「ジン坊ちゃーン! 新しい方を連れてきましたよー!」
「お帰り、黒ウサギ。そちらの女性二人が?」
「はいな、こちらの御四人様が――って、え、あれ? 男性方二名は? ちょっと目つきが悪くて、かなり口が悪くて、全身から“俺問題児!”ってオーラを放っている殿方と、女性みたいな細い体格なのに、目つきがもう一人より圧倒的に怖ろしい殿方が」
「……一方通行なら気づいたら居なくなってた」
「それに十六夜君なら“アイツを追い掛けにと、ちょっと世界の果てを見てくるぜ!”と言って駆け出して行ったわ。あっちの方に」
「……あ、あの問題児様方は――ッ!!‼」
☆☆☆
場所は変わってとある森林の上空。そこに、背中から四つの竜巻で出来た翼で空を舞う白い人影がいた。
「……どォやら異世界ってのは本当らしいな」
黒ウサギが道案内を申し出た時、一方通行は既に行動していた。チョーカー型電極を能力使用モードに切り替え、彼は常人では目に写らないほどの速度で森の上空を駆け抜ける。
その途中に見えた生きている幻獣が、明らかにこの世界が異世界だと告げていた。
「チッ……」
僅かに舌打ちし、一方通行は背中の竜巻の翼を消し、地面に着地する。
「これが“世界の果て”ってヤツか」
スイッチを通常モードに切り替えた彼が見たのは、断崖絶壁の大滝だった。大河の岸辺の向こうには陸がなく、世界はここで切り離されている。
初めてこの光景を見る者はこれを絶景と呼ぶだろう。だが、一方通行には目の前の景色が境界にしか見えなかった。
だが、
(それがなンだってンだ)
一方通行は強く己の拳を握り締める。それがどうした、そんな現実が何だと言うのだ。彼女との繋がりは切れてなどいない。何故か分からないが、この世界にも彼女の電波が流れている。それは先程能力を使用した際に確認済みだ。
つまり、
(この世界と元の世界は繋がってやがる。なら、方法があるはずだ。こちら側に召喚するだけじゃねェ、向こう側に送る方法が)
帰れる可能性がある。戻れる方法があるかもしれない。
その事実が、一方通行の瞳に強い意志を宿らせる。
――ふと、その時。
『――ほう、こんな所に人間とは珍しい。何用だ? 小僧』
ドバッ! と一方通行の目前にあった水面が、爆ぜた。
水中から激しく現れたのは、身の丈三0尺強はある巨躯の大蛇だった。空中に飛び散る水滴と共にその美しい鱗が太陽の輝きと共鳴し、見る者を魅力するだろう。それほどの美しさと強さを兼ね備えた存在だった。
だが、今回は相手が悪かった。
「……おい、オマエ」
地獄からの怨念のような声が一方通行の口から零れる。
さて、ここで一方通行の立ち位置を思い出してほしい。彼はつい先程まで大河の岸辺のすぐそばにいた。そこに突然現れた三0尺強もの大蛇。突然反応できる訳がなく、飛び跳ねた際に起こった彼の身丈ほどある津波をまともに何も出来ず受けてしまった。
ポタ、と前髪から水滴を垂らしながら、一方通行は俯き、小刻みに肩を震わせる。
その様子を見て蛇神は己に恐怖しているのだと思ってしまい、話しかけた。
それが、完全な間違いとも気付かずに。
『挑戦者か? 案ずる事はない。我も命まで奪おうとは思わん。さあ、貴様に試練を選ばせて――』
「オマエさァ」
蛇神の台詞を遮り、もう一度一方通行は静かに告げる。今度は怖ろしいほど冷え切った声で。
一方通行の我慢は限界だった。元から沸点が低い彼は、水浸しにあい、強制的に異世界に呼び出され、打ち止めとも引き離された。その状況で、再度理不尽な水浸しに。もはや我慢のパラメーターは満たされる所かブッチ切り、大噴火する火山の如く。
つまり簡単に言えば、
「鱗すべて毟りとられて、グチャグチャに潰される覚悟ができてンだろォなァッ?」
完全にブチ切れていた。
ドゴッ‼ と一方通行の背中から四つの竜巻が吹き荒れた。風速一二0メートルにもおよぶ暴風が全てを撒き散らし、天災となって蛇神の前に立つ。
『馬鹿な……!?』
驚愕する蛇神。人間でありながら気候さえ操るギフトを持つ少年。“神格”のギフトを持っている蛇神が勝つイメージが湧かない相手。
そんな時、ふと視線があった。
俯いていた顔が上がり、二つの瞳が蛇神を視る。
赤。朱。紅。
血の色よりも深い色をした紅の瞳。一体どのような経験をすればその齢でそれほど強い意志が篭った眼になるのか。
蛇神がそんな事を考えているとは知らず、一方通行は怒りのまま目の前の蛇野郎を八つ裂きにしようとして、
「俺も混ぜろやゴラァァァァァッ!!」
蛇神が真横に吹き飛んだ。
「……はァ?」
突然の事態に目をパチリと開く一方通行。横から『どぅわァああああああああああッ!?』と悲鳴のようなモノが聞こえてきたがスルー。
一方通行が睨みつけているのは唯一人。唐突に現れた第三者。
「……なンのマネだ、オマエ」
「だから今言っただろ? こんな面白そうな事、俺も混ぜろって」
心からケラケラと笑うヘッドホンが特徴の少年、逆廻十六夜がその正体だった。
「てかお前、何だよその背中の竜巻で作られた翼はよぉ。それがお前のギフトって事か?」
「…………」
一方通行は首筋のスイッチを切り替え、能力使用モードから通常モードへ変更する。それと同時に彼の後ろにあった風は消滅し、あたりは静けさを取り戻した。
「ん? どうした、とっとと
「馬鹿か、俺の相手はオマエが潰しただろォが。おかげで興醒めだ」
一方通行にとってあまり能力は使用したくなかった。ある程度余裕があるとは言え、電極バッテリーが尽きてしまう恐れがある。それに十六夜という第三者が介入してきた事によって一方通行は怒りの矛先を失い、幾らか冷静さを取り戻していた。
十六夜など眼中にないと言わんばかりに一方通行は森林の方へ足を踵を返し、
「帰る方法は見つかったのか?」
ピタリ、とその足を止めた。
「あァ?」
何故、それを知っている。ここに来た理由が何故それだとわかった。
一方通行はゆっくりと振り返った。その視線の先にいる十六夜は、ただ愉快そうに笑っているだけ。
「おいおい、そんな意外そうな顔すんじゃねえよ。少し考えりゃ分かることだろ? 黒ウサギの説明を受けている時、お前が興味を持っていたのはこの世界についてだけだった。それに手紙の存在も知らなかった。つまり、お前は本当はこの世界に来るつもりはなかった」
そこでだ、と十六夜は自身を指差し、
「もし、このタイミングで俺が黒ウサギたちにお前が帰りたがっているって言ったら、どう反応すると思う?」
「――――、」
一方通行は思わず息を呑んだ。
もし、仮に一方通行が元の世界に戻りたがっていると知ったら。黒ウサギの説明からして、おそらく彼女のコミュニティには何らかの問題があるのだろう。それこそ、異世界の住人の力を借りねばならないほどに。
なら、そんな奴らが素直に帰すだろうか? 下手すれば、一方通行を帰すまいと何らかの手段を取るはずだ。
もしそうならば、この場合一方通行が取るべき選択は?
「で? いいのかよ、俺をこのまま放置しちまって」
十六夜は愉快そうに笑いながら、しかし笑っていない瞳で告げる。
“言われたくなかったら、力ずくで黙らせてみせろよ”と。
「……上等だァ、クソ野郎」
一方通行は首筋のチョーカー型電極のスイッチを入れた。バッテリーからして能力使用可能時間はおよそ七分前後。その時間で目の前の男が二度と口を聞けないようにする。
十六夜と一方通行の間が敵意と殺意で交差する。
「――即効ォで終わらせてやるよ、三下が」
「――来いよモヤシ野郎。全力で、俺を楽しませろ」
ドバン!! という爆音が炸裂し、両者は真正面から激突する。
ここに、学園都市最強と問題児最強の戦いが始まりを告げた。
☆☆☆
ドン!! という爆音が轟く。
一方通行は脚力のベクトルを操作し、逆廻十六夜は超人的な身体能力で突進する。
激突。
一方通行と十六夜は真正面からぶつかり合う。両者の突進力は凄まじく、その余波で発生した衝撃波で周囲一帯は吹き飛び、大気は震える。
そして、
十六夜は後方へ吹き飛ばされ、一方通行の右側に存在した樹々が吹き飛んだ。
「……何?」
一方通行は思わず眉をひそめる。
不可解だった。
一方通行はベクトル変換能力者だ。彼は普段『反射』を設定し、本来なら十六夜は自身の攻撃の『向きベクトル』を反射され、彼は自身の力と一方通行の突進によって二倍の勢いで吹き飛んでいるはずだった。それなのに、何故か十六夜の攻撃の『向き』は一方通行の『反射』に触れた途端、その軌道を変えて右側に流れていった。そのため、十六夜は一方通行だけの力で吹き飛ばされ、一方通行の右側に存在した樹々は吹き飛んだのだった。
自身の感覚を確認すろように、一方通行は右手を開いたり閉じたりする。その時、ふと思い出した。
この感覚を、自分は知っている。
ロシアの空軍基地跡地にいた集団が使用していた科学的な能力とは違う法則ベクトルを持つ能力者や、天使の姿をした怪物が放っていた水の翼のように。
違うベクトル。
違う法則。
もしかしたら、逆廻十六夜は――
「……だったらどォした」
頭を振って思案を中断する。それがどうした、そんなもの関係ない。逆廻十六夜が一方通行の邪魔をするというのならば、容赦なく叩き潰すのみ。
一方通行は脚力のベクトルを変換し、十六夜が吹き飛んでいった場所へ向かう。
一方、十六夜はというと、
「……ク、クハハハ……ッ‼」
笑っていた。顔を手で押さえ、覆いきれなかった口から抑えきれない笑い声が零れる。彼の服装は吹き飛ばされた勢いを抑えるために地面を滑ったせいで泥塗れだというのに、十六夜は笑っていた。
その笑みは歓喜の笑み。そして瞳は獣のようにギラギラと光っている。
「ハッ。やるじゃねえかよ、おい! そうだ、こういうのを待ってたんだよ俺はよぉ‼」
自分と対等、もしくは自分以上の相手。自分を満足させてくれる誰かを、十六夜は求めていた。
予感はあった。そしてそれは今、確信へと変わった。
一方通行は逆廻十六夜の好敵手ライバルにふさわしい相手だと。
「さあ、存分に楽しもうぜッ‼」
十六夜は無意識のうちに己の力を封じ込めていた枷を外していく。手加減を捨て、戦う理由を忘れ、ただこの瞬間を楽しもうとする。
一方通行は逆廻十六夜を視る。
逆廻十六夜は一方通行を視る。
先に仕掛けたのは一方通行だった。
「――失せろ」
脚力のベクトルを操作して真っ直ぐ突っ込む一方通行は、腕を軽く振り大気を引き裂く。
そして、掌握。
風を、嵐を、大気の流れのベクトルを文字通り掌握する。
轟!! という烈風が後ろから前へ放たれた。風速一二0メートルという暴風となった空気の塊が十六夜を襲い掛かる。
それを見て、十六夜は牙を剥いて笑い、
「――ォ、らぁっ‼」
殴りつけた。
暴風を上回る暴力。十六夜は防御の姿勢を取らず、真正面からその攻撃をねじ伏せた。 暴風が消え、笑みを浮かべる十六夜。
だが、
「ッ!?」
ほとんど直感に近い反応だった。十六夜は咄嗟に身体を守るように両腕を前に構える。その時、カツッという音を彼は聞いた。気づけば、彼の目前に一方通行が立っている所だった。いつの間に、という疑問が湧く前に一方通行の容赦ない無造作な蹴りが炸裂する。
その衝撃は凄まじく、十六夜の腕はメシメシと悲鳴を上げ、彼の身体は大木を十本も根元から折るまで吹き飛ばされた。
だが。
「だから――それがどうしたァァああああああああああ‼‼」
十六夜の姿が一方通行の視界から消える。
勢いを止めた大木を踏み台に、十六夜はかつてない速度で跳躍した。50メートルもの距離を第三宇宙速度に匹敵する馬鹿げた速度で縮めた十六夜は、一方通行が彼の姿を捉えるまえに、全力で殴りつけた。
だが、一方通行は『反射』させる事であらゆる攻撃を跳ね返す事が可能だ。例え向きベクトルが変化して違う方向に流れるとしても、彼の肉体を傷付けることは出来ないはずだった。
しかし、
ドンッ‼ と。
直後、原因不明の衝撃が一方通行を後方へ吹き飛ばした。
「ごっ、がァ……ッ!?」
吹き飛ばされて、地面に叩きつけられた一方通行は何が起きたのか一瞬理解できなかった。そして、驚愕する。
(なン、だ……ッ!? コイツの中にある、もう一つの正体不明のベクトルは!?)
十六夜が一方通行を殴ったのは理解した。しかし、だからこそ驚愕する。十六夜の腕力のベクトルは一方通行を通して上空へ流れていった。一方通行を吹き飛ばしたのは、その放たれたベクトルに混ざっていた謎のベクトルだった。
攻撃を受けた後でもそれが何なのか分からない。
エイワスが放った攻撃のように。あの無能力者レベル0の右手のように。
――それが、彼を本気にさせた。
「……上等だァ……」
逆廻十六夜は一方通行の邪魔者ではなくなった。この瞬間、逆廻十六夜は一方通行を倒し得る“敵”となった。
故に――彼は、“手加減”を捨てた。
「おいおい……結構本気だったんだぜ? ったく、ほんとチートじみたギフトだな」
「オマエが言える立場じゃねェだろうが。下手したらこの周囲が吹き飛ぶってのによォ」
「ハッ。お互い様ってか」
「違いねェ」
二人は会話をしながら相手の様子を見る。世間話でもしているような口調で話しているが、二人の周囲は殺意に包まれていた。その殺気は森林に住む幻獣達が怯えてしまうほど。
二人は躊躇わない。
一方通行は逆廻十六夜を“殺す”ことを。
逆廻十六夜は一方通行を“壊す”ことを。
全力をもって、目の前の『敵』を潰す。
じゃあ、と一方通行は口を開いて、
「――とっとと死にやがれ」
「――さっさとくたばりやがれ」
ドバン!! という爆音が炸裂する。
一方通行は脚力のベクトルを操作し、更に背中から四つの竜巻を造り出し、触れるだけで生物を絶命させる死の手を突き出しながら真っ直ぐ突進する。
逆廻十六夜は拳を強く握り締め、先程よりも強く、
戦いの決着が決定する寸前、
「御二人様方ーーーー! お止めくださいーーーーッ‼」
ふと、そんな聞こえてきた声が二人の動きを止めさせた。