自らと同じ血を引いた最愛の姉に対しても、簪の行動に揺るぎは無かった。否、そもそも今の彼女は更識簪という人間の身体を乗っ取った侵略兵器そのものである。人間が大事にする『心』と呼ばれるものになど一切の興味はない。
―――地下から現れる送電ケーブル―――
―――地を走る車両の数々―――
―――そして操られている人々の群れ―――
多種多様の存在による同時制圧。
だが、今の楯無はそれら全てを『指一本』ですべて受け止めてみせた。
「…………カリツォー」
ロシア語で『輪』を意味するその言葉。指先から作られた氷のリングが、自分に向かってきたすべての存在を拘束し、その動きを停止させたのだ。
地下から伸びたケーブルが一瞬で凍結し、車両のタイヤ部分に分厚い氷が地面と縫い合わせるように凍り付き、人々の四肢を氷のリングが拘束し動きを封じる。
「!?」
「………やることがワンパターンね」
人を含んだ都市そのものを乗っ取れるこの兵器が、果たして完全無欠なのか? 楯無はその問いかけに対してすでにはっきりと『NO』という解答を導き出している。
オーガコアの最大の武器はナノマシンによる人と電子機器の制圧。だがその武器の向こう側に存在していたのは、本体の戦闘力がそもそも脆弱だという事実だ。
「貴方はあくまで人と電子機器を『操れる』だけ。スペックの大部分をそちらに傾倒させられてるせいで直接の戦闘なんて端から想定されてはいなさそうね?」
仮に複数の別個体のオーガコアが連携して来たのなら、間違いなくこのオーガコアは絶望的な存在に成り得ていただろう。だが今のこの状態ならば、操縦者は身体能力が向上してるだけの相手でしかない。他の対オーガコア戦用のISなら攻撃力の高さから簪に下手に攻撃できなかっただろうが、この自分の新型ISは違う。
「なんだ………気合い入れて出てきたけど……」
「!!」
―――楯無の気の抜けたフリを見抜けずに、逃走しようとした瞬間、カリツォーで両足と両手を拘束される簪(オーガコア)―――
「相性の差を差し引いても、貴方は最弱のオーガコアみたいね」
完全に相手の動きを封じた楯無が、一息つくように周囲を見回す。
「さてと、後は箒ちゃんが一夏君を……」
見れば氷漬けにされた山から洗脳された人々を丁寧に救出しながら一夏を助け出す箒の姿が見て取れる。一時はどうなるかと思ったが、楯無の登場僅か数分で決着が着きそうな流れとなっていた。
「ちょっと待てやぁっーーー!!」
「あ゛っ」
が、背後にあった氷の山から炎が吹き上がらせ、中にいた人達ごと溶かした氷によってビショビショに濡れたブレイズブレードが、大股開きで楯無に近寄ってくる。
「チッ……………ご苦労様、火鳥隊長?」
陽太に対して『ご苦労様』と字で書かれた扇子を開いて自分を仰ぎながら、どこか小馬鹿にしたような態度を取ったものだから、陽太も青筋を立てて右手にプラズマ火炎を纏わせながら彼女に問い詰める。
「とりあえず言い訳あるなら聞いてやるぞ? ただしその後の手加減は期待するな? あとチッってなんだよゴルァッ!?」
「何の話か、楯無ちゃん、わかんない☆」
「他の奴らはご丁寧に敵の動き止めるために関節部の凍結だけなのに、なんで俺だけ一緒に氷漬けにしやがった!?」
「……………てへっ☆」
ドジっ娘を演出した俗に言う『テヘペロ』だったのだが、残念なことに陽太には可愛らしさも伝わらず萌えを感じ取る心の余裕もなく、怒りの炎を背負った彼には通じていないようだった。
「仕方ないじゃない。なんせ初めて実戦で能力使うものだから、ちょっと手加減間違えても、まあなんとか済む相手選ぶのなんて当然?」
「ナチュラルに下種いこと言ってんじゃね!? 何故に俺なら加減間違えてもOKなんじゃ!?」
「だってそれは…………ごにょごにょ」
小声でゴニョゴニョと言葉を濁していたが、ハイパーセンサーによって拾われた音声には確かに『意趣返し』とはっきり発言していることを聞き取り、彼の怒りメーターが一気に吹っ切れる。
「うし、そこを動くな。一瞬で消し炭にする」
「なによ、やる気!?」
獲物を持ち合って矛先を何故かお互いに向けあう二人に、氷から抜け出したシャルが近寄ると呆れた様子で陽太の後頭部を小突き、喧嘩を仲裁する。
「ヨウタはいい加減にしなさい」
「何でもかんでも俺が悪いみたいに言うなよ! いい加減にしないと本気でグレるぞ!?」
が、自分だけ悪いかのような口調で言われたものだからか、拗ねたような物言いになってしまう陽太を取りあえず置いといて、扇子を広げながら『まずは戦略的な勝利!』と大喜びする楯無に、シャルは素直に感謝の言葉を述べた。
「ありがとうございます会長」
「なんのなんの、こう見えてもIS学園の生徒会長よ私。皆を助けるのは当たり前なんだから」
「だったらその『皆』から俺をハブるな! この………半べそ会長!」
「なっ!」
『かいてないし。私ベソなんてかいてないし!』『いんや、してた。鼻水まで確認しました!』とか陽太と下らない言い争いを繰り広げる楯無の様子を見ながら、昨日まで感じられていた狂気に近い危うさが感じられず、代わりに静水に広がる波紋のような気配を出していることを不思議に感じる。いくらなんでも昨日の今日で人はここまで変わるものだろうか?
まあ、虚とのやり取りを知らないシャルには理解できないほどの変化だったのだが、楯無はそんなシャルの内面もキチンと汲み取る。
「いろいろ心配かけてごめんなさいね。後、昨日のことも含めて」
「………会長」
「私………ホントバカだった。わかったつもりで何も見ようとしないバカだったの」
閃光のような強い光に一瞬だけ目が眩み、それまでずっと自分を支えてくれていた仄かに光る灯り達が見えなくなるなんて、自分はいったい何をしていたのだろうか? そう自嘲する楯無だったが、そんな彼女の変化をどう受け止めたのか、腕組みしながら陽太はシレッとこう言い放つ。
「おう。人に八つ当たりしといて当人に土下座しないぐらいにはバカだよな。ホント」
「………ケンカ売ってる?」
「ただで無料配布中♪」
獲物を向けあい再び臨戦態勢を取り合う二人に、本当に飽きないなと呆れるシャルだったが、その時、突然背後から強い衝撃波が三人に襲い掛かる。
「「「!?」」」
咄嗟にシャルを庇う様に前に立つ陽太と、彼の隣でランスを構える楯無が目のあたりにしたのは、全身を拘束していた氷にヒビを入れ、今にも抜け出そうとする簪の身体に紫色の光の粒子が集まりだしてた。
「これは?」
「………ナノマシンか」
陽太が直感的に街中に解き放っていたナノマシンが簪に向かって収束していることを感じ取る。また楯無も彼と同意見を持っており、表情を引き締めて状況を分析しにかかる。
「周囲のものを使ってじゃ私に勝てないことを理解して、直接戦闘にシフトする気ね」
「ナノマシンに回してたリソースを全部自分の分に回したのか………だが、これはチャンスだ」
敵が弱体化したわけではなく単体の戦闘に特化したのだが、状況を考えれば先ほどの十倍は有利だ。人質と厄介な雑魚を兼ねた一般人たちを使用した戦法を取らないのであれば、いつもの相手である。皆を呼び寄せて秒殺しようと陽太が通信を使いかけるが、その時、楯無は手を伸ばして静止してくる。
「お願い………この場は私に譲ってくれない?」
「!?」
「会長!? でも………」
「オーガコアとの戦闘なら貴方達の方が経験値は上だし、任せるのが妥当だってこともちゃんとわかってる………でも、ごめんなさい。これだけは私が貫きたい我儘なの」
楯無の真っすぐな瞳が陽太とシャルを見つめて射貫く。それに部外者だと跳ね除けようにも楯無は簪の実の姉だ。心情としても理解できなくもない。
しかし、そんな楯無と同じぐらいに簪を救いたい彼女は一緒に戦おうと隣に降り立つ。
「せっかくの申し出ですが、私の助太刀を許可ください楯無姉さん」
「………箒ちゃん」
「箒ッ!」
一夏を助け出して、改めて二刀を両手に構えた箒が楯無の隣に立ったのだ。見れば人々の拘束から解き放たれた他のメンバー達もISを装着した状態で集まってくる。
「二人ともカッコつけてる場合!?」
「ここは一気に我々で拘束して一夏の零落白夜で沈めるべきだ」
「お二人に悪いですが、わたくしもラウラさんの意見に賛成ですわ」
ワザワザ相手とリスクの高まるタイマンを張る理由もないというラウラ達の意見。
メンバーたちの様々な意見が出る中、雪片を正眼に構えて相手に備える一夏の前で、陽太はヴォルケーノを持った手をラウラ達の前に差し出し、さらにもう一方の手に持った銃口を無言で楯無に向け、しばし睨み合いを展開する。
一言も発さずに全身から発せられている緊張感と威圧感がメンバーたちの言葉を遮る中、徐に陽太は銃口を退けると、静かに楯無に道を譲るのだった。
「お前の好き放題にこっちは振り回されっぱなしなんだよ………」
「………ごめんなさいね」
譲られた道を静かに前に一歩踏み出したとき、陽太はすれ違いざまにこう言い放った。
「お前が台無しにした朝飯、今度奢れよ?」
「女にご飯奢らせるだなんて………でもまあ、今回だけは快く奢らせてもらうわ」
彼女の後姿を見送りながら、ヘッドパーツを解除して煙草を取り出す陽太であったが、『そんなもの吸ってる場合か!』と怒り心頭な箒が強引に取り上げると、彼の襟元のパーツを掴み刀のような鋭い視線で睨みながら問い詰める。
「なぜ一人で姉さんを行かせる!!」
「いやだって、タイマンしたいって本人が言ってるんだから………」
「危険だ! せめて私も一緒に戦わせろ!!」
簪を助けたいという気持ちと実の妹と戦わねばならない楯無の心配の両方を抱え、箒がどうしても助太刀したいと言い張るが、そんな箒の後ろ髪を陽太は文字通り物理的に引っ張って止める。
「はい、ドウ」
「痛ッ!!」
かなり痛かったのか頭を抱える箒が涙目で腕を振り上げるが、陽太はそんな彼女にこう言い放ったのだ。
「あいつなりのこれがケジメなんだろ? これがラストだ………成功すれば良し。また情けないことするなら今度こそ失望だ。バカ会長がどう言おうが全員でリリーフ(中継ぎ)すればいい」
☆
「………どうやら雲行きが怪しくなってきましたね」
一方、屋上でつまらなさそうに対オーガコア部隊の戦いを眺めていた『アサシン・デイズ』は、突然乱入してきた青いISの情報を手元の端末で検索しながら、通信先の『キャスター・メディア』に話しかける。
『あぁん!?』
「(思い通りの展開からだいぶん離れたおかげでご機嫌斜めですか)………ご命令とあらば私が直接対処に当たりますが?」
操縦者がロシア正代表の更識楯無であることはすでに判明しており、おそらくロールアウトしたての新型ISで初実戦に臨んできたのだと、そう判断したデイズが万一の事態に備えて自分自身で直接対処することも視野に入れ始める中、画面越しのメディアは明らかにテンションが下がり切った様子で隣にある端末を見ながら答える。
『どうやら時間をかけすぎたか……』
「………バーサーカーかライダーの部隊ですか? ですが彼らは今アフリカ方面の作戦に参加中なのでは?」
暴龍帝本人がもしやってきたのなら少々厄介な事になるかもしれないが、メディアを危惧させていたのは彼女でもスコールでもなく、アジア方面の本来の管轄官であったのだ。
『4機………サクラの親衛隊か』
「ランサーの親衛隊ですか?」
意外な人間の名前が出たことで珍しく僅かばかりの困惑の色をデイズは浮かべた。
他の部隊の人間達の詳細なデータと行動パターンは大体把握しているのだが、どうしてかランサーの部隊の人間だけは大まかなこと情報以外開示されていないのだ。
「ランサー部隊の能力は不明瞭な部分が多いですが………それが問題となると?」
戦えば負けることはない。サラッと絶対の自信と自負が見え隠れする言葉にもキャスターは表情を変えることなくこう答える。
『現在の亡国機業で、唯一私が一定の評価をくれてやってもいい小娘はサクラさ』
「ほぅ………」
『スコールもあれぐらいのことができたらいいんだが、アイツは生憎、冷静冷酷を装っても感情を殺しきれないのが玉に傷だ…………損得勘定だけで私に接してくるのは今の所アイツだけだ』
メディアの技術力だけを目当てに擦り寄ってくる人間など腐るほどいるだろうに、なぜそんな中でランサー・サクラが別格の評価を受けているのだろうか?
『アイツは本当の意味で損得勘定でしか人を見ていない。中々歪んだ人生観だが、そういう『奴』は存外嫌いじゃない』
―――本当の意味で全ての人間を救う、などという頭のネジが全てぶっ飛んだ願望を持ってたアイツみたいにな―――
どうやらメディアの一定の評価を受けたのは、ランサー・サクラの歪んだ人間性によるものが大部分を占めていたのだが、その話を聞いたデイズも彼女の人間性を自分なりに分析し始める。
「(損得勘定オンリーで動くだけの人間ということは、私達に一見友好そうに接しても、少しでも利が傾けばそちらのほうに行く。どこにでもいる人間のようにも思えますが、その実は全体を普遍的に見れる偏りのない客観性の持ち主………とも取れますね)」
そう考えると確かにあまり自分のISの能力を披露するのは得策とは言えない。切り札になり得るカードを見せ、もし彼女がライダー側に情報を漏らすようなことされるのはデイズ自身も良い気持ちにはならない。情報が持つアドバンテージの有効性はデイズ自身も良く知っていることなのだから。それが決定的なマイナスにはなりはしないが、マイナスはマイナスなのだ。
『演出がクソになった催し物をこれ以上見る気分じゃない。私は研究所(ラボ)に戻る』
「では私はこのまま状況観察だけでよろしいと?」
『適当にしてろボケ』
本当に詰まらなさそうに通信を切ったメディアを尻目に、デイズもまた興味なさげな表情を浮かべたまま、職務に対する最低限の義務感のみで事の顛末を見届けようとするのだった。
一方………。
図らずして対峙することになった運命の姉妹の姉、更識楯無の目の前で最愛の妹、更識簪は異形の存在へとその身を変貌させたのだった。
「あれは………」
陽太達の目の前で彼女の姿は、全身を銀色スーツのような装甲で覆い、緑色で大きな瞳と黒いマフラーを持つ異形の姿となり、カシャン、カシャンと不気味な足音を響かせながら、全身を縛っていたカリツォーを粉々に砕いて戒めから解き放たれる。
不気味なその姿に何処となく飛蝗類の顔に近く、シャルとセシリアは若干ながら背筋を凍らせ、今までのオーガコア体の中で最も小柄なその体形の意味が何なのかとラウラは分析し始め、一夏と鈴は何となく何処かで見たことがあるようなフォルムに既視感を覚え、陽太だけは一人『なんかちょっとカッコイイかもしれない』とドキドキしていた。
「………楯無姉さん」
「………なんとなくだけど、予想はついたわ」
そして簪をよく知る箒と楯無は、そのフォルムから大体の相手の能力を判明させ、そして若干呆れたような表情で確認しあう。
「オーガコアの変貌のプロセスは、操縦者の心理的な負のイメージが大きく関わっているのでは?」
「もしくは簪ちゃんの意識を失ってもなお余りある情熱がオーガコアに伝播しちゃったのかしら?」
ああ、本当になんとなくだけど『簪は簪なんだ』と認識を改める二人。この二年間の苦労とか哀しみとか怒りとか色々あった感情がゴチャゴチャと渦巻いてくる…………決して、人が苦労してる間に簪は夢の中で特撮ヒーローと延々と戯れていたのかと思って、どっと疲れが噴き出た訳ではない。
「さあ~て………どう出てくるのかし……」
楯無が一歩前に出た時、簪は突然楯無を無言で指さすと、そのまま地面に片手をついて何かのポーズを取り、そして勢い良く上空へジャンプしたのだった。
「高いっ!」
「凄く高いっ!!」
一夏とシャルが同時に叫ぶ。
「でもどうしてこれほどの跳躍を!?」
もっともな疑問をセシリアが口にする。
―――空中で回転して、そのまま急降下しつつ浴びせ蹴りの体勢を取るオーガコア―――
「キック!? だがあまりに見え見えすぎるぞ!!」
なんで上空高く飛んで回転して蹴りの体勢を取ったのか理解できないラウラが呆然となってしまう。
「ねえ、アレってライダー……」
「黙っていろ………たぶんそうだから」
何かに気が付いた鈴が隣にいる箒に尋ねるが、彼女はちょっとだけイライラしたような表情で答える。
「(なるほど………ああやってポーズ取ってから飛んだほうがカッコ良く見えるんだ!)」
スタイリッシュにカッコイイ戦い方を模索している陽太が一人感銘を受ける…………実用性のあるものかどうか全く考えていなかったが………。
一方、上空から急降下しながら必殺のキックの体勢を取ったオーガコアの姿を見ながら、戦闘モードで集中しながらも楯無はぼんやりと考える。
―――!!―――
「(ああ………昔、『仮〇〇〇ダーごっこ』してた時に、最高にラ〇〇ーに成り切ってる時の簪の空気だ………なんとなくだけど)」
たぶん夢の中で彼女は今も怪人と戦っているのだろう………そう考えるとお姉ちゃんとしてはわざと負けても上げたくなるのだが、残念な事に今は実戦の最中で、自分は彼女を救うために勝たねばならないのだ。
「!?」
一呼吸だけ着いた楯無に迫るオーガコア………このままキックを寸前で避けるのか、それとも受け止めるのか? 対オーガコア部隊のメンバー達が見守る中、彼女はその場にじっと立ったまま動き出す気配がない。
「………楯無姉さん!?」
いくら新型機に乗り換えたといえ、直撃を受ければ怪我では済まないかもしれない。案じた箒が叫んだ時、楯無の腹部にオーガコアのキックが直撃し………。
―――粉々に砕け散る楯無―――
「!?」
目の前で吹き飛ぶ事無く砕け散った楯無の姿に全員が驚愕し、そして地面を砕きながら着地したオーガコアがすかさず立ち上がる中で、周囲の気温が一気に冷え込んできた事に一早く陽太は気が付く。
「(この冷気は………)」
周囲の様子から楯無が次に起こすリアクションを予想する中、オーガコアを取り囲むかのように空中で突然大きく氷の塊が形成され、まるで鏡のような光沢を見せながら楯無の姿を映し出す。
「これって!?」
「「「フフッ………『鏡映しの術』とでも名付けましょうか?」」」
鏡に映し出された楯無が同時に話し出す中、陽太は楯無が何をしているのか冷静に分析する。
「(光………氷の塊で光線を乱反射させて実体を隠し、撹乱するしているのか?)」
時間と共に氷の数が増え続け、楯無の姿も無数に増え始める。そんな状況でもオーガコアは臆することなく、周囲の氷を一枚砕いてみせるのだった。
「「「残ね~ん………こっちよ簪ちゃん?」」」
「!?」
だが、砕かれた鏡の逆方向から放たれた氷の飛礫がオーガコアの背中に直撃し、着弾点を一瞬で凍結させる。反撃のストレートパンチを繰り出すオーガコアであったが、それもただの鏡像を砕くだけに留まり、更に砕けた氷が空中で結合し、新たなる鏡像となって時間が経過するごとにどんどん数を増やしていく。
焦れたのか赤いルビーのような刀身をもつサーベルを両手に持ち、増える鏡像を片っ端から砕き続けるオーガコアと、実体を見せずひたすら距離を取って攻撃し続ける楯無という構図であったが、それを端から見ていた第三者の陽太は煙草に火を着けて煙を吐き出すとつまらなさそうに吐き捨てる。
「相変わらずつまらん戦い方だ。こう………スタイリッシュさとエレガントさに欠ける」
「コラッ!」
味方にあるまじき陽太の発言に眉を細めて注意するシャルだったが、陽太の表情は変わることがない。
「どうやら昨日の模擬戦は完全にムダだったらしいな………あんなんしてる限り俺は負ける気しないね」
「キサマッ!!」
さすがにこれには箒も我慢できなかったのか声を荒げるが、それにも陽太は視線を外すだけで反省の色が見受けられない。
ノーリスクハイリターンは結構なことなのだが、それはただの無難な解答であって、それだけでは本気の強者には通じないものだ、という持論が陽太の中にはある。
オーガコアのように動物に近い知性程度ならばともかくとして、上位の操縦者になればなるほどその圧倒的な戦力を有用に使うもの。それが勘か知識によるものかさておき、ただのバカでは越えられない壁があり、皆がそれぞれのやり方で『瞬時に最適な解答』を用意するものなのだ。
自分の戦力を把握して、無難な手を打つことは決して悪いことではない。だがそれだけでは相手に次の行動を予測され、どんどんと踊らされて最悪搦め手にやられてしまう。戦っているのは人間同士。なぜ相手だけ思考していないなどという考えに至るのか?
むしろ客観的な視点を持って自分以上に自分の行動の在り方を見つけてしまうのが超一流の者達というもの。ゆえにたとえそれが失敗すれば敗北必死の超ハイリスクを背負うとも、勝機を得るための超ハイリターンだと信じて一歩踏み出すことも必要なのだ。
だがこの間までの楯無はリスクを恐れるあまり、選べるはずの最善手を選ばずに無難な手ばかりを選択していた。それゆえに陽太は戦力的に互角な状況でも楯無の動きを予想して、相手の動きを常に誘導し続けてみたのだが、やはり長年染みついた戦い方(スタイル)を直ぐに変えることはできそうもない。惜しむ気持ちを煙とともに吐き出して、陽太はこう言い放つ。
「いくら機体のスペックが上がろうが、今のままじゃ1000回やっても1000回とも俺が勝つ。間違いなく」
傲慢な物言いと反省の態度がない陽太に対して、ついにキレた箒が二刀を抜いて詰め寄る。
「…………ホウ~ッ? だったら楯無姉さんに1000回勝てる実力とやらを、先ずは私に見せてもらおうか?」
「ナヌッ?」
「ちょ、箒ッ! ヨウタッ!?」
互いに獲物を持ち出し合い場外乱闘を始めかける二人を止めようとするシャルであったが、突如背後で爆発がおこり驚きながら振り返った。
―――地面に巨大なクレーターを形成させたオーガコアと、氷全てを吹き飛ばされ地面に蹲る楯無の姿―――
「な、なにがあったというのだ!?」
自分が目を離したホンの数十秒の間に一体何があったというのか?
呆然としていた箒が慌てて隣にいた鈴に尋ねるが、彼女も鳩に豆鉄砲を食らったかのような唖然とした表情で硬直していたのだった。
「いったい何が!?」
「い、いや………攻撃が当たんないことに焦れたのかどうかわかんないけど、両手の武器を手放して……な、なんか急に電撃がバチバチッ!ってしたと思ったら、また空飛んで……急にスピンしながら降ってきて……」
ありのままの説明をしながらも、鈴自身自分で何言ってんだろ?と半信半疑になるが、箒の方は少しだけ考え込むと、やがて何かに思い当たったのか、血相を変えながら楯無に向かってこう叫ぶ。
「楯無姉--さんッ!! 気を付けて!」
「!?」
「たぶん簪は悪役縛りを解除しました!! 普通に『仮面〇イダー』の技を使ってきます!」
「今、完全に仮面〇イダーだって認めたわよね、箒ッ!?」
鈴のツッコミを無視した箒のその叫び声を聞いた途端、オーガコアの両手から刃物のようなヒレが飛び出し、楯無に向かって果敢に切りかかってくる。
「電撃!?」
しかも電撃が付加されており、ランスで受け止めることもできない。寸での所を回避し続ける楯無であったが、オーガコアは急にリズムを変え、天高く再び舞い上がった。
「高いっ!?」
「これってさっきの!?」
「やはり超〇子ドリルキック!! 気を付けてください!! 〇トロンガーとア〇ゾンの能力を併せ持ってます!!」
「ごめん、長年外国暮らしの俺にもわかる説明を要求する!」
さっきから箒が何を話してるのかさっぱり理解できない陽太が説明を求めるが、むろんそれをガン無視して箒は今のオーガコアの状態を詳しく分析する。
「ア〇ゾンのアームカッターだけではなくフットカッターも使って………まさにあれは削岩機(ドリル)!!」
「だから俺に説明…」
「うるさいッ!」
怒鳴り声と邪険に扱われたことで軽く凹む外野の陽太を他所に、天高く飛び上がり全身から刃物と電撃を纏いながら高速スピンしながら突っ込んでくるオーガコアをじっと睨みつけると、ランスを反転させて地面に突き刺し、突然両手を前方に突き出した。
彼女の視線の先が簪を捉えて外れないことを察した箒が最初に気が付く。
「まさか………正面から受け止める気か!?」
「えっ?」
「避けてください楯無姉さんッ!!」
オーガコアの攻撃を真正面から受け止める必要などないと箒が叫ぶが、楯無は一歩も譲らないと言う強い意志を宿した瞳で正面を、オータコアを、簪を見続けるのみであった。
陽太が言っていた如何なる分の悪い賭けにも乗れる強い度胸が必要なことはわかる。自分がそれを中々選択できない弱い性根であることも自覚している。所詮自分は強いと虚勢を張ることしかできない弱い人間でしかない。
だが、弱い人間には弱い人間なりの、度胸の無さをカバーするための手段というものは必ず存在しているものだ。
ならばこそ、彼女は渾身の想いで叫ぶのだ。
「今よっ!!」
―――茂みから突然現れる特殊スーツ姿の更識実働部隊のメンバー達―――
「!?」
「これは、更識の!?」
「いつの間に!?」
これには陽太や箒だけではなくシャル達も驚くが、おそらくこの場で一番驚愕したのは楯無を相手しているオーガコアであろう。
そして更識実働部隊のメンバーは高速スピンで落下してきているオーガコアが楯無に激突する寸前で、圧縮空気で水の塊を瞬時に遠くに放つ「インパルス消火システム」というものを使って、オーガコア目掛け水の塊を発射する。同時に楯無は両手から先ほどオーガコアの動きを封じた「カリツォー」という技を放つ。
先程は破られてしまったカリツァーをそのまま放った所で今のオーガコアの動きを止めることできない。電撃まで纏って攻撃力と防御性能を上げた状態では射撃による牽制もあまり功を制しない。ならば帯電しながら高速で落下してきたオーガコアを瞬時に凝結させて動きを封じ込めるため、大量の水を触媒により深く凍結させる必要があったのだ。
結果、楯無を数m後退させたものの、完全に回転と電撃を抑え込まれて彼女に受け止められたオーガコアが、大地に平伏せてしまう。
地面に落とされ、しかし尚をもぎこちない動きで立ち上がろうとするオーガコアに対して、楯無は突き刺したランスを引き抜き、その切っ先を向けて話し出す。
「残念。今、私達がしているのはスポーツの試合でも、ヒーローショーでもない………貴方と私、どちらかが勝つまで終わらない、言わば『生存競争』ね」
―――リュオート・プルトゥーネの両肩の装甲が展開し、同時にランスも先端を開き、両肩と同時に中から砲口を出現させる―――
「私は、私が使えるものを総動員してでも貴方に勝つ。それが私が選択した道」
―――砲口が徐々に光だし、両肩からも光が漏れ出す―――
「私は対暗部組織『更識』の宗主にしてIS学園生徒会会長………」
―――周囲の温度が極端に下がり、彼女の足元が凍り付きだし―――
「そして簪ちゃん………貴方のことが死んでも大好きなお姉ちゃん………更識楯無よっ!!」
―――放たれたのは超低温のブリザードを圧縮された小型の竜巻―――
「ダイヤモンド・ダァッストッ!!」
猛烈なブリザードがダウンバースト状に放たれ、その突風の威力と中に含まれた氷の弾がオーガコアの装甲を剥がし、コアを剥き出しにさせる。
「一夏君っ!!」
「は、はいっ!?」
そして突然楯無に名を呼ばれ、びっくりして声が裏返る一夏だったが、そんな彼を陽太が後ろから蹴とばしながら本来の使命を思い出させる。
「コアが露出してる今がチャンスだろうが!? 今なら零落白夜使う必要もない」
「………あっ」
「「早く行け(来て)!!」」
陽太と楯無の声が重なり、涙目になりながらもボロボロの状態のオーガコアにツインドライブを発動させた状態で突撃し、コアを直接掴む。
―――音と共に、嘘の様にあっけなく崩れさるオーガコア―――
気を失っている状態の簪とコアを残して、装甲が綺麗さっぱり塵と化して消えてなくなる中、簪を受け止めている一夏に向かって、涙目で楯無と箒が近寄ってくる。
「簪ちゃんっ!?」
「簪っ!?」
ようやく取り戻せた少女の無事な姿に、安堵の溜息が漏れる…………が、彼女の指がピクリと動き、その様子に全員が思わず緊張する。
オーガコアが完全に分離したというのに、まだ戦いが終わっていないのか?
全員の間に重い沈黙が流れる中、少女はゆっくりと瞼を開く。
「……………」
「……………」
最初に目が合ったのは彼女を抱き止めている一夏。そしてゆっくりと簪は視線を動かし、安堵と緊張の狭間でどう表現すればいいのかわからないといった表情で自分を見つめていた楯無であった。
「……………お………姉…ちゃん?」
「!?」
彼女のその声に全身を硬直させた楯無が声も出せずに立ち尽くす。
「…………箒?」
「…………あッ」
自分を見つめた簪の言葉に、鳩が豆鉄砲を食ったような表情で箒が辛うじてそんな返事をしてしまう。
誰もが予想もできなかった簪の意識の回復に呆然としてしまう中、簪本人はゆっくりと周囲を見回し、やがてようやく一番近くから自分を見つめている一夏に問いかける。
「貴方……………誰?」
「……………あっ……お、おおおお、俺は…お、織斑一夏っ!?」
「………………!?」
裏返った自分の声に後からちょっとだけ恥ずかしさが込み上げ、顔を真っ赤にしていた一夏をしばらく眺めていた簪はやがて脳内が本格活動し始めると、急に起き上がると箒に向かって彼女は叫んでいた。
「箒、早く逃げて!! あの『IS』がっ!?」
「か、簪?」
「お姉ちゃんごめんなさい! 私、足止めができなくて……」
「………簪ちゃん」
周囲と自分の今の状態の違いがわかっていない簪が周囲を見回しながらパニックになる中で、楯無はようやく今の彼女が敵に操られている状態ではなく、もう二度と起き上がることがないかもしれないと言われていた自分の妹であるという確信を得る。
「簪………」
それは箒とて同じことであった。
自分を守ってくれた、自分が守れなかった親友が、今もこうやって動きながら自分の心配をしてくるのだ。
―――ISを解除して、二人同時に簪を抱きしめる―――
「お、お姉ちゃん!? 箒!?」
「「………………」」
彼女の体温、匂い、ぬくもり…………そして自分達に掛けられる声。
それが嘘でも幻でもないことを確認するように二人は必死に簪を抱きしめながら…………。
「…………簪ぃ」
「ほ、箒?」
「お願い………ちょっとだけこのままでいさせて」
「お姉ちゃん?」
必死に涙で濡れた顔を隠していた。二人のそんな様子を最初は何事かと驚いていたが、やがて二人の様子を察すると、静かに手を回して二人を抱きしめる簪であった。
☆
『放送予定の番組を中止して緊急特番を放送します』
全国の番組が一斉に放送予定だった番組を中断し、ある事件による速報を伝え始める。
『本日の午後四時過ぎ、首都を突如襲った大規模サイバーテロは、完全に事態が収束したものと内閣官房長官から正式に発表されました。なお、このテロによって発生した人的被害の内、現時点では死者の存在は把握しておらず、詳しい詳細は早急に調査するとのことです』
『現場からの中継です! 首都を襲った謎のウイルス兵器によって汚染されていた人の数は最大で一千万に迫り、街は映画の世界さながらのパニックに陥りました!』
『本来街を守るべき警察も無力となり、外に出歩いていた隣人が突如、自分たちに牙を向くという光景に、市民の方々からは恐怖に引き攣った声が寄せられております』
『なお、事態の解決に当たったIS学園対オーガコアチームの迅速かつ的確な対応は国内外だけではなく、諸外国からも高い評価を得ており、今後の彼らの活動にも積極的に協力していきたいとのコメントも寄せられており、防衛庁からも今後の活動に対しての連携の有無を改めて見直したいとの発言も出ております』
様々なニュース番組こぞってこの事件を取り上げ、今回のテロに使われた謎のウイルスの正体や、これは亡国機業と関係があるのかや、対オーガコアチームの手腕を評価したりなど、様々な声が上げられていた。
一方、被害の中心となっていた鵜飼総合病院の駐車場は、溢れんばかりの人で野戦病院と化しており、医師や看護婦達がフル稼働しながらその事態に対応しており、手の空いた対オーガコアチームのメンバーもその補助をしていたのだった。
「・・・・・・」
今回はあんまり出番がない上に楯無に振り回されていた形になってた陽太は、片手に部分展開したISから高温の炎を放ちながら大量の湯を沸かしており、なんで自分がこんな目に合わんといかんとウンザリとした表情で湯をくみ上げて簡易浴槽に供給する太いパイプを見つめていた。
「何が悲しくて俺が風呂炊き係にされんといかん?」
夏場とはいえ長時間氷漬けにされていた人たちの体温は低下しており、早急に体温を上げねばならないという結論に至った現場の人間の指示のもと、近くの自衛隊から借りてきた簡易風呂を駐車場に広げ、更にボイラーで湯を沸かす時間を短縮するため、強い火力が出せる陽太のブレイズブレードを湯沸かし器代わりにして全員を入浴させたのだ。
『ボヤボヤ文句言わない~!』
『少し温いぞ陽太!』
でかいテントの向こう側から楯無と箒の声が聞こえ、陽太は思いっきり怒鳴り返す。
「うるせぇ! テメェ等だけ気楽に風呂入りやがって!! 覗いて写真撮るぞ!?」
『簪ちゃんを盗撮しようとか、貴方ホントに最低よ!?』
『後でシャルに報告だな』
体温が低下しており、まだ上手く動くことができない簪を心配して、楯無と箒が彼女を入浴させているのであろうが、本日は散々な目にあっていた陽太としては文句の十や二十ぐらい言ってもまだ足りないのだ。
『ご………ごめんなさい、火鳥さん』
『謝っちゃ駄目よ簪ちゃん!? あの男は下手に出た人間を全員肉奴隷に……』
「風評被害もいいとこじゃ!! てかお前はあの戦い方はなんじゃ!?」
謝ってきた簪にサラッと自分の印象を最低なものにしようとした楯無を牽制しつつ、彼は今日の楯無の戦い方に抗議の声をあげる。
「一対一じゃ、なかったのかよ!?」
てっきり一対一のタイマンだと思い込んでいただけに、まさか他人の助けを借りたうえで不意打ちまがいの方法で勝利するとは予想外の上に、なんかちょっと納得のいかないモヤモヤを抱える陽太であったが、楯無は全く気にすることなく、サラっと言い流す。
『私にやらせてって言っただけで、私だけでやるだなんて、楯無ちゃん言ってないし~』
「美しくないぞ! そういうの!?」
抗議の声にも彼女はあっけらかんとした表情を崩すことはない。それはまるでいつもの楯無の姿であり、もう当主の素顔を隠す仮面ではない、等身大の少女そのものであった。
『ええ~~? それは私と貴方の価値観の相違? 好きな女の子のお尻に敷かれたいとか私もわからない価値観だし~?』
どぅわれが尻に敷かれてお尻の感覚にハァハァ言ってる変態じゃ!? そう抗議の声を上げかける陽太であったが、先ほどから自分を見つめてくる視線が気になり、そちらのほうを振り返る。
―――首からタオルをかけて汗だくの中年の男性―――
ズボンの柄から、楯無を援護した更識の実働部隊の人間であることはすぐに判別できた。温厚そうな空気をまとい、腰の低そうな笑顔を浮かべながら近寄ってくる。
「ご苦労さんですぜ、隊長さん」
「………アンタは」
小柄でちょっと太めの最近毛髪が薄くなり始めていることを気にしている中年の男性が、陽太の周りに他の学園メンバーがいないことを確認して、彼にとある液体の入った缶を手渡すと、陽太が表情を一変させる。
「おっ!!」
それがすぐに500mlのビール缶であると理解した陽太が、嬉しそうにプルタブを開くと砂漠で水を飲み干すかのように豪快に一気飲みをする。気持ちのいい飲みっぷりに男性も気をよくしたのか、自分も持っていたビールに口をつける。
「ぷはっ!! 生き返ったぜ」
「いや、いい飲みっぷりだ! 最近の若い子は酒が飲めない奴も増えてるって話だったのに」
「そういうヘタレ連中と俺を一緒にすんなよオッサン?」
ビールをもらえて機嫌を良くしたのかフレンドリーに話しかけてくる陽太を見つめる中年の男性は、また自分も一口飲むと、右手を差し出し握手を求める。
「更識の家に仕えてる布仏鉄山ってモンです、これからもちょくちょく世話になると思いますが、その当たりよろしくたのまぁ~ね」
「布仏? 生徒会の姉ちゃんとのほほんの……」
「お、もう娘達とは知り合いかい?」
意外な人物たちの父親の登場に、陽太も予想外だったのか少々驚きながらも握手をして友好の証を見せる。
「イヤ~~、隊長さんの話は娘達からもよく聞いててね。正直どんな人間なのか興味はあったんだが………こうやって向き合うと、やっぱり違うね~」
「…………あんまりにも天才過ぎて?」
「……………」
煽てられたとはいえ自意識過剰とも取れる物言いをする陽太であったが、この時に彼はすでに気が付いてた。
こうやって友好そうにしていながらも目の前の人物は自分を試し、そして探っている。自分という人間がどういう人間で、そいつの中にある器量がどれほどのものであるのかを。
ゆえに陽太出した結論は一つ。包み隠さず全部見せつけてやろう、ただそれだけであった。
「…………ハンッ」
「…………こりゃあ」
陽太のそんな心の内が見えたのだろうか。初対面の人間を試すようなことをした非を認めるように、鉄山は自分の娘と同じ年の少年に対して素直に頭を下げる。
「ご気分を悪くしてしまうような振る舞い、大変失礼しやした」
「別にいいぜオッサン、気にしてない気にしてない」
残りのビールを飲み干しながら手をプラプラして機嫌は悪くなってないとアピールする陽太を見て、改めて目の前の少年を再認識させられる。
才能がある自分の当主が嫉妬を覚えるほどの才気、そしてそれを宿すことができる器。確かに彼は歴史に名を遺す英傑になり得るのかもしれないと。
「今日のご当主………お嬢様の戦い」
「ん?」
空になったビールをひっくり返して最後の一滴まで舐め取ろうとする陽太に、鉄山は質問をぶつける。
「アンタさんはやはり見ていて不快になりやしたか?」
「………不快にはなった」
率直な質問に対して率直な感想で陽太は返すが、続けて言った言葉は少し違った印象を鉄山に与える。
「だが、なんでか楯無『らしい』とも思えた……………よくよく考えたら、別に格闘の試合してるわけじゃないんだよな、俺ら」
「………隊長さん」
「更識のスタイルって奴を見してもらった…………ちょっと実戦じゃ敵に回したくはないわな」
自分も少し熱くなり過ぎて、ただ自分のスタイルを押し付けていただけかもしれない。
実戦において一対一などは選択肢の一つでしかなく、それだけが全てではない。守りたいものを守るっていうのなら、使える全てのものを使う手段を取るなんて当たり前のことで、わかりやすい戦闘力にだけ固執してはならない。時間がたつことでそう思えるようになっていた陽太の姿に、鉄山は甚く感心した表情で瞳を輝かせ、何度となく頷く。
「(才能がある人間にありがちな視野の狭さに陥ることなく柔軟性を失っていない………か)」
戦場において尊重するべき一流の戦士としての空気をすでに宿している少年の姿に、男は気を良くしたのかビールをもう一本取り出して、彼に手渡そうとする。
「お近づきの印にもう一本、いかがですかい?」
「おっ! 話が分かるオッサンがいてくれて、俺もうれ………」
完全に気を良くした二人の男達。ゆえに自分の油断にも気が付いていなかったのだろう。
「………ヨウタ?」
「ハブワッシャッ!?」
ビール缶を持ったまま陽太が硬直し、鉄山はゆっくりと声のほうを振り返る。そこには………。
―――笑顔と青筋と右手にパイルを展開したシャルロットの姿―――
「………言い訳、いい?」
このくそ忙しい中、各自が一生懸命に頑張っているというのに、目の前で率先してさぼりながらあろうことか未成年で飲酒していた幼馴染を目にしたシャルロットは、天使の声色と美声、そして悪魔のオーラを発現させて陽太の隣に立つ。
そして尋常ならざるその気配を前に、すでに逃げ出す機を失ったと判断し、彼は素直に白状した。
「二発までなら………甘んじて受けます!」
キリッとした表情ですでに何かを諦めている少年が、目の前で一方的に撲殺されている攻撃されている姿を見ながら、鉄山は手に持ったビールを飲みながら、のんびりとした表情でこう考える。
「(娘婿にと考えてたんだが………すでにお手付きとはこりゃ無理そうだな)」
☆
「………報告を完了します」
音声でのレポートを練り上げたデイズが、夕日が沈んだ路地裏をコンビニ袋を片手に一人歩く。
表では被災した人々の救援のためのパトカーや消防車や救急車、それ以外の特殊車両や人々の往来が騒がしい中、シスター姿の彼女はふと振り返る。
―――浅黒い肌と金髪、ドレッドヘアとグランサンという二人組の少年達―――
どうやらデイズのことを先ほどからずっと尾けていたのだろうか、ニヤニヤとした表情で彼女に近寄りながら話しかけてくる。
「シスターさんなんて今どき珍しいじゃねぇーか?」
「俺達にも懺悔させてくださいよ、シスターさぁん?」
女尊男卑という新しい考えが浸透しているとは所詮はまだ10年にも満たない短い物。それよりも遥かに以前から身体能力では女は男に劣ってしまう。そして二人がかりであり、デイズは見た目ではずっと細身のフォルムに見えてしまう。
しかも宗教関係者といえば一般的に強い戒律を自分に強くしいており、警察や司法関係に対して仲が悪い印象もあり、こうやって不埒な行為に及んでも警察沙汰になりにくいと踏んだのだ。
だが少年二人はまだ気が付いていない。
すでに彼等の命の危険がすぐそばにまで迫っていることに。
「……………」
近寄ってきた少年二人をまったく相手にしないで、デイズはコンビニ袋から質素なコッペパンを一つ取り出すと無言で食し始め、少年二人の背後にある暗い通路を見つめ、話しかける。
「………貴方の食事は済ませたでしょ?」
「「!?」」
「もう………味の事なんて私に分かる訳がないでしょうに………仕方ないわね」
突然話し出した女性を怪訝な表情で見つめる少年二人であったが、そのとき、彼らの背筋を冷たい予感が通り過ぎる。
「手早く済ませなさい」
―――闇から延びる手が二人の顔を掴む―――
叫び声をあげる暇すらなかった。
突然背後から延びてきた手に引き寄せられ、路地裏に連れ込まれた二人は叫び声をあげることができずにパニックになりながら手足をじたばたしながら暴れるが、10秒もしないうちにそれも収まり、全身を痙攣させながら彼らの人生は静かに幕を閉じることになる。
「……………」
パンをかじりながらデイズは今日の戦闘の事を思い出す。
「(まあ、確かに相手としてはそこそこレパートリーもあっていいのかもしれませんが………やはりあんな子供達相手に苦戦するような様は許せませんね)」
才能はあるようだが幼すぎる上に、あまりにも甘い。あんな者達にジークが力負けしたなどデイズはにわかに信じがたかったのだ。
「(そろそろ私の事もジークには知ってもらうタイミングが来たのかもしれませんね)………『ベネトナシュ』」
血だまりができた路地裏で蠢く『闇』に向かって『ベネトナシュ』という名で呼びかけたデイズは、一つだけ溜息をつくと、子供を諭すような口調で話しかけるのだった。
「頭だけでは駄目。好き嫌いせずに全部食べなさい」
『■ ■ ■ ■ ■ ■』
「ダーメッ」
機械とも生物ともそれが言語なのかどうかもわからない声と話しあい、『闇』はしぶしぶといった様子で残りの死体全てを引きずり込み、現場に血痕以外の証拠を綺麗に消し去ってしまう。
「さあ戻りましょうか………この分だとメディアがまた下らない仕事をたんまり増やしてそうですし」
デイズが見上げるそこには新たなる三つの影が自分を見下ろしていた。
その影を見つめながら、デイズは先ほどまでの無表情さから一変して、歪んだ笑みを浮かべて、遠き地にいる『彼』に思いを寄せる。
「(近々はっきりとした形で貴方にお目見えできると思いますが…………その時は、魅力的な瞳で私を見てくださいね)」
―――廃墟と化した研究所で自分を見上げるジークの姿―――
「(あの時の続き、今度こそ着けましょう)」
次回に亡国サイドのお話を入れて、次々回からいよいよ福音編に突入だ!
あとがきは活報でまた後程に