一方通行が異世界からくるそうですよ?   作:宇佐木時麻

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襲撃

 夜。十六夜の月が夜空を照らす頃。一方通行はノーネームの館の案内された部屋にいた。

 部屋の中は伽藍洞で、酷くさっぱりしている。置かれているものはベッドと机、そして蝋燭だけだった。

 端から見れば酷い部屋だろう。しかし、一方通行はそのことに関しては全く気にしていなかった。元々ものにはあまり固執しない質だ。依然などはものを買った次の日に壊されていたということもある。

 だから、彼が気にしているのは他のこと。

 

「さて……」

 

 一方通行は数少ない置物だったベッドに寝転がりながら、冷静に現状を整理する。

 

(なンとかこれから生活する拠点は手に入れたが……問題はこれからだな。戻る手段は不明。帰れる期間は未定。これからどォすべきかは皆目見当が付かねェ。さらに、入っちまったコミュニティは大半がガキどもという始末。挙句の果てには馬鹿ウサギは基本審判役で戦いに参加すら出来ねェ)

 

 そうなると、戦力は限られてくる。

 残るのは彼と共に呼び出された者たち。一方通行と同様に異世界から呼ばれたそうだが。

 

(女どもは……駄目だな。すぐ使いものにならなくなりそォだ)

 

 現状では、それが一方通行から彼女たちの評価だった。

 直接彼女らの能力(ギフト)を確認したわけではないが、情報交換の際に訊いた話やギフトゲームの時の様子を見れば、彼女らが自身のギフトに関して疎かにしているのは明らかだ。

 おそらく、使う機会があまりなかったのだろう。もしくはその能力に嫌悪していたか。どちらでも構わないが、彼女達は己のギフトがどういうものなのか理解できていない。

 彼女達のギフトは確かに強力なのだろう。それこそ異世界から呼び出すほどに。だが、それがどういうものなのか理解していなければそれは宝の持ち腐れだ。格下相手ならば通じるだろうが、同格、或いは格上相手ならば単純な力量差で押し負けるだろう。

 彼女らが己のギフトに慢心するのを止めない限り、彼女らに勝利はない。

 

(となると……現状戦力になり得るのは俺とあの三下だけってコトか)

 

 皮肉な話だが、一方通行はある程度十六夜のことを認めていた。愉快犯で刹那的快楽主義者のような男だが、中々頭がキレる。それに自身のギフトについてある程度理解できている。出会ったばかりなので総ては把握できないが、おそらく何か隠し玉を持っているだろう。

 

「チッ……クソったれ」

 

 現状を整理して、思わず舌打ちした。

 最悪。

 まさにその一言だろう。戦力になりそうなのは僅か四名、その内二名は未熟者。ランクで言えば最下層のコミュニティ。更に足手纏いのガキ共の面倒まで見なくてはならない。最悪。最悪。最悪。これを最悪と呼ばずなんと呼べばいい。

 だが。

 

「――――まァ、いつものコトか」

 

 一方通行は不敵に笑いながら、そう言った。

 そうだ、この程度いつもの事だ。いつだって最初から最悪の状況だった。薄汚い闇の中。そこを一方通行は何度も何度も突き落とされてきた。それでもなお、ただ一つの希望(ひかり)を求めてここまできたのだ。

 ならば、この状況も今までと同様だろう。最悪のどん底から這い上がればいいだけの話。ただそれだけだ。

 そう納得し、一方通行は静かに瞼を閉じた。

 そして、そのまま眠りに付こうとして――――

 

「…………」

 

 直後。彼は再び瞼を開いた。

 その顔に刻まれているのは嫌悪の形相。まるで汚物の匂いを嗅いでしまったような、生理的嫌悪を表している表情。

 

「糞ェな……匂いやがる」

 

 彼だから分かる、彼しか分からない匂い。

 何故なら、彼はずっとそこにいたから。彼にとってその匂いこそが当たり前だったのだから。もう身体に染み付くほど嗅いできた匂い。

 

 他者を傷つけ、そんな己に酔いしれて絶頂しているような――――(クズ)の匂い。

 

 その存在がこの屋敷に近づいて来るのを、かつてその頂点に君臨しようとしていた彼だからこそ、その気配を感じ取っていた。

 

「…………」

 

 一方通行は窓から屋敷の外を眺めながら思考する。

 どうするか。ここで彼等を守る義理はない。所詮今日一日だけの付き合い。ここで彼等が全員死のうが戻ることを目標にしている一方通行にとってはどうでも良いことだった。

 だが。

 

「ったく。こンな反吐みてェな匂いを撒き散らされたら、臭すぎておちおち寝ることも出来ねェ」

 

 一方通行はベッドから起き上がると、横に掛けておいた杖を手に取る。首元のチョーカーのバッテリーを確認すると、完全ではないがある程度まで充電されていた。

 

「これだけあれば十分だな」

 

 一方通行は部屋の出口に向かう。その際、部屋に置かれていた唯一の明かりである蝋燭の火が突如消えた。

 暗闇に染まる部屋。その中で、ただ一つの囁きが響いた。

 

「お片付けの時間だ塵野郎。即行で終わらせてやるよ」

 

 

 

   ◇◇◇

 

 

 

 深い深い闇の森。夜風に揺らめく木々の隙間を、一体の獣が疾走する。その姿は人狼。人型でありながら、二足で獣同様の速度で視界の悪い木々の隙間を駆け抜ける。

 

「匂う……匂うぞ……! 美味そうなガキの匂いだァ……!」

 

 野生染みた脅威的な嗅覚で獲物の位置を把握し、全力疾走で駆ける。

 彼は“フォレス・ガロ”のリーダー、ガルド=ガスパーの右腕である者だった。その任務は主に誘拐と暗殺。本日もガルドからの任務を受けてここに来ていた。

 

『ガキどもを、鏖にしろ』

 

 シンプルで単純な指令。なんでも、明日コミュニティの存続を掛けたギフトゲームをするらしい。そのため、相手に少しでも動揺させるための作戦だったのだが。

 

(そんなくだらねえ事はどうだって良いんだよ……ッ!)

 

 そんなことは彼の頭の中から綺麗さっぱり無くなっていた。

 所詮、彼は獣だ。本能のままに生きる生物。道理などモラルなど、そういう事は心底どうでも良い。敗者に待つのは死だ。それ以外のことを考えていればそれだけで動きが鈍くなる。

 ならば本能の命ずるままに。肉を食らい、血を呑み干し、その生命を奪えばいい。彼はそれが出来ると訊いてガルドについて来たのだから。奴に忠誠を誓った覚えなど更々ない。

 だから――――

 

「見ツケタァ――――ッ!!」

 

 黒い毛が闇の中を駆け抜ける。その姿はまるで隠れる気など更々ないとでも言いたげな疾走。ただ速く、一秒でも早く、その牙を喉元に突き立てるために駆け抜ける。

 そもそも、暗殺とはなんだろうか。敵にばれないこと? 否、そうではないだろう。究極的に言えば、他の誰かに感づかれなければ良いのだ。

 相手が声をあげるよりも早く。

 相手が何か行動するよりも速く。

 一瞬で、その生命を奪う。それが彼にとっての暗殺だった。

 単純が故に厄介。暗殺者にとって最も敵になるのが、時間だ。一人ずつ仕留めて行けば当然時間が掛かる。そして時間が掛かれば掛かるほど、相手も何か異常が起きていることに感づいてしまうからだ。

 だが、彼の方法は別だ。ただ速く、一秒でも早く殺す。故に、最速。本能が導き出した狩獣(ハンター)としての素質。

 そして、その眼が獲物の姿を捉える。

 

『――――♪ ――――♪』

 

 そこにいたのは、割烹着と狐耳が特徴的な少女だった。おそらく年長者なのか、懸命に周囲を見回りしている。

 その姿は純粋で、健気で、微笑ましくて、尊いもので――――

 

「――――なんて、美味そうだ」

 

 狩獣にとって、ただの獲物でしかなかった。

 そもそも、見回りをするものはそれ相応の実力がなくてはならない。何故なら、そうでなければ侵入者に対抗できないからだ。幾らやる気と覚悟があっても、一瞬で殺されてしまったら意味がない。

 そう、この少女のように。

 獣の速度が跳ね上がる。早く、速く、はやく。獲物を見つけた高揚感に、今すぐ殺してやりたい興奮に。それらがガソリンのように彼の全身に力を漲らせる。

 ああ、自分が死ぬと理解した顔はどんなものだろうか。その肉の味は如何なるものだろうか。血はワインのように美味だろうか。考えただけで、涎が止まらない。

 

「さあ――――」

 

 ここに、邪魔するものはいない。

 先程遠くから爆発音が僅かに響いてきたのを脅威的な聴覚で捉えていた。おそらく、別の侵入者達が見つかったのだろう。わざと素人達に誘拐させようとすることで、一気にそちらに注意を向けさせる。仮に他の奴らがばれたとしても、それで相手はもう誘拐犯は来ないと思うだろう。その意識の隙をつく。

 つまり。

 

「――――イタダキマス」

 

 獣は一度飛び上がると、少女の頭上にある樹の幹に着地し、跳躍。ほぼ真上から激突する。狙うは少女のうなじ。彼の牙で噛みつかれれば、即死は免れないであろう箇所。そこに到達するまでの時間は一秒未満。更に少女は獣の存在に未だ気づいていない。

 殺った――――と獣は確信する。あとはその頸を噛み千切るだけだとこれから訪れる食感に思いを馳せる。

 故に、彼は忘れていた。

 古今東西、弱肉強食の世界で生き抜いてきたものならば誰でも知っている真実を。

 

 攻撃を仕掛けるとき――――そのものは無防備になるという、至極当たり前の道理を。

 

 自身もまた、狩人(ハンター)に狙われる(獲物)でしかないという事実を。

 

 

 

   ◇◇◇

 

 

 

『――――』

 

 

 

   ◇◇◇

 

 

 

「…………?」

 

 ふと、背後から何やら音が聞こえた気がしたので少女は振り返った。しかし、あるのは静寂に包まれた夜の森だけ。時々吹く夜風で揺れる木々しか存在しなかった。

 

「気のせい……でしょうか?」

 

 その呟きも闇の中に紛れて消えていく。結局、気のせいだと判断した少女は再び見回りを再開した。

 もし、彼女がもう少し注意深く周囲を観察していれば気づいたかもしれない。先程とは違った変化に。

 彼女が振り返った一歩先。そこに、まるで怪物の怒りを示すように、地面に巨大な亀裂が刻まれていたことに。

 

 

 

   ◇◇◇

 

 

 

 暗転。

 浮遊。

 衝撃。

 彼に襲い掛かった世界の変化を表すならば、それしかなかった。

 

「グ、ガアアアァァああああああああああああああああッッッ!?」

 

 まるで散弾銃を全身に叩きこまれたような衝撃。身体の自由がきかない。上を向いているのか、下を向いているのかも分からない。平衡感覚が狂う。何が起こったのか皆目見当がつかない。

 そして、自分が無様に転がっていたということに気づいたのは巨大な樹の幹に叩きつけられ、その運動を強制的に停止させられたあとだった。

 

「な、何が……?」

 

 何が起こった? どうして己はこんなところに要る? 理解が追い付かない。獣は未だ覚束ない足取りで起き上がる。

 

「――――よォ」

 

 そんな獣に、白い少年が話しかけた。

 白く、白く、白く、白濁した声。全てが白いのに、唯一赤い眸だけが獣の姿を捉えている。

 もし、このとき。獣が正常であれば、その姿を見た瞬間一目散に逃げ出していただろう。獣としての本能が、目前の対象を自身とは比べものにならないほど血を吸ってきた事に反応していただろう。

 だが、現在の獣は正常ではなかった。散々身体を痛みつけられたせいで思考は正常ではなく、嗅覚も己の鼻血のせいでほとんど役割を果たせていなかった。

 

「……何だてめぇ。オレの前に立ってんじゃねえよ殺すぞ」

 

 獣は気づかない。目前の少年をただの人間としか認識していない。

 目前の少年こそが、自分をここまで吹き飛ばした犯人だと微塵も考えていなかった。

 それを見て、少年は呆れるように告げる。

 

「哀れだなァ、オマエ」

「あぁ……?」

 

 ……今、この人間はなんと言ったのだろうか。言った内容が余りに奇想天外すぎて、獣は少年の言った内容を理解できなかった。

 まるで、人間の分際でこのオレを憐れんでいるような――――

 

「本気で言ってンだとしたら、抱き締めたくなるほど哀れだわ」

「――――」

 

 瞬間、獣の中のあらゆるモノがキレた。

 

「人間如きが……」

 

 劣等の分際で。

 

「このオレを……!」

 

 録に戦う力も無いくせに。

 

「コケにしやがったなああああああああああああああああアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッッッ!!」

 

 瞬間――――咆哮が解き放たれる。

 怒気と共に、獣からあらゆる疑問が消失する。何故自分はここに飛ばされたとか、目前の少年は何者なのかなど、様々な疑問が頭を霞めたが、その総てを忘れる。

 目前の少年からは何も感じない。霊格も持たないただの人間に舐められたことが、獣にとって何より許せなかった。

 おまえなど、オレのエサでしかないだろう。

 

「殺す、殺してやる……! 人間如きが、誰に向かってほざいていやがる!!」

 

 獣の身体が膨張する。より固く、より速く、より強く。目前の生物を鏖殺すべく、その身体を変貌させていく。全力を持って殺してやる。

 

「一撃だ。一撃で骨も残さずバラバラに引き裂いてやらァ……!」

 

 その姿は異形だった。何倍にも膨れ上がった身体。その姿は、先程とは比べものにならないほどの力を感じる。

 その様子を見て、少年は呟く。

 

「ごちゃごちゃうるせェ野郎だな、オマエ」

「……なん、だと?」

 

 ただそれだけ。怪物のような姿に成り果てた獣を見て、感想はそれだけ。少年はつまらなさそうに、指をクイクイっと曲げ、

 

「さっさと来い――――一撃で終わらせてやる」

「――――」

 

 その言葉に、獣の理性が吹っ切れる。獣は拳を強く握り締め、総ての力を爆発させるように振りかぶり、解き放つ。

 

「あああああああああああアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああッッッ!!!!」

 

 咆哮。

 振り下ろされた拳は獣にとって過去最高の一撃だった。この一撃ならば十数メートルものクレーターが出来ると確信できるほどの一撃。

 それが少年に直撃し――――

 

 

 

   ◇◇◇

 

 

 

 話は少し前に逆戻る。

 

「一体全体どういうつもりなんですか十六夜さん!?」

「ハハ、落ち着けよ御チビ」

 

 一方通行が気づいた襲撃者とは別の襲撃者を撃退した十六夜。だが、そのあとの発言がジンをここまで怒らせていた。

 

「落ち着いていられるはずがないでしょう!? “打倒全ての魔王とその関係者”だなんて、いったい何を考えているんですか! 魔王の力は貴方もこのコミュニティの入口を見て理解できたでしょう!?」

 

 そう。十六夜は独断で襲撃者たちにジンが魔王を倒すコミュニティを作ると宣言してしまったのだ。ただでさえ現状を保つのが困難だというのに、魔王たちを相手にするなど無謀にもほどがある。だからこそジンは十六夜が何を考えているのか理解できなかった。

 そんなジンに対し、十六夜は率直に告げる。

 

「じゃあ訊くけどよ、御チビはいったい何をするつもりだったんだ?」

「それは……」

 

 十六夜に問われ、考えていた目標を口にしようとして、

 

「まあ、どうせコツコツギフトゲームをこなしていってコミュニティを大きくしていくなんて机上の空論で再建だの考えてんだろ? はっきし言って甘えよ」

「な――――」

 

 考えていたことをそのまま言われ、そしてそれを全否定されたことでジンは絶句する。

 

「ギフトゲームに参加して力を付けるのは大前提だ。だが、俺が訊いているのはどうやって魔王に勝つかだ」

「そ、それはギフトゲームに参加して力をつけて」

「だからその考えが甘えって言ってんだよ。俺達には名前も旗印も無い。コミュニティを象徴できるものが何一つないわけだ。有象無象のその他大勢でしかない俺達に、どうやって強力な人材を呼び込むっていうんだ」

「…………」

 

 ジンは何も言い返せなくなった。十六夜の言う通りだろう。自分の考えは所詮、机上の空論でしかなかった。仮にその方法で行ったとしても、コミュニティが発展するのはいつだ? 数年? 数十年? あるいは永遠に不可能かもしれない。

 そのことを理解して、ジンは俯いたまま拳を強く握り締め、

 

「だから――――リーダーの名前を売り込むって言ってんだよ」

「――――え?」

 

 十六夜の発した言葉に思わず顔をあげた。悪戯っぽく笑う十六夜を見て、同時に彼が何を考えているのか察する。

 つまり。

 

「僕を担ぎあげて……コミュニティの存在をアピールするということですか?」

「ああ。コミュニティを象徴するものがないのなら、リーダー自身を象徴にすればいい。だからこそ、打倒魔王というインパクトを増やしてその存在をアピールするんだよ」

「た、確かにそれなら……!」

 

 それならば、自分の机上の空論よりもよっぽど具体的だ。それならばいけるかもしれない。

 そう考えるジンに、十六夜は囁く。

 

「それに、悠長に構えていたら……」

「構えて、いたら?」

「おそらく、あいつは――――」

 

 その続きを口にしようとしたその時。

 

 彼等の間を横切り、何かが屋敷の屋根に激突した。

 

「なあ――――!」

「へえ……」

 

 ジンは驚愕し、十六夜は不敵に笑う。十六夜たちが居たのは屋敷の屋上。角度から考えて、およそ地上から飛んできたのだろう。だが、その速度が尋常ではなかった。受け身も取らず屋敷の一部に衝突した様子から見ると、自ら飛んできたのではないのだろう。おそらく第三者の仕業だ。

 ガラッ、と瓦礫が崩れ、飛んできた何かは崩れた瓦礫と共に十六夜達の前に落ちてくる。

 それは、獣の形をしていた。

 

「こ、これは……!」

「なんだ、御チビ。知ってるのか?」

「ええ。名前は分かりませんが、確かガルドの右腕と呼ばれていた者です。ですが、これは……」

 

 思わずジンは口ごもる。そうなるほど、その者は悲惨な姿をしていた。

 四肢は全て反対方向に捻られ、顔は狂喜と恐怖が入れ混ざったように口許を歪めるような笑みを浮かべながら、泡を吹いている。先程の激突でおそらく体内の骨も何本かいかれているだろう。

 それを見て、十六夜は独り呟いた。

 

「なるほど、死なない程度に加減されてやがるな」

 

 ジンは獣の悲惨な姿を見ながら、

 

「ですが、何故彼がここに……」

「おそらくこいつが本命の襲撃者じゃないか? 俺達が会ったのがデコイで、こいつが本命」

「……ええッ!? な、ならもしかしたら他のみんなは!!」

 

 慌てて走り去ろうとするジンの肩を、十六夜は安心させるためにそっと手を置く。

 

「まあ大丈夫だろ。心配するな」

「何故十六夜さんはそんなに落ち着いているんですか!?」

「これをやったのは、おそらく一方通行だ」

 

 その言葉にジンは思わずピクリと止まってしまった。

 

「……どうしてそうだと思うんですか?」

「分かるさ。一度戦りあった仲だからな」

 

 現状このコミュニティの中で、地上から屋敷の屋根まで相手を吹き飛ばす破壊力を持っているのは十六夜と一方通行だけだろう。

 ふと、獣が飛んできた方向を眺めながら、十六夜は思う。

 

(一方通行(アクセラレータ)、か)

 

 おそらく呼ばれた者達の中でも最も異端な存在だろう。自分のギフトをほぼ完全に把握しており、尚且つここに来て戻る手段を探している。

 性格は未だ不明だが、その実力は確かだろう。

 もしもあの時。世界の果てで十六夜が乱入しなければ。

 

 一方通行は確実に、あの蛇神を殺していただろう。そう確信できるほど、あの時彼が放っていた殺気は強烈だった。

 

(今思えば、ガラでもないことしたな)

 

 それでも、あの時戦えて良かったと十六夜は思っていた。自分と互角、或いはそれ以上の実力。戦いは黒ウサギのせいで中断したが、いずれ決着を付けたいと願う。

 だからこそ、あまり悠長にはしてられない。おそらく一方通行はこのコミュニティが悠長にしていれば、すぐに脱退するだろう。そうすればいつ決着つけられるのか分からなくなる。それに、自分並みの人材を失くすのは惜しい。

 

「ああ、まったく……」

 

 十六夜は月を見上げた。今日は彼の名前と同じ十六夜の月。その月を見上げながら、彼は嗤いながら呟いた。

 

「愉しみだ、この世界は」

 

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