中国、上海。
世界有数の世界都市であり、中国の商業・金融・工業・交通などの中心であり、市内総生産は首都の北京すらも上回る。
春になったばかりの四月中旬のある日。
上海のとある砂浜に一人の少女が倒れていた。
水色の髪にメリハリのある体型。
美少女と呼ぶにふさわしい容姿を持つその少女は、海でおぼれたのか全身海水にぬれていた。
そこに一人の少年が現れる。
黒髪に鋭い目つき。体は中肉中背に見えるが、その立ち振る舞いには何か武芸の嗜みでもしているのか、様になっている。
ランニングでもしていたのか格好はジャージだ。
「おーい!おっさん!」
しばらく考えた少年は、慌てて人を呼ぶ。
「倒れている人がいる!気は感じられるから生きているみたいだが意識がない。電話貸してくれ!」
そう言うと、どこからともなく。
「う~い。わかった」
一人の男が現れた。
いきなり、足音もなく、気がつけばそこにその男はいた。
無精ひげを生やし、黒縁眼鏡をかけ、ぼさぼさの髪をしている。しかし、飄々としたその立ち振る舞いはただならない気配を発している・・・と、思いたい。
「相変わらず目に見えねえよな。それ」
「見えるように精進しろよ少年。それで、倒れているっていうのは?」
「ああ。こいつだ」
男は少年の指差すところに倒れている少女に目を移す。
「・・・・・・」
「救急車呼んだ方がいいと思うから早いとこ携帯を「いらん」は?」
早く救急車を呼ぼうと提案する少年の言葉を男は遮り、否定する。
「この嬢ちゃんは家に連れて行くぞ。このくらいの怪我ならすぐに治せる」
「はあ?」
少年は男の言っていることがわからずに素っ頓狂な声をあげる。
「わかったらさっさと背負え。優しくな」
有無を言わせずにそう言う男。
少年は反論しようとするが、男がいきなり威圧感を出したのでやめる。
男が威圧感などめったに出さないことを少年は知っているので素直に従う。これくらいの威厳をせめて普段出していれば、師として文句はないのにと思いながら、少女を背負い、先を歩く男について歩いて行った。
俺は目の前に光景に動けなかった。
体に何かされたわけでもないし、何か異常があるわけでもない。
それでも動けなかった。
砂浜で見つけた女の子を背負っておっさんと不本意ながら共同で使っている一軒家に戻った後、軽くシャワーを浴び、上海武偵校の制服に着替え、登校。スリリングだが武偵校の生徒に取って普通の学校生活を終えたあと、帰ってきて
「・・・」
「・・・」
今朝拾った女の子と鉢合わせした。
しかも向こうは全裸で、シャワーを浴びて熱っているその体は、スタイルの良さも相まってものすごく魅力的で、俺は動くことも忘れてしまったんだ。
だが、ずっと見とれている訳にもいかない。
折りも悪く、俺も服を脱いでいて全裸。
沈黙が痛い。
「えっと、その・・・」
プルプルプル
あ、やばい。体が震えだした。おそらく、もうすぐばくh「ゴン!」
「ぶはっ!?」
最後に見えたのは桶を投げた後なのだろう、腕を振りかぶり、顔を真っ赤にしてその蒼い眼で俺を睨み付ける彼女の姿だった。
これが俺、八神和麻と蒼神流無の最悪な出会いだった。
「なんであんなところにいたんだ?」
「わからないわ」
「どこから来たかわかるか?」
「それもわからない」
今、俺は女の子に質問している。
あのシャワー室での騒動の後、すぐさま
自室で着替えた後、同じく着替えてきた彼女に警戒するような目を向けられながらも、全力の土下座をかましてなんとか許してもらい、俺もシャワーを浴びて一息ついた。
シャワーから上がった後、彼女にはリビングで待っていてもらって、夕食を作る。
ほどなくして出来上がった夕食を食べてもらい、お互いに自己紹介しようと思ったのだが、
「まさか、記憶喪失とはな」
「・・・ごめんなさい」
「いや、別に謝るようなことでもないさ」
最初の受け答えから分かる通り、彼女は記憶を失っていた。
何であんな砂浜に倒れていたのか、自分が何者なのか、全く覚えていなかった。
バツが悪いのか少ししゅんとする。
なんというか、彼女みたいな美少女がそう言うしぐさをすると絵になるな。特にアジアにはまずいないだろう水色の外側にはねた髪に蒼い瞳、そしてそれらに反して日本人らしい整った顔つきっていう百人に聞いたら百人が美少女と答えるだろう、そんな容姿をしているのだから。
「それで、あなたは?」
そう言えば、俺のことを話していなかったな。・・・苗字は言いたくないが、いわなきゃダメか。
「土御門和麻。上海武偵校中等部に留学中の生徒で三年だ。専攻は超能力捜査研究科(SSR)と
「武偵?ああ、武装探偵のことね」
ふむ。記憶喪失だが全部の記憶を無くしたわけじゃないみたいだな。多分、思い出に関する記憶を無くしているのだろう。なんかのラノベで読んだ。
「で、この家は俺の師匠の家でなんか強制的にここに住まわされている」
「師匠って、あの髭のおじさん?」
なんでも、目を覚ました彼女はおっさんに会い、事情を先に説明したらしい。最初は警戒していたのだが、なんか根気強く話すおっさんに折れたとか。で、おっさんはちょっと出かけると言って出て行った。
「ま、ふらふらしているダメ人間みたいなおっさんだが、実力は確かなんだよな。実際俺も結構鍛えられたし」
任務先で少しドジったときにいきなり現れて助けられたんだが、なんか、「お前の戦い方はむかつく」とかよくわからない理由で弟子にさせられて、毎日しごかれることになったんだよな。
「ふ~ん。じゃあ土御門君って――」
「悪いが、それはやめてくれ」
俺は彼女の言葉を遮る。悪いけど、苗字だけは、
「苗字で俺を呼ぶのだけはやめてくれ」
「う、うん。わかったわ。じゃ、じゃあ、和麻君って呼ぶね」
俺の様子に戸惑いながらそう言う。
ちょっと空気を悪くしたけど、これだけはだめなんだ。その苗字を土御門っていう苗字で呼ばれることだけは――
「お~い、帰ったぞ~」
タイミングよく玄関から声が聞こえた。
「噂をすれば帰ってきたな」
リビングのドアが開き、そこからおっさんが入ってくる。
「お~、うまそうな匂いだな。俺の分残しているんだろうな?」
「ちゃんとあるぜ。そこに置いてあるだろ?」
俺は夕食の八宝菜とチャーハンを指さす。
「さんきゅ~。お?もう大丈夫なのかい?お嬢ちゃん」
「ええ。あの後、もう一眠りしてシャワーを浴びたら元気になりました」
「そうかそうか。よし、二人はもう食べたみたいだけど、夕食をしながらお互いにもう一度自己紹介と行こう」
八宝菜とチャーハンを持ってきて、おっさんはそう言う。
「まずは俺の名前からだ。八神刀夜。ここの家主でこいつの師匠ってところだな。職業はまあ、いろいろだ」
うさん臭すぎるぞ。彼女も苦笑いしているし。
で、また俺たちもお互いの名前なんかを言った後、おっさんがおもむろに一枚の紙を取り出す。
そこには――
「これって」
「ああ。お前の戸籍だ」
蒼神流無と書かれていた。
「今日からお前を家で預かることになった。仲良くしろよお前ら」
これが蒼神流無の始まり。