空と地上はどこまで行っても交わることはない。
それでも、またどこかでと、再会を願わずにはいられないのだろう。
夜の闇の色に染まっていた空に、炎のような赤が色づき始めた時、シャルロットは空を見上げた。
陽太がオータム達と飛び出して数分後、騒ぎを聞き付けて集まってきた警察に事情を話すために、放心状態のジョセフを連れ、ヴィンセントは下の階に降りていった。
裏切られた失望感の反動と、憎んでいた相手からの思いもよらぬ謝罪を前に思考を停止したように、ジョセフはヴィンセントに言われるがまま、付き従っていた。
だがこれからジョセフを待ち受けているのは、会社を闇の組織に売り渡そうと企み社長とその夫人を監禁し、あまつさえ社長の娘を手込めにしようとした犯罪者というレッテルである。ヴィンセントが出来うる限りの弁護を図るのだろうが実刑は免れぬだろう。
その一方、この二日の間で手の込んだ悪戯じゃないのかと疑いたくなるような劇的に変化した周囲の環境について、誰かに懇切丁寧に説明を願いたいぐらいだと溜息が漏れたシャルは、ふと隣にいるベロニカの方をチラリと見てしまう。だが彼女も同じことを考えていたのだろうか、同時に視線が合ってしまい、思わず視線をずらしてしまうシャル。
今でも忘れない………。
初対面で言われた「泥棒猫の娘」という言葉。
大好きだった実母を辱めるその言葉を聞いた瞬間から、シャルの中では嫌悪感しかこの義母に抱いたことはなかった。
だが………今はどうなのだろうか? 恨む気持ちがなくなったわけはない。憎む気持ちも………。
「…………」
「…………」
互いに言葉を交わすことができない血の繋がらぬ母娘。複雑な事情は実は行き違いからきた誤解だったと理解しても、それでも二年という歳月は、二人の間を簡単には埋められない溝を作ってしまっていたのだった。
「………シャルロット…」
「はい……」
「身体は………もう、平気なの?」
「………大丈夫…です」
ようやく口を開いてみたベロニカであったが、その言葉は固く緊張していてこのようなことしか聞くことができないでいた。彼女も自分が言ってしまった言葉がどれ程残酷に義娘を傷付けてしまったのか理解し、後悔しているのだ。
どうすれば目の前の母(娘)を許し、許されるのか? 答えを出すことができずに、もどかしさに囚われる二人。
そんな状況に業を煮やしたのか、シャルが動けない身体を無理やり動かして、立ち上がろうとする。
「どこに行く気なの!?」
「………ヨウタのところに行きます」
「!?」
「………私のために戦っているヨウタを見捨てるわけにはいきません。それでは…」
一度もベロニカの方を見ずに、硬い別れの言葉を何とか吐き出してふらつきながら歩き出すシャル。だがその手をベロニカは掴んでもう一度ソファに強引に座らせる。
「駄目よ。行かせるわけにはいかないわ」
「!?………放してっ!」
思わず叫んで手を無理やり引き離そうとするシャルであったが、ベロニカが握った手の力は思った以上に強く、薬の効果が完全に抜けきっていないシャルでは引き剥がすことができなかった。
「まだフラフラじゃないッ!?」
「関係ありませんッ!」
「シャルロット……」
「!!………お母さんみたいに私の名前を言わないで!!」
「シャル・」
「お母さんみたいに優しい声で私に話しかけないで!! 貴女は私のお母さんじゃない!! お母さんじゃ………!!」
言ってから後悔してベロニカの顔を見るシャル。そして悲しそうに傷ついた義母の表情を見た彼女の心の中に罪悪感が湧きあがってくる。
別に傷付けたかったわけではない。だけど………。
シャルの心が激しく揺れ動く中、乾いた唇でベロニカゆっくりと話し出した。
「あの……その……」
「いいわ……」
「えっ?」
「私のことが信じられないのは当然よね。でもねシャル………貴女のことを行かせるわけにはいかないの。これはヨウタ君の意志でもあるのだから」
「!?」
「ここに来る前に彼と約束したの。どんなことがあっても私がシャルを守るって………だから、今、貴女を危険な場所に行かせるわけにはいかないわ」
「それは………」
「ここで私と一緒に彼が帰ってくるのを待ちましょう」
たった今、ひどい言葉で傷つけてしまったはずなのに、ベロニカは穏やかな声でシャルを諭そうとしてくれる。なのにシャルは尚もその言葉を素直に受け止めることができず、強引に立ち上がって駆け出そうする。
だが、ベロニカの手を振り切った拍子に足がもつれ、床に倒れこんでしまった。
「シャル!」
慌てて駆け寄るベロニカ。だがそれをシャル自らが遮ってしまう。
「来ないでッ!!」
「!?」
「私が言うこと聞かないからって、ヨウタのことを出すなんて卑怯だ!!」
「私は………」
「私の家族はお母さんとヨウタだけ!!………私の…私のお母さんは…」
「いいわ」
シャルの発した拒絶の言葉すらベロニカはただ黙って受け入れる。ただ、ただ、優しい表情で………。
そう、これはきっと自分の罪。
自分が受け入れなかったせいで、軽率だったせいで、自分をいつも助けて支えてくれた親友を死なせた罪。
自分の愚かな弱さのせいで、母を亡くし傷付いていた娘に、酷い言葉を言い放った、愚かな自分への罪。
だから笑顔で痛みを受け入れよう。笑顔でこの娘に傷付けられよう。それはきっと自分の何倍も苦労してきた親友(エルー)と義娘(シャルロット)にしてやれる、自分の僅かなばかりの罪滅ぼしなのだか………。
「貴女がもし、本当に私達のことが嫌いだというのであればそれでいい………私達と一緒に暮らせなくてもいいわ。だって貴女の人生ですもの。貴女の幸がないのであれば意味がないのだから」
「……………」
「血も繋がらない、初対面の貴女に、かけがえのない親友のただ一人の忘れ形見の貴女に、あんな酷い言葉を投げつけたこんな恥知らずな女を、母親に思えない貴女の気持ちは当然よ。だけどねシャル………」
ゆっくりとした歩みで彼女に近寄ったベロニカは、膝まづいて彼女の頬に触れると、震えるシャルに自分の正直な気持ちを告げるのであった。
「今から一度だけお願いをするわ。二度目はいらない………ただ一度だけ貴女にお願いをさせて頂戴………」
「…………」
「口先だけでも………私は貴女の『おかあさん』になりたい」
それはベロニカの本心。我ながら都合が良過ぎると自嘲しそうになるが、だがシャルロットだけは守りたいという気持ちは紛れもない本物なのだから。
愛する夫の、亡き親友の娘であるこの娘だけは、何があっても守りたいというこの想いだけはきちんとシャルに告げたかった。
「あ………あ………」
その言葉の意味が最初は分からず、ただただ口を開けた状態で固まるシャルであったが、それを心の中でゆっくりと解読していくうちに、ふと、自分の頬に何か温かい物が流れていることに気がつき、袖で懸命に拭うが、後から後からずっと流れ出てくる。
「………私…私……わたしは…」
どうして自分が泣いているのか分らず、だけど義母がくれた言葉によって胸の中に灯った何かが嫌ではなく、シャルは胸の内から湧きあがってくる言葉に素直に従ってみた。
「うん………おかあさん……おかあさん…」
「……いいの?」
今度はベロニカが震える唇で彼女に問いかける。その瞳に涙をためながら……。
彼女の問いかけに、シャルはしゃっくりを上げなら頷く。
もうそれだけで十分だった。
二人は互いに涙を流しながら抱きしめ合う。もう嬉しいのだか悲しいのだか訳が分らず、ただただお互いを呼び合いながら。
「おかあさん!………おかあさん! おかあさん!!」
「シャルロット! シャルロットッ!!」
そんな二人に最初に声をかけたのは、自分が開けた穴から入り込んできた陽太であった。
「おっ! しっかり母娘やってんじゃん」
「「!!」」
「プッ」
陽太の言葉に我を取り戻した二人は、慌てて離れる。その姿が可笑しくなったのか、陽太は吹き出してしまう。
その様子が気に入らなかったのか、二人が同時に頬を染めながらふくれっ面を晒してしまう。その様子がいたく気に入ったのか、ツボに入ったのか、ケタケタと腹を抱えて笑う陽太と、その様子がまた気に入らないのか、デュノアの母娘は赤面しながら陽太を睨み付けるのであった。
「なんだ………結局蓋を開けてみれば似た者同士だったのか?」
「な、なにがだよ! そ、それにいつの間に帰ってきてたのさ!」
「『来ないで!』の辺りからかな?」
ほとんど全部見られていたということが更に恥ずかしくなり、更に真っ赤になるシャル。
そんなすっかり黙り込んでしまった義娘に代わって、落ち着きを取り戻したベロニカが話を続ける。
「それで………あのオータムという女性は?」
「横槍が入って取り逃がしたが、もうデュノアには手を出さないだろ。安心してくれ」
「そう、良かったわ」
裏の社会の事情などは詳しく分からないベロニカであったが、取り合えず家族にこれ以上の危害が及ばないというのであればそれに越したことはない。
一安心する義母の隣で、ふとシャルがある違和感を覚える。
陽太の自分を見る目が、遠い誰かを見るような目になり、それが死んだときのエルーを思い出させるのだ。
それになぜか陽太が自分達に近づかず、まるで今にも目の前から飛び出しそうな雰囲気を出していることも気にかかる。
「ねぇ?………ヨウタ、どうしたの?」
「…………シャル…」
「あっ!、そうだ!!……私、これからリナさんの所に行ってお礼を言ってくるね!」
「シャル……」
「怪我してないかどうか心配だし、それに店の中も荒れちゃったから掃除を手伝わないと……」
「シャル………あのな…」
「言わないで!!」
大声をあげて、陽太の言葉を遮るシャル。
直感してしまった。それゆえにこの先の言葉を聴くわけにはいかない。
この続きを聞いてしまったら、もう終わりなのだと感じたのか、必死になって陽太に何も話させないようにするが、陽太は穏やかな表情で………。
「お別れ………言いに来たんだ………」
シャルに別れの言葉を告げようとする。
その言葉を聞いた瞬間、シャルはさっきとは違う涙を流して、彼に縋りつこうと駆け出す。
「ヨウタっ!」
「来るなッ!!」
「!!」
手を前に差し出して大声で制止する陽太。その迫力に足を止めてしまうシャルであったが、言葉は止まることなく彼に問いかける。
「どうして!? なんでヨウタとまた別れないといけないの?」
「シャルに新しい家族ができたんだ。君はその家族と一緒にいた方がいい」
「じゃあヨウタも一緒にいればいいじゃない!! そうだよ、これからずっと一緒に…」
「俺にはやるべきことがある。俺が決めた俺だけの戦いがある」
確固たる意志は、彼女の言葉にも揺るぎもしない。
何度も自答し、何度も迷う自分を振り切り、ここへきた。
そう、今から自分は最低なことをするのだ。
自分を支えてくれた、かけがえのない人を切り捨てて、己の役目を貫く。
かっこいいものでも、優しい選択でもない。
ましてや彼女を守るためでもない。
ただ、もうそれ以外の選択を取らないという自分の身勝手を貫くための、ただそのための選択をしようというのだ。
だが、涙でグシャグシャに濡れたシャルは納得してはくれない。
更に一歩近づいたシャルは、必死に陽太をこの場に繋ぎ止めるために質問を繰り返す。
「何? 何なの?………戦いって…何? だったら私も……」
「………君には関係のないことだ」
それだけ告げるとヨウタはシャルに背を向け、ISを展開する。自分がいるべき『大空(居場所)』に戻るために………。
「嫌だ!……嫌だ!!!」
とうとう堪え切れなくなったシャルが、展開状態のブレイズ・ブレードの腕にしがみついて、断固として離れないという気持ちで強く腕を抱きしめるのであった。
「ヨウタがいなくなるの……ヤダ!!」
「シャル………」
幼い子供のような飾り気のない言葉を口にするシャル。それは彼女がある予感を感じていることに他ならない。
そして陽太はこんなにも泣いているシャルを見たことがなかった。だからこそ今、ヨウタが抱いている気持ちをシャルが感じ取っていることに他ならない。
陽太はもう二度と彼女とは会わないつもりであることに……。
「ヨウタ君………」
娘を気遣い、ベロニカも陽太に話しかける。
「貴方は娘の為にこれだけのことをしてくれたんですもの………私達も何か貴方にお礼がしたいの」
「そうだよ!!………ヨウタに私もお礼がしたいから、だから、お願いだから………」
必死になって説得してくるシャルの姿に、しばらく静観していた陽太が遂に折れたように展開していたISを解除した。
その様子を見て思わず頬が緩む母娘に、陽太は憮然とした態度で二人に下の階に降りるよう催促する。
「………了解した」
「!! それじゃあ、これから皆でご飯食べよう!? 私が今日は腕によりをかけてご馳走作るね! お父さんも、おかあさんも一緒に!!」
嬉しそうにヨウタと義母に微笑むシャルは、陽太の手を握って歩き出そうとする。
「シャル…………」
自分の名前を呼ぶ陽太に、彼女が返事をしようとするが、それよりも早く、彼は心の底から、シャルに感謝の言葉を告げる。
「ありがとう」
その言葉が、彼女がフランスで聞いた陽太の最後の言葉となり、シャルの意識はそこで闇の中に途絶えてしまった。
☆
「貴方は最低よ」
自分の腕の中で気を失ったシャルをソファーに寝かせる陽太の背中に、ベロニカは痛烈な批判を投げかける。
「女を殴ったこと………が?」
「そんなことも解らないの、貴方は!?」
「じゃあ、嘘をついたことか?」
陽太のその開き直ったような態度に苛つきながら、ベロニカが詰め寄るが、当の陽太は何処か上の空のような状態で、シャルの寝顔を見続けていた。
「貴方にとってシャルは何だというの!?」
「答える義理はない……」
「大切なんでしょ!」
ベロニカの言葉が陽太の心に突き刺さる。
間違っている。お前は間違っている、と自分自身すらも彼を責めてくるような心の声に、陽太の表情は険しくなっていた。
理解してはいる。自分は本当に最低だ。本心からそう自分を心の中で嘲るが、それでも自分はこの選択を貫くのだろう。
「……………」
「大切だと想うのなら、何故貴方はシャルに対して自分の気持ちを押し付けるの! なぜシャルの気持ちを考えてあげられないの!?」
痛かった。それはきっと正しいから。
ベロニカの言葉がきっと100%正しく、自分の取った行動は限りなく100%間違ってる。きっともっと他の誰かなら、シャルを守ってやれるのだろう。彼女を笑顔にしてやれるのだろう。もっと幸せにしてやれるのだろう。
だが、それを陽太自身は選ばず、あげく傷付けて置き去りにしようとしている。
だからベロニカの言葉が痛くて痛くて堪らなかった。
むしろこうやって再会した事自体が間違いだったのではないだろうか? そんな思いに囚われてしまった陽太は無性に居たたまれなくなり、この場を立ち去ろうとする。
「!」
「……………ヨウタァ」
それを気を失って尚、放そうしない手と、彼の名を呼ぶシャルが繋ぎ止めた。
握られた手から伝わっくる暖かな気持ちが、愛しさが、陽太の心に染み渡る。深く、深く…………。
「ゴキブリみたいに産まれて、ゴミみたいに路地裏で死ぬんだと思ってた」
「えっ?」
その優しさが、陽太の口から心からの感謝の気持ちへと変わっていく。
ゆっくりとシャルに握られている指を、一つ一つ丁寧にほどきながら、彼は生まれて初めて穏やかな気持ちで、自分の胸の内を他者に話してみる。
「だけど何かの偶然か、シャルに出会って、エルーさんに出会って、世界には暖かくて優しいものがあるんだって知って…………俺は祝福を受けた」
「陽太君………」
「シャルが俺の空を飛びたいという夢を信じていてくれたから、俺は皆に背を向けられようとも、今までこの世界で生きることが出来た…………だから……」
―――助けられるんなら助けたいと思った。いつか空の上でゴミクズみたいに散っても、自分が選んだ道を後悔せずにいられると思ったから―――
最後の指をほどき終えた陽太は、シャルの手を壊れ物を扱うように丁寧に胸の上に置くと、彼女に自分が着ていた上着を着せると、立ち上がった。
「俺は空の上で人を殺したことがある」
「!?」
「そこから逃げる訳にはいかない………だから俺が生きる場所は空だ。もう地上(ここ)じゃない」
「………それが、シャルの傍にいられない理由だと?」
辛うじてベロニカは言葉を発することが出来た。
見れば彼女は………泣いていた。
―――ああ、神様。貴方は残酷です―――
―――この目の前の不器用で優しい少年に、何の罪をお与えになったのでしょうか?―――
彼女も理解してしまったから。
陽太が何よりも純粋に彼女を守りたいということに。
シャルが幸せに生きていけるようにしたいことに。
そして、その幸せの中に陽太自身がいないことに。
理解したからこそ、もうベロニカには陽太を止める術が見当たらないのだ。
そんな彼女の様子を陽太は面白そうな顔で茶化しにかかる。
「アンタ意外に涙腺弱いんだな。エルーさんよりもシャルに性格似てんじゃねーのか?」
「なっ!」
赤面しながら涙を拭うベロニカを尻目に、晴れた朝焼けを見ながら、陽太はISを展開して、ぶち開けられた窓から飛び立とうとする。
「社長に言っといてくれよ。IS事業からはなるべく手を引けって………ろくな事にはならんってことが今回で骨身に沁みただろうしな」
「…………わかったわ」
「んじゃ、達者でな」
軽い感じで別れの挨拶を済ませて、飛び立とうとする陽太であったが、突如、ベロニカが彼に向かって叫んだ。
「陽太君!! 忘れないで!」
「?」
その声を聞いて振り返った陽太に対して、ベロニカはまるで、旅立つ息子を持った母親のような表情で、彼に告げる。
「貴方が何処にいようとも、私もエルーも、そしてシャルも…………貴方の幸せを願ってるわ!」
「…………」
「絶対にそれだけは忘れないで!」
全身装甲(フルスキン)のISのため、表情が確認出来なかったベロニカであったが、陽太はその言葉に最後まで返事をすることなく、ただ一度、シャルと彼女に向かって、指二本でウインクすると、あっという間に飛び立ってしまうのであった。
☆
「こちら陽太、今からそっちに帰るぞ」
上空数千メートル付近まで上昇した陽太は、プライベートチャンネルで束に連絡をいれてみる。
だがいつもならコンマ数秒で、能天気かつハイテンションな返事が反ってくるはずなのだが、今日に限って一向に返事がない。不審に思った陽太がもう一度呼びかけてみる。
「束………オイ、束!」
『ようちゃん………』
「…………ど、どうした?」
束らしからぬ真剣な声に、思わず焦る陽太。
しかし、彼女の話は陽太に対しての罪悪感が満ち溢れるものであった。
『ようちゃんは………なんで選ばなかったの?』
「?………何を突然言い出す」
『私のせいで? 私がいるから、ようちゃんはあの娘を選ばなかったの?』
その言葉で、束が何が言いたいのか、どんな顔で今モニターの前にいるのか理解出来た。
「くうが作った産業廃棄物の毒が脳みそに回ったのか?」
『………ようちゃん、私はね……ようちゃんが』
「馬鹿なことをこれ以上ほざくつもりなら、出会い頭に前歯の五、六十本へし折るぞ?」
束の責任ではない。
人を殺したのは自分。背負うと決めたのは自分。そしてシャルを泣かしてでも空を飛ぶと決めたのは、この火鳥陽太なのだ。
他の誰でもない。
エゴの塊と罵られようとも、ブレイズブレードを駆って戦うと決断した以上、シャルに関する総ては自分が悪いのだ。
「お前は、いつも通り無茶ぶりしてろ。それに付き合うのが俺の仕事だ」
『………わかった』
短く返事をした束が通信を切ったのを確認すると、陽太は自分以外誰もいない空の中をひたすら飛び続ける中、一度だけ遠いパリの街中の方を振り返る。
驚くシャル。
怒るシャル。
無邪気な寝顔を見せるシャル。
泣き顔を浮かべるシャル。
そして、陽太が一度も告げたことがない「大好きな笑顔」を浮かべるシャル………。
ほんの二日だけなのに、多くの彼女が浮かんでくる………。
「……………シャル…」
―――どうか、幸せにな―――
もう二度と逢えない、あの一輪の花(えがお)を思い浮かべながら、陽太はただ祈り続けるのだった。
☆
「束様…………」
通信を終えても、俯いたままの束にくうが心配そうに声を掛ける。
「くうちゃん………」
「は、はい!」
そんなくうに対して、突如顔を上げて、笑顔で抱き着いた束は、あっけらかんとした表情で楽しそうに話始めた。
「ようちゃんて馬鹿だよね! ううん、単なるカッコつけだよ!」
「あ、あの……」
「う〜〜〜〜〜〜〜んとこれからも無茶ぶりしてやるんだから! えいえいおー!!」
くうの腕を持って、無理矢理一緒に手を挙げさせる束に対して、困ったような表情になるくう。
彼女としばらくじゃれあっていた束であったが、彼女を解放すると、目の前のキーボードを超高速でタイピングし始めると、くうにとある注文をし始める。
「さあ〜〜て! ようちゃんが晴れてIS学園に入学出来るように、色々根回ししないと!………あ、そだ。くうちゃん、くうちゃん」
「はい、なんでしょうか束様」
「いつものヤツを頼むぜ!」
ドヤ顔でいい放つ束に、僅かな違和感を感じながらも、くうは特に口を挟まずに解りましたという返事とともに、部屋を後にする。
一人、部屋の中で超速タイピングをする束。その表情はどこか虚ろなものであったが………。
「ねえ、ちーちゃん…………私はね、この世界が大嫌い」
ここにはいない束のただ一人の親友に向かって、彼女は哀しそうな独り言を呟き始める。
「この世界のことが、嫌いで嫌いで大嫌いで………………だけど、だけど」
束の頬に流れる涙。
彼女はそれを拭うことをせずに、ただモニターを見つめながら、懺悔の言葉を口にする。
「一番嫌いなのは…………優しいようちゃんをただ傷付け続ける自分なの………………だから」
己が親友と、幸せを選ぶことが出来ない少年に対して、ただただ罪悪感が積もり続けるだけ束はぽつりと呟いた。
「私は、あとどれだけの人を傷付けないと、『願い』を叶えることができないのかな? ちーちゃん? ようちゃん?」
はい。これにてプロローグは終了とさせていただきます!
次回からはいよいよIS学園編!
そして我らのヒーローの登場だ!!
ヒーローって誰だよとか突っ込まないで!ww