IS インフィニット・ストラトス 〜太陽の翼〜   作:フゥ太

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この章残すところ後2話。

さてさて、今回はとりあえずナターシャさんと「彼」との関係が明かされます


では、お楽しみください


そして戦いを終えて

 

 

 

 

「戻ってきました!」

 

 海岸線において、一隻の巡洋艦の姿を双眼鏡で確認した真耶は、その船から出されたボートの上に対オーガコア部隊のメンバー達の姿があることに安堵し、ため息が漏れた。

 

「まったく………戦闘になると私達はこうやって無事に帰ってきてくれることを祈ることしかできませんな」

 

 そしてもう一人、奈良橋教諭は教え子達が命がけの戦いをしている最中に、自分はせいぜい怪我をしないよう祈ることしかできない自分の不甲斐無さを自嘲したが、隣にいた真耶は首をゆっくりと横に振るとこう述べる。

 

「違いますよ奈良橋先生………最初は、あの子達が戦っていても、だれも見向きもしませんでした」

「山田先生?」

「私もオペレーターをしていましたが………正直言えば、オーガコアと戦えといつ言われないかビクビクしていたのかもしれません。身体を張って戦っているのはあの子たちなのに、私は自分自身の心配ばかりして」

 

 自分勝手な先生でした。と自嘲しながらも、彼女は言葉を続ける。

「だけど最近は違うんです。少しずつですが、学園の内外であの子達の戦いが認められるようになってきました」

「………」

「そして私、思うんです………私は教師という立場ですが、むしろ教えられているのは私のほうなんだって。諦めない………その大切さを私はあの子達から教えてもらってるんです」

 

 だからこそ、彼女は今もIS学園において教鞭をとり続けている。

 副担任と指令代行という二足の草鞋をとりながら、こうやってオペレーターもこなす真耶ではあるが、職務の忙しさは常に感じるし、自信を無くしそうになる場面などよく遭遇するが、不思議とこの職を辞めたいと思うことはなくなっていた。常に今の自分に何ができるのか考えながら動き、必要な知識や技能は貪欲に欲しがるようになっていたのだ。

 

「あの子達がいなかったら、私、奈良橋先生のことをよく知ろうともしなかったはずです。こうやってお話しして、先生は絶えず子供たちのことを考えてらっしゃる人なんだってことも、今は本気で子供たちのためにバックアップに尽力してくれる方なんだってことも」

「………山田先生」

「…………あっ」

 

 自分は何を口走っているのだろうか? 急に恥ずかしくなって赤面しだす真耶であったが、そんな彼女に奈良橋は深々と頭を下げ、こう謝罪する。

 

「貴方は素晴らしい先生だ。山田先生」

「い、いえ! 奈良橋先生のほうこそ!」

「いえ、山田先生だって素晴らしい!!」

「いえいえ!! 私なんてただの若輩者でして……やっぱり奈良橋先生のほうがっ!!」

 

 互いに向き合い、謎の謙遜合戦を繰り広げる二人に向かって、船着き場に寄せられた船から飛び降りた陽太は、疲れた表情でこう述べる。

 

「何、生徒の前で新米女教師をナンパしてんだよ、とっつぁん?」

「「!?」」

 

 驚愕して声がしたほうに振り返る二人であったが、降りてきた面々はそんな二人にツッコミを入れる気力すらない様子でトボトボと歩きながら、それぞれに愚痴りだす。

 

「腹減った」

「わたくしはお風呂に入りたいですわ」

「てか、私もう寝たい」

「一日中飛び回っててフワフワするぜ」

「確かに、今日はなかなか過酷な戦いだったが………」

「何を気を抜いてるお前達!? 報告書がまだ済んでいないぞ!!」

 

 まとめ役のラウラのセリフは、箒を除く面々からウンザリした表情を返されてしまう。唯一気を利かせたシャルが『まあまあ』と宥めるが、後から降りてきたナターシャは、いまだボートの上にいる父である提督に険しい表情を送りながら問いかけた。

 

「………提督」

「………なんだ?」

 

 剣呑とした雰囲気の二人に、随伴してきたファイルス大尉はおろか、からかわれ頬を赤く染めていた奈良橋と真耶すらも息を飲んで二人の言葉のやり取りを静かに見守る。

 

「私は福音に二度命を救われました。それをなかったことにすることはできません」

「……………」

「軍人として国を裏切る気はありません。家族として父である貴方を裏切る気もありません。ですが……」

「もういい」

 

 帽子を深々と被りなおした提督は、ナターシャに背を向けるとこう話を切り出す。

 

「俺達の賜った本来の任務は、『銀の福音の暴走の停止、もしくは破壊』だ。機体が停止したのなら、凍結解体は俺の独断だ………本国帰還まではその処理は待ってやる」

「!?」

「ただし、温情はそこまでだ。信頼を失った福音の処置をどうするのか、査問会でお前が弁明するしかないぞ」

 

 軍人であることを辞められない父親の背中から、福音と娘への複雑な気持ちが滲みで、ナターシャはそれ以上の言葉を続けることができない。本来ならば待ったなしで機体を破壊してもおかしくない状況でありながら、それをしないことが先程見せた福音の行動への恩返しなのだ。だが父親は命令を厳守するが、決して人の気持ちを汲み取れない人間でもない。そのことだけでも示してくれたことにナターシャは素直に無言で頭を下げることで彼への礼とする。

 そして再びIS学園側へと向き直り、彼らへの感謝を述べようとする中、そこへ一台の白い乗用車が猛スピードで船着き場へと侵入してくる。

 

「ん? あれって」

「カール先生のじゃない?」

 

 陽太が嫌な表情になる中、停車した車から慌てた様子で出てきたカールを目にし、彼は頭を掻きむしりながら面倒臭そうに言い放つ。

 

「悪い、今回も無茶したけど後遺症はない。ホントだぞ? ちゃんと空母の軍医からお墨付きもらってるから………」

 

 どうも、また無茶をしたことを問い詰められるのかと思ってさっそく言い訳を始める陽太と、彼の背後から『そう言わずに診断されなさい』とシャルが注意するが、そんな二人に目も暮れず、ほかのメンバーのことも目も暮れず、彼は一目散に走り去る。そして同じように駆け出したナターシャと………。

 

 

 ―――抱き合ったかと思うとその場で熱いキスをし始めるのであった―――

 

 

「おおっ」

『!?』

 

 驚きの声を素直に上げた陽太を除いた学園全員が赤面して硬直する中、二人は何度もキスを重ね、数度目にしてようやく両方顔を離すと、潤んだ瞳で互いを見つめあって言葉を交わし始める。

 

「千冬から話を聞いて飛んできた。怪我はなかったのかいナタル?」

「ええっ………『アナタ』の方こそ大丈夫なの? 少し痩せた? ちゃんとご飯食べてる?」

 

 『アナタ』というイントネーションから、シャルは脳内に電撃が流れたかのような衝撃が走り、彼女は衝撃の事実を知る。

 

 

「(か、カール先生の奥さんって………ナターシャさんだったの!?)」

 

 

 前々から秘かに気になっていたカールの奥さんとはどんな人なのかと勝手に想像していただけに、まさかそれが世界的に有名なIS操縦者だったなんて、予想外にもほどがあった。

 だが二人は完全に自分の世界を作り上げると、そんな周囲の視線なんぞ全く気にしないでイチャイチャし続けるのであった。

 

「昔から君は無茶ばかりしていたから、話を聞いたときは正直心臓に悪かったよ」

「ごめんなさいアナタ………また心配かけちゃって」

「もういい。こうやって君を抱きしめられたんだから」

「私だって………愛してるわカール」

 

 見つめあったかと思うと再び熱いベーゼを交わす二人に、陽太が『ご機嫌ですな。ケッ』と吐き捨てる中、二人が作ったラブラブワールドに鼻息を荒くした男が無遠慮に怒声をもって割って入る。

 

「カァァァァルゥゥゥゥゥーーー!!」

「ジョン?」

 

 カールの首根っこをつかんで妹から引き剥がすと、久しぶりに会った元同僚であり親友であり、義理の弟でもある男に鼻っ面をくっつけ、彼は怒鳴り上げる。

 

「俺の前でナタルとイチャつくなとあれほど言っているだろうが!!」

「あっ、す、すまない。つい………キミも元気そうで何よりだよ」

「俺を振り回す妹(コイツ)のせいで悠長に落ち込んでる暇すらないわ!」

「何よ兄さん? 夫婦の間に勝手に割って入ってこないで」

 

 不機嫌そうに兄を睨みながら手だけで犬猫のように追い払おうとするナターシャであったが、兄の後ろから更に険しい表情となった提督(ちち)が顔を出し、先ほどまでとは違った意味での険悪な空気が二人の間で流れる。

 

「…………カール」

「ハッ! 艦長(キャプ)!!」

 

 元軍人らしく敬礼で挨拶するカールだったが、瞬時に怒鳴り声を張り上げる。

 

「俺はもうお前の上官じゃねェッ!!」

「ハッ! 申し訳ありませんお義父さん!」

「俺はまだお前と娘との結婚に納得したわけじゃねぇっ!!」

「あっ…………いや、その……」

「世話になった上官の娘に手を出すような不届き者、五体満足に艦から降ろしてやっただけでも感謝しろ!!」

「(ああ、結局はそこが原因なのね)」

 

 冷や汗をかきながら元上官からの追及に困惑するカールとファイルス家男子の様子を見ながら、大体の事情を察したIS学園一同が心の中でツッコミを入れる。ようは目を掛けていた部下が可愛がっていた長女を射止めたことが気に入らないのだ。しかもどうにも惚れて猛烈なアタックを掛けたのがナターシャであることが更に気に入らないらしく、諸手を振って引き剥がして彼女の不興を買いたくもなく、結果的にこうやって言葉でネチネチと嫌味を言うレベルで留めているようである。

 

「しかも勝手に日本なんぞに行きやがって………お前は娘を何だと思っている!」

「それについては職務と事情が……申し訳ありません」

「まさか若い娘に現を抜かしてるんじゃないだろうな!? お前は昔から妙に女にモテやがるからな!」

「もうやめて二人とも! てか、兄さんがモテないのはゴリラ面してるからでしょう!?」

 

 『ご、ゴリラ面!?』と妹の指摘を受けてハートブレイクする中、ナターシャは兄に背を向けてスマフォで何処かに連絡を入れ始める。その間も夫は実父にネチネチと嫌味を言われ続けるが、やがて連絡がつくと2、3と言葉を交わし、彼女はスマフォをぞんざいに父親に投げ渡すのであった。

 

「父さん、電話に出て」

「な、なんだ一体………」

 

 娘の言葉に怪訝な表情となる提督は、電話口の相手に威圧的な言葉で問いかける。

 

「………誰だ?」

『グランパ(お爺ちゃん)ッ!?』

 

 だが、電話口の向こうから聞こえてきた幼く愛らしい声に表情を一変させ、提督はだらしなく頬を緩めながら電話口の向こうの相手に話しかけた。

 

「ニーニャ! おお、地上に舞い降りた私のかわいい天使ッ!!」

 

 物凄いオーバーなリアクションと愛情たっぷりの笑顔を提督は見せる。そう、さっきまでの不機嫌そうな表情も、空母の艦橋で見せていた威厳ある佇まいも全てかなぐり捨てた、一人の孫バカジジィがここにいた。

 

『グランパッ! またダディ(お父さん)をいじめたでしょう!?』

 

 が、そんな祖父の気持ちなんぞ知ったことかと、愛らしい子猫のような声をした少女は電話口の向こうからでもわかるほど怒りで総毛立たせた感じで問い詰めてくる。

 

「い、いや。待ちなさいニーニャ………私がそんなことする訳…」

『ママが言ってたもの! 『またダディをグランパがイジメてる』って!?』

「!?」

 

 いらぬことを言った娘を睨みつける提督であったが、時すでに遅し、怒りに燃える孫娘は怒涛の勢いで祖父を電話一本で追い込んでいく。

 

『もうグランパとは口きかない! 一緒に絵本読んであげない! お食事も別々! あとジョンおじさんと一緒で匂い臭い!』

「クサイッ!?」

 

 姪からの思わぬ言葉に涙目になるジョンを慰めつつ、真っ白に固まった提督から無言でスマフォを拝借したカールは、愛する妻同様に愛する娘に優しい声色で語りかけた。

 

「やあ、ボクのリトル・レディ(小さなお姫様)?」

『ダディッ!』

 

 祖父とは態度を一変し、心底嬉しそうな声で話しかけてくる愛娘にはカールも知らず知らずのうちに笑顔を浮かべてしまう。普段は日本にいるために幼い娘には寂しい想いをさせてしまっているという負い目があるだけに、電話口の向こうでどんな表情を浮かべているのかわかってしまい、それがかえって胸を切なく締め付けてくる。

 

『今どこにいるの? いじめられてるならニーニャがすぐに助けに行ってあげるよ!』

「パパは大丈夫。お爺ちゃんも厳しいことを言われるけど、それも全部パパを思って言ってくれてることだからね」

『………ホント?』

「ああ、ホントだとも。パパは元気にしてるよ………ニーニャのほうこそ元気にしてるかい?」

『………ダディが一緒じゃないから寂しい。ママも今はいないからグランマ(お祖母ちゃん)とナニー(家政婦)のおば様だけ』

 

 心底寂しそうにしている娘に、彼は少しだけ目頭が熱くなるのを感じながらも一生懸命と言葉を紡ぐ、

 

「そうか………お仕事忙しくてパパは帰れないからね。お爺ちゃんはそれをパパに叱ってくれていただけさ」

『………ダディ』

「だけどねニーニャ。これだけは覚えておいてほしい………パパはこの星のどこにいたって、ママと君を心から愛してる」

『………ママとニーニャのどっちを愛してる?』

 

 娘の思わぬ質問に表情を変えたのはむしろそばで聞き耳を立てていた母親のほうであったが、苦笑したカールはそんな娘にこう返した。

 

「それは難しい質問だね。ニーニャは太陽とお月様がどっちが大切かって聞かれたらなんて答える?」

『………どっちも大事』

「そうだよ。太陽がなければ空を見上げても意味がないし、お月様がなかったらパパは夜に迷ってしまう。どっちもいてくれて、パパは本当に幸せなんだ」

『………うん。わかったわ』

「賢いニーニャ、君はいつか立派なレディになれる。今度はその時にパパが君に質問するかもしれないね。『パパとそのボーイフレンドのどっちを愛してる?』って」

「大丈夫………ニーニャはダディのお嫁さんになるもん!」

 

 微笑ましい解答に笑顔になったカールは、父親として愛情が籠ったセリフを送るのであった。

 

「ありがとうボクのリトル・レディ。さあ、可愛らしい顔でこれ以上怒らないで………今、ママに代わるね」

『あっ! ママだけまたダディと一緒だっ! ズールーイーッ!!』

 

 電話口の向こうで再び口を尖らせた娘に苦笑しながらもスマフォをナターシャに渡したカールであったが、その時、ようやくIS学園のメンバーから好奇な視線を送られていることに気が付く。

 

「………あっ、よ、陽太くん!? ケガは大丈夫?」

「…………確かナターシャ・ファイルスって、千冬さんと同い年だったよなシャル?」

「…………うん」

 

 隣に立っていたシャルが呆けながらも頷く様を見て、陽太は半目になりながらカールに問いかけた。

 

「…………結婚何年目?」

「えっ? な、7年………目…だが」

 

 指折り数えながら何かを数秒考えた陽太は、学生達を円を組んでヒソヒソとこう語りだした。

 

「聞きました皆さん? この人、もうすぐ三十路前だって時に十代の娘さんに手を出したんですって」

「ちょっと、待ちなさい!! キミ達は今、大いに誤解している!!」

 

 自分のことで何か良からぬ誤解をしているのではないのかと焦り出すカールに対して、主に陽太と鈴の二人が疑念の視線と辛辣な言葉を浴びせ続ける。

 

「私、テュクス先生って、そういうことはしない人だと思ってたのになー?」

「ヤブ医者先生も、一皮むけば下半身か」

「やめなさい陽太君。君のそれは非常に危ない発言だ」

「………で、最初に押し倒したのってどっちだったんですか?」

「鳳君もだ!」

 

 鈴の言葉を聞いて頬を赤く染めて照れるナターシャとは対照的に、生徒には語りたくないことが多数ある過去を根掘り葉掘りとほじくり返されるのだけは避けたいカールが珍しく焦った表情で言葉を遮りにかかるが、すでに陽太は興味をなくしたかのように旅館に向かって歩き出すのであった。

 

「………色々としんどくなってきたから寝るわ」

 

 頭をポリポリと掻きむしりながら歩きだす面々を見て、本当に戦闘の疲労が濃いようで、自分の職務を忠実に行った方がいいのかと迷いだすカールであった。

 

「てか、色々有り過ぎてもうほんと休みたいんだが」

「ダメだ。報告書が先だ」

「おーにーらーうーらー」

「陽太も鈴もキチンと提出してもらう」

 

 鬼監督官のラウラが一歩も譲らない姿勢を見せる中、なんとか話に加わろうとするカールが千冬から預かった伝言をそっと伝える。

 

「千冬から『報告書は後日提出で構わない』との伝言を預かっているよ皆………あ、それとさっきの件だが」

「うし。さんくす」

 

 短い単語で返事だけすると、さっさと歩きだす生徒達に不安になったカールは急いで後を追いかけようとするが、愛する妻とその家族をほっぽり出すこともできず、右往左往して動けなくなってしまう。

 対して、疲れ果てた頭を抱えた対オーガコア部隊一行は旅館に向かって歩き出しながら、淡々とした感じで会話を続ける。

 

「朝からいきなりダブルヘッダー出撃食らったと思ったら、福音の暴走で」

「福音の暴走の原因は仲間を助けようとしていた。いや、心を閉ざした状態で一種の錯乱状態だったな」

「そして、シャルさんの言葉で正気を取り戻されましたわ」

「そんでそのあと、どっからかミサイルが飛んできて」

「おそらくロシア方面からだな。ドイツにいたころ、そのような対IS兵器の開発の噂は聞いたことがある」

「福音が再起動、自分の意志で皆を守って………私達のISも、自分達の意志だけで展開した」

 

 陽太、箒、セシリア、一夏、ラウラ、鈴がそれぞれ首を捻りながら今朝を起こった出来事を口にし、そしてシャルは待機状態の自分のヴィエルジェを眺めながら、こうポツリとつぶやいた。

 

 

 

「ISって…………一体なんなんだろう?」

 

 

 

 特に今まで強く考えたこともないシャルは、自分が使っている兵器に対してある種の疑念を覚えていたのだ。これは本当に『兵器』なのだろうかと?

 本当にただの兵器であるというのであれば、仲間を思って暴走したりはしない。ましてや自己犠牲の精神で救ったり、助けに行ったりできるはずもない。

 

「これじゃあ………ISって私達と変わらないみたいじゃ……ないのかな?」

 

 心があって、誰かを想ってくれる存在を、果たして自分達は今まで通り兵器だと言い張れるのか? そう接することができるのか? 疑問符が頭からこびり付いて離れないシャルは、隣にいる陽太の方を静かに見た。

 

「・・・・・」

 

 待機状態のブレイズを見ながら、陽太はシャルにこう語りかけた。

 

「そうか………長いこと忘れてたな。お前らは周りじゃ『兵器』って呼ばれてたの」

「?」

「俺の出番全部奪った件………今日のところは『お姉ちゃん』に免じて勘弁してやるよ、『相棒』」

 

穏やかそうにそう語る陽太の横顔を見たシャルは、改めてなぜ陽太が自分達操縦者の中で突出して強いのか、その理由の一端が分かった気がする。

 彼は最初からISのことを兵器として扱ってなどおらず、こうやって時々『相棒』と気軽に声をかけていた。時々戦闘中にISと会話しているときもあった。

 

「(ああ………そうか。そうだったんだ)」

 

 陽太はこの戦いの最中、ただの一度も『撃墜』や『破壊』という言葉を福音に対して使わなかった。あくまで『止める』とだけ言い、本当にそのためだけに戦い続けていた。

 徹底して最後までISは一人格を有するものである、というスタンスを崩さない彼の姿に、シャルは自分も待機状態のヴィエルジェを眺めながら、静かに語りかける。

 

「ねえヴィエルジェ………お姉さんが助かって、嬉しい?」

 

 あの可愛らしい少女であるのなら当然『嬉しい』と答えてくれるのかもしれないが、今のシャルには彼女と自由に話をするだけの能力を持っていない。だけどいつか必ず彼女と自由に会話してみたい、今はそう強く願う。

 

 ―――自分の目の前を歩く陽太の背中―――

 

「いつか………必ず追いついてみせるから」

「ん?」

 

 誰にも聞こえないぐらいの小声であったため、陽太にもその声は気が付かれることはなかったが、この瞬間、今まで戦う理由がはっきりとしなかった少女が、確かな戦う理由を見つけたのかもしれないのであった。

 

 

 

 ☆

 

 

 

 その後、夕方前という中途半端な時間に警戒が解除されたIS学園生徒たちはそのまま自由時間となり、各自が好きに自分の時間を過ごすことになる。

 ある生徒は夕暮れまでの短い時間を海水浴にあて、あるものはお土産の購入をし、あるものは海の幸を楽しむために近場の漁港まで足を延ばしたりしていた。

 そんな中で戦闘の疲労によって動けなくなった対オーガコア部隊のメンバー達は、ほぼ全員が夕飯前までの時間まで泥のように眠りこけ、眠気眼で夕飯をとると、再び早々と眠りにつくために先に入浴を済ませようとしていた。

 

「しっかし、わかんないものよね~~?」

 

 脱衣所の籠の中に上着を入れた鈴が、背筋を伸ばしながら隣のセシリアに問いかけた。

 

「………そうですわね」

 

 旅館が備えていた浴衣を脱ぎ、黒色の下着姿になりながら髪を結いあげていたセシリアは、待機状態のブルーティアーズに触れながらも鈴と同じことを考えていた。

 

「エネルギーがほとんどない状態から再起動しただけではなく、我々操縦者の意思なしで稼働し、考えもしなかった同時稼働による合体を成し、自分の意思で福音を助けにいった」

 

 隠すものなど何もない、と言わんばかりに全裸になったラウラが脱衣所にあった体重計に乗りながらも考え込む。

 

「ISには明確に意思がある………学園の授業でも教えられていたが………数年来、操縦者を行っているが、そのような場面に出くわしたことが私にはない」

 

 いつものポニーテールを外し、バスタオルだけの姿になった箒が手首に巻かれた待機状態の紅椿を見て、今まで考えもしなかったこのISの意思というものが、いったいどんなものなのかを気になりだし、隣にいたシャルは下着姿のまま、あることを思い出す。

 

「………戦闘中、私はヴィエルジェと話したのかもしれない」

『?』

 

 シャルの思わぬ発言に全員が一斉に注目するが、彼女自身すぐさまその視線に気が付き、動揺しながらも注釈を付け加える。

 

「で、でも………はっきりと何か話したとかじゃなくて………なんだろうかな~?」

「はっきりしなさいよ! アンタだけよ、ISと会話してるの!!」

 

 鈴が煮え切れないシャルの態度に腹を立てるが、手を振ってシャルは否定する。

 

「全然……私なんかよりも、陽太の方がずっと会話してるみたいだよ」

「えっ? それマジ?」

 

 シャルの言葉に鈴がまたしても考え込むが、セシリアとラウラは何か思い当たることあったのか、首をひねりながらも普段の彼の様子を思い出しながら語りだした。

 

「そういえば時々戦闘中に誰かとお話しされてるようなことも………」

「私たちの中でランクSはヨウタだけだ……いや、だからこそ適正Sなのか?」

 

 彼の圧倒的な強さの源………ISを操縦するための適性が陽太だけ頭一つ以上飛びぬけて高いことは、ひょっとしてそのあたりに関係しているのだろうか? ラウラが考え込むが、箒も何かを思い出し、全員に言い放つ。

 

「そういえば以前一夏も言っていた……『箒は自分のISと話しないのか?』と」

「一夏が?」

 

 幼馴染の何気ない言葉を聞き流していた箒であったが、あれはひょっとすると一夏自身がISと会話していたからのものだったのではないのか? 現に箒が『何の話だ?』と言い返すと一夏は不思議そうな顔のまましばし押し黙ると『いや、何でもない』と言葉を濁してしまった。

 

「一夏の伸び率も最近では尋常ではない………ひょっとすると、私達はただ技術を磨いておればそれでいいというわけでもないのかもしれないな」

 

 ラウラの言葉がこの場にいた全員の心に響く。操縦者としての技量を伸ばすことは大事なことだという認識は改めることはしないが、自分達が何を操縦しているのか? いや、そもそも『操縦』しているという認識すら正しいことではないのかもしれない。

 自分達と一緒に戦ってくれている『者』が何者なのか、自分達はちゃんと知らないといけないのかもしれないのだ、めいめいが思っていた。

 

「(とりあえずお風呂から出たらヨウタに聞いてみよう)」

 

 ゆっくりと疲れをいやして、改めて話しかけてみようと決めるが、割と長風呂で有名なシャルロットが風呂から上がるころには陽太が夢の世界に旅立ちそうなものである。気分を直し、改めて日本の温泉を楽しもうとバスタオルに髪を結いあげた状態のシャルが風呂場の入り口を開けた瞬間であった。

 

 

「はぁ~~~! 良いお湯だったわ」

「流石親方様ご推薦の温泉………筆舌に尽くしがたし」

「あとは、温泉名物のアイスをたらふく食べるだけだね~」

「(なんでフォルゴーレって、暴飲暴食の限りを尽くしてるのに脂肪が胸にしかつかないのかしら?)」

 

 

 バスタオル姿で髪をツインテールからシニヨンに変更したフリューゲル、首からタオルをかけただけの豪快な格好のスピアー、フリューゲルと同じ格好と髪型ながら圧倒的な二つの質量を揺らせるフォルゴーレと、そんな彼女の体質に怒りすら覚えるリューリュクが入れ違う形で風呂場から出てきたのだ。

 

 

「「「「「あっ」」」」」

「「「「えっ?」」」」

 

 

 五人と四人が同時に互いを認識し、数秒間硬直状態となる。

 

 夕暮れのセミの声が木霊し、獅子落としの音が鳴り響く中、最初に互いの指をさし合わせたのは鈴とフリューゲルであった。

 

「「ああああっーーー! ムカつく貧乳女ッ!!」」

 

 陽太がいれば間違いなく『自虐?』と言いそうなセリフを吐きあうが、お前にだけは言われたくないと一瞬で怒り心頭となった鈴とフリューゲルは、互いの拳と拳を激突させあいながら取っ組み合いを始める。

 

「誰に向かって口きいてるの、金色まな板!?」

「誰が貧乳だ、大陸産の絶壁がっ!?」

 

 拳と額をこすり合わせて犬歯剥き出しにする美少女(笑)達は、必死になって胸をこすり合わせようとするが致命的に距離が足りない………なぜそこであえて胸の張り合いをしようとしたのかは、恐らく語られることはないのだろう。

 一方、そんな二人の言い争いに対して、リューリュクはサラッと毒のあるセリフを投げかける。

 

「止めたらどうですかお二人とも。どう頑張っても無いモノはないんですから」

「「ヴああん?」」

 

 女性とは思えない低重音な唸り声で向き合う二人に対して、リューリュクは胸の谷間を強調するようなポーズをとりながら言い放つ。

 

「フォルほどじゃありませんが、私だってホラ………中々立派ではありませんか?」

 

 隠れEカップの進言は伊達ではない。自分たちに無いモノを見て怯んでしまう鈴とフリューゲルの二人は、みるみるうちに目じりに涙が溜まりだす。久しぶりの勝利の予感にリューリュクが愉悦な表情となりかける………が。

 

「確かにご立派ですわね………その見事な『大根』な太ももは」

 

 セシリアが明後日の方角を見ながらリューリュクが気にしてならないことを言うものだから、顔面を引き攣らせながらなんとか立ち直ったリューリュクも負けじと言い返す。

 

「あら、あなたのその不必要なぐらいに大きな『お尻』には負けてしまいますよ」

「んまっ!?」

 

 互いに毒を吐き散らしあったバランス派の二人の間に激しい火花がぶつかり合い、またしてもIS学園と竜騎兵達の間に不穏な空気が流れ出した。

 そんな中で天然組のスピアーとラウラは、『胸』というキーワードを考えながら十代少女たちの中でもトップクラスな二人の背後をとりながら互いに問いかけた。

 

「胸だけならば、うちのコイツは大したものだぞ」

「にゃあっ!?」

 

 女性としては大柄な分類になるスピアーの手から零れるほどに豊満に育ったフォルゴーレの巨乳を背後から持ち上げるようにIS学園サイドに見せつける。

 

「こちらもこんな感じで、大きさだけならば負けてはいない」

「ラウラッ!?」

 

 女性としては小柄であるラウラの手では抱えられないほどに実った、姉譲りの巨乳を下から掬い上げられ、箒は顔を真っ赤にしながらラウラを怒鳴り散らす。

 巨乳組が、その羨望してやまないものを盛大に揺らす様を見て、なぜか真っ白になりながら硬直する二人の様子にシャルは苦笑いを浮かべるが、彼女はここにきてあることに気が付く。

 

「ちょっと待って、皆」

 

 全員に緊張した面持ちで静止の声を上げるシャルの異様な様子に、皆が黙り込む。

 

「貴方達がここにいるということは………」

 

 辺りを見回して『その姿』を何とか見つけようとするが、シャルが誰を探しているのかいち早く気が付いたフォルゴーレは、親切にも彼女の探し人の居場所を教えてくれるのであった。

 

「親方様なら隣の湯だよ。親方様はお一人で温泉にゆっくりと浸かりたいんだってさ」

 

 フォルゴーレの言葉に、とある二名が『私が一緒に入ってお背中をお流ししたかったのに』と悔し涙を浮かべるのを完全に無視し、シャルは顔面蒼白になりながら隣の湯を見つめる。

 

「隣の湯って…………おとこ」

 

 

 ―――『きゃあああああああっ!!』―――

 

 

 男湯からまるで乙女のような男子二名の悲鳴が聞こえたのはその直後であった。

 

 

 

 

 

 ☆

 

 

 

 

「………ふぅ」

「………はぁ」

 

 同時に頭を洗い終えた陽太と一夏は、さっぱりとした気持ち良さを味わいながら、続けて身体を洗い始める。男子湯は騒がしい女子湯と違い静かな音しか流れてこない。これも人数の多さから入浴時間に制限がある女子生徒とは違い、旅館に現在宿泊している男子は自分達と奈良橋教諭だけだからだ。仮にカールがこの温泉を使ったとしてもそれでも僅かに四人だけ。誰に気を使う必要もないこの空間は、ある意味男子だけの特権と言えた。

 

「………なあ、陽太?」

「………なんじゃい?」

 

 泡立てたタオルで身体をこすりつつ一夏が陽太に問いかける。

 

「………もしもさ」

「………ん?」

「………もしもの話、IS達が俺達人間のこと、嫌いになったらどうする?」

 

 一夏の思わぬ問いかけに、身体を洗う手を止めて隣に目をやる。

 

「どうした、藪から棒に?」

「………思ったんだ」

 

 そして一夏も身体を洗う手を止めると、排水溝に流れて混んでいく泡を眺めながら話を続ける。

 

「今日、俺達はIS達に全部助けてもらった」

「…………」

「それだけじゃない。福音を見捨てようって話し合いをしてた時に、福音が俺達を助けてくれて、しかもその後白式やブレイズブレードが自分達で福音を助けてくれたわけだけどさ………もし、あの時、IS達が再起動しなかったら、福音のことを誰も助けに行こうとしなかったら、IS達はその後も俺達と一緒に戦ってくれたのかなって」

 

 身体を洗う手を再び動かし始めた一夏は、まるで不安をかき消したいかのように桶にためたお湯で身体の泡を洗い流すと、隠せない不安を陽太に問いかける。

 

「家族を助けてくれない奴を誰が助けてやるもんか、って気持ちだったら………俺も何となくわかるからさ」

「…………お前さ」

 

 そして陽太もいつの間にか身体を洗い終え、身体の泡をお湯で洗い流すと、隣の一夏を眺めながらこう言い放った。

 

「通常状態は小さいのな」

「何を見て言ったっ!?」

 

 何ってナニじゃない? っと返す陽太に憤慨する一夏であったが、桶に水をためて自分にぶっかけてくる陽太の行動に言葉を封じられる。

 

「どりゃ」

「冷ッ!?」

 

 いきなりの冷水に身体を震わせる一夏であったが、そんな一夏に対して如何にも自信あります、といった感じで陽太は肩にタオルをかけた状態で立ち上がると、堂々と『全部』見せて宣言する。

 

「フッ………ユニコーン一夏など俺の敵ではない。大きさも色艶、持久力だってホントは俺のほうが上よ」

「何の自慢だよ、ソレ!?」

「肝っ玉ちっさいこと気にするなって話だよ」

 

 身体を洗い終えた陽太は、いまだに頬っぺたに湿布をつけた状態の笑みを浮かべると、別段不安なんて感じる必要などないといった面持ちで歩き出した。

 

「ISが敵になるかもって………お前は自分の相棒信じてないのか?」

「そんなことない!!」

 

 力強く、絶対に俺は白式を信じている。と表情で訴えてくる一夏に、陽太は笑いながら安心しろよという言葉をつけるのであった。

 

「安心しろ。だったらISが俺達を裏切ることなんてねぇよ」

「でもよ………」

「仮にIS達が俺達を信じられなくなってもだ………俺達が信じることを止めなきゃ、それでいいじゃないか」

 

 信じてもらえなくなったから、信じることを止める………のではなく、信じれてもらえなくなりそうだからこそ、自分達が何よりも信じる必要があるんだろう。そう言い聞かせるような陽太の言葉に、一夏も安心感を覚え、軽口を叩く。

 

「信じるって………今日の誰かさんみたいな目が見えない状態でも戦える、なんて言う奴のことブレイズブレードは信じてたのかよ?」

「………今日の誰かさんみたいに福音のエネルギータンクにしかなってなかったようじゃ、白式も愛想尽かすかもな」

 

 本日の戦闘であんまりな戦績だったことをほじくり返され、半泣き状態の一夏が露天風呂に向かう陽太の後を追いかける。

 

「あれは!?」

「言い訳なんざすんな! てか、あのままやっても俺が普通に勝ってたわ! でもそれじゃあ福音の暴走が止まらんだけの話で!?」

 

 

 

「そうだね。視界のハンデがあったようだが、君なら五分の確率で勝利していただろう」

 

 

 ―――男湯の露天風呂に、堂々と入浴するアレキサンドラ・リキュール―――

 

 

「「・・・・・・・」」

 

 内風呂と露天風呂を仕切る戸を開けて外に出た瞬間に、彼女が待ち構えていたかのように言い放つものだから、二人はしばし硬直してしまう。

 

「だが、もっといかんのは、そもそもがあんな小娘に気をやって注意力を散漫にすることだ。どうしてバニシング・ドライブを使って速攻で決着を着けにいかなかった、陽太君?」

 

 湯船に浸かりながら旅館ではなく竜騎兵達が用意したと思われる日本酒を飲みつつ、髪を結い上げて火照って若干赤く染めた頬をさせたアレキサンドラ・リキュールは、陽太に向かって尚説教を続けようとした。

 

「筋量が以前よりも上がっているな。おそらく反射速度も上昇していたのだろう………修行の中間段階での実戦だっただけに、自分の感覚の誤差を図ろうとしたのか? だとするなら、ウエイトをつけた状態で近接戦闘の訓練をするといい。君は接近戦に時々足元のブレーキングが疎かになる。それでは敵の反撃に対して体勢を崩してしまうよ………攻防は一体だ。技術は何も独立していない………高速飛行時の抜群のバランス感覚を生かせるようにならないと………どうした?」

 

 ワナワナと震える年下男子二名の様子に首をかしげたアレキサンドラ・リキュールであったが、直後、男子二名は抱き合いながら絹を裂いたかのような乙女チックな悲鳴を上げる。

 

「「きゃあああああああっ!!」」

 

 まさかこんなところに全裸の女性がいるとは考えもしていなかったとはいえ、中々可愛い声を上げる男の子二名である。

 一方、そんな男子二名を新種の動物を見るかのような珍しそうな表情をして見つめていたアレキサンドラ・リキュールは、ようやくこの時に自分達がお互いに裸であることに気が付き、ヤレヤレといった表情で優しく諭す。

 

「湯にタオルや服をつけるのは御法度だろう?」

「そういうことじゃないわ!!」

 

 陽太がすかさずツッコミを入れるが、彼女は湯から立ち上がると、見せつけるように歩き出す。

 

「どうしたんだ二人とも………裸の女は初めてだというのか?」

「なっ!?」

「いや、そ、そうじゃなくて……」

「………なんだ。二人ともまだ〇貞か」

 

 恥ずかしげもなく女性がそういうことを言い放つものだから、聞いていた一夏の方が赤面してしまう。だがそんな一夏に対して、姉の元親友である彼女はゆっくりと近寄り、彼の目の前まで来ると屈んで問いかけてきた。

 

「なんなら………」

 

 ―――真っ赤なルージュが魅惑の言葉を紡ぎだし―――

 ―――揺れる二つの水蜜桃は、今まで見たことのないサイズ―――

 ―――縊れた腰回り、キュっと上がったヒップ、鍛え上げられたプロポーションは垂れるなどという現象を一切感じさせない―――

 ―――額の刀傷のほかに無数の傷が薄っすらと見える肌でありながら、彼女が見せてくるのは極上の色香を放つまごうことなき美女のものであった―――

 

「私で『女の味』を知ってみるかい?」

「っ!!」

 

 否が応でも意識させられてしまうほどの艶やかな色気を出すアレキサンドラ・リキュールの言葉に、不覚にも一夏が思わず股間をタオルで隠してしまう中、隣の陽太は負けてたまるものかと、彼女に言い放つ。

 

「ざけんなブスッ! お前みたいな恐竜女の相手なんてしてたまるか!」

 

 女性相手に待たしても禁止ワードを吐く陽太であったが、そんな陽太を上から下にゆっくりと視線を落としたアレキサンドラ・リキュールは、やがて彼の股間を見ながら微笑みを浮かべてこう言い放った。

 

 

 

 

 

「おや………随分と可愛らしい『坊や』だ」

 

 > バ ー サ ー カ ー は ザ ラ キ を と な え た !

 

「ッ!!!!!!!!」

 

 > 陽 太 (童〇特有の強がり)は 死 ん で し ま っ た !

 

 

 

 

 

 

 一瞬でその場に崩れ落ち、地面に蹲りながらブツブツと言い出す陽太の姿に、彼の気持ちは同じ男の子としてよくわかる一夏が彼を揺さぶりながら必死に呼びかける。

 

「だ、だれか!? ザオラルを!! いや、ザオリクを!?」

 

 あいにく蘇生呪文を扱える者がいないのが現状である。

 そして一瞬で彼相手にまたしても連勝記録を伸ばしたアレキサンドラ・リキュールは、歩きながら二人の少年にこう言い残す。

 

「明日の午後、予定を開けておきたまえ………おいしいランチをご馳走しよう。今回の戦いのご褒美だ」

「何っ!?」

 

 一夏が何のことだと聞き返すと、彼女はまたしても微笑みながらこう言い返すのだ。

 

「今回のご褒美だと言っているだろ? 正午に港に来ていなさい。部下に案内させよう」

 

 それだけ言い残すと、アレキサンドラ・リキュールは、風呂場から脱衣所へと歩を進める。

 脱衣所に一人立つと、どこからか現れた竜騎兵四名が手際よく、彼女の身体を拭き、彼女の髪を乾かし、ドライヤーを当てながら髪形を整えると、浴衣を着せて準備を終わらせ、彼女が再び歩き出すとその背後に付き従うのであった。

 

「ん?」

 

 そして男湯の前で入っていいものなのかどうか真剣に迷っていたシャルたちと目が合うと、しばし見つめあってから、今度は意地悪そうな笑みを浮かべて言い放った。

 

「流石の私も疲れたよ」

「「「「「!?」」」」」

「若い少年二人にその若さをぶつけられてはな………相当欲求不満だったのかな?」

『なっ!?』

 

 真っ白になって固まるシャル達………特にシャルと箒に強烈な衝撃を与える発言したアレキサンドラ・リキュールがトドメの一撃を放つ。

 

「二人に言っておいてくれないか? 次はもっと凄い『プレイ』をしようと」

 

 それだけ言い残すと、若干背後の二名ほどが付き従いながら『すごいプレイとは何なんですか親方様? それって私達にもしていただけるのですよね?』と心の中で呟いているのを全く気が付かずに歩いて、何処かに去っていくのであった。

 

「…………明日の…午後?」

 

 伝言を唯一受け取った一夏は、暴龍帝の言葉に動揺しながらも、明日の午後に再びあの女と戦わないといけないかもしれない可能性を考えながらも、ある事実にぶち当たる。

 

「午後って………いわれても」

 

 ―――風呂場のガラス戸の向こうから見えるポニーテールと結い上げた髪のシルエットが二つ―――

 

「…………一夏。出てこい」

「…………ヨウタ。出てきなさい」

「(俺は、明日まで生きていられるのだろうか?)」

 

 いまだに復帰できずに蹲る陽太と見ながら、人生が今日で終わるかもしれない予感を背筋に感じながら、涙を流すことしかできない一夏は、どう返事したらいいものなのかわからないまま、一人戦慄して震えることしかできずにいたのであった。

 

 




カール先生、美人の嫁さん、かわいい娘というリア充であるにも関わらず、(ほぼ)女子高で校医とか………提督はそのあたりも気に入らないのか?


そして登場の親方様………臨海学校編の親方様ってフリーダムっすね、いや、ホント。


次回、親方様の恐るべき特技も明かされますが………そしてもう一つ。



10年の時を超え


『彼女』の声が、再び世界をまた少し変えます

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