☆
『陸上戦力のすでに三割が戦闘不能! 被害、なお拡大中!!』
基地のオペレーターから告げられた報告は、陸上部隊の士官連中の顔色を青褪めさせるには十分過ぎた。
戦力の三割。現代の戦争における『全滅』の目安であり、戦力の三割を消耗すれば戦線の維持が不可能とされ、通常の軍隊ならば降伏を申し出る場面とされている。そう通常の軍隊が相手であるのならば、国際法に基づく協定によって降伏することで致命的な『殲滅(戦力の全消失)』を避ける場面であるのだが、あいにく相手にしているのは軍隊ではなく、社会を脅かす『社会悪(テロリスト)』なのだ。しかも戦闘開始から1時間弱とたたずの結果である。
「こ、これは………予想外な展開ですな」
「こ、降伏の申し出をするべきなのか?」
陸上戦力の所属国………連合参加国である中東やユーラシア方面の士官から頭を抱えたまま弱りきった声が出てくる。無理もない。現代戦において数で圧倒的に勝っていた連合軍が、開戦一時間弱で前線の指揮が保てなくなる事態にされたのだ。誰がこのような結果を想定していただろう?
「やはりISを部隊編成に組んでいない徒党ではこれが限界ですかな?」
だが、こんな事態になっていながらも強気な声を出してやまない将校が一人いたのだ。
「貴様………中国の!?」
ヨーロッパ方面の将校が苦々しい声でその主を見つめる。そして先の太平洋艦隊壊滅の煽りで派遣できる戦力を限定されてしまったアメリカの将校にいたっては、懐に忍ばせてある銃に手をかけて射殺してやろうかというほどの殺気を放っていた。
「申し訳ありません連合の友たちよ。こちらの出撃準備がようやく整いました」
細い瞳に長い顎、一見すると狐のような外見をした中国軍の将校がもったいぶった口調で陸上部隊の将校達を見つめ、そして笑顔でこう答える。
「友軍の危機、見捨てておくわけには参りますまい。今すぐ我が国が誇る最高のIS部隊を救援に向かわせます」
「………大丈夫なのか?」
冷めた視線をしたアメリカの将校がそう問いかけると、鼻で彼を笑い飛ばしながらこれでも大分オブラードに包んだと思われる口調で彼は言い放つ。
「先の貴国の方々が提示してくださった戦闘データを元に、改良とそれに見合った戦術プランを乗り手にもたらせた我が国の最新鋭『第三世代』量産機『甲龍・雷神(シェンロン・レイセオン)』に抜かりはありません」
「!?」
「いやいや………実に有意義なデータでしたよ。あんな格闘偏向の色モノ一機に、集団で勝てもしない第三世代機は無様でしかないと私達にご教授してくださったのですから」
「キ、キサマッ!! 国際問題になるぞ、その発言はッ!!!」
顔を真っ赤にして唾を飛ばしながら怒声を浴びせるアメリカの将校を、中国の将校は口元を歪ませた笑みで応える。そう、この中の将校達は薄々気がついているのだ。この亡国機業との戦いは、ただの戦争ではない。
ISを軍事力として扱う現代において、優れた機体を量産しているということを諸外国に見せ付けることで、次の世界のリーダーシップを握っているのは自国だと見せ付ける戦いであり、中国はアメリカに対して『お前を踏み台にして自分達が世界の盟主となる』と宣言しているのだ。
「それでは出番ですよ。我が国が世界に誇る最強のIS部隊………『五爪竜部隊』!」
その将校の号令の元、海上に展開されていた連合艦隊の一角、中国軍の戦闘空母はすぐさまに第一種戦闘態勢を発令し、艦板に次々と展開されたIS達が出現する。熱い日差しの下に現れる鋼鉄の翼達………そのどれもが戦闘機の形状をした独特な形状を持つIS達である。
―――中国政府がその威信をかけて開発されたモスグリーン色の正式量産型第三世代IS―――
―――世界に先駆けた可変機構を搭載し、特に空戦能力では他国のどのISを凌駕する性能を持つという―――
―――現在IS学園にいる鳳鈴音のIS『甲龍・風神』を、『急造』で量産してライセンスを取得したIS―――
―――その名は『甲龍・雷神(シェンロン・レイセオン)』―――
甲龍・風神の面影を残しながらも、特徴の一つだった両肩のアンロックユニットである『龍咆』を取り外し、代わりにマイクロミサイルと追加ブーストを一体化させた戦闘時間延長用の大容量コンデンサーを後付けでとりつけ、主兵装に最新鋭のレールガンを装備し、両脚部にもコンデンサーを内臓したミサイルとサブスラスターを搭載するという一撃離脱戦法を想定したセッティングとなっている。
『五爪竜部隊、全機発進!』
オペレーターの声を聞いた隊長機が発進の号令を隊に掛ける。
全10機のモスグリーンの高機動形態を取るIS達が大空に飛び立ち、陽光を反射させながら海上を旋回していく。
「全機発進っ! 我が国の威信、千年先の未来まで見せろ!!」
気合の入った掛け声を出した女性………元は国家代表であり、中国の第二開発局に所属しているテストパイロットであるが、今回は新たに発足されたIS部隊の隊長に大抜擢されたとあってか、幾分浮ついた気持ちでISを発進させたのだった。
現役国家代表としてモンド・グロッソに出場している間は、総合成績で最高世界ランク4位まで上り詰めた実績を持ってはいたが、自身の前の国家代表であり、今は第一開発局のチーフアドバイザーに上り詰めている女傑とよく比較され、『同じ時代ならばその成績はなかった』などと陰口を叩かれることも少なくなかった。実際に最初の代表選出戦において、前代表の彼女相手に完敗しており、そんな彼女を相手に互角以上の戦いをして勝利した織斑千冬の戦いを映像で見た瞬間、背筋が凍りついたものだ。
―――自分はこの化け物達には生涯勝てない―――
頭で理解し、それが恐怖として身体が覚えた時、すでに彼女の生き方は決定していた。
それ以来、前代表の女傑とはなるべく会わないように自ら第二開発局に勤めることを志願し、第二世代ISの運用方法見直しなど地味な仕事ばかりをこなしていたのだが、何の因果か第一開発局から無理やり横取りした最新鋭ISのデータを使い、第二開発局が一気に立場を盛り返すため強引に量産機を開発し、今回の戦闘に碌な慣らしもしないままに投入することになった。しかもそれを隊で指揮するのは自分である。
―――貴女の功績を横取りして自分の惨めさを慰めようとしている―――
美しい海面と反射する太陽光を見ながら、一瞬だけ彼女の脳裏にそんな言葉が走り、僅かな間表情を歪ませてしまうが、すぐさま持ち直して機体を亡国相手に苦戦する陸上部隊の方へと向けようとした時だった。
―――何も見えないほどの超遠距離から走る青い閃光―――
「!?」
―――何が起こったのか理解できないままにメインスラスターを撃ち抜かれ、続く第二撃で右肩のスラスターまで撃ち抜かれて海面へと落ちていく部下のIS―――
隊長であるはずの彼女だけが『それ』に気がつき、回避運動を行うことで射線から放れ、慌ててその動きに部下のIS達7機が追従する。しかし状況を理解出来ず、起動を変えずに相手の索敵を優先した2機のISに、再び超遠距離から放たれてきた青いビームがメインスラスターに被弾し、慌てて変形して応戦しようとした所に続けてレールガンだけを撃ち抜かれ、爆発によって吹き飛ばされてしまう。
「馬鹿なッ!? こんな距離からここまで正確な射撃が!?」
いくら優秀なFCSを搭載していようとも、高速で動くIS相手に、しかもあえて『直撃』を避けるような正確さを出すことは出来ない。ただ当てているだけではない。超長距離射撃を行っている者はあえて直撃を避けているのだ。
「何が………!?」
驚愕に固まる彼女がハイパーセンサーを射撃が行われていると思われる位置にあわせ………そして目撃する。
―――約100km先で長大なライフルを構えるIS―――
―――銀色と蒼のカラーリングが眩しいボディ―――
―――特徴的な6枚で対となる12枚の翼―――
―――その背後にかしづくように控える銀と赤の12機の全身装甲のIS達―――
連合艦隊に決定的な敗北を知らせる、美しき戦天使………亡国機業において『暴龍帝』『影なき亡国の死神』と並ぶと言われている亡国三強の一人、『審判の熾天使』の姿を………。
☆
高出力のビームを発射する連結状態を解除して、左右それぞれにビームライフルを持ち変えた銀と青色の戦天使はゆっくりと背後にいる者達を見回した。亡国機業において主戦力であるオーガコアを全機が搭載しており、各国の軍用ISすらも遥かに凌駕する性能を持たされたISを纏う亡国最強の集団と呼ばれている特殊戦術部隊『ウリエール』の全12機は、隊長である『審判の熾天使』アーチャー・トーラの命令を静かに待つ。
「各自、現状は後方………つまりここで待機してください。迎撃は許可しますが積極的な攻勢には出ない様に」
―――「!?」―――
隊長であるトーラの静かなその命令に、隊員全員に僅かな動揺が走る。
「敵戦力への攻撃は『私』一人で行います」
普段の『ボク』という一人称を意識的に変えてまで下した命令であったのだが、それに異を唱える者もこの中にいた。
「お待ちください隊長」
「………モルガン副隊長」
アーチャー・トーラの隣に控えていた一機、彼女の副官であるモルガン・グィナヴィーアはマスクの部分を解除し、藍色のショートヘアと黄色の瞳で彼女を見つめる。
「貴女のお邪魔をするつもりはありませんが、先ほどの先制攻撃のことも含めて言っておきたい事があります」
「手短にお願いします」
「では………」
モルガンが改めて彼女を見ると、黄色の瞳でバイザー越しのトーラの瞳を捕らえながら言い放つ。
「あまり『お母様(メディア様)』を失望させることはなさらないでください。貴女が先ほどの敵に与えたものは慈悲ではありません。貴女自身の甘さそのものです」
「!?」
「あと、いくら製造ポットが隣同士だったとはいえ『失敗作の姉君(リリィ)』とあまり戯れないようにお願いします。能力も美点も貴女に劣ると判断されたからこそ、あの出来損ないの姉(モノ)は場末の陸戦隊に送られたのですから」
「今はその話は関係ありません!!」
声を荒げて張り上げるが、モルガンがその笑みを崩すことはなかった。みれば部隊の隊員達も声を出してはいないが、心の中で隊長である自分を馬鹿する心の声を出していることはこの時ののトーラには理解できていた。
いつもそうだった。この副官はいつもトーラの感情を嬲るように言葉を紡ぎ、彼女の心を平気で抉りにかかる。そしてトーラが彼女に反抗することはできても本気になったモルガンには逆らえないことも向こうは承知していた。形式上は上官と部下でありながらも、モルガンが組織を実質的に牛耳っている自分の創造主(メディア)が差し向けた監視役であるがゆえに、トーラは彼女に必要以上に強く出れないのだ。
「ではお話はこれくらいで………」
「!?」
モルガンになんとか言葉で反論しようとしたトーラだったが、今、自分がどこにいるのかをすぐさま思い出し、もう一度振り返るとバイザー越しに睨み付ける。
「では御武運を………隊長」
白々しい言葉。必死に行った反論も笑顔で軽く流され、彼女は軽く会釈してトーラに出撃を迫ってくる。
敵がすぐそばまで近づいていることにトーラも気がついている。これ以上の口論をしている暇はない。
「アーチャー・トーラ。『カリュプス・ミカエル』、出撃します」
部下達に背を向け、思うようにできないことを嘆きながら、トーラはISをその場から飛び立たせた。
銀と蒼色のカラーリングの装甲を持ち、癖の強い武装を持つジェネラル達の中でスタンダートの射撃兵装と、ISそのものに強烈な砲撃性能を持たせ、オーガコアの高出力とIS学園のIS達に標準装備されているハイパーフレームに似た機構を持つフレームを内蔵することで、圧倒的な機動力と運動性を持たされながらも長時間の戦闘を可能とする、亡国機業の最優IS『カリュプス・ミカエル(鋼の大天使)』は、自身に接近してくるIS達をハイパーセンサーで捉える。
「………」
飛行形態の甲龍達がマイクロミサイルを撃ちながらレールガンの同時発射を行ってきた。トーラは機体を斜め下に反転させて、流れるように回転しながら海面スレスレを超音速で飛行し、レールガンの射線から退避する。
「!?」
そしてトーラがミサイルを一基たりとも撃墜しないで五爪竜部隊とすれ違う姿を不審に思った隊長の前で、アーチャー・トーラは驚くべき行動に出る。
―――ミサイルを引き連れたままほぼ直角に急上昇、そしてそのまま一気に後方から五爪竜部隊に急接近してくる―――
「まさかっ!?」
トーラがやろうとしていることに気がついた隊長機が機体を変形させ、人型形態でレールガンを構えるが、タイミングが間に合わない。
―――密集陣形の中を猛烈な加速と鮮やか過ぎるマニューバで部隊の人間が迎撃行動に移る前に抜き去ったトーラによって、自分達が放ったミサイルが次々と彼女達に襲いかかる―――
自分達が放ったミサイルの弾幕に襲われ、パニックになって機体の操作を誤る者、変形して迎撃しようとする者、回避運動を取る者、各機それぞれバラバラの行動を取る中で隊長だけが気がついた。
「(隊列を乱された!! 各個撃破狙いか!?)」
一対複数の戦いであるのだから、敵が集団でフォーメーションを使ってくるのを阻止する行動を取るのは当たり前なのだが、それでも敵の動きがあまりに俊敏かつ高度すぎると一目で理解させられた。あえて見せ付けてコチラの戦闘意欲を削ぎ落とすかのように。
「!?」
両手に持ったビームライフルが火を噴く。二機の甲龍のメインスラスターを撃ち抜き足を止めさせて、向かってきたミサイルに誘導して直撃させたのだ。機動力にエネルギーの割り振りを多くしているために防御性能は第二世代の量産型よりもやや低い。一気に絶対防御が発動し、海面に生身で落ちていく部下の二人を見た隊長は、コアネットワーク越しの通信で激を飛ばす。
「作戦目標変更! 目の前のISを最優先目標とする! 変形して密集陣形を取れッ!!」
素早く命令を下し、その命令のままに残り五機の甲龍達は変形して各自が手にレールガンを持って目の前に迫ってくる亡国機業のISに銃口を向けた。
「!?」
引き金に指がいく。十分にひきつけられた距離………当たれば儲け物、全て避けられても体勢を崩した所にミサイルで追撃する用意もある。
「(先ほどの手は二度も通じはしない! 今度コチラに向かってこようものなら連続射撃で足を止めさせてもらう)」
これを機に攻守を切り替える。そう判断した隊長の視界に敵ISから複数の『何か』が分離すのが見えた。ホンの僅か、一瞬にも満たない間それが何なのかを考えようとした隊長だったがすぐに首を横に振ることで思考を中断する。相手が何をしてこようともこちらの行動で先手を取って状況を優勢にすることに間違いはないはずだ。最善手はそれだと自分の選択を信じて彼女は叫ぶ。
「撃てぇぇぇぇっ!!」
―――放たれる6発の超音速の弾丸―――
「!!」
―――その6発の弾丸全てに直撃する光速の閃光―――
「なっ!?」
目の前で爆発する光景に固まる五爪竜部隊達と、不気味なくらいに静かに佇むカリュプス・ミカエル。
切り離された蒼い色の物体がビットとなってビームを放ったことは隊長にも一瞬で理解できた。
だが、今、隊長が驚愕していることはそのことではない。そのビット全てがこちらの放った攻撃を相殺したことに彼女は震撼しているのだ。
「馬鹿なっ! ビットとは脳波コントロールで動いているのではないのか!?」
イギリスの第三世代機『ブルーティアーズ』に代表される誘導兵器の一番の難点である操作性の難点、とりわけ操作に必須である空間認識能力に秀でた者の少なさが上げられており、適正を持つものしか操れない難しい兵器であるのだが、目の前の操縦者はあろうことか『高速移動しながら6基のビットを同時に操りレールガンで発射した弾丸を撃ち落す』という奇跡に等しい神技を披露したのだ。それはISに携わるものであるなら誰もが『そんな馬鹿なことが出来る訳がない』と冗談にするレベルだったが、その冗談のような芸当が目の前に実際に起こり、致命的な隙となってしまう。
―――カリュプス・ミカエルのウイングが一部変形し、両肩に現れるキャノン。同時に腰部のスタビライザーも変形して、砲台と化す―――
「!?」
逸早く立ち直って部下達の前に立とうとする隊長であったが、目の前の戦天使の動きは絶望的に速かった。
―――両手のビームライフルと4門の砲、そして10のビット達から一斉に放たれる閃光―――
両肩のプラズマ収束キャノンが、腰部のレールガンが、両手のビームライフルが、そして10基のビット達が放った攻撃は閃光の雨となって中国が誇ったIS達を一瞬で破壊する。
装甲、武装、スラスターの全て破壊され、気を失って落ちていく部下達と共に海面に着水する瞬間、隊長はある事実に気がつく。
「(直撃させておきながら………誰も死んでいない、だと!?)」
攻撃の威力と精度………100km以上も離れた場所から武装だけを正確に撃ち抜ける者がこの距離で攻撃の全てを針の穴をついたかのように操縦者そのものに被弾させていない? むしろ今はそちらの方が不自然なことであり、敵ISが自分達を武器と機動力を奪って無力化しただけで命を奪っていなかったという『情け』をかけてきたことに、奥歯が砕けるほどの怒りを覚える。
「(我々を敵とすら認識していないとでも言いたいのか!?)」
海面に着水する直前、敵ISが手から何かを放り投げるのが見えた。
「!?」
派手に海面に叩き付けられながらも怒りによって失神することを拒絶した隊長は、海中ですばやく体勢を立て直し海面まで浮上し、そして亡国機業のISが放り投げた物が何なのかを悟る。
「これは!!」
普段は飴玉ほどの大きさのスポンジなのだが、海水を吸うことで数秒で大きさ1mほどに膨らみ、高い浮力を持つことで海難事故の際の浮き輪の役目を果たす救助道具の一つだった。もうこうなっては彼女の先ほど予想が正解だったと確信を持ち、精一杯の憤りを込めた瞳でカリュプス・ミカエルを睨みつける。
「…………」
トーラも視線に気がつく。勝手な理屈で攻撃し、相手のプライドを傷付ける行為をしたことは自覚している。だが彼女はバイザー越しに一瞬だけ自分を睨みつける部隊の隊長に謝罪の言葉を呟いた。
「ごめんなさい………でもボクは」
―――本当は誰かに銃を向けるのも怖いの―――
後半は言葉にできなかった。先ほど自分がやった事を思い返し、さすがにそれは傲慢が過ぎると彼女にも理解はできていたから。
どうして自分はこんなにもままならないのか?
創造主(はは)に逆らうこともできず、部下の統制も取れず、姉のように皆に認めてもらうことができない。
「!!」
頭にこびりついた嫌な言葉と考えを振り切るように、ISを加速させる。
アメリカの太平洋艦隊の如く、虎の子の切り札をいきなり潰された事に動揺しているのが見ているだけでわかるように、百数十隻という戦艦や空母が各自バラバラの行動をしだしている。勇猛に対空攻撃を行うものや、我先に転進しようとして前進する戦艦の邪魔をするもの。
トーラはそんな戦艦群の一角にむかって腰部のレールガンを発射し、ミサイル発射口を次々と破壊し、ビットを縦横無尽に走らせながら両手のビームライフルと合わせて戦艦の砲台だけを次々と潰し始める。
一対多数の戦闘に最も威力を発揮するよう想定して作られているカリュプス・ミカエルが本領発揮したといわんばかりに大暴れし始め、対応が遅れながらも戦艦が護衛用の戦闘機と量産型ISのラファールを発進させて部隊を展開させるが、先ほどの五爪竜部隊を一瞬で壊滅させた全砲一斉掃射によって航空機は主翼と武装をもがれて海面に墜落し、量産型ラファールが放った対空ミサイルも、カリュプス・ミカエルを捉えることはできず、バレルロールしながら回避と両肩のプラズマ収束キャノンによる砲撃を同時に行いミサイルの撃墜どころかISの武装すら撃ち抜き、沈黙させて戦闘不能にする。
そこへ空戦用に換装したGSと量産型ISのテンペスタが射撃や砲撃では敵わないと思ったのか、高出力のビームソードやアックスを掲げて突っ込んでくるのを察知したトーラは、距離を離して射撃戦を行うことなく手甲部に装備されているビームサーベルを抜き、一番近場のGSに異常な加速で接近、敵が獲物を振りかぶるよりも早くGSの腕部やメインカメラを斬り裂き、接近してきたテンペスタを蹴りの一撃跳ね飛ばし、腰部のレールガンとビットの波状攻撃で撃墜していく。近接性能でも並みのISを遥かに超える力に最早戦場で彼女を止める術を持つものは連合の中にはそんざいしていなかった。
圧倒的な亡国機業幹部の戦闘力を前に、連合艦隊の被害は尋常ではない速度で広がっていくばかりで最早逃げることもままならない。焦りと恐怖とパニックが艦隊全てに広がっていく中、ヨーロッパ方面から参加した一隻の空母の艦長は、すでに勝負が決したと判断して味方の艦艇全てに『撤退』するよう通信を入れ続けていた。
「馬鹿者がっ!! ISやGSを出したところでどうしようもあるまい! 今は被害を最小限に抑えることだけ考えろ!!」
勝機を得ることは最早敵わない。相手の戦力を見誤って算段していた時点で勝負はこちらが敗北していた。戦闘による武力衝突が『準備期間』を経ての総決算だとするなら、亡国機業は勝利を得るために、戦力の全容を把握させず緻密な計算の元に必勝の算段で望み、連合は豊富な資源と過去の栄光にしがみ付いて考えることを放棄していた。戦略レベルで負けていることにも気がつかずに………。
「(こんなクソ戦争で死なせてたまるか!)」
無能な上官勢を心の中で侮蔑し、そしてそんな戦闘に部下を連れてきている自身にも怒りを感じながらも、上官として艦長として『こんな場所で大事な部下たちを死なせたくない』という一心で何とかこの海域から離脱する算段を考え続ける。
『艦長! ちょっとお願いがあるんですが?』
そんな艦長相手に陽気な声で格納庫から通信を入れてくる者がいた。表情を歪めながら通信画面を睨み、答える。
「今はテメェと話している時間は……」
『撤退するのにどう考えても時間、足りませんよね?』
軍人とするにはあまりに規律を守らず、上官の話も聞かずにルールもよく破る男………軍人として決して好意を抱ける相手ではないのだが、能力は特一級品で何故だか彼は人望に恵まれており部下にも慕われ、かく言う自分も人として彼の事を嫌いになれないでいるのだ。
『戦場に出てきて何もせずに負けて帰るのもちょいとばかり癪ですから………ご許可してほしいんですがね?』
「………貴様ッ!?」
通信画面の向こう側、顎の無精ひげが特徴の軟派な青年で『伊達男』を自称するGS乗りの大尉が何を言い出すのか予測がつき、艦長は表情を歪ませたのだ。
『あの無敵のセニョリータ………一対一で口説かせてほしいんですが?』
「馬鹿者がっ!? 今更お前一人出ていたったところで」
『時間は稼げます。いや稼ぐどころか………俺の女にして帰ってきますよ』
陽気な言葉に含まれた決意と覚悟に、艦長はそれ以上の言葉をつむぐことができずにいたのだった。
☆
「………………馬鹿な」
そして連合の本部において、意気揚々と虎の子の『五爪竜部隊』を発進させる指令を出して数分後、その部隊が全滅したこと。そしてその部隊を全滅させたISが今は連合の主力である艦隊相手に壊滅させる勢いで無双を働いているという報告を受けて、中国の将校の表情から生気が消え去り、椅子にすがるように崩れ去ってしまう。
「亡国機業………まさかこれほどとは」
連合将校達の誰もが予想することすらしていなかった事態に次の一手を考えることもできないでいた。
「こ、降参するのは………どうだろうか?」
「馬鹿者がっ! 向こうは正規の軍隊ではないのだぞ!? 国際法など通じる相手ではない!!」
「だ、だがしかし!! このままだとここもいつ襲撃されるかわからんのだ!!」
「だったら!!」
その台詞を聞いた軍人の何人かが尻を上げて逃げる準備をしだす中、先ほどの中国の軍人がポツリポツリと呟き始める。
「メだ………駄目だ」
「?」
「いくら………使ったと思っている? 結果が残せなかったら全責任を私に押し付けてくるというのに…」
自分にこれから待ち受ける未来(処分)を思い描き、取り繕うことすらもできなくなった将校はよろよろとコンソールパネルに向かって歩き出す。
「………今回で実績を上げてゆくゆくは国防大臣の座を……それをあんなロートルなテロ組織などに」
そしてコンソールパネルで何かを入力し始め、ようやくそこに来て他の将校たちも彼の異変に気がつく。
「貴様………何をしている?」
「ヒィヒッヒッヒッ!! キヒィッキヒィッキヒィッ………」
漏れる声も表情も眼差しも正気のものとは思えないものを出しながら、彼はこの場のすべての人間を戦慄させることをし始める。
「そうだ………勝てないが、負けなければいい!!」
「何をしている!?」
「そうだ………これも奴等の責任だっ!!」
一人の将校が彼を無理やり引き剥がし、コンソールの確認をし………表情を青褪めさせる。
「キサマッ!? 何をしたのか理解しているのか!?」
激怒して中国軍の将校の襟首を締め上げた一人の将校。その彼の必死な血相に尋常ではない事態が起こっていることを理解し、皆がその場に集まり出し、そして騒然となった。
「この男っ! 大陸弾道ミサイルの発射要請をっ!?」
「馬鹿なッ!! 核で全てを焼き払うつもりか!?」
「勘違いするな………使用している弾頭は核ではなく新型の焼夷弾だ。試作型でISのシールバリアを中和する特殊なパルスを放出する」
「そんなことを言っている訳ではない!! 弾道ミサイルなど使用したなどと知れれば、もはや世論を全て敵に回す事になるのだぞ!!」
「そんなもの、や、奴等『亡国機業』の責任にすればいい!! ここにいる全員が口をつむげばそれでことがすむ事だ!!」
血走った瞳で、彼はあっさりと恐ろしい事を言い出したのだ。だがそうするにも一つだけ重要な問題があり、恐る恐る一人の眼鏡をかけた将校が問いかける。
「だ、だが………前線にいる兵士達を撤退させる時間はないぞ」
「そんなことをする必要はない!! 敵を惹きつける囮は必要だ!!」
前線にいる兵士達全てを囮にして、彼は亡国機業を殲滅させようといっているのだ。しかも、そのために使用する大量破壊兵器は亡国機業が自ら使用したものであると、世間に偽ってまで………。
悪魔のようなその発想に、流石に付き合ってはられないと何人かの将校たちが強い不快感を示しながら抗議の声を上げる。
「そんな非人道的な行い、許されるはずはない!」
「ここは一時撤退させて戦力の立て直しを図るべきだ」
「お前達!! このままおめおめ負けて帰れば、国の首脳陣は我々に無能の烙印を押し付けて、トカゲの尻尾きりを果たすに決まっている!? 我々は負けられないのだ!」
「し、しかし………負けないかもしれないが、これはとても勝利したとも…」
「フッ! 生き延びたものこそが勝者なのだ! 後は亡国機業のアジトを突き止め、奴等のIS技術に関する情報を吸い上げれば……」
『勝てないかもしれないが、唯一これならば負けもない』………自分達が勝機を得れないと発覚した途端、勝者無き泥仕合をしようと言い出す男に、自分達をこれから待ち受ける未来を想像し、更迭から敗者の烙印を押され、負け犬と後ろ指を差される人生を過ごすことに恐怖を覚え、この悪魔のような恐ろしい考えに同調しかかる。
だが、そんな悪魔のような恐ろしい考えを、悪魔のような強さを持った『彼女』は決して許すはずが無かったのだった。
―――醜い………実に醜い発想だ―――
『!?』
部屋中に響く、静かな怒声………それあらかじめテーブルの下に仕掛けられていたスピーカーから発せられていたものであると気がつく前に、基地内を激しい振動が襲い掛かる。
「な、なんだ!?」
「ミサイルがもう着弾したのか!?」
「い、いくらなんでも早すぎる!!………それにこれは」
ミサイルの着弾による振動ではない。明らかに大地の下から来るものだった。
―――何かを削りながら近づいてくる振動音―――
通常の地震とは違う異質な振動を奇妙と思っていた将校たちが、オペレーターに状況を確認させようとした瞬間だった。
―――床を突き上げて現れるIS―――
右腕部に大型のヘビーランスを装備したISが地面を掘り返しながら現れ、続けて中から同系のISが三機飛び出し、四機のISが攻撃するわけでもなくその場に跪いて、その穴からゆっくりと現れる『主』を臣下として出迎えたのだった。
「………戦場で戦っている全ての兵士達を愚弄する気か?」
穴から聞こえてきた声に、将校達は一瞬で金縛りにあい、言葉を発する自由すら奪われる。
「戦士達が命を賭けている時に、貴様らのような塵共が下らん横槍を入れようなど………」
建物全てが振るえ、室内で風が巻き上がり、ゆっくりと『それ』が姿を現した。
「今すぐ消え失せろ。お前達がこの世に存在している価値など、まるでない」
嵐の暴龍『アレキサンドラ・リキュール』とそのIS『ヴォルテウス・ドラグーン』が、穴から姿を現し、悪魔の双翼を震わせ、室内全てを包み込み旋風を巻き起こしたのだった………。
さて、最後のランサーさんとライダーさんのほうは、どうなることやら?