「何よ、何よ、化物! 死んだ奴らの為に何を必死になっているのよ! 意味がないでしょう! 解っているの? もう壊れているの、役目を終えたの。そいつらは使い捨ての残骸なのは理解しているでしょう!!」
目の前で斬られていく。情けも容赦もなく殺される自分の道具が、無惨に壊される事に憤り、悪鬼の女王は秋水へ怒りをぶつける。彼女からすれば捨てた塵芥を咎められ、その責任を責められるような秋水の暴虐に理解など出来はしないだろう。
化物の殺す理由など女王には関係がない。化物が暴れようと、それを叩き潰して一から組み直せばいい。作り直せばいい。その為の無限に製造できる力は自らが持ち、外敵を屠る牙は既に兵装として自分に従えさせている。
「ああ、もういいわ。もういいわよ。貴方が暴れたいなら好きになさいな! 私も好きに殺すわ! だってここは私の国だもの。全員を殺して私が作り直した私だけの場所だもの。誰も救えない貴方が此処で何人殺そうと変わらないの、同じなのよ? 貴方を殺して私はまた作り直せばいいだけだもの!!」
思考を奪い、自らの完成の為に戦闘以外の機能を演算に回した愛しき我が子。
兵装に定着させたこの生きた武器は刀を振るう化物への恐怖など微塵も感じさせず、溜め込んだ血を震わせて唸る。この獣に恐怖など元より存在しておらず、既にこの武器に宿らせた我が子は化物を餌と定めて殺意を滾らせている。
ただ目の前の獲物を屠り、その血肉を喰らおうとする肉食獣として自らの役目を果たし、自分を完璧な存在へと完成させる為の最高の武器にして最愛の子。それが殺意を滾らせるうねりの、なんと頼もしき事か。
「殺して! 殺しないさい! 私の世界にあんな化物必要ないの。さっさと殺してゴミ箱に捨ててきなさいな! 貴方が私の最強。そうでしょう!? あんなチビに私の獣は負けたりしないんだからっ!!」
兵装『氷血銀装』の拘束を解錠し、本能を呼び起こす。兵装を餌とする異常なまでの食欲の本能と獣を掛け合わせたような異形の牙。『死肉屠獣』を縛り付ける為の制御を悪鬼は完全に解放した。
右腕に埋め込んだ悪鬼のもう一つのコアが波打ち、形状を変形させる。丸みを帯びた頭部が大きく口を開くように裂ければ、獰猛な牙を揃えた頭部が獣の顎を造り出し、秋水へと狙いを定めた。
最終兵装『暴呑巨蛟(おおみずち)』
秋水の技『紅蛟』を模倣した高圧水圧による悪鬼兵装の体当たり。瓦礫と亡骸の残骸を巻き込んだ超大型の質量は蛇を真似、丸呑みにする巨大な顎。大量に放出された水銀の兵装を一点に集中させた大質量による力業は、例えどれ程の殺意であろうとも、一振りの刀剣では斬る事の出来ない水量を持って仕留めに掛かる。暴食の悪鬼は自身を一つの武器として秋水へと突貫する。
斬り殺された残骸を巻き込む暴力と水量が生み出された亡者を巻き込み、名も無き群れが化物を押し潰そうと景色を埋め尽くす。
「ねぇ、化物! そんな小さな身体で何をするのか見せてくださいな? 貴方の刀なんてISには届かない! 私の獣に食べられて、そのままゴミと一緒にぐっちゃ、ぐっちゃに潰れて引きちぎれちゃえばいいのよ!」
悪鬼は迎撃不可能な大質量の攻撃に勝利を確信し、破顔した顔で歓喜の瞬間を待ち望む。
秋水はその光景を前に、静かに上体を屈めて構える。回避を捨て、異様に傾けた前傾姿勢が肩を低く落とす。質量を前にして倒れるように膝を崩して前のめりに崩れた。ISの姿勢制御による僅かにも満たない一瞬の浮遊感。倒れるような不自然な姿勢から右足を軸に足元で回転を始め、練り上げた呼気が一瞬で最高速での踏み込みへと切り替わる。崩れた姿勢から全身を捻る高速で回転、ほぼゼロ距離から助走を必要としない超加速。そこから生み出す零から百への音速での突撃が水圧の壁へと飛翔し、体重を乗せた姿勢からISによる瞬間加速を加えて獣へと斬り込む。
狙うは獣の首ただ一つ。攻防一体の瓦礫と水圧によって遮られた要塞を前にして秋水は赤い線が示す軌道へと刃を振り抜いた。
獣の咆哮とも錯覚する水の勢いが秋水を越えて、目の前の残骸を巻き込み全てを押し流す。
「斬穢法術(きりえほうじゅつ)・“叢(むらくも)”」
一瞬の交差で造り出された巨大な体躯は幾重にも斬り刻まれて下腹の形状を崩す。下腹部を両断され、重なるように刻まれた刀傷がより深く切断。切り裂かれた傷口は溜め込まれた水量を支えきれず、腹部からの圧力で内蔵を撒き散らすように内部から残骸が溢れ出す。
原型を保てずに地に伏した獣の残りが天璽瑞宝の毒に蝕まれ、斬られた傷口が赤黒く全身を蝕む劇毒に悪鬼兵装は呻き、ぎちぎちと歪むように蠢いた。
静寂暗翳の標は正確にコアを斬り伏せ、肉厚の脂肪にもならない水量と残骸を秋水の刀術は容赦なく切り伏せる。悪鬼の核へと届いた刃は確かに傷を遺し、他の亡骸と同様に悪鬼兵装は蝕まれて巨体が毒によって至る箇所が爛れ、膨れ上がっていた。
秋水は斬り伏せた獲物を確かめる事もなく、切除された悪鬼兵装の先へ視線を向ける。視線の先では武器を失った悪鬼の女王が悲鳴を挙げて膝をついている。その笑みに歓喜は消え失せ、恐れを抱く視線は秋水を悲壮な表情で睨み付けていただろう。
我が子を殺した事を憎む母親のようにも見えるかと思ったが、そう錯覚した意識を秋水は嗤う。あれは他者を思って怒りを発露する輩ではなく、己の美を穢された事への怒りだと直ぐに解った。あの悪鬼は、自分の兵装を高らかに褒め讃えながらも、いざ必要なくなれば、若しくはより美しいものがあるならば、なんの遠慮もなく身に付けたものを捨てる浅ましさで塗り固められている。
幾人もの犠牲を餌と言い切る悪鬼の所業ではなく、最愛と謳うその様でありながら、斬られたと知った直後になんの躊躇いもなく我が子と呼ぶ兵装を捨てたあの無様さが秋水には酷く滑稽に映るだけだ。
「■■■■■■────ッ!!」
水面を弾く巨体が蠢く。まだ意識のある獣が死に体で唸っており、地べたを這いずり回って餌を求める姿が目に映った。獣は形状を保てぬ全身に毒が回り、再生を続ける先から無様に表皮がひび割れ、赤黒く血潮を噴出している。あの赤黒い血潮は恐らく奴の身体が精製した水銀ではなく、秋水の血刀によって侵食を続ける緋々色金が精製を繰り返し、内側から肉を食い破っているだけだろう。
見るに堪えない醜さよりも、役目を終えた亡者の亡骸を食い潰して無理矢理生き長らえようとする足掻きが、万が一にでも彼女達を喰おうとする事が無いよう、秋水は意識を集中させる。
彼女達の死は既に終えたものであると。例え亡骸を棄てられようと、その誰もが役目を終えて葬送されるべきであり、貴様の餌にする筋合いなど毛頭ないのだから。
『静寂暗翳』によって導き出された赤い曲線が蛇を掴むような幻視。赤い糸が絡みつき、その肉体の核となる悪鬼の魂へと標的を定める。
(警告:緋々色金異常出力 強制稼働:是 警告:血中濃度危険域 無視 警告:肉体損傷 痛覚遮断 失敗 『単一能力』:『火之迦具都治(カグツチ)』 照準)
赤い曲線が小さな円へと膨らみ、包み込むように悪鬼の核を中心とした周囲の残骸を巻き込む。強制発動によって範囲は恐ろしく狭く、秋水の全身からは過剰な負荷による損傷から全身の装甲が軋み、装着している秋水の肉体にすら損傷を与える。
肉体の損傷を高速で治療する筈の緋々色金の自己再生が阻害されてうまく作動しない。
殺意に他の機能を阻害され、殺す目的のみを最優先とした事で秋水自身の余剰な損傷も無視して対象を殺そうとするような破壊衝動と殺害本能。
秋水は自らに過負荷される損傷を無視してその殺意に身を任せた。
(警告:緋々色金異常出力 強制稼働:是 警告:血中濃度危険域 無視 警告:肉体損傷 痛覚遮断 失敗 『単一能力』:『火之迦具都治(カグツチ)』 発動)
その直後。悪鬼の胴体の一部分を中心に景色が一瞬だけ歪み、刹那のような一瞬で削り取るように核となっていた部品が『消えた』。
ISコアのエネルギーと緋々色金の持つ能力が創り出したもう一つの殺意の顕現。
秋水の視覚より与えられた情報から対象を捕捉。照準によって定められた区画から標的を中心に情報は解析され、あらゆる物質、装甲、防御、エネルギーはその領域内に置いて消失する。
これが『単一能力:火之迦具都治(カグツチ)』
極小の領域に限り秋水の殺意を具現化したISの単一能力は、一時的な緋々色金の機能低下と使用者である朽葉秋水への損傷を代償に、対象空間内のあらゆる物体を原子単位まで分解・消失させる。
次の瞬間、暴れていた大蛇の体躯は突如心臓部を失った事で、微かに揺らぎ、全身から血刀を噴出して原型を留める事すら出来なくなった。悪鬼の核で辛うじて保てていた肉体が、心臓部を失った事で制御を失い、獣は己が死した事すら気付く事も叶わずに消失したのだろう。
(警告:緋々色金 過負荷 対応:優先項目確認 解:通常機能低下 解:自動蘇生機能低下 解:血刀精製低下 解:血刀精製機能優先回復 解:全機能再起動一万二○○○秒以上 解:血刀以外再生起動用意 解:是)
全身への負担が自分の『機能』を不全に落とし、ISの稼働すらままならない程に消耗させている。これ程燃費の悪い能力とは思わず、秋水も思わず膝を地面に付いて動けなくなった程だ。
(警告:血中濃度 危険 危険 危険 危険 危険 危険)
警告が伝えるように秋水の全身を蝕むような不快感と損傷による痛みが襲う。それらを無視するように限界を伝える機能とは別に緋々色金が秋水の修復を続け、暴れ出るように精製を続ける緋々色金が右腕の刃を変色させる。
緋色の刃の上をひび割れるような真紅の裂け目が刻まれていき、根元から次第に滲み出すように黒く別の色へと変色を開始していく。
戦闘中であれば秋水の肉体が許容出来ない緋々色金は体外へと排出され、彼の殺意に応えるように形態を変えていくだろう。だが、今の秋水は自らの意思で排斥を止め、わざと濃度を高めている。
ふいに、噎せるような嘔吐感に襲われた秋水が口から血液を吐き出す。床へ吐き捨てられた血液はドス黒く、既にこれが秋水の全身を巡っていると知れば敵であろうと悪鬼は目の前の化物に寒気を抱かずにはいられない。
「斬穢法術───『黒死英雄幕引刃誅(こくし えいゆう まくひき じんちゅう)』」
己の殺意を顕現して『英雄(人)』を殺す。
かつて朽葉博士がその人生を賭して造り上げた妖刀。『秋水』はその起源ともいえる一刀を悪鬼へと突き立てる。
通常のISであればシールドに回すエネルギーも既に循環する再生機能へと発展させた悪鬼に身を守る子はおらず、防御に回す余力も残されていない彼女の無防備な腹部を秋水の黒刀が深々と刺し貫く。
するりと抵抗もなく肌を裂く刀身を呆然と見下ろし、悪鬼は自らが刺された事を僅かに遅れて悲鳴を挙げた。
刺突された刃が身を貫く痛みに悶え、直ぐ目の前に化物がいる恐怖から仰け反るように後ろへと倒れ込む悪鬼の女王。秋水はそれを冷めた眼で見下ろし、用は済んだとばかりに踵を返して何処かへと歩を進めて彼女から離れた。
「は……生きてる……まだ、生きてる……」
見逃された。見れば秋水の突き立てた刃は腹部に残っている。どうやら彼は自分の意思で刀を根元から切除したらしい。だが、その目的も理由も悪鬼にはもうどうでも良かった。
「完璧な緋々色金……これさえあれば、また子供達は更に完璧な兵士に……!」
既に肉体からは痛覚を切り離し、悪鬼は恍惚の笑みを浮かべて唇を醜く歪ませる。このままでは終わらない、何度でも何度でも繰り返せば良い。既にオーガコアとしての自分は捨て、幾つもの素体を作り替えた自分は新たな生物としての資格をもつ。こんな旧世代の遺物などに今度は遅れをとる事などありはしない。
もう次の手段に使える『材料』は手に入れた。放置しても殺せると判断した化物の甘さと自分の中の幸運を悪鬼は歓喜し、残された刃へと新たな情報を求めて右手を伸ばす。
黒刀へ触れようと伸ばした右腕が、肘から先がぼとりと痛みも無く崩れ落ちた。
「……は……?」
ダメージのせいで構成が不十分だったせいだ。悪鬼はすぐさま修復する為に右肘へと意識を向け、右腕の再生を命じる。命じた右腕からは悪鬼の命じた女性の腕ではなく、緋色の刃が無数に内側から生えてきた。
「ひっ、ぃっ!! な、何よコレッ!!」
悪鬼の肘から下を大小のサイズを無視して絶えず生え換わる刃が血液の代わりに溢れ落ち、自分の目の前に大量の刃を吐き出していく。
思わず再生を中止させようとするも既に彼女の命令を受け付けず、右肘だけでなく右肩まで刃が飛び出しており、生身の肌を食い破るように刃物が彼女の右半身を覆い尽くそうとする。
「イヤッ! イヤァ!! タスケテ! タスゲッ……アッ、アァァァ!!」
右半身から腹部、胸部、左腕、右足、左足……全身から血液が流れ落ちるように溢れだす無数の刃に埋もれながら悪鬼は逃げるように肉体を切り落として刃から逃げ出そうとする。だが、黒刀の刺さる胴体は既に命令を受け入れず、悪鬼の意思とは別に痛みを捨てた四肢からは捨てた先端から緋色の刃が生え換わり、首から下が全て刃を精製し続ける。
悲鳴を挙げた喉から下顎にかけて内側から刃が食い込み、すぐに下顎から下を切り落とした。悪鬼は悲鳴も血の泡(あぶく)を溢す事も叶わず、身動きの取れないままに最後には眼球にまで侵食した刃が奪い尽くした。
四肢を放棄して尚も精製の止まらぬ刃の群れに喰い千切られ、彼女の痛覚遮断の命令すら遮られるように切除される。悲鳴も懇願も叶わぬ死に体の残りを激痛と恐怖が悪鬼を襲おうと、彼女の得た再生能力が彼女から死を奪う。無尽蔵ともいえるエネルギーによる再生能力が途切れた命令から自動で再生を続け、奪い取る為だけに四肢を生やそうとする悪鬼の肉体を新たな刃が生まれ続ける。
これが『黒死英雄幕引刃誅』
英雄を名乗る悪鬼へと殺意を遺す為、自らの消耗も度外視する程の高濃度に圧縮された血刀の刃を、直接敵対者へと放棄する捨て身の絶技。
刺された対象は本来の緋々色金が持つ毒性を直接打ち込まれ、緋々色金は対象者の全身を膨れ上がらせる前に全身へと毒を巡る事を優先させる。刺された痛みも無く病魔が蝕むように血管を介して全身を巡る緋々色金が侵食を終え、肉体の内部から高濃度の緋々色金が刺された対象の『血液』を媒介として無尽蔵に刃の精製を繰り返す。
最初は傷口から。無尽蔵に溢れ落ちる刃が傷口から溢れる異様な光景。だが、一度侵食を開始した刃は止まることを知らず、血液を『素材』として精製された刃は刺された対象が生命活動を停止するまで全身の至る部位から刃を造り出して喰い破ろうとするだろう。
刺された対象が殺し尽くせぬ再生力を持っているならば、その力を捨てでも己から死を選ぶまで刃を生み続ければよい。ただそれだけの身勝手な殺意。
英雄を人として殺す為でなく、英雄を名乗る不死の悪鬼を殺す為だけに刻まれた新たな業がまた一つ『秋水』へと刻まれた。
過去にセイバー・リリィを殺す為に業を刻んだ時のように、『秋水』は『英雄』として定めた標的を殺す為に刃が進化し続ける。刺し違えてでも殺す『相殺』を目的とした刃は、『秋水』として完成した事で不死に近い性能を呪いとして抱え、かつて朽葉博士の想定を越えた改悪をしている。例えそれを『秋水』の使い手である朽葉秋水本人が拒もうと、その呪いは『英雄』という存在がある限り、幾度でも彼に『英雄殺し』という役目を与え、人が求める限り彼らの前で英雄として讃えられた者を殺そうとするだろう。
化物と恐れられ、在り方を憎しみで否定された朽葉秋水は。彼は今でも亡くした男の願いと共に生きている。
英雄として讃えられようとも、英雄はどこまでも人なのだと。名前も知らぬ誰かの願いを背負い、誰とも知らぬ人々の声を独りで応える必要は無いのだと──
英雄という『生贄』を選び、数多の群衆が積み重ねた負債を背負わせる『犠牲』などにする事は無いのだと、殺してでも救うと誓う朽葉博士が狂人としての願いが朽葉秋水の血を流れるのだ。
既に殺した悪鬼から離れて一人歩いていた秋水は、不意に自らの右手を見つめる。
自分の意思で刃を折った後は特に残っておらず、右腕にはなにも残っていない。散々殺し尽くした亡者の残骸も、脂と血の混じる不快な残り香は渇いてとうの昔に消えており、自分の中には空っぽな掌だけが残っている。
何故かそれが酷く滑稽で、一人呟くと己で嗤ってしまう。
「くだらないよな……なんも進歩してない」
二年前とまるで変わらぬ自分。助けたいと願うばかりで、何一つ守る事も、助ける事もできず、目の前の獲物を殺すばかりの自分がやってきた事はなんだったのか。秋水はけらけらと渇いた笑みを浮かべて嗤い続ける。
「爺さんの所で学んだ事いえば、金の稼ぎ方とギャンブルのイカサマ、家事雑用に書類の作り方。あとは、まぁ……お嬢の世話とかナンパのやり方くらいか? ああ、忘れてないよ。アンタがそのつもりで無くても、立派に殺し方も覚えたらしい。今回の件でよく解ったよ。 どう頑張っても俺に誰かを助けようなんて土台無理な話だ」
ただ何かを諦めたように吐き捨て、だらだらと残骸だらけの地下を出ていこうとすると、持っていた端末から聞こえた小さな声に反応する。
声の主はトーラだった。また難しい顔をしていたが、秋水は自分の周りに見える景色も適当にはぐらかして帰る事を伝え、街の外で陸戦部隊と合流する事を確認。その時、漸く自分が丸一日連絡をしていなかった事を知った。
リリィから説教か、レオンからの小言か。めんどうくさそうに頭を掻いて出口へ足を向ける。ふと、振り向けば役目を終えたISが鎮座していた。緋々色金に侵食されたパワードスーツの部品は原型を残しながらも罅割れたように装甲が崩れ、高濃度の緋々色金を無理に取り込んで稼働し続けた代償から至る箇所のパーツが錆びて朽ちている。
胸部の中央からコアが排出されて、子供用の指輪だった待機状態とは違う小さな立方体となって転がり落ちてきた。小さな箱が緋色に輝きを放つが、秋水はそれを一瞥すると何事もなかったようにISの残骸を通り過ぎる。
既に少女との約束は果たした。命を賭けて託してくれた願いに自分が応えられたのかは本人にも解らない。だが、その願いを確かめる術も秋水にはもう無いのだ。ただ、その願いを託されたのが彼女達なら──
──騎士王は……
──銀の射手は……
──────この子達を救えたのだろうか?
もう終わってしまった事だと自分を納得させながら、朽葉秋水は屍者の国から誰にも気付かれずに姿を消した。
そうしてカンピオーネから生者は消えた翌日。カジノの一部から街が崩落した一件は地盤沈下による事故として処理され、屍者の国は誰にも知られる事なく日常へと埋め尽くされていく。
■
ISの開発される少し前の話。
思い出せる記憶なんてものは少年には無く、彼が今も語るのはただの情報としての記憶。
ただ、それでも少年にとっては始まりであり、まだ彼に『朽葉』という銘はなく、ただの『秋水』だった頃の話だ。
少年が目覚めた時、辺りは真っ暗で何も見えず、今どこにいるのかも、目を覚ます前の事も何一つ彼は思い出すことが出来なかった。
鉛のように重い体を引き摺って起き上がると首には何かが巻きつけられているのが触れた感触で解ったくらいで、他には何もかった。
ふらつく足取りで光の射す方へ少年が向かうと、光の目の前には壮年の白衣を着た男性が一人。
誰かもわからないままに少年は男へ向けて小さく一言。「お父さん」そう声を掛けた。
男は少年を見下ろしたまま、冷たく告げる。
「私を父親と呼ぶな。秋水」
それが彼の思い出せる朽葉博士との最初の思い出だった。
■
秋水と呼ばれた少年の日常は同じ日々の繰り返し。
起床、朝食、訓練、昼食、検査、調整、検査、訓練、夕食、睡眠の繰り返し。
毎日のように様々な人形と戦闘を繰り返し、あらゆる戦闘パターンを繰り返す。
武器を命令によって変更し、使い方がわからなくとも調整の中で奇妙な機械を繋がれれば使い方を直ぐに覚えることが出来る。
少年が嫌いなものは検査。
幾人もの研究者が朽葉博士と共に現れ、機械に繋がれた秋水へ赤い液体を注入していく。
直ぐに全身を痛みが襲い、身体や手足から刃が突き出し、それを制御しろと博士は命令をするだけ。
沢山集中して、沢山頑張らないと刃物はいうことを聞かず、検査が終了してもいきなり騒ぎ出すように刃物が出てくるから秋水は検査が嫌いだった。
一日を過ごすのは無愛想な職員が殆どだが、自分以外にも研究所に子供がいるのは知っている。短い移動時間の中で職員達と一緒に通る通路の先にいる同い年くらいの子供達。年齢は十歳から十五歳くらいまで、秋水と歳が近そうな子も大勢いる。
だが、秋水は彼らに近寄ることを許可されていない。一緒に渡る職員が許さなかったし、朽葉博士が許可をしなかった。それなのに職員の誰もが自分の前では表情を変えないくせに、彼らの前でだけ笑ったりしているのは少しだけ面白くないと思っていた。
一人で過ごす秋水にも楽しみな時間はある。
自室とも呼べない広いだけの部屋で相手をしてくれる義兄が二人いることだ。戦闘用の人形に感情のデータを移しただけの擬似人間。本当の人間ではないが、どういう仕組みなのか二人とも自分と同じようによく笑ってくれる。
自分にはこの二人の兄が居る。そして、彼らは研究さえ終われば博士も秋水のことを迎えに来てくれる、離れている子供達とも遊べるようになると言ってくれていた。
あの頃はいつか終わる研究というのが、幸福な終りであると疑っていなかった。
■
暫くの訓練だけが続く毎日の中で、普段とは異なる警報が鳴り響き、秋水の自室には厳重な封鎖がされる。義兄がすぐに戻ると言い残して秋水を部屋に残したが、秋水は二人が心配で閉鎖されていた部屋を抜け出した。
元々緋々色金をベースに開発をした施設なら、秋水に扱えない事は無い。義兄がこっそり渡してくれたIDを使い、秋水は隔壁の外へと義兄を迎えに向かった。
隔壁の外は施設中に見た事もないような傷跡を残し、誰かに襲われていた。まだ鳴り止まぬ警報が施設中に鳴り響き、遠くからは銃声や爆発の音が聞こえる。秋水は壁から流出した緋々色金に掌を浸し、義兄の居場所を探った。
緋々色金からは何も伝わらず、何処にも居場所が解らない二人を探すように銃声から離れるように施設の中を探し、二人を探す度に何度も遠目から見た子供達の死体を見つけた。
銃で胸を貫かれ、白い衣服を真っ赤に染めた子、頭を打ち抜かれ、後頭部がぽっかりと無くなっている子、腰から下が無くなっている人や精製した武器に内側から食い破られている人も倒れている。
義兄の二人も彼らと同じように誰かに傷付けられているのかと不安が秋水を襲い、足取りが覚束無いまま、まだ襲撃者の到着していない区画へと辿り着いた。
そこには何もなく、訓練場のようなただ広いスペースとも違う不思議な空間だった。白い家具が置かれ、壁に貼り付けられた写真には攻撃してきた子供たちの食事風景や寝顔の写真が乱雑に貼られている。
そのどれもがカメラを向いておらず、この部屋の持ち主が彼らに知られないまま、まるで生きていた頃を残すかのように撮られた写真ばかりだった。
暗がりにいたのは朽葉博士。言葉も数回しか交わした事のない博士は眉一つ動かさずに秋水へ何かを命じた。
その瞬間、秋水の意志を無視して右腕から精製された赤い刃が博士へ突きさされ、痛みなど感じていないように自らを貫いた刃を静かに見下ろしている。
突如制御を無視した『機能』に秋水は刃を引こうとしたが、命令を受け付けない。朽葉博士は狼狽える秋水に気にした様子もなく抑揚の無い声で少年を「秋水」と呼んだ。
貫く刃が父親を穿つ。必死に食い止めようとするも、血の刃は秋水の命令を拒むようにじわりと父親を貫いていく。
自分の命令を聞かない事に命令権が父親にもあるのだと秋水は気づき、父親に対して止めるように「博士」と叫ぶ。
自分の手で家族に刃を突き刺した感触が残り続け、自分の全身を這うようにまとわりつく嫌悪感から逃げ出すこともできず、秋水は父親を叫び続けた。
今ならば助かるかもしれないと、名前も知らない朽葉博士を「博士」と叫び続けて。
だが、自身の躰を貫かれながらも朽葉博士の双眸は秋水を静かに見つめ、必死に「博士」と叫ぶ秋水を沈黙したまま見つめていた。痛みで声が出ないのかと刃を食い止める秋水だったが、朽葉博士が遺した言葉は秋水にとって残酷ともいえる宣告になる。
「お前は失敗作だった」と。
言葉の意味が分からずに聞き返すこともできなかった秋水だったが、朽葉博士は最初から彼に語りかけてなどいなかった。
秋水を前にして尚、その意識は秋水ではなく、彼の肉体に取り付けられた兵装に対しての呪詛のようなものだった。
朽葉博士は確かに英雄を殺す刃を作った。彼女の為かといえば、別にそう言う訳でもなく、彼は純粋に英雄というものに憧れよりも敵意の方が強かっただけだ。
英雄として人々に求められる時代を憎み、英雄のいる時代を蔑む。
人々が求める生贄がより多くの犠牲を生むのだと、それ解っていながらも求め続ける人の業を彼は憎んだ。
故に、人を人として殺す為に刃を生み出した。
英雄として何かを成し得た者を殺め、それがただの人なのだと世に知らしめたいと願った。
故に彼は自身の求めた刃を追求し、追い求めた。
英雄を殺す為の兵装として数々の兵装が共に発案され、犠牲の中で生み出され、命と共に捨てられ、名も知れぬ骸だけが博士の前に積み上げられていく。
英雄を殺そうとする思想など当時は受け入れられるワケもなく、程なくして朽葉博士は同じ志を持った者達と共に追放され、何人もの同胞が咎人として裁かれた。
志す篝火は小さく、振り返ればその犠牲は救いたいという願いからは遠く、いつしか英雄と呼ばれた彼らとは異なる狂人と呼ばれる存在へと堕ちていた。
自分のような存在が悪なのだと世界は言うだろう。それを彼は否定しない。犠牲の上に目的を成すことを是とし、英雄という曖昧な存在の為に命を積み上げる自分達は間違いなく悪人であり、狂人なのだ。
それでいいと思った。いつか世界が、英雄と呼ばれるものが自分達を裁こうと構わないと思っていた。
だが、それでも作り上げたいものがある。
英雄が全てを救おうとしよう、それを人々は歓喜するだろう。
英雄ならば救ってくれる。
嗚呼、もう大丈夫だ。英雄がやってくれる。
英雄さえいればいい。英雄さえいるなら大丈夫だ。
「英雄がいるなら、自分達はもういいだろう」
朽葉博士にとって、英雄に負債を押し付けるような結末だけは耐えられなかった。
だからこそ英雄だろうと人であると知らしめたかった。その為の刃を造りたかった。
卑怯な話だが世界が求めた英雄に対して、彼らに背負わせた負債を捨ててやろうと。
憎まれようと、恨まれようと、人々から恨みを買おうと、誰か一人が背負う責任なんてものは無くなればいいと……
英雄と呼ばれる彼らにも誰かを思う心があり、帰る場所がある。
彼らを思う家族が居るのなら、一人に背負わせるべきじゃない。
朽葉博士は罪の告白でもするかのように、そう口にした。
余りにも身勝手な話だと、自分で嗤い、蔑むように自分の進んできた道を貶す。
何故十年も過ぎて自分の道が間違いなのだと気づいたのか、何が過ちだったのか……
その問いかけを自分へ向けた朽葉博士は最後に秋水へハッキリと自分の指を突きつけた。
「お前のような存在が完成してしまったからだ」
英雄を殺す為の刃がお前のような作品に仕上がってしまった。
完成はした。お前の肉体に定着した緋々色金は完全に同調し、移植した心臓はお前の全身へ緋々色金を流し込み、全身の血管から細胞、神経系まで全てを緋々色金と同調するよう変異させた。
お前はこの十年で全身を緋々色金に耐えられるように改変させ、進化させていった。人が人ならざる方向へ進んだという意味ではあれば、朽葉秋水という存在は種として替えのない完全な個体として扱う事になるだろう。
朽葉博士は当時、心臓は役目を終えて摘出するつもりでいた。だが、その心臓は事もあろうに秋水の元へと強制的に戻っていった。
此方で摘出し、外部で何度破壊を繰り返そうと心臓は元に戻り、緋々色金が活性化して超速再生を繰り返す。
心臓の摘出された貴様を廃棄する為に何度も殺した。だが、それも意味がなかった。
切断、銃弾、粉砕、爆発、焼却、冷凍、破壊、腐食、劇毒、多種多様の方法から多種多様の薬品まで試そうとも貴様は何度死んでも蘇る。
心臓そのものを摘出しようとも、全身に適応した緋々色金が貴様を生かし、排出された心臓がどれだけ離れようと、どれだけ壊れようとも蘇る。
成功はした。だが、朽葉としてお前は完成とは呼べない。
お前こそが化物だ。お前こそが英雄に殺されるべき化物であり、お前のような存在は間違いなく在ってはならない。
故にお前は死ぬべきだと。英雄に討たれ、人としてではなく、化物として早々に死ぬべきだと。
朽葉の研究は英雄を殺してでも救いたいという願いからは逸脱した。成功した唯一の貴様という存在が、英雄を追い詰めて人から追いやるのならば、お前は死ぬべきだ。
呪詛のように自らの死を望む父親に縋る様な思いで朽葉博士と呼ぶ秋水に、博士は憎悪を込めて命令する。
その声音に救いはなく、差し伸べる手などとうに無いのだと、秋水を絶望へと追いやった。
ガラス越しに眺めるしか出来なかった光景。被験者へ手を伸ばし、彼らに父親と呼ばれて笑う姿は自分には手に入らない。そう理解するしか無い秋水に向け、朽葉博士は血反吐を吐き出して吼える。
「お前は在ってはならない存在(もの)だと。私はお前を否定する。
眼前の敵を殺すしか出来ない失敗作め。死ぬまで苦しめ化物。
私は貴様の管理権を完全に放棄する。以後、貴様は誰の命令を受けることもなく、自らの刃で死ね」
やめてくれと叫ぶ秋水が最後に父さんと叫んだ──
「気安く呼ぶな──化物」
秋水の願いも虚しく、心臓を深く貫かれた朽葉博士は呻く事も出来ずに首を切り落とされ、力無く死体が崩れ落ちた。
最後の指令を全うした刃はこれより完全に秋水へと隷属する事となる。
その瞳は最後まで秋水を息子として写すことは無かった。
貫かれた刃が形状を変えて秋水の体内へと戻り、秋水の手元は自分の刃を握り締めた返り血で鮮血に染まる。
心臓を貫き、首を切り落とした鮮血が血を巡り秋水へと記憶を映像として残す。
父親と呼びたかった博士の記憶はあれほど恨みと憎悪を込めた呪詛を自分に吐き出しながら、伝わる記憶は全てが被検体だった子供達の記憶ばかりだった……
血の涙を流して秋水は吼える。
仲間へと向けられた眼差しは確かに本物で、そして自分に向けられた言葉にも嘘はなく。
そして実の父親は、実の息子である秋水に殺す事だけを求めていたのだと。
家族だと信じた義兄が告げたのは確かに真実で、朽葉博士が生きて欲しいと最後に願ったのは子供たちで、その願いを彼らは伝えられながらも家族として此処を死に場所として選んでいた。
そこに、一度として秋水の顔は映らなかった。
博士の残した刃は秋水の殺意を確かに形に変え、その殺意は父親への憎悪でなく、確かにこの世界への憎しみが形になったものだった。
刃の中央で崩れ落ちた秋水は血の涙を拭う事もなく、父親が残した命令を叶えようと立ち上がる。
どうすればいいのか判らないままに、ただ一つ、自分が死ぬ為だけに行動を開始する。
そうして、最初に出会ったのは金色の髪をなびかせた小さな少女だった。
■
「ああ、そういや俺と似ていたな」
亡国機業に戻って既に数日。使われていない倉庫を資料の保管庫にした雑な作りの倉庫の中で、秋水は思い出したように一人呟く。
今思い出せば、地下の実験施設も彼女達の環境も、どこか自分と似ていたかもしれない。
オーガコア二つを壊してISコアも回収せずに戻ってきた秋水。流石にこれは解雇で殺処分か実験動物(マウス)落ちかと適当に考えていたが、戻ってきた秋水を待っていたレオンからは休みを言い渡されただけで終わった。
壁に貼られたカレンダーの日付を捲くり、秋水は部屋の外へ出る。
引き継ぎも必要のない完全な休日。しかも連休。秋水は事件の件など忘れたように振る舞い、飄々と街へと出かけた。
次回最終予告
全ては元へと戻り、少年にも日常が戻る。
人は何に従うべきで 何を探すべきなのか?
THE・ EPISODE『Scarlet』―終幕―
そして外伝は、本編へと繋がっていく