「まだだ」
兄さんはさっきパトラから投げ渡されたガラス細工を取り出す。
それは球状のガラスの中におさめられた、止まらないように作られた――小さな砂時計。
「まだ、アリアは死んでいない。あれはパトラによってつくられた呪弾。今から、24時間は生きている。パトラはその間に、イ・ウーのリーダーと交渉するつもりだ。それまではアリアを生かしておくだろう。だが、それまでだ。パトラの交渉がどう転ぼうと、『第二の可能性』は無い。無いなら――アリアは、死ぬべきだ」
「な・・に?」
「そして、八神和麻が目覚めぬ限り、『第三の可能性』も無い。蒼神流無は、更識楯無の一部となり、消え行くだけ。そして、そうなれば更識楯無も――死ぬべきだ」
その言葉に俺の頭にどんどん血が昇っていく。
「兄さんは・・・アリアを、流無を見捨てるのか!イ・ウーで・・・無法者の超人どもに何をされたんだ!あんたは!」
怒りをにじませながら叫んだ俺に、兄さんは静かに――
「無法者、か」
目を閉じた。
「そうだ。イ・ウーは真に無法。世界のいかなる法も無意味とし、内部にも一切の規律や法規が存在しない。つまりメンバーである限り、どこまでも自由なのだ。イ・ウーのメンバーは好きなだけ強くなり、自らの目的を好きな形で、自由に実現しても構わない。そして――他者がその障害や材料になるのなら、そのものを殺しても、また構わないのだ」
「そんな・・・!そんな、組織が存続出来るわけがない。バラバラの目的を持った強者たちの集団なんて、すぐに内部分裂してつぶし合いになるに決まっている!」
「それは、イ・ウーのリーダー・『
「終わる・・・?」
「リーダーが、『
そう言った兄さんは、再び殺気の籠った目で俺を見据える。
俺は分かった。
ここから先は、覚悟して聞け――
と言っているのだと。
「キンジ。イ・ウーはただの超人育成機関などという生易しいものではない。いかなる軍事国家も手出しできない、超能力を備え、核武装した最悪の戦闘集団なのだ。その中には、
世界への・・・侵略行為だって?
バカな・・・!
そんな、まるで空想小説みたいなことを本気で考えているのか。
「だが、イ・ウーには
……アリアだと?
「アリアはイ・ウーの次期リーダー『
アリアが、イ・ウーのリーダーに選ばれた?!
何を言っているんだ。兄さん。
イ・ウーはアリアの標的で、アリアを苦しめてきたのに、なんでそんなことになっているんだ!?
「アリアをイ・ウーへ導く。そのかわり、素質が無ければ――すなわち弱ければ、殺して別のリーダーを捜す。それが
少し、自嘲するように兄さんはそう言う。
「そんな方法で攫ったところで・・・アリアが、あのアリアが、
「言いなりになる。『
確信を込めて放たれた兄さんの言葉に……俺は、何も言い返せない。
再びこっちに向けられた兄さんの目には深い悲しみの色があった。まるで、この世界そのものに失望したかのような、そんな目をしていた。
「キンジ、何も教えてやれず、姿を消して悪かった。俺は、イ・ウーのやつらを殲滅するために表舞台から消え、奴らの眷属となった。そして、俺は奴らを倒す道を模索した。そして、見つけ出した道の一つが
――『
――
武偵用語の一つで、武偵が強大な組織に挑むとき、その組織を内部分裂させ、敵同士を互いに戦わせて弱体化させる、最も危険な戦術の一つ。しそこなえば、確実に自分が殺されてしまう。
「イ・ウーを内部分裂させるには、先ず奴らを束ねるリーダーがいてはならない。だから俺はリーダー不在の状況を作り出せる可能性を探した。そして見つけたのは2つ。『第一の可能性』は、教授の死と同時にアリアを抹殺し、イ・ウーが新たなリーダーを見つけるまでの空白期間を作ること。そして、『第二の可能性』とは、今代のリーダー――教授の暗殺――」
兄さんが、カナが口にしていた『第二の可能性』とは、奴らのリーダーを殺すというやり方で、イ・ウーを崩壊させる可能性のこと、だったのか。
「すなわち、『第二の可能性』の先には、イ・ウーの『教授』との戦いが待っている。俺は長い、永い夢の中でお前たちならば、もしや、やってくれるのではないかと思い、『第二の可能性』に賭けたつもりだった。だが、その賭けに負けた。パトラごときに不覚を取るような、未熟なお前たちでは、『第二の可能性』は無い。
そして――『第三の可能性』も、間もなく潰えようとしている」
第三の可能性。まだ選択肢があったのか?
「『第三の可能性』―――それは更識楯無に取り込まれた蒼神流無が人格の主導権を取り戻し、なおかつ、風術師として覚醒を遂げた八神和麻と共にその力でイ・ウーを殲滅するというもの。
なッ!?和麻と流無が、イ・ウーを殲滅させる!?
兄さんの言葉はアリアのことと同じくらいの衝撃を俺に与えた。
「キンジ、八神和麻の使う風術。それは他の魔術、超能力とは一線を越えるものだ。揺るがなき信念、意思をもって扱えば、その力は他の追随を許さない。それこそが風術、いや、精霊魔術なのだ。古の精霊魔術師の中には、この世界を創造したとされる
兄さんは輝き始めた夜空を、どこかすがるような目で眺める。
「精霊王より、すべての眷属をゆだねられし者。
――
和麻がそんな、とんでもない存在になるのか?
「更識楯無、蒼神流無。彼女に宿る力が何なのか、俺にもわからない。何せ、更識家は対暗部用暗部の家系。そう簡単に情報は集まらない。イ・ウーにおいても、彼女は存在自体を『教授』自らが秘匿し、限られたものにしか接触させなかったのだから。だが、もし彼女の力と風の
「・・・」
「お前たちは未熟すぎた。『第二の可能性』も『第三の可能性』も無いのなら、俺は『第一の可能性』の道に戻るまでだ」
第一の可能性。それは――アリアの抹殺。
「『第一の可能性』、その先のイ・ウー内の騒乱で更識楯無も深手を負うだろう。その時こそ、彼女を葬る。そうなればイ・ウー崩壊の道が見える」
「兄さん・・・あんた、武偵のくせに・・・人を、それも同じ武偵のアリアと流無を殺して、ことを収めるつもりなのかよ!」
「キンジ。俺は武偵である以前に、遠山家の男だ。遠山の一族は、義の一族。悪――それも巨悪を討つ為ならば、人の死を看過することを厭ってはならない。お前も遠山の男なら、覚えておけ」
話しは終わりだ――と言うように、兄さんは俺に背を向けた。
パトラの力が途切れていくのか、『太陽の船』は、徐々に砂に戻り始めている。
海風に砂が舞い、まるで霧のように、兄さんの姿を隠していく。
「帰れキンジ」
――兄さん。おそらくアリアを殺すために、イ・ウーに行こうとしている兄さんに、俺は――
「イ・ウーはお前の手に負える組織ではない」
道は二つだ。
兄さんに従う道と、アリアを守る道。
前者は、『正義の味方』。誰よりも尊敬する兄さんの言うとおりに、手出しせず、たとえアリアが死のうとも、遠山家の男として義を守る――正義の道。
後者は、アリアを救うこと悪の組織イ・ウーが存続しようと、問答無用でアリアを助ける道。
これは、運命の分かれ道だ。
誰も正しい選択を俺に教えてくれない。
運命と言う波に翻弄される俺をあざ笑うかのように、眼前には大海原しか広がっていない。
まだ立ち去る気配を見せない俺に、砂塵の向こうの兄さんが、背を向けたまま、もう一度、言う。
「帰れキンジ。お前まで死ぬことはない。更識楯無という不確定要素はあるが、俺がうまくやる。犠牲は、流無とアリアで十分だ」
――アリア!
その言葉に、俺は、一切の迷いなくバイクのアクセルを踏む。
砂塵となって崩れつつある『太陽の船』に、フル・スロットルで突っ込む。
アリア。
アリア、アリア!
「待てよ!兄さん!!」
ほとんど前後が見えない中で、俺は兄さんからもらったバタフライ・ナイフを片手で開き大きく振りかぶる。
砂塵で前が見えなかった俺の水上バイクは『太陽の船』の船体に衝突。
バイクから投げ出されつつ――ナイフを――
「ふざ、けるなああああ!!!!」
船体に力いっぱい突き刺す。
そのまま、投げ出された勢いと足がかりのナイフで甲板までよじ登る。
砂塵の向こう側で振り向いた兄さんの目は――
眼光が、怒っていた。
まるで、鬼か、龍の眼。人間を超越した殺気を放っている。
本気で怒っている。
今までで兄さんが俺に怒ったのは、俺が自分の身を危険に曝しかけたときだけだった。
だけど、だけどな、兄さん。
俺も、もう、我慢できないくらい――
怒っているんだ!
「兄さん――あんた分かっているんだろ」
ナイフを収めつつ、こちらを睨み付ける兄さんを、睨み返す。
「なんだかんだ理屈ばかり言ってごまかしているんだ。自分が間違っていることを!弱い自分を、ごまかしているんだ!『義』が本当にあるのなら、正義を掲げるのなら、誰も殺すんじゃねえ!誰も死なせず、誰をも助ける!それが武偵だ!」
「キンジ。それは俺も百万回、いや数えきれないほど考え、同じ数だけ悩んだことなのだ。義というものがそうであれば、どれだけいいかと。だが――義の本質とは、悪の殲滅。力無き、無辜の民を護るためであるのなら犠牲が伴われることもある。いや、伴われることが多いのだ。お前も、それを理解するべき時だ」
「そんな方法で、世界が守られてて・・・いいわけないだろ!」
俺は選んだ。
アリアを助ける道を。
今まで、尊敬し畏怖してきた兄さんに逆らってまで、なんでこんなことをしているのか、よくわからない。
アリアを助けるというこの道は、兄さんを、そして、あのパトラを倒し、その先には・・・イ・ウーの全員を相手にしなければいけないのかもしれない。
イ・ウーの超人たちが畏怖する『教授』も、倒さなければいけないのかもしれない。
とてつもなく険しい道だ。
だけど、だけどな、兄さん。
それが何だっていうんだ。
アリアはずっと昔からそれをやって来たんだ。
アイツは、そんなつらいことを、泣き言ひとつ言わないで、果敢に立ち向かってきたすっげえやつなんだ。
たった一人の大事な母親のために頑張ってきたんだ。
それだけで、いっぱいいっぱいなはずなのに、屋上で、俺のことを、必死で慰めてくれようとした。
何度も俺を助けてくれたんだ!
「キンジ。お前は――たった一人の兄に、逆らうというのか」
「もう、あんたなんか兄さんじゃない・・・!」
「・・・」
熱い、なんだこれは。
「昔の俺が憧れていた――どこまでも正しくて、優しい人間だった俺の兄さんは、あの冬、沈没したアンベリール号で死んだんだ。今のあんたは、現実に屈服したあんたなんか、優しかった兄さんじゃない!正義だの、可能性だの難しいことは関係ない!」
ベレッタを引き抜く。
ただ、それだけの動作なのに、体がものすごく熱くなっていくのを感じる。
だけど、この熱さに包まれていると――
「兄さん・・・いや、元・武偵庁特命武偵、遠山金一!俺は、あんたを!」
あれほど、圧倒的だった兄さんが
「殺人未遂罪の容疑で、逮捕する!」
怖くないと思えた。
崩壊していく『太陽の船』。
その甲板でキンジにベレッタを突きつけられている金一は、表面上は冷静を装っていたが、内心では困惑していた。
「(なんだ、この威圧感は。キンジから発せられているのか)――いいだろう。俺もまだ一つ、確かめていないものがある。お前のそのHSS・・・。それはアリアでなったものだな」
「それが何だってんだ!」
キンジは金一の問いに、金一ですら聞いたことの無い怒気をはらませた声で答えた。
「ッ!――見せてみろ」
その声に金一はわずかに気圧されながらも、攻撃の準備をする。
「この船が沈むまで――残り、15秒と言ったところか。その15秒で、俺はもう一度だけ、お前を試す。お前のその思いが、覚悟が本物かどうか、確かめる。今一度、お前と、あの『緋弾』との絆に賭ける――」
金一の無形で構える。
『
金一の技の一つ。
その名の通り、銃が見えない銃撃。
いつ銃を抜いたのか、いつ狙われたのか、いつ撃たれたのかさえ分からない――反撃はおろか、人間には反応すら一切できない攻撃。
この攻撃の前にはアリアと流無、東京武偵高が誇る
その技の正体は――目にも見えない、超高速の早撃ちだ。
金一の銃はコルト・ピースメーカー。
19世紀前半に開発された、今では博物館にもあるような銃だ。現代の武偵が使うような銃ではないが、あえて金一はこの銃をチョイスした。
なぜなら、コルト・ピースメーカーは――拳銃史上でも一、二を争う、早撃ちに特化した銃なのだ。
構造上、早撃ちと言う曲芸に関しては、
そして、そのコルト・ピースメーカーと、人間のレベルを遥かに凌駕したヒステリアモードの反射神経で、文字通りの眼にもとまらない速度で発砲する。
これこそが『
「!」
ガウンッ!
しかし、今回はキンジの方が速かった。
もとより、ベレッタを構えていたのだ。
兄が『
しかし、それにさえも金一は対応する。
金一もキンジと同じくヒステリアモードを発現させている。
キンジが撃ったよりも、わずかに遅れながらも『
自らの胸の中央に向かってくる
それは、ブラドとの戦いでキンジがやって見せた『
『
『
「(やはり、無理だったか)。眠れキンジ。兄より優れた弟など、いない――」
そう、金一の勝利だった。
キンジの弾丸が、
「――ガハッ!?」
苦悶の声を漏らしたのは――金一。
キンジの弾丸は、纏った炎により加速され、その速度を倍加させながら向かってきたのだ。
そして、加速する銃弾に『
言うなれば、『
キンジの赫怒が、烈火のごとく怒りが、この世界を構成する者達の心を動かしたのだ。
「兄さん。ごめんな」
吹き飛ばされた金一にキンジは呟く。
「兄さんはきっと、間違っていない。キレイ事じゃ片付かない、この世界の辛い真実を認め、葛藤しながらも戦っていたんだろう。でもさ、だからって、俺の気持ちにも、嘘はないんだ。
アイツのためになら、俺はあんたと道をたがえてもいいと思うんだ」
「キン、ジ・・・」
キンジの言葉に、金一は苦しみながらも耳を傾ける。
「アイツは、こんなダメな俺を認めてくれた、大切なパートナーだ。あいつとなら何でもできる気がする。そして、あいつだけじゃない。和麻も流無もきっと戻ってくる。そして、白雪に理子、レキ、ジャンヌ、武偵高で出会えたみんなとなら、どんな奴とでも戦っていける気がするんだ。
これが俺の、『第四の可能性』。
俺たちみんなで、イ・ウー全員を――逮捕する!」
キンジの言葉に、金一はフッ、と笑うと満足げな表情で、
「――お前の勝ちだ。キンジ」
そして、『太陽の船』は崩れ去った。
何かが、聞こえた。
真っ白になりかけた意識に、火がつくのを感じる。
『これは、炎の精霊?目覚めたの?』
この感じは、ああ、あいつだ。
『?こっちも――ッ!』
あいつが戦っている。
根拠はない。
でも、分かる。
『この、蒼い風は――!』
だったら、寝ている場合じゃない。
目え覚ませよ、俺!
こんなところで終わってたまるか。
あいつが戦おうとしているのに、俺がこんな様でいいはずがない。
『――そう、立ち上がるのですね』
見開いた眼の先には、蒼い槍を構える少女。
その無表情に思われた顔には、僅かに歓喜が見える。
「ああ、待たせたな。再開と行こうか――!」
長かった。頑張った。
どうでした?キンジ君大活躍。っていうか少し熱血すぎたかな?原作の面影が・・・
さあ、物語はどんどん加速していきますよ。