア条件 ホスト側のゲームマスターを打倒

 ・敗北条件 プレイヤー側ゲームマスターによる降伏

プレイヤー側のゲームマスターの失格

プレイヤー側が上記の勝利条件を満たせなくなった場合

 ・舞台詳細・ルール

  *ホスト側ゲームマスターは本拠・白亜の宮殿の最奥から出てはならない

 *ホスト側の参加者は最奥に入ってはならない

  *プレイヤー達はホスト側の(ゲームマス ターを除く)人間に姿を見られてはいけない

  *失格となったプレイヤーは挑戦資格を失うだけでゲームを続行できる

 

宣誓 上記を尊重し、誇りと御旗の下、〝ノーネーム〟はギフトゲームに参加します。

〝ペルセウス〟印』

 

 

 

   ◇◇◇

 

 

 

 ”ペルセウス”と”ノーネーム”のギフトゲームが幕を開けた。

 

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