シャルは夢の中で、『彼女』と出会い………
一夏は自分の行いが何を仕掛けたのか、現実を突きつけられ
千冬は、己の思量の無さを悔います。
そして、ついに彼女が物語の表舞台に立ちます!
では、本編をお楽しみください!
「!?」
シャルは、自分がとある大きな木の木陰に寝ていたことに気がつく。見ればそこはとある田舎町そっくりの世界で、あたり一面の向日葵畑と、どこまでも続く青い空と燦々と輝く太陽があり、そして自分が寝ていた場所のほど近くに煙突付きの民家があるため、ここが今どこなのか思い出し、溜息をつきながらもう一度寝転がった。
「どうして………ここは………」
ここが彼女が実母と過ごした思い出の地であるのはシャルにもすぐに理解できた。だが何故、自分は今この場所にいるのだろうか?
「私………アレ? 何してたんだっけ?」
何かすごく長い夢を見ていたような気がして、頭を抱えるシャルであったが、その時、とある視線が自分に向けられていることに気がつく。
「?」
「……………」
大きな木の陰、自分のすぐそばに、オレンジ色の長い髪と瞳をした白いワンピースを着た少女が、シャルのことをじっと見つめているのだ。
「え………っと………こんにちは?」
「!!」
年の頃は11、12歳であろうか? シャルよりも頭一つ分以上小さな身体の少女は、シャルの声を聞いた途端、びっくりして木陰に顔を引っ込めてしまう。
見知らぬ少女とはいえ、そんなにびっくりされると何か悪い事してしまったかのような気分になって落ち着かないシャルであったためか、なんとか怯えさせないようにもう一度声をかけてみる事にする。
「ごめんね! 驚かせちゃったよね!」
「……………」
「あのね、私、貴方を驚かせようとか思ってないの。ただ、少しお話聞きたいな~~って」
「……………」
「だから、その………えっと」
何とか話の取っ掛かりを掴もうとするが、自分自身いきなりこんな場所で昼寝をしていた事実に動転して、何をどう話しかければいいのか皆目見当もつかず、しどろもどろになってしまうシャル。だが、そんんなシャルに向かって、木陰に隠れていたはずの少女は、申し訳なさそうに顔を出すと、沈んだ表情で突然謝りだすのだった。
「………ごめんなさい」
「えっ!?」
「………ごめんなさい」
見れば瞳に涙を溜めてしゃっくりをあげながら突然謝りだすものだから、シャルはびっくりして硬直してしまう。
「ごめんなさい………私、ダメダメで……ヒッグ………『マスター』の足を引っ張っちゃって………ヒッグ…」
「そんなことないよ。貴方は私の足を引っ張ったりしてない! 貴方のおかげであんなに頑張れ……………アレ?」
どうしてこの子が言った『マスター』が自分だと確信しているのだろうか? 何か肝心な部分を自分が忘れているような感じがするシャルが、考え込みそうになった時、少女の背後から、明瞭活発な聞き覚えのある声が聞こえてくる。
「そうだよ、アレは完全にアイツが悪い! 貴方は気にする事ないよ」
「………姉さん」
少女が『姉』と呼ぶ人物………金色の髪の毛を赤いリボンで括り、まるで古代の巫女のように白い民族衣装に身を包み、布地の少なさのために白い肌があちかこちら見え隠れする結構大胆な服装を着た自分と同年代の少女であったが、シャルにはそんなことよりも遥かに重大なことがあった。
「わ………私?」
自分と瓜二つなその少女を見たシャルは、思わず腰が抜けてその場にしゃがみ込んでしまう。
「フフフ………初めまして………って言うのはちょっと可笑しいかな? ボクはすでに二回会ってるしね?」
「???」
「まあ、でも解らないでもしょうがないか。ボク達と意思の疎通ができるのはシンクロ率が極めて高い人間だけだから」
「えっ?」
シンクロ率が極めて高い人間だけ、その言葉にシャルは何か引っ掛かる。どこかでそのような事を聞いた事があるようなないような………。
思案するシャルであったが、自分そっくりな少女はそんなシャルに微笑みながら話を続けてきた。
「今日はコア・ネットワークを使ってこの子を経由し、貴女の深層意識にお邪魔しました………初めまして、シャルロット・デュノアさん。ボクは貴女に大変な事をしてしまったバカの相棒(パートナー)です」
「えっ?」
『お利口だね』と未だにしゃっくりをあげる少女の頭を撫でる目の前の人物の台詞に、シャルは今度こそ確信を持つ。そして同時に鋭い電撃が走り、自分の身に何が起こっていたのか一瞬でオーバーラップしたのだった。
「痛ッ!」
「あ、大丈夫!? ごめんなさい。ホント、あのバカのせいで……ボクが瞬間的に火力抑えなかったら、この子の絶対防御貫いて、本当に大変な事になってた所だったんだから………」
プンスカッ! と頬っぺたを膨らませながら怒る少女に頭を撫で回されながらも、小さな少女はされるがまましょんぼりする。
「ごめんなさい………私、ダメダメだから」
「「そんなことない!!」」
異口同音でその言葉を放ったのは同じ顔をした違った二人の少女であった。
「貴女は一生懸命に頑張ってくれたんだ! それは一緒に戦った私がちゃんと理解している! だからもっと胸を張って!」
「生まれて一ヶ月ちょっとでこんなに操縦者と一体化できる子(IS)なんて、ボクは聞いたことないよ! ナンバー01(姉さん)にだって自慢できることしてるんだから、もっと自信持って!!」
二人の少女に勢い良く捲くし立てられ、呆然となりながら首を立てに振る小さな少女であったが、数秒後、そんな二人の少女の真剣な顔がおかしくなってしまったのか、小さく笑い出すのだった。
「プッ!」
「「……………」」
そんな目の前の小さな少女の様子がおかしかったのか、シャル達も噴き出してしまい、気がつけば誰かの笑いが誰かの笑いを呼び、しばし、芝生の上を三人で笑い転げ続ける。
そして一頻り笑い続けた後、シャルは改めて二人の方を向き直り、微笑みかけた。
「なんとなく貴女達が何者なのか解ったよ。ありがとう………いつもヨウタのこと助けてくれてるんだね?」
「そうだよ! ボクがいないと、アイツ、ただの暴れたがりだから………」
初めてこうやって話しているというのに、もう何年も付き合っている友人のように感じられるその気さくさは、誰に似たのだろうかと首を傾げそうになるシャル。きっとこの場に陽太が入れば「お前だよ」とツッコミの一つも入れただろうが………。
「それに凄く強情」
「意固地だよね」
「そのクセ、ちょっとヘタレだし」
「ううん、だいぶヘタレだよアイツ。女の人には口でしか偉そうにできないもん」
「そのくせ鈍感だし」
「自分では解ってるって思い込んでるから余計にタチ悪いよね」
二人してグチグチと一人の少年の悪口を言いあう中、突如、暖かだった世界に振動が走り、シャルの脳裏に微かに誰かの声が届く。
『………ャル!』
「えっ?」
微かに聞こえたのは鈴であろうか? もう一度聞き返そうとした時、世界が歪み、段々とシャルの意識が霞みかかり始める。そしてその事が解っているのか、目の前の二人の少女は穏やかに微笑みながら、別れの挨拶をしてきた。
「ごめんなさいマスター。もうこれで暫くは話せないです………」
「シャルロットはまだシンクロ率が陽太ほど高くないから、こうやって確実な意思疎通は無理なんだ………今回はたまたま戦闘中の余波で、シンクロ率が一時的に高まったおかげで話せたけど………」
「えっ?」
「シャルロットがこの子ともっと深く繋がれれば、またこうやって話せるよ………と言っても、今のシャルじゃ今日のことはほとんど覚えてられないけどね」
寂しそうな表情になる二人にシャルは言葉をかけようとするが、彼女の体がふわりと浮き上がると、重力を無視してどんどん二人が離れていってしまう。それを必死になって留まろうとしてシャルは声を張り上げた。
「待って! 私、まだ貴女達と話が!!」
「マスター………私、頑張って役に立てるようになるから!」
「陽太のこと、ごめんなさいシャルロット!………でも、これだけは信じて。陽太は貴女を守ろうと必死なの! それだけは本当なの!!」
自分と同じ顔をした少女の言葉に、届かぬ声の変わりにシャルは瞳から一滴の涙を流して頷く。真っ白く染まる世界の中、嬉しそうな笑顔でシャルの返事を受け取った少女達に手を伸ばし続け………そしてシャルの意識は一気に現実へと引き戻された。
☆
「シャルッ! シャルッ!!!」
心配そうに自分を覗き込んでくる鈴をしばし呆然と見つめるシャル。そして意識が段々と戻ってくると、自分が今、学園の保健室のベッドの上に制服を着せられた状態で寝かされていることを理解し、彼女は上半身を起き上がらせて鈴に問いかけた。
「えっと………私、模擬戦してて………」
「無理に動いちゃ駄目よ。カール先生の診断は異常はないって話だけど……」
シャルを労わるような鈴の言葉であったが、だがその奥にある微妙な動揺に気がつき、彼女はとある質問を鈴にぶつける。
「………鈴」
「もう、今日はアンタ寝てなさいよ」
「………ヨウタは何処?」
鈴が表情を引き攣らせて息を呑むのを見て、シャルはふらつく身体を無理やり動かしてベッドから降りて歩き出そうとする。
「シャル、アンタ………」
「鈴………ヨウタ、今、何処にいるの?」
シャルのその質問を受けた鈴は、沈んだ表情で重い口を開く。
「…………何処に行ったのか分からないの。織斑先生が人手を集めて探してくれてるみたいだけど………」
―――シャルを本気で『撃墜』してしまった陽太に、一夏が激昂した瞬間まで時間が遡る―――
烈火の炎がシャルを焼き、絶対防御が発動したのか、彼女のISが強制解除されてしまう。
「まずいッ!」
そしてこのままでは生身のままアリーナの壁に叩きつけられてしまうと危惧した瞬間、紅の剣姫が巨大な合体剣を用いてアリーナの防御バリアを突き破って中に進入し、シャルを壁際ギリギリで受け止めたのだった。
「シャルッ!」
必死に呼びかける声に、僅かにシャルが瞼を動かしたのを見た箒は、とりあえず最悪の事態だけは回避できたのだと安堵の溜息を漏らす。
「篠ノ之!!」
緊張感を若干解いた箒に向かって千冬とカールが駆け寄ってくる。箒はすぐさま保健医のカールにシャルの容態を見せ、彼も簡単に診断を始めた。どうやらISの絶対防御がシャルへのダメージをほぼ相殺していたのか、カールも最初の30秒こそ緊張した表情になっていたが、その内に『どうやら大丈夫そうだ』とお墨付きをくれる。
カールの診断結果を聞いた箒は、雨が降り始めたアリーナの中で一人呆然と立ち尽くしている陽太に知らせようと彼の方を振り向いた。どうせシャルを傷付けてしまった事を深く後悔しているのだろう………普段は頼りなく子供っぽい所もあるが、少なくともISを纏っている状態の彼は一流の戦士だ。その一流の戦士が我を忘れているのだから、それほどまでに重大なショックを受けているのだろう。箒にしては非常に的のいた考えをしていた時だった。
事態は予想外の人物が動かした。
「陽ぅ太ァァァァァァァァッ!!!」
白式を纏った一夏が、見るからに激昂し雪片を振りかざして陽太に斬りかかったのだ。
「一夏ッ!」
「一夏さんッ!?」
「待て、一夏ッ!!!」
観客席にいた鈴とセシリアとラウラの手をすり抜け、彼は一直線に陽太に斬りかかる。
今の一夏は、シャルを傷付けた陽太への怒りで頭の中が一杯になって沸騰していた。
―――誰よりも強いクセに―――
「うおおおおおっ!!」
―――俺が欲しい、誰かを守れる力を持ってるクセに―――
「テメェは、何でッ!?」
―――それを使って、俺の仲間を、お前の幼馴染を傷付けやがって!!!―――
「止せ、一夏ッ!」
「止まれ、一夏ッ!!」
千冬と箒が自分を呼び止める声が聞こえたかもしれない。だが今の一夏はそれでも止まらない。目の前の、自分が信じた物を踏みにじった男を許せるはずもない。ありったけの想いを込めた雪片を、緩慢な動きで一夏を見た陽太に向かって、一気に振りぬく。
―――迫る白刃―――
いつもの陽太ならば、この攻撃はほぼ確実に回避できただろう。
いや、呆然となっていたのならば、先ほど同様、身体の方が反射的に動いて対処しただろう。
そして普段の陽太ならば、馬鹿正直に突っ込んできた一夏など、鼻で笑い飛ばして反撃するのだろう。
誰もがそう考えたが、しかし、今日の、今この場の陽太は、そんな皆の予感を大きく裏切る。
―――甲高い金属音を響かせて、何かが砕ける―――
「えっ?」
「!!!」
その光景を見ていた人間全員が息を呑む。
一夏が振りぬいた雪片の一撃。それを陽太は明らかに気がつきながらも、『正面』から頭部で受けたのだ。
ブレイズブレードの頭部のパーツが一部砕け、仰け反りながら後退する陽太。みれば頭部から出血したのか、雪片に陽太の返り血が付着する。そしてその血が、一夏に冷静さを取り戻させた。
「(………血? これ……俺は…)」
頭部から結構な勢いで流血し、頭部どころか、左上半身の白い装甲を血で赤く染め上げるが、陽太は何とか踏み止まり、しっかりとした体勢を取って一夏に問いかけた。
「……………満足か?」
砕けた頭部の装甲、普段は全身装甲のため、戦闘中の彼の表情を見る事は一夏達には出来ないが、額から流れた血が瞼を伝い、まるで血の涙を流しているかのようにも見える表情で、彼は僅かに揺れる瞳を無理やり押し殺し、一夏を見つめる。
「あっ………」
「……………お前は間違ってない。俺がお前でも………たぶんこうした」
冷静なのか、動揺しているのか、判断しかねる声でそれだけ言い残すと、陽太は皆に背を向けてアリーナを出て行く。
一夏が、そんな陽太に何も声をかけられずにいた中、憤怒の形相をした千冬が一夏に近寄ってくると、白式の腕の装甲を持つと、生身のどこにそれほどの力があるのかと疑いたくなるほどの力で、装甲を軋ませながら掴み上げる。
「織斑ぁっ!! 今すぐISを解除しろ!!」
「えっ!?」
「早くしろォッ!」
正真正銘の激怒の表情を見せた千冬に、怯えながら一夏はISを解除する。白式が白い粒子となって待機状態と変化すると、千冬は一夏の腕を関節技をかけながら捻り上げ、ガントレットを無理やり彼の腕から奪い去ったのだ。
「痛いッ! 離せよ千冬姉!!」
「!!」
怒りで表情を歪ませながら、千冬は白いガントレットを地面に置くと、自分の腕にかけた関節技への抗議をする一夏のほっぺたを、力任せに思いっきり引っ張ったく。
「!!」
その威力に一夏は水溜りの出来た泥の上に派手にすっ転んでしまうのだった。
「!!………何、すんだ・」
「この、大馬鹿者がぁっ!!!」
頬っぺたが真っ赤になり、一夏の唇の端が切れてしまうが、そんなことを気にする様子もなく千冬は一夏の襟首を力任せに持つと、自分の額にぶつかる勢いで彼を引き寄せる。
目の前で、今までに見たこともない程の激しい怒りの瞳で自分を見てくる千冬に、戸惑いが隠せない一夏は、呆然と彼女の瞳を見つめ返す。
「お前は、自分が今、どれほど恐ろしい事をしかけたか理解していないのか!?」
「えっ?」
「火鳥は絶対防御を強制解除していた! 解るか!?」
声を張り上げる千冬であったが、突如、その怒りの瞳が消えうせ、今にも涙を流しそうな悲しみに充ちた瞳で一夏を見た。
「お前は………下手をすれば、この場で仲間を殺していたかもしれないのだぞ?」
「!!」
予想もしていなかった言葉に息を呑み、そして千冬の悲しみと怒りの意味を理解する。
「それ以前に、怒り任せで他人を傷付ける………それがお前の望んでいた『力』か!?」
「あっ………」
「それを忘れて………貴様は……!!」
更に何かを言いかける千冬だったが、その時、突然自分の胸を押さえながら一夏に倒れこんでくる。
その様子の変貌振りに、一夏は先ほどまでの痛みも怒りも恐怖も忘れて、千冬に慌てて体調のことを問いかける。
「千冬姉!! やっぱり身体どっか悪いのか!?」
「…………し、心配するな」
若干の呼吸の乱れを見せながらも、すぐさま一夏から離れると、彼にしばしの謹慎を申し付ける。
「織斑………しばらく、ISの使用を禁ずる。私の許可が出るまでだ」
「そ、そんな………」
「以上だ!!」
表情を引き攣らせる一夏を残し、千冬は再び箒とカールの元に赴くと、体調の変化を見逃さなかったカールがすぐに診察をしようと言ってくる。だが、千冬はその前に箒に向かって、とある人間にコンタクトを取って欲しいと頼み込む。
「篠ノ之………いや、箒。頼みがある」
「は、はいっ!」
「お前はあの会長(お調子者)に代わって、しばらく陽太の監視をしてくれ………今のアイツは正直、マズイかもしれん」
「!?」
「………今回は、私の失態だ。やはりこの模擬戦は何があってもやらせるべきではなかった………いたずらに陽太(アイツ)と………デュノアを傷付けてしまったな」
己の見通しの甘さが、今回の結果の引き金になったと悔いる千冬。シャルの能力も気持ちも甘く見積もっていたこと、追い詰められた陽太が条件反射で本気の反撃に出たかもしれないことを予見できなかったこと、世界最強のIS操縦者などと呼ばれているのならば、予知できて当然だったではないか………。
「織斑先………千冬さん…」
「済まない、後は頼むぞ」
気を失ったシャルを抱き上げるカールに続き、他の生徒に悟られないように見た目はしっかりとした足取りで歩き出す千冬を見送りながら、箒は雨を降らせる淀んだ空を見上げながら、心の中で『どうしてこうなってしまったのだろう?』と、苦い気持ちが地面に溜まった泥水のように広がっていくのだった………。
「ごめん………アイツ、あの後、勝手に学園出てったみたいで……」
「そっか………まったくもう…」
沈んだ鈴のそんな言葉に反して、シャルは極めて明るく勤めながら、彼女は陽太のそんな行動をいつもの事だと言わんばかりに明るく笑い飛ばしたのだ。これには鈴は面食らった表情になる。
「シャル、アンタ………」
「ヨウタのことだから、きっとそんな感じなんだと思ったよ………きっと、誰にも何も言わずに、言い訳もしないで、自分だけで全部を背負い込もうとするんだよね」
そんな陽太だからこそ、シャルは放っておきたくないのだ。それに先ほどのほとんど忘れてしまった夢の中で、誰かに言われた気がする………自分を守ろうとして陽太は必死なのだと、どうすればいいのか彼もずっと悩み続けていたのだと………。
「ごめんね鈴………やっぱり私も探しにいくよ」
シャルの強い意志を宿した瞳でそう言われたら、鈴といえでもこれ以上彼女をこの場に押し留めて置くことはできそうもない。だからだろう、彼女は未だ足元をふらつかせるシャルに肩を貸したのは。
「わかった。私も一緒に探す」
「鈴………」
「か、勘違いしないでよ。アイツのことを許してやった訳じゃないのよ! ただ………私もアイツの気持ちも話も、何も聞かなかったのは事実だから………」
言葉尻りがよく聞き取れなかったが、どうやら鈴は陽太に謝ろうとしている事だけは態度で判断できたのか、シャルは可笑しそうに笑うと、鈴の配慮をありがたく受け取り、彼女に支えられながらカーテンを開く。
「あまり感心できないな。今日一日ぐらいは寝ていてほしいのだがね?」
椅子に座りながら二人を見るカールに出迎えられた。
「あっ………」
「わっ………」
保健室の主であるカールの存在をすっかり忘れていたシャルと鈴は、非常に気まずい表情なるが、彼は突然椅子を返して診察台の方に向くと、手にコーヒーカップを持ちながら喋りだす。
「だが、今日は私もやることが満載でね。つい、人の一人や二人が勝手に保健室から出て行っても気がつかないかもしれない………後、この学園内で負傷をした場合、一も二も関係なく私の診察を受けるという鉄の掟があってね。それを受けないうちに勝手にいなくなるなど言語道断だ。それにいくら超人的な頑丈さを持つ子とはいえ、頭に一撃を食らっているならば尚更医者が診なければならないんだよ………おっと、独り言が過ぎたようだ。早く仕事を済ませないと、今日も残業になってしまうな」
それだけ言い残して黙々と机の上の書類にペンを走らせるカールに、シャルと鈴はしばらく瞳を合わせると、小声で話し出す。
「(勝手に行くのを見逃すから、ヨウタを連れてきなさい………ってことでいいんだよね)」
「(たぶんそうよね………話判ってくれるじゃん、カール先生!)」
カールの暖かな配慮に、シャルと鈴は頭だけ下げると、できるだけ静かに保健室から退室する。
とりあえず、保健室から出たシャルは、鈴に陽太捜索の人手のことを聞いてみた。
「鈴、ヨウタを探してる人たちって………」
「先生達と生徒会の人みたいよ。後、なんか箒も借り出されてるみたい」
「箒も?」
そういえば、彼女は対オーガコア部隊の隊員ではないにも拘らず、対オーガコア用のISを持っているし、何よりも実戦の経験もあるようだ。それに何よりも、今日も自分を助けてくれたのは彼女だ。彼女がいなければ、もっと大事になっていたことは間違いない。
「とりあえず、箒にもお礼を言わないと………」
そう言って携帯を取り出して、彼女に電話をかけようとしたシャルであったが、その時とあることに気がつく。
「………箒の番号って、わかる? 鈴?」
「………ううん」
お互いに瞳を合わせて、二人はとりあえず箒の番号がわかる人間を見つけようと、大急ぎで寮へ向かうために走り出すのだった。
そんな二人の光景を、二階へと上がる階段の真ん中あたりで見つめる女生徒が一人いた。
紫のボブカットの髪と、黒縁眼鏡を掛けたIS学園の制服を着た少女………この学園において陽太達よりも一学年上の二年生で、温厚そうな笑みを浮かべてゆっくりと階段を下りるが、この学園において、一体誰が気がついているのだろうか?
「(アレがシャルロット・デュノア………デュノア社社長令嬢にしてフランスの代表候補生。対オーガコア用ISの保持者………そして何よりも、あの『火鳥陽太』の大切な家族………)」
巧妙に情報を操作し、また国家間の人間と組織(亡国機業)との間に交わされた裏取引によって手に入れた『代表候補生』という社会的地位を駆使して、この世界最先端の最新鋭兵器を運用する場所に潜り込んでいる『間者(スパイ)』であろうなど………。
「(これはチャンスなのかもね………)」
そして同時に、彼女個人としても、あの対オーガコア部隊の隊長への根深くどす黒い『憎悪』を発散するために、表の顔は必要不可欠だった。
だが………。
「!?」
「あら、ごめんなさい?」
スパイとして鍛えられた彼女の背後を取っただけに留まらず、彼女の後頭部に軽いチョップを打ち込んでこられ、思わず振り返った少女が見た光景。それは視界一杯に広がる『お見事』の文字にびっくりしてしまう。
「もう………冗談は辞めてください、『会長』?」
「そういうフィーナの方こそ、どうしたの? そんな怖い表情して?」
『会長』と呼ばれ、手に『お見事』という文字が書かれた扇子を扇ぐ少女………短めに切られた蒼い髪に、年頃の少女としては同年代が羨む様に、出るところが出て引っ込むところが引っ込んでいるプロポーション、そして学園中に悪戯を振りまき、それでも笑って許される天性の人たらしぶりを持つ笑顔。
暗部用暗部『更識家』の17代目当主であり、IS学園生徒会会長の『更識楯無』は、クラスメートである少女に笑顔で纏わりつく。
「会長………これ以上オイタすると、会計の布仏先輩に直訴しますよ?」
「もう!」
纏わりつきながら、彼女のスカート中に手を伸ばしつつあった楯無を言葉で牽制するフィーナと呼ばれる少女。楯無も「世界一美味しいお茶が飲めなくなったらどうするの?」と自分の行いをまるで反省していないようではあったが、しぶしぶながら手を引いたのだった。
「それにしても、どうしたのフィーナ? 一年の子をじっと見つめて?」
「あら、気になりますか?」
「それはもう! まさか私を放って、そんな年下に走ろうだなんて………楯無大ショック!!」
「もう! 違いますよ会長。ホラ、最近噂になってたでしょう? 男子生徒の火鳥君と模擬戦することになってたフランスの代表候補生の子が、あの子だったみたいで」
「ああ、確かにそんな噂があったわね!」
一見すると冗談が入り混じった温和な会話に聞こえるが、その奥には高度な心理戦が交差している会話であった。
「それで? スイス代表候補生の貴女の目から見て、彼女はどうだったの?」
「それはもう………補欠の補欠で代表候補生に繰上げされてる私なんかとは、器が違いますよ!」
補欠の補欠と自分を卑下するフィーナであったが、彼女のIS操縦者の技量は決して低くはない。だが他の代表候補生達と比べても、何かがこれといって勝っているわけでもない。
そしてそれは学生としても言えることで、座学にしても平均よりもそこそこ優秀だが、彼女よりも遥かに頭脳明晰な人間は大勢おり、交友関係も、クラスメート達と親しげに話をして、おおむね彼女は好意的に受け入れられているが、特定の親友がいるという話を聞いたこともない。
すべてが「そこそこ」な人間………それがこの目の前の少女、フィーナ・チューダスという少女の印象なのだが、楯無だけは違っていた。
「(この子………危険だ)」
物的証拠はない。特に怪しい行動も見せていない。今も、噂を聞いていたために、たまたまシャルロット・デュノアを見ていただけだと言われれば、特にそれが怪しい行動であったとも思えない。だが、楯無の第六感が警鐘鳴らしているのだ。
「(牙を隠し持っている………)」
「それじゃ、会長。あまりサボって、先輩を苦労させちゃ駄目ですよ」
「うん、わかった。私もまだ愛想つかされたくないから……」
互いに背を向け合う二人の少女―――
「(物証はないけど疑われてるといった感じね………流石は『ご本家』の当主様………グズグスしてる時間はなさそう)」
「(たぶん近い内に動き出すわね………亡国機業(ファントム・タスク)の間者(スパイ)?)」
口元で笑い、瞳は醒めて、心の内では互いの出方を伺い、そして牽制と行動を読み合う………二人の暗部の静かなそんなやり取りが、学園内で行われている中―――
☆
「火鳥ッ!!」
雨脚が強くなる中、制服に傘を差した格好の箒が、10数人の負傷者が転がる路上で、頭に簡素に巻いた包帯に、煙草を咥えて全身ズブ濡れな姿になっていた陽太を制止しようと声を張り上げる。
「……………」
首を掴み、左腕一本で大の大人を持ち上げながら、陽太は一切の感情を写さない瞳で、すでに興味が失せた言わんばかりに左手で持ち上げていたチンピラの一人を放り出す。
見れば、路上に転がっている者のほとんどは、鉄パイプやらナイフやらを持ってはいたが、誰もが手足が骨折して蹲っている者、内臓が破裂して口からどす黒い血を吐いている者など、辛うじて生きてはいるが重傷者のみで溢れかえっていたのだ。そしてその内の一人、左足が有り得ない方向に砕け、白い骨髄が傷口から見えている者が、激昂しながら懐から拳銃を引き抜いて構える。それに気がついた箒が、とっさに足元に転がっていた鉄パイプを拾いあげて、拳銃を叩き落とそうとするが、それよりも早く動いた者がいた。
疾風と化した陽太は、箒が鉄パイプを拾い上げるよりも早く拳銃を構えた男の元まで移動すると、男が陽太に気がつくと同時に、銃を構えた腕を爪先の蹴り上げでへし折り、宙に浮いた拳銃をキャッチすると、正確無比な射撃で、右足を拳銃で撃ち抜く。
左足に続き、今度は腕をへし折られ、右足を拳銃で撃ち抜かれ、そのあまりの激痛にこの世のものとは思えない絶叫を上げながら芋虫のように地面をもがき続ける男であったが、そんな哀れな重傷者の顔を陽太は思いっきり踏みつけ、そして冷めた声で告げる。
「高々ケンカに拳銃まで持ち出してきたんだ………命取られるぐらいは覚悟の上だよな?」
口元を歪ませ、足元で涙を流しながら顎を踏まれているために命乞いも出来ない男に陽太が冷酷に告げた時、彼の背後から鉄パイプが首元に突きつけられた。
「もう止せ! 本当に殺す気か!?」
箒が信じられない物を見るような目付きで陽太を睨み付けるが……………そんな箒に、陽太はくるりと振り返って、光を映さぬ瞳と歪んだ笑みで問いかける。
「やっぱ、こんな雑魚じゃ駄目だわ………憂さ晴らし、付き合ってくれよ?」
心の中に溜まった、ドス黒くて不快極まる気持ち。それらを発散する手段はこれしかない。
もう何も関係ない。シャルに会う前の自分に戻ればいい………いや、あの時とは違い、今度は奪われる側から、自分は奪う側に立ってやればいいのだ。
光が消え失せた瞳で、陽太はただただ『戦い』だけを求めるのだった………。
よ、陽太の目が死んでいる!
憂さ晴らしに周囲に当り散らす陽太を箒は止められるのか?
そして、陽太を探すシャルに亡国の魔の手が伸びる。
次回 太陽の翼
『簪ちゃん、お姉ちゃん、主役になるよ! の回』
会長、でしゃばらんでくださいw