最近投稿が遅れがちでホント、ホント申し訳ありません
消毒液とコーヒーの二つの似合いが混じる、独特な空間を持っているIS学園の保健室の中で、目元を真っ赤に腫らしたシャルロットはうなだれながら、陽太の手を握り締め続ける。
「う………ぁぁ……」
負傷の治療はすでに完了していた。だが、陽太はベッドの上でうなされ、苦しみながら意識を失っている。
マリア・フジオカとの戦いが終わった後、まるで糸の切れた人形のようにその場に崩れ落ちた陽太………シャルが泣きながら縋り付き、一夏達が必死に呼びかけるが、彼は返事を返すことはなく、ただその意識を深い闇の底に沈めてしまったのだった。
その後、大急ぎでIS学園に搬送された陽太を診察したカールの診断結果は、『外傷による細菌感染ではなく、栄養失調と睡眠不足と精神的疲労による発熱』というものだった。
特別、命に別状はなく、マリアに切り裂かれた裂傷も楯無の応急処置が良かったことが甲を制したようだ。
だが、どうやらシャルとの模擬戦が決まった日から、ほとんど飲まず食わずで寝てもいなかったようで、なぜそんなことをしたのかと聞き返そうとしたシャルだったが、カールは短くこう一言言い放つ。
『それだけ………君と戦えるかが、彼には大きな問題だった……ということか』
その言葉を聴いた瞬間、シャルは自分の浅はかさを呪った。
「ヨウタは私と戦いたくなかったのに………戦わせないように必死に頑張ってくれてたのに………!!」
どうして、どうして、自分はそんな彼のことを追い詰めてしまったのだろう?
どうして、どうして、こんなにも自分は愚かで、浅はかで………。
どうして、どうして、どうして………一人ぼっちで立ち尽くす彼を、助けてあげられないのだろうか?
夜の暗闇の中を陽太の荒いうめき声が響き、彼の汗をタオルで拭きながら、献身的に介護するシャルだったが、それ以上のことができない自分自身がもどかしくてたまらない。
何をどうすればいいのか?
何をどうしてあげれば、目の前で今も苦しんでいるこの人を支えてあげられるのだろうか?
彼女にその答えを与えてくれる者は、誰一人としていなかった………。
☆
陽太が気がつくと、なぜかそこは映画館の座席で、自分以外誰もいない場所で一人座り続けていた。
「?」
なぜ、自分はこんなところにいるのだろうか? そんな疑問が頭の中をよぎる中、突然明かり消え、スクリーンの幕が上がる。
そして、古い映写機が動く音がしたかと思えば、古ぼけた映像で、陽太が良く知る映像を写し始めたのだ。
シャルの手に引かれて、やってきた彼女の家……そして、そこで待っていたのは………。
「良く来たわね! 待ってたわよ~!」
少女をそのまま大人にしたような容姿。美しい金色の長髪と、藍色のワンピースの上に白いエプロンをしただけという、いたってシンプルな主婦の姿で、シャルの母親-エルーは、幼い陽太を注意深く観察する。
当時の陽太は、大人といえば自分を殴るものだと思い込んでいたため、一目散に逃げ出そうとしていたが、それも少女と母親の両方の手で押さえつけれており、脱出は不可能であった。
「うん! 眼はまだ綺麗ね。卑屈になってたらどうしようかと思ってたわ!」
だが、少女の母親が下した言葉は、少年には理解できないことであった……眼が綺麗?、卑屈?
「よし! シャル! まずはお風呂!、次に散髪よ!!」
「は~~~い!!」
シャルが嬉しそうに手をあげるが、現状の飲み込みが未だに出来ていない陽太にしてみれば、これから何をされるのかと、戦々恐々として半泣きになってしまう。
それを見たエルーは、怒った表情で、陽太と同じぐらいの視線まで下げると、強い意志を込めた眼差しで陽太を見つめる。
「逃げない! 自分の人生は自分でどうにかしないと、結局は不幸になっちゃうのよ!!………だけど、今日は大丈夫。おばさんが一から貴方を鍛えなおしてあげるから…」
「い、いいです……ボクは…」
「遠慮禁止! 始めるわよシャル!!」
「は~い!!」
言うや否や、家の中に引っ張り込まれる陽太………そして彼は生まれて初めて…
「よし! 服を脱ぐ!!」
「ええ!?」
「出来ないの!?………シャル!! お母さんと一緒に服を脱がせるわよ!!」
「は~~~い!!」
生まれて初めて『女性のまで全裸にされる』という屈辱を味わうことになるのだった。
そしてシャルが陽太を家に呼び入れた初めての日の夜のこと。
友達を家に泊めるのは初めてとはしゃぐシャルと、ほとんど未体験といっていい優しい扱いに戸惑う陽太。そしてそんな二人を心底楽しそうに見つめる母親のエルーという構図で、夕食も大騒ぎしながら食べた後、シャルははしゃぎ疲れて最初に眠りに落ちてしまう。ベッドの上に母親によって寝かされたシャルは、幸せそうな寝顔を浮かべていた。
その光景をどこか遠い目で眺めていた陽太であったが、エルーはそんな陽太を手招きして呼び寄せる。
「おいで陽太………」
「は、はい………」
まだどこか怯えた表情になる陽太にエルーはどこか困ったような笑顔を浮かべ、優しく頭を撫でながら諭してくれる。
「そんなビクビクしなくても取って食べたりしないのに………」
「あ、あの………」
「ん、どうしたの?」
「き、きょ、今日は、ああ、ありがとうございました………ボクは…その……これで…」
シャルとエルーの二人には本当に感謝しているが、陽太はここにいるのがなんだか悪い気がしてならず、夜も遅いというのに家から出て行こうとする。
「ちょいさっ!」
「イダッ!」
だが、そんな陽太の頭にエルーはチョップを一発かまし、更に怒った表情で陽太を捕まえる。
「遠慮禁止っ! 子供がこんな時間に何を言ってるの!?」
「だ、だけど……僕は…」
「この国の子じゃないから?」
「!!?」
「親がいないから?」
「そ………それは……」
「一人ぼっちだから?」
「僕は……」
陽太の胸の内を、いっそのこと気持ちのいいくらいにズバズバ抉ってくるエルーであったが、彼女の目には嘲りも差別も存在してはない。
ただまっすぐな気持ちで彼女は大人として子供に接してくる。
「だから優しくされちゃいけないの? だからいじめられても当然なの? だから一人ぼっちなのも当然?……………ぜんぜん違うわ」
「……………」
「辛いなら言ってもいいの、寂しいなら言ってもいいの、怖いなら言ってもいいの、悲しいなら言ってもいいの………」
「……………」
「私は貴方のことが知りたい。大丈夫、ちゃんと私は貴方の話を聞くわ」
そして彼女は、目の前の幼子を優しく抱きしめた。
「だから私に教えて………貴方の本当の気持ち……」
「ボク………は………ボクは…」
震える肩、熱くなってくる目頭、その時陽太は生まれて初めてありのままの気持ちを誰かに語ってみた。
「わかんない……全然わかんない! なんで皆と違うのかも、皆がなんでボクをいじめるのかも! なんでお父さんもお母さんもいないのかも!!………なんで! なんで! なんで!!」
嗚咽が混じり始め、自分でも制御できなくなる気持ち。なぜ自分と皆が違うのか、一緒ではないのか?
物心ついた瞬間からすでに始まっていた差別に、陽太はどうしたらいいのかわからず、ずっと翻弄され続けていた。
そんな陽太を見ながら、エルーは彼の額に優しくキスをする。
「私のお母さんが教えてくれたの。大切なものにはキスをしなさいって………シャルにも教えているわ」
もう一度、キスをしたエルーは泣きそうになっていた陽太の額に、自分の額を当てながら、今まで聞いてきた中で一番優しい声色で目の前の少年に告げてくれた。
「偉いわ陽太、よく頑張ったわね………だけどもう大丈夫。安心して、貴方は一人じゃないの」
その言葉に、陽太の中にあった何かが完全に壊れる音が、彼の中だけで聞こえた。
「貴方は一人じゃない…………」
その時の気持ちを言い表す言葉を未だに陽太は持っていなかった。
だけど、あの日の陽太は………エルーの胸の中で、生れ落ちた時と同じぐらいに……本気で心の底から泣いた。
泣き疲れてエルーの腕の中で眠りに落ちるまで………。
「………これは」
陽太は揺れる瞳で目の前に映し出されている光景を見続ける。もう思い出すこともなかった古い日の在りし自分の姿に、戸惑いが隠せずにいた。そして座席を立ち上がろうとした瞬間、彼は唐突に理解した。
「ああ………そうか」
ここは自分の夢の中か、そのことに気がついた陽太は、すっかり肩の力が抜けて、おもいっきり脱力しながら座席にもたれ掛かる。同時に現実で起こったことを思い出し、急に頭の中に靄がかかって、目の前で映し出されている光景が、まるで本当の映画の中の話のように思えてくる。
そして今になって、どうしてこの光景を思い出したのだろうか?
だが、この光景を思い出しかたらこそ、陽太は現在の自分の在り方が、この時の許せずにいたのだった。
ISを纏い、空を飛べるようになった自分。
オーガコアとの戦い。
そしてその果てで、誰かから大切なものを奪いさったこと。
結局、自分は救われるべきではなかった。エルーのように、シャルのように、孤独に打ち震える者を救うことなんて自分には到底できない………そう、きっと今の自分は………。
―――口ばかりで理想をいつも言い放つ『アイツ』にすら劣る―――
―――『アイツ』は俺や千冬さんがどれだけ言っても、現実がどれほど過酷でもブレずに貫いている―――
―――だが俺は違う。俺は結局、力しか持っていない人間だ―――
その結論にいたると、自分の中にあった『何か』が、急に冷めていくのがわかった陽太は、静かに瞳を閉じようとする。
何故ならこれ以上この暖かい思い出を見るのは苦痛だから。
この暖かい思い出まで血の色で濡らしてしまう。それだけは絶対に許容できない………。
『………本当にそうかしら?』
「!?」
驚いて瞳を開いた陽太は、自分の隣にいつの間にか座っている人物の姿に、驚愕し、そして最大にまで見開いた瞳で『彼女』を凝視し続ける。
『あら? 久しぶりに会った『お母さん』にご挨拶は?』
「………エルーさん?」
目の前の映写機に映し出されている姿そのもので、今自分の隣に何故座っている!?
これは、夢なのか、幻なのか………今の今まで一度も見ることがなかった彼女の姿に呆然となる陽太だったが、そんな陽太の視線を受け流し、エルーは映像を見ながら話しかけてくる。
『もう、アレから9年………あ、貴方達は今年で16だから10年か』
「お、俺は………」
『たくさん、たくさん、歩いてきたのね』
「歩いて………きたけど」
『たくさん、たくさん、辛い事とか悲しい事とか、楽しいこと嬉しい事、正しかった事と間違ってしまった事を、繰り返してきたのね』
エルーは陽太の方を見て、彼女は彼の頬に手を置き、初めて一緒に過ごしたあの夜と同じ瞳で陽太を見つめた。
『たくさんの事を積み重ねて、たくさんの人に出会って、人は少しづつ前へ歩むものよ』
「………」
それでも、自分は何一つ前へ進んでいない。そう言い返そうとする陽太………自己の在り方を否定しようとした陽太の頭部に、彼女はほんの少しの衝撃を与える。
『ちょいさっ!』
あの日の晩、自分が初めて『家族』を持った、初めて『母親』を知った、あの日の夜と同じ声で、彼女は陽太の頭にチョップを打ち込む。
だが、子供時分と違い大した痛みを受けずに呆然としている陽太の様子に、エルーはシャルそっくりな怒った表情で頬を膨らませながら抗議する。
『もう! 生意気にも頑丈になったわね!?』
「あっ………いや、その……」
『でも今のその眼は気に入らないわよ? もう少し信じてあげなさい』
何を? と言いかける陽太の口に人差し指を優しく置いたエルーは、疑問ばかりを頭の中に浮かべる陽太に静かに諭す。
『それを見つけるのが今の貴方のやるべきことよ。大丈夫、そして忘れないで』
急速に世界が白み掛かり、陽太が驚いてエルーに手を伸ばす。だがどれだけ伸ばしても掴むことができない。それでも、と手を伸ばし続ける陽太だったが、そんな彼にエルーは伝えたかった最後の言葉を
「待ってくれ! 俺は!」
『貴方が感じることができたなら』
「エルーさ……」
『そこが闇の中でも、ちゃんと光は輝き続ける』
「かあさん!!」
自分が大好きだった『母親』の腕の中のような、暖かい光に包まれ、陽太の意識は現実に向かって覚醒を始めたのだった。
☆
シャルが気がつくと、なぜかそこは映画館の座席で、自分以外誰もいない場所で一人座り続けていた。
「?」
なぜ、自分はこんなところにいるのだろうか? そんな疑問が頭の中をよぎる中、突然明かり消え、スクリーンの幕が上がる。
そして、古い映写機が動く音がしたかと思えば、古ぼけた映像で、シャルが良く知る映像を写し始めたのだ。
よく晴れた夏の午後、家の裏側にある向日葵畑でたくさんの向日葵が咲き誇る中、シャルは陽太と二人きりで鬼ごっこをしながら遊んでいた。
「ヨウタが鬼だからね、よーーーい、ドンッ!」
「ええっ~!?」
ジャンケンすることもなく、笑顔で無理やりヨウタに鬼を押し付けたシャルはその場から急に走り出す。展開についていけない陽太であったが、シャルの『早く追いかけてくれないと面白くないでしょ!!』という言葉に、半ば急かされるように、彼女の後を急いで追いかける。
「わーーーいっ!!」
「ま、待ってよぉー!!」
どこまでも青い空と真っ白い雲と満開に咲く向日葵が見守る中、汗だくになりながら走り回る二人だったが、そんな二人の前に呼んでもいない客達が現れる。
「おい、見ろよ。例の東洋人だぜ?」
「ああ、最近このあたりに来たらしいな」
「しかも、何かあの女の家に住んでるみたいだぜ?」
「げぇっ! 東洋人と一緒に住むなんて、気持ち悪いだろ」
「ああ、すげぇ気持ち悪い」
近所の五人ほどの悪ガキ達である。普段から近所でいたずらをして大人達を困らせている五人だったが、彼らの今日の目的は、どうやら最近このあたりに現れた陽太のようだった。
鬼ごっこに夢中になって走っているシャルの前方を塞ぐ様に立ちはだかった五人は、ニヤニヤと如何にも小馬鹿にしてますと言った表情でシャルを見つめる。
「な、なによ! ちょっとそこ退きなさいよ!!」
突如道を塞がれてご立腹なシャルが五人に向かって叫ぶ。突然現れて自分と陽太との遊びの邪魔をするとは何事かと五人を怒鳴り飛ばす。最前列の少年が少しだけその剣幕に後ずさりする中、シャルに追いついた陽太が、彼女の肩を掴んで静止する。
「ダ、ダメだよ! 危ないよぉ!」
そのヨウタの様子を見たリーダー格の少年は、陽太の気弱な性格を見抜いた少年は、ズイズイと前に足を踏み出すと、シャルを無視して陽太に人差し指を突きつけながら、傲慢に言い放つ。
「早くこの町から出て行けよ、東洋人!」
「そうだそうだ!」
「みんなお前に迷惑してるんだよ!」
「そうだそうだ!!」
「だから、早くこの女の家から出て行けよ!!」
リーダー格の少年の発言に賛同するように囃し立てる少年達だったが、そんな少年達に陽太が困っていると、彼を庇う様に立つと、少年達に言い放つ。
「な、なんだよ?」
「迷惑じゃないもんッ!!!」
腹の底から言い放った音量に少年たちが一斉に後退りする。
「迷惑じゃないもん!! ヨウタがいてくれて、私とお母さんはすっっっっごく、うれしいもん!!!」
「いや、おまえのために」
「迷惑じゃないもん!! 迷惑じゃないもん!! 迷惑じゃないもんッ!!!」
陽太のことを何も知らない、何も理解しようとしない少年達に腹の底から怒りを感じたシャルがそう言い放つが、そんなシャルに対して、少年は更に言い返してくる。
「なんだよ。お前、気持ち悪いな」
「!?」
『気持ち悪い』という言葉に、言われているシャルもショックだったが、彼女よりもむしろ陽太の方がショックを受けたかのような表情になってしまう。
少年達は押し黙ったシャルに、今こそはと言葉による追撃を加えてきた。
「お前も、お前んとこのかあーちゃんも気持ち悪いな!」
「そ、そうだよ! 東洋人が好きだなんて、おまえんとこ気持ち悪いんだよ!!」
「気持ち悪い親子だな!」
口々に少年達は囃し立てる。
「そうだそうだ!」
「「「気持ち悪いッ! 気持ち悪いッ! 気持ち悪いッ!!!」」」
陽太だけではない。大好きな母親のことまで馬鹿にしてくる少年達に、シャルは若干顔を伏せながら、目じりに涙を貯めて少年達を睨み付けた。
「気持ち悪くなんて……ないもん。私のお母さん……気持ち悪くなんてないもん」
「「「気持ち悪いッ! 気持ち悪いッ! 気持ち悪いッ!!!」」」
だが少年達の罵声が止むことも無く、シャルの肩が震えだした時、陽太は突然皆に背を向けるとその場から走り去ってしまう。
「ヨウタァッ!」
慌てて陽太の後を追いかけようとするシャルは、一度だけ振り返ると、リーダー格の少年に舌を出してあっかんべーをし………。
「アナタなんて大っ嫌いッ!!」
そういい残して、シャルは陽太の後を追いかけていく………。
「陽太ッ!!」
「!!」
シャルが背後から自分の名前を叫び続けるが、陽太の足が止まることは無い。本気になればひょっとしたら陽太の方が足が速いのではないのかと疑うシャルだったが、その時、前方で陽太が道端の小石に足を取られて転倒してしまう。
勢い良く頭からひっくり返った陽太のことを心配して、急いでシャルは駆け寄った。
「大丈夫!?」
「…………」
「痛くない? 怪我してない?」
「…………」
だが一向に陽太が顔をあげようとしないことを心配して、シャルが近寄って肩に手を置くと、ようやく立ち上がろうとする。
「…………」
一滴の雫が大地に落ちる。陽太の瞳から零れ落ちた涙だ。シャルは最初、それは転倒した際の痛みのものだと思っていた。
だがそうではない―――陽太が泣いている理由は、そんな身体の痛みによるものではなかった。
「………やっぱりいい」
「えっ?」
「ボクは………あの家の子じゃない方がいい」
「な、何言ってるの?」
そしてようやく、その涙の理由が、あのいじめっ子達の言葉のせいだとシャルは理解した。
「シャルも、エルーさんも、ボクにたくさん優しくしてくれた………だから、ボクのために気持ち悪いなんて言われちゃダメだ」
「………ヨウタ」
「二人は………みんなに嫌われちゃダメだ。ボクみたいにみんなに嫌われちゃダメだ」
自分を卑下しながら、そう言い続ける陽太だったが、シャルはそんな陽太に微笑みかけると、彼を起き上がらせ、転んだ拍子に汚れてしまった泥だらけの服であるにも関わらず、そんなことは気にしてないといわんばかりに抱きしめたのだった。
「しゃ、シャル!?」
その突然の抱擁に、驚きの声を上げる陽太に、シャルは慈しみ溢れた声で囁いた。
「大丈夫だよ………大丈夫。私、ヨウタのこと嫌いになったりしないよ」
「!?」
「大丈夫だもん………私とお母さんは、ヨウタのこと大好きだもん」
陽太の背をポンポンと叩きながら、シャルは陽太と、一つの約束をする。
「だから、もう泣かないって約束してね?」
陽太はその声に、溢れそうになる涙を必死にこらえながら、『うん』と頷く。今し方、もう泣かないと約束したのだから………。
全くの余談であるが、走り去ったシャルを追いかけてきたいじめっ子達のリーダー格の少年は、近くにある木陰に身を隠しながら、しゃっくりをあげて半ベソをあげ、『あの東洋人絶対に許さん』と呟き続けたとかいないとか………。
その日の夜、陽太がちょうどお風呂に入っている(初日以降、断固として一緒に入ることだけは拒否し続けている)内にシャルは今日の日のことを母親のエルーに話し続けていた。
「そう………大変な一日だったのね」
洗い物を片付け、エルーはエプロンで手を拭うと、テーブルに座りながら話しかけてくる愛娘の頭を撫でる。くすぐったそうに身をよじるシャルだったが、それが何よりも彼女が大好きなことだと知っているエルーは、頭を撫でながら、シャルに問いかけた。
「ねぇシャル、こういう話を知ってるかしら?」
「??? 何々!?」
母親が問い掛けてくる言葉に興味津々になってテーブルに身を乗り出すシャル。
エルーはシャルに微笑みながら、対面の椅子に座ると、彼女にとある事を話しかける。
「シャル………人間の良心(こころ)って、どうやって生まれるか知ってる?」
「良心(こころ)?」
シャルが首を傾げる。
「そう。良心(こころ)は最初からあるわけじゃない………最初の頃、つまり赤ちゃんの頃から持ってるのは『お腹空いた』とか『眠いね』とか、そういう簡単な欲望だけね。良心(こころ)は身体の成長と同じで、いきなり大きくなったりしない。少しづつ自分で組み立てて大きくさせていくものなの。だから良心(やさしさ)って、人の数だけいっぱいあるのよ?」
「う~~~ん?」
突然された難しい話に頭を悩ませてテーブルに伏せるシャルに、笑いながらエルーは話を続ける。
「まだちょっとだけシャルロットには難しかったかな?」
「そ、そんなことないもん! ちゃんとわかってるもん!!」
「あらあら、それは頼もしいですこと………だったら、これだけは覚えておいてねシャル」
エルーは、少しだけ目を細め、シャルの両頬に触れると、彼女に一番伝えたい言葉を伝える。
「シャル………信じてあげられる子になってね。まだ見ぬ誰かのこと、そして陽太のこと………疑うなんて誰でもできる簡単なことだもの。だからシャルは信じてあげてね…………それはきっと」
―――陽太の力になるから―――
「!!」
目の前の映像を食い入るように見つめていたシャルであったが、突如として自分の隣からしてきた声に驚愕して振り返る。
そしてそこには、目の前の映像のままの姿のエルーが、いつの間にか自分の隣に座っていたのだった。
「お、お母さん………」
「あら、どうしたのシャルロット?」
声も仕草も匂いもそして笑顔も………あの頃の自分の母親そのものだと確信したシャルは、涙が溢れ出るのも我慢せずにエルーの胸に縋り付くと、泣きじゃくりながら問い掛けた。
「お、お母さん! ひっく! お母さん!!!」
「あらあら、相変わらず泣き虫さんねシャルロットは」
「どうしたらいいの!? どうすればいいの!? どうしたらヨウタを助けてあげられるの?」
―――思い出されるのは、ショッピングモールで、一人雨に打たれ続ける、陽太の背中―――
「どうしたら………どうしたら………」
「………シャルロット」
「ヨウタが一人で苦しんでるのが分ってるのに! 私、何もしてあげられないの! 一人で苦しみ続けているのに………どんな言葉をかけてあげたらいいのかも分らないの!」
「…………」
「ヨウタだけじゃない。フィーナ先輩にだって………戦いを止めることも、復讐を止めることも、悲しんで苦しんでる二人を助けることも……何も、何もできないの!!」
幼子のように母親の胸の中で泣き続けるシャルだったが、そんなシャルにエルーは、幼き日と変わらない笑顔で、彼女の涙を拭いながら、彼女は静かに諭した。
「シャル………信じてあげなさい」
「…………」
「大丈夫。雨がいつか上がるように、夜がいつか明けるように、終わらないものは何も無い………終わらないのは唯一つだけ。貴方が信じている『証(キズナ)』だけだから」
エルーが何を指しているのか、シャルには分らない。
ただ彼女の笑顔は、全てを知った上で、シャルに『信じてほしい』と言い続けるだけだ。
「さあ、もう大丈夫。だから早く行き(目を覚まし)なさい」
「え?」
突然のその言葉に動じるシャルだったが、エルーは尚も言葉を続ける。
「終わらないものはないわ………シャルは判るわよね?」
「イヤ!! まだ沢山、話が!!」
「大丈夫………お母さん、ずっとシャルの側にいるよ? だから………だから、貴方のいるべき場所はここじゃない」
母の手の温もりが自分の額に触れられる。あの日のままの大好きな手の温もり………シャルはその温もりを最後まで感じ続けながら、ゆっくりと瞳を開いていった………。
☆
「!!」
いつの間に寝入ってしまったのか、ベッドに伏せていたシャルは起き上がると、周囲を見回してみる。そこは先ほどまでの古ぼけた劇場ではなく、消毒液の匂いが漂うIS学園の保健室だった。
「…………」
額に右手を当てながら、シャルは先ほどまでの光景を思い浮かべる。
それは夢というにはあまりに鮮明な、母親との対面だった………母親が死んだ直後は、よく彼女との思い出を夢の中で見ながら、起きた時には一人で泣いたものだが、それでもあそこまで鮮明なものは今まで見たことが無い。
「あっ」
そしていつの間にか自分の左手が陽太の手を握っていることに気がつき、思わず赤面しながら引っ込めようとする。
だが、彼女が手を離そうとした瞬間、陽太が握り締め返してきたのだ………小さく呻きながら……。
「………シャル」
彼女の名前を口にしながら………。
「ヨウタ?」
その声を聞いたシャルは、先ほどまでの悲しみなど忘れてしまいそうになるぐらいの嬉しさを感じながら、右手で涙を拭うと、静かに陽太の手を解き、乱れた毛布を直して、彼の頬に優しくキスをする。
「………正しいかどうか、判らない」
それが正解なのか、過ちなのか、わからない。
もしもう一度母親に尋ねられるなら、尋ねてみたい………今から自分がしようとしていることが、正しいのかと。
「これでヨウタが救えるのか、フィーナ先輩が救えるのかもわからない」
陽太の人を殺したという罪悪感、マリアの家族を奪われたという憎しみ。それらは決して今までシャルが体験したこと無い、未知の感情だ。それを知らない自分が、二人の悲しみと苦しみを解消できるのかはわからない。ひょっとしたら、余計に二人を傷つけてしまう結果になるかもしれない。
「だけど………私、やってみるね」
だけど、このまま何もできずに、何もせずに終わらせてはならない。それだけは絶対に間違っている。 そう決意したシャルは、物音を立てずに、静かに保健室から出て行く。
「………先輩」
あの後、陽太によって無力化されたマリアは、本日、IS委員会から派遣される人間に護送される予定であり、それまでの間、千冬の監視の下、IS学園の一室に拘束されているのだ。
「…………」
シャルは自分の胸元で拳を握り締めると、大きく深呼吸をし、彼女がいる地下施設にまで大急ぎで走り出す。
「(待っててね、ヨウタ、先輩)」
シャルが淀みも迷いもせずにそう決意した時、何故だか、彼女の心の中にいる実母が微笑んでくれたような気がした………。
地下施設の一室にある、職員用の狭い個室に、マリアと千冬は対面するように座りながら世を過ごしていた。
時間は午前5時前………そろそろ夜が明けようとしている時間帯だったが、手錠につながれたマリアは宛がわれたベッドに腰掛けたまま、連れてこられた状態のまま、瞬き一つもしないで、そこに座り続けていた。
「(魂が抜けた抜け殻………無理もないか)」
万が一、彼女が脱走を企てたときに取り押さえる役として、同じ部屋で対面の椅子に座り続ける千冬も一夏達から事情を聞かされ、その内容の重さに息を呑んだ。
「(信じていた姉が、陽太を使って自殺同然の行為をした………)」
信じていた姉に裏切られた………そう感じてしまっているマリアには、もはや復讐の二文字すらも思い浮かばない………。
完全な生きた屍と化したマリアに、複雑な心境で彼女を見続ける千冬であったが、その時、入り口のドアの向こうで、マリアの監視役を同じように務めている真耶が、扉越しに声をかけてきた。
「お、織斑先生!」
「どうした、山田君?」
流石に迎えが来るには早すぎる………そんなことを考えていた千冬であったが、ドアの向こうに、真耶とはちがう人間の気配を感じ、眉間に皺を寄せながら問い掛けた。
「そこにいるのは誰だ?」
「………織斑先生」
ドアの向こうから、陽太の介抱をしているはずのシャルの声を聞いて、軽く驚いた表情となる千冬。
そして、シャルは、隣で少し焦りながらあたふたする真耶を尻目に、背筋を伸ばし、真っ直ぐな視線と、真剣な表情のまま、澄んだ声でドア越しに千冬に問い掛け返した。
「私と、フィーナ先輩で、話させてください」
このエルー母さんは夢か幻か………私としては、自分の子供達が心配になってちょっとだけ会いにきたと信じていたいですね。
さてさて、意外に誰かさんのことを認めていたり、チビのころはむしろ気弱なショタっ子だった陽太君………今の不良少年になるまで、どんなにいじめたんだよ、千冬さんに束さん?(汗
次回、ついにクライマックス!
傷ついた陽太の心に、彼の「言葉(おもい)」がようやく届く
PS
回想中、光速で失恋したいじめっ子少年………。
強く生きろ。いじめなんてするからそうなるんぞ(;ω;)