IS インフィニット・ストラトス 〜太陽の翼〜   作:フゥ太

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オブライエンさんとこの情報をどれだけ出していいのか、ちょっと迷う今日この頃ですw

では、本編お楽しみください




黒き雷光(ブラック・ライトニング)

 

 

 

 

 

 蒼いISを身に纏った、黒髪の操縦者。亡国機業(ファントム・タスク)に所属し、組織を統括する『七人の率いる者(ジェネラル)の・ライダー(騎乗者)』の一人であるスコール・ミューゼルの直属の配下であるMと呼ばれた少女………『織斑 マドカ』は目の前の白いISと鍔迫り合いをしながら、内心その異常な戦闘能力に驚愕していて、辛うじてそれを表に出さないように勤めていた。

 

「(コイツッ!!)」

 

 一撃一撃が異常に重たい上に、速度が速過ぎる。たぶんに我流交じりの剣を銃剣で再現しながらも隙の一つも見えず、自分が反撃の糸口を見つけることすら出来ないでいる。

 

「(いくら篠ノ之束が製作したISとはいえ、こうも容易に私の『アーバレスト・ゼフィルス』が出力で負けるというのか!?)』

 

 マドカの纏うISは本来『サイレント・ゼフィルス』という名のイギリスが開発したブルーティアーズ二号機を秘密裏に強奪し、亡国機業(ファントム・タスク)がオーガコア機のノウハウを生かして、強化改修した機体であり、全身の装甲とフレームを強化し、スラスター出力やエネルギーゲインなどの基礎能力の格段な上昇と、中距離戦闘に特化していた改造前に比べ、大幅に強化された火力と格闘性能に全距離に対応できる豊富な武装の追加、そしてISと共に強化されたBT兵器を改修前の6つから8つに増やすなど、並みの第三世代とは比較にならない戦闘力を与えられたISなのだ。

 スコールの命令で、オーガコアこそ与えられないでいたものの、以前若手の配下同士で行ったフリューゲルたちとのスパーリングなどでは圧勝したことすらある。

 

 だが、そんなマドカの自負を、目の前のミスターネームレスは軽々と凌駕してくる。

 同僚のオータムが戦い、完敗したと相棒の男に言われても、日頃から彼女を見下していたマドカにしてみれば大した驚きも覚えなかった。むしろ同僚のオータムを心の中であざ笑い、彼女が完敗した相手を自分が完膚なきまで葬り去り、悔しがる姿を目にしてやろうと思っていたのに………今は、もうそれどころではない。

 

 ビームと白刃が煌びやかな光を見せ合いながらぶつかり合うが、ミスターネームレス=陽太が繰り出した怒涛の勢いで斬撃の嵐によって、ついに敵のビームサーベルを手元から弾き飛ばしてしまうマドカ。

 

「腕は悪くないが、相手見てから喧嘩売れよ!」

 

 陽太の声に彼女が凍りつく。目の前の敵がトドメの一撃を放つために、斬撃から刺突に切り替える。認めがたいが迫りくる陽太の恐怖を伴ったプレッシャーのあまり、とっさに瞳を閉じてしまうマドカであったが、次の瞬間、プライベート・チャネルから、いつもいつもいつも忌々しいぐらいに、『自分の窮地に駆けつける』男の声が響いてきた。

 

「世話が焼ける!」

 

 マドカが振り返るよりも早く、黒い影が目の前に割って入ってくる。陽太も当然気がついていた。だが、敵を庇う敵の味方である以上、自分にとっては敵であることには違いないと瞬時に割り切り、相手のガードごとぶち抜く気の突きを放つ。

 

 ―――黒い影に触れそうになった瞬間に砕けるアサルトライフル―――

 

「!?」

 

 相手に触れるか否か、その刹那の瞬間、自分が放った攻撃を武器ごと破壊されて一瞬だけたじろぐ陽太であったが、更に驚くことが目の前で起こっていた。

 

 敵が目の前から、いつの間にか女性操縦者を抱かかえて自分の背後に移動していたのだ。

 

「(コイツ………俺が意識を外した瞬間に、IS展開状態の女抱かかえて俺の背後(後ろ)取っただと?)」

 

 ゆっくりと振り返りながら、乱入してきた黒い影の姿を確認する陽太。

 

 そこにいたのは、『黒』よりも尚深い『漆黒』であった。

 しかもその異形ぶりはもはやオーガコア変異体に近いほどで、猛禽を想起させる鋭い形状の漆黒のヘルメットを被った頭部、最低限の厚みしか持たず防御のことを明らかに無視した胸部、ISにしては珍しい翼(ウイング)を持たず、アクティブスラスターのみを持った背部、そして贅肉を極限まで削ぎ落とした全身装甲(フルスキン)でありながら、唯一丸みを帯びた腕部………。

 空中で向き合っている、同じく全身装甲(フルスキン)の陽太のISとは性質を根本的に異ならせるような出で立ちをし、大空の中で王者のように輝く太陽を模したブレイズ・ブレードとは真逆の、星が何一つ輝いていない新月の夜空のような深い漆黒のISが、陽太と向き合いながら、お互いの闘気をぶつけ合わせていた。

 

「………へぇ~?」

 

 残骸となったアサルトライフルのグリップを握り潰した陽太は、両手に愛用のヴォルケーノを構築すると、敵のISをまじまじを確認しながら、いつもの軽口を叩き始める。

 

「雑魚しか出てこないのかとばかり思ってたんだが………亡国機業(ファントム・タスク)っていうのは、あの恐竜女以外にも面白そうなのがいるな?」

「!?」

 

 『雑魚』呼ばわりされて切れ掛かったマドカが手から離れたビームサーベルの代わりに再び構築したビームライフル『スターブレイカーEX』を構えようとするが、それを黒いISが手を前に出して制止する。まるで自分が代わりにやると言わんばかりに………。

 だが、高い自負を持つマドカとしては、そんな横合いから獲物を掻っ攫われるわけにはいかないと、黒いISの肩を掴むと、体内に内蔵されている『ナノマシン』による直接回線で周囲に音声が流れないように話し始める。

 

「(ジーク!? 邪魔をするな!! 私がコイツを殺してやる!!!)」

「(………邪魔なのはソッチの方なんだよ。そもそも直接戦闘なんて段取りにないこと仕出かしといて、バカかテメェは?)」

「(なにぃ!?)」

「(オマケに返り討ち寸前だっただろうが………とりあえずフリューゲル達は『退避』させた。残ってんのはテメェだけなんだよ……適当に切り上げて、帰るぞ)」

 

 うっとしそうに会話を打ち切ると、黒いIS―――ジークと呼ばれた『男』は、その右手に自身のISと同じ漆黒の『二等辺三角形』のような独特な形状と銃身が直接刃となっているアサルトライフルを構築し、正面の陽太に意識を集中させる。

 

 不可視なエネルギーが陽太とジークの間でぶつかり合い、二人の間の空気が歪み、たわみ、弾けた時、下で見ていた一夏、セシリア、ラウラ。そしてとりあえず間合いを開いたマドカの目の前で、空中で両雄の戦線が開かれた。

 

 動いたのは両者同時………疾風の如きスピードで両者間合いを詰め、互いの銃口を互いの額に押し付けあった陽太とジークは、一瞬の躊躇いもなくトリガーを引く。が、ほぼ零距離にも関わらず、薄皮一枚の距離で弾丸を逸らす両者。

 

「!?」

「!!」

 

 互いに反転しながら追撃の一撃を加えようとする二人であったが、先手を取ったジークの廻し蹴りが陽太に襲い掛かる。

 

 猛烈な風圧が何もない空間を通過した。

 

「………終わりだ」

 

 ジークの動きの先を読んでいたのか、倒れこむような動きで蹴りを回避した陽太の銃口が、ジークの腹部に向けられる。絶対に回避不可能のタイミング、そしてそのトリガーに指を掛けているのは四人のIS操縦者を瞬殺した戦いの天才………。

 誰もがこの勝負はここで着いたと確信したであろう。

 

 だが………。

 

「!?」

 

 ―――目の前にいたはずの黒いISが消え去る―――

 

「残像!?」

 

 予想外の敵ISの速度に驚愕した陽太は、ほぼ条件反射で己の背後にもう片方の銃口を向けた。そして彼の予想通りに背後に回りこんでいた黒いISの姿を今度こそ捉えたと確信する陽太であったが、再び消え去る敵ISの姿に、今度こそ呆然となる。

 

「(ヤツは!?)」

「800年遅せぇ、トンマが………」

 

 聞き覚えのない男の声、そしてその声と共に振り下ろされた黒いISの踵落としの一撃が陽太の頭部に直撃し、地面に向かって降下していくブレイズ・ブレード………。

 

「陽太っ!!」

 

 一夏の声に遠退きかけた意識を一気に覚醒させた陽太の目の前に広がった地面を、着地すると同時に蹴り飛ばしながら反転、地面を滑りながら体勢を立て直して銃口を空に向けるが すでに敵ISの姿は何処にもない。更に陽太はそこで敵のBT使いの姿も、四人の竜騎兵の姿もすでにどこにも存在していないことに気がつき、悟った陽太の絶叫が学園内に木霊するのだった………。

 

「に、ににににににに逃げられたぁぁぁぁぁぁぁ!!!」

 

 

 

 

 ☆

 

 

 

 

 亡国機業(ファントム・タスク)のIS操縦者達を捜索するという題目で日本政府との協力の下、警察機構すらも使っての大規模捜索網が引かれている中、負傷したセシリアとラウラの治療と事情聴取を行うため、保健室に保健医のカールと、学園の実質的な防衛責任者の千冬と彼女の副官的ポジションに着かされている真耶、そして賊の撃退を行った陽太と、直接的な目撃者の一夏が集められていた。

 

「つまり、あの………フリューゲルとかいう女のISがよくわからん電波使った途端、学園中のセキュリティーが誤作動やら停止やら行って、奴等が逃げ出した後の足取りすらもさっぱり掴めてない……と」

「………はい」

 

 真耶の申し訳なさそうな、困った表情の報告を受けた陽太が、とてつもなく不機嫌そうな顔で腕組みをして静かに佇んでいる千冬を指差しながら、隠すことなく嫌味を言い放つ。

 

「ガァーーー!! 超・使えねぇーーー!! この責任、どう取ってくれるんだよ、ブリュンヒルデさんよ!!」

「ギャアギャアー騒ぐな、小僧………これはむしろ『好機』だろ?」

 

 学園中の混乱していた回線を立て直す為の指揮をしていて、肝心の賊の捕縛という仕事を実質的に陽太に放り投げしていた千冬であったが、その様子には聊かの陽太への罪悪感が感じられない。

 自分の落ち度にもまったく謝る気のない千冬の態度に怒り心頭になる陽太であった………が、その瞳には千冬と同種のある種の落ち着きが存在している。それはおそらく千冬が発した『好機』という言葉に、陽太も思うところがあるのだろう。だが、一言『すまなかった』ぐらい言えないのか………納得できない物を抱えながら隣で治療を受けているセシリアと、すでに治療が終えているラウラの方を見る。

 

「これで良し………どうやら君の方は生身もISも軽症で済んでいたようだね」

「ありがとうございます先生」

 

 カールに巻かれた頭の包帯の様子を確認しながら軽く会釈をするセシリア。どうやらきちんとした仕事をこなす男性にはちゃんとした礼節が行えるようである。対してラウラの方はというと、治療中も治療後も一言も話さず、まるで親の敵のように陽太を睨み続けていた。

 

「(………認めない)」

 

 敵に後れを取ったことも、その敵を陽太が軽く返り討ちにしたことも、プライドが高いラウラには認めがたい事実であり、なによりも千冬は端から自分よりも陽太を信頼しているような振る舞いも、ラウラには耐え難い事実であったのだ。

 

 そんな強い敵意を放たれたながらも涼しげな表情をする陽太であったが、隣にいた一夏の何気ない一言に一気に血圧が上昇する。

 

「おい、陽太も先生に診てもらった方がいいんじゃないのか? だって思いっきり黒いISに蹴り飛ばされてたし…」

「!?」

 

 ピキィッ! と額に青筋を浮かべて立ち上がった陽太が、一夏の顔面を掴み上げ、アイアンクローをかましながら彼に言い放つ。

 

「痛ッ! イダダダダダダダッ!!」

「俺は大丈夫なの。雑魚のお前と一緒にすんな!!」

「イダイッ! マジでイタイ!!」

「ちょっと今日はサービスが過ぎただけだ。次会えば5秒で屑鉄にして廃品回収に出してやる!!」

 

 『だから、だぁーってろ!』『痛いからマジで離せ!』と言い合う陽太と一夏。周囲から見れば陽太が一方的に一夏を攻めてるだけのように見えるが、千冬にはほんの少しだけだが陽太が一夏に素の自分を見せ始めていることに、僅かな喜びを覚える。

 そんな、いつの間にか仲良くなったのか、だいぶ打ち解けたような振る舞いをする男子二人をため息交じりで安心したような表情で見つめる千冬であったが、先ほど言っていた『黒いIS』という言葉に、若干の不安を覚えるのだった。

 

「(一夏の話が本当ならば、全身装甲(フルスキン)でしかも陽太すらも凌駕するスピードの持ち主………あの女以外にも、亡国機業(ファントム・タスク)にはまだそのようなISが存在しているのか)」

 

 自分の胸元の服を掴みながら、千冬はますます自身の不甲斐無さに憤りを感じずにはいられない。せめて自分がまともに動けたならば………そんなことを考えていた千冬の肩を掴む者がいた。

 

「何考えてんのか大体予想はつくが、心配すんなよ」

「………火鳥……」

 

 暗い表情が一瞬だけ見え隠れした千冬の肩を軽く叩きながら、彼女の感じている不安と憤りと重圧を和らげようと言葉を紡いだ。

 

「誰がこようと、俺が丁重に送り返してやんよ。だからアンタは黙って裏方に回ってコーヒーでも飲んでろ」

「……………」

 

 ついこの間とは違い、彼女を労わるような言葉と安心させるための力強い笑顔を見せる陽太に、千冬も僅かに頬を緩ませる。自身の弟子の成長に流石の千冬も嬉しさが隠せないのか、気張っていた自分の愚かしさを戒め、陽太や一夏達に優しい言葉をかけようと、フッと学生達を見た時………。

 

「まあ、こういう時は、まず一服してだな……」

 

 懐からタバコを取り出して口に加え、火を着けようとしているバカが目の前にいた。

 

「私は全部捨てろと言ったはずだが?」

「痛ッ! イダダダダダダダッ!!」

「お前の脳味噌には欠片ほどの『反省』の二文字がないのか? どうなんだ!?」

「イダイッ! マジでイタイ!!」

 

 片手で陽太の顔面を握り締めて持ち上げながら超絶的な握力でこめかみをいたぶる千冬。人間一人を片手で持ち上げる彼女の姿を見て、誰が彼女には体にとある秘密があって健康体ではないなどという話を信じるのだろうか? まあ、それはともかく、この分だと陽太が彼女に褒められるのは果てしない先になりそうである………。

 

「………ああ、それと」

「?」

 

 『イタイッ! ホントイタイッ!』という声をBGMに千冬が一夏とセシリアの二人を交互に見ながら、明後日のことについて質問をする。

 

「お前達の明後日の模擬戦、中止にするか?」

「えっ?」

「現在、オルコットのISの方は本体側は軽症で一日もあれば修理できるが、武装のほうは大破している。おまけにオルコット自身も深い怪我ではないが負傷している身だ」

「あ、あの………それは…」

 

 『潰れる! ホント潰れますからっ!!』という声をBGMに千冬が発した言葉に、一夏はしばし考え込む。

 正直すでにセシリアとの一戦という話のことをすっかり忘れていた身としては、意地を張ってセシリアと決闘する気にはなれない。更に今の自分としては、模擬戦を行うよりも、一秒でも長くISの訓練をしたいと心の底から願っているのだ。

 対してセシリアの方も、すでに一夏との決闘のことは彼岸の彼方に置き去り、今は一秒でも長く、ISの訓練をしたいと心の底から願っている。

 

 そう、その理由が『ごめんなさい! 反省しましたから離してぇぇっ!!』と情けない声で千冬に命乞いをしている人物の影響だとは、当人達以外は知る由もないが………。

 

 だが、そんな纏まりかけた話であったが、そこへ感情的な声割って入ってきた。

 

「イギリス! お前がやらないというのであれば、私に代われ!!」

「えっ!?」

「ボーデヴィッヒさん!?」

 

 頭部と右手に包帯を巻かれた痛々しい姿でありながら、その隻眼はいっぱいに開かれており、湧き上がる暗い感情を抑えられずにいるのが目に見える。

 今、ラウラを突き動かしているのは、自分の心を覆い尽くしている劣等感と敗北感、そして敵愾心であり、その捌け口に元々気に入らない存在である一夏へと向けられてたのだ。

 

 そんなラウラの感情の揺れを理解できたのか、すでに声を出すことできずに痙攣している馬鹿を床に手放した千冬が彼女を諭すように落ち着いた言葉で話しかける。

 

「ラウラ………お前とお前のISは傷を負いすぎている。それにこれは元々織斑とオルコットの問題だ」

「ですが!!………私は……私は!!」

 

 この時、彼女を見ていた全ての人間が気が付いていた。彼女がその瞳に涙を溜めながら一夏………ではなく、陽太を睨み付けていたことを………。

 

「(私は………私は役立たずではない!!)」

 

 涙を無理やりぬぐい、保健医のカールが静止するのも聞かずに保健室を走り去ってしまう。

 唖然となって取り残された一行であったが、その中で唯一千冬はラウラの心の揺れと、自分のしてしまった失敗に気が付き、彼女を追いかけようとする。

 

「(違う! ラウラ………そうではないだろう?)」

 

 彼女が保健室のドアをくぐって外に足を一歩踏み出す。が………。

 

「!?」

 

 ドクンッ!! と千冬にしか聞こえない音が彼女の耳を打ったかと思うと、急に立ち止まってしまう。しかもフラフラと足取りがおぼつかなくなっており、明らかに何か異常を来たしている。

 

「千冬姉?」

 

 そんな姉の異変に気が付いた一夏が歩み寄ろうとしたが、そんな一夏の隣を疾風が通り抜ける。

 

「…………」

「………小…僧…」

 

 息も絶え絶えの千冬の肩を持った陽太が、崩れそうになっている千冬の体を支えていた。彼は千冬の問いかけにも何も答えず、後ろにいる保健医のカールを無言で見る。カールもそんな陽太の意図に気が付いたのか、僅かに頷くと、『安堵させるための笑顔』を作って、一夏とセシリアと真耶を安心させるための『嘘』をつくのだった。

 

「千冬!! だから風邪気味なのに無理をするなと言っているんだ………陽太君、そのわからず屋を彼女の部屋に寝かせておいてくれ。後で必ず診に行く」

「………ああ…」

 

 短く返事を済ませると、千冬を支えながら陽太は早足で歩き出す。保健室の方では、心配そうな表情を浮かべている真耶をカールは宥めながら、いくつかの薬品と薬剤を鞄の中に入れ始めるのだった。

 

「あの、テェクス先生………織斑先生は…」

「ん? 聞いていなかったのかい? 彼女、朝から風邪気味なのに『酒さえ飲んでれば治る』なんて言って私の診察を拒んだんだ……まったく、酒は嫌いじゃないが、アレは少々行きすぎだね」

 

 軽口と笑い声でそう言い放つカール。だが、それで真耶やセシリアは騙せても、家族である一夏はどうしても納得できない。

 

「(千冬姉が………風邪で倒れそう? 麻疹になっても朝から素振りを止めなったのに?)」

 

 花丸健康優良児で、殺しても死ななそうな『あの』織斑千冬が高々風邪如きで足元が覚束なくなる?

 嫌な予感が徐々に一夏の中で広がっていき、彼はいてもたってもいられずに陽太と千冬の後を追いかけようとする。

 

「先生! 俺、千冬姉が心配だから・」

「大丈夫だ。君はもう今日は帰って休みなさい」

「でも!!」

「大丈夫………君がそばにいると彼女が落ち着けないんだ。なんせ大事な弟にかっこつけないといけないとはしゃぐお姉さんだからね」

 

 軽い感じで言い放ったカールが、鞄を持つと一夏達に消灯して戸締りしておいてくれとだけ言い残すと

保健室を後にする。

 だが、取り残された一夏はというと、言い知れぬ不安で心の中がいっぱいになってたまらなくなっていた………何か、何かとても嫌な何かが起きようとしている。気持ちの悪い汗が掌で滲むのを感じた一夏は、呆然となりながら閉じられたドアを見続けるのだった。

 

 一方、走り去ったラウラはというと、すっかり日も落ちた夜の校舎を潜り抜け、深い闇が広がった坑内に広がる森の中を駆けていた。

 

 欲しかった確かな絆を持つ者………。

 認めがたい、許しがたい敗北………。

 そして自分が敗北した相手をまるで意に返さずに一掃する者………。

 

 それらが蓋をしていたはずの嫌な思い出を蘇らせ、そして気が付いたらラウラはそれら全ての物を振り払うように走り出し………息を切らしながら、とある木の下にもたれかかっていた。

 

「ハァ、ハァ、ハァ………クッ!」

 

 ラウラ・ボーデヴィッヒという存在を、織斑千冬が見出してくれたラウラ・ボーデヴィッヒという存在を何とか再構成しようと、呼吸とともに自分の心の乱れを落ち着かせようとするラウラ。

 

「そうだ! 私は………教官に今度こそ認めてもらうために!」

「………だったら、答えは簡単よ…」

 

 突如、話しかけくる声に驚き、ラウラが声のした方を振り返る。

 

 そこにあったのは、闇………そう、ただの一点だけを除けば………。

 

「何者だ! 貴様ッ!」

「私が何者なのかは大した意味を持たない………意味を持つのは…そう、『この子』よ?」

 

 確かに広がり続ける闇………だが、その一点だけが仄かな光を放っている。

 

「それは………」

 

 その正体に気がついたラウラが、修理のために預けてきたISの代わりに自分の内ポケットから拳銃を抜いて銃口を『声』の方に向けるが、その声の主はいささかの動揺もみせない。ましてやそんなラウラの様子をからかうように更に言葉を続ける。

 

「怯えなくていいの。怖がらなくていいの………貴女はこれを受け入れればいいの。そうすれば貴女は強くなれる………そう、織斑千冬に家族として迎え入れてもらえるほどに………」

「!?」

「そして…………火鳥陽太よりも遥かに強くなれる」

「!!?」

 

 光が………声の主の手に持たれた光が近寄ってくる。妖しい紫の光を放ちながら………普段のラウラならば、そのような誘惑に負けなかったかもしれない、振り切れたかもしれない。

 だが今のラウラには、どうしても無視できない二つの言葉が正常な思考を縛り付け、ラウラを紫の輝きの元へ歩ませていく。

 

「教官の……家族に………あの男よりも…強く?」

「そう……貴女は受け入れるだけでいいの。それだけで苦しみから、絶望から抜け出せるの………」

 

 まるで紫の光がラウラに暗示を掛けたかのようにどんどん吸い寄せられるように近づきていき、そして………彼女は禁忌に触れてしまう。

 

「受け入れなさい………貴女の望みを叶えてくれる………禁断の実(オーガコア)を!

『憎シミ、見ツケタ!!』

 

 光とともに、圧倒的な情報量が、得体の知れない何かが体と意識と心を蝕んでいく。

 

「があぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!!」

 

 ラウラが………ラウラ・ボーデヴィッヒから違う何かに書き換えられていく。

 

「た…………たすけ……て…たすけ……教…官………」

 

 自分が自分で無くなっていく感覚によって沸き上がった不快感と恐怖により、助けを呼ぶラウラの頬に、優しく両手で触れた声の主は、その唇で幼子をあやす母親のように優しく語りかける。

 

「大丈夫よ。貴女が次に目を覚ました時、もう何にも苦しむことも悲しむこともない、強い貴女に生まれ変わっているから………だから、その力で………あの男を……火鳥陽太を殺しなさい!!」

 

 闇の中から語りかけてきた声の主は、初めて憎悪の感情を言葉に乗せるとゆっくりとラウラから手を引く。同時に、力が抜けて崩れ落ちるラウラ。誰もいない森の中で倒れているラウラを見つめる声の主の姿が………雲間から覗いた僅かな月の光に照らされる。

 

 ―――紫のボブカットの髪と、黒縁眼鏡を掛けたIS学園の制服―――

 

 そしてその声の主である『女学生』は、芝生の上で僅かに痙攣しながら気を失っているラウラにもう一t度言い聞かせるように、優しく言葉を掛ける。

 

「そう………あの男を殺すことが『彼』のため。そして私達、亡国機業(ファントム・タスク)のためなのよ」

 

 

 

 

 ☆

 

 

 

 

 日本某所・マンション15階

 

 深夜になっても騒がしさを失わない都内の一角に立てられた高級マンションの一室において、壁に『内蔵』するように設置されたディスプレイを前に、竜騎兵(ドラグナー)の四人は、今にも死にそうなぐらいに青く変色して冷や汗を流しまくった顔で正座していた。そして、そのディスプレイの向こうで音声だけ聞こえてくるが、四人を確かに見つめている人物………無論、それはフリューゲル達が唯一崇める存在である。

 

『………お前達は私の命令も無しに日本に赴いて、四人がかりで数にも性能にも劣る雑魚をいたぶっていい気になっていたところを陽太君にあっさりひねられた挙句、ジーク君に助けられた………つまりはそういうことだな』

 

 グウの音も出ない解釈をしたアレキサンドラ・リキュールは、冷たい眼差しで四人を向け、その視線を受けた四人は今にも床にめり込みそうな勢いで頭を垂れたまま、正直答える事しか出来ずにいた。

 

「はい………」

「申し訳ありません………」

 

 事の発端であるフリューゲルとスピアーが四人を代表して言葉を紡ぐ。四人にしてみればアレキサンドラ・リキュールに仕えてからの中で、前代未聞の大失態なのだ。

 最悪全員、親方様から見捨てられる………そんな恐怖に襲われている四人の中に置いて、フリューゲルは意を決して発言した。

 

「………親方様、この度の失態の全責任はこのフリューゲルにあります。私のこの名(フリューゲル)とこの命………親方様にお返しいたしますので、なにとぞ三人に寛大な処置を……」

「フリューゲルッ! キサマッ!!」

「フリちん!!」

「フリューゲル!!」

 

 自分の命で失態を帳消しにしようとするフリューゲルに憤る三人。なぜならその言葉は三人も口から出掛かっており、フリューゲルが僅かに先に前を行った形になったのだ。

 

「つべこべ言わないで!! 貴方達がこれからしないといけないのは、私の後任と、そして何よりも親方様をお守りすることよ! それ以上の存在理由は私達にはないのよ!! 忘れたの!?」

「だけど、フリちん!!」

「フォルゴーレ………間抜けな口調でいつも間抜けなことばっかりしてくれるけど、アンタ最年長で、誰よりも親方様に長く仕えているんだから、わかってるでしょ!」

「フリューゲル………でしたら、親方様!! 私が!」

「リューリュク!! アンタはみんなのブレーキ役なの!! アンタいないとスピアー辺りが突撃しっぱなしになるでしょう!! 自重しなさい!!」

「キサマッ!! 私に恩でも着せるつもりか!? 許さん!! お前との決着はついていないんだ!! 死んで逃げるなど、絶対に許さんぞっ!」

 

 詰め寄ったスピアーがフリューゲルの手を力任せに握るが、それをフリューゲル自らが跳ね除けると、ISを部分展開し、左腕のガントレットからブレードを出し、首元に突きつける。

 

「アンタとは死ぬまで意見が合わなかったわね………だから言っておくわよ、スピアー………私の分まで親方様を守って……最初で最後のお願いよ」

「フリューゲルッ!!」

 

 スピアーの声が響く中、もう一度ディスプレイを見るフリューゲル………だがその時、部屋の温度が一気に低下し、空気の重量が一瞬で数トンになって四人に降りかかってきたかのような錯覚を覚えさせる。

 

『………フリューゲル……』

「………は……い……」

 

 名を呼ばれただけで、特にフリューゲルに掛かってきた重圧は凄まじい勢いで倍加する。

 

『貴様、いつから私に意見できる立場になった?』

「!?」

『敵に破れ、味方に助けられ、その結末が自害による哀願だと?…………度し難く許せん愚行だ』

 

 アレキサンドラ・リキュールの画面越しに放った殺気が、フリューゲルの全身を縛り付ける。まるで逆鱗に触れられた龍の咆哮をまともに受けたように、指一本自分の意思で動かすことが出来ずにいた。

 

『己を殺す気概があるのなら、今すぐお前に恥をかかせた陽太君を殺しに行け。私の下す命令が気に入らないのならばいつでも私を殺しに来い………つまりは私に仕えるということはそういうことだ。一寸でも体が動くのならば、己の『諦め』を受け入れるよりも前に、敵に牙を突き立てろ。そう………戦って死ぬ……それが私に『仕える』ということだと、教えたはずだが?』

「も、申し訳ありません!!」

『私に仕えるのならば、お前達は自害などいう恥曝しをすることは一切罷り通らん。肝に銘じろ。そして二度と言わせるな………いいな?』

 

 その言葉を聴き、四人が同時に『ハッ!』とだけ短い返事で応える。その様子に満足したのか、四人の会話を黙って聞いていた、この部屋の住人である『二人』にも挨拶をしていくリキュール。

 

『ジーク君、マドカ………今回は助かったよ。礼を言わせてもらえないか?』

「礼なんざ別にかまわねぇーよ。こちとら引越し早々生首が飛ばなくて有難いことだ」

 

 黒いスーツから、Tシャツとジーパンというラフな格好に着替えたジークがおどけた態度で答える。

 

「……………」

『話はジーク君に聞いたよ。どうやら君も危ない所だったらしいな、マドカ?』

「!?」

 

 白いパーカーとキャロットスカートに着替えたマドカも、リキュールの言葉に頬を紅潮させながらディスプレイを睨み付ける。事実が事実なだけに反論しきれないためか、それとも自分よりも階級が上であり、IS操縦者としても遥かな高みにいるリキュールをマドカは若干苦手にしているのだ。

 

『本部では、四人の件とマドカの独断専行について査問会を開きたいと、『率いる者(ジェネラル)のセイバー』が口やかましく言っているが、そちらの方は私とスコールでなんとかしよう』

「ゲッ………マジかよ」

 

 査問会などという面倒くさい事この上ないことをしないで済んだが、その代わりに画面越しの女に借りが出来たことはまずいと思い、思わず心の声が漏れるジーク………だったが、そもそもこの状況を作ったのはスコールの報告遅延のせいじゃないのか? と反論したい気持ちを無理やり抑えつけた。正論を言う度に、冗談交じりでスコールは『仕返しよ!』とか言って、本当に仕返ししてくるから始末に悪いのだ。

 

『それはそうと………ジーク君?』

「まだなんかあんのか?」

 

 直接の上司ではないとはいえ、階級が上の人間に対して、聊か失礼な態度を取るジークと、そんなジークを睨み付けるフリューゲルとスピアーであったが、次の瞬間、二人だけではなく、この場にいる全員が驚愕する。

 

『陽太君と少々やりあったそうだが………大丈夫かい、その脇腹と右足?』

「!?」

「ジークッ!」

 

 マドカが驚きながら、ジークに近寄ると、彼の服を捲り上げる。そこには確かに右の脇腹に青い痣と、右足の二の足に拳型の跡がついていた。

 

「おまえ……いつの間に……」

「なんでもねぇーよ。こんなもん……」

 

 全員に背を向け、ディスプレイが置かれたリビングを後にするジーク………だが、この時、彼が一瞬だけ歯を食い縛ったのをリビングに取り残された五人ではなく、ディスプレイ越しで異国にいるリキュールだけは感づいていた。

 

『とりあえず、私はしばらく本部にいる。お前達四人は当分そこで頭を冷やせ。これは厳命だ』

「はっ!」

『マドカ………ジーク君に四人を頼むと伝えておいてくれ』

 

 それだけ一方的に言い残すと通信を切るリキュール………そしてリビングに取り残された少女5人はというと、緊張感から開放されたのか、一気に床にへたり込んでしまう。

 そんな中、フォルゴーレだけは何かに思い出し、笑顔でマドカに問いかけるのだった。

 

「マドカッち! 今日から私達、どこに寝たらいいの!?」

「アッ………」

 

 部屋の中を見回すマドカの目に映ったのは、未だ整理されていないダンボールの山の数々………。

 

 その日の晩、ひとつのベッドを取り合う5人の少女の声は深夜近くまで続いたという………。

 

 

 

 

 ☆

 

 

 

 

 一方………。

 

「チッ! あの化け物女が……余計なことに感づきやがって…」

 

 自分の脇腹に包帯を巻いていたジークが毒づきながら、陽太との一戦を思い出す。

 

 最後の交差の瞬間、スピードで上回られていた陽太であったが、ジークの気配に気がついたのか、それとも動きを的確に先読みしていたのか、自分の蹴りを装甲の厚い額で受け止め、受けると同時に脚に拳を打ち込み、カウンター気味のキックで脇腹に打ち込みながら、蹴りの直撃から離脱するという離れ技をやってのけたのだ。

 

「(イギリスのブルーティアーズ、ドイツのシュバルツ・レーゲン………そんで未確認の機体)」

 

 包帯を巻きながら、手元に持った小型のディスプレイに映し出されているセシリア、ラウラ、そして一夏のISを確認するジーク。

 

「(あの未確認機………確かデータにある男子IS操縦者の織斑一夏……まあ、見た感じ特に変わった感じもないし、何よりも不意打ちに反応できない体たらく……奴は雑魚か…)」

 

 散々な評価を受ける一夏を無視し、やはりジークの眼は陽太のブレイズ・ブレードに止まってしまう。

 

「(やっぱりコイツの機体も操縦者も頭一つ以上飛びぬけてやがる………ヘヘッ、面白れぇなオイ)」

 

 腹の底から湧き上がってくる正体不明の感情にジークは思わず犬歯を剥き出しにして、闘争心剥き出しの笑みを漏らす。

 

「(待ってやがれミスターネームレス………そして……)」

 

 彼の瞳は自分に傷を負わせた陽太と、更にその先にいるまだ見ぬ相手に向けられるのだった………。

 

 

 

 

 

 





親方様理論は『自分で死ぬぐらいなら相手殺しにいかんかい』という自殺全否定論です。ある意味これは親方様の生き方を端的に現した最初の言葉なのかもしれませんね。

さてさて、オーガコアに取り込まれちゃったラウラさん

そしてなんやかんやで話が流れそうになってる一夏VSセシリア戦?

次回をお楽しみにください!!
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