IS インフィニット・ストラトス 〜太陽の翼〜   作:フゥ太

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更新が遅れた上にあまり物語が進まない。

うん、いつも通りかもしれない(汗)



そしてこの回で、一つの真実が語られます


刃が見つめる先

 

 

 

 

 

 ―――画面に映る、地面に陥没した弟子と、それを行う自らの親友の姿―――

 

「ッ!」

 

 この映像を見た瞬間、千冬は踵を返して扉に向かって歩き出すと、手早く上着を脱ぎ始める。

 

「千冬っ!!」

 

 画面に食い入ってしまっていたため、彼女の行動に気がつくのが遅れたカールが慌てて駆け寄り、彼女を静止しようと試みた。

 

「何処に行く気だ!? 君の持ち場はここだ!!」

 

 弟子の窮地の姿を目の当たりにした彼女が次に起こす行動など、彼には容易に想像出来ただけに、絶対にそれをまかり通すことは許せないのだ。

 

「………すまないカール」

 

 着ていた服を脱ぎ捨て、黒いISスーツ姿になった千冬が困ったような笑みを浮かべた千冬は、謝罪の言葉を続ける。

 

「今日まで親身になって色々手を尽くしてくれたのにな………私は本当にひどい人間だ」

「そんな言葉を聴きたいわけじゃない! 私に済まないという気持ちがあるなら、この部屋から出て行くな!」

 

 長年の親友に対する友情を感じさせる必死さで、何とか彼女を押しとどめようとするカールだからこそ、千冬は心からの願いを託すことにした。

 

「未来に道を作っていくアイツ等を見守ってやってほしい………お前にだからこそ頼める」

 

 迷いも憂いもない、真っ直ぐな願いに、一瞬怯んでしまうカール………彼女の瞳宿っている強い意志が理解できるだけに、そんな彼女を『死ぬ』とわかっている戦場に行かせる訳にはいかないのだ。

 彼女の意思に気圧されながらも、説得を続けようと一瞬、視線を外して決意を改める。

 

「千ふ・」

「すまない」

「!?」

 

 だが、彼女が接近していた事に気がつかず、千冬の拳がカールの腹部にまともに突き刺さった。

 

「ち………き…い」

 

 彼女の肩に手をつきながらも崩れ落ちるカールをゆっくりと下ろした千冬は、穏やかな表情で別れを告げる。

 

「さらばだカール。お前とこの学園での生活、存外楽しかった」

 

 気を失った親友に別れの言葉を告げ、手に持っていたリボンで髪を括り、箒と同じポニーテールにした千冬が、ドアに向かって再び歩き出そうとする。

 

「織斑先生ッ!!」

 

 しかし、背後から涙声で彼女を呼び止める同僚の後輩教師の悲痛な叫びが彼女の歩みを止めてしまう。

 

「山田先生………これから貴方に多大な苦労かけるのを承知しているのに、何も報えないことを、今謝ります」

 

 一方的な謝罪と粗末な侘びの言葉だけを残して去っていくことに罪悪感を持ってはいたが、決して振り返ることないという決意のままに、待機状態のISを持って司令室を飛び出した千冬であったが、最短ルートで外に出ようと廊下の角を曲がった瞬間、巨大な影が目の前に立ち塞がった。

 

「奈良橋先生ッ!!」

「……………」

 

 腕組みをした状態で廊下のど真ん中で仁王立ちしている奈良橋に、千冬は一瞬だけ呆けた様な表情をするが、すぐさま顔を引き締め、彼に避難するように注意を施す。

 

「ここは危険です。今すぐ非常出口からの脱出をッ!」

「………私は貴方に頼まれて、そのISの整備を行いました」

 

 だが、鉄仮面のままで表情を崩さない奈良橋は道を譲ろうとはせずに話しかける。

 

「だからどうしても聞いておきたい。ご自分の身体が重大な障害を抱えている状態で戦闘をすれば、命に関わる」

 

 どうしても彼女自身の口から聞いておきたいことがあったから………。

 

「貴方は、全ての責任を他の人間に押し付けたままで、死ぬおつもりか?」

 

 そんな無責任なやり方を断固として認めるわけにはいかない。返答次第では女性である彼女を張り倒してでもこの場を死守しようとする奈良橋であったが、そんな彼に千冬は、先ほどと同じ穏やかな表情を浮かべ、はっきりと答える。

 

「きっと、過去と未来のためです」

「………?」

 

 穏やかに自分の心境を語る千冬に、奈良橋は静かに耳を傾ける。

 

「10年前………私は確かに守られた。そのことに後悔もしました………私などよりもずっと生きる人がいただろうにと」

「………織斑先生」

「そして数年前、とある人の勧めで教師を始めたのですが………これがまた悪戦苦闘の毎日で、ままならないことばかりなんです」

 

 だがそれだけではなかった。

 稚拙に、手探りで、生徒達と向き合う日々の中で、彼女は本当にかけがえのないものがあることに気がついた。

 

「私が……」

 

 ―――殺めてしまった『英雄(先生)』の、真の遺志を継ぎ―――

 

「私の……」

 

 ―――信じている可能性を秘めた教え子達を―――

 

「守りたいんです」

 

 教え子と向き合うことで、ようやく先生が自分達に何を伝えたかったのか、本当の意味で理解できるようになってきたから………。

 

「そしてそれをアイツにつぶしてほしくない。共に守ろうと………誓ったアイツに」

 

 そしてそれを壊そうとしている人間が、かつて自分と共に先生を守ろうとした人間であるのだから、彼女を止める責務が自分にはあるのだ。

 瞳に揺るがぬ意志を宿した千冬に、奈良橋は何を見たのか………ゆっくりと道を譲ると、彼は深く頭を下げ、そしてその状態で静かに言い放つ。

 

「何も心配しないでください。どうか、心の赴くままに」

「………奈良橋先生」

 

 一礼し、その場を駆け出す千冬はすれ違いざまに奈良橋に、心からの感謝の言葉を残していく。

 

「本当にありがとうございます。貴方にも良き運命の旅を」

 

 心からの、言葉を奈良橋に残し彼女は今度こそ振り返ることなくその場を走り出す。

 そして、そんな言葉を受け取った奈良橋は彼女の背中を見送りながら、彼女を止める言葉が見つからない自分の非力さを恨みながら、一言『彼』に向かって詫びの言葉を呟くのだった。

 

「………すまん、火鳥」

 

 

 

 

 

 

 ☆

 

 

 

 

 

 

 ―――そして時は戻り―――

 

 亡国企業の隠れ家となっている高級マンションのリビングにおいて………。

 

 ―――アレキサンドラ・リキュールが操るヴォルテウスの剛剣を受け止める千冬の白い打鉄の勇姿―――

 

 リビングの大型液晶テレビで、竜騎兵達のISから経由した映像を見たスコールは、千冬の姿を見るなり不機嫌な表情となり、ソファに寝転がると画面から背を向けてクッションに顔を押し付けてしまう。

 

「ヒョッヒョッヒョッ! やっぱり出てきよったか、織斑千冬はっ!!」

「……………」

「見たところ、全身に強化パワーアクセラレーションを搭載し、背中にコンデンサー後付しておるようじゃが、そんな間に合わせの量産機ではヴォルテウスの相手にもならんぞ?」

「……………」

 

 そしてもう一人、その映像を見ていた亡国IS開発部門の権威であるプロフェッサー・へパイトスは、リキュールとヴォルテウスの活躍を楽しみながら見つつ、強敵と戦うことによって引き出される実戦データの数々を楽しそうに自分のノートPCに記録させ続けていた。

 

「……………」

「………どうしたスコールちゃん? 急に黙り込んで?」

 

 だが、先ほどまで同じように上機嫌に彼女の活躍を見つめていたはずのスコールが急に不機嫌になったことを感じたヘパイトスが、恐る恐る彼女に問いかける。

 

「………なんでもありませんわプロフェッサー」

「………明らかに何かがあったようじゃな。どうした?」

 

 幼少時から自分を知っている老人の前に、黙秘しきれないと考えたのか、それとも心に渦巻く言葉をぶちまける相手になってもらいたかったのか、スコールはクッションから半分だけ顔を出しながら話しはじめる。

 

「私、昨日、聞いたんです。リキュールに」

「ほうほう」

「どうして『オペレーション・メビウス』の前だって言うのに、IS学園にちょっかいかけたいのかって?………ううん、それはいいの。どうせあの人のことだから『陽太君達の成長を直に見たいから』とか言うと思うし、実際に言われたし」

 

 亡国機業の幹部(ジェネラル)が一同に集まって行う初の大規模共同作戦だというのに、それを目前に余計な所でどうでもいい理由で私心で荒波を率先して起こす問題児の尻拭いをさせられる身分の自分としては、せめて彼女の内心を全て知る権利ぐらいはあるのではないのか?

 

「でもね、それはもういいの。本当は心底どうでもよくないんだけど今はいいの。どうせ反省しないし」

「(夫の無茶ブリに不満タラタラな新妻のような愚痴を)ほうほう、それでそれで」

 

 心の中だけで今のスコールに突っ込んだヘパイトスだったが、急にテンションが下がったスコールの変化を見逃さなかった。

 

「………だから、私、聞いてみた」

「………何をじゃ?」

「……………『陽太君達を守るために出てきた織斑千冬と戦えるのか』って?」

 

 そう。彼女にしてみればそれが最も気になる理由であり、そしいてその質問をされたリキュールの変化の一瞬の変化を見逃しはしなかったのだ。

 

「一瞬だけど瞳が揺れて、指が不自然な動きをしたわ………だから、私はわかったのよ」

 

 ―――アレキサンドラ・リキュールにとって、織斑千冬は今も『特別』の存在であると―――

 

「あの人は『関係もないし問題にもならない』と言っていたけど、あれは嘘………そう、あの人は織斑千冬のことだけは私にも嘘をつくの」

 

 スコールのプライドを何よりも傷付けたのが、まさに『嘘』をつかれた事なのだ。

 自分の全てを預け、自分に全てを預けてくれているはずのリキュールが、その実はただ一点だけは預けていないこと。

 そしてそのただ一点こそ、彼女の最も『特別』なことであるということ。

 

「だから、私は織斑千冬が大嫌い。何もできなくなったくせに、今もノウノウとあの人の『特別』に居座り続ける、あの女のことが」

 

 モニターに映された千冬の横顔を、親の敵のように睨み付けるスコールの横顔を見ながら、ヘパイトスは本日二度目の心の呟きをする。

 

「(元カノのことを忘れられない今カレに不満爆発な今カノじゃの)」

 

 

 

 

 

 ☆

 

 

 

 

 

 

 一方、そんな不満をスコールからぶちまけられているとは露も知らないリキュールだったが、こちらも負けないぐらいの不満そうな声を目の前の千冬にぶちまけたのだった。

 

「消えろ。もはやお前の姿を見るだけで虫唾が走る」

「ならばそちらがこの学園からとっとと消えれば済むだけの話だ」

 

 斬艦刀と特注の長刀、倒れる陽太の首を両断しようとした切っ先を、切っ先で受け止めるという神技で阻止した千冬の意志の強さが刀を通して伝わり、リキュールの表情を更に険しいものにしていた。

 

「死に体の分際でISを着込み、しかも私の戦いに我が物で横槍を入れてくる………相変わらず、貴様という奴はッ!」

「それはこちらも同じだッ!!」

 

 切っ先を巻きながら斬艦刀を弾き上げ、一瞬の隙をついて素早く陽太を脇に抱えた千冬は、10年たっても変わることのない目の前の人物のあり方を糾弾する。

 

「自分の言い分がさも当然と思って押し付ける強引さ。死んでも治りそうにはないな!」

「どの口で言うか」

 

 お前に言われるのだけは心外だと言わんばかりのリキュールの言葉を無視し、千冬は大きく後方に跳躍すると、ようやく起き上がりだした一夏とシャルの元に着地した。

 

「一夏ッ! デュノアッ! コイツを頼む」

 

 そして傷だらけの陽太をシャルに手渡すと、再び長刀で八相の構えを取り、リキュールを睨み付けた。

 

「千冬姉ッ!!」

 

 だがそんな千冬を止めようと一夏が必死な形相で千冬の肩を掴んで制止する。

 

「そんな身体で何出て来てんだよッ!?」

「アイツは私が止める。お前はそこで身体を休めておけ」

「何が休めておけだよッ!! 自分の身体のことわかってんのか!? 俺が代わりに戦うから、千冬姉こそ休めよッ!!」

 

 すでに崩壊寸前まで進んだ爆弾を抱えている人間が、あろうことか自分達を助けるためにISを着込み、しかも陽太すらも容易く下す相手と戦おうと言い出しているのだ。一夏にしてみれば何が何でも止めなくてはならないことなのだが、千冬はさも妙案があると言った表情で彼の肩に手を置いて微笑んだ。

 

「まさか私が無策でここに立っていると思っていたのか、一夏?」

「うえっ? じゃ、じゃあっ!!」

 

 何かの妙案があるのか? 一夏の表情から若干緊張感が抜ける。

 

「教官ッ!!」

 

 そんな中、痛む体を無理やり動かしてきたラウラも一夏同様に彼女のことを心配して駆け寄ってくる。

 

「早く学園から退避をッ!! 撤退する時間は私達で稼ぎますっ!!」

 

 一夏とは若干違い、ラウラとしては如何に被害を少なく撤退するかを考えている辺り、今の戦力ではアレキサンドラ・リキュールには絶対に勝てないことを悟っていたのだった。

 

「お前もだ、ラウラ」

「教官ッ!!」

 

 『早く撤退をっ!?』 そう言葉を続けようとしたラウラの肩を掴んだ千冬は、一夏とラウラのISに向かって同時に同じ言葉を呟く。

 

「一部機能停止、全運動機関カット」

「!?」

「!?」

 

 一夏とラウラのISから同時に空気が抜けるような音がしたかと思えば、先ほどまで手足同然に馴染んでいたISが鋼鉄の拘束具と化して二人の動きを抑制してしまった。

 

「動けッ!! 動けよ白式ッ!?」

「これはッ!? どういうことなんですか!?」

 

 突然の事態に慌てながら必死に動こうとする一夏と、外部から自分達のISを事も無げに操作したことが信じられずに問いかけたラウラに、千冬は少しだけ得意気な表情で説明する。

 

「コアに働きかけて一部機能を凍結させてもらった。スカイ・クラウン持ちの特権というやつだ」

「「!?」」

「お前達はそこで見ていろ。後は私がなんとかする」

「千冬姉ッ!!」

「教官ッ!!」

 

 ISの自重によって身動き一つ取れなくなった二人に背を向け、今度こそ戦いを挑もうとする千冬であったが、そんな彼女の態度を他の教え子達も黙ってみている訳にはいかないと、制止の言葉が飛び出る。

 

「千冬さんっ!! 貴方は何を考えている!?」

「先生が無茶をすることなんて、誰も望んでないんですよ!?」

「箒、デュノア………」

 

 幼馴染の妹と、弟子の幼馴染が揃って自分の行動を間違いだと言ってくる。

 

「一夏の気持ちも考えてあげてよっ!! 貴方はたった一人の家族なのにっ!?」

「まだ私達は貴方から沢山の事を学びたいんです織斑先生ッ!? だからっ!!」

 

 そして痛む身体を引きずってやってきた鈴とセシリアの姿を目の当たりにし、彼女は心の底から湧き上がる暖かな気持ちでいっぱいになり、思わず瞳が潤んでしまうのを見せないように静かに瞳を閉じて自嘲するのだった。

 

「(本当に私ときたら………こんなにも沢山のものに囲まれながら、今までそれに気がつかないとは)」

 

 これからの行動はきっと自分の我侭。

 だけどそれとちゃんと向き合わない限り、自分は永遠にこの大切な物と心から向き合うことができないでいてしまう。

 だからこそ、これを最後の我侭にすると心に誓いながら、教え子達に背を向け、一言だけ彼女達に残していく。

 

「ありがとう。本当にありがとう」

 

 謝罪などではない。心の底からの感謝の言葉が自然と漏れた。こんなときになってしか言えない自分のあり方に、本当に自分は不器用だな可笑しくなってしまう千冬。

 そしてその場から飛び立とうとする千冬の背中に、最後の彼が弱りきった怒鳴り声をぶつけてくる。

 

「ふ………ざけんな、クソババァっ!!」

 

 驚いて振り返ってしまう千冬の目に、シャルの肩に掴まりながらも、今すぐにでも意識を失って倒れてしまいそうな陽太が、それでもギラギラとした怒りを漲らせてた瞳で彼女を見つめてくる。

 

「………陽太」

「『陽太』じゃねぇよっ! 死にかけ五秒前の分際で……グッ!!」

「動かないでヨウタッ!?」

 

 だが重傷人という意味では陽太も似たようなものであり、少し動くだけで激痛が全身に走るようで、シャルがそんな陽太を心配そうに覗き込む。

 

「テ、テメェは下がって塩味コーヒーでも飲んでろ! 俺がここから大逆転劇を見せてやるよ!」

「そんな身体で何を言ってるの!? 私が代わりに戦うから!」

 

 完膚なきまで叩きのされても、なお失わぬ闘志を見せる陽太と、そんな彼を一人戦わせられないと叫ぶシャルの両者を見つめていた千冬は、静かに彼らに語りかける。

 

「陽太………お前のその負けん気と、それに見合ったセンスと実力は本物だ。それが皆の希望になる」

「!?」

「デュノア………陽太を真っ直ぐに信じる想い、どうか絶やさずにずっと大切にしてやってくれ」

「織斑先生?」

 

 突然の言葉に驚く二人から、彼女の視線は他の教え子達にも向けられる。

 

「オルコット………より高い品位を自ら保とうするからこその気位だ。今のお前ならば理解できるはずだ」

「!?」

「箒………小さな枠に自分を押し込めようとはするなよ。お前ならばその枠をいくらでも大きく広げることができるはずだ」

「………千冬さん」

「鈴音………土壇場で誰よりも冴えた行動ができるお前はチームの要だ。自信を持っていけ」

「………わ、わかってます」

「ラウラ………お前の家族になることはできなかったが、今のお前にはそれに匹敵する仲間がいる。もう一人じゃないんだ」

「………教官」

 

 今まで見せたことがないほどの優しい視線で教え子達に伝えたかったことを簡潔にだけ伝えていく中、彼女は最後の一人を真っ直ぐに見つめると、彼の名前を呼ぶ。

 

「………一夏」

「千冬姉!!」

 

 必死に自分の名を呼ぶ弟の存在に、彼女の心は優しく揺さぶられる。

 

「お前には沢山の事をもっと伝えたかった」

「なんだよっ!? これから伝えてくれたらいいだろうが!!」

「まったく、私はこんなときになってしか自分の正直な気持ちに気がつけないんだな」

「千冬姉ッ!! 止めろよ! そんな言葉、俺は聞きたくない!!」

 

 動かない身体で必死に首を横に振って彼女の言葉を遮ろうとするが、そんな一夏に千冬は慈愛に満ちた眼差しと口調で話を続けた。

 

「お前のことだ、私の後を継ごうなどと考えているんだろう?」

「!?」

 

 思わず見抜かれていた一夏の考えを、彼女は首を横に振って否定する。 

 

「やめておけ。私の後など継いでもろくなことにならない」

 

 一夏は自分の後を継いでなどもらっては困る。なぜなら自分が愛するこの弟には、自分など遥かに超えてもらわないといけないのだ。そして一夏ならばきっと超えて行ってくれる。

 

 子供はいつか大人を超えていくものなのだから………。

 

「お前の目指す場所は私の後ろになどにはない。その遥か先にあるはずだ」

「千冬姉、俺はッ!!」

 

 自分の後ろをいつもついて歩いていた弟の、頼もしくなった背中をいつか見てみたいと思いながらも、ついぞそれはかなわかったことに少しだけの未練を感じながらも、彼女は………別れの言葉を置いていく。

 

「ありがとう一夏、お前の姉であれて私は幸せだった………本当にありがとう」

 

 それだけは伝えたかった。

 これだけは残しておきたかった。

 お前の姉であれたことが、どれほどの救いになっていたかを、愛する弟にはしっかり伝えておきたかったのだ。千冬は………。

 

「そしてお前達も、最後まで我侭な私に付き合ってくれて、本当にありがとう」

 

 教え子達にも同じく感謝の言葉を残すと、彼女は二度と振り返らぬという決意を持って前を向く。

 

「お前達は決して一人になるな。そして誰かとの絆を決して捨てるな!」

 

 自分達のように、絆を捨てて、代わりに剣を持って殺し合いをするような生き方を決して選ばないでほしい。

 

 そんな切なる願いを最後の言葉に残し、彼女はその場を飛びたつ。

 

「千冬さんっ!!!」

「織斑先生ッ!!!」

「いくなっ!!!」

「教官っ!!!」

「先生ぃっ!!!」

「駄目ぇっ!!!」

 

「千冬姉ぇぇぇぇぇぇぇぇぇっ!!!!」

 

 愛する者達の声を背に受けながら、彼女は刀を下段に構えながらの突撃をする中、途中でマドカの方をちらりと見る。

 

「(大丈夫、お前と一夏はきっといい家族になれる)」

「!?」

 

 千冬の声にならない言葉を一瞬だけ交差させた瞳で受け取り動揺するマドカの目の前で、白と黒のISが己の獲物を激突させあう。

 

 ―――下段からの白刃の斬り上げの一撃を受け止める黒の刃―――

 

 お互い、今の攻撃が直撃しないという確信があったため、微塵の動揺もなく鍔迫り合いを行う両者。だが最初に口火を切ったのは、やはり目の前の織斑千冬そのものにはらわたが煮えくり返っている暴龍帝であった。

 

「教え子達に助力を頼まないとは………本当に一人で戦うつもりか?」

「無論だ」

 

 刃を返し、反転しながら今度は側面から斬り掛かる千冬と、その斬撃を斬艦刀の柄で受け止めたリキュールは、なお瞳を合わせずに彼女に問いかけ続ける。

 

「貴様、よもや間に合わせに改造したISと、その薬漬けになっている身体で、私に勝てるなど抜かすつもりではないだろうな!?」

 

 黒いISの全身から凄まじい殺気が放たれ、両者の戦いを見ている教え子達と部下達双方に、とてつもない重圧と化してそれが襲い掛かってくる。

 そしてその強烈な殺気をもっとも近くで受けた千冬はというと、ケロリとした表情と言葉で言い放つ。

 

「勝てるさ。10年前、私はお前に勝っただろう?」

 

 自信満々とした表情でその言葉を言い放った瞬間、アリーナの内部を凄まじい電圧の雷光が迸り、彼女が如何にその言葉に対して酷い憤りを感じたのかを物語る。

 

「………過去の栄光とやらにしがみ付いて、研鑽することなく朽ちた人間らしい物言いだな」

 

 10年の間、自分がどれほどの進歩をしたのか、そして目の前の女がいかほどに堕落したのか、それすらもわからなくなっているのかと、彼女の握り締めた斬艦刀からミシミシと音が鳴り始めた。

 だがそんな怒りに一人燃えるリキュールを前に、なおも千冬はまっすぐな瞳で訴える。

 

「今の私を突き動かしているのは、過去の宿業だけではない!」

 

 ―――長刀を逆手に持ち替え、ゆっくりと前に出しながら半歩足を前に出す―――

 

「その宿業が、『未来』を潰す事をなんとしても食い止めたいだけだ!」

 

 静かに、千冬の周囲だけがまるで風が避け、まったく小波が起こっていない海面のように穏やかな気配………『静』の剣気が広がっていく。

 

「過去の宿業………なるほど、確かに言い得て妙だな」

 

 ―――斬艦刀を左手に持ち替え、深く腰を落とすと、右手を前に突き出しながら刀を地面と水平にして構える―――

 

「では私も決着をつけるとしよう……………退かぬと言うなら、この場で飛沫にしてくれる!!」

 

 荒々しく、リキュールを中心に台風のように吹き上がった『動』の闘気が、彼女を中心にアリーナ全域を支配していく。

 

「………『梅花』ッ!!」

「………『桜花』ッ!!」

 

 互いに似た名を持つ技を口にする両者………そしてその名を聞いた瞬間、箒が叫ぶ。

 

「『梅花』に………『桜花』だと!? それは篠ノ之流の!!」

 

 彼女が信じられない物を見ているかのように驚愕した表情を浮かべる中、両者は睨み合いながら、互いの今のあり方を糾弾した。

 

「この世から消え失せろ千冬!! 弱く成り果てた惰弱な貴様など、存在させておくことすら不愉快だ!!」

「………不愉快なのは、こちらも同じだ」

 

 彼女の瞳が、まっすぐに目の前の友を捉え、そしてどうしても許せない、唯一つの事実を口にする。

 

「………『アレキサンドラ・リキュール』」

「!?」

「何故名乗った、その名をッ!?」

 

 彼女が名乗るその名の意味を誰よりも理解している千冬だからこそ、決して看過するわけにはいかない。

 

「何故? 決まっている」

 

 そして千冬がその意味を理解していることを理解していたリキュールは、さも当然だと言わんばかりに言い放った。

 

「それが最強の名だ! 『アレキサンドラ・リキュール』こそが、最強なのだ! 私はそれを証明する!!」

 

 最強の証明………組織が目指す理想郷も、そこに存在するすべての人間も、その為のものでしかない。揺るがぬ意思が言葉となって千冬にぶつかり、彼女をさらに険しい表情にして、訴えさせた。

 

 

 

「……………アリア」

「!?」

 

 聞きなれない名を聞いて、二人を除く全員が首を傾げる中、千冬が険しいものから一変し、今にも泣き出しそうな表情で言葉を発する。

 

「………な」

「アリア………お前は『アリア・ウィル』だ」

「………するな」

「アリア………如何に『アレキサンドラ・リキュール』を名乗っても、お前は『アリア・ウィル』なんだ」

 

 千冬の片目から流れ落ちた一筋の涙を見た時、誰にも見せたことのないほどの憤激を暴龍帝が見せたのだった。

 

 

「お前が………どれほど『アレキサンドラ・リキュール』を名乗っても、もう先生はいない………お前が先生の名を名乗っても、先生は生き返らないんだアr……」

「二度と、その名を口にするなぁッ!!!」

 

 重なる悲哀と憤怒………そして互いがまるでそう決まっていたかのように、運命は二人を否応無しにも戦いの火蓋を切ってみさせる。

 

 

 

 

「もうこの世のどこにもいないんだ………私たちの先生、アレキサンドラ・リキュールは…」

 

 

 

 

 

 







という訳で、

親方様の本名は『アリア・ウィル』
彼女達の先生の名前こそが『アレキサンドラ・リキュール』

ということが判明した太陽の翼


これからの物語は、『アレキサンドラ・リキュール』という名前が一つのキーワードとなります。


彼女は何者なのか? 千冬さん、束さん、親方様とはいつ出会い、そしてなぜ死んだのか?

次回、その一端が語られ、そしてそれが物語の根幹を紐解く鍵の一つになります。



『英雄』………決して世間に語られることがなかった真実とは?


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