IS インフィニット・ストラトス 〜太陽の翼〜   作:フゥ太

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ちょっと最近、休日出勤が増えていてリアルに死にかける毎日でして、最早月一更新すら難しくなってる気がする・・・どうにかせねば


幕間
幕間①


 

 

 

 

 ―――俺がこんな特訓してても、そんな役に立たないだろうが―――

 

 動きやすいインナーの上から戦闘服を着た朽葉秋水の誰にも聞かれたくない心の愚痴は、額から漏れた汗によって思考の中から一緒に零れ落ちる。

 両手に握ったハンドガンとナイフ・・・低致死性のゴム弾がマガジンに込められたハンドガンと、致死量には『一応』届かないといわれている電力量のスタンナイフ。どちらも使い方を少しでも間違えると、人体にとっては十分に凶器となる代物を握りしめた秋水は、廃墟と化しているビルの中を物音を立てないように移動し続ける。

 手入れが行き届いてないためにビル内のどこも埃っぽく、『地下水』が天井から流れ落ち、あちこちで雨漏りしているために、床には水たまりが珍しくない。移動するたびに泥水が跳ね上がり足音と足跡がつく。こういったところも『あのオッサン』にしてみれば減点対象になるんだろうが、じゃあ向こうはどうやって足音を立てず、泥水も被らず、足跡も残さないように自分よりも早く移動しているというのだ?

 

 ―――訓練をしている―――

 

「(銃を分解(バラ)して整備しながら、涼し気に抜かしてる顔まではっきり想像できるよ!)」

 

 最早日常と化した問答と、それを聞いたギャラリーから湧き上がる自分を小馬鹿にする声と、混じって自分に『秋水は才能がある。私が保証する。だが修業が足らん! そもそも訓練とは一日遅れれば取り戻すのに三日r』などという自分の上司の説教までもが幻聴として聞こえてくる。はっきり言って不愉快だが、反射的に思い出させてくるほどに亡国での日常が自分に染みついてしまっている事に、ちょっと戸惑ってしまう秋水であった。

 

「!?」

 

 周囲を警戒しながら目標を探しつつ、頭の片隅で戯言を思い出していた秋水がビルの室内を一つ一つ確認していた時、目標となっていた男の背後を確認する。

 

「(今回はこっちの方が早かった)」

 

 しゃがみながらハンドガンのマガジンを確認していた男・・・陸戦隊副長。最前線にリリィが立つスタイルなために実質的な指揮官。旧体制時代からの古参で歴戦。シベリアブリザードの如き冷血親父。リリィとそれ以外との露骨な依怙贔屓を隠さないマン。一応自分の格闘及びそれ以外の兵士としての技術の師匠、『レオン・ウォルフハート』は、白と濃い灰色を散りばめた迷彩服を着こみ、特に周囲を警戒することなく背を向け続ける。

 戦場において油断は即、死を招くことになるから努々忘れぬように肝に銘じておけ。とは本人の言葉のはずなのに、こうも容易く背後を見せるとは・・・。

 

「(だが油断していると見せかけての罠の可能性もある。というか、その可能性の方が高くないか?)」

 

 が、ここでいつもボコボコにされている秋水であるが、流石にここまであからさまに隙を見せられては攻撃を躊躇してしまう。情報が足りないがゆえの、否、十分な情報があるからこそ、目の前の男が見せている行動が不自然ではないのか、そうではないのかの判断がつかないのである。

 手元にある装備は先ほど言った通り、ハンドガンとスタンナイフのみ。これは相手も同じであり、公平を期すためのものであるのだが、戦力差を考えればマシンガンと手榴弾・・・いや、GS一機があってくれないと正直心許ない。

 

「(・・・いくか)」

 

 しかしそれもほんの一瞬。自分自身の『特異体質』を自覚している秋水にとってしてみれば引き下がる要素にはならず、決心した一歩目は驚くほどに鮮やかであった。

 

 ―――音もなく踏み込み、師の延髄目掛け最速でトリガーを引く―――

 

「いつも通り」

 

 ―――のはずが、対象の姿は何処にもなく―――

 

「(一秒前まで目の前にいただろうが!?)」

「真っすぐ見つけて、真っすぐに迷う」

 

 背後から聞こえてきた声に振り返って確かめる余裕すらなく、反射的に逆手に持ち替えたスタンナイフを振り向きざまに突き立てようとするが、ナイフを持った右手首を鮮やかに受け止めながら逆に捻り上げて間接を極め、追撃の前蹴りが左手に握られていたハンドガンを蹴り飛ばす。

 一瞬で両方の武器を封じられた秋水に対し、ハンドガンとナイフを収納している状態のレオンは武器を抜くことはせず、顔目掛けて左ジャブを繰り出し、ナイフを手放し無理やり関節技から脱出し、後退して体勢を立て直そうとしていた秋水の顔をピンボールのように跳ね上げた。

 

「!!」

 

 『真っ直ぐに下がるな』と言わんばかりの、重く予想以上に伸びてくるジャブをスウェーだけで避けきることができない秋水は、素早く左側に回り込み、壁を盾にして格闘をやり過ごそうとする。

 

 ―――間髪入れない、高速の前蹴り―――

 

『狙いが分かり易すぎる』と腹部に一撃打つことで、秋水の足を止めることで阻止したレオンは、もはや避けているだけでは状況を打破できないと踏んだ秋水が繰り出したアッパーを、更に回避しながらクロスカウンターで逆に叩き伏せた。

 

「痛ッ!」

「大き過ぎる」

「グッ!」

 

 千鳥足で吹き飛ぶ彼の頭部にもう三発・・・すでに(ジャブ)が説教臭く感じ始めていた秋水が、いら立ちながらダメージの残る身体を鞭打って踏み込んできた。

 左ジャブを掻い潜りながら低い体勢になる秋水の左拳に、レオンがいち早く反応する。

 

「むっ」

「(下の左を囮にッ!)」

 

 ―――振りかぶる右の拳―――

 

 『もらった』と思う秋水と、その右の拳を冷静に見ていたレオンの視線が交差し・・・レオンの『額』に秋水の右拳が突き刺さった。

 『ゴキッ!』と鈍い音を立て、一瞬だけの静寂が訪れた両者の間で、最初に表情を歪めたのは・・・やはり秋水であった。

 

「(折れっ)」

 

 骨折したかどうかまでは判断できないが、力がとにかく入らない。痛みも酷く、それが表情に出てしまった。

 

「顔に見せるな。敵はそこを必ず隙としてついてくるぞ」

 

 自分の額の一番固い所をワザと叩きつけさせたレオンの冷静な声が、皮肉にも秋水の思考を冷静なものとし、彼に逃げられない現実とやらを突き付けてくる。

 

 ―――中指の第二関節だけを突き出すような、特異な拳の握り締め方―――

 

 自分自身の事はよく理解している。今日の終わり方は拳の方・・・この間は二日ほど食事が通らなくなるような前蹴りだった。そう考えれば今回の終わり方は実に良心的だ。なんせ我慢という言葉が入る余地がないほどに鮮やかに意識を奪ってくれるのだから。

 自分が失神させられる間際だというのに、他人事のように現状を把握した秋水の左のこめかみに閃光のような拳撃が突き刺さったのは、あきらめの表情を浮かべたと同時であったという。 

 

 

 

 

「大丈夫か?」

 

 バケツの水を顔にぶっかけられ、意識を覚醒させた秋水が最初に目にしたものは、何でか怒り心頭になっている中年の黒人男性であった。

 

「ぷいっ」

「寝入るな!」

 

 夢の世界から出てきて最初に遭遇したものが黒ゴリラみたいな面なのはあんまりだ、ともう一度狸寝入りを決め込もうとした秋水であったが、それを許さないと頭を小突いてくる、陸戦隊所属のグラサンをかけた黒人が、彼を無理やり立たせると、目立った後遺症もなさげに首を鳴らしながら、バツの悪そうな顔になっている秋水に、トレードマークとなっているグラサンをわざとらしく掛け直しながら、こう告げる。

 

「24分16秒・・・まあ、最初の『出オチコント(瞬殺劇)』からは成長したみたいだな」

「ソウデスカ」

 

 亡国陸戦隊(ココ)にきてから早二年・・・この手の訓練を始めた当初は、不用意な行動によって開始コンマ数秒で終わらされることも多かったものだが、最近ではそのような事もなくなってきた。

 戦術と技術、必要な心構えを伝授される傍ら、破天荒な上司と先輩同僚の尻拭いと振り回される秋水であるが、確かな成長を遂げているのは彼の師匠役であるレオンには良く分かっていた。だからこそ、こうやって彼に『労い』の言葉を掛けるのだ

 

「(よくやったな)訓練が足りん」

「・・・・・」

 

 彼を拳一発でKOし、肩に担いで訓練施設から出てきたレオンが、銃の整備と解体を行いながら彼を見ずに言った最初の言葉がこれである。みるみる不機嫌になっていく秋水とそれに気が付いていないレオンの対比をどうすればいいのか、訓練を外から見守っていたオッサン共が動揺する。

 

「(なんでこのオッサンは無自覚にツンデレ発言するんかな?)」

「(いや、そこは秋水の成長を考えて)」

「(違う。あのオッサンはツンとかデレとかじゃない。冷静沈着で無自覚に人の心を抉るスタイルなだけだ)」

「(単純に、レオン(副長)が死ぬほど言葉下手で、肝心なこと言わないで誤解を受けるマンなだけな気がする)」

 

 ヒソヒソと小声で話すオッサン達を外野に、今回の秋水の動きを分析したレオンは、座りながら不貞腐れる息子のような少年を見下ろし、将来を担うであろう後進を案じる言葉をかける。

 

「(もっと自分を大事にしろ。代わりがいるなどと思うな)最初に退路の確保を行っておけと毎回言っていることを覚えていないとは何事か」

「・・・・・・」

「(慎重になることは大事な事だ。前に教えたことをよく覚えていたな。後は経験で決断の仕方を覚えるだけだ。焦るなよ)お前の頭は何でできている? 状況を慎重に確認しながら進んでいたといえば聞こえは良いが、肝心なところで迷うようでは状況判断に長けているとは言えん」

「・・・・・チッ」

「(努力した結果だ。お前は二年かけて一流が立つ場所まで歩いてきたのだ)散々な24分16秒だった。だが濃厚な時間だったはずだ。動きと動きの間に思考を絡めてくる。考えることを強要させられ、迷いが生じる・・・それが『一流』の戦いだ・・・(自覚しろ)自覚しろ」

 

 ボコボコにした少年に説教と追い打ちで更に心をヘシ折っていくスタイルの副長の様子を、すでに生温い視線で見守ることしかできないオッサンの目の前で、無言で立ち上がった秋水の背中から滲み出ているものが怒りであることは誰もが認識できた。

 

「(総隊長が心配だから様子を見てきてほしい。私が行くよりもお前が行くほうがあの方は喜ばれるのだから)歩けるようなら総隊長の訓練を見てこい。それも一つの修練と思え」

 

 無言で立ち上がり、大股開きで歩き出す秋水に対して、伝わらない気遣いを投げかけるレオンが最後の死体蹴りの一言をぶちまける。

 

「水溜まりに気をつけろ。足を濡らしていては不意の尾行もままならんぞ」

 

 一瞬だけ動きを止め、足元の水溜りに目をやりながら足を地面へと戻し、あえて靴音を鳴らして去っていく後ろ姿を見ながらも、最後まで秋水がなんで怒っているのかレオンが理解している様子はなく、今日も同僚からのため息で出迎えられるのであった。

 

 

 

 

 ☆

 

 

 

 

 未熟なのは理解している。

 普段はどんなに飲んだくれでだらしない大人として最低な陸戦の親父達でも、戦場に一度立てば半分以上が一騎当千、残りの半分はそんな彼らをサポートするエキスパート達。比べられたら、どうしようもなく自分が見劣りしてしまう。

 理解しているからこそ、自分なりに色々頑張ってみている。ともし誰かに気軽に言えればこんなに思い悩むこともなかったかもしれないが、生憎そんなことを言える友人という存在は自分にはいない。

 もしいるとしたのなら・・・この陸戦において、唯一、自分と同じ年少であり、だからこそ、真っ直ぐに見つめることが息苦しい時もある『彼女』しかいないのだ。

 

 訓練後のクールダウンした気分に、レオンの説教という追い打ちを食らった秋水は、トボトボと歩きながら誰にも明かせない心の声を持て余し、どこにいればいいのかもわからないままに、とりあえずレオンの言いつけ通り、総隊長であるリリィを探しに訓練所のあちこちを練り歩いていた。

 この亡国陸戦隊の兵舎の隣に作られた、通称『陸戦アスレチック』なる様々な建物は、彼らが訓練をするために作られた物で、それ以外の隊員達にも無償で貸し出されているのだが、時代の主流がISに移行してからというもの、ここで訓練するような酔狂な亡国の人間といったら、暴龍帝とその親衛隊ぐらいのものである(そしてぶっ壊した備品の修繕を巡って、怒り心頭なリリィがリキュールの元に訪れて一方的に煙に巻かれるのである)。

 そんな陸戦アスレチックを普段から誰よりも活用して訓練を行っているのが、陸戦隊総隊長にして、部隊唯一のIS操縦者であるリリィなのだ。

 早朝からのランニング、ストレッチ、筋トレ一式、それが終われば一日一万回の剣の素振り稽古を経て、その後は拙い様子で今度はレオンからよく戦術論を叩き込まれている。一日たりとも欠かしたことはなく、手抜きをしている事もなく、何事も糞真面目に真剣に全力で行っているリリィの姿をこの場では最もよく目にするために、秋水は何となく居心地の悪さを感じてGSのシュミレーターに向かうことも多かった。

 亡国のほとんどのIS操縦者達は皆ISを使った訓練を主に行っているのに対して、リリィは生身の訓練に比重を置いているようで、以前そのことで話をしたとき、特に気にする様子もなくこう答えた。

 

『私はトーラと比べれば大いに劣る姉だ。ならばまずは軟弱な生身の自分から鍛え直しておきたい』

 

 リリィを軟弱と言ってしまったら、今の亡国には軟弱者と怠け者しか残らないんじゃないのかと思う秋水である。

 

「・・・誰かさんにそんなに頑張られたら、名目上護衛の俺の立場がないだろうが」

 

 生身、に限定すれば自分はリリィよりも少しぐらいは強いのではないだろうか? という自惚れぐらいはほんのちょっぴりある秋水である。メインのIS戦闘になれば、まるで役には立てないが、普段の生活の中ぐらいでなら、なんとかそれらしく彼女の役には立っていると思いながら、建物の角を曲がり、天井部分が壊れて中身が露出したビルに差し掛かった時であった。

 

 ―――秋水の姿が見えたことが合図であったかのように、猛スピードで階段を駆け上がった騎士鎧姿のリリィと―――

 

 ―――駆け上がってきたリリィの首筋目掛け、左方向から一切の加減無しに長刀で斬り付ける盲目の老人―――

 

 ―――そしてそれを目の当たりにし、胸を打ち背筋を駆け抜け、朽葉秋水の『終わり(始まり)の日』に味わった感覚が彼の身体を駆け抜けた―――

 

 リリィの待機状態のIS(ロングソード)と盲目の老人の長刀が激突し、火花を散らしながら弾かれ合うと、一瞬早く動いた老人が間髪入れずに今度は右方向からりりィの首を狩りにいき、寸での所でリリィが回避し彼女が一歩後退して助速を着けた突き技を放つ。

 

「!!」

 

 威力が乗せられた渾身の突きを受け止めるようなことは老人はせず、刃先で軌道を捻じ曲げながらロングソードの切っ先を左方向へと逸らしそのまま左から斬り付ける、と見せかけた一瞬のフェイントを混ぜ込ませた斬撃を右方向から繰り出すのであった。

 

「チッ」

 

 刹那の反応が遅れたリリィがソードで受け止めてみせるが、威力に押されながら体勢が崩れかける。そこを彼女はその場で刀身を支点に身体を一回転させることで威力を相殺し、更に二撃、三撃と追撃してくる老人の斬撃を回避し、仕切り直すように一度階段の下に大きく後退する。

 

「・・・・」

「・・・・いや、お見事」

 

 対峙する両者の間で先に口を開いたのは意外にも老人の方であった。

 

「師事するようになって二年少々・・・重さ、威力、速度、気力。全てに上回れ、こちらの立場がありませんわ」

「謙遜はよせ、『コジロウ』」

 

 ボサボサの髪とヨレヨレで薄汚れた服は演技抜きに浮浪者そのものであるが、銃が浸透した現代社会において長刀一本で幾人もの人間を斬り殺し、裏世界で『最恐の人斬り』と恐れられた、『盲目の剣豪』コジロウ・ヒュウガに、上官であるリリィは素直に惜しみない称賛の声を送る。

 

「どれほどこちらが力と速さで上回ろうと、『技』で凌がれては立場がない」

「応ですじゃ。もうこちらの唯一の取り柄の『上手さ』でしか、魅せれるものはありますまい」

 

 老人が不敵に笑ったことを再開の合図としたのか、言葉尻の終わりと同時に瞬足の踏み込みで間合いに踏み込み、リリィが嵐のような連撃を繰り出し、老人はその全てを長刀で叩き落していく。

 

「(もう一歩ッ!)」

 

 しかし、その全てはリリィにとっては布石(フェイント)で、左右に斬撃を散らせることで一歩分の間合いを確保し、彼女は踏み込むと同時に刀の最も切れ味が鈍い部分である鍔元を掴み取り、老人を突き刺すようにソードを水平に構える。

 

「!!」

 

 そこからの老人(コジロウ)の咄嗟の切り返しは見事なまでのものであった。

 刃を掴まれ、最短距離で切っ先が自分に向けられる中、防御している暇も身体をひねって回避している時間もない状態で彼が咄嗟に行った『反撃』は、『左手で持った柄を右手で叩いて刀をスライドさせる』というものであった。押すか引くかせねば斬ることができない日本刀の特徴を誰よりも理解した攻撃法に、リリィは手首ごと斬り落とされる前に長刀を手放し全力で後退する。案の定、横薙ぎの一閃が彼女に襲い掛かり、ガントレッドで受け止めながらクルクルと宙を舞って威力を散らし、再び階段の下まで追いやられてしまうのであった。

 無理な突撃を重ねても開けられない埒をどうしたものかと、リリィが一旦突撃を止めて思案する中、相対するコジロウは、弟子であり上官である少女の成長を心から祝福しながらも、厳しい表情のままで『上から』ゆっくりと降りてくるのであった。

 

「重ねてお見事・・・並みの者なら、既に首を七度は落としているはずなのに」

「・・・・・頭上の有利を捨てるとは、どういうつもりだ?」

「技術で上回ろうと埒が開かないのなら、いずれ力で押し切られるのは戦いの道理」

 

 技術と足場の有利で圧倒していたはずのコジロウが、自らその有利さの一つを捨て去ってきたのだ。この行いに怪訝な表情となるリリィであったが、その時、背中を一瞬で悪寒が駆け抜ける。

 

「!?」

「なぁに・・・・・」

 

 リリィと同じ高さにまで降り立ったコジロウが、長刀を水平に構える。

 

「姫様、できれば今すぐISを装着を」

「!!」

 

 ―――リリィがロングソードをISの武装へと瞬時に切り替えた―――

 

「遅かった!?」

「・・・・秘剣」

 

 リリィの脳裏に過った自分の『死』というイメージ。それは確かにISを装着しなければ凌ぐことは最早叶わない。だが、剣士としての自分の矜持がそれをたやすくは許してくれない。本能と意地の狭間で彼女の行動がゼロコンマ数秒遅れてしまい、最強の人斬りが繰り出す『秘剣』から逃れる時間を奪ってしまう。

 

「ツバメr」

 

 ―――訓練場に突如鳴り響く銃声―――

 

 必死確定の技の発動直前に、まるでそれを止めるかのように鳴り響いたライフルからの発砲………真上に向けられた銃身を肩に担ぎ、愛用している麦わら帽子を深く被りなおした真っ白い髭がトレードマークの老人が、ゆっくりと二人の方へと歩いてくる。

 

「とりあえず、訓練するにしてもそれ以上はやりすぎじゃ」

「ダグ」

 

 リリィにダグと名を呼ばれ、嬉しそうに前歯が抜けた笑顔を浮かべると、次に不機嫌そうにその真横に並び立つコジロウの方を睨みつける。

 

「おい、ジジィ」

「なんじゃ、ジジィ」

 

 ジジィ以外の何物でもない二人が互いを貶す様に睨みあう。互いに愛娘同然の上司を挟んで、老人同士の口論は火蓋を切って落とされた。

 

「貴様、姫さんに秘剣使うとか、何を考えとる?」

「姫さん言うな、ダグ」

「真剣勝負に手を抜かない。姫さんの矜持を守ることを優先したまでじゃよ。まあ、お前さんみたいな干物が、ワシの剣の間合いに入れば、そんなもん使わんでも微塵切りにしてやるんじゃがな」

「コジロウも姫さん言うな!」

「何が間合いに入ればじゃ。そんなもん入る間に、お前さんのその枯れ木で作った木人みたいな身体を蜂の巣にしてやれるぞ、ワシは?」

「私の話を聞けっ!」

「いい加減硝煙臭いからその肩に担いどるもんをどっかにやれ。ワシの鼻が曲がる」

「お前の根性の曲がり具合よりもマシじゃよ」

「なにを!? 根性曲がっておるのはお前さんのほうじゃろうが!? 忘れはせんぞ、40年前の東アジアの街中の銃撃戦!! お前の誤射で死にかけた時のことをなっ!!」

「だから、あれは誤射ではない! てか、お前さんが敵の槍使い相手にエキサイティングして、勝手に射線に割り込んできたんじゃろうが! その魚卸す以外に使えん刀を振り回すよりも先に、戦術というものを一から勉強し直せ!」

「一から勉強しなおすのはお前のほうじゃ。ライフル取り上げたら五分で死ぬくせに!」

「お前にライフル渡せば、お前さんが照準をあたふた合わせとるうちに、三分で味方が全滅するがな!」

「おう、何なら今この場で一分でお前さんをあの世に送ってやっても構わんぞ! ちなみに一分は念仏を唱える時間じゃ! しっかり数えろボケジジィッ!!」

「じょーーーーとーーーーじゃッ! アホジジィッ!! 三秒で地獄に叩き落してやるから、閻魔様に土下座してこんかい!」

「わーたーしーを、無視するなぁぁぁぁっ!!」

 

 結局はいつもの流れである。やる気が削がれたのか、相手にされないリリィは一人しょぼくれ、剣を鞘にしまいながら階段をゆっくりと歩いて降り、途中でこちらを呆然と見つめていた秋水の姿に気が付く。

 

「秋水?」

 

 いつも自分を小馬鹿にする言葉を吐く少年が、驚いた顔でこちらをずっと見つめていたものだから、リリィは訳が分からず首を傾げる。

 対して、訓練開始からずっと息を潜めるように戦いを見守っていた秋水は、いつもの素振りの訓練ぐらいしか剣術を使っている姿を知らなかったがためか、これほどまでの高度な戦いを生身でも行えるのかと、圧倒されてしまったのだ。

 同時に右手に走った、痛みにも似た『衝動』が彼女に一種でも向けられたことを、首をかしげる彼女の姿を見てはっきりと自覚する。

 

 ―――いつの間にか口論をやめて、そんな自分を冷めた視線で見つめる老人二人―――

 

 ダグが二人の戦いを止めた理由はおそらくリリィの身の安全を願ってのものなのだろうが、それと同等に自分であったことにもこの時秋水は気が付く。彼女の戦いを観た瞬間、物陰に隠れて彼女の死角を狙いすましていた。ダグが引き金を引いた瞬間、『紅い刃を右手に持って(・・・・・・・・・・)』突貫しかけていたということ。

 

「(これじゃあ・・・・・・まるで俺がお嬢への刺客みたいじゃないか)」

 

 ビルの壁に『何か』が突き刺さった様な跡が、彼に仄暗い事実を突きつけてくる。ひたひたと自分の背後に付きまとい、影法師のように決して逃れられないものが自分にはあるのだと教えるように。

 運命と言えば、宿業と名付ければ、宿命などと呟けば済むかもしれない。今の自分が始まった二年前より以前の、忘れられない過去が自分自身に根深く息づいているのだ。 

 生まれた瞬間から始まった『教育(プログラム)』は今でも確実に自分の中で息づいている。自分を『創生(つくった)』人間が考えていた通り、否、考えていた以上に自分はリリィのような『者』達に刃を向ける武器であったのだと、改めて思い知らされた秋水が段々と俯いていく。

 

「秋水・・・秋水・・・秋水ッ・・・秋水ッ!!」

 

 そんな彼をひたすら呼び続けていたリリィがいい加減業を煮やしたのか、俯いていく頭部を掴み、高低差約30㎝近い距離を潰すように引き下ろすと・・・。

 

「ていっ」

「がっ!!」

 

 鼻っ面に思いっきり頭突きをかますのであった。痛みに悶絶する秋水であったが、そんな彼の様子をリリィはしばらく黙って見つめ、やがて復帰した彼に問いかける。

 

「難しい悩みは吹っ切れたか?」

「・・・・・・はっ?」

 

 何のつもりの頭突きだったんだと問いかけたい秋水であったが、彼の両手にリリィが自分の手を置くと、ゆっくりと引っ張りながら歩きだす。

 

「駄目だぞ秋水。俯いていては前が見えなくなる」

「なっ」

 

 自分の悩みがひょっとして見抜かれていたのか? と一瞬でも考えてみるが、目の前の少女がそこまで的確に察することができる人間であるのなら、普段の自分の苦労はありえないと断言できる。だが、彼女が微笑みながら発した言葉は、秋水の胸の内を的確に抉ってくる。

 

「望まれた通りには生きれないが・・・それでも、生きる」

「!?」

「初めて会った時のような顔をしていたからな・・・だから、私達は生きよう」

 

 それでも、生きる。

 

 生きて数えよう。

 

 出来たこと出来なかったこと。守れたもの、手からすり抜けたもの。一つももらさず覚えていよう。

 

「いつか、死ぬまで」

 

 頭を横から殴られたかのような衝撃を受けた。

 時折、彼女が見せる横顔が、普段の彼女からかけ離れすぎていて同一人物かと疑いたくなる。だけど、握られた手から伝わるぬくもりは、いつだって彼女の温度を伝えてくる。

 伝えられた温度共に、流れ込んできた暖かな何かに触れる度に、秋水は思い知らされる。

 逆らえない。彼女の言葉の通り、生きねばならないと思い知らされる。

 

「さあ、もうすぐ昼の時間だ・・・今日は天気がいいから、外で食事だな!」

「・・・・・・ああ」

 

 何とか短い返事だけ返して、手を引かれながら一緒に歩き出すリリィと秋水の様子を、老人たちが『ヤレヤレ』と言った表情で、言葉を発せずに静かに見つめるのであった。

 

 

 

 

 

 





あ、申し訳ない。またしても宣言通り3話で収まりそうもないです(涙
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