IS インフィニット・ストラトス 〜太陽の翼〜   作:フゥ太

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後編部分です


勝利の宴の影において (表)

 

 

 

「ムー…………」

 

 スコールの執務室がある建物から出て人工照明に照らされた天井を空にした地下都市を歩きながら、リキュールは珍しく何かを悩んでいるような顔で歩き続けていた。

 

「(どついて発破をかけようとしたんだが………逆効果だったとは)」

 

 先ほどのジークとのやり取りのことを気にしながら、祝勝会が開かれている会場に足を運ばせる。彼の心の中に燻っている復讐心が時に過剰な殺意となって彼自身の足をひっぱていることを身をもって体験させ、今は過去よりも未来に目を向けてもらおうと思ったのだが、結果的に彼の怒りと更なる炎を高ぶらせた結果に終わってしまい自身の失策に悩んでいたのだ。

 

「(こんな時………)」

 

 先生ならこんな時どうしていたのだろうか? 一瞬だけ過ぎったその思いを彼女は首を横に振ることでかき消し、不機嫌そうな色で塗り潰してしまう。

 ジークに過去から決別しろと言い聞かせようとした自分が過去に囚われてどうする? 自分は『以前』のアレキサンドラ・リキュールを越える『新しき』アレキサンドラ・リキュールになったのではないのか?

 一瞬の気迷いだと言い聞かせ、現段階の彼女の結論を導き出す。

 

「(これもそれも………千冬が悪いということにしよう)」

 

 遠き地で命の危険を脱した元親友に無理やり責任転嫁し、彼女はとりあえずスコールに『説得してみたが逆効果だった』と悩み事が多い彼女の頭痛の種を振りまきそうな報告を世間話のついでにしようかと思っていたところである光景が目に入り、足を止めてその様子を食い入るように見つめる。

 

 

「お待ちになりなさい隊長ッ!!」

 

 特殊戦術部隊の制服を着た副隊長のモルガンが、隊長であるトーラの腕を掴んで自分達の建物に連れ戻そうとしていたのだ。

 

「放してモルガンッ!?」

 

 対してトーラはまるで家出した少女のように必死になってその腕を振りほどこうとしてはいるが、どうも本気で実力行使するにはいたらず、振りほどく力が弱々しいものになってしまっていた。生身においてのスペックも本来トーラは超人的であり、どんなにか弱い少女に思えてもジェネラルを名乗るに足る能力を有している。それに比べモルガンはメディアと同じ兵器開発者であり、本来研究職畑出身のIS操縦者なので厳しい操縦訓練を積んではいるものの普通の領域を超えるものではないのだ。

 自称教育係のモルガンと、亡国の次代を担うと目されているトーラ。歴然とする力関係でありながら、トーラがどうしても本気で抵抗できないのには理由があった。

 

「まあっ!? どうしてこうも口の利き方が悪くなってしまったのかしら? これもそれも全部あの失敗作と場末の骨董品共のせいね!?」

「!? リリィは関係・」

「やはりキャスター・メディアはお間違いだったわ!! 今すぐあんな粗悪品とスクラップ共は、廃棄処分にしてもらわないとッ!!」

「ッ!?」

 

 トーラがその言葉に息を呑み、態度を一変し必死な形相でモルガンの腕に逆にしがみ付く。

 

「リリィも秋水達も関係ないッ!! だから母様(かあさま)に報告だけはしないでッ!!」

「フフフッ………そんな急にしおらしくなられましても」

「ボクが悪いの!! だからっ!?」

 

 自分の創造主(はは)の恐ろしさを十二分に知っているトーラは、モルガンがメディアに進言することでリリィ達に危害が加わることは有り得ると恐れたのだ。

 メディア(彼女)が気分次第で実の娘であろうと平然と切り捨てられる人間であることを知っているのだ。

 ようやく溜飲が下がり始めたのか、トーラを見下ろしながらモルガンは催促の言葉を口にし、震える彼女の耳元に顔を近づけ、絡みつくような不快感を残す言い回しで囁いた。

 

「貴方様が素直になっていただけるならこのモルガン、数々の問題を胸に仕舞いましょう………ですからお嬢様?」

「…………わかりました」

「では、『わかっていますね』?」

 

 ようやく自分に服従したのだ。そう捉えたモルガンは隷属の証をトーラ自身で口にさせようとするのだった。

 

「ぼ………ボクは……」

「『今後二度と逆らわず、モルガンの言うことを最優先で了承する』………ですわよね?」

「こ……んご・」

 

 震える肩と涙を貯めた瞳で禁断の言葉を口にしようとするトーラと、それを愉悦に満ちた笑顔で眺めるモルガンであったが、まるでその時を待っていたかのように一人の少年が二人の女性の間に割って入って、宣誓の言葉を叩き切ったのだった。

 

「やあーやあートーラ君!!」

「!?」

「秋水!?」

「こんな場所にいたんだね。皆心配して探していたんだよー?」

 

 最後が相当わざとらしい言葉になりながらも陽気な笑顔を浮かべた秋水は流れるような動きでモルガンの手を弾き落として、トーラの背中に回りこみ若干早足で彼女を押しながら祝勝会が開かれている場所に連れて行こうとする。

 

「(し、秋水ッ!?)」

「(シッ! 今はとりあえず俺に任せろ)」

 

 これ以上トーラに何か話をさせるたらズルズルとモルガンのペースになりそうなのを察知し、有無も言わせず迅速にこの場を後にして話を有耶無耶にしよう作戦を決行したのだが、予想以上に彼女の立ち直りは早かった。

 

「何のつもりだ虫けらっ!!」

 

 先ほどまでのトーラに見せていた愉悦した表情とは一変、ヒステリックに叫びながら懐から銃を抜くモルガンを流石に無視しきれないと感じた秋水は出来るだけの愛想を浮かべながら答えた。

 

「祝勝会。何せ今回の戦いで一番活躍したジェネラル・アーチャーのことを皆で祝おうとしてr」

「黙れッ!! そんな下賎な集まりにお嬢様を連れて行くなど私が許さないといっているんだ!!」

 

 キンッ!と銃のセフティーが外れる音が聞こえると、いよいよ秋水も愛想笑いを浮かべることを止めて、厳しい表情でモルガンを睨み付ける。

 

「秋水、ボクは・」

「嫌がってるのがわかんねぇーのか、クソ女」

「クソッ・」

 

 自分のために無茶をする必要はないと言いかけたトーラを優しく押し込め、秋水は彼女を守るようにモルガンとの間に立ち塞がると、到底トーラでは思っていても口に出来ないような言葉を言い放つ。

 

「化粧が濃すぎて臭い。吐いてる口臭が臭い。お前の態度がとにかく臭い………だからクソ女。ご理解いただけましたか?」

「き・さ・ま………」

「……うるせぇ、全部丸聞こえなんだよ」

 

 そう。彼も怒っているのだ。

 トーラの件だけではない………彼女が散々に口にした『粗悪品』やら『スクラップ』やらという言葉。それが誰を意味しているのか、周りにいれば簡単に理解できる。だからこそ彼は酷く腹を立てていた。

 

 自分の信じる騎士王と、その配下の歴戦の勇士たちは決してお前なんかが馬鹿にしていいものではないと………。

 

「謝罪しろなんて言わない。どうせお前は自分が何言ってるのか理解できない人間だし。だけどそれをダシにトーラまで巻き込むんじゃねぇーよ」

「!?」

 

 その言葉に先ほどとは違う意味の涙を溜めて、彼の肩にすがりつくような態度を示したトーラを見たモルガンがブチキレる。

 

「私の『人形』に何をするつもりだ!!」

 

 完全にトーラをどう思っているのか丸わかりの汚い言葉を吐き捨て、拳銃を発砲しようとしたモルガンだったが、彼女が引き金を引こうとするゼロコンマ一秒前に、黄金の疾風が通り抜ける。

 

 ―――金色の剣閃によって真っ二つにされる拳銃―――

 

「!?」

「!?」

「なっ!?」

 

 何も気がつかずに引き金を引いた拳銃が半ばから真っ二つになって地面に落ちていく光景に驚愕するモルガンと、トーラを守るように立ち塞がった秋水のさらに前に、頬っぺたにつけたご飯粒を拭いながら剣を構える少女騎士が現れたのだ。

 

「待たせたな」

「待ってねぇーよお嬢」

 

 間髪入れない言葉とツッコミを交わす亡国陸戦隊の隊長とその副官は、信頼しきった上の軽口を叩き合うのだった。

 

「そこは『お待ちしておりました!』ではないのか秋水!?」

「言わないし、待ってないし」

「妹を迎えに行かせた誰かが余りに遅いから食事を中断してまで助けにきたんだぞ!? なのにその態度はなんだ!?」

「トーラがついてから一緒に食べる予定じゃなかったのか!? また食欲に負けたのかよ!?」

「うっ」

「なんで少し待つということが出来ないんだ、この腹ペコ王!」

「その言い方は止せと言ってるだろうが!!」

「あ、あの……二人とも落ち着こう」

「トーラもこう言ってんだしさ。ちょっとは見習えよ姉ちゃん」

「私もトーラも十分に落ち着いている!? 子供みたいにトーラの前でカッコつけようと前に出ている秋水の方こそ落ち着け!! 銃弾で撃たれたら痛いんだぞ!!」

「リリィ………普通なら死んじゃうからね、撃たれると」

 

 決して自分を放って痴話喧嘩を始めた二人にちょっとだけヤキモチを焼いたわけではないからと言い訳しながら割って入ったトーラ………もう先ほどまでの状況を忘れ去り、ワーワーキャーキャー言い出す三人に完全に忘れ去られたモルガンは、ようやく復帰するとISを手に取りながら部下に通信を入れようとする。それに気がついたリリィは、切っ先をモルガンに向けながら警告を発するのだった。

 

「部下に失言があったのかもしれないが、今日はそれまでにしてくれないかモルガン?」

「黙れ劣化品がっ!!」

「………私がトーラに劣るのは認めよう。私の妹は優秀だ。だがここはジェネラルの私に免じて引いてくれ」

 

 亡国を掌握するメディアの直属の部下である自分を裁けないと思ってか、階級の下の人間とは思えない発言をするモルガンを冷静に許すリリィであったが、モルガンはそんな彼女が自分を逆に見下しているかのように捉え、本部内でしかもジェネラル相手にISを展開して攻撃を仕掛けようと身構える。

 

「私を見下すな粗悪品如きが!!」

「…………」

 

 自分への暴言は許せるが、本部施設でISを展開して攻撃を仕掛けるなど崩落の危険性もある極めて危険な行為を許せるはずもないリリィは、ISを瞬間的に展開して一刀でモルガンを戦闘不能に追い込もうとする。

 だが………。

 

「面白そうな催し物だな」

 

 ―――モルガンの首筋に押し当てられた刃―――

 

 キンッという音共に、まるで気配を感じさせずにモルガンの隣に立ったアレキサンドラ・リキュールは、隣の人物を威嚇しながら、目の前のリリィ達に手を振るのだった。

 

「………何か用か?」

 

 すごく不機嫌そうに答えるリリィにも笑顔を崩すことなく、リキュールは答えた。

 

「何、偶々通り掛っただけだ。後………秋水君」

「は、ハイッ!!」

「トーラを身体一つで守ろうとする気概。それでこそ男(おのこ)だ」

「い、いえッ!! それほどでもありませんっ!!」

 

 顔を真っ赤にして嬉しそうに敬礼してまで返事をする秋水と、そんな秋水を物凄いジト目で見るリリィとトーラ………亡国一の危険人物であると同時に、亡国一のプロポーションと絶世の美貌を持つ暴龍帝に前々からお近づきになりたかった秋水は、自分の名前が覚えられていたことと思わぬ高評価に気分が高揚して思わずらしくない行動をしてしまう。もっとも、直に相手をしてほしいと頼まれた全力で拒否する

 

「何をあの痴女に見とれている!?」

「あ、あんなふうな格好が秋水が良いって言うなら………ボク、頑張るよ!」

 

 何か言い出す二人と、急にニヘラとする秋水を尻目に、一人だけ限定して凄まじい殺気をぶつけられて身動き一つ取れなくなっているモルガンの手から、待機状態のISを取り上げて胸ポケットに入れてあげたリキュールは彼女の耳元に顔を近づけると、小さな声でこう囁く。

 

「今日はこれぐらいにしておきたまえ。お前のご主人様にこれ以上の赤っ恥な報告もしたくあるまい?」

「キ、キサマ………」

「それとも………お前のご主人様ごと挽肉にでもされたいかメス犬?」

 

 やることは本気でやるのが暴龍帝のスタイルだと知っているモルガンは、それ以上の反論を口にする気すら起こらず、震える身体を必死に動かし、腰が抜けそうになりながらも走ってその場を後にする………まるで一刻も早くこの場から立ち去ろうとする犬のような速さで基地内を走り去っていったのだった。

 

「………さて、会場に行こうか三人とも」

「ハイッ!!」

 

 

 敬礼してリキュールの後ろにぴたりと着いて行く秋水と、彼の背後から猛烈な抗議の声を上げる二人………。

 亡国屈指の武闘達を基地内の一番高いビルの最上階から見下ろしながら、ある人物がポツリと呟く。

 

「まったく………メディアへの報告が面倒くさくなってしまうじゃないですか」

 

 キャスター・メディアの城である第一中央兵器開発局の最上階フロア。極度の気分屋である彼女を恐れて、普段はめったに他人が足を踏み入れることはないこのフロアを、ただ一人メディア以外で足を運ばせる人物………。

 暗い影にその姿を隠したままで、ホンの僅かな光が差し込む場所から身を出さず、だが常に亡国内部を関しているメディアの懐刀、『アサシン・デイズ』は先ほどのモルガンとトーラ達のやり取りを眺めながら鼻で笑い飛ばしたのだった。

 

「アーチャーを貴方の人形にしようなど、メディアが聞けば首を跳ねられてしまいますよモルガン・グィナヴィーア?」

 

 デイズはよく知っている。メディアにとってこの世の全ての人間はただのコマでしかない。

 彼女が他人を区別するのは、役に立たないコマか、役に立つコマか、ただそれだけなのだ。そしてそれは懐刀である自分も例外ではないのだろうということも彼女(デイズ)は十二分に理解している。

 唯一の例外がもうこの世界にはいない、ただ一人の英雄(親友)であることも、デイズは理解したうえで言い放つ。

 

「でも………滑稽ですね、アレキサンドラ・リキュール」

 

 彼女言うアレキサンドラ・リキュール………メディアの私室において、誰にも気がつかれていない隠し部屋にある数十年前に描かれていたメディアとアレキサンドラ・リキュールの二人を描いた肖像画を見上げながらデイズは尚も言い続ける。

 

「世界に平和を望んだ貴女は、散々世界の権力者達に振り回された挙句、名前も残せない惨めな犯罪者として死に、その遺志さえもこうやって世界を混乱させる種になってしまっている」

 

 彼女(デイズ)にしてみれば英雄は不思議の塊のような存在だ。

 非合理的で、非効率的で、何よりも愚かで滑稽にしかデイズには映らない。

 望めば世界を掌握できたはずなのに、あろうことかその権利を放棄して他人のために死んだというのだ………少なくとも彼女が支配者になりさえすれば、解決できたであろう問題がいくつもあったというのに。

 

「やはりここは私が証明するしかありませんね」

 

 そして手に取った端末に表示された映像。

 スコールの執務室で血が出るほど歯を食い縛っているジークを見つめながら、彼女はほんの僅か。他人も彼女自身も気がつかないほど僅かな高揚感を覚えながら、自らに誓うように言った。

 

 

「私が完璧になるしかないのですね………貴方もそう思うでしょ? ジーク?」

 

 

 

 

 ☆

 

 

 

 

 四人の竜騎兵が完全に燃え尽きて仕上げた大量の料理が並べられた中央の広間において、多くの人間が食え、飲め、歌え、踊れの大騒ぎなりながの祝勝会という名の親父共の宴会が慎ましやかという言葉の遥か対極に位置する状態で行われていた。

 

「食え食え食えッ!! 今日はいくら食っても腹壊さないぞー!!」

「俺、久しぶりに人間の食事食ってる気がする」

「泣くなこれくらいで………あれ? このプリン、何かしょっぱいや」

「ああ、いいな………グスンッ」

 

 普段はセイバー・リリィ特製の料理という名の食べられたはずのものが食べられなくなる逆錬金術を食らっている陸戦隊の感動は一入である。彼女が作るものの大多数がカーボンになるという事態に、インスタントになるか秋水がしかたなく素人料理を作るかのどっちかになるのがいつものことなのだが、今日のメニューを作ったのはプロ級の腕を持つ竜騎兵達である。久しぶりに食べたその高級感あふれるメニューに、涙を隠せない陸戦隊員も数多くいた。

 

「飲め飲め飲めーーー!!」

「パパレホパパレホー!!」

 

 完全に出来上がって、半裸になって酒を浴びるように飲む男達や、すでに全裸になって踊り始める男共、そして全裸のまま数が少ない女性達に飛び掛ろうとして同僚達に殴り飛ばされる親父など、飲酒組はカオスを極め、カラオケでマイク片手に歌い倒す音痴や、その隣でリンボーダンスをやりだす馬鹿など、もはやこれが何のための祝勝会なのか誰もが忘れかけ、とにかく騒ぎだす。

 

「…………」

 

 そんな中で一人輪から離れ、芝生の上で木にもたれながら静かに日本酒を口にするレオン………元はロシア圏出身なのだが、なぜか彼の肌には日本酒が合うらしい。彼の周りでも何人か静かな方が好きな者達がおのおの酒やつまみを出し合いながら静かに酒を飲むが、そんな中に、一人リキュールがブランデーとグラスを持ちながら現れたのだった。

 

「お隣、よろしいかな?」

「…………」

 

 無言で立ち上がり、年下とはいえ階級の上の人間に頭を深々と下げて挨拶をするレオンだったが、リキュールは手を出してそれを制止する。

 

「今はよしてください。無礼講の席ですよ?」

「…………」

「ここでは私はただの一介の戦士………そう思ってください、『師兄』?」

 

 彼女が気軽にブランデーとグラスを差し出すと、レオンはようやく座わり、乱雑にそれを受け取るとブランデーを一気飲みしてグラスを返すのだった。

 

「………何が師兄なものか」

「これは手厳しい………こうやって面と向かってプライベートに話すのは10年ぶりだというのに」

「何度も言わせるな。お前など最早『妹弟子』ではない………この不幸者が」

 

 レオンが珍しく苛立ちを隠さない言葉をぶつけるが、リキュールにとってそれはすでにわかりきっていたことで、特に怒ることなく二杯目のブランデーをレオンに差し出しながら話を続ける。

 

「何をそんなに怒っておいでで?」

「判っているくせにあえて私に言わせるお前の態度に腹を立てている」

「それはそれは………まったく、貴方も千冬と同じことを私に言うわけか」

 

 二杯目のブランデーも一気飲みして睨んでくるレオンを尻目に、リキュールは自分もブランデーを飲み干しながら呟いた。

 

「すでに10年立った。いや………そもそも操を立てる人ではないというのに」

「なに?」

「判っているはずだ師兄」

 

 ブランデーに映る自分を見下ろしながら、リキュールは若干の怒りを露にしながら言い放つ。

 

「『英雄』アレキサンドラ・リキュールは酷い裏切り者だ。私達に戦うことを諦めるなと教えながら、自分は最後に武器を捨て、それまでの人生を否定した」

 

 ―――千冬に貫かれながらも、安堵とした表情で塵になっていくあの人―――

 

「戦士の頂点にありながら、武器を捨て自ら命を差し出すことで、それまでの、貴方達や私を含んだ戦士の生き方全てを否定したんだ」

 

 戦士として生きる自分にとって、彼女の姿は耐え難い裏切りだった。生きることから逃げ、戦うことから逃げ、一番楽になろうなどという発想を実践したのが、自分の何よりも敬愛した師だったなんて、許すことが彼女には出来なかったのだ。

 

「私は違う。私は決して彼女のような選択を選ばない」

「…………」

「ゆえに………レオン・ウォルフハート。貴方をこのバーサーカーの副官として迎え入れたい」

「!?」

 

 流石のレオンもその言葉には若干の驚きを覚え、彼女を凝視してしまう。

 リキュールはそんなレオンの姿を観ながら、いつもの余裕にあふれた笑顔で更に言葉を重ねる。

 

「貴方が私の隊に来てくれれば安泰だ。それなりの待遇で迎えよう。貴方ももうこんな終わった場所で自分を腐らせるような真似をするべきではない。なんならリリィも秋水君も他の隊員達もまとめて私が面倒を見よう?」

 

 同じ師から、似た環境で教育を受けた彼ならわかってくれる。そう思ったリキュールの言葉だったが、そんな彼女に対して、レオンの返答は短く、そしてはっきりとしたものだった。

 

「断る」

 

 きっぱりとそう言い放つレオンに、リキュールは笑みを消し去り、冷めた表情になって理由を問いかけた。

 

「なぜです師兄? まさかまだこの場所に未練があるとでも?」

「未練ではない」

「では?」

「知れたこと」

 

 酒瓶と器を地面に置き、両手を両膝に乗せて、レオンはまっすぐな瞳でリキュールを見ながら、心の底からの言葉をつむぐ。

 

「『忠』だ」

「…………」

「お前が忘れてしまったものだ。おそらく篠ノ之束も忘れている………ただ織斑千冬だけが忘れずに持ち続けているのかもしれんがな」

 

 千冬の名前が出た瞬間、リキュールの身体から押さえきれない殺気が溢れ出て、尋常ではない気配に鳥肌が総立ち、騒ぎ倒していた陸戦隊の喧騒がピタリと止んでしまう。

 

「………私が千冬に劣るとでも言いたいのか?」

「劣る劣らないの話ではない。強弱でも、ましてや善悪でもない………まあ、師の教えを忘れ、あまつさえその名すら汚す行為をするお前になど言ったところで、到底理解できるとは思えぬがな」

 

 リキュールが無言で刀に手を置き、それが見えた陸戦隊のメンバーも、大量の料理を更に載せたまま駆け寄ってきたリリィと、秋水とトーラも尋常ではない事態に凍りつく。

 

「…………」

「私の失策だったな。師匠がお前を引き取ると言ったあの日、やはり皆の言葉通り問答無用で殺しておくべきだった!」

 

 レオンの言葉にリキュールが聞き捨てならんと刀の鯉口を切りかけるが、背後から突然聞こえた別の鯉口を切る音に、二人は素早く反応して振り返る。

 

「こらレオン……そいつは言いすぎだ」

「貴方は………」

 

 リキュールが意外そうな声をあげた主。

 ボロボロのバンダナを頭に巻き、ボサボサのまるで手入れがされていない長い白髪と、年老いてささくれた手足、そしてなによりも目を引くもう二度と開かぬ両目を切り裂いたと思われる相当な古傷と、一本の長刀を杖のように抱えながら木にもたれて座る老人に、二人の視線が釘付けとなる。

 

「若い女子に殺すとは何事か………お前さんはすぐに言葉を選ばなくなるからいかん」

「申し訳ない師兄」

 

 現在この陸戦隊でもっとも長寿な現役隊員にして、セイバー・リリィの剣術指南役兼GSパイロットを兼任するこの老人は、英雄アレキサンドラ・リキュールとかつては死闘を演じて、敗北したことをきっかけに亡国入りを果たした経歴を持つ傭兵であった。

 そもそも陸戦隊の古参隊員達は、『英雄』アレキサンドラ・リキュールのカリスマ性を直に目の当たりにして、自ら亡国に足を踏み入れた者達であり、そういう意味では千冬や束にとっても彼らは師兄に等しい存在でもあったのだ。

 

「すまんな………お前さんの怒りは最もだ」

 

 そんな古参の老人は、リキュールが内に抱える怒りを理解し、だからこそ頭を下げたのだ。

 

「ワシ等は誰も止められんかった」

 

 今も忘れない。

 古参の隊員達にとって絶対に忘れらないこと。決して風化できない悲しみ。

 

「止める術がワシにはなかった…………世界からあの人を守る力も、代わりを務める器も、なんもかんも持ち合わせておらん」

 

 決して届かぬことだと判りきっていながらも、何とかできなかったのか? 彼女を死なせずに今もどこかで生きていてもらう術はなかったのか? 何度も繰り返し考え続けるが、その答えが出ることはない。

 

「じゃが、だからと言って歩みを止めるわけにもいかん。それはあの人の教えに反する」

 

 

 ―――忠を尽くしなさい―――

 

 ―――そうすれば答えは必ず見つかるわ―――

 

 

 リキュールもレオンも陸戦隊も、千冬も束も言い聞かされた言葉。

 決して彼女は自分達に答えを提示するような真似はしなかった。まるで自分自身で見つける答えが最も肝要であると言わんばかりに、いつもニコニコ笑って自分達の歩みを見守ってくれていたのだ。

 

「お前さんも、それがわかっているから彼女が最後にした行動が納得できずに絶望したのではないのか、アリア?」

 

 ―――その名を口にした瞬間、疾風よりも早く抜刀された刀が老人の首に寸止めされる―――

 

「私『が』アレキサンドラ・リキュールだ」

「………そうか」

 

 ―――同時に、抜刀された刃がリキュールの腹部に寸止めされていた―――

 

 ジェネラルや一部の超人的な能力を持つ古参たちでしか見切れない速度で互いに抜きあった両者だったが、リキュールはすぐさま刃を引くと、納刀してその場を立ち去ろうとする。

 

「どうやら私が宴会の邪魔立てをしたようだな。めでたい席だ。今日は退散させてもらおう」

「…………」

「だが忘れてくれるな師兄。私はいつでも貴方を待っている………今から新しく生まれ変わる世界で」

 

 ―――力強く握られる右手―――

 

「貴方は生きろ。強き戦士として」

 

 その言葉だけを言い残して去っていくリキュールを見つめながら、レオンは彼女の背中が初めて出会ったあの日と変わらないことに、僅かな哀れみを覚える。

 

 

 ―――師匠!? その子は?―――

 

 恩師の腕に抱かれた、僅か十歳にも満たない少女。

 

 ―――捨て子だそうね………自分の名前も知らないみたい―――

 

 彼女の言葉に反応して、目を覚ました少女は怯えるように暴れかけるが、師はそんな彼女の両頬に手を置きながら、優しく言い聞かせる。

 

 

 ―――アリア。貴方の名前は今日からアリアよ―――

 

 ―――ア………リ…ア?―――

 

 ―――そう。私、アリアのこと………大好きよ―――

 

 

 レオンの瞳には、亡国最強の戦士の後姿が、どこか母親を泣きながら探し彷徨う哀れな少女の背中にしか映らなかったのだった。

 

 

 

 




さてさて次回からは視点がIS学園サイドにもどります


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