IS インフィニット・ストラトス 〜太陽の翼〜   作:フゥ太

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新年あけましておめでとうございますっ!


どうも最近、立て続けに色々なことを熟さないといけなくなってきたみたいで、中々小説に掛かり切りってわけにもいかなくなってきた。これが年を重ねるってことなのね


というわけで、気が付いたら過去最大値の文良になってしまいましたが、セシリア編ラストです


たんぽぽとセシリアお姉ちゃんとお婆ちゃん④

 

 

 

 

 ISを用いた公式戦などは基本生身でISを展開しての実戦形式で行われるものがほとんどであるが、ごく一部の状態(シチュエーション)での戦闘を行う時、最新鋭のVRを使った半仮想世界での対戦が行われるのも、ISという存在の特異さの一つである。

 

 その場合、多くは無重力空間である宇宙戦。

 

 そしてもう一つ地上戦において、未だ許可が出ない範囲。

 

 ―――小雨がちらつくどんよりとした鉛色の空のロンドン市内―――

 

 ―――人っ子一人としていない昼の市内を、ブルーティアーズ・トリスタンを展開したセシリアが低空飛行で駆け抜ける―――

 

「(展開がいくらなんでも急すぎますわッ!)」

 

 心の中で愚痴りながらも、見知ったレンガ造りの通りを駆け抜け、途中の街灯を掴みその場で急停止すると、急いで身を隠すため脇の道に入り込み、ハイパーセンサーで周囲の索敵を逐一行う。現状はステルスモードを展開しているが、大通りで堂々陣取れるほど間の抜けた戦術も取れる相手ではないことはセシリア自身が一番理解していた。

 

「(お姉様が私を見つける前に、私がお姉様を見つけるしかない)」

 

 目視しての戦いが常のIS戦闘であるが、今日この場においてはそのセオリーは一切かなぐり捨てられ、息を殺し気配を消し、景色と一体化して相手が振り返るよりも早く狙撃する。

 今日求められる戦い方は、旧来通りの狙撃手のものなのだ。

 

「(だけど、私にそれができるのでしょうか?)」

 

 問題があるとするのなら、それはただ一つ。

 今、姿見えない相対する者が、英国の至宝であり、現在の国内………否、世界最高峰の『狙撃部門優勝者(ヴァルキリー)』であるということだ。

 

 そしてセシリアの内心に渦巻く不安を感じ取ったのか、モニターで彼女の戦いを見守る仲間達からも心配の声が上がっていた。

 

「………」

 

 ISを展開した状態で、特殊なバイザーを被った両者を静かに見るシャルロットと、黙ったままモニターを凝視する陽太は重たい空気を纏ったまま、その口を開く。

 

「………不味いな」

「何がだよ、陽太?」

 

 隣で一緒に観戦していた一夏達の質問にも、彼は振り返ることなくこう答えた。

 

「はっきり言えば、普通に正面からやりあうなら、セシリアの方に分があるに決まってる。『第一世代後発機』対『第三世代改造機』の戦いだ。あらゆる性能がブルーティアーズの方が上だからな。よっぽどセシリアが下手打たない限り負けることはあり得ない性能差だ」

「そりゃそうなんだろうけどさ………相手は、そのセシリアの師匠よ? さすがに楽勝ってわけじゃないでしょう?」

 

 同じく観戦していた鈴の言葉にも、首を横に振って彼は更に空気が重くなるのを承知で言い放つ。

 

「通常戦闘やモンドグロッソ本戦形式の決闘なら、それでも覆せない差になるんだが、この狙撃戦だけは違う。これははっきり言えば操縦者同士の削り合いだ。相手の動きを先に捉え、自分の動きを隠し、一方的に攻撃を加えて更に相手の集中力を削っていく。ひたすらその作業を繰り返すのみ………ISの性能差もある程度埋められる。そんで、この作業に関して『英国の鷹(ブリタニア・ホーク)』はスペシャリストだ。しかも今やってるフィールドは地元を再現してるって状況で、はっきり言えば相当セシリアにプレッシャーがかかってるぞ」

 

 ISを使った、全方位の三次元戦闘ではない。ひたすらに忍耐力を用いて心理戦を行うこの形式の戦い方を、どの操縦者よりも知り尽くしている相手に、しかも自分自身を育て上げた師匠であるなら猶更にプレッシャーになろう。

 しかもフィールドが地元ときている。セシリアも当然よく知る土地柄であるが、相手もそれは同等かそれ以上に知り尽くしているため、ほぼ優位性(アドバンテージ)は存在していない。

 

 そんな圧倒的不利な状況で開始されて約10分。最初は30分は硬直状態が続くであろうと陽太は予想していたが、勝負は序盤からいきなりの波乱を起こす。

 

 ―――敵に捕捉されたという警告―――

 

『セシリア、敵機ロック。キケン、キケンッ!』

「なんですってっ!?」

 

 サポートOSの声を聴くや否や、彼女は反射的にその場から跳躍して身を翻す。

 

 ―――さっきまでいた場所を通過する緑色の閃光―――

 

「(狙撃された!? しかもこんなに早く居場所を感付かれるだなんてっ!?)」

 

 ジーナス相手なら後手回りもあり得るとは思っていたが、まさかこんなにも早く発見されるとは思っていなかったセシリアが跳躍しつつ素早く反転し、着地と同時に背後にいるはずのジーナスと撃ち合おうと考え、ライフルを構えた瞬間だった。

 

 ―――右方向から迫る閃光―――

 

 完璧なタイミングで迫る攻撃は着地と同時に自分を射抜くことを予感させるものだった。考える時間すら彼女に与えてはくれない。避け様にも身体が動いてくれない。ビットを出して防御する暇もない。ましてや銃を上げて反撃することすら出来ない。成す術なく撃ち抜かれることが刹那に決まったセシリアであったが、そんな彼女に幼い声が耳を打つ。

 

『セシリアお姉ちゃんっ!』

「!?」

 

 実に楽しそうに自分の名を呼ぶたんぽぽの声があまりに間の抜けた空気を出すものだったからか、それとももっと別の理由があったのか、とりあえずまるでその声が呼び水になったのようにセシリアの窮地を救ってみせたのだ。

 

 ズルッ

 

 右足から着地しようとしたセシリアが足を滑らせ、体勢を崩して地面に転がってしまったのだ。らしくない着地ミスであったのだが、それが偶然にも攻撃からの回避行動と直結することになり、頭上数センチをビームが通過するとセシリアは無我夢中で地面を転がりながらビットを切り離し、シールドを全方位に展開しながら防御陣形を形成することに成功する。

 

「い、今のは………絶対に感謝の言葉は延べませんからね、たんぽぽさんっ!?」

『(隠したいのか、素直にお礼を言いたいのか………)』

 

 自分で言い訳してバラしていくスタイルなセシリアに仲間達があきれ顔になってしまう。そんな中でもブレないのがたんぽぽであった。

 

『お姉ちゃんがんばれぇぇぇっ! ふぁいとぉぉぉぉっ、いっぱぁぁつぅっ!』

 

 大声でマイクに向かって叫ぶたんぽぽを、陽太が無言で引き剥がして自分の膝の上に座らせる。観戦中はマナーを守るのも客の基本だ。と少しずれた説教をかましていたところ、集中力を極限まで高めて周囲を警戒するセシリアに、仮想空間内で姿を見せないジーナスがどこからか話しかける。

 

『素直にお礼を言いなさい。たんぽぽちゃんがいなかったら貴方はとっくに終わっていたわ』

「………お姉様」

『それだけじゃない。仲間の皆がいなかったら………』

 

 ―――右側から来る殺気―――

 

『貴方はとっくの昔に、オーガコアの戦闘で死んでいるわ』

「!?」

 

 右側から来たビームをSBビットのシールドが全て防ぎ切る。同時に彼女はスターライト・アルテミスをビームが方向に向けると、射線を重ねて反撃の狼煙を上げようとする。

 

「狙い撃ちますっ!」

 

 仮に当たらなくても良い。反撃によって防御なり回避なりしてくれれば攻撃の体勢を崩せる。そしてそこを即座に自分が主導権を握り返す。セシリアの段取りは見ていた陽太やラウラも手に取るように分かった。

 

「そんなっ!?」

「「何ぃっ!?」」

 

 ―――まったく関係のない建物を撃ち抜くビーム―――

 

 だからこそ、セシリアの攻撃が何の関係もない場所を撃ち抜いたことに驚愕が隠せなかったのだ。

 

「(そんなっ!? 確かに私は………)」

『思い込みと先入観で視野を狭める………言ったはずよ。狙撃の基本は「俯瞰」の視野。相手の動きを点で捉えるのではなく、線で結んで先の先を読み切ることだと』

 

 ―――今度は全く逆方向から来るビーム―――

 

「!?」

 

 セシリアの反応が僅かに遅れるが、ビットが自動で反応して攻撃を防いでくれる。今度こそと意気込んでもう一度ビームを発射してみるが………。

 

 ―――陰に隠れたISに当たる直後に斜め上に弾き飛ばされた―――

 

「今のは………」

 

 箒の瞳には、途中でスターライトアルテミスのビームを弾いた『何か』がはっきりと捉えられていた。

 

「あれは………盾?」

 

 空中を浮遊する四つの緑色の盾のような物体。それらを従えるように、影からステルスモードを解除したISが姿を現す。

 フルヘルメットのバイザーで顔を覆い隠し、大型ライフルを携えた緑色のIS。ゆっくりと浮遊していた四つの海の色を思わせる蒼の盾がそのISに装着され、まるで全身を覆うマントのように身体を覆い隠してしまう。

 

「リフレクタービットか………」

「………まさか、あれがっ!?」

 

 陽太がビットの種類を言い当てたとき、ラウラの脳裏にある事柄が思い出され、それらを補足するように千冬が先んじて説明を行う。

 

「そう。すべてのBT兵器の元となったもの。第一世代IS『サダルスード』の単一仕様能力(ワンオフ・アビリティー)………」

 

 ―――単一仕様能力(ワンオフ・アビリティー)『蒼の雫(ブルーティアーズ)』―――

 

『師である私のISの単一仕様能力すらも忘れるなんて、戦時中に平和ボケは笑えないわよ』

 

 全てのBT兵装の原点である能力のことを失念していた事実に、指摘の正しさも若干認めるべきかと自嘲しかけるセシリアであったが、弟子を責める手を緩めない嵐の連撃をジーナスが繰り出す。

 

『………絶対制空(シャッタード)』

「!?」

 

 四つの蒼の盾に取り囲まれたセシリアが、背筋を凍らせて周囲のSBビット達で全方位の防壁を作り出す。

 

『領域(スカイ)』

 

 ―――呟きと共に引き金が引かれ、亜光速の牙がシールドを反射しながら光の檻を形成する―――

 

「なんざそらっ!?」

 

 陽太すら驚愕する技に皆が声を失う中、千冬と共に試合を観戦していた真耶がジーナスの繰り出した技に対して静かな解説を添える。

 

「脳波コントロールで操作する四つのリフレクタービットで取り囲んで対象の退路を断ちつつ、跳弾で相手の装甲とシールドバリアを破壊する、ジーナスさんの十八番ですね」

「確か、山田君も使えるのでは?」

 

 千冬の言葉に思わず全員が注目する中、真耶はゆっくりと首を横に振ると苦笑しながら答えた。

 

「私のはサブマシンガンによる檻の形成が精一杯です。ジーナスさんは光学兵装を長時間射出することで檻を形成します。あれは盾の反射角度も勿論ですが、装甲からの反射や気象条件なんかもリアルタイムで算出して行わないといけません………はっきり言えば、織斑先生並みの反射速度と篠ノ之束女史並みの計算能力の両方がなければ行えない、超人技か魔技のどっちかですよ」

 

 真耶のやけに詳しい解説に全員がドン引く中、彼女だけは顔を紅潮させながらジーナスの戦いを見守り続ける。

 

「私は織斑先生の後輩ですが………現役時代からの一番の憧れは、ジーナスさんなんです」

 

 IS操縦者としての頂点に立つ五人の一人。

 操縦者の中で、最高精度と言われる凄腕スナイパー。

 そして時代が変われどただ一人乗り換えることなく第一世代に搭乗し続け、幾度も武器の差に泣かされながらもずっと同じライフルを使い、今なお狙撃手には基本不利な格闘戦が主流のモンドグロッソに出場し続けるジーナス・ファブルという人間のことを、才能を理由に選手であることを半ば諦めて教員となった真耶にしてみれば、輝かしくて眩しい見えるのだ。

 

 しかし、そんな彼女に一方的にやられているセシリアにしてみれば、彼女の経歴を差し引いてなおお釣りがくる強さに眩暈を覚えそうだ。

 

「(脳波コントロールでビットを四つもこれほどの精度と速さで操作しながら、ただ一度もしくじることなくビームを反射し続けるだなんて)」

『不可能だ。と思っているのでしょう?』

「!?」

 

 脳内の言葉を正確に読み取られたかのような言動に動じたセシリアに、ジーナスはさらに幾度もビームを放ちながら言葉を続ける。

 

『ブルーティアーズも改良されて性能が以前とは段違いね。特にそのSBビットは厄介だわ………こちらの攻撃をここまで正確に防ぎきるだなんて…………ホント』

 

 ―――宝の持ち腐れだこと―――

 

「!?」

 

 師の挑発を受けたセシリアが我を忘れ、とっさにライフルを構えようとする。そこへすかさずジーナスがライフルの一撃を放って先に攻撃を仕掛けた。

 ビットを経由して屈折させたものではない、ストレートに自分に狙いを定める一撃。だがその攻撃に反応したのはセシリア本人だけではなくSBビットも同様で、ビームの一撃を防いでしまったためにちょうど『セシリア』の射線を防ぐ形で動いてしまったのだ。

 

「(攻撃を防ぐために先にこちらに攻撃を)」

『反応が機敏であることが、必ずしも結果に繋がるとは限らないのよ』

 

 更にそこへ3連射。2撃はほぼ同時の速射で残りの一発は若干のタイムラグがあり、結果、2撃を防いだSBビットがまるで道を開いたかのように最後の一発を突破させてしまう。

 

「くっ!?」

 

間一髪でビームハンドガンを盾にして攻撃を防ぐが、依然として続くビームの嵐が彼女の行動をどんどん狭め続け、焦りがたまるセシリアを煽る師の言葉がビーム以上の威力で心を抉ってくる。

 

『何度言えばわかるの? 本当に愚図ね。貴女程度の頭で考えた所で打開策は浮かばないのよ。なのにそうやってみっともなく勝機がある風を装って誇り高い貴族を装うとする姿が滑稽だって言ってるの………また反応が遅れた。仲間の人が助けてくれると思っているの? 甘えが透けて見えるわ。この学園で何を学んだの? 何もできない頃のままでISを強化しても張子の虎よ。地べたに這いなさい。見っとも無く助けを、許しを請いなさい。私の唯一の失敗は貴女をイギリスから出したことよ。存在自体が今は恥ずかしいわ………甘え根性が抜けないお嬢様なんかを代表候補生になんてするんじゃなかった。対オーガコア部隊のメンバー入りなんて認めるべきじゃなかった。何もできない、何も知ろうとしない、何も何も決めることもできない娘なんて、ただただ恥ずかしいだけよ』

 

 ビームの間隙の中を潜って飛んでくる言葉の矢が心に突き刺さるのに、目の前の光の檻の処理に全神経を使わないといけないためか、禄に言い返すこともできない。

 

「…………千冬さん、助太刀を許可してください。ってか、私にやらせて」

 

 だが、そんなセシリアに叩きつける雑言を聞いていた鈴が、額に青筋を作ってまずは言い放つ。

 

「待った………先に俺がやる」

 

 次に口元が笑いながらも、目が笑っていない陽太が自分こそをと言い放つ。

 

「聞くに堪えられない。私がセシリアに代わる」

「………例えセシリアの恩師だったとしても、何も知らないのに言って良い言葉と悪い言葉があるだろうに………許せない」

「千冬姉、頼む。俺にも行かせてくれ!」

 

 ラウラ、箒、一夏も我慢がならんといった様子で観戦室を出ていこうとし、シャルも必死に深呼吸をして怒りを飲み込んだ様子だが、これ以上聞けば怒鳴り込んでやろうと内心で決め込んでいた。

 

「認められるわけがなかろう。これはオルコットも了承した戦いだ………何より」

 

 仲間を罵倒する者を黙って見過ごせるほど、薄情な者はこの中には一人としていない。そんな教え子達の心境を十二分に理解している千冬だからこそ、あえて助太刀はさせないと宣言する。

 

「お前達………ならば、助けてほしいのか?」

 

 困難を前にした仲間の窮地を救う。

 字にすれば美しい響きであろう。確かに美しさに見合った行動でもあるのだろう。

 だが、その行動が全てにおいて正しいのかどうかはまた別の問題でもある。

 

「仲間であると自覚しているのなら、黙って耐え凌ぐのも一つの戦いと心得ること。と、ナタルから習ったばかりではないのか?」

「「でもっ!?」」

 

 まだ納得ができないという一夏と鈴が同時に叫ぶが、千冬は二人の戦いを見守りながら目を細めてこう呟いた。

 

「オルコットは私にとっても教え子だ。そしてジーナスは同じ道を歩む戦友だ。私は二人の在り方を信じる………オルコットが示したい想いと、ジーナスが伝えたい想いの双方は、きっとこの戦いで示されるのだと」

 

 その先に、二人がより良いと思える未来があるのだと。

 千冬の静かな眼差しでそう諭されてしまっては、それ以上の言葉を陽太達は紡ぐことが出来ずにいたのだった。

 

 

 

 

 ☆

 

 

 

 

 言葉とビームの全方位攻撃に苦戦するセシリアであったが、このまま手をこまねいていたらジリ貧でやられることも明白だとの自覚もある。多少強引になってでもこの窮地から抜け出さねばならないと思い、SBビットを引き連れたまま強引な脱出を試みる。

 

「(お姉さまのサダルスードは攻撃力は第一世代で平均値。ならばクリーンヒットしない限り一撃必殺はあり得ない)」

 

 多少のダメージならば十分に巻き返せる算段でセシリアは目の前のリフレクタービットに突撃しながら腰部の三連ミサイルを射出して、ビットを破壊して檻から脱出するのであった。

 

「くっ!?」

 

 予想通り全てのビームを防ぎ切れなかったSBビットから漏れた分が装甲を掠めてシールドエネルギーを削られてしまうが、損傷は軽微で済んだようで、彼女はその勢いのまま狙撃戦ではなく近接戦闘に移行しようとその場から跳躍する。

 

『狙撃戦するんじゃないのかよ!?』

 

 陽太のツッコミがアナウンスから流れる中、セシリアはジーナスが自分の目論見に気が付いてしまったのではないのかと思い、彼の軽口を内心で舌打つのだが、肝心のジーナスのほうはそんなセシリアの内心をまたしても見抜いているかのように、冷徹な言葉と予想外の一撃をお見舞いしてくる。

 

『陽太君の言う通り狙撃戦を選択しておくべきだったわ。にわか仕込みの近接なんてさせると思うの?』

 

 ―――ロックの警告すら鳴らさずに、自分の右膝の後ろを射抜くビーム―――

 

「なっ!?」

 

 どうしてその攻撃が今来る? 痛みよりも疑問が先に沸き上がりながらも、バランスを崩したセシリアが空中で錐揉み状に降下していき、民家の屋根を突き破って落下してしまう。

 丁寧に再現された民家は土砂と埃を巻き上げてセシリアを包み込むが、すぐさま起き上がると彼女は自分が落下してきた穴を見上げ、荒い息を整えながら思考する。

 

「(リフレクトショットで膝の裏を………シールドが薄い場所をこんな正確に)」

 

 焼けるような痛みが右膝を襲う。シュミレーターが実戦での痛みを正確に再現しているのだが、問題はあの咄嗟の状況でこんな正確に当ててくることができる彼女の技量だ。

 

 精密機械のように高速でビットを複数同時に操っていた亡国の幹部(アーチャー)と、どちらが格上なのか………少なくとも自分では推し量ることができないほどの実力の開きがある相手に、どう打開していくのか、プチパニックを起こしそうになった。

 

『セシリアお姉ちゃん!? おちたのだいじょうぶ? タンコブできてない!?』

 

 心配する様子で大声を張り上げたたんぽぽである。しかもマイク越しに何やら『それはさすがに不味いから、はよマイク放せ!』『ヤッ!』などという陽太とのやりとりも聞こえてきた。セシリアの中の考えがごちゃ混ぜになっているそんな中で幼い声が耳を打つものだから、思わず声を張り上げてしまう。

 

「大人しくしていなさいと、あれほど言っているでしょう!?」

『ッ!?』

 

 姿が見えないが、怒鳴られて息を呑んだことはセシリアにも想像が出来ただけに心に鋭い痛みが走る。だが今は目前の戦闘に集中するべきだと思い、彼女は落ちてきた天井から飛び出してセンサーが捉えていたジーナスにライフルを構える。

 

「……………通信は聞こえていたわ」

 

 距離にして100m少々のマンションの上に堂々と立つジーナスは、ライフルを構えることも身を隠すこともなく、セシリアをはっきりと見ながら言い放つ。

 

「自分の思い通りにならないと周りに当たり散らす所がまだ治ってなかったなんて………昔から貴女はそうだったわね」

「………先ほどから黙って聞いていれば」

 

 何もかも見透かしているかのように言い放ち、公然と見下した表情を隠そうともしない師匠相手にいい加減堪忍袋の緒が切れたセシリアは、SBビット・ファランクスモードを起動させ、アルテミスの三連バルカンと共に重砲撃をジーナスに仕掛ける。さすがに最新鋭の第三世代改造機の攻撃を真正面から受け止めるのは不利かと判断したのか、その攻撃を防御することなくジーナスはマンションの下に降下することで回避し、建物を盾にして低空飛行で市街地を飛行するのであった。

 当然のようにその後を追いかけていくセシリアなのだが、先ほどから一方的にやられているのを見ていた仲間達からは静止の声が上がる。

 

『バカッ! 正面から追いかけんな!?』

『相手は路地裏利用して、アンタの裏をかきに来てんのよ!?』

 

 せっかくの陽太と鈴の忠告も、頭に血が上った今のセシリアには逆効果である。

 

「おだまりなさいっっ!! あんな卑怯者なんて、正面から打倒さねば・」

『私が卑怯者なら、貴女は猪頭の臆病者かしら?』

 

 路地裏を曲がりかけた時に放たれたビームを間一髪で避けながら、何とか撃ち返そうと身を乗り出したセシリアが目にしたのは、宙に浮かんだリフレクタービットのみであり、慌てて180度振り返ろうとするが、今度はちょうど鳩尾あたりをビームの強烈な一撃に穿たれ、悶絶しそうになった。

 

「ぐっ」

 

 ―――数個の家屋の向こう側に薄っすらと映る、ライフルを構えたジーナスの姿―――

 

 リフレクターを巧みに使って射線から自分の位置を割り出そうとする弟子の裏をかいて撹乱し続けるヴァルキリーの妙技に、一番弟子は翻弄され続ける。

 

『っ………んのおぉっ!?』

 

 アルテミスを投げ捨て、両手にハンドガンを構え、SBビット・ファランクスモードで家屋を薙ぎ倒しながらジーナスを攻撃するセシリアであるのだが、狙いが雑になってしまい返って瓦礫を作り粉塵を巻き上げて、ジーナスの隠れ蓑を作ってしまっていることに気が付かない。

 

 画面の向こう側で、ジーナスの攻撃を半分凌ながらも半分被弾し続け、シールドエネルギーと体力を悪戯に消耗し続けるセシリアが見ていられなくなった仲間達がいよいよ焦り始めた。

 

「クソッ………一夏より馬鹿になってんじゃねぇのか、今のアイツ!?」

「陽太の言葉には抗議するけど、明らかにこのままじゃセシリアが不味いだろ!!」

「それよりも、直撃してるのにやけにシールドの減りが少なくない?」

「多分、出力を絞ってダメージをあえて下げてんのよ。その分、エネルギーのチャージも早くて済むから連射にも向くだろうし」

「ああ。それにそのこともセシリアは気が付いてる」

「頭に血が上っている今の状態では、相手の戦術もただ自分への侮辱と捉え、さらにセシリアの怒りを増大させて、狙いを雑にさせてしまっている。このままでは本当にマズイぞ」

 

 ヴァルキリーの一角が見せる熟達の妙技に驚愕しながらも、このままでは仲間が英国に強制連行されてしまうことを前に、どうにかできないか皆が頭を悩ませる。

 一方、そんな対オーガコア部隊から少し離れた場所から二人の戦いを黙って見守っていたエリザベスは、一度視線をモニターから外し、涙目になってセシリアの姿を見ているたんぽぽへと向け、声をかける。

 

「たんぽぽちゃん、怖い?」

「………セシリアお姉ちゃん、『いぎりす』にいっちゃうの?」

 

 怒鳴られたことなど当に忘れ、セシリアが強制送還されることを心配しているたんぽぽの姿を見て、さすがのエリザベスも罪悪感を感じたのか、ハンカチで彼女の涙をぬぐい抱き上げると、彼女に優しい声色で語りかけた。

 

「大丈夫。きっとセシリアは貴女に黙って何処か遠くへは行ったりしないわ」

「………ほんと?」

 

 怒り心頭のセシリアと冷淡な表情のジーナスの二人がモニターに映り、装甲とシールドエネルギーを削られ続ける傷だらけのブルーティアーズと、依然として無傷なままなサダルスードの姿は勝負の明暗をギャラリーに示しているように見えるのだが、エリザベスの瞳には違うものが映っている。

 

「セシリアお姉ちゃんが勇気を持って一歩踏み出せるように、たんぽぽちゃん? 一緒に応援しましょう」

 

 

 

 

 ☆

 

 

 

 

 ジリ貧の泥沼とかした状況のセシリアの瞳には半ば涙が滲み、唇から食いしばりすぎて血が滲みだす。

 自分がこの学園に来てからの毎日で手に入れた全てを否定され、言い返す言葉も力もないかのような無力感が頭によぎり、それを必死に否定しようとするのに状況が一向に好転しない。

 

「どうする? もう諦めて、私と一緒に一から出直す?」

 

  煙の向こうから聞こえてくる余裕たっぷりの師匠の言葉に、無言の反撃と言わんばかりにビームハンドガンを乱射するが、狙いをつけることすらロクにできていないためか掠りもしない。その様子に一度だけため気を漏らすジーナスはやがて表情を再び厳しいものにすると、肩に担いだビームライフルを連射し、一際高い時計塔を半ばから倒壊させる。

 

 ゆっくりと倒れこんでくる時計塔を見ながら、一足早く退避したジーナスとは違い、ギリギリまでその存在に気が付かなかったセシリアは、自分に迫ってくる巨大な影に遅れて気が付き、表情を凍らせた。

 

「しまっ…」

 

 普段のセシリアならすぐに気が付くようなことも、自分を罵倒し尽くした師匠を相手に視野が狭まった結果か、倒壊の直撃こそ避けられたが衝撃波に巻き込まれ、瓦礫の中に埋もれてしまう。

 モニターの向こうでは、セシリアの安否が分からず声も上げられない仲間達と、震えるたんぽぽを膝に乗せたままのエリザベスであったが、やがて彼女は斜め前の千冬にゆっくりと視線を送り、それに気が付いた千冬は申し合わせたかのようにマイクを手に持つと彼女に手渡すのであった。

 

 

 一方―――

 

 倒壊した時計塔の下敷きにこそならなかったが、散弾のように飛び散った瓦礫のうち、大型の物の直撃を受けてしまい、破片に埋もれ意識が一時的に遠退いてしまったセシリアの意識が深い闇に落ちていく。

 深い闇の中で切り取られたシーンのように、この学園に来てからの無数の思い出達が彼女から過ぎ去り、英国にいた頃まで遡る。

 出立の際、敬礼と共に見送ってくれた師であり姉の同然だったはずの人。

 謁見の間で、『貴女を誇りに想った父母の思いと共に』という言葉をくれた、敬愛する君主。

 家族二人を突然失った夜、泣き叫んでいた自分を一晩中抱きしめてくれたメイド。

 

 たくさんのものが過ぎ去って、最後に残ったものが意識を失ったセシリアの掌の上に、夜空から舞い降りた星屑のように舞い落ちる。

 

 

 

『セシリア……5歳の誕生日、おめでとう!』

 

 ―――盛大な誕生会を開くのが常の貴族社会において、三人きりの誕生会を開いてくれた父―――

 

『今日一日、お父様とお母様にたっぷり甘えることを許します………セシリアッ!』

 

 ―――いつも厳しいのに、今日一日この場のみ、誰よりも優しく自分を抱きしめてくれた母―――

 

『おとうさま、おかあさまァッ!』

 

 ―――今日この場だけは、ただのセシリアでいること許してもらえた私―――

 

『じゃあ、お母様が作ってくれたケーキの灯を消そうか』

『これ、おかあさまがすべてつくられたのですか!?』

『ええ、そうよ。お母様だってこれぐらい出来るんですから!』

『半年間の料理教室の成果が、ようやく実を結んだね』

『なっ!? ど、どうしてそれを……?』

『ジーナスにだけ話していたそうだが』

『あの娘ったらまた私の許可なく………また私に隠れてライフルをアナタから教わっていたのですね!?』

『い、いや。教えたのはボクの方もだし………どうか、きつく叱らないで上げてほしい』

『私とジーナスと、どちらが大事なの!?』

『君はボクの愛する妻で、彼女は君の親戚なんだ。無下にする訳にもいかないし、第一良い子なのは君が一番知っているだろう…………どうしたんだい?』

 

 ―――『ボクの愛する妻』の辺りから顔を真っ赤にしてフラフラしているお母様が、まだ頬を赤くしたまま咳払いをしていた―――

 

『コホンッ………確かに年長の余裕というものも持たないといけないわね。でも、今度あの娘が何か言ってきたら、私が同席いたします』

『ん? ああ、それは構わないけど』

 

 ―――今一つ釈然としない様子ではあったが、何とか気を取り直して自分に灯を消すように言い、父の言葉通りケーキの灯を消した私に、今度は二人別々でプレゼントを手渡してくださった―――

 

『私はヴァイオリンよセシリア。職人にオーダメイドで作ってもらいました』

『ボクは年頃の娘に何か似合うか中々わからなくて………髪飾りだよ』

 

 ―――母が職人に作らせたヴァイオリンは、まるで手に吸い付くように自分の丈にあっており、今からでも晩餐会を開いてしまいたいぐらいに嬉しさに包まれた―――

 ―――そして父が手渡してくれた白いレースの刺繍が入った青色の髪飾りをじっと見つめていた私は、おもむろにお願いしてみる―――

 

『おとうさまがわたしにつけてくださいっ!』

『ええっ!? ボクがかい?』

『はいっ!』

 

 ―――嬉しそうに返事した私に気を良くしたのか、さっそく父がつけてくれようとするのだが、それが中々上手くいかない―――

 ―――ライフルの扱いは天下一品なのに、女性物の扱いはてんでダメダメなお父様に苦笑したお母様が見兼ねてお手伝いしてくださった―――

 

『少しずれていますわ。あまり強く絞めすぎては肌が鬱血してしまいますよ』

『な、なるほど』

 

 ―――ややあって出来上がった私の姿を見た二人は、実に似合っていると喜んでくださいました―――

 

『よく似合っているじゃないかっ!』

『ええ、ホントに♪』

『おとうさま、おかあさま♪』

 

 ―――お母様に抱き上げられ、そしてお父様に頭を撫でられ、本当にうれしかった私は、ここでもう一つだけ我儘を口にしてみた―――

 

『おとうさま、おかあさま。もうひとつだけワガママをいってもかまいませんか?』

『おや、なんだいセシリア?』

 

 ―――普段は言えないことだが、今日は沢山甘えても良い。その言葉を信じて私は言ってみる―――

 

『わたし、「兄弟」がほしいです!』

『『!?』』

『わたし、もっともっとべんきょうして、よいあねとしてこのいえをまもっていきますわ!』

 

 ―――『出来たら妹が良い』と私の胸を張った宣言を聞いた二人。ですが、父は口を開いてアワアワとだけ何か呟き、母に至っては両手で頬を抑えながら『今晩は寝かせてもらえないのですね、アナタ』と身体をクネクネと震わせていたのだ。幼い私にはわからない二人の様子に首をかしげていると、お父様は意を決して言ってくださりました―――

 

『すまないセシリア。そのお願いだけは来年以降じゃないと叶えてあげられないんだ。どうしても』

『どうしても?』

『だから……』

 

 ―――小指と小指で指切りしながら、お父様は誓ってくださいました―――

 

『セシリアがもっともっと素敵なレディになってくれたのなら、ひょっとしたら天使のような妹が新しい家族になってくれるかもしれない………その日まで、私もお母さんもセシリアも、一緒に頑張ろう』

 

 ―――そして小指を切ったお父様の瞳を見た私は、笑顔を浮かべて頷く―――

 

『はいっ♪』

 

 ―――その日まで、セシリア・オルコットは、父と母に負けない、素敵なレディになると心に誓ったのですから―――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『………………………ぇちゃんっ! セシリアお姉ちゃんっ!?』

「!?」

 

 自分の耳を打つ幼い声に意識を取り戻したセシリアは、ここで初めて自分が瓦礫の中に埋もれてしまっているのに気が付く。

 

「痛ッ(瓦礫自体はすぐに退けられる。残りシールドエネルギーは………約20%)」

 

 そして今、自分がジーナスと勝負の真っ最中だったことも思い出し、状態を確認したセシリアは改めて声の主に返事をするのであった。

 

「………たんぽぽさん」

『セシリアお姉ちゃん!? いたくない? だいじょうぶ?」

「………もう。貴女ったら………今は試合の最中ですから、って何度も言っているのに」

『………ごめんなさい』

 

 泣きそうになりながらも必死に自分に呼び掛けてくる姿が目に浮かぶ。先ほどから怒りしかぶつけていなかったはずなのに、昔のことを思い出したためか、懐かしさにも似た暖かい気持ちが湧き上がってくる。

 

「………」

 

 父の最後の背中、母の最期の言葉。心中で木霊(リフレイン)する想いと想いは、複雑に入り混じるとやがて新しい『初まり』の言葉となって、目の前の幼い少女の口から発せられるのであった。

 

『セシリアお姉ちゃん………「いぎりす」いっちゃ、やだぁっ!』

「!?」

『ばふぁりんならってない。じょうばしてないっ! オニゴッコまだとちゅうっ。セシリアお姉ちゃんがオニのままっ!?』

「………貴女」

 

 幼い幼い言葉は、呆れるような理由で自分を引き留めてくる。その理由があまりにおかしくて、彼女は呆れるのも忘れてしまうぐらいにお腹の底から笑いながら、たんぽぽを受け入れるように優しく紡いだ。

 

 

 

 

 

 

「貴女は我儘な私に似た『妹』です………本当にとんだ『天使』ですわ、お父様、お母様」

 

 

 

 

 

 こんな我儘放題の自分にそっくりな『妹』なんて約束、10年もかけて守ってくれた両親に少しの愚痴と一筋の涙に沢山の愛を込めたセシリアは瓦礫を跳ね上げ、ゆっくりと立ち上がる。

 

 座して諦める姿は見せるわけにはいかない。

 

 ―――最後まで誰かを救おうと足掻いた背中を父が教えてくれた―――

 

 泣いて許しを請う姿など見せたくもない。

 

 ―――『ずるい人………どうかご武運を』と愛する人を送り出した母の言葉を思い出したから―――

 

「(考えなさいセシリア・オルコットっ!! エネルギーは二割だけど、主要武装のほとんどは健在………!?)」

 

 今は愛する妹が自分のそばにいてくれる。あきらめずに信じてくれる仲間がいてくれる。

 ならば自分を否定するのが例えかつての恩師といえども、負けるわけにはいかない。自分は勝って今度こそ前へ進んでみせる。

 決意を固めたセシリアに呼応するように、瓦礫の中に一緒に埋もれていたSBビットたちが浮き上がり、彼女の脳裏に一筋の光明が差し込む。

 

「………大博打なんて、つくづくスナイパーらしくありませんわね」

 

 最初はスナイパー対決だなんて言われていたのに、蓋を開けてみたら出たとこ勝負の博打打ちだなんて、つくづく自分は対オーガコア部隊の空気に当てられているようだ。

 

「(それも悪くありませんわね………これでたんぽぽのお母様になりたいと言い出したら、シャルロットさんはどのような表情をされるでしょうか?)」

 

 きっと凄まじい顔芸になるんだろうが今はその言葉を胸の内にしまい込み、セシリアは勝負を掛けるように粉塵を切り裂いて前へ出るのであった。

 

 

 

 

 

「!?」

 

 ハイパーセンサー越しに相手の動きは大方把握していたが、正面切って自分の前に躍り出てきた弟子を見て、覚悟を決めてきたのか、それともまだ感情に振り回されているのかのどちらなのかと考えたジーナスであったが、煙を切り裂いて出てきたセシリアの力強い眼差しを見て、安堵の溜息が漏れてしまう。

 

「フゥ………ようやくこの学園での成果、見せてもらえそうね」

「………そのお言葉から察するに、ここに来るまでのこと、全て『ワザと』だったと?」

 

 セシリアの指摘を受けたジーナスは一瞬何かを考えこむような表情を浮かべると、あっけらかんとした表情で答える。

 

「もちろん演技よ。半分」

「(もう半分は普段から思っていたと?)」

「甘え根性については本当。私や陛下はまだ良いとして、従者であるチェルシーやたんぽぽちゃんにまで甘えてしまうのは貴方の悪い癖よ。お尻抓るぐらいはさせなさい」

 

 この時、自分の師匠って意外と毒舌なのだな。と初めての印象を受けたセシリアであったが、そんな彼女の言葉を否定することなく、今は受け入れる。

 

「確かに………私は周りの全てに甘えていました」

「………」

「でも、それも出来ません」

「どうして?」

 

 問いかけるのはきっともう答えが分かっているから。

 そう思わせるような微笑みを浮かべたジーナスに、セシリアも微笑みながら言い放つ。

 

「妹の前で常に凛々しくありたいのです………そうですわね、お姉様?」

「…………フッ」

 

 目の前の女性が常に自分にそうしてくれていたように、自分もたんぽぽの前ではそうありたい。それがきっと両親が望んでくれていた姿であると信じたいから。

 それにジーナスだって、きっと自分の父親と母親にそうやって教えられたのだろう。人として、英国貴族として、誇りある者としての姿勢というものを。

 

「………」

 

 そんなセシリアの成長を表に出して素直に喜びたいジーナスであったが、目下は敵としての役割を与えられているのだ。もう英国への強制帰還はなんやかんやで取り止めても良いと思ってはいたが、勝敗までは譲る気はない。

 

「それで? 逆転の手は、まだ貴女に残されているのかしら?」

「…………」

 

 ジーナスの言葉に何も反応しないセシリアを見て疑問が過る。

 今のセシリアならば十分に冷静な判断が下せるはず。勝負を捨てる気もない。ならばこうやって正面から出てきた理由はいったい何だというのだ?

 

「私に残された手段………それはっ!」

 

 ジーナスが生んだ一瞬程度の逡巡。だがセシリアにはそれだけで十分過ぎる時間と言えた。

 

「!?」

 

 ―――腰部のミサイルを発射しながら、同時にジーナス相手に突進を仕掛けてくるセシリア―――

 

 狙撃戦(長距離)も射撃戦(中距離)も能力で上回れる以上、残りの道は接近戦のみ。当たり前といえば当たり前の決断であるのだが、いかんせん相手はモンドグロッソで散々その手の相手をしてきたジーナスである。彼女は量子変換でマシンガンを取り出すと、左手で乱射してミサイルを早々に撃ち落とし、ハンドガンを両手に持ったセシリアが至近距離から発砲しようとするのを、もう一方の右手で持っていた狙撃用ライフルで銃口を弾いてしまう。

 

「!?」

「破れかぶれの接近戦で勝たせてあげれるほど、私は甘くないわ」

 

 弾かれた右のハンドガンの反動でバランスの崩したセシリアがすぐさま左のハンドガンで追撃を仕掛けようとするが、それを今度はマシンガンの銃口で逸らすと、ジーナスはその場で反転しながらの後ろ回し蹴りでセシリアの腹部を強打した。

 

「カハッ!」

 

 シールドバリア越しに伝わってくる衝撃に悶絶するセシリアに対して、更に追撃のマシンガンを発砲しようとしたジーナスであったが、次の瞬間、ハイパーセンサーが瓦礫の中の何かに反応して、警告音を鳴り響かせる。

 

「瓦礫……!?」

 

 瓦礫を吹き飛ばして出てきたのは、セシリアのSBビット達。それがジーナスの背後から飛び出して今にもビームを放とうとしていたのだ。

 

「(自分自身を囮にして忍ばせたBTで私を狙うだなんて………)でも、最後の詰めが甘いっ!」

 

 不意は突かれたが対処する余裕はあるジーナスが、すぐさま自分のリフレクタービットで防御しようと彼女の周囲を取り囲む。

 SBビットによる不意打ちも遮断され、いよいよ勝ち筋が失くなったセシリアに、ジーナスは健闘を称える代わりに油断なくトドメを刺すため、スナイパーライフルを構えようとスコープを覗くのであった。

 

 ―――跪き、痛みに耐えながらも、諦めることなく何かを狙うセシリアの瞳―――

 

「………(この期に及んでまだ諦めていないだなんて………少し誇らしく思えてしまうわね)」

 

 勝負の瞬間まで諦めない心に、弟子を相手に敬服しそうになるジーナスだが、ここにきてそれが唯一にして最大の油断であったと遅れて気が付く。

 

「(待て。どうして諦めない? まだ粘れると踏んでる……いや、勝ち筋は消え………ていない!?)」

 

 衰えない闘志が見つめる先に何があるというのか? ただ真っすぐに自分を射抜くような瞳をしていたセシリアであったが、同時に違和感を覚える。

 

 ―――自分のほうを見ているが、まるで自分を見つめていない感覚―――

 

「!?」

 

 気が付いた瞬間、ジーナスの背後を打つ衝撃は凄まじく彼女はとっさに踏ん張ることで吹き飛ばされることだけは何とか堪える。

 

「(どうして私の指示を無視してリフレクタービットが?)」

 

 背中にぶつかってきたのは自身が操作するBT兵装だっただけに、なぜ自分のコントロールを離れてぶつかってきたのか疑問が頭を駆け巡るが、リフレクタービットから伝わってくる情報によって判明する。

 

「SBビットを!?」

 

 自分を狙撃しようとしていたセシリアのBT兵装が、ビームを放つことなくリフレクターに突撃してきていたのだ。しかも破砕しないようにシールド形態をとっての突撃のため、明らかに最初から狙っていた行動である。

 壁とするために放っていたリフレクターを、まるでラグビーのタックルのように壁ごと押し出そうとしているSBビットの行動を目の当たりにし、すぐさま振り返るジーナスは、目の前のセシリアが身体を僅かに右にずらしていることに気が付く。

 

「まさかっ!?」

 

 脳裏によぎるピースとピースが結びつくとき、セシリアの遥か後方から『何か』が飛来してくるノヲジーナスは目にする。

 

 ―――複数のSBビットに抱きかかえられながら飛来するスターライト・アルテミス―――

 

「!!」

 

 瓦礫の中から這い出てきた時から続く行動の全てがセシリアの作戦だったことに気が付くジーナスは、最後の切り札は今飛来している物だと確信し、撃ち落とそうと無理やりライフルを構えた。

 

「はあああああああぁぁぁぁっ!!」

 

 同時に自分に向かって全速力で突撃してくるセシリアは、ジーナスが引き金を引くよりも早く彼女のライフルの銃口に左のビームハンドガンの銃口を押し込む。

 

「!!」

「!?」

 

 両者同時に引き金を引き、ビームとビームがゼロ距離で誘爆し、右手に持ったライフルと左手に持ったハンドガンが一瞬で爆砕する。

 

「まだ………まだっ!!」

 

 爆砕した衝撃で互いにのけ反りあう中、裂帛の気合によって先に踏み出したのはセシリアであった。

 彼女の脇をすり抜けてきたスターライト・アルテミスを無我夢中で残った右手で掴み、ジーナスの腹部に突き刺す勢いで叩きつける。

 第一世代であるサダルスート最大の弱点があるとしたら、その防御性能の脆弱さである。これをカバーするために彼女は単一仕様能力(ワンオフアビリティー)の『蒼の雫(ブルーティアーズ)』を生み出したのだ。そしてそれを突破できた者は世界で極僅か………ヴァルキリーと呼ばれる者たちですら、千冬を筆頭にした片手で数える程度の人しかいなかったのだが、今日この日、その人物の中に自分の弟子が加わることになる。

 

 

 

 

 

「姉様ぁっっ!!!」

 

 

 

 

 

 慟哭の様に出た呼び方。

 大好きで、憧れ、自らの目標となるべき人に、自分の意志で引き金を引くセシリアの瞳から一筋の涙がこぼれる。

 改造型第三世代であるブルーティアーズ・トリスタンのメインウェポンの破壊力は、第一世代でも脆弱な耐久値しか持たないサダルスートには一撃でも致命傷になってしまう。 

 

「……………」

 

 引き金を引いた瞬間、顔を上げて彼女(ジーナス)の表情を見る。

 

 さぞかし怒っているだろう。

 軽蔑されてしまっただろうか?

 

 それとも今度こそ本当に見捨てられただろうか?

 

 怯えるよう子供のような気持ちなったセシリアであったが、最後に彼女が見たもの…………それは。

 

 

「………セシリア」

 

 

 自分を乗り越えてくれた妹を、本当に慈しんで微笑む姉の笑顔だった。

 

 

 

 

「(………セシリア)」

 

 ―――生まれたての貴女を姉様が私に抱かしてくれた時の、貴女のぬくもりは今も忘れない―――

 

「(………セシリア)」

 

 ―――姉様と義兄様の葬儀が執り行われているときに、私の服をずっと掴んでいた時のぬくもりを今も思い出すわ―――

 

「(………セシリア)」

 

 ―――イギリスを出る直前、怒り心頭だった貴女の頭を一撫でした時のぬくもりは少し寂しかったわ―――

 

 父と母を失くした少女の保護者役を行っていたはずのジーナスが思い出したのは、自分が守るはずの少女がくれた沢山の暖かさばかりであった。

 この暖かさがあったから自分は英国代表になれ、世界トップ5の「ヴァルキリー」の称号も得ることができたのだと改めて思い知った。感謝の言葉は自分が述べるべきだったのだと、そんな彼女に酷い言葉を今ぶつけてしまった自分のやり方を少しだけ後悔しながら、やっぱり可愛い弟子の顔をうっすらと開いた瞳で見てみる。

 

 ―――泣き顔を浮かべた義妹(セシリア)が自分呼んでいた―――

 

「(ああ………)」

 

 いつも通りの泣き虫ぶりだ。本当に世話が焼けてしまう可愛い義妹だと苦笑してしまったジーナスは、それでもこれからは彼女は自分の足で歩いていくんだと想い、少し寂しくて温かだった過去の時間を手放すように意識を閉じるのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 ☆

 

 

 

 

 

 

 

「セシリアッ!」

 

 決闘がセシリアの勝利で終わるや否や、シミュレーター場に雪崩れ込む対オーガコア部隊のメンツであったが、彼らの呼びかけに答えるよりも早く展開されたISを解除したセシリアが、強制解除になったジーナスの元へと駆け寄る。

 

「姉様ぁっ!? 大丈夫ですか、返事をして下さいっ!」

 

 いくらシミュレーターとはいえ、万が一が起きる可能性が絶対に0というわけでもない。億や兆分の一の確率で痛みがフィードバックして大惨事になるかもしれない。そんな恐怖に駆られたセシリアが駆け寄って声をかける。

 

「姉さまぁっ! ジーナス姉さまぁっ!?」

「……………もう」

 

 瞳を閉じたまま返事をしなかったことに焦っていたセシリアであったが、最初から意識自体はあったのか、若干呆れ気味の声でジーナスが答えた。

 

「ショックを受けたんだから、私だって色々考えたい時間ぐらいあっても良いんじゃない?」

「それは………!?」

 

 セシリアは気が付く。

 内容はどうあれ結果的にイギリス正代表であり、国民的英雄のジーナスを自分は倒してしまったのだ。これがもしマスコミに露呈すれば、むしろ自分を褒める声よりも彼女を貶める声の方が多いはず。オルコット家の令嬢とはいえ、国民レベルでは彼女の知名度はさほど高くない。そんな無名の新人に後れを取ったとしたら、今年中にも彼女は正代表から降ろされかねない。

 

「お姉様が本気であれば、五分で私を倒せたはずです! いいえ、そもそも機体性能の差を考えれば、最初からこの決闘の正当性など…」

 

 声を荒げて彼女の正当性を主張しようとするセシリアであったが、そんな彼女の背後からゆっくりと近づいてきた千冬が、少しだけ意地悪そうな言葉を投げかけた。

 

「可愛がっている妹分(でし)に負けると、やはりお前でもショックを受けるものなのだなジーナス?」

 

 かつてのライバルであり、今は似た立場で教え子たちを指導する友人である千冬の言葉に、ジーナスは拗ねた口調でそっぽを向いて答えた。

 

「他人事じゃないわよ。貴女だっていずれは受けなきゃならないショックよ、これ?」

「私が? 馬鹿を言え」

 

 振り返り、一夏と陽太のそれぞれを見ながら、彼女は得意気に言い放った。

 

「生涯にわたって、背中に触れさせもしやしないさ」

「えっ?」

「あ゛ぁっ?」

「(………大人げない)」

 

 まだそういう感覚が薄い一夏は戸惑い、自分は既に千冬を超えていると自負する陽太がしかめっ面を作り、相変わらず友人が負けず嫌いなのを再認識してため息が漏れたジーナスであったが、その時、一番最後にチェルシーとたんぽぽを引き連れたエリザベスがシミュレーター場に現れ、ジーナスとセシリアは女王への謁見をするかのような姿勢を隠すことなく、英国陸軍式の手の平を前へと向ける敬礼をする。

 

「………セシリア」

「ハッ!」

 

 名を呼んだだけだというのに、場が独特な緊張感に包まれ、不安そうにたんぽぽがチェルシーの裾を離し、無言でシャルの元まで駆け寄っていく。

 その後姿を見たエリザベスは、満足そうに微笑みつつ、目の前の少女に問いかけた。

 

 

「もう、大丈夫ね」

 

 

 父や母の想い、ジーナスの想い、そして彼女(エリザベス)の想い、それら全てはちゃんと伝わった。これからはセシリアが伝えていく側に立つのだ。そう確認する、敬愛する主君に対し、セシリアは凛とした声で答える。

 

 

「ハイ」

 

 

 これからは自分は大事な妹に伝えるのだ。父の、母の、姉の、そして英国貴族としての誇り高さを見せてあげたい。思える様になったセシリアの晴々とした表情に、エリザベスはよく通る声で命じる。

 

 

「英国君主エリザベスとして、※ディム・セシリア・オルコットに命じます。我が国の誇りとして、対オーガコア部隊の仲間達と共に、人々と世界の安寧のために戦いなさい」

「………主命(イエス)確かに承りました(ユア マジェスティ)

 

 

 それは、古き世界の女王が騎士に命じるワンシーンを彷彿とさせる光景で、誰もが言葉を押し黙って見つめる中、幼いたんぽぽの瞳に、不思議と言葉にならない感情を与えるのであった。

 

 

 

 

 

 

 ☆

 

 

 

 

 改めて食堂に集められたメンバー達に、英国女王は単刀直入にこう切り出した。

 

 

 ―――『10年前から英国はある人物からの影の圧力を受け、今も苦境に立たされているわ』―――

 

 ―――『最近まで名前すら分からなかった人物だけど、最新の調査でそれも判明した』―――

 

 ―――『それは同時に貴方の父母の死に関わっている人物』―――

 

 

 ―――『その人物の名は、メディア・クラーケン』―――

 

 

 ―――『かつてオルコット家にも資金提供を陰で迫っていた人物です。いえ、迫るというよりも銃を突き付けて一方的な搾取を宣言していたようなものですね』―――

 

 ―――『亡国の英雄の話は私もよく聞き及んでいました。10年前に彼女が死んだのを発端に世界中の有力な資産家たちに裏から圧力をかけるようになったともとれます』―――

 

 ―――『目的ははっきりしていない部分がほとんどだけど、メディア・クラーケンは自分の影響力を行使し、英雄の死後、まるで邪魔者がいなくなったと言わんばかりに好き勝手し始めているわ』―――

 

 ―――『英国の原子力潜水艦の開発にも亡国機業の者が関わっています。そしてそこに搭載されている核兵器も同様に』―――

 

 ―――『今考えると最初からメディア・クラーケンは、核兵器を切り札にしてこちらの行動の抑止力とする気だったのね』―――

 

 ―――『本来、抑止力となるべき核兵器が、自分たちの喉元に突き付けられている。私はその事実を知ってから、陸軍に働きかけ、ISを陸軍独占にあえてさせました』―――

 

 ―――『国内から反発の声は今も大きいけど、結果的に陛下の英断のおかげで、IS開発は亡国機業からの影響を受けずに済んでいるわ………それでも、一年前のブルーティアーズ二号機強奪事件もあるから、完璧とは言い難いけど』―――

 

 ―――『そしてもう一つ。お嬢様………このチェルシー・ブランケットも、元は亡国機業に縁が在る者』―――

 

 ―――『!?』―――

 

 ―――『私の記憶すら曖昧な程の幼いころ、私は亡国機業の英雄『アレキサンドラ・リキュール』によって英国へと預けられた者の一人です。私の父母もまた亡国機業の人間、内部抗争に巻き込まれた末に処分されそうな所を、先んじた彼女の手によって亡命させられたのだと、受け入れた者から教え聞かされました』―――

 

 ―――『本当の真実はどうなのか、今の私には知る術がありません。ひょっとするなら幼い身分を利用したスパイ活動のために送り込まれたのかも知りません。私は英雄の本性など知りえませんし、顔すら覚えていない両親に愛情や憎しみを覚えているのかといわれても、やはり実感がないのも事実』―――

 

 ―――『ですが、旦那様と奥様はそんな私の身の上を知ったうえで引き取り、貴方の近衛メイドとして仕えることを許してくださいました。私には貴女の御父上と御母上への恩義こそ、何物にも代えがたいモノなのです』―――

 

 ―――『主である貴女に今日まで内密にしてきたこと自体が不義理の証。ましてや私は貴女の仇の一味も同然。この場で如何様な処分も御下しくださいませ』―――

 

 エリザベスとジーナスによる自分と亡国機業《ファントムタスク》との浅からぬ因縁と、近衛メイドからのまさかの言葉に、セシリアは軽いショックを受けながらも一度だけ深呼吸すると、ゆっくりと自分のそばで聞いてた千冬の方へと振り返り、暖かな口調でこう述べる。

 

「織斑先生」

「………なんだ?」

「私も貴女の先生に一つ感謝をせねばなりません………両親がいなくなった私が今まで生きてこれたのは、間違いなくチェルシーがそばにいてくれたからですわ」

 

 セシリアのその言葉に一瞬だけ面食らった千冬であったが、やがて彼女も微笑むと、目を閉じながら言い返す。

 

「何よりの言葉だ。お前にそう思ってもらえるのなら、私も先生も感謝しかない」

 

 セシリアと千冬のやり取りはチェルシーに対しても救いとなり、彼女は主であり妹である少女に無言の淑女の礼を行い、この生涯を賭けた忠義を彼女に捧げることを誓うのであった………誰にも悟られないように、一筋の涙に込めて。

 

「さて………長居してしまったわね」

 

 エリザベスの言葉を聞いたジーナスはスマホ片手に連絡を入れだし、チェルシーはすぐさま君主の身の回りの荷物をまとめると、そそくさと英国への帰路につこうとする。

 

「陛下……そんなお急ぎにならなくても」

「これ以上、国のみんなをいじめてあげると可哀そうでしょ? 特に男衆は、泣いちゃってるかもしれないわね」

 

 内密で女王が旅行などという前代未聞ぶりを食らわされたイギリスの現政府首脳陣に、同情の念が禁じ得ない皆が一様に納得する中、ジーナスの連絡を受けて数分後、英国大使館からのリムジンが学園の駐車場に到着したとの知らせを受け、一行は三人を見送るために場所を移動する。

 

「今度会うときは、おばあちゃん、もっともっと美味しいお菓子を作ってあげるわ」

「うんっ♪」

 

 最後までただのおばあちゃんと孫同然の幼子の関係を崩さないエリザベスとたんぽぽを見て、もうツッコむだけ無駄だと思ったセシリアが苦笑いだけで済ませるが、たんぽぽはセシリアの手を掴むと顔を覗き込んで問いかけてきた。

 

「その時は、セシリアお姉ちゃんもいっしょだよ♪」

「………ええ」

 

 幼い手をしっかりと握り返したセシリアの姿を見て、失くしたものが見つかったのだと改めて実感したエリザベスも内心で喜びを覚え、オルコット家の墓前への報告をすることにした。

 

 そして駐車場に止められていたリムジンと、護衛のための車が出迎えてくる中、エリザベスに対してセシリアは改めて彼女へと己の行く道を誓うのである。

 

「陛下、このセシリア・オルコット、必ずや主命を果たしてみせます」

 

 そうやって行った淑女の一礼を見て、たんぽぽが幾度も振り返りながら一緒の真似しようとするが、そもそも普段からロングスカートのセシリアと、キャロットパンツのたんぽぽでは服装が全く異なり、当然上手くいくこともない。何度も頭を捻りながら、一生懸命頑張るたんぽぽを微笑ましく皆が見るが、セシリアはそんなたんぽぽの様子に気が付くと、彼女の手を取って直接指導するのであった。

 

「頭を下げる時は、そのように下げすぎてはいけません。背筋を伸ばしてスカートの裾を指先で軽くつまみ、ドレープを美しく見せながら、優雅に一礼を」

「………こう?」

 

 身振り手振りの指導を受けて、一応の格好がついたことをセシリアに問いかけるたんぽぽに、セシリアは満足そうに微笑んで返す。

 

「そうです。それが淑女の礼なのです」

 

 奇しくも、それはセシリアが母に一番最初に厳しく教えられたことであり、時が経て自分が今度は教える側に回ったことに気が付くと、自然と言葉が漏れた。

 

「これからは、わたくしが姉として沢山のことを教えてさしあげますわ、たんぽぽ」

「………ホントッ!?」

 

 セシリアの言葉が本当に嬉しかったのか、『お姉ちゃんができたぁっ!』とぴょんぴょん飛び跳ねて喜ぶ幼子に、皆が和むが、次に言った言葉に英国組以外が凍り付く。

 

「そう、このセシリア・オルコットの『ような』、完璧な淑女になるよう、わたくしが教育をするのですっ! 陽太さんとシャルロットさんも、どうかご協力してくださいませっ!」

「「えっ?」」

 

 たんぽぽがセシリアみたいになる、というある種のパワーワードは、対オーガコア部隊のメンバー全員に円陣を組ませ、速攻で対策会議を開かせた。

 

「(正直にお断りさせていただきます。ってぶっちゃけようか?)」

「(でもそれ言うと傷つくわよ、アイツ?)」

「(ごめん、たんぽぽがセシリアみたいになる未来って、俺、あんまり想像できない)」

「(一夏、しなくていいと思う。というか、さすがに少し問題がある)」

「(あまりそういうことに疎い私だが、流石にそれはやり過ぎている気がするな)」

「(私、たんぽぽにはもっとのびのびと育ってほしいから、流石にオルコット式の教育はちょっと……)」

「(ここは日本だから日本式の教育で行く。とオルコットに伝えたらどうだ?)」

「(でもオルコットさん、かなりやる気みたいですけど)」

「(姉と呼ばれたのがよっぽど嬉しいんだね。張り切り過ぎてすでに暴走状態になっているみたいだが)」

「(たんぽぽ君は天真爛漫。純真無垢。これは外してはいけません)」

 

 高笑いをして円陣に気が付いていないセシリアと、セシリアの真似をして高笑いしようとするたんぽぽと、たんぽぽの未来の危機を真剣に話し合うチームメイトと大人たちを見て、少し困惑するエリザベスとチェルシー、そしてジーナスはジト目でこう呟く。

 

 

 

「ああ~。セシリア、貴方は立派にオルコットの令嬢よ。姉さまそっくりだわ、そういうところも」

 

 

 

 かつて自分もやられた苦い経験を思い出し、成長してもやっぱり手のかかる妹なんだな。と改めて思い知るのであった。

 

 

 

 

 

 PS

 

 

 

「ではたんぽぽさん!! 私直伝のお料理をお教えて差し上げますわ!」

「あい、お姉ちゃんっ!」

 

 すっかり打ち解けあった義姉妹の二人が家庭科室を占拠すること数時間、二人で作り上げた料理が陽太と一夏の前に差し出される。

 

 ―――水色の絵の具をブチ撒けたかのような液体入りの鍋―――

 

「セシリア特製シチュー、ブルーティアーズスペシャルですっ!」

「おおっ」

 

 得意気に語るセシリアと、輝く瞳でそんなセシリアを見つめるたんぽぽを除き、全員が言葉を失い、試食係にさせられた陽太と一夏が全ての感情が消え失せた表情になる中、仲良く二人は両手を突き上げて声高に叫ぶ。

 

 

 

「たんぽぽさん、立派な淑女になるために、これからも頑張りましょう!」

「あいいっ!!」

 

 

 亡き父と母が喜んでくれるような、立派な女性になりたい。なってほしい。この身に流れる誇りと色々な想いが自分の中で力強く脈打っていることに気が付けたセシリアは、実の妹の様に愛でるたんぽぽにもそれらがきっといつか受け継がれていくのだと信じ、ハッキリとした意志で前へ進んでいく。

 

 そんなセシリアのイヤーカフスが今日も眩しく光り輝く。

 

 永遠に永遠に、語り継がれてきた一雫の宝石のように………。

 

 

 

 

 

 








追記

以後、セシリア・オルコットとたんぽぽがセットの調理室使用は固く禁じられることとなる………尊い二人の少年の犠牲よって





大丈夫大丈夫、二人とも死んでないよ。たぶんちょっとあの世を彷徨った程度の被害で済んだからw




エリザベス陛……おばあちゃんの訪日の本当の目的も明かされましたが、わざわざ挑発してまで過去を掘り返すなんて手間を踏んだのも、セシリアが過去を乗り越えていなかった場合、亡国への恨み辛みで部隊の仲間や周りに迷惑をかけてしまうことを危惧したのと、やっぱり孫娘同然の臣下の今後を心配してのこと。こういうところはやっぱり甘いお婆ちゃんなのですが、彼女は現存するキャラの中で随一のカリスマ持ちの人なので、甘いだけじゃない部分も持ち合わせています。その部分は今後見せることになるでしょう


ではでは、次回からはいよいよ鈴とたんぽぽの絡みが始まります。
実は鈴さん、今まで積極的にたんぽぽと絡むことがなかったですが、部隊の中で一番現実的感性が優れている分、その理由も一番現実的なものです

そしてそんな鈴さんも、また『乗り越えるべき』過去が存在しているのだ

ってなわけで、また次回をお楽しみください
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