ひさしぶりの彼女の登場です
「ああっ!! もうっ!?」
両腕にISを部分展開しながら『野菜』をひたすら刻み続けるフリューゲルから、苛立ちと焦りを込めた悲鳴がだだっ広い空間に響き渡る。
亡国総本部において、普段はめったに使われることのない誰が作ったのか起源すらもあいまいな巨大調理施設………大き目の市民体育館ほどの広さもある厨房において、計350名少々の食べる料理を作れと親愛なる上司から言い渡された竜騎兵達は、最早考える暇すらも惜しいと言わんばかりに動き続ける。
―――『祝勝会だ。料理はお前たちが作れ』―――
連合軍との決戦を華々しい勝利で終えた直後、暴龍帝ことアレキサンドラ・リキュールにさらっと言い渡された竜騎兵達は、当初は浮かれていたのだ。
『愛するこの人と祝勝会』と若干二名ほど二人っきりで開く気でいた奴もいたが、その横でフォルゴーレが至極最もな事を聞いてみる。
「親方様、祝勝会にはどなたが来られるんですか?」
「ん? 今回の作戦に関わった者全てだ。あ、ウリエールのメンバーはトーラ以外は来ないそうだ」
まったく、付き合いの悪い奴らだ。とぼやくリキュールを尻目に、四人があることを考えながら硬直し、リューリュクが恐る恐ると口を開いた。
「あ、あの………全員……ということ……は、350名少々いらっしゃるということで」
「そうだ」
「し、祝勝会………いつやるんですか?」
聞きたくない。でも聞かないといけない。そんな板ばさみ状態なリューリュクの質問に、彼女は無慈悲な解答を口にする。
「三時間後だ。手抜きするのは許さんからな」
―――凍りつく竜騎兵達―――
「材料は用意してある。D区画にある調理場を使え。場所はわかるだろう」
さて、自分は一眠りするか………とテクテクと歩いて何処かに去る暴龍帝を尻目に、四人がしばし硬直し、そして最早言葉にならない雄たけびを上げて調理場に走りこみ、野太い雄たけびを上げながら彼女達は必死に包丁を、フライパンを、ミキサーを、鍋を使って調理を開始したのだ。
「どぉっせぃぃっ!!」
「どりゅあああああっ!!!」
腹の底から叫び上げるスピアーとフォルゴーレがISを展開し、グツグツと直径3mの鍋で煮込んだシチューを移動させる。
その隣でリューリュクが手羽先の唐揚げを揚げ終えて、それをでかさ8mの大皿に盛り付けていく。
「きぃぃえええええええっ!!」
怪鳥音とでもいいのか………どこからそんな声を出しているんだといわんばかりの奇声をあげ、最後にフリューゲルがサラダを盛り付けたのだった。
「さあっ! 次は!?」
「残りのフライは私揚げますっ! スピアーは肉の炒め物を!! フォルとフリュはおにぎりを!!」
「残り時間は!?」
「後50分っ!!」
なぜ親愛なる親方様への料理ではなく、その他大勢の奴らのためにこんなにもがんばらないといけないのだろうか? でも手抜きはするなと言われた以上、つまらない物を出すわけにはいかない。何よりも親方様が見たときに失望されては竜騎兵の存在意義に関わる………だけどそれならそうともっと早くに言ってほしかった気もしないでもないのに。
胸の内側からこみ上げてくる何かを必死にかみ締めながら、四人は残り五十分で約350名が食べる料理を完成させようと、理由が不明の雄たけびを上げながらがんばり続けるのだった。
☆
地下都市の様相を見せる亡国機業総本部の中心、いくつものビルが立ち並ぶ中心区画において中世ヨーロッパに流行ったかのような豪邸の門を前に、スコールは真剣な表情でインターフォンに語りかける。
「ジェネラル・ライダー………作戦終了の詳細なご報告に参りました。総帥への謁見を希望します」
『用こそお出でくださいましたジェネラル………ですが総帥は…』
インターフォン越しで一見温和そうな声で話しかけてきた男性の声。秘書官である彼にとってこの謁見の許可を出していいものなのかどうか判断が付きかねていた。一見、組織の頂点である総帥に対して、部下の幹部が作戦を無事に終了させてその報告に来るのは何一つ問題のないことなのだが、亡国機業に限って少々常識が異なっているのだ。
『報告は私からいたしますので、後日にレポートだけをメールで転送してください』
「………わかりました」
遠まわしに『会わせたくない』と言い切る秘書官の態度に、内心憤りながら一見落ち着いた表情でスコールは了承の返事を出す。
しかし、沈黙した彼女がこれで引き返すものと、秘書官がモニターから目を離した隙に、スコールは手元にあらかじめ握っていたカードキーを目の前の電子錠に差込んだのだった。
『何っ!?』
「『プライベート』用のカードキーですわ………失礼させていただきますね」
鍵が開かれた正門を、秘書官が再び閉じる前に無理やり開いて敷地内に入ったスコールは、一切の淀みなく歩を進める。途中、いくつかの侵入者用のセキュリティーが作動しかけるが、さすがにジェネラルを一方的に侵入者扱いした上に殺害するわけには行かないと、秘書官たちがそれを解除していたのだろうか、隠れた銃口がいくつもスコールを捉えるが発砲されることは一切なく、代わりに特務隊の黒服たちが屋敷から慌ただしく走って彼女に近寄り、制止を呼びかける。
「止まってくださいジェネラル・ライダーっ!! それ以上は総帥への反逆行為に!?」
「プライベート用のキーを使った時点で、私は亡国機業の幹部としてではなく、『この家』の住人として門をくぐっただけです。自分の家に入るのに何故他人の貴方達に制止されなくてはいけないの?」
毅然として言い放つ彼女に気圧された特務隊のメンバーの間を割ってスコールは家の扉を開きエントランスに入る。
豪華に飾られた調度品の数々と煌びやかに光るシャンデリアにも、一切の興味を示さずに、彼女は視線を泳がせる。
―――彼女の視線から逃れるように消え去った二階の人影―――
「…………!!」
確かにその存在がいたことを確認したスコールが、キビキビとした動きでエントランス横の階段を早足で上がっていく。途中で特務隊の人間が彼女を押し留めようとするが、スコールの表情が怒りに歪んでいることを見ると誰もが気圧されて後ずさってしまっていたのだ。そしてそのことにもスコールは怒りを感じている。
「(何年立とうが、貴方は何も変わろうとしないのですね)」
この特務隊の第一の任務は総帥を護衛することだ。そういう意味では彼らは一見すると職務を忠実にこなしている様にも見えるが、命懸けで総帥を守ろうとするかと問われればおそらく誰もが首を横に振るだろう。
彼等にもわかっているのだ。
自分達が命を賭けて守るだけの価値がその男には存在していないことに。ましてや実質的に組織を運営している大幹部のスコールが欠けてしまえば取り返しのつかないことになってしまうことも。
「くっ!!」
そして総帥の執務室の前に立ったスコールは、ドアノブに手をやり、中から鍵がかけられていることを確認すると、更に苛立った表情になって右手を振り上げる。
―――部分展開される赤紫の腕(かいな)―――
右腕にISを部分展開させ、スコールは鍵ごとドアノブを引っぺがしたのだった。
『ひいぃぃぃぃっ!!』
中から聞こえてくる情けない男の声………情けなさとやるせなさで胃が痛んで仕方ないが、彼女は一切の表情を消して目を瞑りながら五歩ほど歩き、その場に跪くと頭を下げならそこでようやく瞳を開いて、ひときわ豪華な執務机の奥で立っていたこの屋敷の主に話しかける。
「総帥、作戦終了のご報告をしたく参上しました」
―――キィンッ―――
撃鉄が上がる音が聞こえ、地下都市を照らす巨大照明によってできた影が自分に銃口が向けられていることを映し出している。
「これは………つまり、私は貴方と組織に反逆を起こしていると思われているのですね?」
そして影が映しているのは震える銃口と男の姿。指先一つで自分を始末できる状態でありながら、それを恐怖から躊躇う男………もしこれが『家族』として自分を撃つ事を躊躇っていたのなら、心の底から彼への罪悪感を覚え、そして泣き崩れてしまうかもしれない場面だっただろう。
「う、うるさいっ!! 誰に向かってそんな言葉を向けているんだお前は!?」
ヒステリィックに裏返った男の声。必死な虚勢を上げて自分を威嚇しようとする言葉。そこまで言っておいても自分の意思で引き金を引けぬ弱さ………わかっている。目の前の男は別に自分が『家族』だから、組織の『幹部』だから引き金を引けないわけではない。
恐れているのだ。自分の半分にも満たない年齢の小娘を殺した後に確実な報復が来ることが。そして自分の地位が危ぶまれてしまうことが………。
「…………」
できる限り感情を写さないようにスコールは顔を上げて、自分を睨み付けているであろう男と視線を合わせる。
―――白髪のオールバックと、スコールと同じ瞳の色―――
第二次世界大戦終了直後から世界の裏で暗躍し、現在において連合艦隊を壊滅させて軍事パワーバランスを崩壊させた最強の闇の組織の長である総帥と呼ばれた男が、恐怖に引きつった表情でスコールと目を合わせたのだ。
端正な顔立ちをしており、背もそこそこ高く、黙っていればカッコイイと言われるであろう初老の老人なのだが、今はただ激情に駆られるまま瞳があったスコールと視線を絡ませあうが、彼女の瞳の奥にある感情を読み取り、激憤する。
―――自分を哀れんだように見る、周囲の、そして『英雄(あの女)』と同じ目―――
「ボクを馬鹿にするなァァァァッ!!!」
机の上におかれていた葉巻が数本置かれた大理石の灰皿をスコールに投げつけた総帥………しかし、それはスコールに命中することなく彼女のすぐ隣の床に当たり、吸殻を撒き散らすだけの結果に終わる。
怒りと恐怖で手元を狂わせただけの行為だったのだが、相手がそれを嘲笑の対象と取ったと勝手に思い込んだ総帥は、怒り心頭で彼女の前に立つと、いきなり前髪を掴み上げて怒鳴りつけた。
「その馬鹿にした目でボクを見るなと言っているだろうが!!」
「!?」
叫びながら拳銃のグリップで側頭部を殴りつけられたスコールは床に蹲ってしまう。だが彼女の瞳は痛みとは違った感情で揺れ動きながら、それでも目の前の男性を睨み付けるのだった。
「クッ!?」
スコールの眼力に怖気づき、思わず後ずさった総帥。だが感じた恐怖を誤魔化すように彼は蹲っていたスコールの腹部を何度もケリ始める。
「馬鹿にするなっ! ボクを馬鹿にするなっ!! このメス犬がっ!!!」
「ゴホッ! カハッ!!」
何度も何度も何度も、自分の鬱憤を晴らす。ただそれだけの為にスコールに暴行を加え続ける総帥を、周囲の特務隊の人間達も明らかに侮蔑に近い眼で見るが、そんな彼らに気がついた総帥は、さらに表情を険しくして怒鳴り散らす。
「なんだ!? なぜお前達はコイツを屋敷に通した!?」
「い、いえ………しかしジェネラル・ライダーは作戦終了のご報告に来られただけですし・」
「そんなもの後からレポートで上げさせればいいだろうがっ!? そんなことも分からない低脳共がッ!!」
自分の命令を果たさなかった部下達を叱責するが、そんな彼に向かってスコールはよく通る声で言い放つ。
「目を通しもしない紙切れに文字を並べたところで、貴方は何もご理解なさらないから、こうやって私が皆を代表して言葉で伝えにきたのです」
「黙れと……!?」
自分を見上げるスコールの瞳が明らかに怒りに燃えていることに怯え、総帥は後づさり出す。そして立ち上がり、蹴られた腹を抱えながら、でもそんなことまったく感じさせない凛とした声で話をし続けるのだった。
「戦場では今回、多くの人間が命を賭けました。亡国の幹部も、構成員も、そして連合の兵士達すらも………命を散らし合いました」
「ひぃぃっ!?」
「貴方はそれを聞いて何も思わないのですかっ!? 命を賭けた者達に労いの言葉も、死した命に追悼の意も、何も………何一つ!!」
戦場で皆が命懸けで戦っていたにも拘らず、目の前のこの男は屋敷に閉じこもり、組織の一切のことに関わらず、ただ黙って引き篭もっていたのだ。そのくせ、未だにこうやって部下達に対して自分は総帥だから偉いと言わんばかりに威張り散らしている。
だからこそ、スコールは胸が千切れそうになる痛みを抱えたまま、彼に言い放ったのだ。
「それがこの組織を作った『英雄』アレキサンドラ・リキュールの血を引く者の為すべき行いなのですか、『お父様』!?」
実の父親だからこそ許せなかった。
毅然と娘の顔を見れないことが、祖母から受け継いだこの組織の長としての責務を果たそうとしないことが、そしてそのことを悔やむことも恥じることもなく、ただ他人の責任にし続けることが、許せるはずがなかった。
―――大丈夫よスコール。いつかお父さんとまた仲良くなれるわよ………きっと―――
「(『お祖母様』………私は!!)」
娘の切なる願い。
祖母のように『英雄』になれなくても、組織の長として為すべき覚悟と責務の重さは分かってほしいという思い。そうすればこんな場所でいつまでも劣等感と共に燻る必要はどこにもないのだから………。
だがそんなスコールの想いを、目の前の父親(総帥)は振り上げた拳を彼女に叩きつけることで粉々にしてみせるのだった。
「黙れッ!? アイツの名前を二度と口にするなっ!!」
「!?」
顎の部分を少し掠める程度の拳だったが、スコールに与えた衝撃は計り知れず、彼女は後ろに倒れこんでしまう。
「黙って聞いていれば好き勝手ほざきやがって!? 自分勝手な理屈をボクに押し付けるんじゃない!!」
「…………」
「お前も思っているんだろうが!? 『こんなヤツが英雄の血を引いている訳ない』ってなっ!!」
―――人類の完成系とまで言われた偉大な母親―――
―――その母親に何一つ及ぶものがない凡庸な息子―――
「あんな年も取らないような化け物とボクを一緒にするなっ!! アイツのせいでボクの人生は無茶苦茶なんだよっ!!」
「……なっ」
「周りの奴等は皆そうだ!! 一言目も二言目も『母上ならば』『あの方なら』『英雄のご子息ならば』と………どいつもこいつもあんな頭のイカレた女に味方しやがって………おかげでボクは…どれだけ傷付いたと思ってやがる!?」
「貴方は……」
「お前を生んだ母親だってそうだ!! あの化け物の息子であるからボクに擦り寄ってきた!! あの女の遺伝子欲しさに股を開く売女だよっ!? それなのに勝手に失望しやがった。だから最後は無様に自分で首を括りやがったんだよ!? だけどお前みたいな出来の悪い雌犬を残していきやがって………ボクは散々な人生だ!」
自分の能力の無さも、周囲のプレッシャーも、妻の自殺も………そしてスコール自身の存在さえも、英雄であった祖母の責任にして、可哀想なのは自分なんだと言い張っている父親に、もはや哀れみを感じる余裕すらなく、スコールは怒りで目の前が真っ赤になって立ち上がり、掴みかかろうとする。
「貴方はっ!!」
「ヒィィッ!?」
一時の激情で叫んでみたものの、亡国の幹部として教育されたスコールの本気の怒りを目の当たりにし、肝っ玉が縮みあがったかのように銃を投げ捨て、頭を抱えながら窓際に追い詰められる総帥………。
だがこの二人の間に割って入ってきたのは、黒服の護衛ではなく、妖艶にして冷徹な女の声であったのだった。
「随分と騒がしいな、エッ?」
―――白衣を身に纏った、黒髪の蛇―――
「!?」
「メディアっ!!」
スコールが憎悪を滾らせた瞳で振り返り、総帥は救いの女神が現れたかのような笑顔になってスコールの脇をすり抜け、自分よりも、スコールよりも背の引く少女のような身体つきをしたメディア・クラーケンの背に回りこむ。
「!!………お父様っ!?」
よりにもよって、娘の自分に怯え、目の前の女に縋り付くという情けない姿を見せてくる父親に更なる怒りを募らせるが、メディアの神経を逆撫でるかのような声がスコールを牽制する。
「報告、しに来たんじゃないのかスコール?」
「!!」
「ちゃんとお仕事をしないとな? お前も組織の幹部なんだ」
普段は言わない自分の名前を言い、こんなときだけ尤もらしい言葉を口にするメディアの首を今すぐ捻じ切ってしまいたい衝動に駆られながら、スコールは再び跪き、形式的な言葉を言い始める。
「オペレーション・メビウス、無事に作戦全工程終了……損害は軽微、詳しい作戦中の内容ですが…」
「そいつは後でレポートに上げてメールで送っていてくれ。総帥は今から私と極秘事項で話があるし、お前も疲れたろ? ゆっくり帰って休め。以上だ」
「!!」
口を開かない総帥の代わりにメディアがそう言い放ち、スコールの話をさっさと終了させてしまうとしたのだ。いきなり横合いから現れ、そんな勝手な理屈がまかり通ってたまるかと抗議の声を上げようとするが、それよりも早くメディアが彼女の口を封じる一言を発する。
「守りたい者が多いっていうのは不便だなスコール? 『アレ』も『コレ』も抱えて歩かなきゃならんしな?」
メディアの背後に伸びる影から現れ出でたかのような、気配を感じさせない足取りで『彼女』はスコールの前に姿を現した。
―――真っ白く染まった髪をお下げにくくった、黒いドレスを着せられた少女―――
そして何よりも特徴的なのは見ているほうが吸い込まれそうになるほどの全く生気を感じさせない瞳。漆黒の瞳の中に何一つとして光を映さずに見つめてくるその様は、スコールをもってしてもホンの僅かな恐怖を感じてしまう。
本来ならば、花よ蝶よと周囲にもてはやらされる11か12歳の年頃の、将来は必ず美人になるだろう美貌を秘めた美少女でありながら、無機質で人形のようにただ黙ってそこに立ち尽くしていた。
「バティ!!」
だが総帥は違う。
彼女を見つけるなりまるで飛びつくように彼女を抱き締め、壊れ物を扱うかのように大事に大事に額にキスをしながら、彼は実の娘がいる前で言い放つ。
「私の『ただ一人』の愛娘よっ!」
「!?」
心が抉られたかのような衝撃がスコールの心を襲い、知らず知らずのうちにかみ締めた唇が切れ、彼女の握り締めた拳が振るえ爪が食い込み流れ落ちた血が赤い絨毯にポトリポトリと真紅の染みを作っていく。
「……………お父様」
「おおっ!!」
ただ無機質に、おそらく固体名称の代わりとしてバティが呟いた言葉に大いに歓喜する総帥を尻目に、スコールの隣に立ったメディアは彼女を尚いたぶるように話しかけてきたのだった。
「クズも過ぎると可愛らしさを覚えるとは、中々希少な事だな」
「…………」
「見ろ? お前に睨まれただけで腰を抜かすクズの分際で、総帥なんて不相応もの背負わされて、人形相手じゃないとロクに話もできないドクズときた」
あえて総帥に聞こえるように大声で話し始めたメディアは、つかつかと近づくと、総帥のすぐ横に立ち………。
「だけどな、クズ?」
「えっ?」
―――総帥の横っ腹を思いっきり蹴り飛ばすメディア―――
「グェッ!!」
「…………」
「!?」
蛙が潰れたような声で床に転がる総帥と、目の前で行われたことにも反応を示さないバティ、そしてなぜいきなり攻撃し始めたのかわからないスコールを尻目に、メディアは床に転がる彼の頭を踏みつけて、冷徹な声で問いかけた。
「お前………馬鹿にしたのか?」
「い、痛いッ!?」
「お前ごとき『屑』が、『英雄(お前の母親)』を馬鹿にしたのかって聞いてんだよ?」
「ぎひぃっ!?」
ヒールがこめかみに食い込み、痛みで悶絶する総帥を見下ろしながら、メディアは氷のような冷たさの中に全てを焼き尽くす炎のような怒りを込めながら言い放つ。
「何度も言ってるよな? お・ま・え・ご・と・き・が、『英雄(アイツ)』を愚弄するな、と」
「イタイイタイイタイィィィィッッ!!」
「覚えろ。誓え。二度と忘れない……とな」
「ハイ、ハイハイハイィィィィーーー!!」
痛みから逃れるために、なんとかその言葉だけを振り絞った総帥をしばし見下ろしていたメディアは、やがて足をどけると、靴の爪先を差し出し総帥の口先に向けながら、二人の間ですでに常識となっているある行為をさせる。
「誓えたなら舐めろクソ」
メディアの有無を言わさぬ言葉に、しばし逡巡していた総帥だったが、やがて意を決したかのように必死な形相で彼女の足先を舐め始める。
実の父親が実娘の目の前でするにはあまりの情けない姿にスコールは瞳を外してしまうが、対してメディアはその姿が大層滑稽に映ったのか、腹を抱えながらスコールに笑いかけてくるのだ。
「オイ、見ろよスコール!! これが亡国機業の総帥の姿だぞ!? なんて必死な姿なんだ!? コイツ以下の人間なんて探しても中々いやしない。最高に最低だよ、ホント!!」
「……………」
「あの『英雄』アレキサンドラ・リキュール唯一にして最大の失敗だよお前は!! 奇跡のようだったアイツから生まれたのは、奇跡のようなクズのお前なんだからな!! まったく………お前、何のために生まれたんだ? 何のために今生きてんだ? お前なんか生きても死んでも笑い者にしかならいのにな!!」
「…………やめて」
「代わりに答えてやるよ。お前みたいな出来の悪い人間が生きていけるのは全部私のおかげだ。私が見ていて楽しいからお前は今、生きていける………そうでなかったら、お前なんかとっくに部下に反抗されて、銃殺なり、首吊りなり、煮るなり焼くなり好きにされてるさ!! 誰がお前みたいな屑を認めてやるか。おこがましいのもほどがある。お前なんざは死ぬまで『英雄(アイツ)』の影に怯えて小便でも漏らしてればいればいいんだよ」
メディアの言葉を受け、瞳に涙をためながらも受け続ける総帥はそれでもメディアに奉仕を続け、ついにそれに耐え切れなくなったスコールが制止の声を張り上げる。
「止めなさい!? メディア・クラーケン!!」
心の奥底で父親への期待とそして愛情が捨てきれないスコールにとって、殴られるよりも遥かに心が痛んで仕方ない。
人間としての尊厳も己の矜持も持たず、ただメディアの言いなりになってしまっている、そのことに気がついていながら、戦うことも逃げることもせずに周囲に流されているだけの人間を、それでもなんとか立ち直ってもらいたいスコールには、見るに耐えられない拷問に等しく、その場から早々と立ち去ろうとする。
「まあお前達はこれからも私を楽しませればいいんだよスコール?」
すれ違いざまにそう囁いてきたメディアに、スコールはせめてもの意趣返しのような質問をぶつけ返す。
「私も貴女に聞きたいことがあるわメディア」
「ん?」
眼力だけで射殺そうとするほどに殺気を漲らせたスコールが、睨み付けながらメディアに言い放つ。
「貴女はお祖母様の一体何にそんな憎悪して裏切ったの!?」
スコールは知っている。
この見た目の若い少女のようなメディアが半世紀以上昔、第二次世界大戦が終結して荒れた世界において、偉大な祖母である『英雄』アレキサンドラ・リキュールと共に亡国を築き上げたことを。
組織発足以前からの旧知の仲であり、祖母の親友であり、偉大な同志で盟友であるはずの彼女は『英雄』アレキサンドラ・リキュールのパートナーであったこと、だがある日突然として二人の間にあった『何か』が二人の仲を決定的に引き裂き、組織を……いや世界そのものを歪めてしまった事を。
「………お前とサクラの二人はまあ上等なクズかと思っていたんだが、やっぱり理解がイマイチだな」
背筋が凍りつき一瞬で血の気が引いてしまう。これが人間が内側に宿していられる感情なのか、そう思わざる得ないスコールをメディアは右手で顔を半分覆いながら、もう半分の瞳で見つめて話す。
「私は『英雄(アイツ)』を憎んでやしない」
狂気の闇に染まった瞳で、メディアはスコール(親友の孫娘)にこう告げた。
「私は愛してるんだ。『アレキサンドラ・リキュール』を…………だからアイツの偉業も、遺産も、想いも、何もかもを粉々にして踏み躙ってしまいたいだけなのさ」
―――それが私の究極の愛だよ―――
それだけ言い残すと、メディアはいつまでも尻餅をついたままの総帥を見下ろしながら無言で『起き上がってついて来い』と催促し、奥の部屋に同行する。途中、総帥の後を追うように歩き始めたバティが一瞬だけスコールを見つめたが、すぐさま興味が無くなったかのように彼の後を追って姿を消してしまう。
最後に、広い部屋に一人残されたスコールは、メディアの底が解らない闇が亡国を侵食し尽くす日が間近に感じ取り、両手で自分の震える身体を必死に掴みながら、折れてしまいそうな心を必死に立て直そうと震え続けるのだった。
☆
「(スコールが戻ってくる前に全て終わらせないと)」
一方、総帥へ謁見にスコールが向かった事をチャンスと考えたジークは、彼女の執務室のPCからメインサーバーにアクセスを試みた。当初の予定ではセキュリティールームから直接クラッキングをかける予定だったのだが、予想以上の防衛網にそちらからのルートは断念せざる得なかったのだ。
「(………誰もいないな)」
周囲に人がいないことを確かめ、カードキーで扉を開きすばやく執務室の中に進入したジークは、とりあえず室内に『誰も』いないことを確認したジークは早速彼女のPCを立ち上げ、ジェネラルクラスしか謁見できないデータを参照しようとする。
「(………チッ)」
一瞬だけ、自分の事を信用して執務室に好きに出入りできるようにカードキーを渡してくれたスコールの事が脳内に過ぎるが、ジークはそれを無理やり押し殺して作業を黙々とこなし続ける。彼女を実質的に裏切っている行為であることはわかっているが、だがこの事に関しては彼も黙っていられない。
『亡国に入る限り、自分が目的にしている情報は最優先に自分に教える事』
彼女自身が提示した条件。だが織斑一夏と第四世代ISの情報を教えなかったことがジークに強い不信感を与えたのだ。彼女はまだ自分に教えていない情報を隠し持っていると………。
彼の目的………第四世代ISの打倒。そしてある奴を必ず助けること。
―――明日も見えぬ路地裏での日々―――
―――空に見下され、見上げるしかない自分―――
―――己が意思でそれを塗り替えるための被検体に身を捧げ―――
―――絶えず生死が付きまとう研究の中で出会った確かな絆―――
―――そして………守れなかった者、零れ落とした者………打ち砕いた者―――
「…………」
自分が成すと決めたことは何があっても成し遂げる。それだけが自分を支える唯一の矜持の筈なんだ、と迷う心を振り切り、ジークがディスプレイに表示されたデータを検索し続け、目的の情報を見つけようと躍起になっていた時、突如彼の視界にキラリと光る『何か』が映る。
「!?」
反射的に身を翻したホンのゼロコンマ一秒後に彼の左のこめかみスレスレを投げナイフが高速で通過し、背後の壁を砕きながら突き刺さったのだ。紙一重で回避したジークが何事かと振り返ると、そこにはソファから一本の腕がしなやかに伸び、力なく項垂れた手がナイフを放り投げたのだと物語る。
「………無粋じゃないかい?」
「おまえ………なんで!?」
『部屋の中には誰もいない』ことを念入りに、待機状態のISのハイパーセンサーを用いてまで確認したにも関わらず、いつの間にかソファに寝転んでいた人物に驚くジーク。
そして他人の部屋であるのに、なぜか自分が主かのような振る舞いでゆっくりとソファから起き上がった人物が、億劫そうな声を上げ両手を挙げて背を伸ばしたのだった。
「ふぁ~~~ッ! 昼寝の邪魔をする不届きな侵入者が誰かと思ったんだが………」
ダルそうに首を回すアレキサンドラ・リキュールは、如何なる最新鋭センサーにも引っかからずにこの場で堂々と寝ていられた方法がわからずに戸惑っているジークに対して、ドヤ顔でこう語ってみせたのだった。
「コツは落ち着いて息を殺すことだ」
疑問に対しての返答としては根本的に何かおかしい気もするが、今のジークにはそれよりもこの場を如何に素早く脱出するのかの方に全神経を集中させる。
「ところで、今日はこの部屋でいったい何をしていたんだい? スコールがいないことは知っていただろうに」
「(見られた!?)」
自分が行った行為が重大な背信行為であり、幹部を目の前にして見逃してもらえるとは思ってはいない。
これから自分は独房にぶち込まれ、死ぬまでそこで幽閉されるのか、もしくは処刑されるのか………どちらにせよISは没収され、二度と自分は目的のための行動を起こす機会を得ることはないだろう。
だがそんなことが納得できるジークではない。最悪組織全ての人間を追っ手に回しても、その全てを振り切ってでも自分必ず目的をやり遂げる。その強い覚悟と意志こそがジークをISや機械の身体以上に彼を強くたらしめている最大の武器なのだから………。
「!?」
一瞬、今は亡きマリアの、竜騎兵達の、そしてマドカの姿が脳裏を掠め胸の内側に突き刺さるような鋭い痛みを走らせて彼の表情を歪める。同時にそれが一瞬の隙となり、目の前の暴龍帝(彼女)が行動を起こすきっかけとなってしまう。
「!!」
足元に瞬間的な突風を発生させ、約8m以上の距離を跳躍して瞬時にジークの頭上を取ったリキュールだったが、後手に回りながらもスピードで勝るジークが、疾風の如き速度で出口に向かって疾走している姿を空中で反転しながらも瞳で捉え、そんなジークに向かって、僅かに光を反射させる何かを右手で投げつけたリキュールが、指を踊らせて彼を『絡め取ろう』とし、高速移動中のジークの左手が見事に縛り上げられてしまった。
「これはっ!?」
後ろに引っ張られる体勢で動きを止められたジークだったが、自分を捉えたのが同僚のマリアが使っていた物と同じ鋼糸であることに気がつき、何とか逃げ出そうと強引に引っ張るが、着地したリキュールはいとも容易くジークを引き寄せ、空中に放り出された格好で自分に向かって飛んでくる彼の横腹を思いっきり蹴り飛ばしたのだった。
「!?」
なんとかそれを肘で受け止めたジークだったが、床を転がされ窓側に押しやられてしまい、彼の行く手を遮る様にリキュールはスコールの執務机の上に密かに設置されているボタンを押して逃走防止用のシャッターを下ろしてしまう。
完全に逃げ場所を失い、唯一の出口の方を陣取ったリキュールがゆっくりと彼に近寄りながら話しかけてきた。
「まあ、君のことだ。理由を問われても素直に答えまい。私もそれについて細かな詮索をする性質でもないしな」
逃げたいのなら自分を倒してからにしろ。瞳だけでそう言い放つリキュール相手に、内心でジークは冷や汗をかき倒す。
組織で一番手ごわい人間を一番最初に相手にしないといけないというのは、どう考えても絶望的であり逃走のチャンスが霞んでしまう。
何とか切り抜けられないか? 相手の隙と自身の状況を考え張り巡らせる。
「だがな」
考えが纏まらないそんなジークに対して、リキュールは一切の容赦もせずに間合いを詰め、彼の左足を自分の右足で払ったのだった。柔道で言う『出足払い』に酷似した技だったが、彼女の尋常ならざる威力の蹴りは払うというよりも身体ごとフッ飛ばすレベルであり、彼を肩から冷たい大理石製の床に叩き付ける。
「ガハッ!!」
「なんだ? ISはともかく生身の格闘ではイマイチなのかい?」
見下ろしながら言い放つ彼女の姿に苛立ちを覚えたジークは、下半身を旋回させるキックを出してリキュールを一歩引かせ、キックの遠心力で起き上がると初めて構える。ボクシングのデトロイトスタイルよりもさらに前かがみの前傾姿勢………彼自身にもっとも適した格闘の構えを取ったジークにリキュールはご満悦な笑みを浮かべながらこう言い放つ。
「私が君や陽太君を高く評価しているのは『それ』だよジーク君」
リキュールが両の拳を若干開き腕を上げ、小刻みにステップを踏み始める。
「『抗撃』だけが敗北を拒む唯一の手段。弱肉強食の摂理を骨身に刻んでいる君達は生粋の戦士だ」
揺れるリキュールの拳を注意深く見続けていたジークの視界の下の部分に突如彼女の足が現れ、咄嗟にジークは後退してしまう。
「だがしかしだ」
「しまっ!?」
それが彼女のフェイントだったと気がつくと同時に、ジークの顔のど真ん中をリキュールの左拳が高速で二発叩きつけられ、仰け反りながらもジークは何とか踏み留まった。手加減された拳は彼に鋭い痛みを与えはしたが、必要以上の外傷を与えることもせず、彼のプライドを刺激するだけだったのだ。
「なろっ!!」
速度に乗ったジークの攻撃………先ほどのお返しだと言わんばかりにボディを狙ったフックをフェイントとした裏拳。対してリキュールはその攻撃を冷静に受け止めながら肘でジークの顎を狙い、両者が寸でのところで回避しあう。
瞬きする程度の間………そしてジークが疾風迅雷の動きを持ってリキュールの死角に一瞬で回り込み、不意を突こうと拳を振り上げるが、
「甘い」
「!?」
彼の左の拳と彼女の右の拳が絡み合い、拳の鍔迫り合いが発生したのだ。
絡み合った状態で両者足を止め、互いに絶妙にガードと回避を繰り返しながら至近距離での乱打戦を展開し、手を少し出すだけで相手に振られる距離での打撃の打ち合いを敢行する中、徐々にジークだけが一方的に打たれ出す。
「チッ! ガッ!!(なんで!? 俺のスピードの方が速いハズ!? なのにッ!?)」
二歩後退し、仕切り直しの一撃を繰り出そうとする瞬間―――
「!?」
―――最小限のモーションで振り上げたジークの左拳を左足で封じ込めるリキュール―――
先程から決定的な一撃を出そうとする瞬間が分かりきっているかのように、ことごとくジークの先手を取ってくるリキュールの不可解な動きが解明できず、一方的に弄られ出したのだ。そんな中で、打撃を繰り出しながらもリキュールはジークに話しかける。
「『理より入るは早く、技より入るは遅し・・・』」
「!?」
「『物の根源を知らずして学ぶを盲剣という』」
「なんだよ、それ!?」
「どちらも日本の高名な古流剣術家のお言葉だ」
「だからそれがどう・!?」
右の拳を繰り出そうとした瞬間、踏み込んだ左足から強烈な重圧が襲い掛かりジークの動きが完全に静止してしまう。
「両眼で輝くその目………紛れも無く『超界の瞳(ヴォーダン・オージェン)』」
ジークの動きを左足に自分の右足を載せる。ただそれだけの行動なのに、ジークの左足にはまるで巨大な岩石が乗せられたかのような重みが加わり、彼の動きを完全に封じ込めたのだ。そして彼女の手が彼の前髪をやさしく撫で、リキュールは微笑みながら放し続ける。
「そして君は先天的な才能として、相手の死角を視る能力を得ている………素晴らしい才能だ。圧倒的な動体視力で相手の動きを見極め、死角に回りこむ能力を駆使し、そこに全IS中最速のスピードがあれば、君は確かに無敵になれる………とでも言いたかったのか? 君を作った『科学者』共は?」
「!!」
ゆっくりと上げられる右足………明らかに挑発しているかのような言葉。
リキュールは十分に理解しているのだ。彼の内心を何が一番深く抉れるのかという事を。
「どうした? そんなに怖い顔で睨んで何も喋ってくれないなら………ほら、私の舌が調子に乗ってこんな言葉を吐き出してしまう」
「…………」
「君の過去にいる奴等は皆そうだ。自力で何一つ築きもせずに人には舐められたくない。だから不満不平を溜めた面で如何に自分が頑張っているのか自己憐憫に走る………ちょっと批判されればすぐに逆上、暴力に走るか、自分は正当だと理屈だけ並べて言葉だけを並べたがる。要するに肝っ玉が脆く、確固たる自分が無い証拠だ」
「!!」
「強者は断じて安っぽくキレたりせんぞ? はっきり言ってやる………君を拾った『あの場所』の住人は皆、世を拗ねて日陰に隠れて逃避したはぐれ集団の負け犬共だ!!」
ジークの意識がそこで途絶える。
いや、正確には彼の意識がただ『殺意』の一色で塗り潰され、気がついたときジークは獣のような咆哮を上げながら渾身の回し蹴りをリキュールの頭部目掛け放っていた。
「がああああああああああああっっっっ!!」
『死ね』………ただその一言を込めた渾身の蹴り。彼女の頭部を粉々にするつもりで放ったその蹴りだったが………。
「だから」
―――リキュールの残像をジークが蹴り抜き―――
「安っぽくキレるな」
―――カウンターの後ろ回し蹴りがジークの後頭部を打ち抜く―――
強烈な一撃が意識を刈り取り、彼の身体が大理石の床に叩き付けられる。だが皮肉にもその衝撃が気付けとなって、すぐさまジークは意識を取り戻すが上手く身体を動かすことができないでいたのだった。
彼を見下ろしながら、リキュールはすでに興味が失せたかのようにゆっくりと扉に向かって歩き出すが、ジークが動けぬ身体を無理やりにでも動かそうとしているのを気配だけで察知し、ため息を着きながら足を止め、あえて『体感』させたことを言葉で解説し始めたのだった。
「まったく………頭に血が昇るとすぐに何も考えられなくなるな君は」
「なに……を?」
「なぜISを使わなかった?」
「!?」
「別に私が生身だから使ってはならない訳でもあるまい? 生身には生身? 銘文化して額縁に飾って必ず守るべき憲法になっているとでも思ったのかい?」
リキュールの思わぬ言葉に戸惑うジークだったが、言葉だけで考えれば彼女の言う通り『ISを使ってはならない』理由が一つ足りともないということに思い当たる。
「更に言おう。先ほどの打撃戦で私だけが一方的に当てていた事に戸惑っていたな」
「…………」
「古流に三つの先あり。つまり後の先、先の先、先々の先………現代語に直すなら、応じ技、仕掛け技、そして気の出合い。君は殺気が強すぎて、技を仕掛ける前に殺意が先に現れる。それでは折角の死角を突く能力も腐らせてしまうぞ?」
「それがなんだって……」
「陽太君はおそらく無意識に君の殺気を感知して攻撃を防いでいた。初見から君が彼にトドメを刺せなかった理由がそれだ。殺気を感じ取れる人間にしてみれば君の攻撃はテレフォンパンチだということさ。後は先出しで攻撃を当ててしまえばいい」
「だが俺ならッ!?」
「『先に攻撃されても反応して避ければいい』?………避けさせぬからこその技術だよジーク君」
スピードは自分とディザスターの最大の武器だと確信してたジークなだけに、この「仕掛ける前に行動が予測されてしまう」という寝耳に水のような言葉に動揺が隠せずにいたのだった。
「感情の制御の未熟から、容易く心・技・体の調和が乱れる。今後の彼らIS学園との戦いでは精神(こころ)の完成度はますます重要になるぞ」
「………さい」
「恐怖・憤怒・憎悪・憐憫・慢心・焦燥・躊躇・油断………誰もが持つ『こころ』の振幅が戦いでは致命的な隙になり得る。非情に成れとは言わん。だが心を律しれるようになれジークk・」
グウの音も出ない正論。そしてまるで今まで必死に築き上げた物が、すでに時代遅れの代物にされてしまっているかのような感覚が………『あの日』のように、『彼らの努力』が決して報われることはないと思い知らされた『あの日』に戻されたかのような感覚となって、彼の冷静な思考を奪い去る。
「うるさいんだよっ!! わかった風な口を叩くなッ!!」
―――自分が求めた物が通用しない―――
―――バラバラになった仲間達の、ドクターの、彼女の………全部をかき集めた物が間違いかのように口にするなッ!!―――
―――何も知らないお前が否定するなッ!!―――
「お前みたいな最初から強かった奴にはわかんねぇーんだよ!! これは弱者(俺達)が必死に築き上げた物ダッ!! お前(強者)みたいな奴がそれを否定すんな、立ち入ろうとするなッ!!」
「………そうか」
汚澱の噴水が心から湧き上がり、強烈な否定の意思がリキュールの言葉を跳ね返す。自分の心の中にある『過去(なかま)』を守るためには彼女の言葉を受け入れる事は出来ないのだ。認めてしまえばもう一歩も動けなくなってしまいそうで、だからこそ彼女の言葉をなんとしても受け入れまいと、理解しないと否定しにかかる。
そんなジークの心境を理解したのか、リキュールは静かに背を向けると、言い残すようにジークにあることを投げかけた。
「そういえば………君は知っていたかい? 君に隠し事をして信頼を損なってしまっている君にとっての裏切り者のスコールが、この亡国機業の創設者の孫で、現総帥の娘だということを」
「!?」
「君だけじゃない………彼女だって必死に歯を食いしばって背負っているのさ。過去をね」
「………あっ」
「囚われたままで一歩も歩めないからこそ、囚われたままの君の気持ちだって理解できた………君はいつまで『そこ』にいるつもりかね?」
最後に問いかけ、ジークの返事も聞かずにさっさと部屋を後にするリキュール………ジークのハッキングの件も問答しない所から察するに、すべてを知った上で今回の件を彼女は誰にも口外することはないのだろう。性格的なことも踏まえれば『告げ口して処刑する』などする暴龍帝でもない。
だが取り残されたジークは、俯き、血が滲むほど拳を握り締めながら、心の中に現れては消える『今の仲間達(マドカやマリアやスコールや竜騎兵達)』を思い浮かべながら、尚も振り払うようにただこう呟き続けるのみだった。
「知らない………知らない……そんなこと、知ったことかぁ!?」
長くなりましたので続きの後編もすぐにうpさせていただきます!