「はぁ!」
流無の水の槍がシャーロックに撃ち出される。
その数は十本。その全てがシャーロックの手足や腹へと狙いを定めている。
このすべてを受ければ昏倒、戦闘不能は免れない。
「何かやったのかね?」
しかし、その槍はシャーロックの纏う炎に一瞬で飲み込まれ、水蒸気すら生まれずに消滅した。
その圧倒的な力に、流無は息をのむ。だがそれでも闘志は消えていない。流石は俺の女。
「うおおおおお!!!」
そして親友キンジはシャーロックと同じく炎を纏って突貫する。
キンジには雷球と風の竜巻から生まれた鎌鼬が殺到する。
キンジもシャーロックと同じくその炎で攻撃を燃やすが、シャーロックとの実力、技量の差なのか完全には打ち消すことができずに怪我を負う。
ここから見ただけでも右足に切り傷、左肩に打撲を受けたのが分かる。
それでもキンジは止まらない。バタフライナイフを右手に振りかぶるが、シャーロックは炎を消して霧の中に姿を消す。
バタフライナイフは空振りし、キンジはその場に立ち尽くす。
「キンジ!右だ!!」
風の動きを感じ、それをキンジに大声で伝える。
それを受けてキンジは飛びのき、そこに無数の鎌鼬が襲来する。
しかし、先読みしたように霧の中から火球が飛んでくる。
キンジは火球を受け止めるが、受け止めきれずに弾き飛ばされる。
これはたぶんキンジが扱える精霊の量を超える精霊が込められていたからだろう。
キンジは最近目覚めたばかりの新米炎術師だが、シャーロックは大量の精霊の制御を完璧にこなしていることから、熟練炎術師であることが分かる。
そんなシャーロックの火球はキンジを弾き飛ばすのも、造作もないことだろう。
吹き飛ばされたキンジに追撃するかのごとく、
流無の水の槍より小さいが速度と貫通力が段違いだ。
キンジの炎の鎧でも完全に防ぎきれずに、衝撃でキンジはダメージを受けているみたいだ。
さらに火球、雷球、水鉄砲が次々飛んできて、キンジは避けようとするが転がるだけで躱し切れるわけがない。
「蒼風!」
援護のために蒼風を放つ。
「うっ…」
「ちょ!大丈夫!?」
途端に、とてつもない疲労感に立ちくらみを起こしてしまうがアリアに支えてもらう。
「ああ、なんとか」
少し霞んできた目で再び戦闘に目を向ける。
俺の放った蒼風は、どうやらキンジに向かっていた攻撃を吹き飛ばし、キンジが距離を取る時間を稼ぐことに成功したようだ。
そして、霧の中からシャーロックが姿を現すと、一気にキンジと流無にスクラマ・サクスを振りかぶりながら踏み込んでいく。
横なぎに振るわれた刃を二人はしゃがんでかわすがすぐに返す刃が振るわれる。
狙いは…流無だ。
「きゃっ!」
流無は三叉槍の柄で受けるが、体勢が悪かったのか吹き飛ばされる。
それっきり、流無は起き上がれなくなった。ダメージが限界を迎えたんだ。
俺とアリアは流無に駆け寄る。
流無を抱き起してみれば、その顔にはかなりの疲労が見えた。
先の俺と刀奈の戦いは俺だけじゃなく流無の身体にも致命的な疲労を残していたんだ。
――ギイイインッ!
金属がぶつかり合う音が響き、音のする方に目を向けるとキンジがスクラマ・サクスをナイフで受け止め、斬り結んでいた。
しかし、スクラマ・サクスの重量がかなりあったのかキンジも流無同様に吹き飛ばされる。
「キンジっ!」
吹き飛ばされ、近くに転がってきたキンジにアリアが駆け寄る。
「大丈夫、だ」
心配するアリアに、キンジはそう言うと再び立ち上がる。
そして、ベレッタを構え、シャーロックに向かって躊躇いなく引き金を引いた。
飛び出した銃弾をシャーロックは難なく、スクラマ・サクスで両断するが、キンジは構わずに、続けて二発目を放った。
二発目の銃弾もシャーロックはスクラマ・サクスで両断しようとするが、刃が弾頭に触れたほんの一瞬眉を寄せるのが見えて――銃弾が爆発した。
あれは
キンジはこの武偵弾を兄から託されていたんだが、それを今使ったみたいだ。
今、キンジが撃ったのは炸裂弾。
まるで
だが、シャーロックにこいつは効かない。
凄腕の炎術師であるシャーロックなら炎の精霊の加護で無傷だろう。
「和麻!」
だからこそ、キンジの言葉と共に、おそらく放てる最後になるだろう蒼風を生み出し全力で放つ。
炸裂弾で視界や感覚を封じたうえでの奇襲攻撃だ。
そしてキンジも今のキンジにできる全力の炎を撃ち出す。
爆炎に包まれてシャーロックの姿は見えないが、風がどこに向かって撃つべきなのか教えてくれる。
蒼風に導かれ、キンジの炎もそちらに向かう。
二つの絶大な力は、混じりあい、互いの力を高める。
風に包まれて、炎が蒼く染まり、見るものを魅了し、敵を焼き尽くす蒼炎となる。
シャーロックが操っていた炎を超える威力を持って蒼炎は、爆炎の中のシャーロックにぶつかり炸裂弾以上の大爆発と衝撃を巻き起こす。
蒼い火の粉が舞い散る中、爆発の衝撃に俺たちは必死に耐える。
ここにミサイルがあることにもかまわず、あんな大技をかましたけれど流石にやりすぎたか?
ミサイルに引火とかして木端微塵に吹き飛んだりしないよな?と俺が少しビビっていると――
「―――ッ!!?」
ドクンッ、という鼓動が俺の中で響いた。
まるで俺の中の何かが強大な力に反応しているような、初めて味わう感覚だ。
「嘘…だろ」
キンジが呆然と呟くと同時に、爆炎が吹き荒れ、中からシャーロックが姿を現す。
その体は……無傷だ。
あの蒼炎を受けて怪我どころか服さえ破れていない。
「素晴らしい」
コツコツと足音を鳴らしながら前に出てくるシャーロック。キンジは立ち上がるが、俺と流無はほとんど限界だ。
「素晴らしかったよ。今の攻撃は。あれは風術と炎術の特性を合わせた見事な蒼炎だった。大抵の相手ならあの攻撃で対処できただろう。だけどね――」
パアンッという音が響く。
シャーロックがスクラマ・サクスを床に突き立て、両手で柏手を鳴らした音だ。
そこに炎の精霊が集い始める。
両手を引き離すと、そこに炎の線が引かれ、やがて一本の緋色の剣となる。
「炎の神器。名を『炎雷覇』。この神器を持ち、さらに――」
神器。俺の『蒼穹覇王』みたいな、精霊王が与えたとされる武具。所有者に莫大な精霊を従える権限を与え、その力を増幅する、まさに最強の武器だ。さっきの鼓動は俺の中の『蒼穹覇王』が『炎雷覇』に共鳴したんだ。
そして、シャーロックの炎がさらに勢いを増していく。
シャーロックからとてつもない気が練り上げられていくのが分かる。
それは紅いオーラのように溢れ出し、シャーロックの従える炎の精霊さえもその紅い色に染めていく。
まるで、火山のマグマのごとく紅く、太陽の煌きのように輝くその炎は、さっき俺たちが放った蒼炎に匹敵、いやそれ以上の威圧感だ。
「この神炎『紅炎(こうえん)』を扱う僕には効かないよ」
神炎。
おそらく俺の神風の、炎術師バージョン。
離れていても感じる圧倒的な力はまさに神の炎だ。
俺とキンジが協力してたたき出した威力の攻撃を、奴は一人で出すことができるというのか!?
「――
シャーロックが呟くと同時に、奴を中心に紅の炎が広がっていく。
圧倒的な炎の津波。しかし、シャーロックの立っている床や、近くにあったICBMは無傷だ。火花1つ起きていない。
これはシャーロックが攻撃対象を絞っているからだ。
精霊術師は高位の術者になるほど、その力を完璧に制御する。
物理法則を無視した現象を起こすことなど、造作もないほどに。
そして、俺たちが飲み込まれて無事でいられる保証は――ない。
流石に万事休すかと思った、その瞬間――
――流無から蒼い光が放たれ始めた。
同時に、俺の身体に力が戻ってくる。これは――
「和麻!斬って!!」
その言葉に、俺は風を束ね、右手に具現化させる。
蒼い蒼穹のごとく澄み渡った太刀――神器『蒼穹覇王』を抜き放つ。
「そのまま、振り下ろして。全力で!!」
流無の言葉に従い、切先に今操れる精霊の全てを集め、圧縮する。
そのまま、キンジよりも前に出る。火事場の馬鹿力とはよく言ったもので、さっきまでの疲労を吹き飛ばして、体を動かす。
「ッあああああああああああああああああ!!」
気合一閃。
押し寄せる紅い津波を、縦に斬り裂く。
津波は俺たちのいる場所を避けていき、やがて収まった。
―――おお、我が子よ。恐れることはない。
『魔笛』が、
その綺麗な音色を聴きながら、俺はその場に崩れ落ち、みんなの安全を確認するために振り向く。
キンジとアリアは無事みたいだ。
だが、流無の、正確にはその目を見て、俺は驚いた。
流無の右目は緋色に染まっていた。もとが蒼だったが故に、分かり易い。その目は、まるで刀奈の真紅の瞳みたいだ。
そして、その瞳から、少し感じる術式が展開されている気配。
これを俺は、昔読んだことがある。
高位情報式『バーミリオンの瞳』。
周りの情報をまるでゲームの『
それがなぜ、流無の瞳に?
パチパチパチ――
俺の疑問をよそに、響く拍手の音。
誰がやっているのかなど一目瞭然だ。
「素晴らしい。本当に素晴らしいよ。君たちは僕の攻撃に耐え、紅炎の攻撃すらも防いだ」
手に持っていた炎雷覇を消し、手を叩きながら惜しみない称賛を送るシャーロック。それに嘘偽りはないようだ。
もっとも、俺達の表情は晴れない。
なにせシャーロックの紅炎は最大限に手加減されたものだった。
もしも本気だったら俺たちは灰すらも残さず一瞬で死んでいた。
「君たちとの戦いをもっと楽しみたいところだが、このオペラが
そう言うと、シャーロックの身体が、ぼんやりと光始めた。
あれは、まるでさっきの流無みたいじゃないか!?
「僕が、このイ・ウーを統率できたのはこの力があったからだ。いかに炎術師であり、神炎をつかえると言っても万能じゃない。そもそも炎術とは個人では、その力を十分に発揮できないのだよ」
それはそうだろうな。
炎の精霊は、この世界で一番量が少ないと言っても過言じゃない。
保有するエネルギーは一番多いが、もっとも数の多い風。ついで水や地に比べればその数は少なく、単独では正面から攻撃することしかできないんだ。他者の補助があって、はじめてその力を発揮できるといってもいい。
逆に、風術は攻撃力こそ、四大精霊の中で最弱だが、単独での戦闘に適している。探査範囲、機動性、応用力等々に秀でているからだ。
「しかし、僕はこの力を不用意に使わなかった。『緋色の研究』――緋弾の研究が未完成だったからね」
シャーロックは懐から、一丁の銃を取り出す。
アダムズ1872・マークⅢ。
かつての大英帝国陸軍が使用していた、45口径ダブルアクション拳銃だ。
「お前も、撃てるのか?あの…『緋弾』を」
キンジの問いに、シャーロックは首を横に振る。
「君が言っているのは、おそらく違う現象の事だろう。アリア君が、パトラ君のピラミッドを吹き飛ばしたあの光球――それは、緋弾ではない。古の倭詞で『緋天・緋陽門(ヒテン・ヒヨウモン)』という、緋弾の力を持ちた現象の一つにすぎないのだ」
言いながら、シャーロックは拳銃の
「これが『緋弾』だ」
左手の人差し指と中指に挟んで持ったその銃弾は――血のような、薔薇のような、炎のような――緋色をしている。
「そして、もう一つ」
今度は、中指と薬指に挟んだ銃弾を見せる。それも、緋弾と同じく、緋色をしていたが、緋弾ほど鮮やかな色じゃない。
「これは、特殊な銃弾に緋弾の力を宿したもの、言うなれば『疑似・緋弾』だよ」
少し短いですが、書けました。
うん、シャーロックが完全なるチートになってしまった。これ千冬だろうが束だろうが瞬殺できるな。
『バーミリオンの瞳』は、『やがて魔剱のアリスベル』という作品に登場したものです。世界観がアリアと同じなので出してみました。これからもアリスベル要素を出すかも。
では、また次回。
次回『継承』