ついに語られるマリアさんと陽太の因縁……
それを見せ付けられたシャルは何を思い、何を願うのか
そしてついに、『彼女』が戦場に降り立ちます!!
では、本小説をご覧ください!!
※一部内容を変更しました
「中々止みそうもありませんね、雨」
陽太の捜索に当たるために、夜の街中を走る乗用車の中で、運転席に座っていた真耶は、隣の助手席から曇った空を見上げている千冬にそう問いかけると、彼女は心ここに無さそうな気の抜けた返事をする。
「ああ………」
昼間からずっとこの調子である千冬の身を案じるように、運転中の合間を見つけてチラ見で真耶は彼女の様子を伺う。
対して千冬はというと、そんな真耶の様子に気がつくことなく、ひたすらに自分の行動の非を己の内側で責め続けていた。
「(すまない………陽太、デュノア………一夏)」
この学園に無理強いしていさせ、深く考えなかったあげく戦わせてしまった。恐らく陽太がこの世で一番、戦いたくも傷付けたくもなかったであろう相手を………。
理解しあえるのならばと手合わせを許可したが、千冬の読みなら、陽太を追い詰めるだけの実力はシャルは有していなかった。だが、実際はそれを大きく上回り、シャルは千冬すらも驚嘆させる精神力で彼を追い詰めてしまった。
そして、自分の弟に、力の意味を、持つ者としての『責務』を伝え切れず、もう少しで取り返しのつかない事態にさせるところだった。
いつも、そうだ。
いつも、自分は肝心な時に、大事な事を伝えられず、肝心な行動を起こせずに、全てをダメにしてしまう。
千冬は俯いて、血の滲むほどに唇をかみ締めると、心の中で嘆きの言葉を発した。
「(申し訳ありません先生………私は、貴方のように、誰かを正しく導くような人間にはなれません)」
俯いて、何も言葉を発しなくなる千冬を見かね真耶が何か話しかけようとした時、彼女の携帯に着信が入り、慌てて脇の道に車を停車させると、彼女は電話に出る。
「ハイ、山田ですが………ボーデヴィッヒさん?」
その名を聞いた千冬は顔を上げて真耶の方を振り返る。そこには表情を青褪めさせた真耶がいた。
「お、落ち着いてもう一度最初から説明してください、ボーデヴィッヒさん!」
「山田君………」
一声かけると、千冬は真耶から半ば無理やり携帯を奪い取ると、電話口の向こうにいるラウラに簡潔に説明を求める。そしてラウラは一瞬だけ驚いたような声を上げると、悔しそと動揺を含んだ口調で状況を説明し始めた。
「何があった? 簡単にでいい、話せ」
『きょ、教官!?………申し訳ありません!! 私のミスで………シャルを見失いました!」
☆
闇夜に染まる雨の街中を、ビルの谷間を縫うように、獣の如き脚力で陽太が疾走し続ける。
「……………シャル…」
それは突然やってきた。
当てもなく街中をさまよっていた時、存在も忘れていた携帯電話に、差出人不明のメールが来たのは………。
「クッ!」
内容はこうだった。
『 シャルロット・デュノアの身柄を預かった。
返してほしければ、指定の場所まで来られたし
亡国起業(ファントムタスク) 』
わざわざ指定の場所の地図まで添付してきていたその文面を見た瞬間、陽太は考えるより早くその場から走り出していた。しかも先ほどダメ出しのように、同じ差出人から二通目のメールが届き、ただ気を失っているシャルの姿を写した写真が添付され、陽太の脳髄を焼き切るような、烈火の怒りをそれが吹き上がらせたのだった。
こんなことになってほしくなくて、自分のせいで彼女に傷ついてほしくなくて彼女から遠ざかっていたというのに、どうして悪い方向にばかり予測が当たってしまうのか? 目の前の理不尽で腸が煮えくり返りそうになる。
「(いつだってこうだ………いつだって彼女を傷つけることばかりが起こって………)」
彼女に襲い掛かる理不尽と、その理由になったのがおそらく自分である事実に、陽太の激しい怒りが、握り締めた携帯電話にヒビが入るほど強く握り締めさせた。
「(!! 見えた!!)」
指定の場所は偶然の幸いというべきか、自分が先ほどまでいた場所からさほど離れた位置になく、視界に建設中の建物が目に入った瞬間、ビルの合間を跳躍する速度を更に上げ、高さ10m以上のビルの屋上から一気に向かいの道まで飛び降りる。
通常の人間なら、全身骨折の大惨事になるところだが、持ち前の超人的な身体能力によって彼は水溜りを大きく跳ねながら見事に着地してみせた。
「……………」
建設中のため、あちらこちらに立てられた進入禁止の立て札やら柵やらを陽太は無視して中に進入し………地面にできた水溜りの中に浮かぶ、シャルのIS『ヴィエルジェ』の待機状態であるオレンジ色の宝石をつけたチェッカーを見つけ出す。
「!!」
それを見つけた瞬間、陽太は音がなるぐらいに奥歯を握り締め、手に持っていた携帯を粉々に粉砕し、待機状態のヴィエルジェを拾い上げると、中に向かって叫びながら走り出した。
「俺は来た! 今すぐシャルを放しやがれ、亡国機業(ファントムタスク)!!」
「♪~♪~♪~」
誰かの鼻歌が聞こえる………。
心地よい闇の中にあった、シャルの意識が急速に覚醒を施される。だが、全身がだるく、動かすことができない。
「あら? 目が覚めた?」
その声を聴いた瞬間、気だるいまどろみの中にあったシャルロットの意識は一瞬ですべて覚醒し、そして、今、自分が置かれている状況も瞬時に理解した。
「!?」
建設途中のアーケード街の中心に位置する、水がまだ入っていない噴水広場に設置されいた、高さ3mほどの十字架に、貼り付けにされていたのだ。しかも動こうにも全身を目に見えないぐらいの細さの糸にがんじがらめにされており、首から下がろくに動かない。
「これって………フィーナ先輩!」
そんな状況の中、噴水の脇にあるベンチに腰を下ろし、上機嫌そうに鼻歌を奏でているフィーナに、何が一体どうしてこうなったのか、シャルは説明を要求した。
「どういうことなんですか、先輩?………私が気を失ってから………」
「大丈夫、これは演出よ。私は貴女を傷つける気は毛頭無いわ」
「演出?」
彼女の目的が何なのか、さっぱり理解できないシャルだったが、その時、自分の耳に、聞き覚えのある『彼』の声が入ってきた。
『俺は来た! 今すぐシャルを放しやがれ、亡国機業(ファントムタスク)!!』
「ヨウタッ!?」
状況も忘れて笑顔になるシャルであったが、すぐさま陽太の言葉に気になる単語が混じっていた事に気がつき、驚愕の表情でフィーナを見つめる。
「亡国(ファントム)………機業(タスク)?」
「そう………フランスでは『同僚』のオータムがお世話になったそうね、シャルロットちゃん?」
残酷なほど無邪気な笑顔でシャルを見つめるフィーナは、自分のメガネのズレを直しながら、もう一人の主賓にも問いかける。
「そして………火鳥 陽太君?」
フィーナが振り返った先には、100メートル近い距離を、全身ズブ濡れの状態でいつの間にか足音を立てずに接近し、右手にチェッカーを握り締め、鋭く険しい瞳でフィーナを睨み付けている陽太が立っていた。
「てめぇ! よくも………」
「レディーに対してそんな表情で殴りかかろうだなんて、無粋よ」
だが相対した陽太はすぐさま拳を握り締め、殴りかかろうとしていたことを察知したフィーナは、指先をクルクルッと回し、舞を踊るような手つきで振り下ろした。
「!!」
目に見えない『何か』が、空気を切り裂いてくるのを陽太は感じ取ったのか、瞬時にその場から後方に飛び退く。そしてその網膜は、自分の髪の毛から垂れた水滴と、そして自分がゼロコンマ数秒前にいた地面を、その『何か』が鋭利に切り裂いたのをハッキリと捉えていた。
「クッ!」
後方に飛び退いた陽太は、着地すると同時に、アーケード街の中にある建設中の店の中に転がり込むと、相手から距離を離して、今起こった現象が何だったのかを考え込む。
「(今のは………まさか、そんな!?)」
「貴方とかくれんぼする気はないのよ火鳥 陽太。おとなしく私の質問に答えるのなら、その間は攻撃したりはしないわ」
シャル達に話しかけていたときとは違い、暖かみの欠片も無い、抑揚に欠けた声で話すフィーナに、陽太は、脳裏でがなり立てている嫌な予感が正しいかもしれないことに、激しく動揺し、そして脇から顔を覗かせながら、彼女に問いかけた。
「答えるのはお前の方だ!! お前………まさか!!」
「あら?………ああ、そうか。これじゃあわからないか………」
フィーナは、そんな陽太の動揺も見透かしたように、掛けていた眼鏡を外し、そして紫色の髪の毛に手をつけた。
「だったら、これでどう?」
「!!!」
紫のボブカットの『カツラ』と黒縁眼鏡が地面に落ちる。そして中から、スカイブルーの美しく長い髪の毛が現れた瞬間、陽太が無用心にも建物の影から身を乗り出し、そして愕然とする。
「どう? これで少しは思い出してくれたかしら?」
「お、お前は………」
瞳孔を一杯に開き、呼吸が乱れ、全身から嫌な汗が吹き上げる。
目の前にいるのは、陽太にしてみれば忘れようとしても忘れられない人間だ。
だが、だからこそ、彼は言わずにはおれなかった。
「………死んだはずじゃ……」
その言葉を聴いた瞬間、目の前のフィーナの口元が微妙に歪み、彼女はすばやく先ほどと同じ動きで腕を動かす。
「くっ!」
「ヨウタっ!!」
―――肉を切り裂く音と、低く唸る陽太、そしてそんな陽太の名を悲鳴に近い音量で叫ぶシャル―――
目に見えない『何か』が、右足の太腿を深く切り裂き、ドクドクと血を噴出させながら、陽太は地面に転がってしまう。
「その様子じゃあ、さっきみたいな動きはできそうもないわね」
あくまで笑顔を崩すことなく、だが最大限の警戒心を残したまま、フィーナは陽太に近づく。そして蹲っている陽太のすぐそばで立ち止まると、地面に這い蹲りながら、自分を見上げる陽太の顔を思いっきり踏みつけた。
「フィーナ先輩! 止めてください!!」
背後から彼女を止めようとシャルが声を張り上げるが、フィーナはそんな声を無視して、陽太に尚も問いかけ続ける。
「どう? 似ているでしょ………『モミジ姉さん』に」
「!! お前………」
陽太が何かに気がつき、彼女に聞き出そうとするが、それよりも早くフィーナは陽太の顔を思いっきり蹴り飛ばす。
「ブフッ!」
そして陽太が地面に転がる様が非常に楽しいのか、先ほど以上に嬉々とした表情で陽太の切り裂かれた右の太腿を傷口を踵でえぐるように踏み躙った。
「!!」
「頑張るわね~~~それでこそ男といった感じだわ」
だが意地でも呻き声を上げないようにしている陽太の様子を見て、彼女はチラリと背後にいるシャルを見た。
「お願いします! 止めてください、フィーナ先輩!!」
この期に及んで尚、自分を先輩と言ってくるシャルの様子と、そんな彼女を視界に入れ、心配させまいと呻き声ひとつ上げない陽太の姿の両方を見比べ、そして冷めた表情で陽太に言い放つ。
「気に入らないわね。今更彼女を気に掛けてるフリをするなんて………そんなにあの娘には自分を綺麗に見せておきたいの? 薄汚い『人殺し』のクセに」
「!!」
『人殺し』
その言葉を聴いた瞬間、顔を伏せていた陽太が思いっきり奥歯をかみ締める。
「本当はもう少し盛り上げてからにしようかと思ったんだけど、仕方なく本題に入りましょうか」
フィーナは陽太の顔を持ち上げると、その細腕のどこにそれほどの力があるのかと言いたくなるように、人一人を持ち上げると、数十メートル離れているシャルの元まで陽太を投げ飛ばした。
「ガハッ!」
「ヨウタ!!」
軽自動車に跳ねられたかのように、地面を数回バウンドして、シャルの足元で止まった陽太であったが、辛うじて命の証を見せるかのように、手足をぴくぴくと動かし、口から荒い呼吸をし続ける。
徹底的に陽太に暴虐の限りを尽くすフィーナは、そんな陽太にゆっくりと近寄りながら、とある昔話をシャルに聞かせ始めた。
「昔、昔………スイスのある田舎町に、二人の姉妹が住んでおりました」
「!?」
「その姉妹は、明治維新の折、宗家から袂を分かち、狭い日本国から飛び出した長い歴史を持つ『対暗部』一族である、『更識』の分家の生き残りであり、亡き父親から一族にのみ習得が許された『技』を継承した生粋の暗殺者でもありました」
「それって………」
「妹にとって、姉は姉であると同時に、たった一人の身内として自分を育ててくれた母であり、一族の秘儀を伝授してくれる師であり、そして何よりも妹にとっての自慢でありました」
フィーナは倒れ蹲る陽太の前にまで歩み寄ると、爪先で陽太の顎を持ち上げながら、今まで見せたことのない、鬼気迫る表情で見下ろし、今すぐにでも陽太の頭蓋を粉々に踏み潰したい衝動を必死に抑えながら話を続ける。
「ですが、その姉は、滅び行く一族の未来を嘆き、スイス国で極秘に研究されていたISの操縦者となり、一族の技の有用性を証明することで、未来を切り開き、自分の手で妹を育てようとしてくれました………ですが、そこで悲劇が起こります」
フィーナの指が踊り、彼女の指がゆっくりと下ろされると同時に、陽太の右腕が天井に向かって伸ばされ、蹲っていた彼を宙吊りにし、息が絶え絶えの陽太を睨み付け、そして彼女は瞳孔を最大限まで見開きながら、言葉をつむぐ。
「それは今から二年前のことです………極秘任務についていた姉が、無残な死を遂げました………誰にも見取られることなく………スイスの極秘機関が回収した姉の死体を見た瞬間、妹は決意しました」
そして、彼女は狂気に塗れた表情のままシャルを見ると、まるで彼女にここからが重要だと言わんばかりに、声を大きくして言い放つ。
「姉が死んだ現場から飛び去った、『全身装甲(フルスキン)の炎を操るIS』を見つけ出して、必ずこの手で殺してやるとッ!!!」
叫ぶと同時に、陽太の襟首を掴むと、激情を迸らせる声とは真逆の、一切の感情を映さない能面のようなのっぺりした表情で、確信しているにも関わらず、それでも陽太の口から言わせなければならない言葉を問い質した。
「答えろ………二年前、姉さんを殺したのは貴様か?」
「!!」
その言葉に息を呑んだのは陽太ではなく、背後で二人の様子を見せ付けられたシャルである。
「(お願い………止めて)」
嫌な予感がする。激しい動悸が襲い掛かり、呼吸が上手くできない。
まるでそれが今の陽太が感じている苦しみであるかのように、シャルの心を締め付ける。
「(これ以上、ヨウタを責めないであげて!)」
「………答えろ」
だが、そんなシャルの願いを、フィーナは無視し、陽太の口からどうしても言わせようとする………シャルがもっとも聞きたくない、陽太がシャルに言えなかった、言うことがどうしても恐ろしかった言葉を………。
「故あっての事だが、誤魔化すことはしない」
長い沈黙を守っていた陽太が、伏せた顔を上げポツリとその言葉を漏らす。
そして、後悔、罪悪感、己の犯した罪を認めるように………彼は、シャルとフィーナに告白する。
「俺が……………………モミジ・フジオカを殺した」
「……………」
「……………」
シャルもフィーナも声を出さない。
ただ、シャルが一粒の涙を流し、フィーナが愉悦に口元を歪ませる。
しばしの静寂の後、最初に話し出したのはやはりフィーナであった。
「そう。その言葉だけは貴方の口から言わせたかった………その言葉を言ってくれたことだけには感謝するわ。どうもありがとう火鳥君………この薄汚い人殺しがっ!!」
陽太を再び放り出すと、シャルの方へと向き直り、フィーナはいつもの「優しい表情」で残酷な言葉を吐き出し始める。
「ねえ? 聞いたでしょ、シャルロットちゃん。アイツはただの人殺し………貴方が守ってあげることも、助けてあげる価値もない、この世でもっとも不必要な塵芥なの」
「違う」
「違わないわ。どうして貴方に何も言わなかったか教えてあげましょうか? 怖かったからよ………優しい貴方に自分の罪が知られることを恐れていたの。貴方には綺麗なままだと嘘をつきたかったの。浅ましいことこの上ないわね」
フィーナの一言一言が、シャルの心に突き刺さる。
陽太が自分を遠ざけようとしていた理由が、人を殺したことを知られたくなかったからなのか?
だから、必死になっていたのか? 自分が知れば、陽太を責めると思っていたから?
「ねえ、さっきから何をだんまりとしているのか知らないけど、何か言いなさいよ、人殺し」
蹲ったまま何も話そうとしない陽太に苛立ったフィーナが、沈黙を許さないと腕を振るい、不可視な『何か』が今度は陽太の右肩を切り裂き、血しぶきを上げさせる。
「ヨウタッ!」
「そうやって、いつまでも芋虫みたいにしてないで、ご自慢のISを展開すれば? お前みたいな塵芥とはいえ、這い蹲ってる奴を嬲り殺しにするのは気が引けるの。抵抗の一つでもしてみてくれないかしら?」
「…………だけか?」
「ん? もっと大きな声で話しなさい」
右肩を押さえながら、陽太が何かを話す。
「お前が………殺したいのは俺だけか?」
「……………」
「お前が殺したいのが俺だってことは判った。当たり前のことだ………だがシャルは関係ない。彼女を今すぐ放せ」
僅かに動いても激痛が襲い掛かる中、それでも陽太はまっすぐにフィーナを見ながら、シャルを放せと言い放つ。その瞳を見たフィーナの目の中に、一瞬だけ、負の感情以外の何かが芽生えるが、彼女はすぐさまそれをかき消すような激情任せの憤怒の声を張り上げた。
「ふざけるなっ!!」
「ぐっ!!」
アバラがヘシ折れたのではないのかと思うほどの蹴りを陽太の腹部に叩き込み、倒れこんでいた陽太の体がくの字に折り曲がる。口から胃液が逆流して吐き出しそうになるが、それよりも早く、今度は後頭部をフィーナが踏みつけ、顔面ごと陽太は床にめり込んでしまう。
「火鳥陽太、お前は何を勘違いしている? 無抵抗を装えなんて言ってないの。私は『戦え』と言ってるのよ」
踵で陽太の後頭部を踏みにじるフィーナは、陽太に自分と戦うことを要求する。殺したいのは、こんな腑抜けなのではない。自分の最愛の姉を殺した人間が、こんなつまらない事を言い出す人間であるなんて
我慢ならないのだ。
だが、地面に這わされて尚、陽太の口から出た言葉は変わらなかった。
「………わない」
「…………」
「俺は………戦わない」
「!!」
「ヨウタァァッ!!」
「…………」
「お願い! 止めて、フィーナ先輩!! お願いですから!!」
もう言葉も発さない。フィーナは表情を歪ませたまま、何度も何度も何度も何度も陽太の腹部を爪先で蹴りつける。背中から、大粒の涙を流しながら自分を止めようとするシャルの声を受けても、フィーナは止まることなく、憎い憎い、姉の仇を蹴り続けた。
「もうやめて………やめて、やめてェ…」
声が掠れるほどに声を張り上げるシャルに哀れみを感じたのか、フィーナは脚を止めると、爪先で陽太の顔を無理やり上に向かせて、問いかける。
「いい加減にしてくれないかしら。そんなに死にたいの、貴方?」
「…………」
「答えなさいよ!!」
苛立つ声を張り上げるフィーナに陽太は、出血の為か、全身を襲う打撲痛の為か、虚ろな瞳で普段の彼なら考えられないであろう言葉を口にする。
「いつ死んでもいい………俺だけなら」
「!!」
シャルの瞳が信じられないものを見たかのように見開かれる。
「そうやって生きてきた………どこで死のうが別に構わない。どうせそういう奴だ………俺は…」
自分の命を投げやりにするかのような言葉、一切の光を映さない心底絶望した瞳………こんな陽太をシャルは見たくないし、彼からそんな言葉を聞きたくなかった。
だが、シャル以上に、そんな言葉を聞きたくなかった少女がいた。
「この………ド屑がぁぁぁっ!!!」
―――怒りに塗れた技が、一瞬で血の華を咲かせる―――
「がっ!!」
「いやぁぁぁぁぁっ!!!」
シャルの悲鳴が上がる中、不可視な刃が、宙を走り、陽太の全身をズタズタに切り刻み、彼の体を真紅の血が染め上げたのだ。
血溜りに沈み、ピクピクと痙攣する陽太を見下ろしながら、フィーナは自分のポケットからブレスレットを取り出し、右手に装着する。
―――紫の光に包まれたフィーナの体を、一瞬で鋼鉄の鎧が包み込む―――
フィーナのボディーラインを強調するようにピッタリと装着された装甲は、一見、金属というよりも光沢を放つ生地のようにも見え、肩に大きな防御用装甲を装着し、背中には小型のスラスターをもち、腰部にはスカート型のスタビライザーを持つ。そして胴体と同じカラーのバイザーを妖しく光らせ、フィーナ………いや、マリア・フジオカは瀕死の陽太にそれでも迫った。
「お前の口からそういう偽善者染みた言葉が出るのが、もう我慢ならないわ………早くISを纏え。そして戦って私に殺されなさい」
もう我慢ならない。こんなに不愉快極まる男だったとは思わなかった。最愛の姉を殺した男が、同僚のジークと互角に戦った男が、最強無敵と言われるアレキサンドラ・リキュールが認めた『天才』が、まさか蓋を開けてみれば、ただの死にたがりだったなんて………。
陽太の言動がこれ以上我慢ならないと言わんばかりに、マリアは戦いを陽太に強要する………だが。
「………シャルを放せ。そしたら………後は好きにしろ」
「ヨウタッ!!」
「………本当に戦う気もないのね。暴龍帝(タイラント・ドラグーン)も目が曇ったわね。こんな男を目に掛けるなんて………正直、虫唾が走るわ」
ISを装着した状態で近寄るマリアは、そんな陽太を心底見下し、瞳の中にある殺気を爆発的に増大させる。それを察知したのか、シャルは動けない身体を無理やり動かしながら、陽太とマリアに向かって叫ぶ。
「ヨウタッ! 逃げてぇッ!」
「…………」
「フィーナ先輩ッ!! もう止めてくださいッ!!」
「…………」
「ヨウタ、何してるの!! 早く、逃げてよォ! 立って逃げて!!」
身体を捩るたびに、細かく出血し始めるが、そんなことを気にしている場合ではない。
このままでは陽太が殺されてしまう。自分に親切に接してくれた人に殺されてしまう。
目の前からいなくなってしまう………自分の母親のように。
「やめて、やめてくださいっ!!」
マリアの手が陽太に向けられ、マリアの瞳が僅かに狭まる。
止めを刺すつもりだ。
「やめて、やめて………やめてぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇっ!!!」
―――闇の中から突如マリアに迫る、鋼の牙―――
「「!?」」
陽太とシャルが同時に驚愕する中、マリアは右腕を振るい、自分に迫った白銀の刃を撃ち落すと、すかさずその場から飛び退いた。
―――半歩遅れて、先ほどまでマリアがいた場所を、地面から巨大な水柱が吹き上がる―――
空中で錐揉み回転しながらその光景を見ていたマリアに、虚空の闇の中から高圧で凝縮された水弾がマシンガンのように襲い掛かり、マリアはこの狭いショッピングモール内の空間では、空中で無理やり体勢を変えては狙い撃ちされると判断し、腕を振るうことで放たれる不可視な攻撃によって、自分に向かって放たれた水弾を次々切り裂いき、着地すると同時に柱の影に素早くその身を隠す。
「この攻撃は………油断していました。まさかこんなに早くこの場所が、しかも貴女に見つかってしまうだなんて」
マリアはISのセンサーが反応を示す方向を向きながら、口元で友好的な笑みを浮かべ、だが手元だけは忙しなく動かしながら、大声で話し出した。
「貴女に疑われていることは判っておりましたが、貴女が直々にこられるだなんて……」
「いつも通りの謙遜ね、フィーナ」
そしてマリアが振り向いた先にいた人物にいた人物。青いショートヘアに抜群のプロポーションを、青い装甲をしたISが包み込み、右手に大型のガトリングランスを、左手に『ヒーロー登場』という文字が書かれた扇子を持ち、人懐っこい笑顔を浮かべた美少女………IS学園2年生で、マリアのクラスメートにして、学園の守護神たる生徒会会長、『更識 楯無(さらしき たてなし)』が、まっすぐにマリアと対峙する。
「いえ、藤岡家の末裔のマリア・フジオカというべきかしら?」
「流石、宗家『更識』様。少々侮っておりましたわ」
本来ならば、絶対的な主と従者という関係になるべき二人であったが、その言葉の中には欠片の主従の温かみもなく、敵対する者同士の相容れなさだけが、楯無に伝わってくる。だがそんなことをおくびも見せず、楯無は余裕の笑みを浮かべながら、扇子を扇いでマリアに言い放つ。
「流石なのは貴女の方でしょ? よくも二年間も私達を騙し続けてくれたわね?」
「火鳥陽太がいなければ、私は今でも貴女のクラスメートとして学園の生徒でしたよ? 騙すなんて言われ方をされると、少々傷付いてしまいますね」
影から様子を伺っていたマリアが、右手の人差し指をクイッと曲げた。すると背後から、音もなく『不可視の刃』が楯無の首元を狙って飛来する………だが、その不可視の刃が突如、動きを鈍らしてしまうのを指からの感触で伝わり、思わず小さく舌打ちしてしまう。
「チッ」
「岩を切り、鉄すらも容易に切断する『藤岡流鋼糸術』………それをISで行うだなんて……」
先ほどまで陽太の身体をズタズタに切り裂き、シャルを拘束していた不可視の『何か』………その姿が、楯無のIS『霧纏の淑女(ミステリアス・レイディ)』が持つ、水の防壁が受け止めることで露になる。
肉眼では目視するにはあまりに細すぎる、だが確かに存在する鋼の糸をマリアは自在に操っていたのだ。
「100年前に袂を分った、末端の分家の技を良くご存知で」
「こう見えても勉強熱心なのよ、私?」
「ですが、貴女様が知ってらっしゃるのは、あくまでも100年前の『藤岡流鋼糸術』………最新のものは、それとは比べ物になりません」
壁の陰に隠れていたマリアが、ゆっくりと前に出る。と同時に己の指から放れた鋼糸が、花びらのように放れ、壁を、柱を切り刻みながらその存在を主張する。
「私事で大変心苦しいのですが、少々今後の予定が詰まっておりまして………宗家様をこれ以上相手にしている時間はありませんの」
「へぇ………それじゃあ、どうするのかしら?」
「決まっておりますわ……………このまま秒殺させていただきます」
マリアは刃のように相手の心を切り裂くような殺気を放ちながら、宣言する。そしてその殺気を真っ向から受けた楯無は、マリアの主張があながち嘘ではないことを気の質から読み取った。これほどの殺気、素人に放てるものではない。相当な実力者であることを彼女の殺気が主張している。
だが、真っ向から殺気を受けても、楯無の余裕は一向に崩れなかった。
「だけど残念………貴女の予定通りには事は進まないわ」
「?」
「だって………誰が一人で来たって言ったの?」
楯無の挑発的笑みを見たマリアは、瞬時に天井を見上げた。
ショッピングモールの全体を照らす日光を取り入れるために用意されたステンドガラス………今は大雨に打たれ、無機質な反射音を立てているだけのステンドガラスが、甲高い音を立てながら粉々に砕け………そして、シャルの前を通過して、『白い影』が舞い降りる。
白い装甲と、白い刃を持った騎士は、勢いを殺さずに、一直線にマリアに向かって飛来し、手に握った雪片弐型を渾身の力で振るい、斬りかかった。
「!!」
振り下ろされた刃を、人差し指と中指で放った鋼糸が受け止め、両者の間で激しい火花を上げる。
「貴方は………織斑……」
「一夏!!」
シャルの嬉しそうな声を聞いても、硬い表情を崩さないまま、一夏は一度バックステップを取り、間合いを開きながら、血塗れで倒れている陽太の前に降り立った。そして、天井から一夏の後に続くように、箒、セシリア、鈴、ラウラが、ISを展開した状態で次々と降り立ってくる。
「シャル! 火鳥ッ!!」
「ご無事ですか!!」
「ちょっと陽太ッ! アンタ死に掛けてるじゃない!!」
「早く医者に見せねば」
箒とセシリアがシャルの元に、鈴とラウラが陽太の元にそれぞれ降り立つ。
「………陽太…大丈夫か?」
「………なに……しにきやがった?」
血塗れになりながらも、一夏に対してはこのような言葉しかいない陽太であったが、一夏はそんな陽太を守るように前に立つと、一度だけ深呼吸をして、静かに謝罪する。
「すまない………俺、本当に何もわかってない馬鹿で……」
「………織斑弟…」
「もっと、ちゃんとお前と話がしたいんだ………だからさっ!」
『展開装甲起動。雪片弐型参式・烈空』
切っ先を真っ直ぐに構え、力強い瞳でマリアを前を向き、己が言葉を陽太と自分の心に誓うかのように、雪片から白い閃光を迸らせ、それを紫色の弦術師に向かって放ちながら、彼は力強く宣言した。
「お前とシャル………今は俺達に助けさせてくれッ!!」
マリアの恩讐………家族を奪われてしまった者が持って当たり前のものです。それがわかっているがゆえに陽太は一切の反撃をしませんでした。まるで「そうなることが当たり前」かのように………。
学園メンバー達は、この問題について、果たしてどのような答えを見せるのか。
マリアは復讐を成し遂げられるのか? 陽太は答えを出せるのか?
次回は、時間軸を若干さかのぼり、一夏サイドからお話が始まります
PS 他の作者さんのご意見って、本当に貴重ですよね