夕暮れの街。日も暮れだした街はカジノが動き出すとライトアップされた施設が夕暮れを照らし、表通りから外れたホテルまで光が届き、照明設備の少なさによる暗さを感じさせない程だ。
結局、秋水は少女を放り出せずに適当なホテルに身を隠した。
無人のカウンターでボックスに鍵を掛けてあり、料金を払えば希望の部屋を借りられる無人のモーテル。その一室を借りると秋水は一人で部屋へと入っていく。
置いていかれたと少女はまた付いていこうとするが、当然金を持っていない少女には通路の奥に行ける手段もなく、誰も通らないホテルの前で途方に暮れるしかないのかと思っていた。戻ってこない薄情者を諦めてホテルから出ると空から秋水が降ってきて、どこに持っていたのかワイヤーを使って少女ごと昇り、二人で借りたホテルの一室まで戻っていく。
少女が何をしているのかと聞けば、全裸の変態を抱えて部屋に行けば、自分も変態の仲間入りだと半ギレで答えられた。
少女も自分の姿格好に文句は言えなかったが、慣れた手つきでホテルに侵入する姿を見て何か別の理由で空き巣まがいな侵入に慣れているのだと思い、思わず同情してしまう。
「おい、何を考えているのか分かるぞ、全裸女。誰の為に一手間掛かったと思ってやがる」
「自分の世間体だろう?」
「原因はお前だけどね?」
「服が無いことを恥ずかしいと思うからややこしくなる。アナタだって産まれた時は裸だった筈だ、敢えて言うなら着飾る事に神経を使う今の時代を恥じるべきだと思うな?」
「このボロ布と一緒にしてダストシュートにダイブするか?」
「全面的にごめんなさい。この布は許して欲しい」
「まず裸になる事に危機感を覚えてくれない?」
危機感のベクトルが別の方向に偏っている幼女に呆れ、窓の外を確認する。路地裏とはいえ、そこまで街も広くない。夕方ともなれば帰宅途中の通行人や、これから仕事に向かう住人。買い物客や露店の主が観光客相手に商売をしているのが見える。
しかし賑やかそうに見える光景も、騒がしいとは思えなかった。従業員らしい彼らの呼び掛けも、観光客相手に商売をする店主の声も、客同士のにこやかなやりとりや、子供同士の歓声も聞こえてくる。だが、その誰もが何処か白々しく、街が活気づくような雰囲気が色彩の抜けた絵画を眺めているように感じる。
「気味が悪い光景だろう? 全員の生活が役割を演じている演劇のようで作り物みたいだ」
まるでいつもの光景だと云う様に、少女は街を眺めずに嘲笑う。
そんな彼女を一瞥して、秋水は街で一際目立つカジノの建物へと視線を向けた。
「なら、お前が路地裏で襲われているのも脚本(シナリオ)の一部だったかもな。悪いね、監督に謝りたいから会わせてくれよ」
「あれはアドリブだから大丈夫。それに毎日こなしていたら飽きちゃうし、新鮮さを取り入れるなら新しいエキストラも歓迎するさ」
「ならお前はどんな設定で襲われているんだ?」
独り言のように呟く秋水の視線から逃げる事もせず、少女はくすりと微笑む。
「街の秘密を知る役。……抱えた時に気付いているだろう?」
彼女の身体を隠すように包まれたボロ布がはらりと床に落ちる。恥じらう仕草も見せずに無造作に腕を横に広げれば、少女の腕の中を血液が流れるように、薄らと紅く何かが流れるように光り、少女の体内にある『物質』が、彼女の存在が生身の人間とは違う特殊な出生なのだと証明している。
「嗚呼、お前の身体に『紅緋血装(ブルート・スカーレット)』が流れているのか……」
「『紅緋血装(ブルート・スカーレット)』に対して、どれくらい知っている?」
「旧世代兵器の後期開発プランの一つに登録され、バイオセンサーの一つとして機体に搭載される流体金属の一種。GSなどの旧型パワードスーツの関節部や四肢のパーツに使われ、旧世代のパワードスーツ開発においては常に問題とされていた『擬似神経反応回路』の完成に大きく貢献してきた。……まぁ、その程度」
秋水の思い出すような説明に少女は、にこやかに頷いた。
今から二十余年前。旧世代パワードスーツ開発の黎明期とも呼ばれた当時、災害現場での救護活動や未開領域の開拓作業などの活動に対して遠隔操作での限界が来ていた頃、安全圏での遠隔操作ではなく、操縦者本人の安全確保と現場での作業環境の改善として使用者が装備するという当時としては異端とも言える真逆のプランを着手し始めた。
その頃の情勢や団体からの運動などの細かな経緯は割愛するが、使用者が装備するというプランに対して、常に問題点として上がってきたのは外部パーツによる操作ラグという問題。
遠隔操作とは違い、生身と同等の動きを求められるパワードスーツにとって、操縦者とパワードスーツの四肢の動きにズレが生じてしまう操作ラグというのは当時、まさに難題とされていた。
それを解決したのが、朽葉という研究者が開発していた流体金属だった。
当時その特殊金属の開発責任者だった朽葉博士は、その頃に博士自身が開発していた可変型圧縮金属と人体の神経伝達の調和を可能とさせ、常識では考えられない特殊金属の開発をしていた。その試作品の作業工程と開発過程を全面的に無条件で開放することで、パワードスーツ開発に携わる全ての企業に対しての協力を願い出たのだ。
朽葉博士の協力を開発関係者や企業は許諾。
彼の研究を主体として開発された『擬似神経反応回路』は、彼が公表した精製方法と管理技術を記した研究書『朽葉文書』として普及し、その後のパワードスーツ開発における操作ラグという問題面に対して各企業が開発、製造をするにあたって多大な貢献をしたとされている。
十年後、朽葉博士は金属名を『緋々色金』と変えて開発を続けるも研究事故により行方不明。
『朽葉文書』に記された特殊金属に改良を重ねた製品は旧世代の軍用パワードスーツだけでなく、医療や工業地帯でのパワードスーツにも転用され、かつて大衆の為に在れと願った朽葉博士の願いを引き継ぐかのように、『紅緋血装(ブルート・スカーレット)』と名称を変えて広がっていった。
「……『紅緋血装(ブルート・スカーレット)』や『朽葉文書』には、例の事件から使用や開発に厳しい制限が掛かっていたよな……」
「私を作った連中も事件の事は知っているよ。開発には資格を所持した刀匠のスタッフが常駐した状態での開発になってそうだから」
「……刀匠」
朽葉文書の公表された頃から特殊金属の精製と管理行うことの出来る研究者を刀匠と呼ばれ、国はその刀匠の存在を十五年前から閲覧に規制を掛け、近年では二年前から閲覧に更に厳しい規制を増やして厳しく管理されている。
ある事件から朽葉博士の危険思想と緋々色金の危険性が明らかになり、個人が精製と管理をすることを法律で禁止したからだ。
精製と管理の難しさとIS関連開発には使用できす、旧世代パワードスーツにしか利用されていないというデメリット。そして刀匠資格持ちは、各国で正式に登録された上に監視対象のリストに挙げられる事から過去の技術を学びたいという刀匠希望者は殆ど残っていない。
「資格を持っていた元刀匠を雇用して開発を始めたらしい。刀匠が言うには、これをあの人のように武器に転じることが出来れば……とか、なんとか」
「人体転用なんて国際問題だろ……紅緋血装の使用にはGSも含めて厳しい制限が掛けられている……何処の連中か知らないが無断での開発と独断での実験なんて、一つ間違えれば街の連中全員巻き込まれるぜ?」
「それをお前が言うのか? あの刀を見て確信したよ。お前もアタシと同じで、体内に紅緋血装を内蔵された調整体だろう? あそこまで正確な武器の精製と身体強化は、余程刀匠の腕が良いみたいだな」
何事もないように話を続ける少女の態度に、秋水も不調の原因を漸く理解した。
『紅緋血装』を兵器として開発する事は禁じられている。実験事故の報告書と被害者達の経緯から、それらの研究と開発は国際法で定められているにも関わらず、それを無視してこの少女を造った連中はこれ程までの人形を造り上げた。
その結果に秋水は、まず驚き、そしてそれ程までに仕上げた刀匠、もしくは開発者達に向けて冷笑を浮かべた。
「……はっ、いつまでも無様にしがみつくよな」
少女ではなく別の誰かに吐き出されるのは生み出した成果への恨み言と、切り捨てられない『父親』への侮蔑。
生み出された意味と、造られた理由。時代が変わり、求められるモノが変わっていく……それを割り切ることも出来ずに、いつまでも絡みつく呪いが秋水の血潮を沸き立たせ、今も尚彼の中で自分を生かそうとざわめき震える。
「大丈夫か?」
ボロ布を自身に被せた少女が痛ましい者を見るような気遣う視線で秋水を覗き込む。自分の出生を答えた事よりも、自分と同類である事を告げた事が、秋水を不快にさせたのだと思ったらしい。秋水としては頭痛の種になっている原因の一つが明かされただけでも、マシな方だ。
「で、同類のお前が俺を追いかけた理由はなんだよ」
「一人で来た訳じゃないだろう? お前の仲間、若しくはお前の上司から連絡をしてISの出動を要請できないか?」
彼女の要求はただ一つ。この街に巣食うISを回収して欲しいという事だった。秋水の目的もオーガコアの回収の為、仲間が調べている情報と無関係とは思えない。
そのISの姿を確認してから連絡をしたかったが、どうやら秋水にも時間は無かったようだ。
少女からISの保管されている施設の場所を取り調べ、それを知った時期や運び出された日付、搬入業者と納入ルートなど、少女がISと呼ぶ敵の情報を可能な限り聞き出していく。
聞き出しは意外な程、すんなりと進んだ。少女は途中で思い出そうとするとき以外に黙秘する事もなく、聞きたかった情報に矛盾や露骨な嘘も混じっていない。
事前にライダー・スコールが調査した情報や陸戦部隊の集めた知識から外れるものもなく、そのISらしきモノがカンピオーネに匿われているという情報が、真実味を帯びてきた。
余計な情報といえば、少女がやたらと妹の自慢をする事だろうか。同じ内容を何度でも話したがるし、秋水が妹の事を聞き返せば、嫌な顔もせずに自慢気に妹の事を語りだす。
その表情はセイバー・リリィが自分の事以上に、アーチャー・トーラを褒める時や、またその逆に、アーチャー・トーラが楽しげに姉であるセイバー・リリィの訓練風景を眺めている姿によく似ていて、秋水は必要の無い情報だと頭では理解しても途中で遮るような事は出来なかった。
妹の自慢を多く含んだ聞き込みは、いつの間にか少女の妹自慢だけになっていた。
■
陽も沈み夜の帳も落ちた真夜中。寝静まる事を知らぬ街の街灯が月明かりを遮るように街を照らし、人工的に生み出された光源が届かぬ影の中で小さく乾いた音が響いた。
硬い靴底に踏まれた古い板張りの床が軋み、近づく足音が目的の扉の前で停止する。
複数の男が音もなく静かに銃を構えると部屋の住人に狙いを定め、扉越しに乾いた銃声が一斉に響く。
襲い掛かる無数の弾丸は一瞬で部屋の壁を巻き込んで銃声と硝煙に掻き消し、通路側の壁面が数分間続いた弾幕の嵐に蹂躙されてオープンテラスのようにぽっかりと穴が開いた。硝煙に反応した防犯設備がスプリンクラーを起動させ、立ち込める瓦礫の煙を消していく。
数名が先行し無残に崩れた部屋を確認しようとすると、隣の部屋から振り抜かれた秋水の紅い刃が侵入者の胴体を滑り、血中の循環作用を高めてウォータージェットのように放出された血刀が切断した。
秋水の右腕に握られた刀は掴も鍔もない無骨な刀で、五尺はある刃幅の厚い直剣が壁を貫通した勢いを威力に上乗せて敵を切り落とす。
いつの間にか一つ隣の部屋に移動していた秋水の動きに対応が遅れ、秋水のいる部屋へ向き直すも、反応が遅すぎる。秋水の左腕は急速に凝固された血液の塊を鷲掴みにしており、その血の塊を手の中で砕く。瞬間的に血中速度を引き上げて循環機能を引き上げて脈動を加速。急激な循環による反動から身体の中で毛細血管が千切れるが、その損傷すら即座に自動修復される。秋水の意思に応えるように背筋から左腕、両足に掛けて循環された血液が肉体強度を跳ね上げ、血液の塊を散弾銃のように投擲。
人体強化による投擲は拳銃の弾速を容易く越え、弾丸よりも硬質な秋水の特殊な血液が敵の肉体を貫通する。
「斬穢法術(きりえほうじゅつ)・“紅蛟(べにみずち)”からの……血塊弾?」
「血の塊を投げた方に技はないのか?」
「そりゃ固めてブン投げただけですし? 技と呼べる程でもないわな。出るぞ」
最初に彼女を部屋へ放り込んだ時のように血で造ったワイヤーで隣の部屋へ侵入し、わざと部屋の痕跡を残して隣の部屋で待機していた秋水は使役目を終えた端末をその場で捨てる。
街に入る前に購入した端末で部屋を借りたお陰なのか、襲撃者は秋水がわざと借りた嘘の部屋を襲撃してきた。逆探知を警戒して使い捨ての端末を使い、違う部屋の情報を送ってみたが、闇討ちを防ぐにはこの程度でも効果があったようだ。
何はともあれ、場所がバレているのは想定内。さっさと逃げさせて貰おうと秋水が少女を連れてホテルの外へ出る。
初撃で襲撃者が居なくなったのか、ホテルの通路には誰も見かけない。否、ホテルの通路や扉の半開きになった部屋には、確かに他の利用客がいる。秋水が身を隠した隣にも、先客の夫婦がいて、勝手に入った言い訳をどうしようかと、考えたくらいだった。
しかし客への気遣いなど全てが無駄な徒労に終わる。
秋水が勝手に侵入しようと夫婦は気にした様子もなく、歯車の壊れた玩具が壊れたまま動き続けるように決められた動きを続けているだけだった。
外に出ようと廊下の客は通路での銃声など気にも止めずに談笑を続け、呑気に空っぽの秋皿を並べて、ルームサービスを受けた真似事をしている。
階段を降りて街へと出れば照明や街灯の消えた店で昼間と同じように住人や観光客が店を利用し、従業員らしき男が客の対応をしていた。
余りにも歪で異常な光景に呆気に取られてしまう秋水だったが、視線を離した刺客から刀を持っていた右腕の肘から下が吹き飛ばされ、鋭利な刃によって切断された右腕から鮮血が溢れ出す。
「っ……うぉっ!!」
攻撃された瞬間を察する事ができず、何処からの襲撃なのかも解らない秋水は背筋を震わせる悪寒から反射的に振り返り、空を見上げた。
夜空を照らす白い光。空から降りてきた女性を見上げる。
空から降りてきた「それ」がISだと秋水は最初は気付かなかった。ISを装備した操縦者と異なりラファールや打鉄のような装甲を装備しておらず、現れた女性は少女の面影を残しながらもリリィやトーラと歳の差は変わらないように見える。
フリルをあしらい、肩口を晒した白いドレスのような衣装と外見は、凡そ戦闘ではなく、舞踏会にでも呼ばれていそうな外見に見える。武器らしきものを一切装備していない外見の女性がふわりと着地すると、秋水に追いついた少女は、現れた彼女を見て驚いたように目を見開いて声を漏らした。
「オイ……コイツが例のISか?」
「そうだ……私の、妹だ……」
「それは、初耳だな……」
少女の発言に秋水も驚いて言葉を失う。少女がISの回収依頼をする為に秋水達を頼ったのは間違いないが、目的のISを操縦しているのが少女の妹だというのは、秋水も聞いていなかった。
「……確認したよな。ISの操縦者はお前の身内なのか……って。記憶違い?」
「まだ時間がある筈なんだ……入れ替えてから時間もそんなに経っていないし、装着しても引き継ぎにはまだ時間がある筈……間に合うと思ったのに……!」
秋水に伝えていないようだが、少女の要求には時間指定があったらしい。自分の見通しの甘さに思わず舌打ちをしてしまうも、状況は既に手遅れだ。
「凄いわね、もう右腕が修復されている……」
敵が驚いたように見つめた先は秋水の右腕。何が嬉しいのか、彼女は頬を朱に染めて歓喜の笑みを浮かべている。妹と呼んだ彼女の表情に少女も思わず秋水を見ると、その光景に驚いたように声を上げた。
秋水の切り落とされた右腕は着ていたジャケットの袖を破き、秋水の右腕を晒している。喪失した傷口は鮮血が既に止まり、凝固した血液が傷口を覆っていた。欠損した傷口部分が赤い煙を薄く立ち上らせ、骨と筋肉が同時に修復されていく。
指先の細かな部位まで修復は止まらずに続き、数分も経たない内に秋水の右腕は何事もなかったかのように治療を終えた。
「生憎、そういう『機能』でね。細かい事は答える気も無いが、筋力、治癒能力、敏捷性、色々な面で人間扱いできない程度にはオーバースペックらしい」
欠損そのものに痛みは伴うものの、修繕と回復には然程問題はない。何事も無かった用に指を曲げて動作を確認し、恍惚そうな笑みを浮かべた敵に笑い返す。
嗤って、嗤って、嗤って、秋水はゆっくりと敵へと向けて前に進み、次第に走り出す。
治癒によって活性化された血液が全身を強化し、循環速度を強化された秋水の加速が一瞬で最高速度を越え、一つの鉄塊と化して正面から突撃を仕掛けた。
「単調ね……目的は別でしょうけど、でも今は付き合ってあげる」
加速した秋水を突風で壁に叩きつけられたような衝撃が襲うと共に、敵が周囲に纏うような薄い透明な膜が変貌し、秋水の胴体を複数の刃が貫いた。
ドレスのように思えた白い衣装はその全てが装甲で、彼女の意思に従って攻撃と防御を行う特殊な装甲。流動する表面の膜が秋水を貫き、刺し口から複数の刃に貫かれた事を流れ出る血液で理解する。
目の前に展開されていた流体は彼女の意志とは別の生き物のように姿を変え、使用者の意志とは異なる反応を見せている。至近距離で血刀を抜こうとした秋水の両腕を即座に切り落とした武器は、波打つように表層を揺らし、成果を誇るように歓喜に表現しているようにも見えた。
欧州共同防衛プランにおける『イグニッション・プラン』で提出される武装とは、どの国のコンセプトとも違うこの特殊兵装。何処の国家にも属さない独自の兵装だということは見れば直ぐに理解できる。女性はその表層を撫でながら、我が子を慈しむように微笑んだ。
「私の『氷血銀装(アナスタシア)』の性能はこの程度では無いわ……」
「……みたいだな。なら、これでどうだよ」
血溜まりを吐き出す秋水を吊るした女性が首を傾げる。反撃を許さぬと即座に両腕を切り落とした秋水だが、腕がなくとも殺す手段など幾らでもある。
「斬穢法術(きりえほうじゅつ)・暗剣奇殺(あんけんきさつ)”」
吊るされた秋水の胴体から刃が突出し、肋骨に見立てた獣の爪のような異形の剣先が六本、彼女へと突き刺さる。自らの自傷すら無視するような攻撃に思わず敵も目を見開くが、眼前で流体が秋水の刃を防ぐ。
至近距離での組み技への対抗として、徒手空拳で騙された間抜けへの騙し討に使う技だが、ISに対しては単純に出力が足りないらしい。
(嗚呼、やっぱり『これ』もISには届かないか……)
自分の『機能』が今のままでは敵に届かないと実感しながら、自分の性能がどのレベルなのかを秋水は正確に把握する。既に役目はある程度終え、この場で自分と連絡が取れなくなれば、合流した隊員達とも最悪捨てられた後に合流できると踏んでいる。
故に、秋水にとって自死は然程のデメリットにはならない。問題は少女の安全だが、逃走しても殺されない程度には、役割があると考えている。ならば、連れて行かれた後でも約束は守れると秋水は判断し、反撃によって全身を切り刻まれ、血風を撒き散らすように吹き飛ばされたまま、その意識を手放した。
■
赤黒く爛れた闇の中で一人、立っている。
果てなく広がる赤い海に膝下まで浸かり、水面まで浮かび上がる程の夥しい数の亡骸が秋水の足元を埋め尽くす。
赤い海と同じ鮮血のような深紅の空と、この世の全てを飲み込む虚(ウロ)のような漆黒の満月。
……今日もこの夢の中で、秋水は歩き始める。
沈む亡骸の上を歩き、まとわりつく泥のような赤い水を掻き分けて歩いていく。
どこまでも続く赤い海は途切れることがなく、血のように温かい海は秋水が動く以外には波もなく酷く穏やかで静かだった。
数え切れない程に埋め尽くされた亡骸に一つとして同じものはなく、男性、女性、若人、老人、老婆、少年、少女、生まれたばかりの幼子まで漂っている。
──これがお前の道だ。
水辺に浮かび上がった亡骸の誰かが機械のように無機質な声で秋水へ呼びかけた。
軍服を着た白人らしき男から響いた声は、黒人の神父に続けられる。
──これが君の生み出す悲劇だ。君は生きているだけでこれだけの人を穢し、殺し続ける。
TVで見掛けた俳優と同じ衣装の男が、見かけた喫茶店のウェイターと同じ制服の女性が、子供を連れていた母親と同じ服の女性が、生徒に授業を教えていた教師と同じ服の男性が、公園で遊んでいた子供達と同じ洋服の子供達が繋ぎ合わせるように、誰もが口にする。
──君が殺した。
──お前が殺した。
──貴方が殺した。
──貴様が殺した。
──お兄さんが殺した。
否定することは許されない。自分の血がこれ以上の死を生み出すものだと秋水は知っていたから。
怒りもなく、恐怖もなく、恨みもなく、ただ淡々と事実だけを告げるように繰り返す彼らの一人に触れる。振り返った誰もが様々な人種、年齢、性別、職業にも関わらず、誰一人として顔がなく、本来顔があるべき場所には陶器のような白塗りで埋め尽くされていた。
顔のない亡骸は水底からも秋水へ告げ続け、目の前の一体が何かを訴えるようにその腕を秋水へと向けた。
水面から浮かび上がる死者の腕が秋水を掴む。
幾重にも続く亡者の腕は秋水の全身へ伸ばされ、縛り付けるように秋水の身体を鷲掴みにした。誰かの手が武器を握り、抵抗もなく掴まれていた秋水の腹部に刃を突き刺した。
何十もの腕が武器を握り、様々な形状をした刃の群れが秋水の全身へと隙間なく貫き続ける。
流れ落ちる血潮が秋水の肉体から零れ落ち、滴る血液が刃となって掴む亡者と刺してくる武器を切り裂いた。
いつの間にか秋水は右腕に刀を握り、五尺はある刃幅の厚い刃が振るわれる。
刀に重さはなく、自分の思うように目の前の誰かを切り伏せていき、秋水は亡骸が前にある限り休みなく敵へと刀を振るい続けた。
切り捨てられた亡骸は水飛沫を上げて水の中へと落ちて、水底にはまた新しい亡骸が積み重なっていく。
自分と共に有り続ける呪いが秋水の意志とは無関係に刃へと姿を変えて獲物を切り捨て、一体が倒れるとそれを合図に後ろからもう一体が立ち上がる。
亡骸が起き上がる度に斬り伏せていく。一体、二体と切り捨てた水飛沫が秋水を真っ赤に染めていき、気の遠くなる程の時間の果てに最後の一体を斬り伏せた。
──それでこそ■■■■。
その声に喜びはなく、当然の行為だと秋水に向けて肯定する。
それが貴様の生まれた証明だと。
たとえ幾億の死を刻もうとも殺さねばならない。他の誰でもなく、■■■■が殺さねば、英雄を、彼女を『それ』が殺さねば世界が彼女を永遠に穢す。
故に■■■■、貴様が殺せと。その刃で『彼女』を殺せ。『世界』を否定し、其の全てをその血で否定しろと。
全ての亡骸が落ちた静寂の中で男の声が秋水の中から響く。
人の世から切り捨てられ、世界の全てに否定され、幾億の憎悪に貫かれよとも砕けぬ憤怒。
胸の奥で揺らめき続け、決して消えない炎が燃え続ける男の声。
──お前が■■を殺せ。兵装■■■■。
景色が遠くなる。
痛みもなく、苦しみもなく、消えてゆく夢の中で男の呪詛だけが、悲しみを持っていた。
それだけがいつまでも残っていた。
■
目覚めた秋水の腕には助けて欲しいと願った少女が抱かれていた。
首から下を失くし、ただ眠るように瞼を閉じた亡骸を腕に抱え、秋水は辺りを見回す。
首のない死体をどけて積み重なる亡骸の山から降りれば、水面にも漂う亡骸。水面を埋め尽くすような数の死体は誰もが同じ作りで、似たような顔立ちをしており、ここが死体の廃棄場だという事は秋水にも理解できた。
自分が考えているよりも少女の命は軽く、引き継ぎを終えたISには必要のないモノだったと今更理解し、犠牲を出した自分の考えの甘さに秋水は切り替えるよう、小さく溜息を吐く。
カジノの駐車場から眺めた湖畔によく似ているが、水面に浮かぶ死体など秋水は記憶にはない。だが、見上げた天井から見える明かりの漏れた景色は、カジノの内装に似た内部を覗かせる。
どうやらカジノ自体もまともに営業などされておらず、全てが人形を作る為に稼働していた工場だったらしい。カジノ側の工場は地下とは違い、中年の男女、ホテルのウェイター、観光客など、街の住人や最近になって行方不明になった近隣の人間が生産されている。
その中には落日の日に参加した軍人と同じ部隊の軍服が見えた。
「夢のような光景だな……」
少女と同じ顔の亡骸が積み重なるように沈み、百や二百では数えきれない人数が水面に浮かぶ。少女の一人、一人に視線を向けると、誰もが同じ顔をしており、それが全うな出生ではなく大量に製造された部品なのだという事だけは理解できている。
虚ろな視線をさ迷わせるように漂う少女達を通り過ぎて、秋水は通路の奥にある小さな個室へと向かった。
恐らく、そこが終着……始まりなのだと感じて。
ぶぅぅあいおれんすな作風ッスな、一徒さんや
次回の外伝更新予定は土曜日ごろになる予定