タイトル通り、男子介入不可能の女子ガチンコ回です
パシンッ!!
室内に鋭い音が鳴り響き、頬に痛みが走り熱を持った段階でようやくシャルは束にぶたれたのだと理解し、一気に怒りが湧き上がってきて目の前の女性を睨みつけた。
対して束もシャルに向かって、湧き上がる敵意を隠すことなく冷たい目で見下ろしながら、口元だけが笑っている。はっきりいって普通に睨んでいるより怖い。
「本来なら束さんは駄目な奴に構う事がないんだけど、お前だけは特別だ………特別に腹立たしい」
「な、何が!? どうして貴方に殴られないといけないんですか!!」
いきなり目の前に現れた女性は、自分のことを「篠ノ之束」だと名乗り上げた。
ISに関わる人間ならば、その名前を知らない者は一人とていないであろう、『ISの生みの親』『日本が生んだ奇跡の天才』『天才というより天災』etc、etc………。そんな凄いはずの人物が、なぜか今自分の目の前に現れ、なぜか自分をビンタしている。
普段ならパニックになっているはずの状態であるが、なぜか今のシャルは恐ろしく冷静に目の前の束に対して『怒り』を感じていた。
そう、彼女の口から『ようちゃん』なる名前が出て瞬間、なぜだか途方もない不快感を覚えたからである。
「お前はいいよな。そうやって拗ねて引き篭もってメソメソ泣いてりゃ、誰かが構ってくれる………ひょっとして、そうしてたらようちゃんがまた自分の所に帰ってきてくれるとでも思ってるのか?」
「ようちゃん………ようちゃんってまさか…」
「そうだよ。お前なんかのために必死になって戦ってくれた、あの『ようちゃん』だよ」
そうか、全ての謎は解けた。
シャルは目の前の人物が何故自分の所に来たのか、理解したのだ。
「(そうだね………そもそも女しか乗れないハズのISを男の陽太が乗れるなんて、普通不可能だ)」
解ったなら話は早い。さきほどまで項垂れているだけの状態だったシャルは、勢いよく立ち上がると束と鼻先がぶつかるかどうかというぐらいまで顔を接近させると、思いっきり彼女に怒気をぶつける。
「貴女がヨウタにISを渡したの?」
「そうだよ」
「貴女がヨウタにISを使って戦うように言ったの?」
「それはようちゃんも合意の上だよ?」
「貴女が………ヨウタは、ヨウタは!」
「………苦しんでた?」
その一言こそ、シャルの心の中の怒りの芯に、本当の意味で火を着けたのだった。シャルの中にあった何かが引き裂かれ、その割れ目から圧縮した感情が炎のように吹き上がり、瞳から涙を流しながら右手を走らせていた。
―――代表候補生のシャルの右手のビンタを、片手で止める束の左手―――
「………所詮こんなもんか……確かに、ようちゃんが『見捨てて』放り出すわけだ」
「!!?」
シャルが怒りと悲しみを同時に宿した瞳で束を見る。自分が思っていたことを言い当てられた恥ずかしさか、それともそんなことをズケズケ言い放つ束への怒りか、シャルは顔を真っ赤にして普段の彼女からは考えられないぐらいの感情の爆発を見せていた。
だが、対して束は先ほど同様、ずっと冷静にそんなシャルを見続けていた。
「……私はようちゃんのことを何でも知ってるよ。そう……なんでもね…」
シャルを見ず、どこか遠くの情景を思い出すような目で語りだす束。
「最初に出会ったのは、雪の日のパリの街中………凍死寸前の体で手を空に伸ばしてた」
「!!?」
自分も知らない陽太の昔を話し出す束に、思わず押し止まってしまったシャルは、彼女の話に知らず知らずのうちに耳を傾けていた。
「とっても綺麗な瞳で『空の上で死にたい』って言ってたようちゃんを私は助けた………そして助けたようちゃんは言ってくれた『こんな汚いものばっかりの地上で生きたくない』『同じ生きるなら空の上で生きたい』『永遠無限の空の中を翔けていたい』って………私はそんなようちゃんだからISを与えたんだ………私と同じだから」
「えっ?」
シャルの疑問符に、束は初めて純粋な笑顔で応えた。純粋なぐらいに絶望しきった笑顔でシャルに応えたのだ。
「私と同じ、この『間違いだらけの世界』に弾き出された者だから……」
「そ、それは違う!……ヨウタは…」
「黙れっ!! お前とお前の母親はようちゃんを見捨てたんだろ!!!」
束の初めての怒声、そしてその声に、その言葉にショックを受けたように後ずさりながらシャルは首を横に振り続ける。
「じゃあ答えろよ………8年前の冬の日……フランス政府の人間がようちゃんを引き取りたいって言ったとき、お前達はどうしたんだ?」
なぜこの人が『あの日』のことを知っているのか? 疑問に思いながらもシャルは必死に言葉を搾り出す。
「あ、あれは……お母さんだって私だって反対したんだ!! 私たちは楽しく三人で生活できてるからって……だから…」
「でも結局守れなかったんだろ?」
「!?」
「そうだ。お前達は結局守れなかった。政府の人間が迎えに来て、ようちゃんは連れて行かれたんだ……」
☆
「ヤダッ!」
幼いシャルが母親の足元に縋りながら、必死に懇願する。エルーも必死に黒服を着た政府の人間達の垣根を分けて、必死になって反抗する幼い少年の手を取ろうとする。
「貴方達! 今すぐその子を離して!! その子はウチの子です!」
「嘘を言ってはいけませんダリシンさん。この子は届出も出生記録もない浮浪児ですよ」
「だから私が引き取ったんです! 大人の事情で勝手に放り出しておいて、今度はその子の意思を無視して連れていこうだなんて、貴方達は恥を知りなさい!!」
エルーが険しい表情で睨みつけるが、政府の人間はビクともしない。それどころかもう興味も失ったと、乱雑に幼い陽太を黒塗りの車に押し込もうとする。
「イヤダ! イヤダ! ボクはあそこがいい!! シャルとエルーさんのところが・」
「黙りなさい。君は今日から政府の施設で暮らすんだ。これは決定事項なんだよ」
必死になって反抗するが、それも通じず、陽太は車の中に押し込められる陽太。すぐさま後部座席の窓からシャルとエルーに助けを求めるが、エルーは一人政府の人間の腕をつかみ、行かせないように必死に抵抗するが、あろうことか女のエルー相手に政府の人間は乱暴に腕を振り払い、彼女のを突き飛ばしてしまう。地面に倒れこんだエルーに駆け寄るシャル………。
何かを二人に言い残すと、政府の人間達はすぐさま車に乗り込み、発進してしまう。
少しづつ距離が離れていく三人………陽太は二人の名前を必死になって叫ぶ。シャルとエルーは陽太の名前を叫び続ける。
そして二人の姿が見えなくなった後、陽太は尚も二人の名前を叫び続けていたが、そこに一人の男が面白そうに話しかけてきた。
「いつまでも煩い餓鬼だな………でもまあこれぐらいの元気がないと『被検体』にはなれないか?」
「でもコイツ男だぜ?」
「しらねぇーよ。だがこのガキを連れてこいっていうのが命令なんだから、なんかあるんだろ?」
「もしかして、被検体っていうのは嘘で、単にこういうガキが『趣味』だったりしてな?」
「ちがいねぇ! そうでなきゃこんなガキに誰も見向きもするもんかよ!!」
「まあ、死んだところで誰が悲しむわけでもないしな………なんせ出生届けがないってことは、『生まれてない』人間なわけだし!!」
「まあ、今回も大方適当に実験した後、バラしてゴミ処理なんだろ?」
「それについて面白い噂あるぜ!? なんでもランチに出てくるミートはバラしたガキの肉だってやつ!!」
「うげぇー!! やめろよお前! 飯食えなくなるだろうが!!」
―――コイツラ、ナニヲハナシテルンダ?―――
目の前の大人たちが、急速に人間から得体の知れない怪物に変貌して見えてくる。汗が全身から吹き出て、動悸が激しくなり、筋肉が痙攣を起こして震えがとまらない。
この大人たちにとって、自分は「人間」ではなく「モノ」でしかないのだと理解した陽太は、一刻も早くエルーとシャルの元に帰りたいと心の底から願った。
願って、願って、願い続け、そして………それが運命だったかのように、聞き届けられたのだ。
最初はパリの街中で起こった衝突事故、陽太達が乗った車と普通乗用車が交差点で衝突したのだ。
どうやら相手は昼間にも関わらず、かなり酔っ払っているようで、激しい罵声を浴びせながら運転席から出てくる。政府の人間も怒り心頭で陽太を残し、車から全員で出て行ってしまった。どうやら簡単な任務であるにも関わらず、衝突事故などというアクシデントのせいで、上司からどんな苦言を受けるのかと思い、それが油断に繋がってしまったのだ。
車に一人残された陽太は、すぐさまドアを開いた。どうやら政府の人間は鍵を掛けてはいない。すぐさま陽太は車から飛び降りて走り出す。
ここじゃないどこか、シャルとエルーが待つあの場所。自分が人間として生きていける唯一の場所に………。
だがそこへ背後から叫び声が聞こえてきた。どうやら政府の人間が陽太が車にいないことに気がつき、追いかけてきたのだ。そして所詮は子供の陽太の足。本気で追いかけられれば追いつかれるのは時間の問題だ。
恐怖にかられながら陽太は必死に走り………そして第二の運命の分岐点に差し掛かる。
目の前に川があった。何の因果か上流で雨でもあったのか、かなり流れが強い。
陽太が恐怖にかられながら橋の上から川を見る。時期は冬、子供でも川の温度が低いこと、飛び込めば死んでしまいかねないことは分かる。
だが、もう時間はない。政府の人間の声が近づいてくる。あと数秒もすれば首根っこを捕まえられ、自分は永遠に二人の下に戻るチャンスを失い、『モノ』として扱われ、バラバラのミンチにされることは明白だ。
冬の激流に飛び込む恐怖よりも、もう二度と自分が二人に会えなくなる恐怖が陽太の中に勝り………幼い体は、零下寸前激流の中に飲み込まれ………そしてすぐさま陽太の意識が途絶えてしまうのだった。
☆
「その後……ようちゃんは偶然、川のほとりにあった船に引っかかって、何とか岸までたどり着いたんだって………もっとも、帰る方法も帰り道も知らなかったし、誰に頼ることもできないおかげで、数ヶ月間街を彷徨いながら、自分を連れて行こうとした大人達に怯えながら生きてたみたいだけど……」
「そ、そんな………」
陽太が連れて行かれた後、そんなことがあっただなんて知らなかったシャルは、一気に力が抜けて座り込んでしまう。
「ようちゃんはね………別にそのことを責めてないよ。ううん………お前達のことを一度たりとも責めたことない」
「だ、だったら………」
「だったら?」
束の目がまたしても吊り上がる。彼女を知る人間ならばここまで激しい怒りの感情を面に出す束など見たことがないと言うはずだ。
束は、座り込んだシャルの肩を力いっぱい掴むと、彼女を床に叩き付けて怒鳴り上げた。
「ようちゃんが、どんなにお前達を許しても! 私はお前達を許す気はない!! ましてや、お前達のためにようちゃんが何かをしてあげるだなんて、許せない!! ようちゃんを見捨てたお前達なんかのために!?」
「!!?」
もう言葉も見つからない。それは束の言うことが大凡その通りだと感じ取ったシャルの心には、もうそこに怒りはなかった。あったのは悲しみと自分は最初から陽太に助けてもらう資格なんてなかったという『諦め』だけがあった。
「ハッ………ハハ……本当に最低だ…」
自分は本当に最低だ。泣いていれば、悲しんでいれば、また陽太がひょっこり現れてくれるかもしれない。
また傍にいてくれるかもしれない。また、この間のデートの続きをしてくれるかもしれない。
この『悲しみ』から助けてくれるかもしれない………。
そんな都合のいいことを心の何処かで感じていたが、だがそれはもう永遠に起こることはない。なぜなら自分にはそんな資格はないのだから。
「本当に………最低……」
心の中にあった温かな何かが消えていく。ただ自分の中にある何かが消えていく感覚、そうしてシャルの瞳からも段々と光が無くなっていく………。
だが、そんなシャルを救ったのは、またしても厳しい束の言葉であった。
「お前は本当に使えないな………自分から『動かない』のか?」
「………」
無言のまま束を見るシャルであったが、次の言葉が僅かな光を瞳に灯らせる。
「お前はようちゃんに助けられたまま、自分は何もしないのか?」
「………そ……れは………」
「まあ、お前如きではようちゃんの何の力にもなってあげられないのも判るんだけどさ、それでも束さんはようちゃんばっかりが損な役目を背負うハメになるのは見てられないんだよね」
その言葉と共に、束はスカートのポケットからオレンジ色の宝石が着いたチェッカーをシャルの前に取り出し、そして彼女に選択を迫る。
「今、この場で決めろ。お前はここでそうやって死ぬまでメソメソしてるか、ほんの僅かでもようちゃんの役に立つことをするか」
「……………」
「束さんは忙しいんだ。お前なんかのためにこれ以上時間は使いたくないんだよ。ホラ、とっとと決めろ」
急かすような言い方をする束であったが、中途半端な返答は許さない、という力強さも感じられる。
シャルの脳裏では、先ほどまで怒りとも悲しみと違う想いが腹の底からマグマのように噴出していた。
陽太の力になる。
考えたこともない。だけど考えてみればそれがどれだけ当然で、どれだけ当たり前の発想なのかと先程までの自分を叱り付けたくなってきた。
「(そうだ………この人の言う通りじゃないか! 私はまだ何も陽太に『してあげてない!』)」
助けてもらってばかり、守ってもらってばかり。
だけど、それだけで自分は満足か? それだけの自分で、自分は満足なのか?
「違う!」
思い至った瞬間、シャルはチェッカーごと束の手を握っていた。さっきまでとは違う、純粋で揺らぎない決意の元に。
それを見た束が、さっきした『純粋に絶望した』ものではない、温かさが通った笑顔でシャルを見た。
「………いいのか? 例えお前が今更ようちゃんに会いにいったって、追い返されるかもしれない。力になれないかもしれない………それでも行くのか?」
「出来る出来ないの問題じゃない………私は『やるんだ』!」
揺るがぬ決意が言葉として現れ、それは世界が『天災』と言う女性の心にどのようにして届いたのだろうか?
束は返事もせずにゆっくりとシャルから離れると彼女に背を向け、再びバルコニーに向かって歩き出す。
そして彼女の頬に外からの風がなでた時、振り返った束は静かな表情でシャルを見てこう言い放った。
「ようちゃんは今、日本のIS学園にいる。お前が本当にようちゃんの力になりたいのなら、『それ』を一月以内に使いこなせるようになってから会いに行け………だけど覚えておけよ。お前が考えている以上に、これから起こるようちゃんの戦いは壮絶なものになる………お前も精々『気をつけろ』」
「あ………篠ノ之……束さん?」
「さっき………お前が言った『やるんだ』って言葉………それだけは認めてやってもいいよ。シャルロット・デュノア…」
カーテンが彼女の姿を一瞬だけ隠した瞬間、忽然と束の姿がシャルの前から消え失せる。驚愕して辺りを探し回るシャルであったが、すでに束の姿は部屋にも屋敷のどこにも存在していなかった。
☆
シャルと束の邂逅から数時間、夜も更けた時間となっていたパリ市内にあるデュノア本社のIS開発部は、てんやわんやの大混乱が起こっていた。
副社長の解任やら社長の電撃復帰やらのトップの人事問題ゴタゴタしたり、統合防衛計画(イグニション・プラン)の乗り遅れによる政府からの資金援助打ち切りの話が濃厚になってきた上に、復帰した社長がIS部門から手を引くかもしれないという噂まで立ち、開発部は存続の危機に晒され、社員達は新たなる就職先を探したり、他企業へのヘッドハンティングされる者がちらほらこの数日で現れだしていた。
自分達の愛したデュノア社ももう終わりか………。
そんな寂しげな気持ちが開発部門の責任者の心のうちに芽生えながらも、残務処理をしていた時、社長と娘のシャルが突然現れ、自分達にあるものを差し出してきた。
責任者と技術者がそれを見たとき、『これは夢なのか?』とほっぺたを抓り上げ、夢じゃないことを認識すると、段々と沸きあがってくる気持ちが抑えきれず、バンザイする者やハイタッチする者まで現れ始める。
シャルが束から預かったチェッカー………それは第二世代ISしか保有していないデュノア社の誰もが熱望してやまなかった、『第三世代IS』であった。
しかもただの第三世代ではない。ISの生みの親である篠ノ之束直作のISらしく、イギリスやドイツが発表している第三世代ISよりも明らかに進んだ技術が使われている、未だ机上の空論としか呼ばれていない『第四世代』に迫るモノである。
「凄い! フレーム内部に直接コンデンサーを内蔵することで、エネルギーゲインの上限が桁違いに高いんだ!」
「ハイパーセンサーの感度も第二世代の比じゃないぞ?」
「粒子砲(ビーム)兵器搭載………しかもコンパクトにされてて機体バランスを崩してない」
「BTとは別系統の無線誘導兵器かよ、どんだけ時代先取りなんだ?」
「拡張領域が第二世代(従来機)の余裕で四倍以上………俺達の努力水泡だぜ?」
次々に賞賛の声を上げる技術者達を尻目に、社長のヴィンセントは物凄く心配そうな表情で隣いるシャルを見つめていた。
引き篭もった娘が元気になってくれたまではいいが、そこからが問題の嵐である。
まずいきなり目の前で待機状態のISを差し出すと、自分をデュノア社のIS開発部に連れて行けと言い出し、なぜかと聞けば「一刻も早くこのISを使いこなしてIS学園に入学するため」だと言い放ち、そんなことをする必要はない!と言おうとしたヴィンセントをベロニカが静止したのだ。
「………シャル、それはちゃんと考えた上での答え?」
「うん、おかあさん。私、ちゃんと考えた上でこの答えを出したよ」
「………それならいいわ。さあ、まずは会社に行ってISのこと、準備しないといけないんでしょ?」
「じゃあ私………行ってきます!!」
「気をつけてね、怪我しないように……」
娘と妻の間で勝手に決まってしまった。自分が口を挟む余地など一ミリも無しに………。
だが会社としても有難い話で、これで傾いていた経営にも光明が見えた。今まで頑張ってくれた社員達をリストラなんて真似をせずに済んだのは経営者としても喜ばしい。しかも会社存続どころか、統合防衛計画(イグニション・プラン)の選定(セレクション)を射止めた日には、世界最大手の企業に進出するのも夢ではないかもしれない。
「シャル………だがしかしだ……何もお前自らテストパイロットにならなくても…」
「今更何言ってるの、お父さん? 私はこのISを一月で使いこなして、必ずIS学園に行くから!」
この期に及んで、ヴィンセントはシャルをテストパイロットにすることを渋っていたのだ。無論、それは父親として娘には危険なことをしてほしくないという親心であるのだが、どうにも腑に落ちないことがたった一つだけあった。
「シャル。お前の部屋に篠ノ之女史が来てこのISを送ってくださったという話は、まあ、判った。どうやら本物のISのようだし、彼女が手がけたからこそ、これほど高性能な物を作れたというのなら、逆に信用できる………」
「最初からそう言ってるじゃない。もう~~! 信用してなかったの!?」
「いや、違う。ただあまりに急過ぎたために、事態の把握が間に合わなかったんだ……が」
そこで一旦ヴィンセントは言葉を区切り、咳払いをすると改めて自分の聞きたい疑問を口にする。
「お前がなぜそこまでIS学園に行くことに拘っているのか………お父さん、それが今一つ判らないんだ…」
「だから、世界中のISが集まるあの場所に行けば、その………会社の名前も…」
「お父さんはお前を広告塔になんてする気はないし、無理してさせる必要も感じてない」
「いや、でも……」
段々としどろもどろな言葉になってきたシャルを不思議な表情で見つめていたヴィンセントは、父親の嗅覚というか第六感というか、とにかく背筋に走った嫌な予感をそのまま口にしてみた。
「ひょっとして………陽太君か?」
その名前が出た瞬間、シャルが顔を真っ赤にして俯いてしまう。それを見たヴィンセントは見る見る青褪めると、次の瞬間、シャルの両肩を掴みながら激しく揺さぶりつつ、今だかつて誰も見たことがないぐらいに必死な形相で娘に叫び続ける。
「よ、陽太君なのかっ!! シャルロットォォォォッ!!!」
「お、お父さん!?」
「おおお、お父さんは許さんぞぉ! いくら彼が私とベロニカの命の恩人でも! この会社の恩人でも! お前の恩人でもだ! そんな嫁入り前の娘が遥か海の向こうの男に会いにいこうなどと!」
「ちょ、ちょっと落ち着いてお父さん!」
「す、すすすすすすすすすすすすすすす好きなのか! 陽太君のことが、お、お、男として!!」
何を突然言い出してんだこの人は………と冷めた目線で部下に見られていることも眼中になく、自分の愛おしい娘を説得しにかかる。かなり目に力を入れながら………。
「今すぐこのISを篠ノ之女史に返すぞ!! これは決定だ!!」
「そんなっ!?」
「社長!! ちょっと待ってください!」
「イヤだ! 待たない!!」
「会社潰れるかの瀬戸際に巡ってきたチャンスなんですよ!! そんなの返せるわけないでしょう!!」
「他にチャンスなどいくらでも来る!」
「来るわけがないでしょうがっ!? 考え直してください!!」
「ダメだ! これは決定事項だ!! そんなシャルが日本で男と会うなどと………若い男女が二人で同棲なんて、お父さん、絶対に許さんからな!!」
「どこまで話を飛躍してるの!? 私はIS学園に転入して、ヨ、ヨウタの力になりたいって………」
「とにかく、ダメだ! ダメッたらダメだ!!」
この場にいた全員が一斉に驚きながら、シャルを含む全員で異を唱えるが、ヴィンセントは梃子でも動かないと言わんばかりに首を横に振るばかり。彼の中で、もうIS云々の話から異国にいるヨウタにシャルを嫁がせるとかそんな感じの話に移行していたのだ。
「あら? 何ですか、騒がしい?」
「おかあさん!?」
そこへ、手にバスケットを持ったベロニカがひょっこり姿を現す。そのバスケットを開発部責任者に手渡すと『お夜食が入ってます。皆さんで食べてください』と丁寧にお辞儀をすると、興奮して鼻息の荒い夫と、それの扱いに困り果てている義娘の元へと行き、二人に事情を問いただす。
「そう……やっぱりヨウタ君絡みだったのね」
「おまえは気がついていたのか!」
自分よりも先に気がついていた妻が止めに入らなかったことに憤るヴィンセントであったが、ベロニカは笑顔を崩さず、いたって冷静に答える。
「当たり前じゃないですか。それに私は賛成ですよ、シャルがIS学園に入学することは」
「!?」
「おかあさん!」
シャルが嬉しさのあまりベロニカに抱きつくが、逆にヴィンセントはこの世の終わりのような気分となって、自分の意見を真っ向から否定した妻を涙目で睨み付ける。
「シャルが日本に行くんだぞ!」
「永遠の別れになるわけでもなしに………別に構いやしないじゃないですか」
「しかもヨウタ君に会いに行くんだぞ!!」
「そうですね………私がシャルの立場なら、やっぱり行くべきだと思います」
「お、おまえは………もし、その………何かの拍子で、二人がそういう関係になったらどうする気なんだ!?」
「お父さん! だから…」
「あら、いいじゃないですか!」
何がいいのか? とシャルとヴィンセントが同時にベロニカの顔を見る。そしてデュノア家の母親は暖かな笑顔を崩すことなく、手を叩くと嬉しそうに未来設計を語りだす。
「そうですね……在学中に婚約だけしておいても差し支えはないでしょう。それに私は早くシャルが生んでくれる孫の顔が見てみたいわ!」
その言葉を聴いた瞬間、シャルが今日一番の赤面した状態で俯き、ヴィンセントは口を限界まで開いた状態で妻に詰め寄る。
「そんなのイヤだぁぁぁぁーーーーーーーーー!!!! シャルは一生私が面倒を・」
「もう、往生際の悪い人ね………皆さん、少し手伝ってください!」
ベロニカが手を叩くと、数名が前に出る。どうやらあらかじめ呼ばれていた警備部の者たちのようで、みなガタイの良い男ばかりであった。
「主人が興奮し過ぎて血圧が上がっています。このままだと健康に悪いのでどこか静かなところで寝かせておいてあげてください」
「なっ!」
その言葉に一瞬だけ警備部の者達は冷や汗を流して思案するが、夫人の冷たい目線を受けるとすぐさまヴィンセントの両腕を掴むと、そのまま引きずって退室させてしまうのだった。
「離せ! 離さんか貴様らっ! 私が社長だぞ!! ええいっ! くそっ! シャルゥーーーー! まだ話は終わってな…」
強制連行された囚人のような扱いを受けるデュノア社社長の姿に、一抹の哀愁を覚える社員達であったが、すぐさま『さぁ、うるさいのがいなくなった』と開き直り、本格的にISの解析に移りだす。どうやら社員たちはこの短時間で、デュノア社の真の命令系統が夫人>社長であることを理解したようであった。
俄かに活気付く研究室内で、シャルはその中心で鎮座するように解析を進められているISに目をやる。
「…………『ヴィエルジェ』……」
束がシャルに手渡した、シャルの力に成り得るIS。いや、力に必ずしてみせる。
なぜならば、これを一月以内に使いこなすぐらいのことができないと、到底ヨウタにいる場所に行く資格なんてないのだから。
まだわからないことだらけだが、一つだけ解ったことがある。
それは自分自身で動き出さない限り、彼への距離が狭まることは永遠にないのだということ………。
「今度は私が貴方のそばに行ってみせるから………だから、待っててね、ヨウタ!」
シャルの揺るがぬ決意を聞き遂げたのか、ヴィエルジェがオレンジ色の輝きを放つのだった。
☆
日本・富士自衛隊駐屯地
日本国の防人(さきもり)である自衛隊の戦車が数多く駐屯する自衛隊富士演習所。
煌々と燃え立つ炎の中、その自衛隊が所有する最新鋭戦車隊を一方的に蹂躙する影があった。
足元に戦車の残骸と、数多くの自衛官の骸を生み出した異形の怪物。
全長10mを超える巨体に昆虫を模した金属の装甲。両手に持つ巨大な鎌。360度どこでも見ることができる異形の『瞳』。細長いシルエットながら、不気味さをかもし出す姿。
さながら『蟷螂』のような姿をした『オーガコア搭載IS』である。
突如自衛隊駐屯地に姿を現したこの異形のISは、演習中の戦車に襲い掛かると一方的な蹂躙を始め、遭遇わずか10分で半数を、20分過ぎたころには稼動している戦車はおらず、更に30分過ぎたころ、生き残っている人間はほとんどいなくなっていた。
なぜ、どこから、どうやってこんな化け物が現れたのか、それすら自衛官たちには考える余裕は与えられず、最強兵器であるISの謳い文句を命を代償に実感しながら、次々と八つ裂きにされていく仲間を見ながら、ある勇猛な自衛官は命を顧みずアサルトライフル片手に突撃し、ある者は背を向けて逃げ出そうとし、ある者は必死に救助を要請した。
だが、そんな自衛官達の行動をあざ笑うかのように、オーガコアは狂った雄叫びを上げながら彼らを八つ裂きにし、強靭な鋼の顎で噛み砕き、五体をバラバラにされた死体の山を築き上げていった。
それからどれぐらいの時間がたったであろう?
動く者がいなくなった駐屯地から背を向け、人里にオーガコアがその魔手を伸ばそうとしたときである。
いつの間にか上空に滞空していた軍用ヘリ、自衛隊が管理運用するそのヘリから、とある学園の制服をきた女生徒が飛び降りる。
ポニーテールを風に靡かせながら、彼女は左手首に巻かれた金と銀の鈴が一対になってついている赤い紐を握り締めると、祝詞を読み上げるかのようにその『名』を口にする。
「…………出陣するぞ、紅椿(あかつばき)」
―――真紅の装甲――― ―――二枚一対の翼―――
瞬時に、彼女が紅の輝きに包まれ、そして地面に着地したとき、その姿を紅い鋼の武者姫へと変えていた。
そして自分の両手に刀を瞬時に形成すると、切っ先を異形の化け物に向け、彼女は凛とした声で高らかに宣言する。
「貴様ら悪鬼にいるべき場所はこの世に無し! 我が刃にて穢土に帰るがいい」
切っ先を下げ、両手に持った刀を十文字に構え直すと、彼女は叫びながらオーガコアに向かって突撃する。
「篠ノ之 箒! 紅椿!! いざ参る!!」
次回は、再び学園サイドに………戻りますが、主人公たちじゃないw
リメイクするにあたって、もっとも設定が変わった箒さんのターンです。『なんで紅椿がもう?』とか思う人がいるかもしれませんが、それは次回にて語れます。こうご期待ください