――流無と簪が遊びに出ていた日、日本の関東地方のとある山中。
うっそうと生い茂る森が広がるとある山中を、俺は遥香を伴って歩いていた。
夏の日差しが照りつける山中はかなり蒸し暑いが、周囲の大気を調節することで俺たちの周りは快適な気温になるように操作している。
「……」
「……」
俺たちの間に会話はなく、暗い雰囲気が立ち込めている。
いつもなら遥香が勝手に手をつないできたり、腕を組んで来たりするのだがそれすらもない。
なぜなら、これから俺たちが向かうのは忌々しいだけの場所だからだ。
やがて森が終わり、目的地に着いた。
「……おうおう。見事にぼろぼろだな」
そこには、壊された門に荒れ果てた巨大な木造の屋敷が広がっていた。
「もう、来るつもりはなかったんだけどな」
門にかかる表札にうっすらと残る「土御門」の文字。土御門家……俺たちの実家だ。
――同日の夜、和麻たちがいるのとは別の屋敷
戦国時代から立っているといわれても信じてしまいそうな立派な木造の門構え。
その門の扉の前に私が立つと、ゆっくりと門が開いていく。
『『『『『『『『『『――――』』』』』』』』』』
出迎えたのはサングラスに黒い服を着た屈強な男の人たち。
見るからに堅気じゃない雰囲気だけれど、私は怖くない。むしろ、この光景が懐かしかった。だってみんなはこの家、更識家の構成員なのだから。
「ただいま、二年ぶりに生家へ帰ってきました!」
『『『『『『『『『『おかえりなさいませ!お嬢様!!ご無事で何よりです!先々代当主と奥様が奥で待っておられます!』』』』』』』』
「うん。ありがとうね♪みんな」
『『『『『『『『『『もったいなきお言葉です、お嬢様!!』』』』』』』』』』
私は、約二年ぶりに更識家に帰ってきた。
「あ~疲れた」
月明かりに照らされ、夜の帳が広がる立派な日本庭園を眺めながら、私は縁側に腰掛ける。
さっきまで私はお母さんと更識家の先々代当主のお爺様にお会いしていた。
内容は、無事に帰ったことの報告と、今までの経緯の説明。
終止、お母さんとお爺様は私の話を黙って聞いてくれていた。
最後に、和麻と私の関係も話したのだけれど、この話題に関しても二人は何も言ってこなかった。
少し不気味に思ったけれど、休む暇もなく更識の分家や構成員の方々に改めてご挨拶をしてきた。
これがかなり大変だったわ。
更識は昔から存在する名家で、分家とかの数も多く、全員に挨拶をするだけでも一苦労。
しかも、それが終わったら私の帰郷を祝う大宴会が始まってどんちゃん騒ぎまで始まった。
あまりの賑やかさに、私は少し風に当たるために抜け出してきたのだ。
「ここにいたのですか」
縁側でぐてーとしていた私のところに現れたのは、着物を着た女性。
私と同じ長い水色の髪を簪で後ろにまとめた、まさに大和撫子を絵にかいたような人。
名前は――更識葵。私のお母さんだ。
「女の子がそんなところではしたない格好をするものではありませんよ」
「いいでしょー。疲れたし。誰もいないんだしー」
「まったく。あなたって娘は。久しぶりに帰ってきたと思えば図太くなっちゃって」
誰に似たんだか、とため息交じりに、でも少し笑みを浮かべながらお母さんはそう言うと、私の横に腰を下ろす。
その動作の一つ一つに品があって、私から見てもきれい。家の人たちが昔は姫と呼んでいたそうだけれど、納得。
「ねえ。お母さん」
「なんですか?」
視線を上に向けたまま、お母さんに話しかける。
「何で――」
「うん」
私は問いかける。記憶が戻ってからずっと聞きたかったことを。
「何で――お母さんたちは私のことを見逃していたの?」
「……」
「答えて。更識が、お母さんたちが私を、記憶を失って名前が変わっていたとしても、すぐに私だと特定できたはずの蒼神流無を放置していたのは――何で?」
そう。ずっと気になっていた。
戸籍を、履歴を改ざんしたとしても私の存在を更識が見逃すはずがない。ましてや、私が東京武偵高に転入した去年の夏休みから、何のアクションが無かったなんて不自然すぎる。そして、簪ちゃんたちがこのことを知らなかったってことは、お母さんたち更識の上層部が隠ぺいしていたということ。身内にも内緒で。
「……もう、五年になりますね。あなたのお父さん、前更識楯無が任務で亡くなってから」
お母さんは庭を見つめながら話し始める。
私のお父さん、先代の更識楯無は今から五年前に任務を全うしたものの、その時に受けた傷が原因で亡くなった。
それから数年後に、私が新しく楯無を襲名した。そうしなければいけなかった。
世の中はISによる混乱が収まってきた大切な時期。あのとき、日本を陰から支える更識の当主が不在、先々代当主のお爺様におんぶで抱っこの状態なんていくらなんでもまずすぎた。だから、お爺様たちに支えられる形でも、私が当主にならなければいけなかった。
そして、初めての任務に赴いた。
「あなたがあの時、消息不明と聞いたとき、私は後悔しました。いくらなんでも早すぎた。更識の力の衰えなど気にせず、あなたがちゃんと成長するまで。そして、せめて女の子として楽しい時間を過ごしてくれるまで待つべきでした。あなたの願いどおりに」
「お母さん。知ってたの?私の…願い」
「当然です。あなたの私はあなたの母なのですから。いいえ。母などと呼べませんね。娘のあなたにつらいことを背負わせてしまったのに」
そういうと、お母さんは目を伏せる。
そんなお母さんを見ていられなくなった私はそっとお母さんの手を握る。
「…あの日から数日後です。彼が現れました」
「彼?」
「シャーロック・ホームズです」
「!?」
まさか、そこでシャーロックさんの名前が出てくるなんて。…ううん。ありえない話じゃない。ボストーク号の中でシャーロックさんは、色金を保有する者同士で
「彼は私とお爺様に自分の計画を話してくれました。その上で謝罪をし、協力を頼まれました。私たちは悩みました。三日三晩悩み通しました。その上で結論をだし、彼に協力をしたのです。あなたが日本に戻ってきても、何もしないと」
「……」
「あの時、すでに
握っていたお母さんの手が、震えているのが伝わってくる。
「ですが、結局あなただけでなく、簪にもつらい思いをさせてしまいました。母親失格ですね。本当にあなたを、あなたたちを愛しているのなら無理やりにでも連れ戻すべきでした。例え、シャーロックさんと争うことになったとしても」
「お母さん!」
もう見ていられなかった私は、お母さんに抱き着く。
お母さんに抱き着いたのなんて、もう何年も昔のこと。小さいときは大きかったお母さんの体は、とても小さく感じられた。
「大丈夫、私は大丈夫だよ。お母さん。確かにつらいこともあった。悲しいこともあった…」
思い出すのは、上海で和麻を失いそうになったこと、刀奈が消えて行った時のこと。他にもいろいろつらい出来事、苦しいこともあった。でも、
「でも、それと同じ、ううん。それ以上に楽しいこと、うれしいこともあった。嫌なことばかりじゃなかったよ」
和麻と出会ったこと、おじ様に修行をつけてもらったこと、武偵高でたくさんの友達ができたこと……そして、和麻と一つになれたこと。
「全部全部、
私はそれを得ることができた。シャーロックさんのやったことは全部許せるようなことじゃないけれど、私にたくさんの宝物をくれたことには感謝しているんです。そして、お母さんたちにも――感謝しています」
「――!」
私の言葉に、お母さんの震えが収まる。
「もしも、お母さんたちが私を連れ戻していたら、私は何も得ることができずに、また自分一人で抱え込んでいたかもしれない。
それに何より、辛い過去があったから。その過去を乗り越えたから、私はここに帰ってくることができました」
お母さんから少し離れて、顔をまっすぐに見つめる。
「だから、お母さん。そんなに自分を責めないで。……私は、あなたの娘は今ここに元気にしています」
「あ…あああああああああああっっ!!」
お母さんは、私に抱き着いてきました。
そして、しきりに「ごめんなさい」と「ありがとう」を言ってくれた。
「落ち着いた?」
「ええ。娘にあんな姿を見せる日が来るなんて、思いもしませんでしたが」
「ふふ。いいじゃない。かわいかったよ、お母さん♪」
「親をからかうものじゃありませんよ」
泣き止んだお母さんと、私は一緒に月を眺める。
「それで。これからあなたはなんて名乗るつもりなの?」
「しばらくは『流無』って名乗るよ。姓も『蒼神』で。やっぱり武偵高に在学中は武偵としてやっていきたいから。更識のほうも『
「そう。あなたが決めたことなら口出しはしません。自分のやりたいように、やりなさい」
「はい♪」
「そろそろ宴会に戻りましょうか」
縁側から私たちは立ち上がって、宴会会場に歩いていく。
きっとまだ騒いでいるんだろうな。
私が生まれてからあんなに盛り上がった宴会は初めて。
何せ、あの簪ちゃんまで騒いでいたくらいだし。ホント、知らないうちに逞しくなったというか、はっちゃけたというか、昔のおとなしい簪ちゃんはいずこに?
でも、ふすまを開けた私が目にしたのは、予想の斜め上を行く光景だった。
「この料理うまいですね。誰が作ったんですか?」
「ああ。儂の義娘だ。バカ息子が連れてきたのだが、これが気立てがものすごくよくてな。あんな馬鹿にはもったいないくらいじゃと思っとるわい」
お爺様とお母さんの料理談議に花を咲かす和麻。隣にはシャーリーちゃんが羊羹を食べている。
「いいですか、簪ちゃん。年上の兄、姉を引き留めるためにはやはりかわいさで勝負するべきです」
「しかり。でも、餌付けも、大事」
「それもまたしかりです」
何やら怪しげな会話を交わす
「お、遅かったな。流無」
「おお。待っておったぞ」
私を手招きする和麻のところに私は急いで駆け寄る。
「ちょっと!何でここにいるのよ?」
「何でって、用事が済んだから暇していたんだ。だから、お前の家に顔見せに行こうかと思ってな。あ、ここの場所はレイズに聞いた」
はい。万能情報ルームメイト登場。あの子、なんで更識の情報まで知っているのよ。
「いやはや、お前もいい婿殿を連れてきたな。これで更識は安泰じゃ」
ちゃっかりお爺様に認めてもらっている!?
「若がこのように頼もしいとは」
「一時はどんな男か心配だったが」
「ああ。お嬢様を預けるにふさわしいお方だ」
『『『『『『『『『若!お嬢様をよろしくお願いします!!』』』』』』』』』
「おう。任せろ」
ほかの人たちまで。一体何を?
「知りたいですか?」
和麻の隣に座っているシャーリーちゃんがにやりと笑いながら言う。
「い、いえ。いいわ」
「あらそう」
残念ね、と言いながらお茶をすするシャーリーちゃん。……何をしたのか気になるけれど、聞かないほうがいいって私の勘が叫ぶ。
「で、用事ってなんだったの?」
ちょうど、お爺様との話がひと段落した和麻に聞く。
今朝、遥香ちゃんと一緒に出掛けたのを見送ったのだけれど、どこに行くのかは言わなかったのよね。
「ああ。実家」
「え?」
「土御門の実家だよ。何となく、行ってみようと思ってな。見事にぼろぼろの廃墟だったぜ。で、なんか目障りだったから思いっきりぶっ壊してきた。気分爽快だったぜ」
笑いながらそういう和麻。でも、私にはなんとなくわかる。和麻は……けじめをつけに行ったんだ。
過去の自分と、『土御門和麻』と決別をつけに。
和麻がどんな思いを抱いたのかわからない。でも、きっと和麻は前に踏み出せたのだと、私は信じたい。
「よっし、誰か歌うぞ!カラオケセットもってこい!」
「やはり一番は若に!」
「お願いします、若!」
「ふふ。だってさ、わ・か♪」
「おいおい。マジかよ。よっし!流無お前も来い!デュエットだ!」
「おにーちゃんとのデュエットは私のものです!」
「お姉ちゃん、一緒に、歌お?」
その日の宴会は夜遅くまで続いた。
次に目を覚ました時にはもう朝で、使用人たちまで騒いでいたから後片付けが本当に大変だったわ。
おまけ
「祐人」
「なんすか?」
「そういえば君、私の髪を燃やしたわよね」
宴会の最中に、近くに来た風宮祐人を流無は捕まえる。
髪を燃やしたというのは、刀奈戦の時の楯無ジェノサイドのあれである。
「ヴぇ?」
「覚えていないとでも思った?」
「い、いや。あれはドリルでおあいこになったはずでは?」
「あっはっは」
「あ、あっはっは…」
「そ・ん・な・わ・け・な・い・で・しょ」
「戦略的撤退!」
「甘い!蒼霞閃!」
「ぎゃああああ!!!!」
翌朝、彼の姿はどこにもなく、裏庭に首から下を埋められていたという。
結構難作だった帰郷話。
更識母はオリジナルです。モデルは『ぬらりひょんの孫』の遥姫です。
次回「沖縄へ?」