7月24日。昼
世間では夏休みシーズンの中、俺は台場にやって来た。
ここにある公営カジノ「ピラミディオン台場」を警備する仕事を遂行して、進級に必要な単位をもらうためである。
武偵校の屋上でアリアの励まし?を受けた後、部屋に戻ったらこのカジノの運営会社から送られてきた警備のための小道具で、『青年IT社長』とやらに変装するための道具があっって、今はそれを着て変装している。変装する理由は武偵がうろついて他の客に不快感を与えないようにするための配慮だそうだ。
ちなみに、それに着替えてみたときにバニー姿のアリアにヒールで踏まれたり、それを見た白雪が暴走して、M60マシンガン(ランボーの映画に出てくるやつ。もちろん武偵と言えども違法だ)を乱射したり、まあいろいろあったのだがなんとか警備のための準備を進められた。
そんな、いつも通りな、でもいつも通りのモノが欠けた日常を思い出しながらカウンターに向かい、
「両替を頼む。今日は窓から青いカナリアが入ってきたんだ。きっと、ツイている」
従業員には伝わっているはずの合言葉で、作り物の札束一千万円を色とりどりのチップに変えてもらい、カジノに入った。
今回の任務は最低四人で臨む必要条件があり、当初の予定では、
「何ボーっとしてんのよっ!?しっかりしなさい!」
一階のホールをぐるりと囲む水路みたいなプールと、そこをアメンボみたいに電動式水上バイクで移動するバニーガール姿のウェイトレスさんたちの方を眺めていたら、いきなり俺の耳を引っ張り、ブラドの「ワラキアの魔笛」並みの音量で怒鳴ってきたアリア。
それから、和麻と流無で任務を受ける筈だったのだ。
「・・・アr」
「うるさい!」
なんで、水上バイクに乗らないのか?とか、やっぱり体型的に不釣合い的なことをオブラートに包んで言いそうになった俺に、
ぴょん!
びしっ!
とジャンプしてきて、左右のウサミミで攻撃してくるアリア。
意外にミミ堅え!目が、目がああ!!?
「私が泳げないこと知ってるくせに!パッドはファッションよ!あんたは!後で!風穴ルーレット!!」
な、なんて凶暴なウサギなんだ。IS学園のあの
凶暴ウサギから逃げた俺(目と耳は破壊された)はカジノの奥に行くと高額チップを賭けるゾーンにいくと、明らかにカタギじゃない客もいるので一層警戒していると、ホールの一角にやたらと人が集まっていた。
(なんだ?)
客を装いつつそこに行くと、そこにいたのは・・・。
(し、白雪!?)
バニーガールのお姉さんたちに、男たちからの視線地獄から助け出された白雪だった。
和麻たちの代わりにこの
スタッフルームに戻った白雪に理由を聞いてみると、
「だ、だって・・・キンちゃん、この格好をしたアリアと、楽しそうにしていたから、す、好きなのかな、って思って」
と言われた。別に好きじゃねえよ!
いきなり妄想をはじめ、気絶した白雪(何があったのかは聞かないでくれ)をスタッフルームに寝かせて部屋を出た。
客は少ないと思っていたのだが、一角に大勢の見物客がいるな。
誰かが大きな勝負をしているらしい。
俺が動物の剥製なんかが飾られている豪華な一角に近づく。
そこで大きなルーレット台につく、金ボタンのチョッキを着た小柄な
「・・・・・・」
レキだ。
レキは和麻の見舞いに行ったとき、病室で座っていたところを参加を申し出てくれたのだ。
「は、はは。・・・こんなに強くて・・・可憐なディーラーは初めてだよ。この僕が一時間もたたないうちに3500万円も負けるなんてね」
どうやら勝負をしていたらしい客がから笑いをしている。
「――君は本当に幸運の女神かもしれないね」
こいつはただの殺し屋モドキのスナイパーですよ。
そう言えば、この男はテレビでも見たことあるな。本物の青年IT社長だ。いろんな女とスキャンダル持ちの。よくこの女性優遇制度のご時世でそんなことができるなと感心させられたものだ。
その後、やけになって手持ちのチップを全部賭けようとしたこいつを、興奮しているらしかったので、ゲームの熱気を下げるためにでしゃばってわざと負けようとしたのだが、レキが俺の勝けた『
こんなこと絶対にありえない。
レキの仕業だ。
普通はルーレットの狙った番号に球を入れることなんてできる筈はないが、和麻が以前『レキに常識は通じない』と遠い目でつぶやいていたのを聞いていた俺はすぐに分かった。
「せめて君の名前でも!」
で、大負けした社長はヤキでも回ったのかレキに迫っている。
なんとかして、一般市民の身を護ろうと俺は身を乗り出そうとするが、レキは俺に目配せしつつ
「今日はもう帰った方がいいですよ。―――良くない風が吹き込んでいます」
言った。
良くない、風?
和麻が言っていた。レキがこう言ったとき、必ず何かが起きる。
社長がなおも食い下がろうとするが、動物の中から飛び出してきた――
疾風のように銀狼が飛び出した。
「―――!?」
ハイマキ!あんなところに潜んでいたのか。
飛び出したハイマキはルーレット台を踏み台に客の上を飛び超える。
尻もちをついた社長やギャラリーが、パラパラと舞い散るチップ・コインの中で呆然としているのを横目に見つつ、俺が振り返ると同時に、ハイマキはフロアの片隅から走ってきた人影に体当たりした。
「!」
なんだ?あいつは。
上半身は裸でその肌は真っ黒だ。おそらく下半身もペンキを塗ったように真っ黒なのだろう。
さらに奇妙なのはその頭。
アリアと一緒に見た動物番組で出てきたジャッカルにそっくりだ。
直感でわかる。かぶりもなんかじゃない。開いた口の動きやその中に見える牙が生えそろった様は・・・本物だ。
しかも、その手には半月型の斧を持っている。
金目当ての強盗・・・ってわけじゃなさそうだな。
この間の研修、いいやそれだけじゃない、四月の武偵殺しに始まって、魔剣、ブラド、そして・・・カナ。
俺の行くとこ、居るところには厄介事ばかり舞い込んでくる。
いいぜ、やってやる。
俺はネクタイを緩めながら、隠し持っていた
それを見て、一般客は我先へと逃げ出していく。
俺は自分でも信じられないくらい好戦的な目で敵を見ているのだろう。
多分、自分も知らず知らずのうちにイライラがたまっていたんだろうな。それが少しずつ出てきたのかもしれない。
「気を付けてくださいキンジさん。あれは人間ではありません」
レキの言葉に「見りゃわかる」と返す。
なにせ、あいつはバイクくらいの体重のハイマキに体当たりされても、首にハイマキを噛み付かせたまま立ち上がってきているのだから。
「やってやるさ!」
俺はベレッタの照準を敵に定めた。
もう、どれくらいたったのだろうか・・・。
何分、何時間、何日も経ったような気もする。
いきなり、この精霊王のいる空間にやってきて。
いきなり、現れた白髪の女の子に槍を片手で追い掛け回されて。
槍から放たれる風は俺の今まで扱ってきた風が足元にも及ばないくらいの威力で俺を貫いた。
なんとなくだが、ここに俺は精神、あるいは魂だけで存在しているのだろう。はっきり言ってかなりきつい。
生身の身体だったら死んでいてもおかしくない傷を負っても大丈夫だが、今受けている傷の痛みは生身のそれを遥かに凌駕する。なぜなら、肉体の痛みは脳が無意識に感じないようにしてくれるが、ここではそうはいかない。
何度も風の槍で体を貫かれ、死んだ方がましと思えるような痛みを味わった。
『もう、終わりなのですか?』
動こうともしない俺に、さっきまで散々追い掛け回してきた女の子が傍に立って話しかけてくる。
『あきらめるのですか?消えますよ』
そう。彼女の言うとおり、ここではあきらめる、つまり心が折れれば俺の存在は消え去る。それはここが人を超越した
この世界を構築する精霊の一角である風の精霊を司る、この星を包み込む大気そのもの、世界そのものである精霊王の前では人間などアリと象以上の差がある。
故に、ここでは意思無き人間の魂は一瞬で消滅してしまう。いや、そもそも普通の人間であればすぐに消えてしまう。風の精霊と同調し、おっさんとの地獄の修業(修行という名の拷問、いやいじめだな)に耐えてきた俺だからこそ何とか意識を保ち、戦闘行為ができた。
だけど、何時間も死ぬよりもつらい攻撃を受け続け、しかも何とか反撃に風牙や穿牙・九連を放つが尽く弾き飛ばされ、逆にコントロールを奪われてしまう始末。
おそらくこの女の子は風の精霊王の眷属なのだろう。
まったく手も足も出ない。
手も足も出ない相手と戦うというのは、精神的にかなりつらい。なにせ、自分の力が及ばず、今まで積み重ねてきたものが否定されているように感じるから。
そして、それが長時間続けば続くほど、自分がすごくみじめに思えてくる。
『・・・』
正直、もう何もしたくない。考えたくない。
このまま消えてしまえば楽になれると、自分の中から声が聞こえてくる。
そもそも、なんで俺はこんなことをしているんだ。
俺は何のために戦っているんだ。
それすらもどうでもよくなってきて、意識が遠のき始める。
『・・・あなたもその程度なのですか』
女の子の声もだんだん遠くなる。
そして、俺の意識は・・・。
最初に現れたジャッカル男はレキがドラグノフで撃ち抜くと黒い砂、砂鉄になって崩れた。
しかも、その中から現れたのは一匹の黒い小さな虫、白雪曰くスカラベで、どうやらこのジャッカル男を操っていたやつの使い魔らしく、命令を受信していたみたいだ。
その後、レキが撃ち抜く前に戦闘で冷静さを失い昏倒してしまった白雪を助け出そうとすると、ホールの天井に同じジャッカル男がうじゃうじゃ張り付いていた。
とりあえず、刃渡り20cmほどの銃剣をつけたドラグノフ(もともとドラグノフはロシアの
ジャッカルとウサギの立場が逆転していたぜ。
で、アリアのおかげで何とか危機は脱したのだが、一体外に逃がしてしまった。
水面を蹴って逃げていくとは思わなかったけど、よくよく思い出してみれば和麻や流無もそんなことやっていたなと思いだす。
前に聞いた話では、修行の一環で海上鬼ごっこなることをしていたら、いつの間にか北朝鮮への国境を越えてしまい、機関銃やらなんやらで滅多撃ちにされかけたらしい。二人して何やってんだよ。
白雪のことはレキに任せて、俺とアリアで水上バイクに乗って追いかけようと、プールの縁に浮いていた水上バイクに操縦手として乗り込んだのだが、ここで緊急事態が発生した。
「ラ・・・ライフジャケットはないの?せめて浮き輪と、手に巻く浮き輪を・・・」
アリアは水上バイクに乗るのを渋っている。
堅い表情で水面を見つめるアリアを見て、俺は思い出す。
そうだ。こいつ、泳げないんだった。
でも、この水上バイクの運転には両手が必要だし、レキと後退させようにもさっき手持ちの銃弾が足りないって言っていたし、ああもう仕方ない!
「じゃあお前が前に乗れ!俺が後ろで行く!」
少し焦り気味に、アリアを引っ張った。
「うきゃあ!?」
子供みたいな声をあげたアリアはどこかに足をひっかけたらしく、バランスを崩す。
「何やってんだよ!」
俺はそんなアリアをとっさに腰に手をやることで支えて、引っ張る。
すると、アリアはシートに前後反対で跨り――
「うわあああ!」
悲鳴をあげて俺に抱きついて来た。
そんなに怖いのかよ!
というか、前のお前がハンドルの背を向けたら誰が運転するんだよ。
「キ、キンジィー!」
アリアは全力で俺に抱きついて来ており、まるで木を登るコアラみたいな状態だ。
あ、やばい。
今のアリアの格好は水着みたいなバニーガール。
しかも、抱きついて来たせいでピンクの髪から甘酸っぱいいい匂いがしてきた。
「キ、キンジっ、だめ、だめ、わた、わたし、水だけはぁ」
追撃に涙目で俺を見上げてきた。
そんな、かわいい顔で、かわいい声で、そんな恰好でされたら、は、反則だろお!?
結局、なってしまった。
ヒステリアモードに。
ふう、仕方ないね。
ここからは一味違うよ。
さあ、お仕事の仕上げだ――!
キリがいいのでここまで。
さあ、次回、ついにキンジが!!