『アメリカが対福音用として艦隊を派遣してくれた。いや~、有り難い有り難い』
「・・・・・」
IS学園の学園長室においてこの報告を受けた十蔵が絶対零度の視線と蔑むような表情と無言の圧力を持って総理への返答とする。通信映像越しに蒼褪めた総理と、同じように蒼褪めながらも両手を合わせて『済まない』と謝罪してくる防衛大臣と官房長官と外務大臣の姿が映る。少なくとも後ろの三人はこれがどういう事態なのか把握しているだけ今は良しとしよう。総理にはあとでたっぷりと話し合いを用意してもらうが………。
「(今は問答する時間が惜しい)了解しました。現場には私の方から」
『い、いつも済まないな』
まだ何か言いかけるところを無理やり画面を切り替えた十蔵は、一度大きく深呼吸するとリアルタイムで話をしていた本来の人物へと視線を戻す。
『………で、学園長。政府は今度は何を?』
入院着姿にヘッドフォンと書類の数々、そして腕に点滴をしている千冬の姿を見ながら十蔵は意を決して口を開いた。
「米海軍が艦隊を派遣したようだ。建前は対福音戦の作戦らしいが………正直、なぜそんなことを政府が許したのか私も頭が痛い」
『・・・・・』
鵜飼総合病院の病室においてこの報告を受けた千冬が絶対零度の視線と蔑むような表情と無言の圧力を持って十蔵への返答とする。
単機で飛び回る相手を捕獲、もしくは破壊せねばならないというのにそれよりも圧倒的に足が遅く、かつ広範囲攻撃を受ければ無駄に損傷が出そうな艦隊を今更引き連れるなど効率が悪い。
それよりももっと問題になるのが現場での指揮系統である。果たして現場で初対面であるIS学園とアメリカ艦隊が足並みを揃えられるのだろうか? こちらの現場指揮官といえば、高確率で初対面の相手を見て直接喧嘩を売るか、挑発して喧嘩を買うかの二択しかないような奴だというのに。
通信越しに冷や汗をかきながら『私だってさっき聞いたばかりなんだよ?』と曖昧そうな笑みで誤魔化そうとする十蔵だったが、そんな彼に対して千冬は更なる追撃を加える。
『・・・・・』
握力トレーニングに使っているグリップを画面の前に差し出し・・・。
『フンッ!!』
―――目の前で粉々に握りつぶされるグリップ―――
「!?」
『・・・・・』
薄く口元に笑みを、こめかみに青筋を作った千冬が通信を一方的に切ってしまう。
『そんなに怒らなくても』と後に取り残された十蔵は戦々恐々としながら、政府連中の不手際を心の底から呪うのであった。
☆
一方、千冬の心配の種である現場の海域では・・・。
「何か反論の余地があるか、ファイルス中佐?」
「・・・・・いえ。すべては私の独断です。如何なる処分も覚悟しております」
艦隊司令部である空母の艦橋において、艦隊司令官でナターシャ・ファイルスの上官である白髭の提督は深々と帽子を被り、目標が潜伏していると思われる海を睨みつけながら、部下の言い分を黙って聞いていた。
そして本来ならば射殺されてもおかしくないほどの重大な軍紀違反を犯しており、それでなくても発見次第即時に拘束され、そのまま営倉送りになった後軍法会議にかけられるのが普通のところを、手錠一つかけずにここまで通され、今もこうやって自分の言い分を黙って聞こうとしてくれている上官に対し、彼女は深い感謝の念を感じずにはおれなかった。
「本来ならお前には然るべき処置があるのが普通………だが見ての通り、我が艦隊は現状特務を賜っており、しかもお前もそれに参加させろ、との上層部の命が下っている」
「!?」
「・・・わかるかナタル? こんな事態になってもまだ上の連中はIS一機を惜しんで、無駄に現場の人間にリスクを背負わせようとしている」
もうすぐ還暦を迎えようとしているその背中に、上層部への激しい怒りが腹の底で渦巻いているのがナターシャにも見て取れていた。
高がIS一機、ともう誰もが思い上がることはできない。少なくともこの艦隊にはそのような人間は今はいないだろう。改修された福音の実際の戦闘力を目の当たりにし、発端である亡国機業の幹部の専用機の性能も思い知らされ、現状IS一機保有していないこの艦隊ではもし万が一福音に強襲されれば成す術がない。
そんなことをわかりきっているというのに、提督は部下たちを引き連れて、しかも日本との国際法を照らし合わせても重大な違反であることも承知の上で、危険を犯してこの海域まで来たのだ。
国からの命令に対して強い忠誠心を持って任務に当たる軍人であっても、彼は人間だ。壁に卵を投げれば割れると承知の上で、壁に投げつけるような真似をする政府に怒りを感じずにはいられないのだ。
「軍人である以上任務に詮索を入れるわけにはいかん。ましてやコントロールが効かない我が国のISを放置するのも論外だ」
「ハッ!」
「…………だからこそ問う」
振り返った提督の瞳に青い怒りの炎が見えた。背筋を伸ばし、それを真剣な表情でナターシャは彼を見つめ返し、彼の問いかけに真っ向から答える。
「お前は、まだこの期に及んで………あんな『ガラクタ(IS)』一機を助けようというのか?」
「…………ハイ」
固い決意を込めた言葉に対して提督が行ったのは反論ではなく平手打ちだった。
「お前は!! 自分が何を言っているのかまだわからんのかナタル!?」
「・・・・・」
殴られた頬が熱を持つが、ナターシャは視線を一切外すことはせずに提督をじっと見つめる。
「お前の我儘が、艦隊の人間すべてを危険に晒すかもしれんのだぞ!?」
「・・・・・我儘ではありません」
提督が言わんとすることは彼女にもよくわかっている。
おそらくそれがこの艦隊の人間全員の共通認識であり、軍籍を捨て築き上げたキャリアをぶち壊し、更には軍法会議にかけられることを覚悟のうえで行うことではないのだろう。自分を除いては・・・。
そして何よりも自分を目にかけて、こうやって心配してくれる目の前の尊敬するべき上官にナターシャは心の底からの想いを述べた。
「私はこの艦隊所属の、私たちの「仲間」を救いたいのです」
「!?」
「『戦場で結んだ絆は何よりも強く分かち難い』………それを私に最初に教えてくれたのは提督ではありませんか?」
「………クッ」
ナターシャに言い負かされた気分になったのか、提督は彼女に背を向けると話を逸らすように話題を変えた。
「・・・で、『IS学園(お客人)』達の様子はどうなんだ?」
「怪我の程度は軽微、ISの損傷も任務遂行に問題になる程ではないとのこと………一人を除いては」
そう。IS学園の対オーガコア部隊のメンバーたちの怪我も専用機の損傷も共に軽微なレベルなのだ。たった一人………いや、ナターシャは黙っているが二人を除いては。
一人は無論、陽太である。
あの後回収されたものの、挙動がおかしいことに気が付いた一夏とラウラの手によってそのまま医務室に直行され、視覚に異常をきたしていることがわかったのだ。本人は『問題ない』と言い張っているが目の見えないIS操縦者を戦場に送り出すことができるはずもない。
幸い、海面に出た直後は真っ暗だった視界だったが、現在は薄らぼんやりと明るさを取り戻しているとのことなので、時間さえおけば回復する見込みは十分にあった。
そしてもう一人、唯一負傷もしておらずISの損傷もほとんどしていないが、精神的なダメージが一番大きかったシャルである。
陽太の目のことを聞いた直後、息を飲んでそのまま動けなくなってしまった彼女を、仲間達がどうしたものかと頭を抱えていたのだ。本来なら作戦行動中のことも含んで叱責せねばならない所だが、これ以上の追及は取り返しのつかない傷を彼女の心に残してしまわないのか? 年若い彼ら彼女達にはそこが限界のようで、気を利かせたナターシャは自分に当てられていた士官室の方にシャルだけを連れ、ほかのメンバーには空母内の作戦会議室の方に待機してもらっていたのだ。
「眼がやられてちゃ出撃は無理そうだな………よりにもよって虎の子のエース殿だってのに」
「ドッペルトモードのバスターライフルから皆を守るために下した彼の機転には驚かされるばかりです。他の者なら間違いなく直撃を受けて私を含めたあの場の全てが消し飛んでいました。むしろこの程度の損害で済んでること自体が幸いなのです」
彼の咄嗟の機転がなければ皆が死んでいたのだ。ナターシャにしてみれば褒めてキスの一つでもくれてあげたい所だ………フロリダの友人は首に縄をつけて引き摺ってこいとのことだったが。
「他国の人間の手を借りるのは気が引けるが、今は贅沢は言えん。なんせ我が艦隊唯一のISが福音なんだからな」
「ハッ! ナターシャ・ファイルス、これより特務任務に就きます!」
一礼して艦橋を後にしようとするナターシャに、提督はため息をつきながら彼女の背中にやけくそ気味の言葉を投げつける。
「やっぱりお前をIS操縦者に………いや、軍人になんてするべきじゃなかったなナタル」
「あらそう? 私、心底軍人になれて良かったと思ってるわよ、父さん?」
一度言い出したら聞かないこの性格だけは幾つになっても変わることはないのか、心配事が絶えない提督はやはり深々とため息を漏らすのであった。
☆
「ナタル! おい、ナタル!!」
環境から出てエレベーターに乗り込んだナターシャを、彼女と同じ色の金色の髪の毛をした男性軍人が呼び止めようとする。だがナターシャは目を閉じながら慣れた口調でこう返答する。
「艦内はお静かに。後、階級を認識した発言を、『大尉』」
「グッ!」
歯が鳴るほど噛み締めてナターシャを睨みつける。父親に似て濃い顔立ちで190を超える長身と端正な顔立ちをした30代中盤のこの大尉が、彼女と同じ色の瞳でナターシャを見下ろすと、引き攣った表情で改めて話しかける。
「ファ………ファイルス『中佐』」
「嘘よ、兄さん」
「!!」
微笑み返してエレベーターに乗り込む自分の『妹』の後を怒り心頭で追いかけ、扉が閉まったと同時に怒りを爆発させた。
「俺を揶揄うのもいい加減にしろナタル!」
「ジョン兄さんが何でもかんでも杓子定規に取りすぎなのよ」
愛称をジョンで呼ばれるこの男。真面目一徹、石頭、クソ頑固………とにかく誰にでも真っ直ぐに接するジャック・ファイルスにとって、小さいころからこうやって10近く年上の自分をおちょくってくる妹の発言や行動には頭にくるものがあった。だが今はそんなことよりも、これから先の彼女の身を案じているのだ。
「お前、これから先どうするつもりだ!? こんなこと提督(父さん)でも庇い切れないぞ! ってか父さんは身内びいきしない人だが」
「そうね。軍人もIS操縦者もクビになるでしょうね。まあ私の知名度と今回の原因が判明しない暴走があるから軍法会議にかけられても有罪にはならないでしょうが」
サラッと自分の行く末を言ってのける妹の態度に、苛立ちが隠せない兄。これまで築き上げたキャリアだってあるというに彼女はそれを簡単に投げ捨ててもいいと言っているのだ。
「そんな簡単な話じゃないだろうが! ISに関わるってことは最先端軍事兵器に関わることだ。守秘義務はどうする!?」
「しばらく監視がつくでしょうけど、一日中部屋に軟禁されるわけじゃなし………なんなら母さんの手伝いをしてもいいわよ?」
「アップルパイの店でも開く気か! 『他の二人』にはなんて言う気だ!?」
米国ミシガン州出身の母が作るご近所で評判の特製アップルパイを、自分の定年後は露店で売り出そうかと去年のクリスマスに冗談のように妹が言っていたことが、まさかそれが現実のものになってしまうのかとジョンは天を仰ぐが、彼はその時に気が付く。
「・・・・・・そうね。あの二人には、なんて説明しよ?」
壁に力なくもたれ掛かる妹の姿に。
「・・・ナタル。お前」
優秀でありながら大事なことは誰にも頼らず自分の意志一つで全て決めてきたナターシャが、今度ばかりはどうしようもないと途方に暮れているのだ。そんな初めて見せる妹の姿………イヤ、ひょっとするとずっと前から自分には見せてこなかっただけの姿に、ジョンは何も言えなくなる。
「だけど今は目の前のことに集中しましょう」
エレベーターが停まり、扉が開くと同時にナターシャは先ほどまでの気弱な表情から、異例の早さで中佐にまで上り詰めた稀代のエリートの女傑に戻り、廊下を早足で歩いていく。そして彼女は対オーガコア部隊が現状待機している会議室ではなく、一直線に自室へと向かったのだ。
「オイ、ナタル!?」
「お静かに大尉」
妹としてではなく上官としての言葉にジョンはまたしても押し黙らされてしまった。
「失礼するわね」
IDを使ってカギを開き、そう一声かけてから部屋に入ったナターシャは、電気をつけてベッドの上でシーツに包まったまま微動だにしないシャルへと歩み寄り、彼女の隣に座って話しかけた。
「本当なら貴女ともっと時間を取って話しをしたかったんだけど、あいにく福音の動きもあるから悠長にしてる時間もないの。だから手っ取り早くいくわね?」
返事もしないシャルに対して一方的に告げると、彼女は突如ジョンのほうへと振り返る。
「ファイルス大尉、命じます。今すぐ部屋から出ていきなさい」
「えっ?」
「駆け足!!」
一方的に捲し立て、ジョンを部屋から追い出して扉を閉めてロックをかけると、彼女は溜息を漏らしてこう愚痴った。
「昔からこういう空気が読めないから、三年も付き合った彼女にフラれるのよ、兄さん?」
ドアの向こうから僅かに聞こえる扉をたたく音と『ナタルッ! こらっ!』と必死に呼びかけてくる声を無視して、再びシャルの隣に座ると話を再開した。
「ごめんなさいね………さて、本題に入りましょう」
「・・・・・・」
一向に何も話さないシャルに対して、ナターシャはずばり、こう切り出す。
「全部吐き出しなさい。何もかも」
僅かに肩が揺れたのをナターシャは見逃さなかった。
「私の声が聞こえているんでしょう。いい加減にして」
「・・・・・・」
「そうやってだんまりを決め込んでも何も解決しないわ。いえ、むしろ時間が差し迫っている分、害悪よ」
「・・・・・・」
「千冬は今のメンバーを全員高く買っているだけど、その理由を私も知りたいの」
「・・・・・・」
「じゃあ言い方を変えましょうか」
両肩を掴み、未だに俯いたままのシャルに向かって、彼女は毅然とした表情でこう告げるのであった。
「私を頼りなさい。だから吐き出して………貴女の何もかもを」
「!?」
「そして一緒に考えましょう。どうすればいいのかを」
真っすぐに自分を見つめてくるナタルの瞳をこの時になってシャルは、初めて正面から見据えることになる。つい先ほどまで気にも留めなかった目の前の女性が急に色づく。
「………で…も…私」
「うん」
「ホントは………ホントは」
だけど、ほとんど初対面みたいな人に対していきなり胸の内を語り辛い。言葉尻が途切れ、それ以上続かないシャルであったが、ナタルはそんな彼女を抱きしめながらとりあえず自分から言葉を紡ぎ、シャルのことをこう告げる。
「陽太君のこと、好き?」
「!!」
一気に顔を真っ赤にして下を向いてしまったシャルの姿から察したのか、今はそれ以上のことを追求せず、ゆっくりと話を進めた。
「好きって気持ちはとても厄介よね。どんなに言い聞かせても操縦が効かなくなることがあるから」
たぶん、今日の自分の行いを言っているのであろう。シャル自身も思い返せば散々だと思う。
ちょっとしたことで浮かれ、初動を誤り、戦闘中は思い込みで自滅、挙句助けに来た陽太を自分の錯乱で負傷させて、最後まで足を引っ張り通してしまった。
おそらくこの戦闘が終われば自分は出撃メンバーから外されるであろう。それだけではなく、ひょっとしたら隊から外される可能性も十分にある。いくら千冬が温情をかけてくれても、自分だって気分次第でこんな危険なことをする人間を最前線には置くことはできないと判断する。
一から自分が築き上げた信頼関係が今日の出来事で全て砕けてしまったのだ。それぐらいのことをしたのだと心底自分自身を軽蔑するシャルであったが、ナターシャは違った。
あっけらかんとした表情と言葉で言い放つ。
「だから、もういいじゃない」
「はあっ?」
「失敗は失敗、反省反省。じゃあ次に進みましょう」
そんな簡単に済ませていい話ではないではないか、と憤ったシャルはナターシャの腕から逃れると、険しい剣幕で彼女に問い詰める。
「失敗とか反省とか………そんな軽く済ませちゃダメじゃないですか!!」
「だって仕方ないじゃない」
若干頬っぺたを膨らませたナターシャはそんなシャルの言葉をこう切り捨てた。
「貴女が陽太君のこと好きなのを止めなさいって言っても聞けないでしょうし、今日の失敗をなかったことにすることもできないじゃない。だったらもうそこを考えても仕方ないじゃない。仕方ないじゃない」
大事なことなので二回言ったようだが、仕方ないといわれても納得できない。なおも食い下がろうとするシャルであったが………。
「でもっ」
「でも禁止ッ!」
両肩をつかんだナターシャの額がシャルの額を強打する。
「イダッ!!」
「自己分析大いに結構。でも今はそういう場合じゃない。だから謝りなさい、誠心誠意」
額を抑えて涙目で悶えるシャルに対して、ナターシャはきっぱりと言い放つ。
「誠心誠意、謝罪するの………『みんな』に」
「み………んな?」
「そう。貴女の隊の人全てに謝りなさい。誠心誠意、土下座は………最後に取っておきましょう」
まあ、みんな良い子そうだからそこまで要求はしないかと呟くと、未だにダメージから復帰できないシャルのでこを摩りながら、ナターシャは大事なことをシャルに思い出してもらおうとする。
「貴女、陽太君だけじゃなくて、ほかのメンバーにも自分の不安とか相談したことないでしょう」
「………えっ?」
「だから思い出してほしい。皆、貴女に何か相談したことなかったかしら?」
「…………」
そう言われたシャルが自分のこれまでを振り返ってみる、ゆっくりとゆっくりと。
『シャル?』
『私は大丈夫だよ』
箒に心配され、ラウラに心配され、義母に心配され、でも曖昧な笑みで自分は誤魔化した。それ以上踏み込ませなかった。むしろ心の何処かで触れてほしくないとすら思ったかもしれない。
これは自分と陽太の問題だから………自分『だけ』の問題だから………。
「これはあくまで私の経験から出た言葉ね」
「………ナターシャさん?」
ニコリと笑ったナターシャは、自分にとって世界で一番大事な人のことを思いながら言葉を紡ぐ。
「私ね、今も昔も宇宙で一番愛してる『ダーリン』がいるんだけど」
「ブホッ!」
ナターシャの口から『ダーリン』とか出てきたため、そういうキャラじゃないと勝手に思っていたシャルが途中で吹き出してしまう。だが特にその様子を気にすることなくナターシャは話を続けてくれた。
「一目惚れよ……出会った当時から私がメロメロで………若かったな、もう彼のことしか頭になくて……彼、軍人で兄とは同期なの。それにお父さんの部下で………だから、私も手っ取り早く軍人になりたくて」
「なりたくて?」
「IS操縦者になったわ」
凄い。物凄くすごい。何がすごいかというと雑誌にも載って世界的に有名な操縦者を生んだ理由が恋だったとか、どうリアクション取ればいいのか判断に困ってしまう。しかし物凄くどこかで聞いたことのあるような流れなだけに、シャルは思わず押し黙ってしまう。誰のことかは自分自身が一番気が付いているだけに、若干動揺して目が泳ぐシャルの様子が面白いのか、ナターシャにも笑みが零れた。
「勢いだけで突っ走って猛アタックして、彼が軍艦に配属になったからって国家代表になって階級上げて同じ艦に配属されるように裏で手回ししたの。もちろん、父とは連日大喧嘩したけど」
「は、はぁ………」
「でね、ある日意中の彼にいつも通り薬入り……ゲフンッ、愛情たっぷりのお弁当届けたときにね、困った表情で彼に言われたのよ」
―――君はそうやってボクのことだけを考えて戦うのかい?―――
「そう聞かれて、私は『ハイ』って即答したんだけど、彼はね、その時初めて怒った表情で私に言ったのよ」
「………なんて、ですか?」
「『だとしたらボクは君のことを軽蔑する。君はここに来るまでどれだけの人の力を借りてきたと思っているんだい? その中には君のお兄さんやお父さんだって含まれているじゃないか。その人達のことも省みれないような女性と、ボクは付き合うことはできない』って」
その時の言葉がショックのあまり、大泣きしてISを装着して艦を飛び出してしまった。二日程逃避行した挙句、無人の島で膝を抱えて泣いていたところにヘリ出迎えが来た。ヘリの扉が開いた瞬間、ボコボコに顔を腫らした彼が笑顔で出迎えてくれた。そして後になって教えられたのだ。
心配した兄が同期の彼と殴り合いの大喧嘩した挙句3日の営倉送りにされたことを。責任を感じた彼がナターシャの都合が悪くならないように適当な嘘をついて除隊覚悟で提督である父に進言していたことを。
あまり付き合いのないはずのナターシャのことを心配し、本来ならば軍籍の剥奪も在りあえたのを考慮して何とかならないかと嘆願していた艦の人間がいたことを。
そんな部下達の言葉を聞き、頭を悩ませた挙句に自分を含めた艦全員の減給と私の二週間の営倉入りで話を済ませた父のことを。
そして何よりも………ただの機械で、彼に近づく道具でしかないと思っていた愛機(ゴスペル)が、自分を心配して必死に救難信号を出していたことを。
「私は思い知らされた。私は私の思いしか見ていなかったこと、………周囲のことを省みることもせずに、自分のことばっかり………そんな私に呆れながらも見捨てることなく付き合ってくれた優しい人達がいるんだってこと。そして決意した」
「…………」
自分の想いだけで空回りして、自分を心配してくれている人たちの気持ちに気が付けないでいた。と、このとき初めてシャルも気が付くことができた。
「嫌われて当然、振り向いてもらえなくて当然。だから生まれ変わろう………ううん。変わろう、自分で誇りを持てる人間にって」
―――彼が『好き』だって、言ってくれる人間にって―――
「それからかな………ISのこと、軍のこと、一からもう一度勉強し直して、気が付いたらタイトルホルダーで世界ランキング上位で一児の母親になってたわ」
「へぇ~~~……………ヴぇエ“ッ!?」
感心していたシャルだったが最後の言葉だけは聞き流せず、思いっきり驚愕する。
「い、いいいいいい一児の……母って」
「………あ、これ、まだ雑誌とかに話してなかったか。ごめんね、びっくりさせちゃって」
「まさか……引退された理由って」
『あの時妊娠2ヶ月だったの』とあっけらかんとするナターシャを今度こそ信じられないものを見る目でシャルが見つめるが、そんなシャルの目を見つめながら若干頬っぺたを膨らませたナターシャがポカポカとシャルを軽くたたきながら愚痴る。
「何よ~~~。人妻で経産婦がIS操縦者しちゃいけないってルールでもあるの!? 清らかな乙女しか乗れないユニコーンじゃあるまいし」
「い、いえ………そういうわけじゃ」
ジャレてくるナターシャを宥めながら、シャルは改めてこのナターシャ・ファイルスという女性から実母や義母とは違った深い慈愛を感じ取る。
「(母さんが暖かい春風で、おかあさんが暖炉の火だったら………この人はまるで陽光みたいだ)」
母性を感じ取れるその仕草は、子を持つ母としてのそれなんだろうか………。
「じゃあ私はここで一旦終わり。次はシャルちゃんの番よ」
改めて自分に問いかけてきた瞳、そこには先ほどまでの慈愛に加わった、一流の操縦者としての強い覚悟と決意が垣間見え、嘘も誤魔化しも彼女には通じないと伝わってくる。
「…………わからないんです」
だからシャルはありのままの今の自分の気持ちを、正直にナターシャにぶちまけることにしてみた。
「ヨウタの気持ちも、そんなヨウタに振り向いてもらえない自分のこれからのことも………ううん、違う」
「・・・・・・」
「ホントは全部わかってる。ヨウタは変わってない、変わらずに私のことを大事に想ってくれてて、周りの皆のことも大事に想ってる。だけど私はそんなのは嫌ッ! 私を一番に想ってほしい! 一番に見てほしい!」
シャルロット・デュノアのありのままの本音。建前を放り投げた、ただの少女としての本音がむなしくナターシャ・ファイルスの私室の中に木霊する。
「でもこんなの唯の私の我儘だ!」
「・・・・・」
「それだけじゃない。ホントは皆にも嫉妬してた」
「・・・・・」
「皆が強くなるための理由があった。私だけがただの我儘で隊にいた。我儘だけで戦ってた………だから、できるだけ皆に迷惑かけたくないから、いつも皆のフォローに回ってた。そしたら皆に頼られる、皆の眩しさを直視しないでいいって………だけど、皆はどんどん強くなって、ヨウタの背中を追いかけだして………私は強くなれなくて、置いて………かれて」
知らず知らずのうちに大粒の涙が彼女が流れ出て、手の甲に落ちていく。
「私だけ取り残されて、でも……それは私が悪くて………私だけが覚悟も理由もなくて………こんな………こんな醜い自分(気持ち)、ヨウタにもラウラにも箒にも誰にも知ってほしくなくて……誰かに、ヨウタに知られたら、私……私」
「『必要とされたい』『だからそのために強くなりたい』………それってそんなに不純なこと?」
シャル自身が『情けない泣き言』と感じていた想いに、ナターシャはその明るい表情を変えることなく答えるのであった。
「世界を救うために戦うことが立派で、好きな男の子に振り向いてもらいたいからISに載ることが不純で、誰かの犠牲になることが綺麗で、自分を好きになってもらうことが醜い………って、誰が決めたのかしら?」
「………だけど」
「決めるのも貴女、踏み出すのも貴女………」
彼女はそう言って立ち上がると、シャルに手を差し出す。
「だから、私には貴女に真実や正解を与えてあげられない」
これはきっと他の人に聞いてはいけない、他人の横顔に問うては意味がなくなること。自分自身に問うべきことだから。
「私がわかることは………結局のところ、貴女には貴女に出来ることを、先ずは一個一個やるしかないんだってこと」
その姿は、どこからいつかの篠ノ之束の姿にダブって見えた。
「深く息をして一歩一歩歩いていくしかないってことだけ」
あの日、運命が自分に手を差し出した日………。
―――『お前は本当に使えないな………自分から『動かない』のか?』―――
彼女の問いかけに、自分は確かにこう答えたはずだ。
―――『出来る出来ないの問題じゃない………私は『やるんだ』!』―――
「!?」
ほとんど無意識のうちに差し出した手を力強く握ったシャルは、今度こそ真っすぐな瞳でナターシャを見た。きっと今まで自分が想像もできないような苦境もあっただろうに、彼女はそんなこと微塵も感じさせない綺麗なエメラルドは、不思議とどこか安心感を感じさせ、そして自分の決意に勇気を与えてくれているような気にさせてくれた。
「私、皆に謝ってきます」
答えはまだ見つからない。迷いがなくなったわけではない。状況が好転した訳ではない。福音との戦闘に光明が見えたわけではない。
だけど今の自分には力が漲っている。立ち上がろうという気力が湧き上がってくる。
「よし! まずは皆に謝って………ヨウタはいいか! いつも私に散々心配かけ通しなんだし!」
そう言ってダッシュで部屋を飛び出すシャルの背中に苦笑しながらナターシャもゆっくりと腰を上げて声をかける。
「ヨウタ君には一番謝りなさい。一応今回の一番の重傷者よ!」
元気を取り戻したはいいが、やはり一筋縄には素直になれないシャルを見て彼女は笑みが零れてしまう。
さっきまであれほど心細さで捩じ切れそうになっていたというのに、今は素直になれないものがむき出しになってああやって走り出せるようになっている。あれがきっと彼女の本来の姿なのだろう。
「私の若い頃にそっくり…………ヤダ、これっておばさんみたいな発言よ、私?」
そそっかしくて、一途で、危なげで、でも諦めずに前進し続ける意思を前に、頼もしさと自分が歳食ったという軽いショックを同時に受けるナターシャであった。
☆
「ハイ、ハイ………わかりました」
スマフォで連絡を取っていたラウラが通話を終了すると、作戦会議室に待機しているメンバー達のほうを振り返る。
「織斑先生は何と?」
「…………協力して作戦にあたってくれ………とのことだ」
肩に包帯が巻かれたセシリアの問いかけにラウラが苦い表情で返答する。
「千冬さんも納得してない………って感じ?」
「当たり前だ!」
頬っぺたに絆創膏を張った鈴の問いかけに怒りが隠せないラウラが語尾を荒げてしまう。別に縄張り意識などと言う気はないが、自分達が守っている場所に他所の軍が断りもなしに入ってきて、共同戦線と宣いながら好き勝手されて面白いはずがない。現にこうやって会議室に押し込められて、歩き回るなと念を押しておきながらすでに数十分が立つというのに誰一人連絡をよこしてくる気配もない。
「これだから米国はっ!!」
「どうどう、ラウラ」
ドイツとの共同開発した試作品をあんな形で使われたラウラとしては、今回の件が相当頭にきているのか握り拳を作り壁を幾度も殴打する。
一方、窓から外を眺めながら黄昏る箒に、心配そうな一夏が話しかけた。
「シャルのこと、やっぱり気になるか箒」
「・・・ああ」
シャルを暴走させたのは自分だ、戦闘中に聞くべきことではなかった。なのにそんな彼女に自分はキツイ言葉をぶつけて余計に傷つけるような真似をしてしまった。と落ち込む箒の頭上に、『お前のせいじゃ~!!』と叫ぶ小人ヨウタが三人ほど嬉々として走り回っているのが一夏には見え………たような気がした。
「箒の責任じゃない、気が付けなかったのは俺も同じさ」
「いや、こうなる前に如何にかする様に千冬さんに言われていたというのに………情けない」
「だからさ・・・その・・・なんでも責任背負い込もうとするの、良くないぞ」
だがそんな箒の言葉を一夏は遮り、両肩に手を置くと真っすぐに彼女の瞳を見つめながらもっと自分にも頼ってほしいと声に出した。
「もっと俺を、仲間を頼れよ箒。一人で何でも決めちゃってたら、仲間いる意味がないだろ?」
「そ、それは………」
「頼りないかもしれないけどさ、一緒に悩む頭ぐらいはあるんだぜ、俺だって」
「・・・一夏」
子供の頃と変わらないその笑顔は今の箒にはとても眩しいものに見えた。肝心な時に引っ込み思案になってしまう自分の手をいつも引っ張ってくれた。そんな一夏は変わらない笑顔のまま、力強く成長した瞳で皆にこれからどうするのか言い放つ。
「陽太は無理にでも出撃するって言うだろうけど、絶対に俺たちだけで福音は止めなきゃな」
「・・・ああ」
箒だけではない、二人のやり取りを見ていたセシリアとラウラ、そして若干拗ねたように口を尖らせる鈴がそれぞれ頷く中、一夏はこれからの方針を決めるために作戦会議を始めようとする。
「早く作戦を終わらせて打ち上げパーティーだ。箒の誕生日祝いを兼ねてな!」
箒がこの言葉に胸が高鳴る。まさかそんなことまで考えていてくれたのか、ひょっとしてずっと今日はそのことを考えていてくれたのか、そんな淡い想いが彼女に胸に溢れた。
「すっかり日にちを忘れてたトコを虚さんが教えてくれたんだ、無駄には出来ないしさ!」
・・・・・・一瞬で真っ白になりながら固まる箒と、そんな彼女にそっと近寄って背中を摩って鈴が慰めるのであった。
割といつも通り乙女心をブロークンしたことに気が付かない一夏が、箒の変化の理由がわからずに首をかしげる中、会議室のドアが突然開く。
「・・・皆ッ」
そこに息を切らして入ってきたシャルと、彼女に余裕で追いついてきたナターシャが同時に入室し、シャルに皆の視線が集中する。
「………勝手な行動と皆を危険に晒してしまったこと、ごめんなさい」
開口一番、頭を深く下げて謝罪の言葉を述べるシャルであったが、一夏や箒はそんな彼女にこれ以上気に病む必要はないと口に出そうとした。
「・・・それで?」
だが、そんなシャルの謝罪を鼻で笑うようにワザとらしいポーズを決めて彼女の前に立ったのは、意外にもラウラや鈴でもなく、冷たい表情をしたセシリアであった。
「そうやって頭を下げてしまえば事が済むと本気で思っているのかしら、シャルロットさん?」
「ちょ、ちょっと待てよ!」
「一夏」
一夏が堪り兼ねて止めようとするが、今度は鈴がそんな一夏を止めに入る。
「(何で止めるんだよ!? 今からまた戦闘になるかもしれないって時に!)」
「(バカ一夏!? だからセシリアが聞いてんのよ! また同じことしたら、今度こそシャルが立ち直れないでしょうが!!)」
小声で睨み合いながら言い合う二人を尻目に、セシリアは冷めた視線でシャルを見ながら、彼女の行動を批難する。
「今回の失態は高くつきますわよシャルロットさん? 本来ならこんな手間をかけずに作戦はつつがなく陽太さんの勝利で終了していたでしょうから」
「・・・・・・」
「それだけではありません。作戦開始直後から浮かれ、動揺して初動が遅れ、思い込みから被弾、しまいには錯乱してのあの行動・・・どう申し開きするおつもりなんでしょうか?」
セシリアとてこんなことは本当なら言いたくはない。だがおそらく誰かが口に出して言わねば隊内の風紀………命がけの戦闘を日夜繰り広げている自分達だからこそ、一つの選択次第で仲間の命が危険に晒されてしまうという意識が薄らいでしまう。失敗してもちょっと謝れば許されていい、これは間違いなのだ。
「わたくし残念なことに、目の前の事に全力を尽くせない人と生死は共にできませんのよ?」
自分が命を預けるのなら、心からの信頼を置きたいセシリアの問いかけに、シャルは頭を上げ瞳を真っすぐに見据えながら答えた。
「大事なことをホントに大事にできるセシリアのそういう所、いつも皆の身の安全を第一に考えるラウラのこと」
「!?」
「仲間の気持ちを察してくれる鈴のこと、そして優しさをいつだって失わない一夏と箒のこと」
―――いつだって、自分達に勇気を示して道を切り開く背中を見せてくれるヨウタ(アイツ)のこと―――
「ごめんなさい。皆が思うほど私、綺麗な人間じゃなかった・・・皆に嫉妬してた」
「・・・シャル?」
「・・・シャルロットさん」
シャルの思わない告白に動じる一夏とセシリア達に、シャルも困ったような笑顔を浮かべながら話をつづけた。
「私だけ、こうやって笑ってるだけだ、って」
「違うッ! シャルだって・・・」
鵜飼総合病院で、心が砕けそうになっていた自分を支えてくれたのは婦長の言葉とシャルの暖かさだったと誰よりも信じている箒がシャルに詰め寄るが、そんな彼女にシャルは力強い笑みを浮かべてこう述べる。
「だから、今日こそ私、自分でちゃんと立ちたい。自分が皆の仲間なんだって誇りたいから」
自分のIS………待機状態のラファール・ヴィエルジェを握りしめながら、シャルはいきなり話の本題を切り出す。
「福音とのリベンジ、私が最前線に立つよ」
「なっ!?」
予想外の言葉に動揺した一夏が、彼女に考え直すように言葉を切り出した。
「最前線は俺の仕事だろ!? 格闘戦なら…」
「福音が行ったエネルギー吸収現象………あれってコア・ネットワークから疑似バイパスを形成してやったことなんですよね、ナターシャさん」
少女達の話し合いを黙って見つめていたナターシャがここで初めて口を開く。
「そうよ。だから恐らく一度リンクしたISが近寄ると今度はもっと早くエネルギーが吸収される危険があるわ」
「だったら一夏の白式はダメだよ。ツインドライブとの相性が悪すぎる」
「グッ!?」
あのドッペルトモードでのバスターライフルの砲撃を直に見た人間として、あの攻撃を再度撃たせるわけにはいかないことは重々承知しているだけに、一夏は言葉を繋げることができない。
「そういう意味じゃ箒もダメだ。紅椿はエネルギー量が多い上に単一仕様能力が白式同様に相性が良くない」
「だが、しかし!?」
普段ならば最前線で敵に格闘戦を挑む二機が揃って対峙できないという状況にも、シャルは諦めずに作戦を考え続ける。
「最前線で私が福音の足を止める。援護はセシリアとラウラでお願い」
「・・・信用してもよろしいのですね?」
「うん。信用して・・・ううん、私はセシリアを信頼してる。命を預けてもいい」
シャルのこの言葉に気をよくしたのか、セシリアは髪をかき上げながら笑顔でこう答えた。
「ではその信頼に、このセシリア・オルコットも応えねばなりませんわね?」
「うん!」
二人の間の空気がいつものものになる中、では自分はどうすればいいのかと鈴が指さすが、シャルは彼女を見てセシリアとの間に交互に指を往復して告げる。
「鈴はセシリアを載せて。甲龍・風神ならIS一機牽引した状態でも福音と機動力で互角以上で戦えるはずだから」
「ええ~~。また私が運転手?」
不満そうに口を尖らせる鈴であったが、陽太の次にダメージがあり、まだ若干傷が痛む中で格闘戦が行えない以上、取るべき選択肢が限られているので、それ以上の文句も出しようがない。
「今回、テストで使用しようとしてた新型モジュールを使って私が福音と一対一で…」
「異議有りだ、シャル?」
「ラウラ?」
シャルの作戦に異を唱えたラウラが、得意げな表情で笑いながらシャルの提案に意見を加える。
「前線は私も立つ。2対1だ」
「ラウラ・・・?」
普段は後方から砲撃を加える役目を受け持つラウラが前線に立つというのだ。彼女の実力はよく知っているが福音に速度差で翻弄されてしまわないかと心配する皆に、ラウラは携帯端末を見せつけながら言い放つ。
「倉持からだ。『注文してたモノ、現場に直接輸送させてます』」
その一文によって、ラウラがなぜここまで満面なドヤ顔ができるのか、ナターシャを除いた皆が一同に納得する。
「『アレ』、出来たのか」
「出来たのか、『アレ』」
「奈良橋先生泣かした『アレ』よね?」
「特注過ぎて調整に手間取ってらっしゃった『アレ』ですわよね?」
「・・・いきなり実戦使用していいのかな、『アレ』って」
「『アレ』? 何のことなの一体」
意味が分からないナターシャが『アレ』について問いかけるが、対オーガコア部隊のメンバーは乾いた笑みを浮かべるだけで応えようとはしない。
「私が『暴龍帝(あの女)』との戦闘を想定して制作してもらっていた秘密兵器です中佐………心配しないでください、自信があります」
いつになく力強く頷くラウラは、意気揚々と作戦が纏まったということで早速出撃の準備に取り掛かろうとする。
「さあ出撃………そういえば陽太は何処だ?」
先ほどから姿が見えなかった陽太のことを思い出したラウラが箒達に問いかける中、彼女達も姿が見えないことに首をかしげるのみだった。
「医務室で治療を受けてるはずだけど………そういえば遅くない?」
医務室で爆睡でもしてるんじゃないのかと鈴が思うが、シャルは表情を変えて慌て出した。
「私、途中で医務室寄ってきたけどヨウタの姿がなかったから、てっきりこっちに来てるのかとばかり……」
「なにッ!?」
まさか、一人で出撃してしまったのかと心配するメンバーたちが急ぎ会議室を飛び出すのであった。
☆
「・・・・・うむ」
一方、皆に心配されているとは露知らず、呑気に欠伸をしながら空母の看板で昼寝をしていた陽太は、起き上がると包帯で巻かれて覆い隠された瞳のまま、ゆっくりと振り返る。
「珍しいな」
誰もいないはずの空母の影になっている部分に話しかけたとき、懐かしい声が彼の耳を打った。
「視覚の一時的な負傷だと聞いておりましたが、まさかそれでも私に気が付くとは………相変わらず忌々しいほどそういう部分は発達しているようですね?」
カンカンッと杖で行き先を突きながら歩いてくる瞳を閉じた幼い少女………篠ノ之束の助手を自称し、千冬すら認める整備士としての腕を持つ人物。
彼女から『くーちゃん』と言われ、陽太も『くー』と呼ぶ、本名『クロエ・クロニクル』は、忌々しそうな表情を浮かべたまま陽太に近寄ってくる。
「相変わらずはお前だ、産廃生産マシーン」
「貴方がいない間に、私は進化したのですよ火鳥陽太!!」
『レトルトのご飯を使ってレトルトのカレーが作れるようになりました』と胸を張る少女を、心底どうでもいいといった思いで聞き流した陽太は、彼女にあることを問いただす。
「長く問答する気はない」
「珍しく意見が合いましたね」
本当に珍しく同意の意見を述べるくーに対して、吐き捨てるように陽太は問いかけた。
「じゃあ遠慮なく・・・福音を暴走させたのは束か?」
ISは自分の子、と宣いながら戦いの道具として利用する束のやり方に反吐が出ると言わんばかりの陽太であったが、そんな彼にくーは真剣な面持ちではっきりと告げる。
「今回のことに関してははっきりと『ノー』とお答えします。私が直接会いに来たのも貴方に誤解をされたくないという束様のご意向だからです」
「口ではどうとでも言えるわな」
今一つ信用しない陽太に業を煮やしたのか、くーは舌打ちしながら振り返ると、話は終わったと言わんばかりに歩き出そうとするが、陽太は更なる質問を背中に投げつけた。
「ついでに答えろ。束は何企んでる? 世界に自分の先公の遺志を支配させるとか言ってたが、具体的にどうするつもりなんだ?」
「私が敵である貴方にそれを教えるとでも?」
「・・・もったいぶってるだけで、ホントはお前だって知らされてないだろうがよ」
「!?」
陽太の挑発に激高するくーであったが、そんな彼女だからこそ陽太は聞かねばならないことがあるのだ。
「お前、束に付き合って、世界にケンカ売る気か?」
「当然のことです。束様が望まれるのであれば私は如何なることも叶えて差し上げます」
「・・・・・・わかってるはずだ。束はお前の事すら利用するかもしれないんだぞ」
身近な知り合いですら道具扱いするかもしれない、陽太が危惧するが、くーはそんな彼の心配する気持ちを他所に、鼻で笑い飛ばしながら言い張った。
「それこそ何を今更・・・利用大いに結構。私は貴方と違い、束様のお役に立てるというのであれば喜んで実験でも犯罪でもお付き合いいたしますし、望まれるのであればこの命、直ちにあの方に『お返し』します」
それがあの人に拾われた者のあるべき姿だろうと、同じく束に拾われておきながら平然と彼女を裏切った陽太を批難し、吹いてきた風と共に姿を消し去ってしまうのであった。
そして後に残された、去った場所を見つめながら静かに言葉を漏らすのであった。
「俺達がそういうことしちまったら・・・・・・余計にアイツ、ホントに皆の中に戻れなくなっちまうだろうが、アホ娘が」
久しぶりのくーちゃん登場でしたが、やっぱり陽太とは仲良くなれない。いや、口喧嘩レベルでは仲良いのか? この二人、束に拾われたという共通点からはどっちかというと兄妹に近いんでしょうね
さてさて、シャルさんの復活ですが、今回はホントにキツイ。すごく頭ひねった割にはうまく書けてる実感がない
そして太陽の翼におけるナターシャさんの設定盛り合わせ。人妻経産婦操縦者だっていたっていいじゃいか!
次回は色々問題になりそうなラウラさんの『アレ』の登場
そしてシャルさんの新型武装のお披露目です