IS インフィニット・ストラトス 〜太陽の翼〜   作:フゥ太

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ちょっと長くなってしまった今回のお話

サブタイトルは、私が今最も愛してやまないアニメ『ヴァイオレット・エヴァーガーデン』からいただきました



さて、少女とヨウタ達の交流会第三弾!



陽太「お前は誰かの道具じゃなく、その名が似合う人間(ヒト)になるんだ」

 

 

 

 

「(こ・・・これは!?)」

 

 シャルロット・デュノアにとってこれは僥倖ともいえるチャンスなのでは? という場面が突如として目の前に広がる。

 

 説明をすれば至極簡単なことだ。

 亡き実母の特製レシピで作られたパンケーキとピーチジュースを平らげた少女は、胃袋が満たされたことからかそれとも人心地ついた安心感からか、次第に瞳が塞がり頭を前後にゆっくりと揺らしながら船を漕ぎ始めた。そんな少女を見かねた陽太が彼女をベッドに寝かしつけて部屋を退出しようとしたのだが、少女がそれを嫌がってぐずり出し、仕方なく陽太は彼女が完全に寝付くまで手を握ってあげていたのだが・・・。

 

「・・・・ぬ・・・あ」

 

 少女の規則正しい寝息とほのかに伝わってくる手の温かさ、適度に効いた空調と穏やかな天候が陽太の眠気を刺激したのだ。最初はなんとか抵抗して瞳を開き続けていたのだが、やがてそれも限界に来たのか少女と同じように舟を漕ぎだしてしまうのであった。

 

「・・・ヨウタ?」

 

 少女の食べ終えた食器を洗い終えたシャルが手を拭きながら戻ってきた時見たものは、今にも一緒に寝付いてしまいそうになっていた陽太の姿であった。

 

「ど、どうしたの?」

「い、いや・・・別に・・・・・・ただ・・・最近・・・・・・修行ざ・・・んまいで・・・・・・書類・・・とか・・・・・・・も」

 

 ついに口を開いたまま「クカーーーー」とイビキを立てながら寝付いてしまうヨウタに苦笑しつつ、シャルはタオルケットを二つ棚から取り出すと、ベッドに眠る少女と陽太にそれぞれ掛け彼女も静かにベッドに腰を下ろす。

 

「・・・・・・」

 

 静かに寝息を立てずに陽太の手をしっかり握りしめる幼い少女の姿を目を細めて微笑みながら見守るシャルは、彼女の前髪を指先で解しながらこの真っ白く幼い少女の今後のことに思いを馳せた。

 

「(こんなに小さくて柔らかい子の身体を切り刻んでおいて、海に捨てるだなんて・・・織斑先生は受け入れ先を探し出すっていうけど、そこに預けてしまって本当にいいのかな?)」

 

 確実に何か事情のある子であることは解ってはいるのだ。そんな子を受け入れてくれる人はいるのだろうか? ましてやもし何か起こった時に、またこの子を何処かに捨て去りやしないか?

 

「(国や政府の施設とか・・・駄目だ!)」

 

 かつて、国の為だと幼い陽太を連れていかれてしまったシャルには、研究所や施設というもので子供を預かろうとする者たちを無意識に嫌悪してしまう時がある。彼らにしてもそれが職務な時もあるのだが、子供を育てるということをただの職務にしてしまう時点で、彼女には忌避するのに十分な理由となるのだ。

 

「(お母さんはヨウタのことを『仕方ない』なんて気持ちで接したりはしてなかった)」

 

 亡き実母がいればどう答えてくれただろうか?

 笑顔が優しくて、でも怒らせると怖くて、そして子供に本当の愛情をもって接してくれた、シャルロットが一番尊敬する女性・・・実母のエルーがこの場にいたのなら、今の自分にどう声をかけてくれたのか?

 

「いっそのこと・・・わ・・・」

 

 言いかけてみたが、言葉を途中で飲み込んでしまう。

 わかっている。それはあまりに現実的ではない。自分はただの学生で、今は別に人々を守る職務もあるのだ。更にそこに一人の子供の面倒を見るための時間を割くことができようはずがない。

 

「(でも・・・・・・でもっ)」

 

 一度芽生えた気持ちがどんどん膨らみ続ける。これはただの同情である、という自己分析も出来ている。でも、こんな少女を何処かに預けることが自分にはどうしても納得できかねない。

 

「・・・・・・・あっ」

 

 考え込みながら少女の前髪を弄っていたシャルの指先を、寝ぼけた少女が小さな手で掴んでしまう。

 掴む力は強いものではない。こんな幼い少女が寝ぼけて掴んだのだ。でも少女の温かさが指先から伝わってきて、目頭が自然と熱くなってしまう。

 

「・・・・・・・」

 

 今の自分の気持ちをヨウタが聞けばどう応えるのか?

 幼馴染の静かな寝息を聞きながら、シャルは残った手を伸ばして彼を決して起こさないように気を付けつつ頬に触れる。

 あどけなく眠る姿は年頃の少年のままで。でも身体中に浅く見える小さな傷跡は歴戦の戦士のもので、自分と別れた後の時間を無言で物語ってくる。自分達の中で最強の実力をもたらしたものはきっと才能だけではない。彼から直接話を聞いたわけではないが、きっと想像を絶する修練があったのだろう。

 そして彼は更なる力を求めようとより激しい修練に挑戦している。より高みを目指して・・・しかしそれがもたらすものは一体何なんだろうか?

 千冬やヒカルノはヨウタの欲求は危険だと思っているようだ。力だけを絶対だと言い切る亡国機業幹部の彼女のようになってしまう可能性を示唆し、自分や一夏達に協力を求めていた。ヨウタが他者からの理解を諦め、孤高の道を進まないように。孤独に一人で何処かに行かないように・・・。

 

 だからこそシャルはヨウタにも自分達の気持ちを理解してほしいと思っていたのだ。いや、自分はいい。シャルロット自身は決してヨウタへの理解を諦めないと覚悟しているから。

 でもこの幼い少女はどうだろう? 今、ヨウタから手を離されてしまったら、きっと世界全てから見放されたと思ってしまうんじゃないだろうか? 何も、本当に何一つ持たないで今日命を授かったかのような真っ白いこの子にとって、ヨウタという存在は世界を通す瞳そのもので、もし彼がいなくなればこの子の世界は闇に包まれてしまう。

 だからこそ、少なくともヨウタの口からぞんざいな扱いをするような言葉だけは言ってはほしくはなかった。これは自分の我儘なのかもしれないが、せめて彼だけはこの子の気持ちを理解してほしいのだ。

 

 そう、自分もこっそりと見ていたあの日のこと・・・・・・亡き実母の腕に抱かれて、この世に生まれたことを彼が祝福された夜のことを、シャルは決して忘れてはいなかったのだから・・・。

 

 

 

 

 

 

 

 

 記憶に焼き付いているのは強い夏の日差し。シャルが近くの土手から摘んできたたんぽぽの花が空き瓶の中に生けられてキラキラと花びらについた水滴が反射して綺麗に輝いていた日のこと・・・。

 

「よし、書けたわよ」

 

 近くの書店に注文を入れた辞書を片手に、彼女は額の汗を拭い、必死八九しながらたった今書き上げた日本語を幼いヨウタに見せるのであった。

 

 『火 鳥 陽 田』

 

 後に誤字に気が付いたヨウタが報告することで顔を真っ赤にした彼女・・・エルー・ダリシンが訂正するのだが、今はともかく自分が書き上げたヨウタの日本語名を満面の笑みで彼に教え込もうとしていた。

 

「もしこれから誰かに聞かれたら、自分はこういう名前の人間だって教えてあげなさい」

「・・・・・・」

 

 しかし、教えられた当の本人は浮かぬ顔で拙い文字を見つめてリアクションを示さない。まさか自分が書いた字が汚すぎて嫌になったのかと思ったエルーが内心焦りだすが、ヨウタの返答はそれとはまた違ったものだった。

 

「ボクはいい。エルーさん・・・ボクもフランス人の名前が欲しい」

「・・・・・・」

「日本の名前とか言われても・・・ボクは日本のことなんて知らないし・・・エルーさんやシャルのほうが家族だ。だったら同じフランスの名前がいい」

 

 フランス人とは違う日本人。という外見から差別的な扱いばかり受けてきたヨウタにとって、この自分自身の名前こそが自分はほかの人と違うのだ、という現実の象徴に思い内心で嫌っていたのだ。ゆえに自分を家族として迎えてくれたエルーに対して、ワザワザ日本の漢字を使って名前を綴るよりも、フランス人として名前を望んだのだが、エルーのリアクションはそんなヨウタの願いを一刀両断するものであった。

 

「チョイサッ!」

「イタッ!?」

 

 脳天にチョップを叩き込んだエルーは痛がって蹲るヨウタの両頬に手を置くと、ちょっとだけ怒った表情で問いかけた。

 

「そういうことを言わないって約束でしょう? アナタのお父さんとお母さんがつけてくれた名前なのよ?」

「違うッ!? ボクを捨てた奴らだ!」

 

 血筋のことで自分自身を卑下しない。とエルーと約束したのだが、やはり幼いヨウタには納得しかねるもので、珍しく声を荒げて反論したがエルーには全く通じない。

 

「ホホウ~~・・・それも言わないって約束したよね~」

「ヒダイッ」

 

 頬っぺたを抓られた半泣きになるヨウタを見て、これ以上は可哀そうだと思ったのか両手を放して彼を解放した後、改めて彼を抱き上げて膝の上に乗せると、一緒に書き上げた日本語を見ながら二人で語り合う。

 

「アナタのご両親の事情は私にもわからないけれど、恨んでしまってはいけないわ」

「・・・・・・」

「憎んで心を黒く染めてしまったら、みんなが本当に離れちゃうわよ?」

 

 幼いからこそ、憎んで周りを攻撃し続けるだけの人生になってほしくはないエルーの言葉に、ヨウタは不承不承ながらも反論せずに黙って話を聞き続ける。

 そんな拗ねた表情のヨウタ相手に、エルーは苦笑しながらも彼に大事な事を伝えるのであった。

 

「人はね、ヨウタ・・・一人ではこの世界に生まれてこれない。あなたのお父さんとお母さん、そのお父さんのお母さんとお父さん、お母さんのお父さんとお母さん・・・またその人たちのご両親。そんな絶え間ない営みがこの世界にはずっと昔から続いているの」

「・・・営み?」

「そう。そしてね・・・人はこの世界に生まれてきた時、最初の贈り物をされるのよ・・・深い、深い、絶え間ない人の営みの中で、私達が生まれてきてくれたアナタ達がこの世界に生まれてくれたありがとう。って精一杯の気持ちを込めて贈るものがある」

 

 

「ヨウタ・・・貴方は・・・」

 

 

 

 

 

「!?」

 

 そこで目が覚めたヨウタが最初に見たものは、自分の膝の上で眠る幼い少女。そんな少女と手を繋ぎながらも一緒に眠るシャルロットの姿であった。

 

「・・・・・・小一時間ってとこか」

 

 日は傾いてはいるがまだ日没までは時間はかなりありそうである。寝起きであまり回らない頭を必死に回す陽太が起き上がろうとするが、小さな少女に掴まれた手がそれを阻むかのように陽太を繋ぎ止めた。

 

「・・・・・・」

 

 小さな、小さな手が握る温かさは、陽太が振り解こうとする気を削がし立ち上がることすらも阻止してしまう。まったく自分でも何をやっているのだと自嘲しながら、改めて彼が少女の指に手をかけようとするが、見計らったかのようにヨウタの親指を握り直してくる。そのいじらしい行いに流石のヨウタも無理強いする気は失せたのか、ぼんやりと空を眺めながら溜息を洩らした。

 

「はぁ・・・(今日一日訓練がまるでできんかった)」

 

 脳が働き出すと今のヨウタの思考が行き着くのはそのことばかり。皆の忠告を聞いているようで聞いてない辺りが困り者のヨウタである。それとも、最近ではようやく芽生え始めて来た、未だ自覚すらできていない隊長としての気概ゆえの焦りなのか、最近はそればかり考えていただけに中々他のことに考えが行き当らないのであった。

 しかし、この前代未聞の幼女をどうにかしないと話が前に進められないと悩み頭から湯気を放出している時、ふと部屋の一角から視線を感じてそちらの方にヨウタは振り向く。

 

 ―――戦々恐々とじっとこちらを覗き見るラウラ―――

 

「・・・・・・一応お邪魔してるのはこっちだから、お前は遠慮する必要ないと思うんだが?」

 

 一応この部屋の主はシャルとラウラなのだから、気を使って背景に徹する必要はないんじゃないのか、と思ってみた訳だが、どうにも様子のおかしいラウラを不審がる。

 

「・・・・・・・お、おう」

「(・・・いつも通り変な子)」

 

 絞り出すように返事をする可笑しなラウラを、ある意味いつも通り無礼な感想を心の中で述べる。

 確かラウラは千冬の使いで倉持に出向いていたために、この幼女の騒動は知らされていなかったのか、もしくは後で知らされて急遽戻ってきたのか。

 どちらにしろなんでそこで怯えるようにこちらを観察しているのか・・・。

 

「・・・スゥ」

「・・・!?」

「(未知の存在を見つけた飼い犬か?)」

 

 どうやら部屋に帰ってきて人の気配がするのに静かだったことを不審に思ったラウラが覗き込むと、自分とシャルが寝こけており、しかもその中心に謎の幼女がいたためにどう声を掛けたらいいのかタイミングを見失ったようだ。

 人間の赤ん坊を初めて見た犬のように、緊張しながらこちらに徐々に近寄ってくるラウラの姿を呆れたように見守るヨウタであったが、徐々に部屋の外が騒がしくなってくることに気が付き、顔が引き攣る。

 

「(ヤバイ・・・女子どもが集まって騒がしく・・・)」

「・・・・・・!?」

「んっ?」

 

 音に敏感だったのか瞼を揺らせたかと思うと、徐々に瞳を開いて少女とシャルが目を覚ましてしまう。せっかく寝付いているうちになんとか部屋を抜け出そうと思っていたヨウタであったが、こうなっては一からもう一度寝かしつけるしかない。

 ため息を漏らしながら幼子を抱き上げようとしたヨウタは、寝ぼけているシャルに一声かけた。

 

「外の奴らが騒がしいな。悪いがシャル・・・ちょっと静かにしてもらうように言ってくれんか?」

「・・・ん? ヨウタ? うん・・・わかった」

 

 未だに寝ぼけ眼なシャルがゆっくりと起き上がると、頭を揺らせながらドアに向かって歩き始める。途中、ラウラを見つけると『おかえり~』と当然のように一声掛けて、シャルは何気なくドアを開くのであった。

 

「ねぇー、皆。ごめんなさいなんだけど、ちょっとだけ声のボリュームを・・・」

 

 ―――興奮した表情でスマフォ片手に大挙としてシャルロットに注目する女子生徒達―――

 

『デュノアさん! ついに火鳥君との間にお子さんができたって、ホントッ!?』

 

 興奮した女子達の第一声はこれであった。脳みそが低速回転状態のために最初は何を聞かれているのかわからなかったシャルロットも、徐々に意識が覚醒し出すと表情を赤面させて動揺しながら返答するのであった。

 

「な、ななななななななななななに言ってるんだよ!?」

『お子さんに会わせて!!』

「こ、子供だけど、べ、別に私とヨウタの間にできた子ってわけじゃなくて!?」

 

 寄席ばいいのに言葉が足りない言い訳をするから余計に女子達が興奮してしまう。そんな中、ちょっと不機嫌そうにヨウタが女子達に注意をするために顔を出すのであった。

 

「おい。真面目に静かにしろ。今、寝かしつけて・・・」

『きゃぁああああああああああっっ!!』

 

 ヨウタの腕の中であやされている幼い少女の登場に、全員が更にヒートアップする。

 

「か、カワイイッ!!」

「ホント、超カワイイッ!」

「何、この子!? 天使ッ!?」

「クリクリお目目にモチモチほっぺ!!」

「焦げ茶の髪の毛とか、マジで二人の色受け継いでるわ」

「ごめん。今日から待ち受けに確定」

 

 それぞれが突然現れた少女を賛辞する中、人見知りしがちな少女がまた怯えてしまわないかと不安になるシャルが皆に注意しようとするが、それよりも早くに動くものがあった。

 

「黙れ」

 

 ―――声量は決して大きくないのに、皆の腹に響くような静かな怒声―――

 

「コイツを見世物扱いするな。マジで『イク』ぞ」

 

 威嚇するように拳を握り締め、真剣な表情で怒りを浮かべたヨウタに、その場が一瞬で静寂に包まれる。女生徒達も若干デリカシーがなかった自分達の行動に思うことがあったのか、スゴスゴと引き下がりだす中、皆の輪を抜けて現れた影が、心底驚いた表情でこう述べた。

 

「・・・・・・・・よーよーがパパしてる」

 

 スマフォ片手に幼女を撮影しようとしていたのほほんの言葉に、全員が『あ、そういえば』と手を叩いて今度は一斉にヨウタに注目するのであった。

 

「火鳥君の抱き方が、本当のお父さんみたいだ!」

「あ、確かに・・・若きイクメンパパ?」

「子供が出来たら男は真面目になるって俗説だって言われてたのに」

「でもでも、火鳥君って意外に家庭向けなのかな?」

「あ、それは私も思う。普段はああだけど、意外に家族出来たらそっちを頑張っちゃうパパになるのかも」

 

「俺はコイツのパパでは、断じてない!」

 

 いきなり捲し立ててくる外野ども相手に顔を真っ赤にして怒鳴り散らすヨウタであったが、彼は自分の腕の中にいる幼女の視線に気が付く。

 

「・・・・・・」

 

 昼寝させてそのままバックレる予定だったが、完全に目が冴えたようだった。

 

 

 

 

 

 ☆

 

 

 

 

「・・・・・・」

『(か、可愛すぎるッ!)』

 

 その後、とりあえず『騒がない。大声を出さない。無許可で撮影しない。泣きそうになったら慰める』という協定を瞬時に作った学園一行は、ベッドの上に座らされた幼女の様子を集団で眺める会を結成する流れとなる・・・若干何名かは涎を垂らしながら『今すぐ部屋にお持ち帰りしてしまいたい』と内心でボヤくぐらいに少女相手にメロメロになっているようではあるが。

 少女にしても明らかに先ほどまでと違い、人に慣れてきたのか集団に囲まれてもヨウタやシャルに助けを求める様子もなく、周囲の人々の表情を不思議そうに眺めていた。

 

「まぁ・・・皆さんが何を騒いでいらっしゃるのかと思いきや」

「へぇ・・・これが」

 

 買い物に出かけていたセシリアと鈴もそんな集団に交じって幼女に注目していた。もっとも鈴のほうはシャルに小声で『いつの間にこんな大きなお子様を~♪』と半分茶化して、赤面した彼女に軽く小突かれていたが・・・。

 

「これ、とりあえず奈良橋先生が娘さんの着替えをって」

 

 そしてシャルよりも先に彼女を発見した者の一人である一夏はというと、倉持技研にポットを奈良橋と共に運んだ後、彼から『自分の娘の物で悪いがとりあえず着る物だけでも』と幼女の衣服を受け取って帰ってきたところにこの騒ぎである。

 

「ありがとう、一夏」

「いや、御礼なら奈良橋先生に言ってくれよ。俺はただのお使いだし」

 

 シャルが紙袋を受け取ると早速幼女の着替えに取り掛かるのであった。

 受け取った紙袋の中には、衣類は薄い青色のワンピースと子供用の肌着と靴下と靴が入っており、シャルは戸棚から櫛を取り出すと、部屋の隅でこちらを覗いていた箒に手渡す。

 

「?」

「箒は髪を梳いてあげてね」

「な、なぜ私が!?」

 

 いきなり言い渡された役に動揺する箒であったが、シャルは何かを思い出すように明後日の方向を向きながらこう言い放つ。

 

「お風呂上りに毎回思ってたけど、箒ってすごく綺麗な髪してるでしょ? アレってたぶん梳き方が上手な証拠だと思うんだ・・・だからかな?」

「い、いやしかし・・・」

「今回だけでもいいから」

「いや、だからっ!?」

 

 そう言って半ば無理やり役目を押し付けて、シャルは幼女の着替えに取り掛かるのであった。

 

「!?」

「どうしたシャル?」

 

 少女を着替えさせようと衣類に手をかけたシャルであったが、少女の上着を脱がした瞬間、頭部に鼻をくっつける。

 

「(クンクン)」

「どうした?」

「これは・・・お着換えよりも、先にお風呂だね」

 

 どうやら救出してから一度もお湯で洗われていないことに気が付いたようだ。それを聞いた女子達も大慌てで動き出す。

 

「そりゃ大変だ!」

「大浴場空いてるよね!」

「弱酸性で肌荒れしにくいシャンプーとボディーソープ持ってくるね」

「皆、ありがとう!!」

 

 少女を抱き上げるとシャルはそのまま歩き出し、これから何をされるのか皆目見当がついていないで首を傾げる少女に微笑みながら告げるのであった。

 

「じゃあ今度は初めてのお風呂体験といきましょうか♪」

 

 そう告げて大きめのバスタオルで身体を包んだ少女を抱きながら部屋から駆け出すシャルと女子達を見食った一夏は、こういう時の女子の一体感に苦笑が漏れてしまう。

 

「ホント、こういう時の女子達って仲良くていいよな・・・って、陽太!?」

 

 が、相槌を打ってくれると思っていた男子がいないこと慌てて気が付いた一夏が周囲を見回が、彼の姿は部屋の中のどこにもなかったのであった。

 

 

 

 

 

 ☆

 

 

 

 

 いつの間にか姿を消した陽太がいた場所。それは寮内ではなく、学園の訓練施設でもなく、学園の新設備を建設する予定の埋め立てたまま現状は手付かずな空き地であった。

 その空いた土地に突き刺さった一振りのツルハシ・・・彼はそれに手をかけると、広大な敷地を耕すかのように一心不乱に地面の土を掘り起こしていく。

 

「・・・今日ぐらいはやらないと思っていたんですが」

 

 そんな彼に声をかけたのは表は用務員、裏は陽太達も知らないこの学園の長である轡木十蔵であった。

 

「『今日ぐらい』? 毎日やらんと意味のないことに対して、わざわざしない言い訳を作りたくない」

 

 かなり重いツルハシで地面を掘り起こし、それを延々と繰り返すトレーニングを最近は日が暮れるまで毎日行っている陽太が、老人の方を振り返ることなくちょっと棘のある言い返しを行う。

 おおよそISの訓練とは思えないほどに原始的なこのトレーニングは、元は古代のヨーロッパで生まれ、当時はまだ『拳闘』としか呼ばれていなかったボクシングにおけるトレーニングの一種なのだが、彼は臨海学校から帰ってきた後、毎日欠かさずに行っているのだ。

 

「えらく殊勝な心掛けで・・・机の上の勉学もそのように勤しむ様に、と織斑先生が嘆いていませんか?」

「今日は嫌味言いに来たのか? この間は俺に農地開拓したついでに種まきしろ。とか冗談言ってたくせに」

 

 話しながらも休まずツルハシを振るい続ける訳・・・これにはある事情があった。

 それは臨海学校の終盤・・・あの『暴龍帝』アレキサンドラ・リキュールとの会合の別れ際にまで遡る。

 

『陽太君』

 

 船から降りて帰路に就こうとしてた陽太達を船上から暴龍帝が見下ろしながら呼び止める。

 

『なんだ? やっぱりドンパチする気にでもなったのか?』

 

 ある意味いつも通りの格上相手でも負けん気で挑発する陽太に対して、彼女は特に怒りを感じた様子もなく、手にツルハシを携えたフォルゴーレがIS学園メンバーを追いかけて来ていたのを見計らって言い放つ。

 

『フォルゴーレ。それを陽太君に』

『了解しました♪ ハイ、これをどうぞ』

『・・・・・・ツルハシ?』

 

 何の変哲もない、どこからどう見ても工事現場で使うツルハシ以外の何物でもないものをフォルゴーレから手渡された陽太は、何の意図があってのことかとリキュールに問いかける。

 

『これでテメェのド頭勝ち割ってほしいってわけじゃあるまい』

『それはそれで中々魅力的な提案ではあるのだが・・・・・・とりあえずは「これ」ぐらいかな?』

 

 人差し指を一本出して意味深なジェスチャーを作るリキュールに、陽太がますます眉間に皺を寄せる。

 

『意味が分からん! お前となぞなぞしてる場合じゃないんだ。俺は!!』

『そのままの意味さ・・・とりあえず毎日一万回、そのツルハシで地面を掘りなさい』

『・・・・・・ハァ?』

 

 道路工事をしろとはどういうことなのか、やっぱりこの女はナチャラルに俺に喧嘩を売るのが趣味なのか? 頭に血が昇りかけていた陽太であったが、リキュールがなおも言葉を続ける。

 

『千冬には言われているはずだ。私たちと「同じ領域」に至るためには君の中にある「感覚」を開眼させる必要がある。だがそれは個人で習得条件が異なる・・・教えてあげられない代わりにせめての代案としてのトレーニングだよ』

『!?』

『したくないなら別に構わないよ・・・ただし、「高々」毎日一万回すらこなせないの程度なら・・・・・・君は生涯、私の「影」すら踏むことはない』

 

 カッチーン。

 陽太の頭の中で鳴った音が仲間達の耳に聞こえたのは言うまでもない。

 

 その後、フォルゴーレからツルハシを奪い取ると今日に至るまで律儀なほどに毎日一万回という数をこなす生活を送っているのだが、そのことについてはむしろ千冬からも推奨が出てしまうほどであった。

 

『ツルハシは全身を使う。集中力を養うのにも向いているとされているからな・・・無茶な機動訓練などされるよりかは安心できる。まあ、お前がこんな地味な訓練を長い日にち行えるとは思えないが』

 

 カッチーン。

 二度目の音が鳴ったのももはや言うまでもなかったが・・・。

 

 そんなこんなで夏休みに入る前から毎日欠かさず行っているこのトレーニングを、この中途半端な時間帯からでも行っている陽太の勤勉さ『だけ』は認めるものの、やはり今回は状況があまりよろしくない。

 

「君は数日の間はあの少女の面倒をデュノアさんと一緒に見るのではなかったのかね?」

「あのガキはシャルの管轄だ・・・俺にはそもそも向いてない」

「それは残念・・・君は・・・」

 

 背を向けたまま振り向こうとしない陽太に対して、十蔵はズバリ言い放つ。

 

 

 

 

「ずいぶん『弱く』なりましたね」

 

 

 

 

「はぁっ?」

 

 手に持ったツルハシを思いっきり地面に振り下ろして突き刺すと、陽太が振り返って老人に凄みを効かせた視線を送る。しかし老人は小動もしない巨樹のようなゆったりとした空気を放ちながら話を続ける。

 

「君は本当に『弱く』なりました。いや、ここに来た当初では考えられないぐらいにね」

「・・・ブチ殺すぞジジィ」

「ほら、凄んでみても・・・全然怖くない。この学園に来たときはあんなに殺気立っていたのに」

 

 どういう意味だと言いそうになったが、老人は突然地面にしゃがむと土を握りしめ、自分の手に乗せながら懐かしむようにこの学園に来た時からの陽太の変化を口にした。

 

「この学園に来た時の君ときたら、まるで『炎の刃』そのものだった。触れれば相手に痛みを与え、君もそれに甘んじて痛みを返していた・・・いや、まったくもってこの学園に来た時の君はいつかその『炎の刃』で自分自身すらも焼き殺しかねない危うさがあった」

「・・・・・・」

「なのに今、私は君に触れても何も痛まない・・・なんの危うさも感じはしない。それは君がこの学園でその刃を収める鞘を自分で見つけ、その刃を抜くことの意味を自分で考え、抜くことの責任を自分で持った賜物だ」

「!?」

「かつての君は絶えず抜き身で居続けていた。それは確かに『強さ』だったのかもしれない・・・孤高である限りは弱点なんぞ必要としない、戦士としての君は優秀だ。この学園に来てからも飛躍的に能力を伸ばしている上に、今も『別次元』に到達しようとしているのだから・・・・・・しかしね。君がこの学園にきて見つけた物はそれとはまったく別のものだ」

 

 老人は陽太に背を向けると、振り返ることなく語り続ける。

 

「君に足りていない物はない。すでに君は全てを揃えていると私は考えています。ただ・・・」

「ただ?」

「『葉に囚われては樹は見えず、樹に囚われては森は見えない』・・・大切なのは案外、あの小さな少女のように、全てを『感じる』ことなのではないでしょうか?」

 

 気が付ける『余裕』こそが、今の陽太には本当に必要なことなのではないのか? 老人の言葉にいつの間にか全霊を傾けて聞いていた少年に、老人は振り返って満面の見えを送る。

 

「言い忘れていました・・・君がこの学園で得た『弱さ』、その名前を何かご存知ですか?」

「えっ?」

「それはね・・・・」

 

 

 

 

「『日常』というのです」

 

 

 

 不思議な響きだった。

 当たり前にあるはずのものが、実はつい最近までの自分にはまるでなかったことを今初めて気が付けたから。

 その不思議な響きを持つ言葉が陽太の心の中で反響し、さっき見た亡きエルーとの夢を思い出させる。

 

 

 ―――「ヨウタ・・・貴方は・・・」―――

 

 

「暴龍帝(彼女)は君にはそんなものは必要ない。と言ったそうですが、私はそうは思いません。私は弱さがない強さよりも、弱さを、臆病さを持った強さがあってもいいと思っているもので」

 

 これは個人的な意見なんですがね、と一言付け加えるとそのまま歩き出す老人であったが、地面に咲いた『たんぽぽの花』を見つけると、ニコリとほほ笑んでその場から立ち去ってしまう。

 

「・・・・・・日常・・・弱さ」

 

 自分が得たものが日常であるのなら、日常を得たことで弱くなってしまったのか? かつての自分なら考えることすらしなかったことを悩み始めた陽太は、それでも何かに一心不乱に打ち込んでいないと止まってしまいそうな自分を奮い立たせるようにツルハシで地面を再び打ち始める。

 

「・・・・・・」

 

 

 それからどれほどの時が立ったのだろうか? 空はすでに夕日ではなく六分目まで星空が広がっていく中、思考の海の中で汗だくになりながら頬についた泥を拭うことなくツルハシを振るい続けていた陽太に『彼女』が声をかけて来る。

 

「ヨウタ!」

「!?」

 

 傍に寄られるまで全く気配に気が付かないぐらいに集中していたことに驚いてしまい、ツルハシをすっぽぬかしそうになるのを何とか踏みとどまって振り返る。

 

 ―――薄い青色のワンピースと靴を履いた小さな少女に服をつかまれていた―――

 

「だからっ!!」

 

 自分に気配すら感じさせない幼児の驚くべき特技に驚愕しながらも、ひと声かけろと怒鳴りそうになる。が・・・。

 

「あ、言葉しゃべれないんだった」

「ってか、この子の面倒を私に全部押し付けて、君はここで土いじりしてたのかい?」

 

 ジト目でシャルに避難されて反論もできずにたじろぐヨウタではあったが、その時、少女の髪型が飾り気のないストレートからツーサイドアップに変わっていることに気が付く。

 

「お、着替えて髪やってもらったのか」

「ふふん♪ どうどう!? 可愛いでしょう!」

 

 上機嫌で自分のことのように誇らしげに胸を張るシャルと、自分を見つめてくる少女を交互に見比べながら、感想を述べる。

 

「・・・まあ、なんだ。良かったじゃないか」

 

 出てきた感想がこれだけなのが、ヨウタらしいといえばヨウタらしいところではある。ガクリとシャルが肩を落としながら、もうちょっと何かないのかと問いかけた。

 

「もうちょっと何か感想があってもいいと思うんだけどな~?」

「感想って・・・・・・これは」

 

 ツーサイドアップにされた髪の毛を止めているゴムバンド。そこには愛らしいたんぽぽの花が添えられていたのだ。

 

「のほほんさんがくれたんだ。もう自分は使わないからどうぞ、って」

「・・・・・・そうか」

 

 幼い少女の容姿によく似合っているところを見ると、箒が不愛想で飾り気がなさそうなのに女らしさをたまに感じる所は彼女が必死にフォローしていた証拠なのかもしれない。と考えながら、ふとあることに気が付く。

 

「あ〝あ゛っ」

「ん? どうしたの突然?」

 

 何か重大なことを思い出したのか、ヨウタが慌てた様子で少女を持ち上げると、シャルにも相談する。

 

「名前」

「えっ?」

「名前だよ、コイツの」

 

 そして言われたシャルも最初は何のことかわからずに目をパチクリとさせてしまうが、徐々に理解をしていくと冷や汗を垂らしながらその場で叫んでしまった。

 

「ああぁっーーー!!」

「なんで誰も気が付かないんだよ!?」

「気が付いてなかったのはヨウタも同じじゃないかぁ!!」

 

 「アイツ」やら「この子」やらと散々言っておいて、今の今まで自分たちはこの子に名前を付けてあげることすらしてなかったことに保護者(当面)の二人は反省するように項垂れる。

 

「ごめん・・・お前さんにはちょっとひどいことしたと思う」

「私もだよ・・・ごめんね」

 

 最も、謝罪された本人は何の話かさっぱりと分かっていない様子で首をかしげていただけだったが・・・。

 

 

 

 

 

 ☆

 

 

 

 

「・・・うむ。しかし、そうなると一体どうするべきか」

 

 とりあえず晩御飯の時間なので呼びに来た、というシャルと少女と一緒に寮へと歩いて戻るヨウタは、少女の名前を何にするのかとシャルと一緒に頭を悩ませていた。

 

「こういうのって、凄く大事だよね。私達がこの子の人生を決定する。っていっても過言じゃないし」

 

 名付け親・・・それは命を生む親の次に、子供の今後の人生を左右しかねない大役を担っている重要な役目なだけに、真面目なシャルにもプレッシャーがかかってくる。

 

「う~~ん・・・」

 

 しかし、いきなり名付け親になろうと思ってみても肝心な名前が出てこないのでは意味がない。頭を悩ませるシャルの耳から煙が出始める中、陽太は少女を抱きかかえながら少女のツーサイドアップにずっと注目し続けていた。

 

「・・・・・・そうか」

 

 ニヤリと笑いながら何かを考え付いたのか、ヨウタが歩くスピードを上げながら寮へとズイズイ進んでいく。一拍遅れて気が付いたシャルが慌ててそれを追いかける中、小声で少女の耳元で囁くのだった。

 

「(お前さんの名前、ちゃんと思いついたから)」

「???」

 

 不思議そうに首を傾げる少女を見て楽しそうに笑いながら、彼は一度立ち止まりシャルに少女を預けると寮に向かって小走りで走り去っていく。

 

「何処行くのよ!?」

「メシの前に軽くシャワー!! 泥だらけだしな・・・先に食堂に行っててくれ」

 

 急に楽しそうにしだしたと思ったらこの始末である。一人で勝手に先々と進んでいくあの態度だけはどうしたものかと、ため息をつきながら愚痴るように問いかける。

 

「まったく・・・『パパ』はどうしていっつも一人でいっちゃうのかな? ねー?」

「???」

 

 当然答えてはくれなかったが、自分の口から出た『パパ』という単語を思い出し、徐々に頬を赤く染めながら慌てて周囲に誰もいないか確認をする。

 

「よし・・・誰にも聞かれてない」

 

 目の前の少女に関してはカウントしていないところはどうなのだろうか・・・それとも話せないということでバレる心配がないと思っているのか・・・。

 とりあえずヨウタにヨウタに言われた通り食堂へと向かったシャルは、すでに到着して食券を購入しようとしていた一夏達と合流する。

 

「あ、一夏、箒!」

「シャル!」

「陽太は一緒じゃないのか?」

「泥だらけだからシャワー浴びて着替えてくるって」

 

 箒に受け応えしながら少女を下すと、ショーケースに入れられている食品サンプルを眺めながら、少女の夕ご飯は何がいいのかとりあえず問いかけてみる。

 

「全部初めてだからね・・・食べたいものがあったら好きなの言っていいんだよ」

「・・・・・・」

 

 最大限少女の意向を叶えてあげたいシャルロットとしては、たとえ選ぶことができなくても何か心が引かれるものがあってくれたら良いのに、というぐらいの気持ちで問いかけたのだが、その時、少女は初めてのリアクションを見せるのであった。

 

「・・・・・・!」

「・・・・えっ」

 

 ゆっくりと指を上げると、やがてオムライスの食品サンプルを指差し、シャルのほうに振り返ったのだ。

 

「これがいいんだね!! よし、わかった!」

 

 初めて自分の意志で積極的に動いてくれたことに酷く感激したシャルは、意気揚々と自分も同じオムライスの食券を購入する。

 

「さあ! ついてきてね!」

 

 シャルの声を理解したかのように少女はトコトコとシャルの斜め後ろをついてくる。やがて食券を購入し、それを食堂のおばちゃんに出すとオムライスが二人前用意され、それを御盆の上に乗せたシャルが一夏と箒が待つテーブルへと少女と一緒に歩いていく。途中、少女の存在に気がついた女生徒達からため息が漏れたのはきっと、少女の動きがまるで生まれたてのヒヨコのようであるからなのか・・・シャルも両手が塞がっていなければこの場ですぐさま抱きしめてハート乱舞させるところである。

 

「こっちよ!」

 

 見れば一夏だけではなく鈴、セシリア、ラウラも同じようにメニューを受け取って着席していたのだ。

 

「後はヨウタさんが来られれば全員なのですが」

 

 一夏が煮魚の定食、箒はきつねうどん、鈴は餃子定食、セシリアがサラダとパン、そしてラウラがかつ丼というラインナップの中、御盆を下したシャルが若干困惑した表情でラウラに問いかけた。

 

「今日もかつ丼?」

「勝利するまでのゲン担ぎという奴だ!」

 

 最近よく食しているメニューを見て、夜なのにそんなに高カロリーのものを食べたら太っちゃうぞ。と同室の親友を心配しつつ、先に着席して少女を自分の膝の上に載せる。

 

「ヨウタは時間かかりそうだから先に食べちゃおうか!」

 

 いくらシャワーを浴びてるヨウタを待っていてはご飯が冷めてしまうと思ったシャルの言葉に全員が頷く中、シャルは両手を合わせて少女に対して食べる前はこうするのだと日本の作法を教える。

 

「こうやって、『いただきます』ってするんだよ」

「・・・・・・」

 

 わかったのかわからなかったのか、リアクションがない少女に苦笑しつつシャルはスプーンでオムライスを掬って少女の口元まで運ぶのだが、なぜか少女はそれを口にしようとしない。

 

「どうしたの? 貴方の分だから食べていいんだよ?」

 

 ひょっとしてオムライスがほしくなかったのか? 自分の思い違いだったのかと悩むシャルに助け舟を出すように、一夏が自分の煮魚を解して口元へと向ける。

 

「骨は取ったから大丈夫。美味しいぞ、ここの煮魚」

 

 一夏が口元に運んでみるが、決して口にしようとはしないのだ。

 さすがにこれは困ったと思ったほかのメンバーも、それぞれのメニューを口元に運んでみる。

 

「これならどうだ?」

「この餃子、うちほどじゃないけど結構美味よ」

「パンならいかがでしょうか?」

「カツだが・・・食べてみるか?」

 

 箒、鈴、セシリア、ラウラとそれぞれが出してみるが少女は一向に口にしようとせず、ついには嫌がってシャルの胸元に顔を埋めてしまう。

 

「どうしたの? ひょっとしてお腹減ってなかったのか?」

 

 少女が空腹ではなかったのか? と思ったシャルであったが、その時・・・。

 

 ―――ぐぅぅぅぅぅぅ~~~・・・・―――

 

「・・・減ってないわけじゃなさそうだね?」

「そうみたいだな」

 

 隣にいた箒にも聞こえるぐらいの音量の腹の音を聞かせるぐらいなのだから、当然腹は空いているのだ。しかし少女は頑なに夕飯に手を付けようとはしない。

 

「我慢しなくてもいいんだよ? 大丈夫。ここの人たちは怒ったり、貴方の分を取ったりしないから」

 

 何か集団で食べることで緊張しているのか? 思えば少女の態度が昼間から軟化したとはいえ、初めての一斉の食事である。まだ見知って間もない人との同席の食事は早すぎたのだろうか?

 シャルは自分が気が付いてあげられなかったと思い、少女と一緒に自分は部屋で食事をとろうとする。

 

「ごめん皆。やっぱりまだちょっと皆と一緒には早すぎたみたい」

「・・・そうか」

「まあ、確かに初めてだし、慣れるまではな」

 

 ラウラが残念そうに肩を落とし一夏も理解を示すが、立ち上がったシャルに対して腕の中の少女は必死に『違う』とアピールするように首を横に振り始める。

 

「えっ?」

 

 それが『違う』と訴えていることにはシャルも気が付くのだが、一体どういうことなのかまではわからず、困惑が皆にも伝わってしまう。

 

「う~ん・・・どういうことなんだろうか?」

「やはり小さなお子様なだけにデリケートな所があるのでしょうか?」

 

 鈴もセシリアも頭を悩ませるのを見たシャルであったが、ある事に気が付き、すぐさま少女に問いかけた。

 

「・・・・・・ヨウタがいないから?」

「あっ」

 

 その言葉に一夏も何かに勘付く。

 初めての時からずっと一緒にいたヨウタがいないことが不満なのではないのか? そう思ったシャルが更に言葉をつづけた。

 

「・・・・・・ヨウタを、待つの?」

 

 ひょっとして一緒にご飯を食べたいだけなのではないのか? そう思って問いかけたシャルであったが、言葉がまだわからないと思った箒がシャルにやんわりと忠告する。

 

「言葉がわからないのだ。今聞いても・・・」

「・・・・・・・」

 

 ―――ゆっくりと少女が首を縦に振った―――

 

『!?』

 

 今、明らかにシャルの言葉を理解して少女は首を縦に振ってみせたかのように見え、一同が驚愕した。

 

「こ、言葉を理解したのか? まだ聞いてから半日もたってないんだぞ!?」

「しかし、今明らかに首を縦に振ったぞ」

 

 箒やラウラにしてみても、この子が見せた行動があまりにも意外過ぎて目を白黒とさせる。なんせ赤ん坊が簡単な言葉を理解するのに大方『八か月』掛かるといわれているのに、この赤ん坊同然のはずの少女はわずか7.8時間足らずで文章化されている言葉を理解してみせたのだ。

 

「偶然?」

「・・・というには様子がおかしいですが」

 

 鈴もセシリアも事との異常さを実感して冷や汗を垂らす。

 

「そうか。この分だと明日には言葉を話し出しそうだな!」

 

 『これぐらいの子なんだから、話ぐらい分かって当然だろ?』と唯一呑気に異常さを理解せずに喜んだ一夏に、シャル以外の女子たちからゲンナリした視線が突き刺さる中、シャルは別の意味で少女のリアクションに心が震えていた。

 

「(君は・・・)そうだね。食べるなら一緒のほうがいいよね」

 

 自分が何気なくヨウタがいなくてもいいや、と思ってしまったというのに、この少女はちゃんとヨウタが一緒にいることに意味があると思ってどんなにお腹を空かせても首を縦に振らなかったのだ。

 

「じゃあ、私と一緒に待ってようか?」

「・・・・・(こくり)」

 

 もう一度首を振った少女と一緒になって着席してヨウタを待つことに決めたシャルであったが、ほかのメンバーは気まずいのはほかのメンバーである。

 

「あ、皆は食べてもらっていいんだよ?」

 

 と、シャルが言ってくれはしたが、お腹を空かせた幼い少女ですらちゃんと待っているというのに自分達だけが呑気にパクパク夕ご飯を食べられるわけがない。よって一同が仕方なく箸を戻してしまうことになるが、ちょうどタイミングよくそこに着替えたヨウタがやってくる。

 

「あれ?」

 

 全員すでに食べ終わっているかもと思っていただけに、なぜ夕飯を前に全員行儀よく着席してるだけなのか首をかしげる陽太のことに少女が最初に気が付く。

 

「!!」

 

 ツーサイドアップに結んだ髪の毛がピョンピョン揺らして陽太が来たことを告げる少女に、シャルや一夏達も彼の到着を確認し、笑顔で招き入れた。

 

「ヨウタッ!」

「席ならこっち空いてるぞ」

「ちょっと探し物してたら遅れちまったんだが・・・なにゆえのセルフお預けプレイしてんだ?」

「何が楽しい遊びなのよ、それ?」

 

 鈴の呆れた声のツッコミを受け『それもそうか』と一人納得しつつ、ヨウタはシャルの隣に座ると彼女の膝の上に載っていた少女を自分の膝の上に乗せ換えて、不思議そうに見上げ見つめてくる少女にヨウタが笑顔で切り出した。

 

 

 

 

「よし、『たんぽぽ』。お前さんにちょっとプレゼントだ」

「???」

 

 

 

 

 そして手に握られていた一輪の花・・・たんぽぽの花を髪に差してあげると、良く似合っているとご満悦な笑顔を浮かべるのであった。

 

「似合ってるぞ、たんぽぽ」

 

 ゴムバンドのたんぽぽの花と合わせ、頭の上で三輪咲いた花の様子を見て『バランスが悪いからもう一輪持ってくるべきだったか?』と思わず苦笑してしまうヨウタの様子を、本当に珍しい物を見るかのような瞳でシャル達が目の当たりにした。

 感情の起伏が激しく、怒ってるか拗ねてるかちょっと自画自賛してる時が多いヨウタが、こうやって誰かのために笑っている姿など、それこそシャルにとっても初めて見たと言っていい姿であるのだ。

 

「・・・あっ」

 

 だがそのことも気になるが、目下一番気になる事といえばヨウタが発した名前である。

 

「ヨウタ・・・『たんぽぽ』って」

「ん? 名前だよ。コイツの」

 

 少女を椅子から抱き上げながら『この子がたんぽぽです』とアピールする姿に、シャルはしばし呆然となりながらも、慌てて問いかける。

 

「いや、ちょっと待って!?」

「なんで待たんといかん? 誰もたんぽぽの名前決めてなかったんだろ?」

「それは確かに・・・で、でも?」

「何か気に入らないのか? 『たんぽぽ』が」

 

 いや、確かに言われてみたらなぜかこの少女にしっくりくる名前である。と納得している自分がシャルの中にいるのも事実なのだ。

 ヨウタから先ほど話が振られたとき、頭の中でアレコレと悩んではいたものの良い案が浮かばず、この夕食の席で皆の知恵を借りようと思っていた矢先だっただけに、こんなにあっさりと決めてしまわれると釈然としないものがシャルの中で生まれてしまう。

 

「そりゃ・・・・・・ヨウタにしたら、珍しく似合ってるかな。って思うけど」

「俺にしたらって何だよ? これでもTPOに弁えた名前を考えたんだぞ?」

「TPOに弁えた?」

「最初期案は『タイガーフェスティバル』だったしな」

「・・・・・・そうだね。その名前で呼んでたらお仕置きしたよ」

 

 『虎祭』なんて名前を付けられては少女の生末に涙しか浮かばない。そう考えると存外『たんぽぽ』の名前はヨウタにしてみたら英断だったのかもしれないと、周囲の仲間も納得する。

 

「まあ確かに名前が決まってないのは不便、っていうか可哀そうだしな・・・俺はいいと思うぜ。これからよろしくな、たんぽぽ!」

「たんぽぽ、か・・・存外悪くない花の名前じゃないか」

「アンタ、意外にロマンチストね・・・私は鈴よ、たんぽぽ。ほら『リンお姉ちゃん』って言ってみなさい」

「強要は美しくありませんわ鈴さん・・・わたくしはセシリア・オルコットですわ。よろしく、たんぽぽさん」

「ふむ・・・よ、よろしく、た、たんぽぽ」

「お前、まだ緊張してんのか?」

 

 未だにどもりがちのラウラの様子に呆れがちになるヨウタであったが、その時、少女が口をパクパクと動かしていることに隣にいたシャルが最初に気が付く。

 

「どうしたの、たんぽぽ?」

「ん? 腹減ったのか? なら腹ごしらえを・・・」

 

 『済ませますか』と言葉を続けようと思っていたヨウタであったが、確かにその愛らしい声が彼の耳には届いた。

 

 

 

 

 

 

「・・・・・・・・よ、う、た」

 

 

 

 

 

『!?』

 

 全員が一斉に少女を凝視する。

 何かの聞き間違いかと思って皆が見つめる中、拙い様子で口をパクパクと動かしながらも、少女は確実にヨウタの顔を見ながら言葉を発しているのだ。

 

「よ、う、た」

「言葉がわかる・・・てか、たんぽぽ! お前さん、話せるのか?」

「ウソ・・・ホント?」

 

 シャルも驚きで目を丸くする。まさか半日足らずで理解しただけではなく、言葉を話し始めるとは誰も思っていなかっただけに、この少女がやはり普通ではない。という証明にもなってしまったことである。

 

「よ、うた・・・・・・・た、ん、ぽ、ぽ」

「そうだ。お前さんがたんぽぽだ」

「た、ん、ぽ、ぽ?」

 

 拙い様子で話しだしていた少女がゆっくりと自分の指を使って確認するように名前を口にしだし、たんぽぽと名前を出しながらヨウタを指さす。

 その様子に苦笑しながら、ヨウタはゆっくりと諭すように少女の手をもって自分とたんぽぽの間を往復しながら覚えさせるのであった。

 

「俺は『陽太』・・・お前が『たんぽぽ』。『陽太』、『たんぽぽ』だ」

「・・・よう、た。た・・・ん・・ぽぽ」

「そうだ。わかるじゃないか」

 

 やがて自分を指さしながらその名前を確認した少女は・・・・・・・・・・・・・・生まれて初めて、『喜び』を表現するように、皆に自分を指さしながら『微笑み』かけた。

 

 

 

 

 

「た、ん、ぽぽ・・・たん・・・ぽぽっ!・・・・・・たんぽぽっ!!」

 

 

 

 

 

 『私がたんぽぽなんだよ』と本当に嬉しそうに微笑んだ少女の様子を心から喜んだシャルの瞳には涙がたまり、思わずヨウタの膝の上に乗っていた少女を抱きしめてしまう。

 

「そうだよ。あなたが『たんぽぽ』なんだよ!」

 

 ほかの何者でもない。

 この世界でたった一人だけの、かけがえのない存在なんだと訴えるように自分の名前を何度も口にするたんぽぽをシャルは抱きしめながら、おでこにキスをする・・・亡き実母が『愛している』というサインとして自分に時折キスをしてくれたように。

 

 その様子を眺めていたヨウタは、シャルの膝の上に乗る幼い少女に、自分も貰った『あの日』の言葉を贈るのであった。

 

「昔、エルーさんに言われたんだ。『名前ってものは、親が最初に子供に贈るかけがえのない贈り物だ』って・・・」

「!?」

「その子の未来に祈りを込めるようにつける大切なもんだ・・・・・・だからな、たんぽぽ」

 

 今思えば、あの日の言葉は今日の彼女に伝えるために、エルーが自分に残してくれたのかもしれない。そんな風に思えるぐらいに、穏やかな気持ちで陽太はたんぽぽに告げるのであった。

 

 

 

 

 

「たんぽぽ・・・お前は誰かの道具じゃなく、その名が似合う人間(ヒト)になるんだ」

 

 

 

 

 

 

 ☆

 

 

 

 

 

「本当によろしいですか、学園長?」

 

 その様子を食堂の入り口からじっと見つめていた千冬と十蔵が、嬉しそうに微笑みながら見守っていたのだ。

 

「面倒の方はローテーションを組みながら部隊全員で見る。ということで」

 

 どこかの施設に預けるという話ではあったのだが、急であるがゆえに流石にツテだけでは安全確保の目途が立たなかった千冬に、十蔵自らがこの学園でしばらく面倒を見てはと進言してきたのだ。

 

「当面の方針はそれでいいでしょう・・・むしろ君の方こそ、ヤケにあっさりと私の意見を聞き入れてくださいましたね」

「それは・・・貴方が考えなしで学園で面倒を見よう。などと言い出す方ではないでしょうし・・・なによりも」

 

 教え子達と少女の光景をこうやって今目にしてしまうと、いきなりそれを取り上げてしまうことには人間としての情がやはり引っかかってしまうのだ。

 

「私もそうですよ・・・・・・それにね、織斑先生」

「はい?」

「私は思うのです」

 

 皆にこうやって抱きしめられながら、頭を撫でられながら微笑む少女を見ていると、キレ者である十蔵の第六感が密かな予感を打ち鳴らす。

 

「あの少女こそが、私達に足りなかった最後の希望なんじゃないのかって」

「・・・希望?」

「まあ、こんな年寄りの言葉です。アテにしないでください」

 

 そう言い残し、目元に笑みを浮かべながら食堂を後にする十蔵は、星空の下で学園の執務室に向かう途中、一度だけ振り返って、光が灯る建物を優しく、そして少しだけ寂しさを秘めて見つめながら、ポツリとこうつぶやいた。

 

 

「たとえいかなる結果になろうとも、この出会いこそが君たちの糧になると、私は信じているのですよ」

 

 

 

 

 

 

 






名前が決定いたしました。

そう、名前は『たんぽぽ』


由来は説明不要なぐらいに、日本ならどこにでも咲いているタンポポの花からです。花言葉は「愛の神託」「神託」「誠実」「幸福」。そして「真心の愛」

陽太が知っているとは思えませんが、何気にセンスがあってよかった。まあ第一候補がタイフェスな時点で危なかったですがw

さてさて、この謎多き『たんぽぽ』ちゃんとの交流が、IS学園メンバーにどのように作用するのか?
予告していたほど学園メンバーと絡めなくてちょっと予告詐欺みたいになっていますが、次回から始まる日常編ではこのたんぽぽを中心に様々な出来事を学園メンバーでおこしていくことになります






ヴィンセントパパ、発狂まで残り二歩(謎予言)
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