サブタイトルがちょっとギャグっぽいですが、中身は半分以上シリアル……じゃない、シリアスです
Q.では、問題
目の前にバリアがあります
突破が困難です
バリアを壊す道具が残念ながら品切れです
ではどうすればいいでしょうか?
「……………」
亡国機業総本部に宛がわれた執務室の中で、総帥に代わり実質的に組織の運営を行っている大幹部(ジェネラル)、ライダー・スコールの表情に色濃い疲労が滲み出ていた。
「………今日も寝れそうもないわね」
落日の日から始まった世界経済のシェアの変動に合わせ、亡国機業の表の顔である『アドルフグループ』の子会社達が一斉に国営企業に代わり政府が依頼する仕事の受注を受け始め、それらに事細かな指示を出しながら各国の株価にも目を通す。これだけでも大変な労力だというのに彼女には亡国機業の幹部としての仕事もあるのだ。ゆっくりとした休みなんぞ当分の間望むこともできない。
目の下に立ち退きをせずにクマが居座って早数日、いくら化粧品の力を借りようともこれ以上無理をすれば自慢の美貌にも致命的なダメージが及びそうで明日はさすがに半日ほどの休暇を入れようかと思うが、その時、彼女の視線がある書類を捉える。
―――ジークの書いた報告書―――
スコールの額に青筋が走る。そしてすごい勢いで全身から真っ黒なオーラが噴出し、部屋中を覆い尽くすのだった。
彼に罪悪感を感じながらもなんとか隠し通していた彼の目的。
『ある研究所で起こった事の全容』
『二人の人物の居場所』
ジーク・キサラギが存在する理由の全てとも言えるこの二つの事柄に対して、とうとう彼は亡国機業そのものに疑いを持ち、自分の留守中にこの執務室に忍び込み、データを勝手に盗み見ようとしたのだ。
幸いこの場でなんでか『仮眠』を取っていた『暴龍帝』アレキサンドラ・リキュールがメインシステムにクラッキングをかける寸前で取り押さえてくれたために外部に対して騒ぎになることはなかったが、もし仮に彼がクラッキングに成功しようものなら、セキュリティーが作動し、本部施設で大騒動が巻き起こっていたことは間違いなかった。ましてやそうなればもはや彼を庇う術はスコールにはない。ほかの幹部達への示しとして彼を極刑にせねばならないのだ。
「(わかっていた。こうなることは十分に分かり切っていた………だからこそ貴方に話せなかったというのに)」
目標が目の前にいるのなら、なりふり構わずそこに向かって最短距離を前進しようとするのがジークである。だが相手がもし『亡国機業』そのものであったとしたら?
彼はそれでも一人戦ったのかもしれない。だが結果はワザワザ予想することも必要ないだろう。
「(貴方が野垂れ死ぬのを黙って見届けろと? できるわけないでしょう!?)」
守りたかった。
死に急ぐ………いや、プロフェッサー・ヘパイトス辺りに言わせれば生き急ぐ彼を守りたかった。
最初はただ利用するつもりだった。あの『プロジェクト』の貴重な生き残りであり、そのプロジェクトの結晶ともいえるISを所有する彼のことを。
冷徹に心を凍てつかせて、部下を駒として使うために、彼の気を引くセリフで彼を亡国機業に勧誘し、言葉巧みに戦力として囲い、使い潰す気でいた。
それが亡国機業幹部『ジェネラル・ライダー』である自分のあるべき姿だと。
だがいつからなのか………一番最初に気が付いたのは、副官であったマリア・フジオカが死んだ時だった。
―――彼女の死に対して、涙を流す自分がいた―――
何を甘いことを言っているというのか?
何を普通の人間のように悲しく感じているというのか?
「(そうだ………私は………)」
許されない大罪人。偉大な英雄である祖母の志を利用する冷徹な魔女。この世界を私欲で我が物にする気狂いの蛇。
「(普通の人間のような幸せも、感性も、持ってはいけないというのに)」
気が付いたとき、スコールはジークを、マドカを、ほかの部下たちを守るために奔走していたのだ。まるで自分の弟妹を守るために身体を張る姉のように。家族を必死に守るどこにでもいる一人の人間のように。
「馬鹿みたい……………」
そうだ。こんなバカな感情を捨てねばならない。
こんな「当たり前」の感情など捨てねば偉大な祖母のように、世界すべてを覆すような存在には到底なりえない。
だというのに、今の自分はまるで喧嘩をした弟に対して不満をぶちまけるだらしない姉のような心境そのものなのが、猶更スコールをイラつかせていた。
「…………」
そしてもう一つ、彼女をイラつかせていた訳。
「私がこんなに悩んでるっていうのに…………あんにゃろッ!!?」
直属の部下でもないくせに勝手にジークを制裁し、独断を特に咎めることもせず、殺気を孕んだ瞳で自分を見てくるジークの様子に戸惑うスコール相手にヌケヌケと、
『あ、ジーク君がどうやら君が隠し事してることに気が付いたみたいだ。後、励まそうとしたら返って怒りを溜め込ましてしまった………ウム、教育とは難しいものだな』
何一つ自分の行動を反省していない暴龍帝(こいびと)をこの執務室からブン投げてやったのもつい数日前のこと………その後、少しは反省したかと思えば『暇になったから任務くれ』と言ってきやがったもんだから、無言のまま怒りパワー全開で任務内容が入ったUSBを後頭部めがけて投げつけてやった………見もせずにキャッチして『感謝している』と笑顔で振り返ったものだから、思わず『キュンッ!』ときたことはきたけれども。
「うし、決めた」
今日はもう早上がりにしよう。こんな日は酒を飲むに限る。てか、ほかの幹部ども仕事しろよ、特にあの寸胴(タヌキ)女………そんな言葉を誰にも聞かれないように呟いたスコールは、残りの書類の山………常人なら明日の朝になっても半分も終わらせられないような量の書類を、超高速で内容の記憶と理解と判を押す作業を行い、わずか10分少々で終わらせるとそのまま立ち上がり、バッグを肩にかけて一人執務室を後にする。
途中、アドルフグループの仕事を共に受け持つ秘書に『体調がすぐれないの。今日は帰って休むわ』と早退を伝え、ついでに書類の山を台車ごと押し付けて背後で泣き言をほざいている秘書を置き去りに正面玄関まで直通のエレベーターに乗り込み、一気に下にまで降りるとそのまま玄関を潜り抜け会社を後にする。
途中、受付嬢が『送迎用の車を出します』と言ってきたがそれを丁重に断り、スコールは腕時計で時刻を見ながら行きつけのバーが開店する時間ではないことを確認し、ため息交じりで決断する。
「ハァ~~…………仕方ない、『姐さん』の店に行きますか」
そして彼女は護衛もつけずにアドルフグループ本社ビルの正面通りではなく、裏通り目指して歩き出すのだった。
☆
そもそもアドルフグループという名を持つ、貿易業を中心に製造業や人材派遣、サービスや金融業などあらゆる職種に手を伸ばす巨大複合企業は、亡国機業の隠れ蓑とするために組織発足当初メディアが創設した小さな輸入雑貨店を始まりとし、以後、英雄『アレキサンドラ・リキュール』を心酔するパトロン(支援者)達の資金援助を受けてここまで巨大な物となったのだが、本社ビルのあるギリシャにおいては絶対の存在となり、警察や政府の高官達すらも彼女たちの存在を理解しながらも決して諸外国に情報を漏らす事ような真似はせずにいた。
元々金の使い方が悪く、財政難に陥りやすかったギリシャにとって、企業の総資産が数百億ドルを超える世界で五指に入る大企業の恩恵は絶対であり、国の財政の生命線となっていた。ましてや本社ビルを中心に築かれた街並みを『亡国の城下町(地下に本部があるのだから城上町が正解なのだが)』などという者もいたほどで、その創設者の孫であるスコールはこの辺りであれば王侯貴族同然の存在なのだが、そんな彼女は一本数十万のワインを出すバーには向かわず、今も変わらずに昔ながらの下町の風情を醸し出す裏通りをいつものドレス姿で歩き続ける。
途中、その美貌とプロポーションに誘われて声をかけようとする下品たる男どももいたのだが、そんな時に限って商店街で店を営む老人たちが声をかけて機を殺してしまう。
「おんや珍しい? 今日はお仕事はどうしたんだいスコールちゃん?」
この街で数十年の間時計店を営む店主の老人が、表で窓を拭きながらスコールに声をかけたのだった。
「今日はもうお仕事は終わりなのよお爺さん」
「そうかそうか………スコールちゃんは頑張り屋さんだからな。たまには早く仕事終わらせてもいいはずじゃ」
差し歯が欠けた歯を見せながら、ニコリと笑う老いた男性に、スコールも嫌がる素振りを見せずに微笑み返す。
その後、通りで店を開いている住人たちと目が合うたびにスコールは挨拶をされ、笑顔で挨拶をし返すと、ふとこの通りを最初に歩いた時のことが鮮明に思い出された。
―――あれはまだ母が生きていた頃、手を引かれて生まれて初めて祖母(英雄)と出会った時だった―――
―――『スコール。この方が貴方のお婆様よ』―――
―――母は美しい人で、実年齢よりも若く見られたものだが、そんな母と比べても若々しい生命力に溢れた祖母の姿は、ただそこに立っているだけでとても神聖で侵し難い物と思えた―――
微笑みながら初めて対面した孫に感激し、とても嬉しそうに自分を抱きしめた祖母の温もりが今でもはっきりとした感覚で記憶の中に収められている。
やがてひとしきり母と話をした祖母が、幼い自分の手を引いてこの通りを歩くと、彼女の姿を見た人々はこぞって嬉しそうに彼女のもとに駆け付け、様々な話や土産を手渡して彼女を歓迎していた。後に知ったことだが、この通りで古くから商売をしている者たちは皆、英雄『アレキサンドラ・リキュール』によって戦場や裏社会から救われた者たちばかりで、彼女に対して深い恩義と感謝の想いを持っていたのだ。そのためか、時々任務の合間にこうやって街を散策する彼女の姿を見つけては、しきりに彼女に対して少しでも恩返ししようとしていたのだが、皆が大挙して彼女の元に集まるものだから、祖母も困ったような笑みを浮かべて『なるべくいつも通りにしていてね』と注意する始末だった。
―――地位に固執することもせずに、ただ人々の為にあり続けた祖母―――
―――地下の屋敷からロクに外出することもせず、メディアによってもたらされた総帥の椅子にしがみ付く父親―――
年齢を重ねるごとになぜ父親が祖母に対して何故会いたがらないか理解していったスコールは、自殺に追い込まれた母親の葬儀の時に、出席することもしなかった父親に激しい失望を覚えた。
悲しみによって動けなかったのならば、まだ同情の余地もあっただろう。だがその実は、葬儀に祖母が出席していたこと。母を死に追いやったことをその祖母に詰問されることを恐れ、身を隠すように部屋に閉じ籠ったことをスコールは知っていたのだ。
英雄には、地位も金も名声さえも必要としない。ただ言葉を紡ぐだけで人々を動かすことができる。
父親がどれほどあがこうが出来ないことを意図も容易く行う祖母に、父は激しい憎しみを抱いていたのだ………なぜ自分を貴方のような英雄として生んでくれなかったのだ、と。
そしてその憎しみがどれほど見当違いの的外れか、父親は全く理解する気がないことが、スコールの心に深い影を落とし、今も彼女を苦しめ続けているのだ。
「ああ、ヤメヤメ!!」
気分の重くなることばかり考えるから、余計に悪いことばかりループして考えてしまうのだ。迷いを吹っ切るように笑みを改めて作り直したスコールが少しだけ歩くスピードを速くする。
通りの角を曲がり数分ほど進むとあるこの裏街では有名な食堂。大剣の形をした看板にデカデカと書かれた『クレイモア』という名のその店のドアをスコールは開いて店に入っていく。
古い家具といくつものテーブルが広がるアメリカの西部劇に出てくるようなインテリアで、一回を見下ろせる二階部分からジュークボックスが往年のキング・オブ・ロックンロールの音楽を奏でていた。
「いらっしゃいっ」
腰まで伸びた赤い髪と泣きぼくろ、艶々の肌と女性らしさをやたらと強調してスコールにも劣らぬプロポーションをした東洋系の美女が、紅いチャイナ服の上からエプロンをしてスコールを出迎える。
「你好、翆玲(スイレイ)」
「あら、スコールさん?」
この店の店主と親しい間柄の常連客ということ、何よりもプライベートでも割と仲が良いこともあって翆玲は気軽に話しかけてくる。
「こんな時間にどうされたんですか~? この間は仕事が忙しくなりそうでしばらく来れないって言ってたのに~?」
「周りのバカ共のおかげで想定外に忙しくなり過ぎたから、潰れる前にリフレッシュ休暇よ………姐さんは上?」
「はい~」
間延びした話し方で指で二階部分を指さすと、厨房に入っていく翆玲についでに注文を入れておく。
「いつものビール、ジョッキでお願いね。後、おつまみを適当に」
「は~いはい」
今日も飲み潰れるまで飲む気ですか~ということを見抜かれたスコールであったが、特に気にする様子もなく、彼女は螺旋状の階段を早足で登ると、二階部分の特等席、中央の大きなテーブルに座る人物の隣の椅子に腰を下ろす。
ソバージュのかかった金髪に、左側のほとんどを隠すような眼帯をつけながらもはっきりとわかる整った顔立ちに、スラリとしたプロポーションながら出るとこは出ている女性らしさを兼ね揃えた美女が、白いYシャツの上からエプロンをつけ、テーブルの上に堂々と両脚を組んだ状態で乗せながら、ひたすらジャガイモノの皮を牛の首すら両断できそうな大型のグルカナイフで剥き続けていた。
そんな、この店の女店主である『テレサ』の隣に座ったスコールは、テーブルの上に顔を突っ伏らせると、視線を横にずらし、自分のことをあからさまに無視するテレサに話しかける。
「姐さん」
「帰んな」
手を動かし続けながら、視線を動かすこともせずに話を終わらせようとするテレサに対して、スコールは目を吊り上げながら話しかけ続けた。
「話、聞いてよ?」
「今は皆休憩中だ。夜に向けて仕込みもしなきゃいけないんだよ。だから帰んな」
「私、お客様よ?」
「お客様当店はただいま休憩中ですまた開店したから再度ご来店ください」
「どうして今日はそんなに冷たいのよ!」
「どうせ仕事のストレスで愚痴りに来たんでしょ? アンタら亡国の話はうんざりよ」
徹底的に話を遮ろうとするテレサに、とうとうスコールが怒ってテーブルに両手を叩き付けて、テレサに詰め寄る。
「何よ! 姐さんだって『元』亡国構成員でしょうが!!」
「耳元で騒ぐんじゃないよ!!」
「陸戦隊の元ナンバー3でしょうに!」
「だからだよ! 何が悲しくて定期的に古巣の実情愚痴られないといけないんだい!?」
額をこすり合わせながら『ぐぬぬっ』とお互いに一歩も引かないテレサとスコールだったが、そんな二人をもう一人のウエイトレスが様子をうかがいに来る。
「おりょ? 二階がやけに騒がしいと思ったら……」
褐色の肌にグリーンの瞳、焦げ茶色の髪を三つ編みにし、母性的な雰囲気と体つきをしたエスニック系美人が、苦笑しながら近寄ってくる。
「店長、芋の皮剥き代わりにやっておきますね」
「任せたリアン。後、ビール持ってきな! ちょっとこの小娘に説教くれたる!」
リアンと言われたその美女が芋の入った籠を持って下に降りると、入れ違いでこれまた苦笑した翆玲がビールに入った大ジョッキ『二つ』と、香りのいい香料と一緒に焼かれた焼き魚、特製ソースをかけられた鴨肉、そして色とりどりの野菜のサラダを一緒にもって現れる。
―――テーブルにジョッキが置かれた瞬間、ふんだくる様にジョッキを持つと、同時に一気飲みを開始するテレサとスコール―――
「「んごんごんご………ぷはっー!!」」
豪快すぎる一気飲みの後、二人同時に飲み干すと、同じタイミングでお代わりを要求する。
「「次っ!!」」
「ハイハイ~」
もう見慣れた光景なのか、特に驚くことも注意することもせずにジョッキを二つお盆の上に乗せて下に降りていく翆玲を見送りながら、若干顔を赤くしたスコールが、サラダに乗っていたプチトマトを素手で掴んで口に放り込んで同じく顔を少し赤くしたテレサに話を続ける。
「…………人生経験豊富な先輩を頼ってきたっていうのに」
「人を年寄り扱いすんな小娘。後、私はアンタたちよりも『ちょっとだけ』お姉さんなだけよ」
「………てか、姐さんが亡国に残って、ジェネラルになっててくれたら、私の苦労は三分の一以下になってたんですけど~」
「アンタもサクラと同じこと私に言うのかい?」
「!?」
予想外の人物の名前に驚愕するスコールに、鶏肉をナイフで切り分けてそのまま突き刺して食べながらテレサは語る。
「この間、久しぶりに店に顔を見せたかと思えば、今のアンタみたいに愚痴りながら酒飲んでいきやがったよ」
「…………初耳ですけど」
「ああ、初めて話したからね」
どうやら組織を運営する上で、人材不足に頭を悩ませているのはスコールだけではなかったようだ。
「アンタもサクラも………いい加減、亡国機業なんて放り出して他所で生きな。アンタ達なら十分どこでもやっていけるでしょうが」
「…………途中で全部放り投げて逃げ出せと?」
今、全てを放り出して、どこか遠くでまったく違う人間として生きていく………考えなかったわけじゃない『IF』の生き方を一瞬だけ想像するが、瞬時にスコールは否定する。
そんなことが彼女にできるはずがないのだから。
「私は逃げませんよ………どこにも」
「……お堅いね」
「じゃあ貴女はどうなんですか!? 亡国機業を抜けたかと思えば、目と鼻の先でこの店を開いて………任務明けの陸戦隊の人達が毎日ここに通い詰めてることぐらい知ってますよ!」
「それなら話が早い。あんのクソッタレどもにツケ払わせな。いくら貯まってると思ってんの?」
「ふざけて言ってるわけじゃ…」
「…………世界中、どこでも生きていく自信はあるんだけど……なんでかな。放っておけないっていうか」
テレサがしんみりとした様子で椅子を仰け反らせながら、窓から見える青空に手を伸ばす。
「………アンタの婆様……師匠(かあさん)に助けてもらった人は、みんな何かの呪いを受けたかのように彼女と関わりを持とうとする」
「!?」
「でもさ、ホントに呪いを受けてたのは師匠のほうかもね」
「………それは」
「個人と全体を天秤にかけて傾いた方を重きとする………それが今の世界の実情さ」
翆玲が持ってきた二杯目のビールを再び一気飲みしたテレサは、ナイフの切っ先を突き付けながらスコールにこう問いかける。
「全体に重きを置いたのが師匠(かあさん)なら、個人に重きを置いてるのがジークって小僧だよ、スコール」
「!?」
「どうせ今日もそのこと相談しに来たんだろ? うちは児童相談所でもなければ、子育て支援センターでもないんだけど…………はっきり言っておいてやる」
テレサはそこでナイフを手元でクルクルと回転させながら、カモ肉にざっくりと突き刺すと、かつて陸戦において屈指の強さを持っていた歴戦の勇士の視線でスコールに対して言い放つ。
「別段復讐に対してアンタが特別関与する必要はない。さっきも言った通りそれは突き詰められた個人の問題だ。だけどね………アンタはそれとは別に選んで決断しなきゃいけない。部下として『使い捨てる』か、弟として『戦い』を取り上げるかを」
「!?………それは」
「待ったは無しだ。アンタのその優柔不断がジーク(小僧)を苦しめてるんだよ」
上司として接するなら情を切り捨てろ。
家族として思うなら戦いから遠ざけろ。
あまりに当たり前すぎることをはっきりと言われて言い返せない。言い返す言葉は数あれど、そのどれもが空虚な言い訳にしかならないことを自覚したスコールが、奥歯を噛みしめてる所に、鶏肉を咥えながら話と続ける。
「ちなみに私なら、ジーク(小僧)の復讐に協力してやったよ。それこそアンタが握ってる情報を全部提示して『さあ、後は好きにやってきな』って言ってやる」
「姐さん、それは」
「アンタの言いたいことも分かる。復讐は空しい、生産性もない、ましてや何か治るわけも天から神様の掲示が降ってくるわけでもない………だけどそれはジーク(小僧)の気持ちを理解してないアンタだから言えるセリフだ」
「なっ!?」
それは違う、と怒りに燃える瞳でテレサを睨み付けるが、そんなものどこ吹く風よと言わんばかりに受け流されてしまう。
「別にアンタのことを否定してる訳じゃないよ。それを言い出したら自分の未来のことまで思ってくれてるアンタの気持ちを踏みにじろうとしているのはジーク(小僧)のほうだ。だから体感させてやるしかないのさ」
「?」
「時々いるんだよ………強烈に、鮮烈に、自分の経験として感じないと、本当の意味で理解できない人間って奴が」
そう、人間は全ての事柄を言葉だけで理解しきるほどお利口には作られていない。そのことを身をもって体感したことがあるからこそ、ジョッキに残ったビールの泡を見つめながら、テレサはしみじみと語る。
「ホント………イヤになるわ」
☆
大西洋を挟んだ西アフリカ大陸のとある一国…………すでに数十年の間、内戦と平定を繰り返し、今なお突発的な戦闘が数多く国中で行われており、近年では異なる世界三大宗教の信者同士が武力衝突を起こし、腐敗した政府が様々な不正を行う場所において、政府の要請で派遣された国連軍によって劣勢に立たされている『反政府組織』に助力するため、アレキサンドラ・リキュール率いるバーサーカー部隊は、茹だるような暑さの中で人工的に作られた湾岸部の主要基地にいる軍相手に、大立ち回りを行っていた。
「ごっつんこっ!」
可愛らしい掛け声と共に背中の大口径キャノン砲が火を噴き、国連軍の戦車に直撃し爆散させる。
「ぶいぃーーっ!!」
『おおおおっ!!』
勝利のピースサインを作るフォルゴーレに同調するように、大勢の反政府ゲリラ達は手に持ったライフルを天に掲げ、アイドルのコンサート会場さながらの雄たけびを挙げる。
一方、上空では数は少ないが戦闘機やGSなどの航空兵力を相手に、リューリュクがドッグファイトを展開していた。
「まったく! 地上ではフォルゴーレが人気者で、なんで私だけいっつもいっつもいっつもいっつもっ!!」
文句を言いながらもちゃんと狙いを定め、ウイングに一体化されているミサイルを発射する。途中、多弾頭のミサイルはちゃんと分裂し、三機のGSに直撃して共に戦闘不能レベルの大破状態に追い込む。そして二機の戦闘機を打ち落とすためにスラスターを全開にして急上昇したリューリュクは、上空数千メートルの地点で戦闘機の背後を取ると、そのまま軽くアサルトライフルを掃射して戦闘機のエンジンを撃ち抜き、二機の戦闘機は火の玉と化して墜落していった。
純粋な機動力ではISと差はほとんどないといわれているジェット戦闘機といえども、戦闘手段に致命的な差がある。戦闘力の大部分をミサイルなどの誘導兵器に依存している戦闘機では、同じ速度で飛び回りながらも三次元の圧倒的な運動性で機関銃を斉射できるISは天敵以外の何物でもないのだ。やはり高性能のレーダーで相手を目視外にて捕捉して、長射程のミサイルで先制攻撃するスタイルが主流になってしまっている現代戦闘機戦では、やはりミサイルに対して十分な対抗手段を持ちつつドッグファイトが主流のISを相手にするのは無理があるようだ。
そしてもう二機、護衛のGSを片や切り裂き、片や撃ち貫きながら止せばいいのに空中で激しい口論をしつつ『見てらっしゃいますか親方様~!!(はーと)』と二人して偶発的にハートマークの飛行機雲を作る中、当の愛いする唯一無二の主君は、非常に上の空で頭を悩ませていた。
「ふむ………」
漆黒の全身装甲と二本の斬艦刀を携えたヴォルテウス・ドラグーンは、二機のGSに組み付かれながらその場に微動だに出来ずにいたのだ。
いや、もっと正確に言うなら………。
『なんなんだこのISは!?』
『なんでこっちの武装で傷一つも入らない!』
GSによる銃撃、戦車部隊と連携しての砲撃、航空支援による爆撃、近接武装、etcetc………。
先ほどからありとあらゆる手段を用いて攻撃を行っているにも拘らず、目の前の全身装甲のISにはダメージどころか装甲に傷一つつけることがかなわず、それどころか何やら思案しているポーズを取ったまま微動だにしてもいない。
―――攻撃されているという認識すら持たれていない―――
嘘のような現実を前に、二機のGSが決死の覚悟で接近して直接相手を殴打していたのだが、最初の一撃でマニュピレーターが破損し、頭に血が上った状態で今度は組み付いて押した倒そうと躍起になっていたのだが、それすらままならせることができずにいた。
「困ったものだ」
一瞬の身震いでマニュピレーターを破壊され、GS達がツンのって転がってしまう中、全くそんな敵勢力のことなど眼中にもないリキュールは、顎に手を置いて神妙な面持ちとなる。
対して、操縦者である暴龍帝ことアレキサンドラ・リキュールは最近非常に厄介な悩みを抱えていた。
直接的な指導と言葉によって上手くできたと思っていたのだが、どうやら自分が言った言葉が心の琴線に触れたのか、あれ以来ジークが露骨に自分を避けだしたのだ。しかもそのことをスコールに「思い出して」話してみたら、ひどくご立腹され、部屋から投げ飛ばされてしまった次第………。
「ああ見えてスコールは体術も中々いけるようだ………いや、そういうことではないな」
おかげで二人とは若干疎遠状態となってしまい、今回はたまたまジークのISの新型武装の実戦テストという名目とプロフェッサー・ヘパイストスの言葉によってなんとか同行してくれたのだが、先ほどからジークは自分たちのことを一切無視して、単独で戦闘を行っている。
空中で編隊を組むGS達が果敢に銃撃を行い、パニック寸前となっていた戦車部隊が支援砲撃を起こし、数が少ない歩兵達が苦し紛れに対戦車用ロケットを放つ中、黒いISは左手に真新しい『刀』を持ち、両足の銀色に輝く『牙』を研ぎ澄ませ、『彼』は大地を蹴る。
―――瞬時にGSを抜き去る黒き雷光(ディザスター)―――
すり抜けと同時に奔った閃光の存在に気が付かないまま、反応が遅れたGSが振り返った時、縦一文字に斬り裂かれたボディから火花が飛び、それが内部の燃料に引火。中のパイロット達は自分の最後を認識することなくその身を炎で焼き尽くされてしまう。
足首に装備された機構から鋭い回転音が鳴りだし、黒い静電気が纏わりつくように足に集中しだした時、空中で停止していたディザスターはその場で180度反転し、超速で何もない空間を蹴り抜いた。
―――蹴りを放った瞬間、内部で圧縮されたエネルギーが空間に圧力をかけ、蹴りの衝撃波を『刃』へと変換する―――
中国が開発した衝撃砲が砲弾を放つのに対し、プロフェッサー・ヘパイストスの出した結論は。水圧を圧縮して作ったウォーターカッターのような『刃』にして飛ばすという結論であったのだ。
―――黒き閃光の刃が、容易くチタン装甲の戦車を真っ二つにする―――
『ディスオベイ』と操縦者自身が命名したこの技によって、以前から不安視されていた従来の火力の無さを解消し、継続力にも携帯性にも優れた武装を手に入れ、より強力となったディザスターは残りの残存する部隊の方を見ながら、持っていたもう一つの新武装を抜刀しようと柄に手をかける。
「まさに暗雲の中を煌きながら駈ける稲妻の如くか………ん?」
「!?」
と、ジークとリキュールのハイパーセンサーが新たな敵影を捉え、二人が同時にそちらの方を振り返った。
―――二基の大型の長距離用(ロケット型)スラスターパッケージを背負った、全身の七割を装甲で覆ったゼブラカラーのIS―――
『親方様!?』
『あれはケニアの正代表『エディ・バルカス』の、第三世代IS『アスティオン』です』
反応を同じく拾ったスピアーとリューリュクからも通信が入り、同時にフリューゲルとフォルゴーレからも意見をリキュールは求められた。
『アフリカじゃ唯一の第三世代開発国だからって、わざわざ同盟国のために出張ってきたっていうの!?』
『た、確か格闘用で、装甲が厚くて……後なんだっけフリちん?」
『親方様の親衛隊ならば、全世界の主要国のISのスペックぐらい頭に叩き込んでなさい!!』
激怒したフリューゲルの言葉に首を引っ込めるフォルゴーレであったが、その時、彼女の瞳はケニアの正代表に向かって飛び立つディザスターの影を捉える。
『あっ!』
『アイツ!? 親方様の前でイイカッコしようと!!』
『行かせてなるものか!? とくとご覧ください親方様!! このスピアーの勇姿を!!』
手柄を横取りされてたまるものか、と飛び立とうとするフリューゲルとスピアーであったが、そんな二人に対してリキュールは左手を上げて『待った』をかけるのだった。
「………ジーク君に任せる」
『『お、親方様!?』』
「黙れ」
『『ハッ!!』』
いつも通りの手短すぎる言葉で部下に命令を下したリキュールは、高速で上空を飛行するディザスターの後姿を見つめながら、今は彼の思うようにやらせてやろうと静かに戦いを見守るのだった。
機械技術が進んだ現代においても、その技術を受け入れることなく暮らし、独自の文化を築いて自然と共存していく一族がいる。
悠久なる大地が育んだ野生。天に与えられた格闘技の才能(ギフト)を持つ者。アフリカの守護女神を自称する少女。
楯無を除いて、世界に現状二人しかいない十代の国家代表であり、初出場となった前モンド・グロッソ格闘部門において、いきなりの準優勝に輝いた実績。
素手でアフリカの獣を狩る驚異的な身体能力(フィジカル)に目を付けたケニアの政府が、貧困に喘ぐ大家族を養いたいという少女の願いを聞き入れ、IS操縦者になることを条件に多額の契約金や礼金を渡し、現在も次回モンド・グロッソで優勝候補の一人に名を連ねる『エディ・バルカス』は、心から湧き上がる衝動に笑みを隠せずにいた。
「(コイツ、大物ダ)」
故郷で狩りをしていた時に出会った、獅子やジャッカル達のような殺気を放って近づいてくる黒いISに緊張感が高まり、それが自分が探し求めていたものであるという確信を得ていた。
「(故郷ニハ、色々ナ獲物ガイタ………ダケド、家族ヲ養ウ為ニ、私ハIS操縦者ニナッタ)」
ISバトル自体は、エディには楽しくて仕方のないことだった。
最初は見たこともない最新機械を触って戸惑ったものだが、不思議と日々を重ねるとISがまるで自分と昔から一緒にいてくれた親友のように感じるようになったからだ。
また、モンド・グロッソに出場した時に出会った、手強い対戦相手達のことも気に入っていた。皆が国家の威信を背負った戦士達であり、誰一人として気の抜ける相手などいなかったからだ。
だがしかし、エディは無意識に心のどこかで故郷で命懸けで狩りをしていた頃のことを思い出し、わずかな物足りなさを感じていたのだが、その正体が目の前の黒いISを見た瞬間に判明する。
「(ソウダ! コノ食イ殺ソウトスル『殺気』!! コレト戦(ヤリ)タカッタ!)」
タイガーストライプの重装甲でありながら、世界でも珍しい二段装甲を持ち、中距離から近距離にかけて爆弾のついた(投擲槍)ジャベリンと、肩部内臓の機関砲、そして腰部に設置されたロケットランチャーで攻め立てるアメリカのファング・クエイクと同コンセプト(開発経緯から察すると盗作の疑いもあり、現在も政府間で揉めている)第三世代IS『アスティオン』を駆るエディは、接近してくるISの特性を一瞬でこう判断する。
「(コイツハ『ヒョウ』ダ!! 鋭イ牙ト爪、何ヨリスピードガ違ウ!!)」
ハイパーセンサーの遠距離カメラから見たGSを破壊した動き。アレを見せられて悠長に中距離で間合いを図って弱らせるなどとは言ってられない。
おそらく勝負は初接触(ファーストストライク)、最初の一合で決することになるだろう。アフリカの野生児は自分の直感を信じ、迷うことなく行動に移す。
「(狩リニ迷イハ厳禁ダ!!)」
元よりそんなことは分かりきっていると言わんばかりに、背中の大型ロケットを切り離し、それをジーク目がけて突撃させたのだった。
回避されることは分かっている。迎撃される可能性も多大にある。だがそのどちらでもエディは構わなかった。なぜなら………。
「!!」
―――火を噴くロケットランチャー―――
最初から自分で撃ち落とし、煙幕として使用するつもりだったから………。
―――ジークが接触する寸前で爆破されたスラスターが大きな火の玉と化し、一瞬だけエディの姿を覆い隠す―――
自分の姿を隠すのと一瞬の間を稼ぐ役割を果たしてくれたスラスターに感謝の気持ちを込め、彼女は空中を蹴るかのような動作をしながら前方に大車輪気味に宙返りしながら、機体の最大の特性を発動させる。
「アーマーパージッ!」
―――イメージインターフェイスを駆使し、全身の装甲部のボルトが弾け飛び、一瞬で外部装甲が剥離(パージ)させる―――
内部から最低限の防御力を持たされた軽量級の第二装甲が、鮮やかな濃緑・濃紺・茶色のウッドランド迷彩が太陽の光に反射し、そして火器の全てを排除した状態で残された武装………両腕部のガントレッドから飛び出した高周波クローを煌かせ、まるで自身で排除した装甲をサーフィンのように乗りこなし、彼女は狙い目である場所を陣取る。
―――ディザスターの真上、2mの地点―――
「(取ラセテモラッタゾ、ブラックパンサー(黒豹)!)」
彼女が選択した戦術………足から発動される『牙』にとって最も遠い身体部分、つまりは脳天からの一撃である。いかに速い相手であろうが、自分は直線軌道で高周波クローを叩き込め、かつ相手は丸々半周以上の蹴りの軌道を作らざる得えない。そして近距離での差し合いは自身が最も得意とする間合い。ましてや頭上の有利は格闘技に携わるものならば、説明不要な程なのだ。
獲物を狩るという観点からも、相手の息の根を確実に狙える急所への攻撃は理に適っている。これはほかの軍人や操縦者たちが長年の経験によって培える『戦場における命のやり取り』を、野生動物相手に命懸けの狩りをしてきたエディのみ最初から持ち合わせているからこそできる選択であった。
「(オ互イニ命懸ケダ)」
ISの絶対防御のこともある。一撃で仕留められなくても、頭部への衝撃で相手は相当昏倒とするだろう。後は続けざまの連撃によって生命ごと断ち切るつもりで仕留めにかかる。
ここまでは完璧な程に彼女の描いたシナリオ通りであった。
油断はなく、驕りもない。自分で持ち得る最善なる選択をエディは行っていた。
だからこそ、彼女は驚愕させられる。
―――間合いに入って右手を振りかぶったエディと、わずかに上向きになったディザスターと『目が合う』―――
「!?」
―――間合いに入った瞬間に奔った銀色の閃光っ!!―――
咄嗟の判断。
背中を駆け巡ったのは、かつて仮に失敗して獣に肉を食い破られた時の感覚。
エディが左腕を咄嗟に下げた瞬間、奔った閃光が左腕と胴体を切り裂き、真紅の血飛沫を噴出させる。
「!!」
呻き声は気合で押し潰す。顎と腹筋に全身の力を込めて、これ以上の出血をさせないように筋肉で無理やり止血すると、すぐさま間合いから離脱し数メートルの地点で静止する。
「(攻撃サレタノカ!?)」
激痛が走る左腕と胴体は、出血こそひどいもの切り落とされるようなことにはなってはいなかったが、予想外の攻撃と、深いダメージにエディは息を切らせる。
「(キックノ軌道ジャナイ………トシタラ)」
横一文字に斬られた以上、蹴りの軌跡としては不自然であり、ならば注意するのはジークの左手に持たれたあの『刀』であろう。
鞘から抜き去りもせずに納刀されたままの状態であるが、この鋭い傷は確かに刀剣によるものである。
「(日本(ジャパン)ノ『ヴァルキリー』、『チフユ・オリムラ』モ日本(ジャパン)ノ剣術、居合(イアイ)ノ使イ手ダッタト聞クガ…………油断シタ)」
果たしてあのISが仕掛けた攻撃が、初代ブリュンヒルデが得意とした技と同種なものなのか、異国の地の少女には判断着きかねるものであったが、その時、目の前のディザスターがわずかに重心を前に傾け、右手を左手に持った刀の柄に置く。
「(来ルッ!?)」
この状態を考えれば睨み合いをしていれば勝手にエディのほうが戦闘不能になるものを、目の前のISはあえて手負いの彼女にトドメを差しに来たのだ。
迷う時間すらかけてくれないのは不親切であるが、大量出血で意識が飛ぶのを待たずに仕掛けてきてくれることには素直に感謝をしたエディは、残った右腕ではなく、左腕を身体の遠心力を利用して振り回したのだった。
―――空中を蹴り、エディが捉えられない神速で迫るディザスター―――
―――周囲にまき散らされた血を食い入るように見つめるエディ―――
「!!」
―――目に入ったのは銀色の閃光に切り裂かれた赤い血飛沫―――
彼女はその高まった集中力と鍛え抜いた反射速度、そして自分の愛機の性能を持ってディザスターが放った横一閃の斬撃を紙一重で回避することに成功する。
極限の集中の状態で鼻先を掠めていく銀色の刀身を食い入るように見つめたエディは、それがゆっくりと通過していくのを目の当たりにし、今度こそ改心の一撃を加えようと、沈みながらディザスターの顎目掛けてアッパー気味の一撃を繰り出した。
「(コレデ・・・)」
―――カキンッ!―――
敵の攻撃の隙をついたはずの一撃。
相手の隙を確実についたはずの自分の動き。
―――火薬が炸裂した音がエディの耳を打ち―――
「……………試し相手としては悪くなかったぜ」
―――避けた方向から今度は巻き戻しのように迫る銀色の刃―――
「!!」
『加圧式斬鋼居合刀・オーガスラッシュ』
際物を作ることに定評があるプロフェッサー・ヘパイトスが、ジークの専用武装とするために新規設計した武装であり、柄の部分に専用薬莢を仕込み、元のトリガーを引くことで火薬の力を使い切っ先を加速させ斬撃の速度を上昇させるだけではなく、同速度での切り返しを可能とした逸品である。高い反応速度を持つ敵との戦闘を想定し、武装そのものを加速させることで、速度特化したジークの戦い方に合わせただけではなく、フェイントの要素も取り入れた所にヘパイトス自身の彼への想いも見て取れるのだった。
そして逆方向から全く同じ軌道と『速度』で振るわれた銀色の一閃によって、今度は右腕と胸の上辺りを切り裂かれたエディは、目の前の相手を睨みつけながら、引き攣ったような笑顔を浮かべてこう言い放った。
「ガハッ!」
「…………」
「ドウヤラ………オ前ハ…………『ヒョウ』デハナク、『チーター』カ………イヤ…」
「…………」
「ホン……モノノ『戦士』ト……獣ヲ………一緒ニシタ、私ノ、敗ケ………ダ」
一言も話さないジークを賛辞し、ゆっくりと地面に落下していく姿を目にしながら、リキュールはそばにいたリューリュクに対して振り向かずに命ずる。
「リューリュク。あのIS操縦者に止血用のナノマシンと造血剤を投与しておけ」
「お、親方様?」
「ここで死なせるには少々惜しい。が、敵に情けをかけられるのも屈辱だろう…………チャンスは与える。生かすかどうかは天命が決めることだ」
恐らく落下の衝撃でシールドバリアもゼロになりISも解除されるだろう。味方もいないこんな場所でそれでも彼女が生き延びられるというのなら、それは時代が、世界が彼女を生かしたがっている証だ。
エディ・バルカスという戦士の生死に関してはそれ以上の関与はしないスタンスを取ったリキュールは、ようやく仕事の最後の詰めである、戦力の大半を消失して丸裸にされた基地に目を向ける。
時々不規則に光る虹色の障壁が基地そのものを覆いつくし、反政府軍の攻撃を悉く跳ね返していた。おそらく全展開型のシールドか何かを張って、援軍が来るまでの間籠城を決め込む気なのだろう。
が、ここで思わぬアクシデントが発生する。
「はあぁっ?」
そのことに最初に気が付いたのはそのアクシデントの張本人であるスピアー、そして次に気が付いたのは隣で彼女とともに基地を攻略してリキュールへの手土産にしようとしたフリューゲルであった。
基地の正面において、内部に入れず立ち往生している反政府軍の中において、こういう状況において単体で対バリア突破能力を持つスピアーが言わなくても突撃をかける場面なのだが、正面に立って構えた瞬間、何やら数秒間膠着した後、段々と蒼褪めながら冷や汗をかき始める。
「………なにやってんのよ?」
「………いや」
「いつもならアンタ、説明しないでもアホみたいに突っ込むでしょうが。早くいつも通りアホやりなさいよ?」
「………そのなんだ」
「何よ?」
焦れたフリューゲルがさらに質問する。その勢いに更に焦り始めるスピアー。どうも彼女にも予期していなかったことが起こったのか、先ほどからカキンカキンと何かが空回りしている音だけがあたりに響いていた。
「先ずは落ち着こう。こ、こういう場合は落ち着くのが先決だ。お、お茶でもどうだフリューゲル!?」
「とりあえずアンタが一番真っ先に落ち着きなさい。相手基地の真ん前でお茶できる余裕が私たちにあるのかどうかとかね?」
「そ、そうだ!! ここはいつもとは違う戦術でいかないか!? 例えば基地内部にクラッキングとか………?」
「そんな技能持った人がどこにいるのよ?」
「……………じゃ、じゃあ………ピザの出前のふりをして中にこっそりと忍び込むとか!?」
「ああ、もう焦れったい!!」
はっきりしない物言いにキレたフリューゲルが、スピアーの装甲をつかんで振り向かせると、そこには明後日の方向を向いて目を合わせられない困り果てた表情があったのだ。
「何!? 被弾でもしたの!?」
「い、いや………」
「じゃあ何よっ!? はっきり言えバカっ!!」
「バ、バカとは何だ!!」
「動作不良!? この間オーバーホールしたとこじゃないのよ!!」
「い、いや………その……」
空回りする右腕のヘビーランスのシリンダーと、空の弾倉…………。
フリューゲルが顔を引き攣らせながら、段々と事態を把握し始めると、半比例してスピアーが目じりに涙を貯めながら沈み始める。
「ア……アンタ………バカでしょ?」
「うう………」
「予備はどうした!?」
「軽い攻城戦だって聞いてて……」
「持ってこなかったのか!? それでいてバカスカ必要もないのに使い倒したのか!?」
「うう…………も、申し訳ない」
バリア突破に使う特殊なエネルギーを込められたカートリッジを、ワザワザ雑魚相手に全部使い切った同僚に対してフリューゲルの怒髪が天を衝く。
「こんのぉっ………大馬鹿がぁぁぁっ!!」
そして首を掴むと前後に激しく揺さぶり、涙目になっているスピアーを叱りつける。
「アンタは!! どうして!! 全体的に!! アホの子なのよ!?」
「ず、ずばんっ」
「親方様にどう説明する気よ!?」
そのセリフを聞いた瞬間、スピアーはこの世の終わりのような表情になると、懐からナイフを取り出し、地面に座り込むと天を仰ぎながら、親愛なるリキュールに対して謝罪の言葉を述べ始めた。
「お゛や゛がだざま゛っ!! ごの゛ズビア゛ー、お゛や゛がだざま゛べのおんぎもかえぜず、もうじあげございまぜん!!」
滝のように涙を流し鼻水垂らしながら、『この失態、腹切ってお詫びします』と言ったものの、ISを解除せねば刃物なんか通らないことにスピアーは気が付いていない。フリューゲルも呆れた表情で何も言えなくなってしまうが、そんな二人のやり取りを通信で全部聞いていたリキュールは、特にそれについて触れることもせずに機体を湾岸部に向けて飛行させると、停泊中のある『物』の前に降り立つ。
―――政府軍が保有する戦闘巡洋艦―――
すでに人は逃げ出したのか、迎撃してくる気配もない。軽く装甲を小突いて何かを確かめたリキュールはマスクの中で獰猛な笑みを浮かべ、己が相棒(IS)に問いかける。
「ジーク君の戦いを見てお前も少し血が騒いだだろうヴォルテウス………代わりは用意してやれんが、せめてこれぐらいのパフォーマンス(運動)はしないとな」
基地内にいた基地の最高責任者であり、この国を統括する首相は、己が行った数々の悪行の発覚を恐れ、善良なる市民や未来ある議員たちを更迭、もしくは抹殺を図ることで自身の平穏を保つことを行っていた。それは権力者達がよく間違ってしまう道の一つであり、目標を成すために欲した権力なのだが、権力を持つことに心地良さを感じ、やがて権力を維持することを目的と摩り替え、当初の目標を失ってしまう哀れな独裁者の姿そのものであった。
当然のように起こる反乱、国連軍と協力して容易く制圧できるはずだったクーデターだったはずなのに、それを一夜にして形勢逆転まで追い込む外部の協力者達………亡国機業の参入によって、彼の天下は一夜の夢の如く水泡と化したのだ。
基地の内部の一番奥の部屋………密かに作らせていた核シェルター並の強度を持つ部屋において、震える手で酒を飲んでいた男であったが、彼が三杯目のブランデーをグラスに注いでいた時、異変が起こる。
―――空間を震わせるような轟音―――
「!?」
まさか基地のバリアが突破されたというのか!? 驚いて振り返った首相であった、バリアの展開状況を知らせるために取り付けられたランプは、正常に稼働している証明の緑色に光っていたのだ。
だが勘違いというにはあまりにも大きな音に、いったい何が起こっているというのかと外の様子を映すモニターを見る。
―――基地のカメラが捉える正体不明の『塔』―――
『塔』と表現したのは、高層ビルなどがないはずの海辺に、突如として数百メートルの物体が出現したからだ。
太陽の逆光によって全体図がよく見えないその『塔』は、だんだんとその輪郭を大きくし始める。
再度鳴り響く空間を響かせる轟音。
その重量感ある音と振動を段々と強めてくることに気が付いたとき、首相は手に持ったグラスを床に落とし、グラスを粉々にしてしまう。
―――『塔』のようにそびえ立つ、戦闘用巡洋艦―――
―――そして巡洋艦を持ち上げながら一歩一歩、地面を砕いて近寄ってくる………―――
「あ………あ………」
―――嵐の暴龍帝(ヴォルテウス・ドラグーン)!!―――
愕然として尻餅をついたのは首相だけではない。
基地内部でその光景を見ていた兵士たち、レジスタンスのメンバー、そして親衛隊である竜騎兵(ドラグナー)のメンバーたちすら、馬鹿馬鹿しすぎる光景を前に呆然と開いた口が塞がらずにいたのだ。
大きさが5mもないIS一機が、200mを超える巡洋艦を縦に持ち上げるという、ISに関わる者たちすらも冗談としか考えないような事をなしたISとその操縦者は、基地にゆっくりと近寄りながら心の中でこうぼやく。
「(………流石に、少し重たいな)」
少しで済ませていいことじゃない!っと誰もが総ツッコミをいれるであろうことだったが、あいにく部下すらもハトが豆鉄砲を食らったかのような顔で固まっている。彼女はゆっくりと基地に近寄りながら、正門の前にたどり着くと、監視しているカメラを見て、一言言い放つ。
「早めに返してやろう」
―――手を放し、ゆっくりと倒される巡洋艦―――
如何に強固な電磁バリアであろうとも、数万トンを超える物体を永遠に支え続けることなどできるはずもない。
数秒間バリアと船体が反発しあい、あっけなくバリアの回路がショートする。
―――倒壊する建物と、人知れず崩れた天井の下敷きにされる首相―――
バリアの消失によって基地内部に巡洋艦が建物を巻き込みながら倒れこみ、あっさりと基地への進入路を確保する。
破壊音とあちこちで起こる爆発を背にし、クーデターを起こしたレジスタンスのリーダーに近寄ったアレキサンドラ・リキュールは、フェイスマスクを解除して素顔を晒しながら彼に言い放つ。
「我々の仕事は基地内部に突入までだ。後は好きにするといい」
「あ、ああ…………協力、感謝する!」
あまりに非常識な光景が目の前で起こり呆然としてしまったが、彼女達のおかげで完全に形勢は決着した。
これで圧政から解放されて、この国は正しく救われる。
感謝の気持ちで頭を下げるリーダーの男だったが、そんな男にリキュールは冷たく言い放つ。
「では『次』が起こった時にまた呼んでくれ。あ、その時は君達が追い詰められる番ではあるがな」
「!?」
「何を驚いているんだ? 君達が追い詰めた男は外国資本に頼った軟弱者ではあるが、この国の識字レベルを上げ、外国企業を多く呼び寄せて経済の活性化を図ったではないか」
「や、奴は私腹を肥やして私達を圧政で苦しめた・」
「そのためにこの地に古くから『ヘバリ着いている』宗教原理主義者殿達は、利権を守るために自由を謳い、自分の瞳で国を見ようとしなかった君達を内乱へと導いた訳だ」
リキュールの挑発するかのような言葉と笑みに、一気に血圧が上がった。
「キサマ、それ以上の侮辱は…」
「では『次』に期待しよう。数年もすれば、利権を守ることに躍起になって元首相殿と同じことをしだした暫定政権と、『話が違うじゃないか』と言い出した国民との間でいざこざが起きてまた内乱が起きる。その時はまた声をかけてくれたまえ」
リーダーに背を向け、戦場を後にしようとするリキュールであった、その時、リーダーの男は知らずに彼女の逆鱗に触れる一言を言い放つ。
「伝説の英雄の名を頼ってみれば、所詮は金儲けしか頭にないクズだったということか!?」
「!?」
その言葉を聞いた瞬間、龍の瞳へと変貌したリキュールがゆっくりと振り返り、何も知らなかった男に一歩近づく。
「…………クズ?」
―――心臓を鷲掴みにされたかのような圧迫感―――
「ひぃっ!?」
圧倒的なプレッシャーを前に、尻餅をついた男は仲間に助けを呼ぼうとするが、生憎と勝利が目前となった戦争を前に誰もが基地攻略に躍起になり、彼の危機に気が付かずにいるのだった。
「それは『誰』を指した言葉か?」
―――私か………それとも、以前にこの『名』を名乗った人か?―――
ゆっくりと彼女が自分の大剣を振り上げ、切っ先を彼へと向け…………振り下ろす。
「た、たすけっ!?」
―――寸前、地面に突き刺さる斬艦刀―――
尻餅をついた彼の股間スレスレに突き刺さった刀が、太陽の光に反射して光り輝く。無言で彼を冷たく見下ろすリキュールの視線を受け、おっかなびっくりで立ち上がってその場から逃げ去るリーダーに最早何の興味も抱かなくなったが、代わりに自分が先ほど起こした行動に疑問を覚える。
「まさかあんな雑魚の言葉に苛立つとは」
―――決着をつけたはずの鈍痛が、まだ胸の中で熱を持って疼く―――
「昔馴染みと顔を合わせるのも考え物だな」
まるで昔の感覚を取り戻したかのような錯覚を覚えてしまう。
背後で勝利の歓声を上げる虚構の自由と平和を取り戻したレジスタンスの姿には一瞥もくれず、ただただ青く広がる青空を見上げて、アレキサンドラ・リキュールは込み上げてくる哀愁に身をゆだねるのだった。
A.力技でこじ開ければいい
簡単な解答でしょ?w
ではあとがきはまた活動報告で書かせていただきます。
みなさん、新年もよいお年でありますように