一方通行が異世界からくるそうですよ?   作:宇佐木時麻

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真夜中の訪問者

 夜。

 昼の間に行われた『フォレス・ガロ』とのギフトゲームに見事勝利したノーネーム御一行だったが、ギフトゲーム最中に耀が負傷し、至急コミュニティの工房に運び込まれた。黒ウサギの適切な処置により、二、三日すれば傷も癒えるとことだ。

 その後。耀の見舞いを終えると、黒ウサギや十六夜、それに一方通行達は談話室のソファーでのんびりと寛いでいた。

 

「ところで黒ウサギ。例のお仲間さんが景品となってるゲームはどうなった?」

「そ、それが……」

 

 ふと悲しそうに目を伏せる黒ウサギ。

 彼女はつい先ほど十六夜が仲間が景品に掛けられたギフトゲームに参加してもいいという承諾を受け大歓喜していたが、申請から戻ってくると一転して泣きそうな顔になっていた。

 

「なに、ゲームが延期だと?」

「はい……どうやらこのまま中止の可能性もあるそうです」

「白夜叉に言ってどうにかできねえのか?」

「おそらく無理でしょう。どうやら巨額の買い手が付いてしまったみたいなので」

「チッ……。エンターテイナーとしては五流以下だぜ。つまらないことしてくれやがる。“サウザンドアイズ”は巨大コミュニティじゃなかったのかよ。プライドはどうした」

「仕方がないですよ。“サウザンドアイズ”は群体コミュニティです。白夜叉様のような直轄傘下コミュニティの幹部と、傘下コミュニティの幹部が半分ずつです。そして今回の主催側は傘下コミュニティの幹部、“ペルセウス”です。双女神の看板に傷が付いても構わないほどのお金やギフトを得られるのらば、ゲームの撤回ぐらいはやるでしょう」

 

 と、達観したように言う黒ウサギだったが、内心彼女が最もこの場で悔しく思っていた。

 ようやく取り戻せると思った仲間達。その一人がすぐ手に届く位置にいるというのに、助けられない不甲斐なさ。仲間を取り戻す方法がギフトゲームしかなく、今回はたまたま運がなかったが、それでも悔しさを隠しきれなかった。

 そんな黒ウサギの様子を見て十六夜は仕方なさそうに嘆息する。

 

「まあ、次回に期待するか。ところでその仲間はどんな奴なんだ?」

「よくぞ訊いてくれました! レティシア様は大変美しく、箱庭の騎士と呼ぶに相応しいお方なのです! 指を通すと絹糸みたいに肌触りが良くて、湯浴みの時に濡れた髪が星の光でキラキラするスーパープラチナブロンドの超美人さんです!」

「へえ? そいつはぜひ一目見たいな」

「それはもう! きっと十六夜さんも見惚れると思います。それに加えて思慮深く、黒ウサギよりも先輩だったので大変可愛がって貰いました。近くにいるならせめて一度お話したかったのですけど……」

「おい」

 

 ふと、今まで無言でコーヒーを飲んでた一方通行が口を開いた。何事かと思い視線を向ける黒ウサギだったが、一方通行はその視線を無視して窓に向かって、

 

「いつまでそこで盗み聞きしてやがる。鬱陶しいから入るなり失せるなりさっさとしやがれ」

 

 なんて、よく分からないことを口にした。

 そして。

 

「――――ほう、よく気が付いたな」

 

 窓の外。暗闇からそっと白い腕が現れ、窓を開く。外から談話室に入ってきたのは、金髪の少女だった。

 黄金の髪がふわりと揺れ、紅いレザージャケットを翻しながら談話室に降り立つ。

 

「レ、レティシア様!?」

「へえ、こいつが……」

 

 驚く黒ウサギと興味深そうに眺める十六夜。しかし、視線の先にいる当の本人は一方通行に視線を向けていた。

 

「一つ問うが、何故私が窓の外にいるのが分かった? 一応気づかれないように注意は払っていたんだが」

「じゃあ逆に訊くがよォ、どうしてその程度で気づかれねェと信じてンだ? 慢心するにも程があンだろ」

「ふふ、なるほど。なかなか面白い男だ」

 

 出逢って早々何故か剣呑な雰囲気となる二人。とは言ったものの、レティシアが一方的に興味を持ち、一方通行が相手せず適当に接しているだけなのだが。

 二人の反応に若干戸惑う黒ウサギだったが、はっと気を取り直して突然侵入してきた少女に話し掛ける。

 

「ど、どうしてレティシア様が?」

「こんな遅くに済まないな黒ウサギ。どうしてもジンには見つからず黒ウサギに逢いたかったんだ」

「そ、そうでしたか。あ、すぐにお茶を淹れてきますね!」

「馬鹿ウサギ、俺のコーヒーも追加だ」

「かしこまりました! ……あの、ところで一方通行さん。私には黒ウサギって名前が――」

「あァ?」

「いえ……何でもございません……」

 

 ショボーン、と少し肩を下げながら茶室に向かう黒ウサギ。その様子を見ながらレティシアは少々苦笑しながら言う。

 

「黒ウサギのことを馬鹿ウサギ、か。酷い言い様だな。彼女も十分頑張っていると思うが」

「そうだぜ。それにせっかくの愛玩動物なんだから、少しは可愛がってやれよ」

「ハッ」

 

 十六夜の発言に一方通行は鼻で笑う。

 

「“今の”成果じゃあの馬鹿にはそれがお似合いだ。確かに俺達を呼び出したのは正解だったかもしンねェが、他の面ではまだ役に立ってねェ。まあ……」

「――つまり何か成果を上げれば、黒ウサギのことも名前で呼んでくれるというワケですね!」

「……早ェし、近ェ」

 

 いつの間に戻ってきたのか、黒ウサギが目をキラキラと輝かせながら一方通行に迫る。それを一方通行は鬱陶しげに跳ね除けながらコーヒーのお代わりを受け取っていた。

 

「……で? それで、レティシア嬢はどうしてここに?」

 

 話が逸れていたので、十六夜がレティシアに本題を問い掛けた。

 現在、レティシアは他人に所有される身分である。その彼女が主に内緒で、しかもジンに知らされたくなくここに来たということはそれほどのリスクを掛けた理由があるのだろう。しかし、それに対しレティシアは苦笑しながら首を横に振った。

 

「いや、要件といっても大したものではない。新生コミュニティがどんなものなのか見に来たんだ。ジンに逢いたくないというのは逢う顔がないからだよ。結果として、お前達の仲間を傷つけることになってしまったからな」

「――――」

 

 その言葉に黒ウサギは驚愕する。しかし、驚愕しているのは黒ウサギだけで、十六夜は愉快そうにニヤニヤ笑い、一方通行は面倒臭そうに嘆息するだけだったが。

 昼間のギフトゲーム。その時に鬼化していた木々の原因はこの少女にあった。鬼種の中でも最も個体が少ない吸血鬼の純血。それがレティシアの正体だった。

 

「黒ウサギ達が“ノーネーム”としてコミュニティを再建すると訊いた時は驚いたよ。あれほどの絶望を見ていながらまた愚かにも再建しようとしているのだから。私はお前達が大切だ。だから無謀な行いをする前にコミュニティを解散するように説得するつもりだったが、その前にある話を訊いた」

「そ、それは……?」

「神格級のギフト保持者が黒ウサギ達の同士としてコミュニティに参加したとな」

 

 レティシアの視線が十六夜へと移る。大方白夜叉に訊いたのだろう。それを理解した上で、十六夜は不敵な笑みを浮かべたままその視線を受け止めた。

 

「ふーん、それで?」

「少し、試したくなった。お前達がコミュニティを救える救世主となれるか、それともコミュニティを滅ぼす愚者になるかどうかをな。まあ、結果は判断に困る内容になったがね。正直ガルドでは当て馬の価値にもならなかった。それに、彼女達はまだ青い果実だ。素質はあるが、それに伴う実力ではない。……さて、私はお前達に何と言葉を掛ければいいのか」

「誤魔化すなよ。アンタはそんなことしたかったんじゃない。古巣の仲間が今後自立した組織としてやっていけるか、確証した何かを見たかっただけだろ」

「……ああ。確かに、そうかもしれないな」

 

 十六夜の発言に自嘲した笑みを浮かべる。ああ、確かにその通りだったのだろう。しかしそれは全て遅すぎた。実力を確認することも、解散させることも不可能。動き出した歯車は止まらない。何もかもが中途半端に進行してしまったせいで、レティシアにはもはやどうすることも出来なかった。

 ゆえに、自嘲する。そんな愚かな自分に。不安で胸が潰れてしまいそうなのに、何も出来ない己に。

 そんなレティシアを見て、十六夜は慰めるのではなくいつも通り軽薄な声で告げる。

 

「その不安が払う方法があるとしたら、どうする?」

「……なに?」

 

 驚いた表情で見つめてくるレティシアに対し、十六夜は笑みを浮かべた。その何かを企んでいる表情(かお)に、一方通行は嫌な予感を覚えた。

 

「単純な話だろ。そんなに心配なら自分の力で試せばいいだろ、元・魔王様。――――ここに、まだ試していない奴がいるぜ?」

「チッ」

 

 やっぱり面倒事か、と一方通行は舌打ちする。それに対し、レティシアは一瞬僅かに驚いたように目を見開いたが、次の瞬間。十六夜と同じように不敵な笑みを浮かべた。

 

「ふふ、なるほど。確かに分かりやすいシンプルな答えだ。ゲームのルールは?」

「そっちも小細工抜きの単純なルールでいこうぜ。双方が互いに一撃ずつ撃ち合い、受け止めて立っていた方の勝ちだ」

「なるほど、確かに単純だ」

「ちょ、御二人様?」

 

 くくく、ふふふ、と共に不気味な笑い声をあげる二人。そんな二人を見てオロオロと慌てる黒ウサギ。

 

「ところで、私は君の実力も知りたいのだが?」

「…………」

 

 レティシアの視線の先。そこにはソファにもたれ掛かった状態で様子を見ていた一方通行がいた。

 しかし、一方通行は盛り上がって来た二人とは対照的に、心底呆れたように半目で言う。

 

「阿呆か。どうして俺が態々試されねェといけねェンだ(、、、、、、、、、、、、)

「おや、これは振られたのかな?」

「そういうのはそこの原始人とでもやってろ。ったく、付き合ってられるか」

 

 一方通行はそう言うと、隣に掛けておいた杖を掴み部屋から出ようとする。

 その直前。

 

 

 

「まあそうだよなー。怖がりな白モヤシ君は吸血鬼が怖くて早くお部屋に戻りたいよなー」

 

 

 

 ビキッッッ!! と、何やらとてつもなく嫌な音が一方通行から聞こえた。

 

「い、いいいい十六夜さん! いきなり何を!?」

 

 突然のとんでもない発言に慌てふためく黒ウサギ。一方、それを言った当の本人は愉快そに笑いながら、

 

「どうした? いきなり立ち止まってよ。ああ、ひょっとして一人で戻るのが怖いのか? なら黒ウサギにお手て繋いで貰いながら戻れよ。そうすれば怖くねえだろ?」

 

 ただでさえ怒りで身体を震わせ、少し離れている黒ウサギにさえも分かるほど怒気を放っている一方通行にさらに油を注ぐ十六夜。

 瞬間、一方通行はゆらりと幽鬼のような佇まいで振り返った。そのまま十六夜の目前まで寄り、メンチを切る。

 

「……喧嘩売ってンのか、三下ァ?」

「ああ、いい値で買ってやろうか? お前の敗北代わりにな」

「――上等だァ、面出ろクソ野郎。愉快なオブジェに変えてやるよ」

「じゃあ俺はその小綺麗な顔を泣き顔に変えてやるよ」

「……二人とも。私のことを忘れていないか?」

「というか御二人とも、喧嘩はお止めください――――っ!!」

 

 

 

   ◇◇◇

 

 

 

閑話休題。

 結局レティシアと戦うことになったのは十六夜の方だった。

 

「ルールはさっき説明した通りだ。いつでもいいぜ」

 

 窓から中庭に飛び降りた十六夜は肩を軽く鳴らしながら、愉快そうに笑みを浮かべている。対するレティシアも、それに影響されてか口許が吊り上がっている。

 いざ始まろうとする二人の勝負。それを前にして黒ウサギは心配そうに手を組んでいた。

 

「あの……一方通行さんはどちらが勝つとお考えで?」

「知るか」

「ハハッ、一切の容赦なく言われてしまったのですよ」

 

 ドーン、と勝手に落ち込んでいる黒ウサギを無視して、窓際にもたれ掛かった一方通行は横目で二人の試合を見ていた。

 二人の勝負が気になるから? 否、そんなことは心底どうでもいい。誰がどうしようと好きにやってろと一方通行は心の中で呟く。

 では何故か。理由は簡単だ。十六夜が己の能力(ギフト)を使う可能性があるからだ。

 現状、一方通行を倒せる可能性があるのは十六夜だけだ。先ほどレティシアが言っていたことが正しいのならば、十六夜の能力(ギフト)は神格級の力を持つことになる。

 このときの神という存在がオカルト寄りなのかはさておき、重要なのは十六夜の能力(ギフト)はこの箱庭の中においても非常に価値がある存在だということだ。

 そのギフト持ちが一人いれば、弱小コミュニティが魔王と呼ばれる災害級の存在に太刀打ちできるという淡い可能性を持たせるほどに。

 だからこそ、一方通行は十六夜の試合を見なければならなかった。現状、最も障害と成り得る相手。今のままでは決め手に欠けるため、少しでも勝利の可能性を増やすために。

 逆廻十六夜の所有する“恩恵(ギフト)”である『正体不明(コード・アンノウン)』の仕組み、法則、正体不明のベクトル、ありとあらゆる全ての情報を“観測()る”。解析する。そのために一方通行は試合を見ていた。

 一方。

 

「……なるほど。私は眼中になどないというわけか」

 

 中庭。一方通行の視線が誰に向けられているのか理解したレティシアは空に浮かび上がりながら静かに呟いた。

 

「妬けるな。少しはそちらに向ける視線の熱意をこちらに向けてほしいものだ」

「冗談言うなよ。野郎に見られて喜ぶような特殊な癖は持ってねえよ」

 

 軽口を叩き合いながら、二人の視線に熱が籠り出す。相手を呑み込むような灼熱。戦気がみるみる高まっていく。

 

「ところで、制空権を支配されるのに何か不満はあるか?」

「いいや。所詮飛べねえ奴が悪ぃだけだろ」

 

 相手が持っているのに自分は持っていないから公平ではない、なんていうのはただの餓鬼の発想だ。持っていないのが悪い、相手の土俵で戦うのが悪い。ましてはそれを負けた言い訳に使うなど屑だろう。

 それを理解し、尚且つ制空権を取られているという圧倒的不利な状況にも関わらず、十六夜は不敵に笑っていた。

 まるで、その不自由すら造作もないように。

 

「面白い……!」

 

 そこまで吐くというのならば、その気概を魅せてみろ。

 黒い漆黒の翼が満月を覆うように広がり、己の懐からギフトカードを取り出した。金と紅と黒のコントラストで彩られた彼女のギフトカードは、夜空を染めるように輝き出し、封印されし恩恵(ギフト)を顕現させた。

 顕れるのは投擲用に作られしランス。レティシアはその柄を握り締めると大きく弓のように身体をしならせる。

 直後、

 

「受け止めてみせろ――――我が一撃を」

 

 槍が空気の壁を突き抜けた。

 乾坤一擲。吸血鬼の身体能力を駆使して放たれた槍は空気中に衝撃の波紋を生み出すほど凄まじく、摩擦で熱を帯びたため流星を連想させるそれは、前に立ち塞がる如何なるものを蹂躙するだろう。

 それを前にして、十六夜は立ったままだった。

 速すぎて反応できなかった? ――――否。

 あまりの威力に抵抗するのが無駄だと悟ったから? ――――否。

 理由は単純。馬鹿なほど単純な回答。無能には残酷すぎる真実。

 

「カッ――――しゃらくせえ!!」

 

 邪魔ならば、叩き潰せばいい。

 ランスも、熱量も、衝撃も、その他諸々全てを、十六夜は殴り潰した(、、、、、、、、、)

 

(なぁ――――!?)

 

 その光景に、レティシアは驚愕のあまり言葉を発することも出来なかった。

 なにかギフトを使用して対処するならまだ理解できる。だが違う。今のはただ単純に全てを力技で捻じ伏せたのだ。それも、人間風情が……!

 その有り得ない光景を前にして、レティシアは一瞬思考を停止してしまっていた。そしてそれは、刹那の間ではあまりにも遅すぎた。

 十六夜の拳が槍と激突する。では、その次はどうなるのか?

 それはあまりにも単純な答え――――すなわち、圧倒的破壊力で粉々に砕かれた無数の鉄塊が、第三宇宙速度に匹敵する速度で跳ね返ってきた。

 

(しまっ……!)

 

 即座に回避行動に移ろうとしたが、些か遅すぎた。レティシアが動こうとしたその瞬間には、迫る凶弾はすぐ目前にまで近づいていた。

 回避はもう間に合わない。自分の愚かさ振りに自嘲の笑みを浮かべるが、それと同じくらい安堵していた。

 

(ああ――――これなら、大丈夫だ)

 

 そう確信し、着弾し血みどろになって地に墜ちる覚悟を決める。

 その直前、

 

「レティシア様ぁっ!!」

 

 鉄塊が被弾する寸前。窓から飛び出てきた黒ウサギが全ての鉄塊を叩き落とし、レティシアを抱きかかえたまま地面に着地した。

 そして、その手には抱きかかえた際に掠め取っとレティシアのギフトカードが。

 

「く、黒ウサギ! 何を……!」

「ギフトネーム・“純血の吸血姫(ロード・オブ・ヴァンパイア)”……やはり、ギフトネームが変わっている……それに、鬼種は残っているものの、神格が残っていない……!」

「…………!」

「おいおい、ちょっと待てよ。ひょっとして元・魔王様のギフトってのは、吸血鬼のギフトしかねえって事か?」

 

 驚愕する黒ウサギの様子を見て瞬時に察する十六夜。小さく頷く黒ウサギ、苦悶の表情を浮かべたまま静かに俯くレティシアの姿を見て、十六夜は深く嘆息した。

 

「マジかよクソったれ。道理で歯ごたえが無さすぎると思ったわけだ。というか、ギフトってのは他人に所有されちまうと奪われちまうもんなのか?」

「いいえ。それはありえません。“恩恵(ギフト)”というものは様々な神仏や精霊から受けた奇跡、云わば魂の一部に他なりません。奪うとすれば隷属させた相手から同意を得なければなりません」

 

 二人の視線がレティシアに向けられる。つまり、レティシアは己からギフトを差し出したことになる。それは何故か?

 

「…………」

 

しかし、レティシアはその視線から逃れるように顔を逸らした。答えたくないという意思を頑なに見せられ、微妙な雰囲気が漂う。

 

「……え、えーっと。その、なんですし、続きは屋敷で話しませんか?」

「おう、そうだな」

「……ああ」

 

 その雰囲気に耐え兼ね、黒ウサギの出した提案に頷く二人。

 ――――その時、彼等はようやく異変に気が付いた。

 バッ! とレティシアが顔を上げた。その視線の先には褐色の光が見えていた。

 

「あの光……ゴーゴンの威光!? まずい、見つかった!」

「レティシア様!?」

 

 焦燥の混じった声をあげるが、回避するには間に合わない。レティシアは二人を庇うように前に出た。

 そして迫る褐色の光。三人は成す術がなかった。

 

 ――――そう、三人は(、、、)

 

 この場にいたのは全部で何人か。この場でもう一人、試合を見ていた者がいた。そして彼は最初にその異変に気づいていた。

 つまり。

 

「邪魔だ」

「きゃあっ!?」

 

 可愛らしい悲鳴をあげて、レティシアは予想外の後方からの力を受けて尻もちをついた。そして、彼女と入れ替わるように少年が平然とそこに立っていた。

 一方通行(アクセラレータ)が、そこにいた。

 

「――――」

 

 一方通行は『能力使用モード』に切り替え、すっと迫る褐色の光に向けて右手を伸ばす。一方通行に触れたモノはなんであれ、その向きを『反射』し襲撃者に跳ね返る。

 はずだった。

 

 

 

 ――――光が一方通行に触れた途端、褐色の光は曲がった(、、、、)

 

 

 

「――――ッッ!!」

 

 その驚愕は誰の者か。褐色の光は進路を逸らし別方向に流れていく。それと同時にに、翼の生えた靴を装着した騎士風の男達は大挙で

押し寄せてきた。

 

「馬鹿な!?ゴーゴンの威光を逸らしただと!?」

「おのれ、ノーネーム風情が邪魔をするな!」

 

 騎士風の格好をしているとは思えないほどの口の悪さ。それを前にして、一方通行はやれやれと嘆息する。

 

「それを返して貰おうか。それは大切な取引品だ。箱庭の外とはいえ、交渉相手は一国規模のコミュニティだ。もし台無しになれば“サウザンドアイズ”での我々の――」

「箱庭の外ですって!?」

 

 騎士の言葉に反応する黒ウサギ。騎士の敵視する眼など意にも介さず問い詰める。

 

「“箱庭の騎士”は箱庭の中でしか太陽の光を受けられないのですよ!そのヴァンパイアを箱庭の外に連れ出すだなんて……!」

「黙れ、名無し風情が。これは我らの首領が取り決めた交渉。部外者は黙っていろ。それにこんな下層に本拠を構えるコミュニティ如きが口を挟むな」

 

 その視線には侮蔑の意志が。

 本来、本拠への不当な侵入はコミュニティの侮辱行為であり、世間体にもよろしくない。ましては信頼が命の商業コミュニティである“サウザンドアイズ”ならばこんな暴挙にはでないだろう。これは明らかに黒ウサギ達の“ノーネーム”を見下した行為である。

 

「フッフッフッ……天真爛漫、温厚篤実、献身の象徴とまで謳われた“月の兎”をここまで怒らせるんて――――!」

 

 騎士たちの侮蔑に黒ウサギの堪忍袋の尾が切れる。黒髪が淡い緋色に変わり、いざ襲いかかろうとして、

 

「だから、オマエは感情的になってンじゃねェよ。だからオマエは馬鹿呼ばわりされンだ、馬鹿ウサギ」

「フギャ!」

 

 背後から一方通行にウサギ耳を真上に引っ張られ、ピンと背筋を伸ばした状態で黒ウサギが停止した。

 

「ったく……。コイツは後で返してやるから、今は帰ってくンねェか?」

「断る。名無し風情など信用できん。さっとそいつを渡せ」

「……一応訊いておくが、これまでも無遠慮に対する謝礼はあるか?」

「ふん、こんな下層に本拠を構えるコミュニティに礼を尽くせば、それこそ我らの旗に傷がつくわ。身の程を知れ、名無し」

 

 そォかい、と一方通行はそれを訊いて嗤い、空の百の軍勢を見上げ、

 

 

 

「ここまで貶したンだ。なら、それ相応の覚悟はあるンだろォな?」

 

 

 

 瞬間、風速一二〇メートルに及ぶ竜巻が、一方通行を中心に吹き荒れた。

 

「こ、これは……!」

 

 地上で話していた騎士達が驚愕の表情を浮かべながら空を見ている。吹き荒れる風の暴威は上空に漂っていた百の騎士を呑み込もうと更に大きさを増していく。

 

「馬鹿な……! 風を、天候を操るギフトだと!? そんなものを、なぜこんな下層コミュニティの連中が……!」

「とっと失せろ。今なら五体満足で帰してやる。だが言うことを訊かねェのなら、腸引きずり出して愉快なミンチにしてやろォか?」

 

 その言葉には何の感情も込められてはいない。それはつまり、朝に歯を磨くように当たり前に出来るということだ。

 だからこそ、騎士達は目の前の少年に恐怖した。圧倒的暴威の塊。暴威が人間の姿を取っているように思えて、血の気が引いていく。

 こいつは……化物だ……!

 

「聞こえなかったか? ――――失せろ、殺すぞ」

「ひィ――――ッ」

 

 情けない声をあげながら、騎士達は姿を消していく。姿の消失具合から見て、空間転移の類ではなく不可視の類だろう。気配が消え去ったのを理解して一方通行は深く溜息を吐いた。

 

「おい。オマエはさっさと元も場所に帰れ。ここにこれ以上いられたら余計面倒なことになる。余計な難癖を付けられるのは御免だしな」

「あ、ああ……」

 

 突然の事態に茫然と頷くレティシア。その横で黒ウサギは頭のウサギ耳を撫でながら問い質してきた。

 

「い、いきなり何をする気なのですか一方通行さん! というか一方通行さんも感情的になってましたよね!?」

「黙れ馬鹿ウサギ。あれは脅しだ。オマエみたいに本気で当てるつもりなワケねェだろうが。少しは考えて行動しやがれ。だからオマエは阿呆ウサギなンだ」

「馬鹿ウサギから阿呆ウサギにランクアップした!? いえ、この場合はランクダウンなんでしょうか? というか、黒ウサギからどんどん離れていきます……」

 

 ガーン、と落ち込む黒ウサギ。そんな彼女にやれやれと嘆息して続きを告げる。

 

「とりあえず、他の連中も呼ンで来い。こういう事情に詳しい奴に話を訊きに行くぞ」

「あ、ハイ! ……あ、ですが昼間の事で……」

「ならお嬢様だけで十分だ。今回の件、どうもキナ臭い。最悪その場でゲームっていう可能性もあるしな。頭数は揃えておきたい」

 

 一方通行の続きを十六夜が告げ、それに納得して黒ウサギは屋敷に向かっていく。

 レティシアと黒ウサギが離れたことで、中庭には一方通行と十六夜だけが残っていた。

 

「……オマエ、何笑っていやがる」

「いや? 中々俺好みの面白い展開になって来たなと思ってな。つい笑っちまう」

「……どォ考えても面倒事だろォが……」

 

 ヤハハ! と愉快そうに笑う十六夜の横で、これから起こり得る面倒事に一方通行は思わず嘆息するのであった。

 その時、ふと一方通行は視線を向けた。

 視線のその先。そこには、己の右腕が存在した。

 

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