では続きをお楽しみください。
なお、あとがきで重大発表があります
IS学園に滞在を初めて僅か数日の間でありながら、やはり特殊な生まれなのだと思わされる部分が幼い少女のたんぽぽにはあった。
例をあげるならこの食事の時も顕著な一つだろう。
たんぽぽぐらいの少女ならば、まだ手のかかる子供と然程変わりはない。シャルロットは彼女の面倒を見ることを決意した夜から、早速、食堂の職員にも頼んで子供用の食器を手配して貰ったのだ。そして翌日になるとワザワザ自分の足で食堂の職員が買いに行ってくれた食器を使い、たんぽぽは食事をし始める。
最初の頃は慣れない手つきでフォークとスプーンを使うのに悪戦苦闘していたのだが、それも数日のこと。見れば大分慣れた手つきで、今もサラダについてたプチトマトをフォークで突き刺し美味しそうに口に運んでいる。その花の咲いたような笑顔は食堂内に一種の潤いを与えているのか、彼女の一挙手一挙足を見つめる多数の瞳があった。
食堂で働く中年のパート職員達、年上の先輩方、また普段は余り関わりのない教員達ですら、彼女の愛らしさを目に入れても痛くないといった感じで見守っていたのだ。
「じゃあ、今日はシャルロットママと一日一緒だね♪」
彼女の口についていたドレッシングをナプキンで拭いながら、上機嫌でたんぽぽの世話を焼くシャルと、その笑顔を見たたんぽぽは同じように嬉しそうに笑顔で頷いてた。
「うん♪ たんぽぽといっしょっ!」
本当に嬉しそうにしている母子の姿に、二人の光景を黙って見ていた一夏は、同じように見守っていた陽太や箒にポツリと漏らすように呟いた。
「お母さん………か。そうだよな」
「一夏?」
「お母さんって、小さな子のそばにいて当然なんだよな………俺、そんなことも知らなかった」
一夏の様子がおかしいことにしばらく理由がわからなかった箒であったが、シャルとたんぽぽの様子を見ていてようやくその理由に気が付く。
―――織斑一夏は親の顔を知らない―――
今日の今まで彼の口から両親のことについて語れたことは一度も箒は聞いたことはなかった。箒にしてもISの登場によって、開発者の親族ということで保護プログラムによって一家が離散して以来、両親とは一度も面会はしていない。幸い更識家の気遣いによって両親の無事と現在の居場所は教えられており、いくつかの条件を守りさえすれば面会は許されているのだが、操縦者としての生活を優先させていたことによって今日まで再会は果たしていない。
彼が両親について語りたがらない理由は箒にしても何となく察することは出来る。彼にとって母であり姉であるのが千冬であり…………本当の生みの両親とは、自分を捨て去り、千冬に全てを押し付けた人物である。と一夏の中では確定しているのだ。
だからかもしれない。幼い時の一夏が、時々何処かの家族が触れ合っている姿を見た時、何かを噛み締めているような横顔になっていたことを、箒は記憶していたのだ。
「………一夏?」
「………ん?」
シャルとたんぽぽを黙って見ていた一夏の胸の内が心配になり、無意識に彼の腕を掴んでいたのは。
「………箒?」
「えっ………あっ!?」
顔を真っ赤にし慌てて手を放す箒であったが、彼女の手から伝わった気持ちを一夏はしっかりと理解し、心配いらないという笑顔を浮かべる。
「違うんだ箒。別に羨ましいとかそういうの………ちょっとあるけどさ」
「一夏?」
「なんだか………嬉しいんだ。俺」
目の前の少女が、ごく当たり前に愛情を受けている。それが一夏には何故かとても嬉しい。
両親からの愛情というものは、確かに自分は知らないのかもしれないけど、だからといってそれがたんぽぽに不要だとは思わない。
むしろ陽太とシャルの、二人の想いを受けて幸せそうに笑ってくれていることが、今は一夏にとって当然のように思えてくるのだ。
「自分も子供ほしくなったのか? ご指名かかったぞ、防人殿」
「なっ!?」
そんな様子を黙って見ていた陽太の冗談を受けた箒が頬を真っ赤に染め上げ、立ち上がって陽太に詰め寄ると同時に、陽太もドンブリを片手に持って椅子から飛び退いて距離を離す。
「そこへ直れ、不埒者がっ!」
「不埒なのはお前の胸部装甲じゃ! 最近ワンカップほど、またデカr」
「チェストォッ!!」
部分展開した刀を峰内に返し、陽太のド頭をカチ割ろうとする箒と、奇妙な動きで上半身だけ分身しながら回避する陽太の二人。食事中ということもあって、周囲からすごく迷惑そうな目で見られるが、二人に届くことがなかった。
「二人ともッ!? 食事中は静かにッ!!」
「ママァー。みえない、きこえないー」
顔を真っ赤にしたシャルロットが、教育に不適切な発言を遮るためにたんぽぽの両耳を塞ぎながら首を二人とは真逆のほうへと向けてしまう。併せてのほほんが万が一もないようにたんぽぽの視界を塞いでくれるのであった。
☆
その後、食堂に来た千冬が雷を落とし、部分展開した件に対して反省文を箒は書かされ、挑発した陽太が即座にアイアンクローと、未提出分の報告書にプラス20%分のノルマが追加した部隊連携のレポートという地獄送りにされるのであった。
可愛い義理の娘の相手の方が万倍大事だと言って、手伝ってお願い、と足に纏わりついてきた幼馴染を置き去りにし、普段着の上に白い帽子を被ったシャルは、同じように麦わら帽子を被ったたんぽぽと一緒に校内を散策していた。
「ママぁー! これ、おはなっ」
「うん。そうだね♪」
「たんぽぽ、しってる。このこは『アサガオ』。おじいちゃんがおしえてくれた!」
道すがら、自分が教えてもらった知識を一生懸命に披露するように、たんぽぽは色々な物を指さしながら名前を読み上げ、シャルはそのすべてに笑顔で相槌を打っていく。そんな彼女の笑顔を見て、たんぽぽは嬉しくなったのか余計に饒舌に話を進めていってくれる。
幼児期の自己発達に必要な成長を促す行為を、シャルは知識としてではなく、実母との経験から無意識に感じ取っていたのだが、ここにきてたんぽぽ自身の驚異的な吸収能力に更に一役買っていたのだ。
「ママ。あとでおはな、パパにもっていっていい?」
「ん? それはいいけど………どうして?」
途中、道端に咲いていた一輪の花を見ながら、たんぽぽがシャルにそう尋ねてきたので、理由を問いかけると、彼女はにこりと笑いながらこう答える。
「パパ、しょんぼりしてた。だから、おはなみたら、ニッコリになる!」
「!?」
もうその一言だけで十分だった。『ああ、うちの娘は立派な天使に育ちました。お母さん』と感涙して、抱きしめながら彼女は頬擦りをしまくるのであった。
「たんぽぽっ! 君は本当に良い子だよ! ママ、本当に嬉しいよぉっ」
「ママ、うれしい?」
若干意味がまだわからないたんぽぽが今度は尋ねる番であった。彼女はたんぽぽと同じ目線になるようしゃがみ込み、笑顔で答える。
「嬉しいよ。自分の子が優しい人になってくれるのが、嬉しくないママなんているわけないもの」
「やさしいとうれしい…………わかった。たんぽぽはいつもうれしいっ!」
「嬉しいの? ありがとう、たんぽぽ」
自分が優しいママなんだ。そう肯定してもらえたような気がしたシャルは彼女を抱き上げると、またしても頬擦り攻撃を再開する。
「うりうりうりぃ~」
「ママ、くすっぐったい~!」
「じゃあこのお花をパパに持って帰ってあげて、早く仕事が終わるように頑張ってもらおうね」
「うん!」
「家族は、いつも一緒なんだから」
「かぞくは、いつもいっしょ………?」
「そう…………一緒だよ」
首を傾げ、しばしたんぽぽは考え込んだ後、何かを悟ったのか元気に首を縦に振って返事をした。
「あいっ!」
きっとその理解は知識としてのものではなく、彼女自身が今感じている気持によるものなのだろう。元気のよい返事をしてくれたたんぽぽに満足していたシャルであったが、そんな彼女の後方から二人に声をかけてくる人物がいた。
「デュノア君、たんぽぽ君」
「あっ」
「おじいちゃんせんせいっ! おはようございますっ」
いつも校内の清掃や緑地の管理を行っている十蔵が歩いてくる。彼に手を挙げて挨拶するたんぽぽと、同じようにシャルは挨拶しながら会釈を行う。
「おはようございます。轡木先生」
「おはようございます………先生と呼ばれると、何か照れくさいですね」
たんぽぽが彼のことを『先生』と呼んでいるためか、自然とシャルも彼のことを『先生』と呼んでしまうのだが、名目上は一介の用務員でしかない自分を『先生』と呼ぶ必要はないと、一度断りを入れたこともあった。
『ですけど………やっぱり、たんぽぽにとっては轡木さんは『先生』ですから』
と、シャルに言われ、十蔵は渋々と言った表情で受け入れることとなったのだが、やはりむず痒いのかこそばゆいのか、とにかく呼ばれ慣れない呼称に少しだけ照れ臭くなってしまう。
「おじいちゃんせんせいっ! きょうはね、たんぽぽとシャルロットママのふたりでおてつだいするんだよ!」
「それはそれは………しかし、よろしいのですか? デュノア君はせっかくの休日だというのに」
「いえ。休日だからこそ、一秒でも長くたんぽぽと一緒にいたいんです」
訓練と学業で疲れているだろうと心配する十蔵に、そう答えるシャルの笑顔には迷いがない。たんぽぽと過ごす時間が毎日本当に楽しいということは真実なのだろう。そこには若くも立派に『母親』の顔つきをし始めた少女の姿があった。
「(年寄りの要らぬ心配などは必要ないか)………そうだ!」
自分の考えなどいらぬお節介だと思ったのか、胸の内に沈めた十蔵が急に踵を返すと、急ぎ用務員用の建物へと向かう。
そして裏手を回ると、すぐさまに戻ってくるのであった。
―――赤地に白のまだら模様が入った大型犬をリードに繋いで一緒に歩いてくる―――
「あっ」
「人間に換算すればもう私と同い年ぐらいな犬でしてね、普段は余り構ってやれなくて………ちょうど今は夏休みということで、生徒が少ないので広い場所で遊んでやろうと思いまして」
自分の飼い犬を引き連れ、十蔵はたんぽぽへと改めて挨拶をする。
「それにたんぽぽ君にも友達が必要かと思いまして………仲良くしてあげてくれませんか?」
随分と体格の良い犬でありながらも、温和でのんびりそうに舌を出してたんぽぽを黙ってみる犬なのだが、当のたんぽぽが先ほどから何も言わないことを心配したシャルロットが、そっと娘の顔を覗き込む。
―――頬を染め、瞳からキラキラと光を放ちながら、鼻息が荒くなっているたんぽぽ―――
「(犬を怖がってたのかと思ったら真逆だった)た、たんぽぽ?」
「………………えほんでみた」
絵本でしか知識がなかったため、今日の今日まで実際の犬に出会ったことがなかったたんぽぽは、目の前の犬を指さして言い放つ。
「あなた、『ポチ』ね!?」
「「えっ?」」
「ポチっ!!」
そして大喜びでポチの首に抱き着くと、そのまま頬スリを開始する。急に抱き着かれた犬の方も、特に嫌がる様子もなくたんぽぽにされるがままに頬ズリされているのかと思えば、彼女の体臭をしばし嗅いだ後、その大きな舌で彼女の頬を嘗め回す。
とりあえず良好な初対面であることは疑いようもないが、流石に名前を勝手に着けるのはどうかと思い、シャルと十蔵がやんわりと注意する。
「あのね、たんぽぽ。多分、その犬はポチじゃないと思うんだ?」
「そうです。その子の名前は『シュナイダー』と言って、それはとてもとても強い意味が・」
「ポチ」
ポチと名付けた限りはポチなのだ。そう言わんばかりにたんぽぽは二人の言葉に首を横に振ると、改めて目の前の犬と瞳を合わせる。
―――輝く瞳で犬を見つめるたんぽぽ―――
―――輝く瞳を受け止め、たんぽぽを見つめる犬―――
そして犬は決意するように、天に顎を挙げて吠えるのであった。
―――アウォーーーーーンッ!!―――
「ポチッ!」
―――アウォーーーーーンッ!!―――
「「!?」」
『私は今日からポチだ。私の名前はそう呼べ』と言わんばかりに吠え上げた『元シュナイダー』こと『ポチ』は、たんぽぽに近寄ると自ら頭を差し出し、『撫でて』とアピールする。
「撫でてあげて」
「…………うんっ!!」
困り顔のシャルが戸惑うたんぽぽにそう告げると、破顔したたんぽぽはポチを猛烈な勢いで頭をなで始めると、そのまま頬刷りから抱きしめホールドにまで発展する。当のポチもそれを一切嫌がることなく、されるがままに受け入れると、ついには犬が本当に信頼している相手にしか見せない腹を見せてくるではないか。
中々見せてもらえなかったというのに、会って5分ですっかり犬の主になってしまうたんぽぽに、呆然としながら十蔵は話しかける。
「た、たんぽぽ君?」
「んっ?」
「彼の名前は、『シュナイダー』ですよ………ねぇー、『シュナイダー』?」
―――舌を出したまま微動だにしない『ポチ』―――
「ちがうよ。このこ、『ポチ』だよ。ねぇー、『ポチ』!」
―――アウォーーーーーンッ!!―――
「!?」
「ポチッ! いいこ!」
刷り込み(サブリミナル)は完了した模様である。一瞬で主が代替わりしたことに、一応愛情をもってこれまで接してきた十蔵がかなりのショックを受けてうずくまり、それを察したシャルがなんと声を掛けたらいいのか戸惑う中、肌をすり合わせていたたんぽぽとポチは互いに目を合わせると、以心伝心と言わんばかりにポチが彼女を背中に乗せて一人で走り出してしまう。
「はやい、はやいっ! ポチ、スゴイはやいっ!!」
「た、たんぽぽっ!」
いきなり本能のまま爆走を始めたポチを追いかけようとするシャルロットであったが、如何に彼女が専用機を任された代表候補生とはいえ、最高速度が陸上競技で金メダルを取るアスリートよりも早い大型犬相手ではどうしようもなく、わずかな時間で娘と犬の姿を見失ってしまうのであった。
☆
一方………。
「チッ」
そんなことが起こっているなどと知る由もなかった陽太はというと、仰せつかったペナルティー(報告書とレポート)をほとんど手つかずで放置し、勝手に部屋から抜け出して休息をとることを選んだのであった。その表情には状況に対しての強い不満が浮かんでおり、自分にデリカシーがなかった。とか、提出期限を守ろう。とか当たり前の反省の色は一切浮かんでおらず、『俺が本気なったら、まあ、夕方一時間で終わるだろう』という全く根拠がない自信だけである。
「そのころにはシャルも手伝ってくれるだろうから、まあ大丈夫でしょ」
一度言われたことはすぐに覚えるたんぽぽの父親役としての心得を、奈良橋からみっちり説教を夕方に食らう未来が今の彼には見えていないようである………進歩しろよ。
「シャルとたんぽぽはどこまで行ったのか………これはあれだな。超久しぶりにお昼寝でもしてしまおうという・」
「パパァァッー!!」
とぼとぼと敷地内を歩く自分のことを呼ぶ幼い声を聴いた瞬間、陽太は昼寝を邪魔された、という一見すると不機嫌さを表情で作りながらも、たんぽぽがそこまで自分と遊びたがっていたのかということを知り、若干の嬉しさを覚える。
「(いかんいかん。ニヤケるな)どうしたんだ、たんぽぽ? パパはこれかr」
―――時速40㎞近い速度で、陽太の脇腹に、一片の躊躇なくタックルを食らわせる大型犬(ポチ)―――
「グフッ!!」
走行中の原付に衝突されたに等しい衝撃に、陽太は見事にくの字に降り曲がりながら犬ごとそのまますっ飛び、口から泡を吹いて地面に昏倒する。
「パパ、パパ!! このこ、ポチよ! たんぽぽのともだち!」
そしてポチの背に乗っかったままのたんぽぽは、興奮した様子で泡を吹いて痙攣している陽太に気が付かないまま一方的に話を続けるのであった。
「ポチ、スゴイはやいの! それでね、あのね!?」
「う、ううっ………」
たんぽぽを乗せたまま陽太の上に覆い被さったポチは、その長い舌で陽太の顔を舐めまわしていたのだが、ようやく気が付いた陽太はポチの存在に気が付くと、腹の底から沸き上がった怒りのままに90kg以上の巨体を腹筋だけで押しのけて起き上がる。
「おどれ、この毛むくじゃらがぁっ!?」
「ふぁああ~~!」
たんぽぽの可愛らしい叫び声が響く中、痛みとダメージから復帰した陽太はさっそく彼女の頬っぺたを両手で持つと、モニュモニュと摩りながら怒鳴りつけたい気持ちを抑えつつ、彼女に問いかけるのであった。
「どこの大学の悪質タックルか。俺じゃなかったらたぶん死人が出てもおかしくなかったぞ」
「………アクシツタックル?」
意味が分からないたんぽぽが、隣のポチと瞳を合わせながら『知ってる?』『知らない』と異種間で問答する一人と一匹に対して、こっち向けと頭を握って無理やり振り向かせ、話を続ける。
「そしてどこの毛むくじゃらじゃ、このワン公は?」
「ワンこうじゃないよ。ポチだよ」
「どっちでもいい!」
「いくない! ポチはポチ!」
たんぽぽに名を呼ばれるたびに天に向かって吠えるポチに対して、目線で『黙れ!』とだけ怒鳴りつけると、保護者として一言言い放つ。
「とにかく………元居た所に返してきなさい。ウチは今ペット禁止」
「???………ペットってなに?」
そこからか? 頭を抱える陽太は、しばし考えこむと何とか理解してもらおうと、精一杯言葉を選んで話し続ける。
「ペットっていうのは、アー………アレだ。動物とか『飼う』ことだ」
「かうの? ポチは、どこかでうってたの?」
「その『買う』じゃなくて『飼う』な。まあ、元々はどこかで売ってた奴なのかもしれないが………」
「でも、ポチはたんぽぽのトモダチだよ。ねー?」
「ねー?………じゃなくてだな。とりあえずもうそいつは戻してきなさい」
「どうして?」
「だから、そいつは他所様のペットなの!? この学園で野良犬なんているわけないだろうが! それに首輪してるし!」
「ペットじゃないよ。ポチはたんぽぽのトモダチだよ。ねー?」
振出しに戻ってしまうたんぽぽを前に、地面に蹲って『もう好きにしろ』と敗北する陽太であったが、彼のそんな様子など気にすることなく、今度はたんぽぽは目を輝かせながら話しかけてくる。
「あっ………パパぁー!」
「大声出さんでも聞こえてるよ。っで、何?」
「シロいこと、クロいこと、シロいことクロいこよりもおおきなこがいたの!」
「????」
手でジェスチャーしながら説明するたんぽぽが言ってる意味が全く分からない陽太が首をひねる中、たんぽぽは口で説明するよりも早いと思ったのか、ポチの背中に跨ると彼に付いてきてと催促する。
「こっちっ!」
「お、おいっ?」
「ポチ、さっきのこたちのところ!」
たんぽぽの言葉を聞いたポチが、人語を完全に人語を理解しているように、全力で来た道を逆走しだす。しばし呆気に取られていた陽太であったが、少し遅れて慌てて一人と一匹の後を追いかける。
「ちょ、待てっ!」
シャルロットが追いつけなかったポチの走力であったが、(割とコイツも超人)である陽太はすぐさま追いつき、並走しながらたんぽぽに問いかける。
「何が居たんだ!?」
「シロとクロとおっきいこ!」
「だから、そりゃなんr」
「さっき、ポチといっしょにみつけたの………ここっ!」
急ブレーキをかけて止まるポチと、慣性の法則でポチから放り出されるたんぽぽと、慌てて空中でたんぽぽをキャッチした陽太が、大きなクスノキの下にたどり着く。
「ゴルァッ! 駄犬がぁ! たんぽぽ放り出すとは何事かっ!!」
たんぽぽが怪我をしかねなかったことに激怒する陽太と、なんとなく彼の怒りに圧倒されて申し訳なさそうにするポチをしり目に、たんぽぽは気にする様子もなくスルリと彼の手から飛び降りると、クスノキの下の茂みに上半身を突っ込み、何やら向こう側に呼び掛ける。
「あ、こっちだよ~~。おいで~~~」
茂みに上半身を突っ込みながらガサゴソすること1分少々、体のあちこちに葉っぱをつけて姿を現したたんぽぽの両腕に抱えられていた『白と黒』の動物を見て、一瞬だけ立ち眩みに襲われるのであった。
「シロいことクロいこ」
―――白毛と黒毛の『ニャー』と鳴く小動物達―――
「お、おまえ…………この短時間で」
大型犬一匹と白と黒の『子猫』を従え、楽しそうにほほ笑む義娘と、絶望的な表情になる陽太。たんぽぽの小さな両腕に抱かれた生後間もなさそうな子猫二匹を見た瞬間、彼ははもうなんと表現すればいいのかわからなくなる。
拾った義娘には動物に好かれる才能がありました。そう暢気に言えたらいいのかもしれないが、もしかせんでも飼う気なのか?チビ二匹とデカいの一匹。もし飼うとか言い出したら、当然自分が千冬に掛け合わないといけないのだろう。
―――ほう? このくそ忙しい時にペットを飼いたいと? 貴様、私を困らせることに関してはやはり天才か? それとも、今の100倍の書類仕事を受け持っても一人で出来る。という自信の表れか?―――
想像しただけで膝小僧がガクブルになる壮絶な黒い笑顔が脳裏を掠め、心が折れかける(内面はすでにバキバキ)ヨウタパパは、子猫たちに頬っぺたを舐められているたんぽぽをどうにか説得して、子猫だけでもクーリングオフしようかと考えていたが、その時、たんぽぽが言っていた事柄を思い出す。
「たんぽぽ………そういや、大きいのがどうとか言ってたな?」
「そうだよ! おおきいこがいてね、ずっと『おひるね』してるの!」
大きい子、というのはおそらく親猫の事なのだろうが、ずっと『昼寝』しているとはどういうことなのか? 疑問に思った陽太はたんぽぽが突っ込んだ茂みをかき分け………理由をすぐさま悟り、先ほどとは違う真剣な面持ちとなる。
「……………」
そして同時に、子猫をどこかにやってしまおう。という簡単な話でなくなってしまったことであり、どうしたものかと、より悩まされることとなるのだが、そこへ息を切らせたシャルロットがようやく追いついてくる。
「ゼェー、ゼェー………た、たんぽぽっ!」
「ママッ!」
「ママじゃ………って!?」
たんぽぽの手に抱かれた黒い子猫と、ポチの頭の上に乗っかった白い子猫の存在に気が付き、一瞬眩暈を起こしかけるが、真剣な表情をした陽太がシャルに顔を向けずに話しかけてきた。
「シャル、たんぽぽとその犬猫連れて先に帰っててくれ」
「ヨウタッ!? って、どうして君がそこにいるの!? 君は寮で書類仕事でしょうが!」
最もな事を言うシャルロットであったが、普段ならここで土下座が展開される場面においても陽太は表情を変えることなく、茂みの奥に入り込み、何やら両腕でだき抱えて出てくる。
「ヨウタ?」
「……………墓ぐらいは作ってやらないとな」
白と黒の斑な模様を持つ親猫が、静かに瞳を閉じて力なく項垂れていた………いや、もう『二度』と瞳が開くことがないことを、陽太が確認した上で、丁寧に抱いて歩きだす。
「あっ」
陽太の表情と言葉。そして親猫の姿………それらはシャルロットにも十分に状況を伝えることとなる。すぐさまシャルは無理やり笑顔を作ると、たんぽぽをこの場から引き剥がそうとする。
「たんぽぽ、おやつ食べに帰ろう!」
「……………ママ」
そんなシャルの目論見なのだが、たんぽぽは陽太の後姿を目で追いかけながら問いかける。
「ヨウタパパ、あのこ、どこにつれていくの?」
「えっ?」
「あのね、あのこね、ずっと『おひるね』してたの。このこたちも、『おきて』ってなんかいもいってたけど、おきなかったの」
「そ、それはね」
「どうして?」
今度こそ、シャルロットは本気で言葉に詰まってしまった。
問いかけられた言葉が、あまりにも純粋だったから。問いかけてきた瞳が、あまりに無垢だったから。穢れの無い魂が、自分の一言で黒く濁ってしまいそうで。
きっとまだ何一つ知らない。この子は………。
怒りも、憎しみも、悲しみすらも………。
そんな子に、自分は親として何を語るべきなのか? それともこのまま誤魔化すべきなのか? その判断が付きかねるシャルロットであったが、まるで助け舟を出すようにポチが鼻先でたんぽぽの肘を突きながら歩きだした。
「ポチッ! おうちかえるの?」
問われたポチは、一度だけ吠えるとたんぽぽに歩調を合わせるようにゆっくりと歩きだし、たんぽぽも子猫たちも一緒に歩き出す。
途中、シャルロットの方に振り返ったポチが、『一緒に帰ろう』と言ってくれているような気がして、彼女は心底安堵し、一度だけため息をつくと素直に老犬に感謝を述べて後を追う。
「…………ありがとうね、ポチッ!」
シャルの言葉を聞いたポチは返事をすることなく、前を向くとまるで照れ隠しのように耳をパタパタと揺らせ、寄り道をしようとしている一人と二匹を巧みに誘導して、寮の帰路へとつくのであった。
☆
「………なるほど」
寮に戻って早々、入り口付近で脱走した馬鹿隊長に激怒し、鬼神に変貌寸前であった千冬と出くわしたシャルロットは、大型犬一匹と子猫二匹の説明を彼女にすることとなる。最も、大型犬に関しては『十蔵先生が連れてきた』とだけ言うと、苦虫をつぶしたような表情で「了解した」と速攻で理解してくれたのだが………。
一方、親猫の墓を作りに行った陽太の帰りが遅いと、再び怒りが沸き上がっている様子で補助用の杖を握る力が篭り、ギチギチと不気味な音が鳴り響く中、たんぽぽと子猫二匹とポチはというと………。
「うわっ! マジでノミだらけじゃない」
「部屋に入れる前に、お風呂タイムは正解だわ」
「シロ、クロ、じっとするのっ!」
寮の玄関先において、大きなタルイの中にぬるま湯を入れ、大急ぎで買ってきてもらった猫用シャンプーを使い、鈴と鷹月の手によって二匹は人生初のお風呂タイムとなっていたのだ。幸い、二匹は風呂を特に嫌がる様子もなく、また、たんぽぽとポチが近くにいることで安心しているのか、二人の手を拒否することなく大人しく洗われていた。
「よし、キレイになったわね」
「たんぽぽ、ドライヤー取って」
「あい!」
泥と体中についたノミをキレイに洗い落とされた白毛と黒毛の二匹………たんぽぽによって「シロ」「クロ」と名付けられた子猫は、泡をキレイに流されて濡れた体毛を鈴たちの手によって拭われ、たんぽぽの手によるドライヤーの熱風を食らうこととなる………かなり嫌がったクロが逃げ出そうとするが、ポチによってあえなく御用となっていた。
「クロ、じっとしなさい!」
「イヤ、アンタ。猫相手に正面からドライヤーはダメよ。びっくりするから」
鈴のツッコミを受け、後ろ足を引いて警戒するクロに対して『そうなの?』と首をかしげながら訪ねるたんぽぽ。シロが対照的にジッと大人しいことを垣間見ると、クロは活動的かつ好奇心旺盛なタイプらしく、好き嫌いも激しそうである。
「シャル、お風呂終わったわよ」
「鈴も鷹月さんもありがとう」
たまたま手が空いていた二人が快く子猫の世話を手伝ってくれたことに感謝するシャルロットが頭を下げると、隣でそれを見ていたたんぽぽも真似て頭を下げて見せる。
「ありがとー」
「うん。エライエライ」
シャルに頭を撫でられて顔を綻ばせるたんぽぽであったが、近寄ってきた千冬の笑顔ではない表情を見て可愛らしく綻ばせていた表情が一変してしまう。
「……………たんぽぽ」
「???」
千冬が難しそうな顔をしているのか理解できないたんぽぽと、そんなたんぽぽに辛くなるであろう事を言わないといけないためか、千冬は苦虫を潰したかのように表情を歪めるも、何とか言葉を紡いでみせた。
「………たんぽぽ、分かり易く言おう。クロもシロもポチも、この寮では一緒にいられない」
「!?」
「ポチに関しては学園ち………用務員の十蔵先生の元へ帰すとして、クロとシロはしかるべき公的機関に預けることになった」
「…………」
「………わかって、もらえたか?」
千冬の言葉を聞いたたんぽぽは一転、俯いてそのまま黙り込んでしまった。下を向いて何も話さなくなった姿を見た千冬の心に痛みが走るが、ここで挫けてしまっては寮を預かる監督官としての模範が崩れてしまう。
特例中の特例としてたんぽぽがここで住むことは認めたものの、やはりこれ以上は了承できない。千冬はもう一度たんぽぽに問いかける。
「たんぽぽ…………わかって、もらえたか?」
「!!」
黙り込みながらも首を横に振る幼子を見て、千冬は普段の教員として生徒を叱り飛ばす姿を見せる訳にもいかず、言葉を選びながら更なる説得を試みた。
「この寮は、たくさんの人たちが生活している。一緒に住んでいるんだ。たんぽぽだけの我儘を聞くわけにはいかないんだ」
「!!」
なおも首を横に振るたんぽぽを見て、さすがに耐え切れなくなったのか、シャルロットが割って入ってきた。
「織斑先生………もう少しお時間をいただけませんか?」
「デュノア?」
「いきなり全てを納得してもらおうと言っても、やっぱりまだたんぽぽは幼すぎるんです。ですから………」
「お前はわかっているはずだ。寮則で『ペットなどの持ち込みは固く禁ずる』と明言されている。いくら、たんぽぽが本来は入学できるほどの年齢ではないとはいえ、ここで特例だと全てを許していては際限がなくなるし、必ず後になって不満を漏らす者も増えてくる」
そう。
千冬が危惧しているのは、たんぽぽに関してのみ特例だと全てを認めた場合、そのことに不満を覚えてしまう者が出てこないか?
不満を漏らした者が、幼いたんぽぽに何か酷いことをしてしまわないか?
ただでさえ、通常ではあり得ない理由で彼女が生活することを認めているのだ。本来ならば絶対に認められない特例中の特例だというのに、更に特別扱いしてしまっては学園側の示しもつかなくなる。
ここはIS学園内の寮であり、厳正としたルールがある場所なのだ。
ゆえに彼女(たんぽぽ)を守るためにも、千冬はおいそれと許可を出すわけにはいかなかった。
「ここはお前と陽太にも協力してもらってだな」
「………ハイ」
こればかりは流石に千冬の言い分にも筋が通っており、彼女の気持ちも理解できるシャルは、折れるしかないかと諦めてたんぽぽの方へと振り返り………。
―――忽然といなくなっていた、一人と三匹―――
「織斑先生ッ!」
「何ッ!?」
少し自分たちが目を離したすきに忽然といなくなったたんぽぽ達を慌てて探しだす二人。鈴と鷹月にしても、一緒に頭を悩ませ、少しの間目を離していただけに、同じように驚き慌てだす。
「アイツ、ステルス機能でも搭載してるの!?」
「私、寮の中探してきます!」
鈴と鷹月が寮内を慌てて探しに行く中、シャルと千冬は広大な敷地のどこかにいるかもしれないと、寮の外を二手に分かれ、探し出しに走るのであった。
☆
一方………。
「……………」
『ねえねえ? ヨウタパパ?』
待機状態のISから聞こえてくる、心底意地悪そうな相棒の声にうんざりとした陽太は、トボトボと歩いて寮への帰路についていた。
『フフフッ………まさか、あの暴れん坊のヤンチャ坊主の陽太が一児のパパになっちゃうなんてね』
「……………」
『しかもシャルロットちゃんで童〇捨てる前にだなんて、意外~! 陽太って無責任にデキ婚しちゃうタイプだと思ってたのに………あ、シャルロットちゃん一筋なのは鉄板ね』
「もうお前、黙れよ」
『しかも、たんぽぽちゃんが傷付かないように先に帰らせて、ちゃんと親猫ちゃんの遺体を丁寧に埋葬してあげるだなんて、もうすっかり愛娘にメロメロなパパさんじゃないの』
幼少時からずっと見守ってきた子が、気が付いたら一児のパパになっていたことに甚く感激したハレンチ巫女姿のIS(少女)は、ハンカチで涙を拭きながら相方の少年の周りで寸劇を繰り返すのであったが、当の陽太は『パパ』と連呼されるたびに浮かない顔になっていく。
「そんなんじゃねえ。ただ………なんて言葉を言ってやったらいいのかわからなかっただけだ」
『陽太………?』
終わってしまったということ。
永遠に続かない。ずっとそばにはいてくれない。いつか必ず誰にもが訪れるであろうこと。
命あるものの死という別れを………。
その事を何も理解できていない幼い娘に対して、自分は言葉を濁して場から遠ざけることしかできなかった。もっと教え、諭し、ちゃんと理解させることができる言葉があったかもしれないというのに。
「この辺が、ただの『間に合わせ』の父親役の限界なんだろうな」
『!?』
普段は高慢ちきにも似た自信過剰な部分があるくせに、こういった部分になると途端に自己評価が低くなるのが陽太の悪い癖だと、長年ずっと相棒を続けてきたIS(少女)はよく理解していた。
『なっさけない』
「むっ」
『そうやって、いつまでもウジウジするの、たんぽぽちゃんの前で………いや、シャルロットちゃんの前でも、しちゃ駄目だからね』
「誰がウジウジしとるか」
『フランスで一晩シャルロットちゃんと同じベッドの上になった時に、先に寝ちゃったシャルロットちゃんのあられもない寝姿に、二回ほど筋トレしてやり過ごした、ムッツリ陽太君☆」
その可愛らしいドヤ顔を見て、イラッと来た陽太の反撃は早かった。
「そこで一晩反省」
『ウソッ! 何っ!? 置いてかないでよ!!』
クヌギの木に縛り付けられた待機状態のブレイズブレードを置いて、陽太はスタスタと歩き出すのであった。
「安心しろ。樹液タップリだ。一晩、カブトムシさんとクワガタムシさんとカナブンさんとその他大勢の紳士諸君が、お前を嘗め回してくれる」
『ヤダヤダヤダヤダッ! 絶対ヤダァァッ! コレ解いてぇぇぇぇっ!!』
わざわざ樹液が滴る箇所の上に縛ったのだから、多分本当のことなのだろう。精神モデルが少女であるブレイズにしてみれば、一晩どころか一秒でもいたくない状況で縛られているなどという悪夢である。本気で泣き叫びながら助けを呼ぶが、ジト目で胡散臭そうに自分を見る陽太の眼はそんな彼女の懇願を信じていないものであった。
「前にも言ったが、束に似てきたのはいただけんな。ここいらでちょっと、本気で説教くれてやらんと」
『だからってこんなところに縛り付けないでよ! ボクが虫は本気で嫌いなの知ってるだろ!?』
「そういや百足オーガコアと戦ってた時、本気で悲鳴上げてたな」
『全部無視してたくせにッ!!』
腕組して昔のことを懐かしんでいた陽太であったが、その時、ふと遠くの景色を目を細めながら注目し…………やがて顔を青ざめながら脱兎の如く走り出す。
『うえっ!? まさか、本気で置いてくの!? ちょっと待ってよぉっ!!』
背後からそんな声が聞こえたような気がしないでもないが、今はそんなことにかまっている場合ではない。全速力で目的の場所まで走る陽太の視線の先には、IS学園の象徴である校章が入った時計塔があり、そしてその一際高い場所をよじ登る、『小さな人影』があるのであった。
☆
時間は少し遡ることになる………。
幼い子猫二匹とポチを引き連れて寮を飛び出して、瞳に涙をためながらとぼとぼと道を歩くたんぽぽは、ふと立ち止まってその場にしゃがみ込んでしまう。
「シロ、クロ」
たんぽぽに名前を呼ばれた二匹は、今にも泣きだしそうになっているたんぽぽを気遣うように、彼女の寮出に抱かれながら頬を摺り寄せてきてくれる。隣を歩くポチもそんなたんぽぽを慰めるように大きな舌で彼女の頬っぺたを舐めてくれる。
「ポチ」
彼の優しさが伝わったのか、たんぽぽはポチの身体に顔を伏せて、泣き出しそうなのを必死に我慢する。
「シロ、クロ………ペットじゃないもん」
『ペット』という言葉が何を指しているのか、実はまだよくわかっていなかったたんぽぽであったが、それが彼女が思うシロとクロのポジションではないことだけは、なんとなく理解したからこそたんぽぽはあの場から思わず飛び出してしまったのだ。
「シロ、クロ………『かぞく』だもん」
ずっとずっと一緒にいる存在が『家族』であるのなら、シロとクロ、そしてポチはすでにそういう存在なのだとたんぽぽは認識していたのだ。
ゆえに、どうして一緒にいられないのかわからない。
どうしてそういうことを千冬が言ってしまったのか理解できないがゆえに、たんぽぽは誰を頼ったらいいのかと思い、そして一人の人物に行き着く。
「ヨウタパパ」
最初に自分を見つけてくれた人。最初に大好きになった人。本能的に自分を一番に守ってくれる人と認識しているたんぽぽは、陽太をずっと探していたのだ。
しかし、当然彼の行き先を聞いていない上に、普段は一人で出歩くことはさせてもらっていないたんぽぽはすぐさま道に迷い、帰ることすらもできなくなっていたのだ。
「パパ………ママッ」
どんなに我慢しても、瞳にたまった涙は消えることはなく、ますます大きくなって既に決壊は寸前なところまで迫った時、突然彼女の頬を強い風が撫で上げた。
「!?」
突風に驚いて目を閉じてしまうたんぽぽであったが、びっくりしたのは彼女だけではなく、腕の中の子猫二匹も同様であり、特にクロはたんぽぽの驚きが過剰に伝わってしまったのか、腕の中から飛び出してその場から走り出してしまう。
「あっ………クロッ!」
自分の腕から飛び出した子猫の後を追いかけるたんぽぽは、やがてクロがIS学園の象徴ともいうべき時計塔へとたどり着き、自分を追いかけてくるたんぽぽから逃れるように小さな体を巧みに使って上へとひょこひょこよじ登っていくのであった。
「……………」
小さな小さな身体で巧みに上へ上へと昇っていくクロの姿を見て呆然としていたたんぽぽであったが、やがて何かに気が付いたかのように、彼女は突然笑顔になると、クロの後を追いかけるように、備え付けの軒樋をよじ登っていく。
『『!?』』
それを見てびっくりしたのは、当然この場に残っていたポチとシロであった。しかも初動が遅れてしまい、たんぽぽが昇っていくことを阻止できなかったポチは、彼女が二階ほどの高さまでよじ登った時に慌てて吠え立てる。
「!?」
ポチの必至な叫びのような鳴き声に反応し、たんぽぽがそちらのほうを振り返るのだが………。
「おうえん、ありがとう!」
『!?』
「ちょっとまっててね!」
『それは違う!』と必死に主を制止しようと鳴き続けるが、肝心な主が自分の鳴き声を応援の声か何かだと思い込んでいるようである………実はあまり意思の疎通が取れていなかったことに内心ポチもショックであった。
「うんしょ、うんしょ」
五歳程度の年齢であれば、身体の軽さから比較的容易に登れてしまうのかもしれないが、それを引いても初めてとは思えないペースで、雨樋から建物の屋根の隙間、小さな段差などを利用しスイスイよじ登っていくたんぽぽと、悲しいかな、猫の習性であるが故に追いかけられれば逃げ続けてしまうクロの、一人と一匹はやがて頂上へと辿り着く。
―――降り注ぐ陽光―――
「わあぁぁっ!!」
―――風が吹き抜け、木の葉が空を舞っていく―――
突然開けた視界、何か遮る物がない、全方位が蒼空に広がる場所へと辿り着き、たんぽぽは瞳を輝かせながら、逃げ場をとうとう失い戦々恐々としているクロに元気よく話しかけた。
「ありがとうクロ! たかいところにきたら、いっぱいみえるんだよね!?」
なんてこともない。追いかけたつもりも、捕まえに来たつもりもたんぽぽにはなく、ただクロが自分をこの場に導いてくれたという認識があっただけであった。そのあまりに毒気のない笑顔に、クロも何か思うところがあったのか、すっかりと大人しくなり、ちょこんとその場に座り込んだたんぽぽの膝の上に移動し、彼女と一緒に空を見上げる。
「おそらって、ひろいね。クロ!」
自分の養父(パパ)が、かつて恋焦がれ手を伸ばし続けた、何物にも縛られることもない、何も否定することもない、自由な広がりをみせる空に手を伸ばしながら、たんぽぽはある想いを馳せる。
「たんぽぽね、この『あいえすがくえん』から、おそとにでたことないの」
「クロはおそとからきたんだよね。おそとって、どんなばしょなの?」
「ヨウタパパとシャルロットママが、そのうちつれてってくれるってやくそくしてくれたの」
この学園以外の世界を知らないたんぽぽにとって、外の世界とはまさに未知な冒険が待ち構えている場所のように思っていて、自分が知らない場所に焦がれながら、その『いつか』を空想する。
「たんぽぽね、まずはでんしゃにのりたい! あと、ひこうき!! えほんにのってた!」
「いろんなばしょにいきたい! ラーメンやさんと、どうぶつえん!」
「あと、おしごとしてみたい! ゆうびんやさん! きのう、おじいちゃんせんせいにてがみもってきてた!」
「ゆうびんやさんはね、せかいじゅうどこでもてがみをもっていくんだよ。すごいでしょ!?」
「たんぽぽも、せかいじゅうどこでもいってみたい! パパと、ママと、箒お姉ちゃんと、一夏お兄ちゃんと、セシリアお姉ちゃんと、鈴お姉ちゃんと、ラウラお姉ちゃんと、のほほんちゃんと、ほかのお姉ちゃんたちもいっしょに!」
笑顔でクロにそう話しかけるたんぽぽの、なんと輝いたような笑顔なのか。
「そのときは、ポチもシロもクロも、ずっといっしょだよ?」
クロにそう言いながら花を咲かせるたんぽぽであったが、ここにきてようやく当初の目的を思い出すのであった。
「あっ! パパみつけなきゃ!?」
そうやって思い出し、たんぽぽはそのまま顔をひょこりと建物から下を覗き込むように突き出す。現在地上数十メートルという高さにいるにも関わらず、一切怯えたような仕草を見せないのは度胸の塊なのか、それとも無知ゆえの無謀なのか………。
だが、そんなたんぽぽを地上から一際大きな声で呼びかける声が聞こえてくる。
「たんぽぽぉぉっ!!」
「あっ」
血相を変えて走ってきたのはお目当ての陽太であった。そのことに気が付いたたんぽぽは、彼に対して除きこながら手を振って返事をする。
「パパァァァッ!」
「動くなッ! 手を振るなッ!! 何かにしがみ付いてそれ以上一ミリも動くなぁっ!!」
物凄く蒼褪めながら怒鳴ってくる陽太を見て、たんぽぽは首を傾げながら隣のクロに問いかける。
「パパ、どうしたのかな?」
『さあ?』と言いたげに同じく首を傾げるクロと不思議がるたんぽぽ。現状の把握ができていないようだが、無論陽太にしてみれば何を思って危険極まる場所に一人でよじ登っているのかと怒鳴りたくもなるものである。
「なんでそんなところにいんだ!?」
「クロがね、このばしょならたかいからパパみつけられるって、おしえてくれたの!」
「ク、クロ?」
※この時点で、陽太は子猫を飼うとかそういう話を全く存じてません。
「このこ~!」
「ヒィッ」
―――立ち上がり、クロを両手に持った状態で下の陽太に子猫を見せつけるたんぽぽ―――
「もういいっ! もういいから、頼むからお願いだからジッとしてろ!!」
口から小さく悲鳴が漏れた陽太は、半泣きになりそうに懇願すると、同じく地上で困惑気味のポチに向かって怒鳴りつける。
「お前、飼い犬だろうが!? 何の番してやがった!!」
『!?』
陽太の言葉を理解したのか、シュンとなって『だって………一度上りだしたら止められなくて』と項垂れるポチと、彼を慰めるように前足でポチを撫でるシロを無視し、陽太は高速で頭脳を走らせて救出プランを組み立てる。
「(たんぽぽだけならIS展開して助けに行けばいいが、子猫がIS見たら逃げ出すだろうし………絶対にたんぽぽも暴れてかえって危険か)」
さすがにあんな狭いスペースで暴れて、もしもがあっては悔やみきれない。
仕方なく生身であそこまで行くしかないと、意を決して建物に手をかけたとき、背後からシャル達が慌てて駆け寄ってきた。
「ヨウタッ!?」
「シャル………とりあえず、あのバカを今から連れてくる」
顔を真っ青にしたシャルと、そのシャルに続いて姿を現す女生徒達。どうやら皆もたんぽぽが時計塔の頂上にいることに気が付き、慌てて駆け寄ってきたのだ。
「なんでたんぽぽちゃんがあんなところに!?」
「俺だって今来たばっかりで………大方、子猫追いかけて登って行ったんだろう」
「陽太ッ!?」
そこに更に千冬や一夏、箒やラウラや鈴やセシリア達も駆け寄ってきて、いよいよ場が騒然とし始める。そんな中、渦中の少女はそんなことを全く気が付かずに、地上の人々に大声で話しかけてきた。
「ママァァァァッ! みんな~~ッ!」
『ヒィッ』
立ち上がって両手を振るたんぽぽを見て、全員が小さく悲鳴を上げる。シャルにしてみれば顔が真っ青になって今にも泣きだす寸前であった。
「動かないで、たんぽぽッ! お願いだからッ!!」
「………あいっ」
なんでシャルロットまで動くなと言い出してくるのか、理由はわからないたんぽぽとクロと首を傾げあうが、とりあえず大人しく従い、二人でその場に座り込む………両足を出してプラプラと動かしながら。
「俺がとりあえず行くから、IS出して近づいたりするなよ!! 子猫暴れだしたら、たんぽぽが何するかわからん!」
全員の脳裏に『ISを見てびっくりして飛び出した子猫を追いかけて飛び出すたんぽぽ』の姿があまりにはっきりと浮かび上がり、だれもが陽太の言葉に静かに頷くのであった。
とりあえず全員に言い聞かせると、建物に足をかけると三角飛びの要領で勢い良く飛び上がっていく。一度の跳躍で数メートル近くを飛びながら高速で飛び上がり続ける姿を見た女生徒達数名から、『火鳥君って、忍者?』『軽く人間じゃない』という声も上がるが、対オーガコア部隊のメンツにしてみればいつもの光景である。
そして数十秒で、屋上近くまで飛び上がると、建物の出っ張りに手をかけて一気に登り切り、笑顔で自分を迎える義娘を、青筋一杯の顔で睨みつける。
「お・ま・え・はっ」
「パパ、スゴイッ!」
自分よりも遥かに早く駆け上がってきた陽太に感動し、拍手するたんぽぽの姿に、怒鳴りつけたい気持ちで頭の中がグルグルしているのを無理やり抑えた声で、陽太は彼女に自分のほうへと来るように指示を出すのであった。
「………子猫を落とさないようにしっかり抱いてろ。あと暴れんな。絶対にだかんな」
「あいっ!」
「いい返事しやがって………地上に降りたら、心を鬼にしてフルパワーで説教しちゃる」
とりあえずたんぽぽを抱きかかえると、今度は慎重に下へと降りる作業を始める。なんせ腕に抱えているのは幼女と子猫だ。自分だけなら無理のしようもあるし、この程度の高さなら適当に壁を蹴って減速して地面に着地するのだが、あいにくそんな芸当も出来ない。ここはゆっくりと地上に降りていくしかないと思った陽太は、皆が心配そうに見つめる中、ロッククライミングの要領で壁の出っ張りや凸凹に手足をかけながら降り続ける。
「ったく………なんでこんな場所に上ったんだ?」
「クロがね。たかいばしょおしえてくれたの! パパがみつかるかもしれないって!」
『いや、あっしは追いかけられただけですぜ』というとぼけた表情のクロと陽太の瞳があい、大体の事情を察するのであった。
「いいかたんぽぽ? 猫は追いかけたら逃げる生き物なんだ。だから無理に追いかけるな」
「どうして?」
「そういう生き物なんだよ! わかったかっ!」
「???」
詳しく説明してる場合ではないと怒鳴る陽太と、よくわかってないたんぽぽが不思議そうに首をかしげるのであった。
一方、そんな陽太達をハラハラと心配そうに見つめる地上組の皆は、それぞれ声を出して呼びかける。
「陽太ッ! ゆっくりだ! ゆっくり降りろっ!」
「無茶をするな! たんぽぽも一緒なんだぞ!」
「陽太さんだけなら大丈夫ですが、たんぽぽさんもご一緒なのですよ! ですからいつもみたいに、数十メートルから落下なんてしないでください!」
「ぶっちゃけ、ゴキブリ並みにしぶといアンタはどうでもいいけど、たんぽぽにケガさせたら容赦しないんだから!」
「殺しても死なないゴキブリ並みの生命力の自分と同列に考えるな! 生身の幼子だ! 丁重に扱え!」
『鈴とラウラは後でシメるから覚悟しとけッ!』
若干心無い一部の声援を聞いてキレ気味に反論する陽太が怒鳴り返す中、もう言葉も出ないシャルロットは指をあわあわと動かし、今にも卒倒しかねない程に狼狽して事態の収束を祈っていたのだが、その時、事態は思わぬ方向に進む。
―――突風が二人と一匹の側面を強く打ち付けた―――
風の強い日であったのが仇となり、二人と一匹を煽るように西風が吹きすさぶ中、それでも強く左手で壁を掴み、右腕の中のたんぽぽを離さないようにした陽太はその横風を難なくやり過ごす。しかし、たんぽぽの腕の中のクロは違った。
突然の横風に驚き、幼い子猫はパニックになり、そして……………幼女の腕から飛び出してしまうのであった。
―――地上数十メートルの空中を舞う黒き子猫―――
「あっ」
それを見ていた女生徒達の時間が止まる。
「クロッ!」
―――その後を追うように飛び出し、地上数十―メートルの宙を舞う幼女―――
「あっ」
シャルの意識が完全にその時点で停止してしまう。
「チッ!」
―――いち早く反応した陽太は、雨樋を掴みながら手を伸ばし、たんぽぽを掴もうとする―――
『!!』
対オーガコア部隊のメンツの目前で、陽太はなんとかたんぽぽ掴み、そしてたんぽぽもクロを掴むことに成功し、全員がほんの一瞬だけ安堵のため息を漏らす。
『ホッ』
―――何か金属が剥がれるような音が響き渡る―――
『えっ?』
たんぽぽを除く全員から同じ言葉が漏れる中、雨樋を止めていた金具が外れ、陽太とたんぽぽとクロがゆっくりと傾きながら地上へと落下し始める。
「ウソォォォォッ!!」
「陽太ぁっ!」
一夏の叫び声が聞こえる中、もはや手段を選んでられないと決断した陽太は、己の相棒に呼びかけISを展開しようとした。
「ブレイズッ!」
――― し か し な に も お こ ら な い !! ―――
「なんでぇ!?」
呼びかければゼロコンマ1秒以下でISを展開できるように訓練を積んでいる陽太は、あり得ないと自分んの胸にある相棒を掴もうとし………………理由を察するのであった。
「俺のバカあぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!」
『ヨウタのアホォォォォォォォッ!!』
木に縛り付けられた相棒が叫び、そんな風にしてしまった自分自身を罵倒しつつ、落下する数秒の間に、陽太は頭脳を超高速で回転させた。
「(このままでは二人と一匹は叩き付けられる。俺はたぶん打撲か捻挫で済むけど、たんぽぽは助からん! 俺が下敷きになってもそれは同じ! 落下の瞬間に地面殴って反動消しても、たんぽぽの大怪我は免れん!)」
0.1秒で考え抜き、陽太はたんぽぽを抱き寄せ、しっかりと抱き締めながら『彼』の名を呼ぶのであった。
「一夏ぁぁぁぁぁっ!!」
「!?」
ほとんど反射的に、陽太に名を呼ばれた一夏はISを展開し、落下直前の二人に飛び寄る。
『!!』
―――二人と一匹が地面に落下し、土煙が巻き上がる―――
全員が息を飲み、最悪の事態を考えて蒼ざめる中、土煙は晴れ、その姿がゆっくりと浮かびあってきた。
―――幼女と子猫を抱き締めた陽太を、両腕で抱きかかえながら滑り込むように地面にめり込む白式を展開している一夏の姿―――
間一髪、なんとか二人と一匹を助けることに成功した一夏は、あまりに助けることに集中したために自分の体勢にまで気が回らなかったのか地面にめり込んでしまったが、二人が無事なのを確認し、笑顔でISを解除する。それと同時に腕をほどいてたんぽぽが無事なのか確認しようとした陽太は、不安そうに自分の腕の中の娘を覗き込んだ。
「………ぷはっ!」
力強く抱きしめられていたために息苦しかったのか、大きく深呼吸して一度だけ瞬きをするたんぽぽは、クロと瞳を合わせると、笑顔で楽しそうに語りかけるのであった。
「いまのすごいっ! たんぽぽ、そらとんだよ、クロ!」
『ニャァ~~』と子猫すらもどう答えたらいいのかわからない、と言ったような返事の中、一人だけ呑気に楽しそうにするたんぽぽの姿を見て、陽太はもう声を出すこともなく地面に大の字に寝転がってしまう。
「…………デュノア?」
とりあえずその無事な姿を確認した女生徒と部隊の皆が駆け寄っていく中、なぜか一人だけ地面を見つめた状態で硬直していたシャルを不審に思い、千冬が声をかけるが返事が返ってこない。心配し、肩を掴んで揺さぶってみる。
―――硬直した状態で、ゆっくりと後ろに倒れこむシャルロット―――
「デュノアっ!? おい、デュノアッ!!」
立ったまま気を失ったシュルロットに気が付き、ラウラと鈴がすぐさま引き返してくるのであった。
☆
「ちょっと寿命縮んだ」
「ごめん。俺も寿命縮んだ」
地面に寝転がってそうしみじみ呟き合う少年二人と、目元に濡れタオルを載せられ日陰に移動させられたシャルが悪夢を見ながらうなされる中、さすがにここまで大きな騒ぎになってしまってはなし崩しで許せないと思い、険しい表情の千冬は、クロの頭をなでながら俯くたんぽぽに強い口調で問い詰める。
「自分が何をしたのかわかっているのか、たんぽぽ?」
「……………」
流石に『叱られている』ということは理解できているのか、申し訳なさそうにしている姿に、千冬としても良心が痛むのだが、ここはしっかりと言い聞かせる場面と思い、強い口調で言い放つ。
「これだけ大きな騒ぎにしたのだ。皆に迷惑もかけた。お前の我儘でだ」
「……………」
「わかったのなら、早くその子猫をこちらに渡しなさい。時期が来ればまた合わせることは約束しよう」
「!?」
自分が迷惑をかけてしまったことは申し訳ないと思ったようだが、しかしクロとシロに関しては引く気はないのか、クロの頭をなでたままたんぽぽはその場から動こうとは決してしない。
「たんぽぽっ」
「…………!!」
そして目尻に涙を溜めたまま顔を上げると、彼女は精一杯の声で己の気持ちを千冬にぶつけるのであった。
「クロもシロもポチも、たんぽぽの『かぞく』!!」
「!?」
「『かぞく』は、いつもいっしょ!」
泣きそうな顔のまま、クロだけではなくシロやポチのことも思い、彼女なりに守ろうとしている姿に、今度は千冬が動揺する番であった。
「い、いや………だが、そいつらは」
「かぞくは、いっしょ!」
取り付くしまもなく、小さな身体とまだ善悪すらもはっきりと判らない幼い心で、それでも必死になって『家族』を遠くへと行かせないようにしている姿をみて、千冬は決断を迫られる。
つまりは、『無理やり引き剥がす』か『説得を根気よく続ける』かである。
「………………」
織斑千冬、25歳で独身、未婚。
かつては幼い一夏を育てた実績があるものの、こういう我儘を一夏は言ったことはなく、妙に気を使っていた所があったのかと後悔の念が沸き上がるが、今はそれは置いておく。
涙目でこちらを見つめるたんぽぽ。気が付けば微妙に犬猫も慈悲を求めるかのように、哀願する潤んだ瞳で見つめてきている。
「………………」
全身からこれまであまり感じたことのないような冷や汗が噴き出てくる。
「(クッ!)」
状況は極めて深刻、このままでは押し切られて仕舞いかねないほどに劣勢に立たされた織斑千冬は、即時に決断した。
「………続きの説明は、お前の保護者である陽太にしてもらおう」
「ちょっと待てやぁっ!?」
話をぶん投げてきた千冬に対して、『そんなん納得できるか!』と怒り心頭で立ち上がった陽太はそのまま詰め寄り、今も冷や汗が引かずに困惑している千冬に小声で抗議するのであった。
「(アンタが言い出したんだから、アンタが最後までしろよ!)」
「(私はやはりこのぐらいの幼子は苦手だ)」
「(こんなところで苦手属性ほざいたって、好感度上がるか!)」
「(お前は保護者だろうが。家庭問題ならば家庭で先に決着をつけろ)」
「(寮監はアンタだろうがぁっ!?)」
―――ザ・擦り付け合い―――
師弟による醜い争いが目前で展開するが、そのやり取りの意味が理解できないたんぽぽは、目の前にいる陽太の服の裾を掴み、助けを求める。
「ヨウタパパァ」
「うっ」
潤む瞳、今にも泣きだしそうな表情、精一杯の力で握られている裾から伝わる気持ち。犬猫の懇願する仕草。周囲から無言で伝わってくるプレッシャー………。
こういう状況に極めて不慣れで、もう泣きだしてしまいそうな陽太であったが、そんな彼を横から現れた影が悪質タックル第二弾でぶっ飛ばす。
「グフッ!」
今日は一日こんなんばっかりだよ。と口に出す暇もなく地面に倒れこんだ彼を無視し、横から現れた影………もう一人のたんぽぽの保護者であるシャルロットが、たんぽぽの身体を忙しなく調べだす。
「たんぽぽぉっ! どこか怪我無い? 痛いところは!? 気分悪くない?」
「…………シャルロットママ」
「本当に良かったぁ………ママ、心臓が止まりそうになってぇ…」
陽太と違い、本当に泣いてしまっているシャルを見て、彼女はようやく自分が何を言うべきなのか悟り、泣き出しながらもしっかりと口にする。
「ママぁ………ヒグッ……しんぱい……かけて………ごめんなざいっ」
「!?」
もうそれだけで良かった。
シャルは彼女を抱きしめると、彼女のおでこにキスをしながら、愛情を込めた言葉を紡ぎ続ける。
「もういいよ。たんぽぽが無事でいてくれるなら………ママは大丈夫だから」
お互いに涙を流しながら抱きしめあう母娘の姿に、周囲の人々は自然と涙が誘われてしまう………若干二名を除いて。
「(ナイタリシナイ。ボクハ強イ子ダモン)」
踏んだり蹴ったりな目にしか合っていない陽太と、問題が全然解決していないことを思い出して呆然となる千冬。
二人がこの場の空気に馴染めていない中、騒ぎを聞きつけ、『表』用務員『裏』学園長の十蔵が駆け寄ってくる。
「たんぽぽ君ッ!」
彼らしからぬ血相を変えた表情で、無事そうなたんぽぽを確認し、安堵のため息が漏れた。
「どうやらご無事のようで………ハァ~~。この歳になると少しの運動で息が切れてしまい、申し訳ない。君がそんなに思い詰めてしまうだなんて」
自分が連れてきた飼い犬と、その飼い犬が見つけた捨て猫のせいで、たんぽぽが大怪我をしてしまっては彼の立つ瀬もない。そう思ったのか、十蔵はたんぽぽに対して笑顔で告げるのであった。
「大丈夫ですよ。私から学園長にお願いしてみましょう。ちゃんと子猫の世話をしてくださいね」
「!?」
「がっ…………轡木先生ぃっ!?」
学園長と言えない千冬が抗議の声を上げるが、片手でそれを制すると、たんぽぽを抱き上げながら彼は温和な声で話し続ける。
「生徒を信じましょう……大丈夫です。きっと他の生徒さんたちも信じてくれるでしょう」
好々爺という言葉がぴったりと当て嵌まりそうな温和そうな声で話す『表』用務員『裏』学園長は、なおも抗議の声を上げかける千冬に対して、首をかしげて言い放つ。
「規律を重んじるのも結構。ですが時に臨機応変に対応しないと」
この間の太平洋艦隊の件を棚に上げた発言をしやがって、と無言の怒りに震える千冬が、ぎこちない笑顔を浮かべてたんぽぽに対し、猫を寮で飼う許可がたった今降りたことを告げるのであった。
「たんぽぽ………猫を飼っても良いとのことだ」
自分が今の今まで悩んでいたことをあっさりと職権を利用して解決した年長者に、怒りで震えるのを我慢していた千冬であるが、その時、十蔵の腕の中で言葉の意味を遅れて理解したたんぽぽが、満面の笑みを浮かべる。
「ぁぁぁっ!」
文字通り花が咲き誇ったかのような笑みを浮かべ、たんぽぽは十蔵の腕から千冬に飛び移るのであった。
「なっ!」
「ありがとう! 『ちーせんせい』っ!」
「ち、ちー先生!?」
突然の呼び方に戸惑う千冬の腕の中で、『バンザーイ』と何度も行ったたんぽぽは、そのまま彼女の腕から飛び降りると、クロとシロの元に駆け寄り、二匹を抱きしまながらポチの周囲を走り回って喜びを表現する。
「ワーイッ! ポチもクロもシロも、きょうからいっしょだよぉー! いっしょなんだよー!?」
全身で喜びを表現するたんぽぽを見つめ、まるで初孫を果てしなく甘やかすバカジジィの如きデレデレに顔が崩れている十蔵を、『なんだかなぁ~』といった感じで見つめる陽太と千冬。
喜んでいるたんぽぽの姿を嬉しそうに見つめるシャルや、何とか幼女を泣かさないで済むような流れになったことに安堵のため息を漏らす一夏達………。
いつまでも途絶えることない幼女の喜びの声が、蒼空の中に響き続けるのであった………。
☆
「アレッ?」
夜が更ける星空の時、自分のベッドですっかりと寝落ちるたんぽぽと子猫二匹。そしてベッドの下で待機する大型犬を見つめていた陽太が、何か忘れているような気がして首をかしげる。
「どうした、陽太?」
「ん? イヤ……………」
一緒になって夏休みの課題に取り組んでいた一夏が声をかけるが、陽太は首を傾げたままも悩み続ける。
「何かを忘れているような………」
「それより、早く今日の分の宿題片付けようぜ」
なおをも悩んでしまう陽太に対して、今はそんな場合じゃないと叱る一夏。彼の言葉を聞いた陽太も、とりあえず『また明日に思い出すか』と思考を放り投げ、勉強に集中するのであった。
『いやぁぁぁぁぁっ! ほんとにムカデ寄ってきたぁぁ!! 来ないで来ないで来ないでぇぇぇぇぇっ!!』
翌日、ようやく思い出して慌てて回収しに行った陽太が見たものは、虫だらけになった待機状態のブレイズの姿であり……………3日ほど会話はおろか、装甲の展開すらも許さず、最後には他のIS達が総出で説得しに行く事態になったのは言うまでもない。
たんぽぽさんから見え隠れする、大器(良い意味でも悪い意味でも人を引き付ける)の器が見え隠れする回
そしてそんなたんぽぽさんに続いて新しいメンバーが加入
・頼れる老犬、元シュナイダーこと『ポチ』
・行動派で兄猫「クロ」
・割とおとなしめな妹猫「シロ」
この三匹の加入で、ますますにぎやかなになっていくIS学園です。
そして重大告知
近日公開予定
太陽の翼『正式』外伝小説始動!
作者はフゥ太ではなく、制作の際にお世話になっているハーメルンの同じ作者さんである『一徒さん』が手掛けております
詳しい更新内容と外伝一話は次回の更新に同時に掲載予定
こうご期待ください