IS インフィニット・ストラトス 〜太陽の翼〜   作:フゥ太

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さてさて、まずは改めて。

この度はフゥ太の小説『太陽の翼』の外伝を書いていただき、一徒さんには大変感謝しております。本編内の設定やらプロット構築にも、たびたび力を貸してもらっているというのに、こんなにも凝った設定の外伝を送ってもらえたのは、単に作者冥利に尽きるというものです



では、なんか緊張してきましたが、一風変わった作風になる『太陽の翼』正式外伝。

本編の正式な時間軸として、IS学園があれこれしている裏で、こんな風に世界が回っているのです!



01.朽葉秋水─信者の末路─

 

 

 

 

 

 深く、暗い海の底で揺蕩い、微睡む── 唯一人、音もなく、光も届かない海の底に沈むような感覚。

 

 腕を伸ばせば手の先が暗闇に溶けて消えてしまい、見えなくなった世界は何も触れずにいつまでも水の中で浮かぶように独り漂う。

 

 震える身体は屍のように冷たいが、誰も居ない暗闇に孤独や恐れはなく、緩やかに崩れていくような気分だった。

 

 何もない目の前の世界に、もう自分が何も傷つけなくていいのだと、何も失うものはないのだと教えてくれるようで── 暗闇の中で虚ろう事を受け入れようと、自らの意思で静かに眼を潰して塞ごうとする。

 

 

 

 ──何もかも諦めていいのだと。

 

 

 

 ──手放してしまえばいいのだと。

 

 

 

 ──もう思い出せもしないのだから。

 

 

 

 遠く── ずっと遠くに置いてきてしまった記憶が彼岸の先にあっても、■■それを手に取る術は既に失い、その記憶すら意味を失ってしまう。

 

 

 

 ──それでいいのだと、自分の中で納得させて諦めてきた。

 

 

 

 

 

 全てを諦めてどうする! それもお前だろう!

 

 

 

 

 

 嗚呼、また余計な声が落伍者を掬い上げる。

 

 陽の光も届かぬ穴蔵に、忘れてしまえと押し込んだ願いを無作法に思い出させるような声が。

 

 無意味なものだと諦観し、塞いだ想いを忘れたがる本人の目の前で、人が割り切ろうとした願いもと担ぎ上げ、想いも願いも抱えようとする。有難迷惑な善人というのは、他人の心情を自分の道理で再定義してしまう悪辣さでも持ち合わせているのか、その善性が時として悪人よりも残酷に見えてしまう。

 

 

 

 自分自身の正しさを主張する善人ほど厄介な奴はいない。

 

 

 

 朽葉秋水は自分の隊長が語る正義とやらに未だに慣れていなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「秋水、キリエとはどのような意味があるのだ?」

 

 

 

「……は?」

 

 

 

 プロの試合で使用されるサッカーグラウンド並みの広さがある区画を満遍なく埋め尽くした陸戦アスレチック。その施設をフルに使用して少し引くレベルで訓練場を走り回った体力バカの隊長による自主トレに付き合わされた部下の秋水は、仰向けに倒れたままの姿勢で彼女の問いを酸欠の状態で聞き返す。

 

 因みに体力の限界を迎えると人間の身体は本人の意思とは関係なく倒れるという事を、身を持って体験している秋水。独り言の聞き間違いで済ませて今すぐにでも解散し、さっさと部屋に帰りたいという願いを込めている。

 

 

 

「秋水が使っている技にキリエという名称があるのは知っている。だが、名前の由来を知らなくてな……差支えがなければ意味を聞いてもいいだろうか?」

 

 

 

 聞き間違いじゃなかった。

 

 

 

 どうでもいい話題なのではぐらかして帰りたかったが、彼女が真剣に此方を見下ろしているのを見上げ、思わず咄嗟に眼を逸らす。

 

 金色の髪が照明に反射して僅かに輝き、彼女の顔がまともに見られない。その理由が照明だけでなく、自分の事を尋ねられている事への煩わしさ以外にも理由があるという事は、なんとなく自覚している。

 

 態々聞かれる事も無く、一々説明をするような話でもない。それくらいどうでもいい話なのだ。人に教えるような話でもなく、流派というものを正しく教わった事のない秋水には意味などあって無いようなモノなのだから。

 

 

 

 だから、彼女に気遣うような目で見られる様な事はこれっぽっちもない。聞きたいのなら、こんなどうでもいい話、聞かせてやる。

 

 そう思った秋水は気怠そうに上体を起こすと、そのまま足を伸ばしてつまらなそうに続けた。

 

 

 

「キリエって単語からお嬢は何をイメージする?」

 

「……礼拝の主よ憐れみ給え。だろうか?主をラテン語で表したものだと思っていたが、違うのか?」

 

「別に正しいとか間違っているとか無いよ、元々はお嬢の考えている通りで間違っていないだろうし。ただ、少し字が違うらしい」

 

 

 

 そう言うと彼女の前に端末を取り出した秋水は和訳ソフトを起動すると漢字を検索する。宗教やラテン語が語源だと考えていたリリィはしゃがみこみ端末に顔を近づけて覗いていると、画面に打ち込まれた単語は「斬」と「穢」。

 

 どうやらその二つを並べて「斬穢(キリエ)」と読むらしい。

 

 

 

「お嬢なら覚えていると思うけど、あの施設には技術があっても思想による流派なんてものは無かった。全員が記録として残っているデータを頭に落として、形状変化の『記憶』を繰り返し、そこから各自で『精製』していく工程がある」

 

 

 

 秋水は緋々色金とは『器』なのだと答えた。感情、主に思念伝達によって形状を変える流体金属としての役割が表立った能力とされているが、その思念伝達における形状変化にも個性というものは発現される。

 

 実際に実験記録の中には同じ武器を用意し、使用者に「刀身を伸ばせ」と命じただけで刀身が真っ直ぐ伸びる使用者と、真横に拡げるように伸びた使用者とで分かれた結果も残っており、正しいイメージによる『精製』は使用者の想像に左右されやすく、規格を揃える事も困難だったとされている。

 

 

 

「連中はヘッドギアみたいなモンを毎回頭に装着させてな、その機械から身に付けさせたい技術や武器の情報を大量に情報として送るんだよ。圧縮した情報を脳波とか映像とかに直接落とし込んで、技術だけを覚えさせるんだ」

 

「技というのはそういうものではないと思うが……」

 

 

 

 セイバーにとって技術とは人に教わり、自分で一から積み重ねる基礎の反復だと考えている、その考えが根底にある限り、秋水の所属していた施設での強引なやり方には異を唱えたくなるものがあった。

 

 

 

 秋水にも納得のいっていないリリィの表情は想定内だ。

 

 

 

「言いたいことは解るけどさ、あくまでも技術を落とすだけだよ。インスタントで爺さん達のように出来上がる訳じゃない、ただ形状変化を扱いやすくする為だけの下準備だ。 本番は毎回戦闘訓練だしな」

 

「ふむ、戦闘の積み重ねで精度を研ぎ澄ませるというのなら……」

 

 

 

 自分で武器を振るった鍛錬こそが糧になると信じて疑わない隊長殿にはこのぐらいでいいだろう。少し脱線した後、秋水は『斬穢』の話へ戻る。

 

 

 

「流派も無いが全員の技術や武器の精製は記録として残っている。特に精製された武器の中には成功例として保存するようなモノが幾つか残っていてな? その成功例をベースに俺用に『刀術』に仕組みを調整したのが『斬穢法術』という訳」

 

「法術?」

 

 

 

 また聞き慣れない単語に首を傾げたリリィに腕を見せ、秋水は右腕に意識を向けた。

 

 秋水の意思に従うように血中の緋々色金が反応すると、今度は手持ちの小さなナイフを右腕に向けて振り下ろす。

 

 硬い物にぶつけたような音が右腕から響き、刃先の折れたナイフを秋水は片付けると折れた刃物をリリィに見せた。

 

 

 

「刃の方が折れたな……」

 

 

 

 秋水の腕に当たった箇所は刃先が一撃で欠け、薄いせいで刀身が歪んでいる。それだけの硬度が秋水の右腕にあったという事だが、リリィの目に見ても発勁などは見えなかった。 

 

 

 

「自分を強化する技術。 大雑把に言えばこれも『斬穢法術』なんだよ、法術っていうのは緋々色金を用いて敵を倒す手段って意味な」

 

 

 

 元々、『斬穢』という名前の他にも呼び名には色々と候補があったのだと秋水は笑った。

 

 

 

 罪や穢れを落とす『(みそぎ)』、穢や災いを『(はら)う』、そういう意味合いでの命名や、血闘術、殺人剣、真っ当な感性など欠片も持ち合わせていない狂人の集まりが、自分達の実験でそんな言葉を選んでいると知った時には秋水も鼻で笑ったものだ。

 

 人を殺す手段を集めるような連中が、世の中の人に求められた英雄を殺そうとするイカれた殺人鬼の刀匠が、『英雄』を『穢れ』と扱うことが滑稽だった。

 

 英雄などいないのだと、民衆が助けを求めて手を伸ばす『英雄』はお前たちと同じ『人間』なのだと、何故そんな事すら解らずに負債を背負わせようとするのかと。

 

 途中までの心情は理解できなくもないが、何故そこから英雄と呼ばれた彼らのいう『人間』を殺す刀を生み出す方向に傾くのか。

 

 行き過ぎると大抵の科学者はあさっての方向に転ぶらしい。秋水は連中を思い出しても特に何も感じはしなかったが、その末路は思わず笑ってしまい、急に一人で笑いだした秋水にリリィも思わず引いた。

 

 

 

「そ、そういえば……秋水は何種類の武器を覚えたんだ?」

 

 

 

 会話を終えて帰ろうと立ち上がった秋水の背中へリリィは問いかける、その問いに振り返ること無く秋水は答えた。

 

 

 

「まぁ、色々。『十呪』に繋げば増やせるけど、兵装の開発が再開しなきゃ『十呪』の方は使う機会無いんじゃね?」

 

 

 

 秋水が扱える形状変化は『身体強化』、『形状変化』、『硬化』、『再生』、『蘇生』、『増血』、『刀剣精製』、『鋼糸』、他にも幾つか隠しているが、人前で使うのはその程度だろう。

 

 残りは『十呪神宝』として別の緋々色金による兵装が必要になる為、余程の狂人が開発を再開しない限りは表に出てこない。だが、一度施設のメインサーバーに接続した秋水は実験に参加していた被験者の中でも『成功例』として保存された十八人の精製を全て引き継いでいる。機器さえ用意すれば引き出す事は可能だが、その頃には亡くなった彼らの『器』も引き継ぐ必要があるだろう。

 

 

 

(まぁ、いつかは遺さなきゃいけないものだしな……)

 

 

 

 いつかは全て引き継ぐ。その事が『英雄殺し』としての機能の引き継ぎであるという意味を理解しながらも、秋水はリリィの方を振り向く事は無かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 のんびりと気ままに、湖畔の水面を飛ぶ水鳥が、少年の頭上を越えていく。

 

 フランスでは珍しくもないが、地元の人間には珍しいアジア系、日本人の観光客らしき少年。湖畔から流れる風から寒さを防ぐように首元までファスナーを上げた腰丈の黒いジャケット、上着よりも濃い黒色の細身のパンツと足首丈の硬質そうなブーツは、上下を黒に纏めたコーディネートの為か、昼間の湖畔を眺める後ろ姿が一つの影法師のようにも見えた。

 

 巨大なカジノ施設を背に向けて湖岸を見渡すような駐車場から湖を眺めていた秋水は、暇を持て余すようにぼんやりとカジノのある街の方へと足を進めて歩き出す。

 

 ここはカンピオーネ・ディターリア。イタリア共和国に属する基礎自治体(コムーネ)でありスイス領に挟まれたルガーノ湖のほとりにあるイタリアの飛び地。

 

 イタリアと言っても、経済も行政もほとんどがスイスの一部であり、公式通貨もスイス・フラン。車のナンバープレートもスイスのもので、関税に関してもスイス側の法に従っている特殊な街となっている。

 

 一大産業はカジノ。街の住人の二割がカジノの関係する仕事に従事しており、人口二千人程の小さな街が丸ごとカジノの街として存在しているようなものだろう。

 

 ルガーノ湖の湖畔と山に囲まれたこの小さな街で、世界最悪規模のテロを起こしたテロ組織『亡国機業』の部隊の一つ『陸戦部隊』に所属する朽葉秋水は、あてもなく街の路地裏へと散策の幅を広げていた。

 

 

 

 本来ならば隊長であるセイバー・リリィと同行して街に向かう予定だったが、先日の『落日』に単機で大量のミサイルを破壊するという離れ技をやった事が原因で機体のメンテナンスを副官のレオンに進言され、彼女はアジアのヘパイトス博士の元へと出向いている。

 

 予定では博士と中国辺りで合流するそうだが、中国では先の戦争で将校が数名、裁判で銃殺刑を執行されている筈だ。その件を皮切りに軍部の人事が一斉に動いて混乱し、状況収束の為という事で戦闘に参加したIS関連の企業殆どが強引に国の管轄下に押し込められてしまい、企業と政府の間で冷戦状態になっているという。

 

 下手に外部からISなど入れてしまえば即座に強制執行の名目でISが徴収されてしまうだろうが、彼女のスケジュール管理に一切の不備を許さない堅物ジジィがいるなら余計な心配だろう。

 

 そうして一足先にカジノの街へ他の隊員達と秋水が出向いたのは少しばかり難解な目的がある。

 

 まだ話題も新しい『落日』の一件、どうやら戦闘区域に無許可でミサイルを撃ち込んだ以外にも、連合軍は準備段階から随分とやらかしていたそうだ。

 

 その内の一つがオーガコアの使用である。

 

 EUから参加していた軍の一部がプランの一つとして戦場内でオーガコアを解放し、暴走させるという頭の悪い作戦。結局は暴走させるよりも持ちこんだ後の事後処理で足の引っ張り合いのデメリットが大きい為、作戦自体は中止となっているが、オーガコアの本体は戦場に入る前に差し止められて何処かに保管されたままだという。

 

 

 

 その保管されたオーガコアが事後処理の最中に消えた。

 

 

 

 行方を探そうにも担当した職員は軒並み行方不明。参加者は殆ど死亡。現場はそんな兵器を戦場に持ち込もうとした上官と下士官が揉めて行方を追うどころでは無い。というのが差し止めている間に回収をしようとして失敗したジェネラル・ライダーからの情報。

 

 モニターの脇で何故かライダーに片手でぶん投げられたジェネラル・バーサーカーが映ったが、全員それは見なかった事にした。

 

 政府の内部調査という名目で行方を追うまでは良かったのだが、情報を探ろうにも責任者と関係者が軒並み行方不明の為、出来ることは限られてしまう。その為、ライダーが依頼したのはレオン達のような古株隊員達が独自に持つ傭兵や軍属同士のネットワークと情報源だった。

 

 蛇の道は蛇とでもいうのだろうか、依頼を受けた陸戦部隊はどんな手を使ったのか一切不明だが、スイスで用途不明の積荷が降ろされた事を突き止め、即座に運び出された経路を調べると一部の隊員が先行して各地へと到着。その隊員の一人に秋水もおまけで同行したというのが、秋水が此処にいる理由だ。

 

 実際はカンピオーネの対岸で宿を取っているが、秋水は観光という名目で飛び地のカンピオーネへと足を伸ばして暇を持て余している。

 

 

 

「いや、俺いらないし……」

 

 

 

 ここまで来た経緯を思い出せば独り言のようにセルフツッコミ。再度自分が先行した理由に頭を抱えたくなる。そもそも調べた情報に間違えがなければ、この街の対岸に位置する湖畔の向こう側には何処かへオーガコアが持ち込まれており、近場で暴走すればこんな小さな街なんて一瞬で皆殺しにされるだろう。

 

 実際、二年前にも小さな田舎町を何度も襲う特殊なオーガコアの襲撃による傷跡もまだ残っている街や、ネームレスと呼ばれるIS乗りの戦闘で巻き込まれた避難区域などもEUは他の国に比べて多いと聞いている。

 

 こんなもいつ爆発するか分からない火薬庫のような街での調査など、それこそライダーやバーサーカーの子飼いであるIS操縦者様に任せるような案件だ。

 

 

 

「アベルもホテルから出てこないし、ダグ爺さんも、というか先行した連中一人もホテルに帰ってないっていうし……マジでどうしろと……」

 

 

 

 隊長と副隊長が来るまでは観光客や記者に変装しての聞き込みという下調べの筈が、それすら仕事を貰えない。

 

 たまには遊んで来いと小遣いを渡される始末で秋水も手伝うとは口にしたものの、やんわりと断られてしまった。

 

 気遣われている事は直ぐに秋水も気がついた。

 

 

 

(ようは俺だけやれる事が少ない……)

 

 

 

 元々、曰く付きの集団であり、陸戦部隊に所属する前から名前の知られた兵隊でもある彼らに比べれば秋水など素人もいいところだろう。

 

 秋水自身のも二年前までは少々込み入った事情での経歴を持つ身ではあるが、陸戦部隊と比べれば囁かなものだ。

 

 父親や祖父と呼べるくらいには年の離れている男達との仕事は、経験や経歴が違い過ぎる為にサポートするどころかフォローされる方が多い。

 

 それでも二年もすれば仕事の覚えは悪くない為、今では事務や調査を人並みに出来る程度には覚えられているがが、本人としては求めていた『役割』とは異なる。

 

 未だに新人扱いされている今の立場には自分の『機能』と『現実』との差が拡がり続けているせいか、自分の中で擦り合せの出来ない事も多い。

 

 

 

「……痛っ」

 

 

 

 自分の『機能』を思い出そうとすると僅かに感じる熱と痛みに似た衝動。落日の日に感じた不可解な熱さとは違う別の衝動にも似た感情を、秋水は理解している。果たされないまま燻るような衝動が自分の中から抜け落ちているくせに、忘れることを許さぬように訴える痛みが秋水を不快にさせる。

 

 考えても無駄になりそうな自分の過去の情報から切り替えようとすると、通路の奥から奇妙な声が聞こえた。

 

 建物の壁が並ぶ狭い通路の奥から聞こえる子供の声に思わず足を止め、その隣に広がる小さな空き地に視線を向ける。

 

 奥へと続く通りを気付かれないまますれ違い、声のする場所を覗き込んだ。

 

 そこには黒いスーツを着た大柄の男が数名。そして、その男の一人に胸倉を掴まれ、壁に打ち付けられているボロ切れのような布を羽織った少女が一人。

 

 アテもなく路地裏を壁に沿って進んだ結果、興味本位の結果が幼女の誘拐現場とは自分も運がない。

 

 悪・即・斬な、勇ましい隊長もいないのだから潔く逃走させて頂こう。

 

 僅か一秒にも満たない矛盾した熟考の後、秋水はその場を即座に反転し──横合いから振り降ろされた刃を靴の踵で蹴り返す。回し蹴りの勢いに任せて回転した体躯を振り抜き、今度は壁に向けて右拳で迷わず壁を打ち抜き、鈍い衝撃と何かを同時に何かを砕いた感触。

 

 壁に打ち付けられた何かが壁面を割って崩れる音が聞こえ、目の前の景色にノイズが走ると透過コートを着た覆面の怪しい奴が、そのまま膝から崩れ落ちた。

 

 

 

「通り過ぎたのなら声かけてくれよ」

 

 

 

 誰かが隠れているのも気付いて、わざと隠れていた相手の注意を避けて通り抜ける自分を棚上げし、隠れていた不審者に苦情を出す。振り返れば通路の秋水に目掛けて誘拐犯の一人が広場から此方へと駆け出して、腕を振り抜いていた。

 

 

 

(気絶した覆面以外だと突っ込み、紳士っぽいの、チビッ子掴んでいるデカブツ。合わせて三人……)

 

 

 

 逃走を考えるも後の祭り、突っ込んできた男の左腕が石造りの壁を紙くずを破くように巻き込み、破けたスーツから見える鋼鉄製の鉄腕が秋水へと牙を剥く。

 

 咄嗟に右腕を盾に受け止めるも衝撃は殺せず、自動車にでもぶつかるような勢いで反対の壁に叩き込まれた秋水は瓦礫を巻き込んで石壁へと叩きつけられた。

 

 男は叩きつけた秋水の右腕を掴むと広場へと秋水を放り投げた。

 

 

 

「子供? ……子供一人見逃すとは、つまらないミスをしましたね」

 

 

 

 生身では受け止めきれない衝撃と異形の鉄腕。中央に打ち捨てられた紳士風に着飾る男の右腕が水銀のように溶け、細剣へと形状を変化させる。

 

 明らかに両名とも肉体に特殊な改造を施されている。

 

 

 

「些事ですが、このまま放置するのも無粋。殺しておきましょう」

 

 

 

 紳士の右腕がうねり、蛇のように細剣が伸びて背中越しに秋水の心臓を貫こうと突き刺さる。だが、それは思いもよらぬモノで遮られた。

 

 

 

「これは……」

 

 

 

 突き刺した細剣は秋水の背中で止まり、心臓を目掛けた刃が硬い装甲に阻まれるような感触。この少年も特殊な改造を受けた同類かと三人が警戒した瞬間──

 

 

 

「ガッ……ッ!!」

 

 

 

 目の前で秋水が消える。否、驚いた彼らの意識の間を察知した一瞬で飛び起き、紳士と間を詰めた秋水が即座に男の喉元を紅い刃で首を切断。

 

 首を切り落とされた紳士が膝から崩れ落ち、反応の遅れた鉄腕の男が再度秋水に拳を振るう。

 

 鉄腕を振るう衝撃が広場を震わせ、秋水は同じく右腕で防御すると衝撃から僅かに後方へずれる。だが、今度は吹き飛ばない。機械化した剛拳の砲弾のような威力が直撃したにも関わらず、その右腕は別物のような硬度で鉄腕を防いで男を驚愕させる。

 

 振り抜く豪腕は動きを加速させ、肩から腕に隠された加速装置が拳速を速める。間髪置かず怒涛の連続打ちが秋水を襲い、対して鋼鉄の剛拳を前に秋水の紅い刃は輝線が水飛沫を払うように流れ、拳を受け流す。加速した一撃の軌道を見極め、自らのいない虚空へと引き寄せるように誘われた刃が制御を鉄腕の動きを鈍らせる。

 

 判断を遅らせ、処理の間に合わなかった時間差の隙間に生まれた『空白』をすり抜けるように秋水の刃が両腕の肘から下を同時に切り落とす。

 

 両腕を奪われた男が後退り男が秋水から意識を離す刹那、攻撃から逃避へと意識の切り替わる絶対の『間』を、秋水の刀術は見逃さない。舞うような身のこなしで距離を詰めた秋水の一撃が男の左脇腹を刺し、特殊繊維のスーツと鋼鉄の拳を扱う為に強化された肉体が致命傷を防いだ。

 

 秋水は構わず刃を深々と突き刺して掌で刃を押し上げ、喰い込む刃が肉を噛む獣のように牙を突き立てる。男が思わず静止を訴えるも、それを無視して背骨に向けて刃を左から切り上げ胴を両断した。

 

 

 

(あと一人……)

 

 

 

 少女を掴んでいた大柄の男は既に秋水へ狙いを定めており、着込んだ狭苦しそうなスーツを破り捨てた。

 

 男の巨躯は殆どが重装甲で覆われ、パワードスーツを装着している防御特化かと思えばその予想は外れた。装甲部分と思われていたパーツがスライド。大量のマイクロミサイル、対戦車ロケット、重機関銃……

 

 

 

「……ずるくない?」

 

 

 

 少女を投げ捨てた両腕を正面に突きだし、膨れ上がる腕部が割けて収納された銃身を掌から展開。破けた人工皮膚の合間から皮を破り捨てた大口径の銃口が狙いを定め、両腕が二連装の重機関銃へと変形する。

 

 変形による排熱が蒸気に包まれた全身が姿を変え、胸部装甲が左右に開閉すると内蔵されたガトリング砲が。

 

 両肩の装甲らしきアーマーが開閉。内蔵されたミサイルの弾頭が露出し、両足の脹ら脛が膨れると装甲が肩のパーツと同時にスライドし、内蔵されたマイクロミサイルの発射口が秋水を狙う。

 

 射撃特化型の砲撃体勢が秋水を狙い、既に照準を済ませた銃口が獲物を捉えている。

 

 

 

「なぁ、ウォーターカッターって知っているかい?」

 

 

 

 刀を握った秋水が発射口を前になに食わぬ顔で飄々と尋ね、己を狙う重武装に狙われた光景を気にした様子もなく肩を竦めた。

 

 

 

「滅茶苦茶な速度と水圧で勢いよく水を飛ばして硬い物の加工とか、アンタみたいな堅物を切断する時に使う代物なんだけど…… 珍しくないよな、どこでも使えるし」

 

「……何処にそんなものが?」

 

 

 

 隠し持っていた刀は厚めの造りではあるが、鉄腕を一撃で貫けない強度ならば装甲を傷付ける事は出来ない。刃を防いだ瞬間、至近距離での最大火力による砲撃を男は既に狙っている。

 

 一体、何処にあんな武器を持っていたのか。疑問は尽きないが火力で勝る男には、目の前の青年を侮ってしまっている。

 

 

 

「……ああ、何処にというか……こうやるモンでして」

 

 

 

 距離にして約十五メートル弱、秋水の刀は届く距離には程遠い。だが、秋水は曲芸の一つでも見せるかのように薄い笑みを浮かべ、刃を握っていた右腕を一度だけ振り抜いた。

 

 

 

斬穢法術(きりえほうじゅつ)・“紅蛟(べにみずち)”」

 

 

 

 振り抜いた刀の刀身が消えた瞬間、男の視界に表示された照準にノイズが走り、命令が一斉に遮断される。自動での対応と修正が悉く却下され、直後に視界を埋め尽くすような電子情報が大量の警告と警報が眼前を覆った。

 

 

 

(警告:攻撃感知 回避不能 警告:攻撃直撃 警告:胴体部損傷確認 警告:左腕部切断及び武装強制排除 警告:損傷確認活動可能領域低下 警告:警告:警告:警告:警告:警告:警告:────)

 

 

 

 エラーが鳴り止まず、消えぬ警告で視界を覆われてしまい、目の前の光景どころか状況の確認すら対処が遅れる異常事態。男は咄嗟に秋水のいた方角へ身体を向けるも、それが正しく彼の方向を向いているのかも未だに判断できない状況だ。

 

 

 

(視角情報の復旧を最優先に……!)

 

 

 

 視界情報を優先した男は武装のロックを設定して状況の把握に全力を注ぐ。無数に乱れる表示を最低限振り分け、処理を続ける度に増えていく警告文を瞬時に処理し、どうにか視界を復旧出切るだけのスペースを確保することが出来た。

 

 男は早急に視界領域を確保すると視界が一瞬で暗転し、白黒のスペースに立体の壁が組み立てられる。一つ一つの作業が並列で行われ、視界に映る映像の形状が変化し、建造物が輪郭を露に、それらが色彩を持って生身と変わらぬ視界を確保した瞬間、漸く開けた視界を前に、倒れた残骸は秋水の姿を認識できた。

 

 反射的に反撃をしようとするも、命令を四肢が受け付けず、内蔵された武装のどこも稼働しない身体の異常に機能が状況を把握していく。既に四肢の武装が首から下を全て切断され、秋水の足元には男の手足だった武器の残骸が転がされている。その四肢と胴体だったモノには無惨にも複数の紅い短刀によって串刺しにされ、此方の命令を意味のないものにされてしまっている。

 

 男が声を挙げようとした瞬間、秋水は首だけの崩れ落ちた男の喉へ刃を突き立て、残された頭部を足で踏みつけた。

 

 

 

「まだ喋れるだろ? このチビッ子を狙った理由を教えてくれよ」

 

 

 

 ゆっくりと圧し掛かる体重は秋水の見た目よりも遥かに重く、それが秋水自身の膂力で踏み砕かれようとしている事を男は察する。

 

 

 

「さぁな。俺達は命令を遂行するだけの道具に──」

 

「そうか、時間取らせて悪いね」

 

 

 

 圧殺。最後まで言い切る前に秋水は脚に力を込めて頭部を踏み砕く。果実を踏んだように残っていた燃料と部品が肉塊のように散らばるが、然程気にもとめずに秋水は残骸から離れ、すぐ目の前に落ちている紳士の着ていた服に目を向けた。

 

 先に首を切られて倒れた紳士風の男はいつの間にか首から上がその場から消えており、宿主を無くした胴体が液体のように溶け出して服だけを残していた。

 

 

 

(上司への報告かな……マジで何やってんだ俺……)

 

 

 

 潜入中の仲間を無視した勝手な戦闘、しかも敵はチンピラではなく明らかに手の込んだ私兵。余計な問題を自分から増やした事態に秋水は呆れたように息を吐き、その場を早急に離れて表通りへ向かう。早足に表通りへ向かいながらも平静を装って状況を確認し、次第に冷静さを取り戻していく。

 

 敵が逃げ出した事を気付いた瞬間に仕留めておくべきだったが、流石に秋水も重装備の堅物を前に一人では手に余る。『力』を使えばどうにかなるだろうが、命令を受けて動いている連中の端役を前にして、敵の規模も勢力も判らないまま全力で戦うなど秋水はやろうとは思えなかった。既に『血刀』は見せてしまっているが、初見で初動の遅れた連中への騙し討ちなら、連中の対応も後手で回るだろう。

 

 今は街を出て別のルートで戻り、陸戦部隊と合流せずに別の飛び地に向かう。ほとぼりが冷めるのを待てばいい。一晩か二晩、行方を眩ませれば隊長達が合流し、それでこの街の連中も詰む。隊長任せの片付けに説教コースは確定だろうが、どうせこの街のオーガコアを狙っているのは亡国機業だけではないのだから、外部の組織と混ざれば有耶無耶になるだろう。

 

 余計な手間に時間を割いて駆けずり回る今後を考えると、更に頭痛が酷くなりそうな秋水は一人問答を繰り返す。誰かが襲われていようと、顔も知らぬ子供に関わる理由など無かった筈だ。あんな光景を見れば陸戦部隊は……隊長のリリィは一番に立ち塞がるだろうが、それは彼女だけの話だ。

 

 自分の正しさを押し付けている訳じゃない。ただ、それが見過ごせないモノだと彼女は悪徳を許さず、見過ごして妥協も言い訳もしない。

 

 何万人も殺したテロリストの一派がこんな事を言うのはお門違いもいい所だろう。その悪徳を嫌う性質なら、彼女らはテロ組織なんているべきじゃない。それでも彼女は間違っているかもしれない自分の正義で、正しかったかもしれない行いを、自分の正義を持って否定する。

 

 嗚呼、そう考えれば彼女はテロリスト向きかもしれない。正しさを求めすぎて悪よりも性質(タチ)の悪い正義なんて、本当に正しいのか本人にもわからなくなる。その正しさすら自分でも理解できなくなってしまえば、今度は正しさを無関係な誰かが勝手に感じたまま線引きをするだろう。

 

 

 

 ──彼女こそが『■■』だ。

 

 ──彼女は間違っている。

 

 ──彼女こそが正しい。

 

 

 

 掲げた本人すら成し遂げる事も出来ない絵空事に勝手な名前を載せて、自分達の好きなように見知らぬ誰かへ届けてくれる。そうなれば、自分の正しさの主張も悪辣さの後悔も、きっと見た事もない無関係の誰かが勝手に切り分けてしまうのだから。

 

 

 

 そうして世界から殺された『■■』がここには存在していたのだから……

 

 

 

 どうやら余計な事を考え過ぎたらしい。もう少しで路地裏を出ようとした途端に、唐突に秋水がバランスを崩して膝から崩れ落ちそうになった。気にしていなかった頭痛が痛みを増して視界が霞む。それが発作的なものと理解しながらも、思わずその場で秋水は立ち止まって身動きがとれなくなってしまう。

 

 その頭痛が本来の『機能』に対する機能不全の訴えだと理解はしているが、今日は特に酷い。体調管理のようにうまくいかないとは理解していても、もう少しタイミングを読んで欲しいと思わずにはいられない。

 

 

 

「お、おい、大丈夫か? そんなに痛かったのか……? ご、ごめんな?」

 

 

 

 耳鳴りが続くのに奇妙な声が聞こえ、秋水は思わず声の方へと顔を上げた。目の前にはボロ切れで顔を隠した少女が狼狽えたように立っており、どうやら秋水の頭痛が自分のせいではないかと勘違いしたようだ。

 

 

 

「なんでもない……休めば歩ける」

 

「あ、漸く話を聞いてくれる気になったか……ずっと早足で声を掛けても反応しないし、ここまで無視されるとちょっと泣きたくなったぞ……」

 

 

 

 見ればボロ切れの少女に見覚えが有る。

 

 というか、さっき連れて行かれそうだった少女だ。厄介事の元凶だ。

 

 秋水はボロ切れの首根っこを掴み、猫を捕まえたように釣り上げた。

 

 

 

「わっ、わっ、わっぁ、まてまてまて!」

 

「悪いね、忙しいんだ。ゆっくりするのは別の機会にするよ」

 

「違う違う! それじゃなくて!」

 

 

 

 抵抗しようと足をばたつかせる少女の声は見た目より随分と大人びて聞こえるが、正直どうでもいい。今はさっさと逃げたいしこの場を離れたい。勝手に助けた事を反省はしているが、助けたからといって子供の面倒を一から十まで全て見ようとは秋水だって思わない。

 

 少女の方も反応を返した秋水が捨てるか元の場所に返そうとする気配は察しているようで、必死に足をばたつかせて何かを喋っている。「離せ! いや離すな!」だとか、「今はマズイ!」だとか、慌てた様子ではあるものの、何かを必死に堪えているようなぎこちなさだ。

 

 確かに秋水の手元から離してしまえば、少女を待つのは別の誰かに回収されるだけだろう。生憎、今の秋水には関係がないし、これからも関わりの無い話だ。

 

 強引に掴んだ布切れを路地裏へ放り投げようとした瞬間、ボロ切れの持ち主である少女が秋水の手元から落ちて地面に尻餅をついた。

 

 

 

 ボロ切れをまとった少女の中身は肌着もない生まれたままの姿だった。

 

 

 

 少し間を置いて秋水も見下ろした少女の姿に納得。成程、確かにこれは離すとマズイ格好だろう。生まれたままの少女の姿を見れば、路地裏でも表の通りでも、通報待ったなしである。

 

 だが、秋水が驚いたのはそれだけではなかった。

 

 背丈は小さく小柄で、年齢からすれば十歳前後だろう。背中まで届きそうな長い髪は整えられておらず、少し色素の薄い銀色と金色の混じるくすんだ色の長髪は、所々が色褪せて見える為か、生まれつきの色というより使い回されて擦り切れたようなフィルムのように感じさせた。

 

 尻餅をついた少女が金と銀のオッドアイを涙目にしながら急に落とした事を怒り、布を返せと非難するが、少女の瞳と表情から目を離せず、ボロ切れを片手に立ち尽くす。

 

 自分の友人であるアーチャー・トーラと、隊長として部隊を率いるセイバー・リリィ。彼女達の特徴を連想させるような面影が、秋水の言葉を詰まらせるくらいにあった。

 

 

 

「お、おい……急に黙るなよ……また動かなくなっちゃうのか……? せめて布を返して欲しいのだけど……」

 

 

 

 ろくに反応も返さない秋水に少女の方も不審に感じたらしい。怒った様子よりも戸惑いの方が強くなり、二人でお互いに固まってしまうが、ふと二人は視線に気がついて表通りの方を向いた。そして目の前には偶然通りがかったらしき住人。

 

 手持ちの荷物が少なく、ラフな格好から観光客には見えず、恐らくは住人かと思われるが今はどうでもいい。寧ろ秋水達の状況を見て、彼女がこの光景をどう思うかが問題だ。

 

 問いかけようと女性が手を伸ばし、秋水へ何かを喋るよりも早く、秋水はボロ切れと少女を両脇に抱えて路地裏へと逃走した。

 

 

 

 

 

 ■

 

 

 

 

 

 夜の帳も落ちた頃。陸戦隊のメンバーは冷や汗でシャツを濡らしながら全員がお互いに、自分と同じ顔をしているのだろうと思っていた。

 

 酒の余韻などとっくに覚め、自分達を代表して情報を報告しているアベルと、突然報告を求めて通信を繋げた彼女のとの会話によって、任務がこの先どう変わっていくのか……

 

 

 

『──それじゃあ、秋水とは連絡が取れていないんですね……』

 

 

 

 無造作に伸びた髪を後ろで一纏めに束ねただけの金髪に手入れのしていない無精髭。フレームの無い丸眼鏡をかけた陸戦隊では珍しい後方支援と情報管制を担当するアベルの報告を聴き終え、彼女は静かに目を閉じた。

 

 モニター越しに銀色の長髪と整った美しい顔立ち。その可憐な表情を悲しみに染め、彼女は小さく唇を噛み、必死に何かを耐えるようにも見える。

 

 

 

 十秒ほどの沈黙。そして小さくトーラは呟く。

 

 

 

『ボクもそちらに合流します。皆さんはセイバーに連絡をしてください』

 

「ちょっと待ってください! 貴女が出撃なさるほどの案件では無いはずですジェネラル『アーチャー』!!」

 

 

 

 あっさりと言い放つトーラの言葉に報告役のアベルが真っ先に反応する。別の部隊の一兵卒の為に組織の最高幹部が出撃するという馬鹿げた行動への批難もあるが、彼女の秋水への感情も考えれば仕方のない事だとも思えるが、彼女を此方へ向かわせる訳には行かなかった。

 

 部隊としての判断に対し、トーラは心中穏やかではいられない。秋水への対応を優先できない彼らへ、彼女は幹部としてではなく少女として感情的になってしまう。

 

 

 

『秋水との連絡が取れないじゃないですかっ!! どうしてもっと早く連絡をくれなかったの!』

 

「陸戦部隊がジェネラル・ライダーからの要請で受けた任務です! この件に貴女が関わるのは組織としての座を無視した行動になります! そうなれば貴女の姉君も責任を問われる事になります!」

 

 卑怯な台詞だと自覚しながらもトーラに向けるワードの中で最も彼女を竦ませる言葉の一つを選びながらアベルは続ける。

 

 

 

「この任務で僕ら場末の部隊は捨てられても文句は言えません。ですが、貴女のお姉さんは自分の何を犠牲にしてでも、僕らを守ろうとするでしょう…… そして、彼女がそうしようとすれば、僕らも彼女を守る為に動きます。守ろうとする隊員の中には、今、貴女が座を無視してでも救援に行こうとしている少年兵も含まれている事を貴女は理解している筈だ」

 

 

 

 ──彼を無理やり助けて、二人を追い詰めたいですか? 

 

 

 

 その台詞を最後にトーラは髪で顔が隠れるのも構わず下を俯く。流石にやり過ぎたと思うが、他のメンバーの「お前……アーチャーに姫さんと秋水使って黙らせるのはズルい……」という視線は黙殺する。

 

 ラテン系の黒人でドレッドヘアーの似合う陽気そうな男、ヘリパイロットのドゥエが普段の陽気さを感じさせない古株の隊員としての貫禄を見せ、資料をアベルから受け取ると項垂れたままのトーラへ話を続けた。

 

 

 

「資料は送らせて貰いましたよ。 貴女には全部渡した方が、聞き分けが良さそうですしね」

 

 

 

 トーラへ送信したデータを隊員全員が見られるように拡大化し、ホログラムに映し出す事によって資料を表示させる。

 

 資料によるとのオーガコアの納入は落日の日よりも以前から進められており、実験の開始は数年以上前に遡る。

 

 当時スイスはイグニッションプランの選考から完全に外れフランス、イギリス、ドイツを筆頭に周辺国が開発を有利に進めていた状況にあった。

 

 新世代の開発に躍起になっていたスイス政府の一部が暴走した事により、資金難に陥った開発部署は軍関係へ関わりのあった企業へ手当たり次第に協力の要請を募り、援助という形で足りない資金面のカバーを求める程に火の車だった時期すらあったという。

 

 スコールが見つけたというオーガコアの持ち込みと売買。アベル達が参加者から抜き取った情報と亡国機業が調査してきた情報。この二つには誤差というには少々大きすぎる問題があった。

 

 亡国機業が優先していたオーガコアの確保。彼らも今回の事件で確認されていたISにオーガコアが使用されていると想定したが、そのISにオーガコアは使用されていなかった。

 

 起動履歴からコアのパターンを探り他の屋敷で資料を回収した結果、あのゲームに参加させているのはスイスが研究用に委員会から貸与されていた研究目的のISコアだったという。

 

 研究目的で貸与したISコアを戦闘に使用するだけでも重罪に辺り、使用したISコアの没収。悪ければ所有権を持っているISコアの返還すら考慮される罰則にも関わらず、スイスはそれを表沙汰になる段階で行わせている。

 

 

 

「問題は違法使用だけじゃない」

 

 

 

 そう告げたアベルが別の資料を差し出す。それに記されていたのは銀行から送金履歴。何重もの偽装を重ねているが、名義は全てスイス政府からカンピオーネ宛に送られている。

 

 

 

「ISに装備させているという事は完全にISコアの使用権をこの街に譲渡しているという事です。初期化もさせず操縦者専用として扱わせ、使用料を支払わせるどころか毎月多額な資金援助を寄り合いのような集まりに国が行っている…… この異常さは、貴女にも解って貰える筈です」

 

「これだけでも危険な橋だが、俺らがどれでも渡らなきゃならんのはコイツが送られてきたからだ」

 

 

 

 ドゥエが差し出したのは古ぼけた写真。その一枚をトーラが見返すことは無かったが、それを無視して他のメンバーが続ける。

 

 オーガコア回収任務にも拘らず、陸戦部隊に呼び出しが掛かったのは彼らが過去に使用していた空き家に匿名での手紙が来た事からだ。

 

 スイス郊外に放置されたままで誰も住んでおらず、住人登録を確認されても住人が亡くなった事にされている架空の住所に向けて送られたのは一枚の写真。

 

 誰が書いたのかも解らない一枚の便箋。それを陸戦隊が雑用ついでに回収した時から事態が急変する。

 

 中に入っていたのは古ぼけた一枚の写真。そこにはかつての英雄『アレキサンドラ・リキュール』と若かりし頃の陸戦部隊の面々が一斉に集められた記念撮影のような写真だった。

 

 

 

「詳細は未だに不明ですが時期からしても十年から二十年前程…… その頃の隊員達に確認し、彼女の写っていた町がカンピオーネでした」

 

 

 

 それこそがカンピオーネ。当時の街に住まう有権者達は既に殆どが亡くなってしまっていたが、彼らの名義でオーガコアが引き取られている事は少し調べれば直ぐに解った。

 

 街一つを束ねた彼らはいつしかIS開発に関与し、各国とも共同して開発を行えるほどの組織となっていた。

 

 

 

「どういう経緯でこうなったのかは調査中です。しかし、現状で貴女がここに来てしまえば彼らの計画は止める事が出来ても、彼ら以外の組織が……」

 

『もう……いいです』

 

 

 

 状況さえ理解できれば彼女も踏み留まる…… アベルはそう願っていた。トーラも亡国機業幹部。感情的な行動よりも、いざとなれば組織を優先して判断を下せる……そう信じたが故の報告だったが、彼の報告に対してトーラの反応は酷く冷たく、冷淡なものだった。

 

 尚も報告を続けようとしたアベルに対して、トーラは少女とは思えない程の力強さで睨み付け彼らの大半を黙らせる。

 

 

 

『それは……』

 

 

 

 だが彼女の口から零れるのは幹部としての凛とした言葉ではなく、年相応よりもずっと幼い叫びだった。

 

 

 

『それは……ぐすっ、秋水を……たすけちゃ、いけない……りゆうに、なるんですか……?』

 

 

 

 力強かった視線はほんの一瞬で涙目に変わり、耐えようとする彼女の瞳にはぽろぽろと雫が零れて頬を濡らしてしまう。

 

 

 

 

 

『ぜんぶ、よんで……だから、だから、秋水に……会いに、いかなきゃいけないのに……』

 

 

 

 トーラ・マキヤにとって優先すべき事は任務の完遂ではなく、あくまでも朽葉秋水の保護。まだ涙は止まらないが、それでも彼女には伝えなければならない。

 

 

 

「秋水は『兵装』を出しています。 『血刀』を別の外部兵装に接続した実験は聞いたけど、彼は生身で『兵装』まで出してしまうような事態なんです……」

 

『だから…… だから、秋水に会いにいきたい……』

 

 

 

 トーラは涙を流したまま訴え続ける。ワガママを通せば秋水を助けられる。でも、そのワガママのせいでリリィが、秋水が立場を悪くする。

 

『自分のせいで』大切な人を傷つけるという事が怖くてたまらない……

 

 

 

『秋水が……自分の血を嫌いな事なんて、ボクでも知っています…… だからボクは 秋水の傍にいたい…… ボクは秋水に守って欲しいけど…… ボクは、秋水を守りたい……』

 

 

 

 もし暴走させてしまえば秋水は自分を許せない。きっと悲しい顔をする。

 

 悲しい顔も好きだけど、秋水には笑って欲しい。傷ついてもリリィが笑顔にしてくれるけど、それでもトーラは秋水に傷ついて欲しくなんか無い。

 

 嫌われるのは怖いけど、嫌われてでも秋水を助けたい。

 

 

 

 秋水に会いたい。

 

 

 

 それだけがトーラが無理にでも通したいワガママだった。

 

 

 

「幹部殿の心遣いは有難いがの、そう易々と暴走させない為にワシ等がおるのよ」

 

 

 

 会話に割り込むような形で別室にいたダグがふらふらと覚束ない足取りで部屋に戻る。他の数名が彼に手を貸して近くのソファーへ座らせると、ダグは一息つけたような表情でソファーに身を埋めるように背中から寄り掛かった。

 

 

 

 普段は年寄り扱いするなとむくれる所だが、彼も今回の報告は大分苦労したようだ。

 

 

 

「ダグ爺さん、副隊長はなんて?」

 

「秋水に専用回線繋いでやれと。ついでに、場所が分かれば拾ってやれと言うとったよ」

 

「随分早いね……?」

 

「滅茶苦茶おこじゃけどな。秋水にもおこじゃが、ワシらにおこじゃよあの爺」

 

 

 

 大分疲れているらしい…… ダグの言葉遣いが若干おかしくなっていた。

 

 レオンが大激怒しているという現実からのは逃避してアベルは端末を操作する。亡国機業に入隊する前に陸戦部隊を暴いてやろうと若さ故の過ちで自分から内線地帯の地雷原でバカンスをするような暴挙にでたアベル作成の一回限りの使い捨ての専用回線による緊急連絡手段。

 

 緊急時、亡国機業の組織員全員に一斉送信される時の端末にも一部が流用されているアベル特性の秘匿通信で秋水の端末へ直接繋ぎ、他の電波妨害、盗聴、逆探知のそれら全てを無視する。

 

 数秒も掛からずに繋がった秋水への通信に、真っ先にトーラが反応した。

 

 

 

『秋水っ!!』

 

 

 

 感極まった声で彼の名を呼ぶ少女の叫びに他の面々は空気を読んで少しだけ黙っておく。

 

 これからどんなやり取りが起こるか分からないが、トーラがなけなしの勇気を振り絞って秋水へ安否を尋ね、十代の特権ともいえる甘い空気でも出してくれないかと全員が新たに酒瓶の蓋を開けた。

 

 決してネタにして弄る為ではない。

 

 

 

『……トーラ?』

 

 

 

 秋水の声を聞いただけでトーラの顔が一気に赤くなり、無事だった事への安堵と多幸感から、本気で嬉しそうな表情のまま秋水の映るモニターを見つめる。

 

 ノイズが消えて鮮明になった画面に秋水の声だけでなく、端末から映像が映し出された。

 

 どうやら何かに乗せているようで、秋水の表情がハッキリと映し出される。その時点で他のメンバーも僅かに安堵し、何人かがフライングして酒を開けた。そして、秋水の表情に誰かが酒の瓶を落とし、全員が言葉を失った。

 

 

 

 初めて秋水と出会った場所のような何処かの施設とも思える無機質な壁面。床の全体を沈めてしまうような赤い水が血液なのか、それとも別の何かなのかを画面越しでは彼らには判断ができなかった。

 

 一面を真っ赤に染めた血の海のような場所で秋水は一人で立ち尽くし、右腕には秋水の『最終兵装』が顕現している。見渡す限りの景色に敵の姿は何処にも映らず、そこで何があったのかも無関係な人間には理解できないだろう。だが、過去に一度でも秋水と戦った陸戦部隊の彼らは、そこで何があったのかを一瞬で理解した。

 

 

 

 暗がりの画面越しに見える月明かりの下で、秋水の両眼だけが煌々と紅く染まり、人としてではなく、『兵装』としての役目を起動した状態だと一目で理解できる。

 

 

 

「迎えにいくね……秋水」

 

 

 

 その瞳から目を逸らさずに彼女は見つめ、安堵したように息を吐き出す。どんな状態でも、秋水の無事が確認できた事が、彼女にとっては一番嬉しかった事なのだから。

 

 それでも、声が震えてしまう事は抑えられず、それでもトーラは、全てが終わった後だと理解しても精一杯の強がりで笑い返す。

 

 

 

 例え秋水と呼ばれた『兵装』が何も答えてくれなくとも、彼女はただ彼に会いに行きたいのだから。

 

 

 

 これは秋水がカンピオーネに入った二日後の事。彼らが動き出した頃には、朽葉秋水は全てを終わらせた後だった。

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