IS インフィニット・ストラトス 〜太陽の翼〜   作:フゥ太

95 / 127
これにて臨海学校(準備編)は終了どえす


旅行前の準備(閉)

 

 

「う~~~ん……」

 

 もはや対オーガコア部隊にとって、学園外で最も縁のある場所になってしまった鵜飼総合病院の一室。VIP待遇の者が入院するための特別室であるISの映像を見せられた更識簪は箒と一夏、そして楯無と共に食い入るようにあるISの映像を見ていた。

 

「やはり違和感がぬぐえないか簪?」

「……うん。やっぱり何か違う気がする」

 

 映像のIS………猛禽を想起させる鋭い形状の漆黒のヘルメットを被った黒いIS、ジーク・キサラギの駆る『ディザスター』が本当に簪を襲ったISであったのか、実際に襲われた彼女自身に問いかけていたのだ。

 簪がじっと画面を見つめている間、楯無は看護をしようと躍起になっていたが、返って邪魔者扱いを食らっていた。

 

「二年も前で、しかもほとんどシルエットぐらいしか記憶にないんだものね………分からなくてもムリないわよ簪ちゃん?」

「細部が所々違う気もするし………」

「数年もあれば改修なり、二次移行(セカンドシフト)する場合も十分ある」

「………違うの。何か………こう…なんだろう?」

 

 簪自身も二年以上昏睡状態を続けた末に覚醒した身。楯無の指摘ももっともで、自分が覚えている記憶が本当にあっているのかどうか信じきれない部分が大いにあるのだが、彼女は悩んだ末にある決定的な違いに気が付く。

 

「そうだよ………違うのは纏っている『空気』だ」

「空気?」

 

 自分を襲ったISに触れられた瞬間、言い知れぬ冷たさを感じたことを簪は思い出す。

 もっと正確にいうのならあれは『冷たい』という感覚ではない。まるでその部分だけが熱をくり抜いて何も感じさせない『虚無』感があったのだ。

 対してこの映像に映されているISからは、冷静さを装うとしながらも抑えきれない激情が噴き出すように見え隠れしている。ほぼ同じ形状のISでありながらも、操縦者から感じる印象は真逆だった。

 

「対極なんだ………少なくとも箒達が戦った操縦者は、冷静っぽく見せかけて感情的な………そこは箒によく似てるね」

「ほう?」

 

 簪の要らぬ一言で頬をピクピクと痙攣させ、怒りを抑え込んでますというアピールをする箒に苦笑する一夏であったが、彼もまたジークが陽太と戦っている映像を見ながら、思うところがあり、真剣な表情となる。

 

「(アイツは俺を『ぶち殺したい』って言ってた)」

 

 そして視線を腕の白式に映す。

 

「(マドカは白式はジークに対しての侮辱にしかならないとも言ってたな………)」

 

 『自分が知らない織斑一夏と白式の真実』……それらがまだあるのかと、気持ちが沈みそうになる一夏であったが、でも立ち止まるわけにもいかない。今は一刻も早く強くなって、亡国の連中を止めれる存在になりたい。誓うように拳を握り締める姿を見た更識姉妹は、箒を挟んで問いかける。

 

「(お姉ちゃんが言ってたみたいに真面目な人なんだね。一夏さんって)」

「(でも天然君よ。後、女子をメロメロに溶かす言葉も無意識に使いこなすわ………もうそれで箒ちゃんなんていつでも貞操差し出す準備が整ってるんだから)」

「(た・て・な・し・姉ーーーさん!!!)」

 

 真っ赤になりながら楯無の首を握り締めて抗議する箒と、本気で苦しそうに首をタップする楯無と、そんな二人のやり取りが楽しいのかニコニコと眺める簪であったが、その時、部屋のドアを開け、手に荷物を大量に抱えたのほほんが病室に汗だくで入ってくる。

 

「ふう~~~。かんちゃんお待たせ~~」

 

 中身は大量の書籍なのか。汗だくになりながら荷物を引きずってきたのほほんは、ベッドに突っ伏すとそのまま動けなくなってしまう。この大量の書籍は何なのかと箒が覗き込むと、そこにはIS関係の各種専門書、機体工学の書物、果ては高校で使う教科書などが、大量に袋の中に入っていたのだ。

 

「これで全部じゃないよ~~。今お父さんが下で車から降ろしてる最中だから~」

「簪……これは一体?」

 

 どうしてこれほどの書物を病室に持ち込んできたのかと箒が問いかけると、彼女は笑顔を浮かべてこう答えたのだ。

 

「二年間のブランクは大変だもの。リハビリが終わってからじゃ間に合わないよ」

「………簪、まさかお前」

「うん。一日でも早く箒と同じ学校で勉強して、対オーガコア部隊の皆のお手伝いをしたいの」

 

 IS学園への転向を希望する簪を祝福を込めて歓迎しようと一瞬喜びかける箒であったが、すぐさまに暗い考えがよぎってしまう。

 二年間の勉学の遅れならば簪ならばすぐさま取り戻せるかもしれないが、身体的なことになるとそうは言ってられない。厳しいリハビリに耐え、そして更に人並み以上の体力と並外れた操縦技術を身につけなければIS学園への編入など夢のまた夢でしかないのだ。

 

「心配しないで箒」

 

 そんな心配が表情にも出ていたというのか、簪は痩せ細ってしまった身体を動かして箒の手を握ると、真っすぐな表情と瞳で自身の決意を口にする。

 

「必ず箒や、お姉ちゃんや本音、ほかの皆に追いついてみせるから………だから、今は先に行って待ってて」

 

 きっとこれは自分自身にとっても『誓い』であるのだろう。簪はあえてそれを口にすることで箒を安心させ、自分を奮い立たせたのだ。

 

「それでこそ、私の簪ちゃん! 超ラブリーーー!!」

 

 ハート乱舞しながら彼女に引っ付く楯無もそのことに気が付いていたのか、目に涙をためて自慢の妹に頬ずりする………抱きしめてくる力が若干強すぎて苦しそうではあるが。

 

 いつも肝心な時に迷ってしまう自分と違い、自身の決断をしつつも引っ張ってくれる親友の存在に心が温かくなる中、病室のドアが開き、汗だくになりながらも段ボールを多数乗せた台車を押してきた本音の父親の姿が目に留まるが、その段ボールにデカデカと書かれた文字の数々に注目する。

 

「…………」

 

 ―――仮〇ライダー〇ライブ後Blu-ray Disc―――

 

「…………」

 

 ―――手〇剣戦隊ニ〇ニ〇ジャーBlu-ray Disc―――

 

「…………」

 

 ―――〇狼〈G〇RO〉HDリマスター―――

 

「…………簪?」

 

 油の切れたブリキの人形のごとく、首をギリギリと動かしながら振り返った箒の姿に、簪は嬉しそうにこう答えるのであった。

 

「それにはまず英気を養わないとね!」

「任せなさい! この二年間分の生録画、ブルーレイディスク、限定BOXと、簪ちゃんが欲しがるものは全部揃えておいたわ!」

 

 よく見れば簪の目元には微妙にクマが見える。後、病室に備え付けられていた液晶テレビはネット回線につながっているハズ。おそらく特撮関係の動画を徹夜で見続けていたのだろう。

 

「(なぜ止めなかったんですか楯無姉さん………)」

 

 彼女の行き過ぎた情熱によってこの間はとんでもない目にあった身としては、そこは自重する方向に持っていてくれてもいいはずなのに………遠い眼差しになる箒の後姿を見ながら、苦笑する一夏であったが、そんな彼の後ろから服を引っ張ったのほほんは、一夏を振り返らせると彼女は微笑みながら問いかける。

 

「おりむ~。つかぬことをお聞きしますが、臨海学校の日取りは覚えてますか~?」

「日取り?」

 

 指折り数えながら日にちを数える一夏の姿を見ながら、のほほんは更に首を傾げ、とても大事なことがあるだろうと心配そうに見つめるが、そんなときであった。

 

「大丈夫大丈夫………ちゃんとわかってるよ♪」

 

 片目を閉じながら、親指で箒の方を指す一夏の姿に、のほほんは袖で目元をぬぐいながら感動する。ああ、よーよーよりも成長してると。

 

「よがっだ~~~。おりむーが成長してる~~」

 

 陽太がこの場にいればひどく憤慨するシーンであるのだが、あいにくと今はいないので割愛することにしよう。

 頭に?マークを一杯浮かばせながらのほほんの感動が理解できない一夏をしり目に、一箒カップリング推進委員会名誉会長(自称)として、今度の臨海学校では確かなフラグを確立させようと、のほほんは気合を入れ直す。

 

「(ケッケッケッ………もう『例』の物は届いているのだよほーちゃん………あとはこれをどのタイミングで『すり替える』かなだけ)」

 

 こいつの威力は絶大だ。如何に枯れた唐変木、実は本命は同室の男子じゃないのか、イケメンと引き換えに性欲を消滅させた男、織斑一夏であろうとも絶対に発情せずにいられない。そうなればもうこちらのものだ。ユニコーンモード発動で二人は一般小説では表現が許されない行為に勤しむに決まっている。

 上手くいけばこのひと夏で二人の距離は一気に縮まるかもしれない。そうなってくれたら親友としてもうれしい限りだ。

 

「(怪しい)」

「(怪しい)」

「(いつもののほほんさんじゃない)」

「(何か絶対しょうもないこと考えてる顔だ)」

「(娘がいつの間にか黒くなっていた)」

 

 外見は同じなのに、纏っている空気がえらく黒くなってしまい、ゲスイ笑顔を浮かべていることにのほほん本人は気が付いていなかった。

 

 

 

 ☆

 

 

 

 一方………。

 ショッピングモールにて、一騒ぎ起こしていた陽太達の前に、突如として現れたスーツ姿の男。

 自称『前も正体も明かせない謎のサラリーマン』を前に、少年少女たちは様々な感想を思い浮かべた。

 

「(結局『サラリーマン』以外のことが分からない説明されても………怪しい)」

 

 至極真っ当な感想を思い浮かべ、整った表情と温和な笑顔を浮かべる青年を疑わしめに見つめるシャルロット。

 

「(せめて自分の名前ぐらい名乗れよ)」

 

 いきなり乱入してきた男達の登場で若干空気になりかけたが、女子二人を守るために一歩前に出て男らしさをとりあえずアピールする、内心ではシャルに対して『お、なんかスゲェ美少女と俺、フラグ立った?』と思い込んでいた赤毛の兄妹の兄………五反田弾は、とりあえず背後にいるシャルに対して自分で一番カッコイイと思う笑顔を送る。

 

「(スラッとした長身に、身なりの良さ……なによりもイイ男!? あ、でも私には一夏さんという運命の人が………ハッ! これをきっかけに私という運命のヒロインを取り合う二人の男の壮絶なる戦いが始まるというの!?)」

 

 IS学園にいるなんとかオルコットさんと同じような思考の流れになっていることに気が付いていない、赤毛の兄妹の妹………五反田蘭は、この場にいない一夏の隣に、ファースト巨乳幼馴染という圧倒的なライバルが既に存在していることを兄から教えられていないようであった。

 

「(背後にいる赤毛女から微かにセシリアと同じ匂いが…………まあ、いいか)」

 

 そして疑わしき視線で謎のエリートサラリーマンを眺めていた陽太は拳を強く握りしめると………。

 

「うおらっ!?」

「わっ!?」

 

 イキナリ何故か殴り掛かったのだ。すんでの所で陽太のパンチを回避した謎のエリートサラリーマンであったが、なぜいきなり殴りかかってきたのかわからずに困惑してしまう。

 一方、明らかに自分から仕掛けたくせに鼻息を荒くした陽太は、目の前の彼に指さしながらこう言いだしたのだ。

 

「高級ブランドで着飾って、男物の香水つけて身なりをよくしやがって、許さん!」

「どうして、そうなるの!?」

 

 意味不明なキレっぷりを披露した陽太の後頭部を叩いたシャルに、頭をさすりながら涙目になった陽太が振り返る。

 

「ああいう小奇麗に着飾ったイケメン顔してる男は鼻につく。嫌いだ、個人的に」

「意味が分からない! 今すぐ謝りなさい!!」

 

 鼻の穴を広げて渋い顔をしているところ見ると本当にただそれだけなのだろう。行動そのものがチンピラ以外の何物でもない幼馴染の頭を持ち、ムリヤリ頭を下げさせようとするシャルと、頬っぺたを一杯に膨らませて駄々っ子のように『絶対嫌ッ!』と拒否する陽太の二人。この光景には謎のエリートサラリーマンも苦笑いするしかなかった。

 

「フフッ………中々楽しい方なんですね、彼?」

「か、彼!?」

 

 声を裏返しながら、陽太の頬っぺたをグリグリとこねくり回して、『ち、違いますよ~』と精一杯に上品ぶった笑顔をするシャルの様子を見ながら、謎のサラリーマンは人懐っこそうな笑顔を浮かべ続けるのだが、ふと陽太の方に視線をずらす。

 

 ―――一瞬だけ見えた刃のような視線―――

 

「(おやおや、これはこれは…………)」

 

 シャルにされるがままで黙り込んでいたはずの陽太であったが、彼女や周囲の人間に気が付かれない程度の一瞬だけ、戦場に立つ何時もの彼の視線で目の前の男を観察していたのだ。それに気が付いた謎のサラリーマンは、掛けていたメガネを直すフリをしながら、道化を演じる。

 自分は何も知らない。見ていない。気がついてもいない。

 今はそういうことにしておかないと、彼(陽太)が本気の詮索をし始めるかもしれない。

 

「では、私は通りすがりですので、この辺りで」

 

 鞄を持ち直し、この場を立ち去ろうとする謎のサラリーマンであったが、ここにきてようやく復活した者がいた。

 

「ちょ、ちょっとっ!? 何なの貴方達は!?」

 

 女尊男卑に染まった女性と、その取り巻きの男達。この騒ぎの張本人たちであり、先ほどまで輪の中心にいた者たちなのだが、今は完全に蚊帳の外に置かれ、危うくそのまま存在すらも忘れられてしまうところだったのである。

 そんな者達を見た陽太は、ポリポリと頭をかきながら右手を上げると、一言で済ませようとする。

 

「あ~~~…………じゃあっ!」

「『じゃあっ!』じゃない!!」

 

 心底面倒そうな表情で抜かす陽太に、もちろん納得などできない女性がヒステリックに叫ぶ。

 

「急に出てきて、なに場を取り仕切ってるのよ!?」

「ワタシトオリスガリノコノ子ノ保護者、ニホンノ言葉トテモムズカシイ」

「通りすがりの外国人を装いたいのか、そうじゃないのかはっきりとしなさい!」

「じゃあ、もういいじゃないか。これ以上暴れても良いことないよ。これはホント」

 

 『お帰りはあちらで~』と手で指示を出す陽太であったが、ふざけた態度が許せない女性は、即座に目の前のこの男を小生意気な小娘達ごとボロ雑巾にしてしまおうと、取り巻きに指示を出した。

 

「さあ、早くコイツをr」

「!!」

 

 だが、これ以上時間を割くのは御免だと言わんばかりに、女性の言葉が終わるよりも先に陽太が動く。

 

「お前ら」

 

 ―――酸っぱい匂いがする男の顔に―――

 

「やられモブが二話を跨いで暴れたら」

 

 ―――一番体格が良かった男に―――

 

「読者の皆様が混乱しちまうだろうがっ!!」

 

 ―――残りの男たちにも、もれなく拳を叩き付けた―――

 

「「「「「ブフッ!?」」」」」

「ブチのめし…………えっ?」

 

 自分のセリフが言い終わるよりも先に倒れた手下達の姿を見て、しばし呆然となる女性。あまりに理不尽かつあっけない終わり方に意識がついていけておらず、硬直して立ち尽くす。

 対してメタ発言をした陽太は『死して屍拾う者なし』と両手を合わせて物が言えなくなった男達を哀れみ、シャルはそんな陽太の後頭部を軽く叩きながら『死んでない。それにさっきのセリフはどなた様向けのものだよ』とツッコミを入れる中、頃合いを見計らった謎のサラリーマンは静かに女性に近寄ると一見すると優し気に満ちた声で小声で語りかけた。

 

「(このままどうかお引き取りなさい)」

「(ヒィッ!?)」

「(向こうもこれ以上事を荒立てる気はないみたいですし、これ以上を求めるようなら、『彼』の矛先が貴女自身にも向けられるかもしれませんよ?)」

 

 女性の視線が、シャルの説教を嫌々な表情で聞いている陽太に向けられ、恐怖が一気に駆け上がってくる。

 

「お、覚えてなさいよ!!」

 

 これ以上ないほどにテンプレに満ちた捨て台詞を残し、鞄を持ってその場を一目散に走り去る女性を見送りながら、陽太がヒラヒラと手を振り騒ぎが徐々に収まっていく。

 例によって例のごとく騒ぎのおかげで余計な時間を食ってしまったとため息をつくシャルを見ながら苦笑する陽太であったが、その時、いつの間にか隣に来ていた謎のサラリーマンが肩に手を置いて言う。

 

「では、ボクはこの辺りで…………」

「お前……ちょっと」

「次回はもっとゆっくりお話を………火鳥陽太さん」

「!?」

 

 思わず振り返る陽太であったが、すでにサラリーマンの姿はなく、周囲に彼の気配すら感じることはない。素人というには見事な引き際に、陽太の表情が険しくなる。

 

「ヨウタっ!!」

「………」

「ヨウタってばっ!?」

 

 シャルに手を引かれ、ようやく自分が名を呼ばれていることに気が付いた陽太は、もう一度当たりを見回し、そしてしばらくすると、彼女の手に引かれるがまま歩き出すのであった。

 

 

 

「…………」

 

 そんな騒ぎの収まった輪から離れること数メートル先、備え付けのあるベンチによれよれのスーツを着た男が、競馬新聞と片耳にイヤホンをつけてラジオを聴いている人ごみに紛れれば見失ってしまいそうになる『特徴のない』中年の男性がいた。

 

「…………」

 

 いや、正確にはそういう「フリ」をしながら、騒ぎの輪の中心である陽太とシャルの二人を監視する男であったが、背後から軽く何かがぶつかった衝撃で思わず振り返る。

 

「あっ、すみません。ウカッとしてまして!!」

 

 先程まで陽太と話をしていた若いサラリーマンであった。外側から監視をしていた中年の男も当然そのことに気が付いていたのだが、事を荒立てることは当然できなく、余所余所しい態度を出さないよう穏便に話を済ませようとする。

 

「いや、気にしちゃいないよ兄ちゃん」

「鞄がぶつかってしまって………どこかお怪我はありませんか?」

「大丈夫だから……」

「それなら良かった………それと」

 

 まだ何か用があるというのであろうか?

 邪険にあしらえないもどかしさが表に出ようとするが、青年のその言葉は男の表情を予想外に歪めることになる。

 

 

 ―――MSS(中国国家安全部)の局員と他国の工作員って、どうやって見分けをつければよろしいのでしょうか?―――

 

 

 驚きの表情で固まりながらも、懐に忍ばせておいた拳銃を抜こうとするが、青年は男が腕を動かした瞬間に手でやんわりと押さえつけ、目立たないように耳元で会話を続けるのであった。

 

「(最近何かと物騒でしょう? 『わたくし』共も本日は別件があって日本に来たのですが、やっぱり『怪しい』人を見過ごしては同盟国に失礼かと思いまして)」

「(お前………)」

「(しかし、貴国も同盟国でありますから、出来ればお仕事を邪魔したくはないし………ハハッ、参ったな)」

 

 慌てて部下たちに連絡を入れる男………MSSの工作員であったが、現場にいた全員から返事は帰ってこず、もはや現場にいる工作員は自分ひとりであることにようやく気が付く。

 

「(あれ? ひょっとして同僚の方も一緒にご同行してもらっちゃいましたか? 申し訳ありません………MSSの方々のスキルが優秀すぎて、私共では他国との区別が付かず………)」

「(貴様、まさか……CIA(米国中央情報局)!?)」

「(いくら落日の日の影響で操縦者が不足してるからって、まさか対オーガコア部隊の誰かを拉致して操縦者の確保とISの接収を同時に行おうとか考えちゃ駄目ですよ? 彼らは、今、「ヒーロー」なんです。民間を安心させるためにも彼らには精一杯活躍してもらわないと)」

 

 本国の思惑をズバリ見抜いていることに、MSSの工作員が戦慄し、そして最後に青年は軽く陽太を見ながらこう言い放つ。

 

「(後、デートの邪魔は無粋ですよ。火鳥さん………最初から皆さん方に気が付いていたようです。あの人なら全員ISなしで返り討ちにするぐらい造作もない………ですから、今日は黙って……ね?)」

 

 拳銃を押し込め、とある紙切れを渡すと、笑顔を崩すことなく言葉を続ける。

 

「(部下の方々には危害は加えておりません。安心してご帰還ください………大丈夫。本日のことは我が国も問題にすることはありません………あなた方が問題にされない限り)」

「チッ!」

「それでは………良い休日を」

 

 新聞を放り投げ、その場を走り出した工作員を見送りながら、謎のサラリーマンはゴミ箱にあるものを投げすて、ヤレヤレとスマフォを取り出してスケジュールを急ぎ確認する。

 

「流石は火鳥さん。殴ったと見せかけて発信機まで取り付けようとか油断も隙もあったものじゃない………これは本国には『下手な二流工作員を張り付かせると彼の怒りを買うだけ』って報告しておかないと」

 

 仲間との次の合流するまでの時間があまりない。

 時間に厳しいのは工作員もサラリーマンも同じかと心の中でボヤキながら、青年は急ぎその場を後にしたのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「しっかし、驚いたな」

「何がだ?」

 

 騒ぎを起こした場所から少し離れたブティックにおいて、偶然にも陽太に助けられる形になった弾は、親友から聞いていた噂の人物に興味津々とした様子で話しかけていたのだ。

 あの後、輪から出た四人は互いに簡単な自己紹介をし、陽太の名前を聞いた弾が自分は一夏の親友であることを打ち明けたことで一気に距離が縮まったのだ。そして本来の目的である買い物を一緒にしようと言い、女子二人が決定すると、残りの男子二人は意思決定に加えられることなく引っ張っていかれてしまう。

 

「一夏の奴が話してた様子とは全然違ってさ、最初は全然頭の中で一致しなかったんだが」

「………あの野郎は、外で俺のことをなんと噂してやがんだ?」

 

 壁にもたれながら、和気あいあいと水着の試着をしに行った女性陣を待つ男二人であったが、陽太のその言葉に弾は正直なんと答えようか戸惑ってしまう。

 

「(少々誤解されやすいけど正義感に溢れてる………って言われたけど、まさか……なっ)」

 

 即座に実力行使も辞さない、端から見ると少々危険人物………とは正直に答えられない弾である。

 誤魔化すような笑いで何とか切り抜けようとする弾と、曖昧に誤魔化そうとしている弾に徐々に詰め寄りながら『しょ~じき~に~答えないと~』と言いながら拳をひけらかして圧迫する陽太であったが、試着室から聞こえてきた声に振り返る。

 

「男子ども~!」

「「?」」

 

 カーテンが開かれた試着室の中から、お決まりのセクシーポーズを決めた黒のワンピースの水着を着た蘭が現れる。

 

「………どうっ!?」

 

 普段からスタイルの維持に気を遣う年頃の娘さんが、勝負の夏に全てを賭けて築き上げたこの取り合せ、そこらの男ならば前屈み必須なのだ。

 

「………いいんじゃない」

「………いいんでない」

「どうしてっ!?」

 

 だが、思っていたよりも遥かに淡泊な対応を返してくる弾と陽太に、蘭は激しく憤る。

 

「黒ですよ! お尻のラインのセクシーさも、この胸の谷間だって!!」

「それについては言いたいことがある」

 

 あえて両手で胸の谷間を無理やり作る蘭に対して、陽太は爽やかさと慈悲に溢れた笑顔を浮かべてこう述べた。

 

「君はまだ成長期だ。背伸びを無理にする必要はない……………だからパットを胸に詰めなくたってr・」

 

 ―――飛翔する籠が陽太の顔面に直撃し、同時にカーテンが乱暴に閉められる―――

 

 鼻のあたりにモロに直撃し蹲る陽太と、なぜパットを詰めていたことが分かったのだと、弾が兄として妹に好色な眼差しを陽太が向けたのではと怒りを露わにする。

 

「アンタ、なんで妹がパットを詰めてたとわかったんだよ!?」

「痛ッ…………そんなん簡単だ。実はパットを詰めると、あるラインが共通して浮き上がってな」

「なにっ!?」

 

 どういうことなんですか師匠!? っと、勝手に彼の眼力に感服して弟子入りした弾と、空中で女性のスタイルを指で描きながら熱心に弾にパットを見破る技を伝授する陽太であったが、そんな二人に再び声がかかる。

 

「…………き、着れたよ~」

 

 小声で囁くように言葉を発したシャルの声に反応し、二人は振り返り………硬直する。

 

 ―――幼い顔立ちと小柄な背丈に比べ発育が著しい豊満な膨らみと、下半身から足先にかけ絶妙なラインを作り出す曲線美、そしてこれらを一層引き立たせるオレンジ色のビキニ―――

 

「ど、どうかな?」

 

 はにかみながら髪の毛を弄った動作によって胸が揺れたことを二人の少年は確認し、ぽつりと漏らす。

 

「揺れた」

「揺れたな」

「!?」

 

 二人の言葉を聞いたシャルが慌てて恥ずかしがりながら腕で胸を隠しながら後ろを向くが、シャルのもう一つの武器であるお尻から足にかけてのラインが今度は露わになり、二人はそちらについても感想を述べる。

 

「絶妙だ」

「うむ。尻もイケるとは流石シャル!」

 

 親指を上げて褒め称える陽太であったが、シャルにしてみればこんな形で褒められても全然嬉しくない。むしろセクハラである。

 

「二人とも、普通に犯罪だよ! そのコメント!!」

 

 セクハラおやじ二人に対して憤慨するシャルであったが、その時、次なる水着に着替えた蘭が三度カーテンを開いてセクシーポーズを披露する。

 

「どうだ!?」

 

 ―――シャルと同タイプの浅い水色の水着―――

 

 自分が選んだ中で、最も布地が少ないタイプで正直恥ずかしさもあるが、このまま興奮一つ起こさせずに引き下がるは癪であるとやる気になり、羞恥心を乗り越え選んでみた。

 が………。

 

「(どうでも)いいと思うよ」

「(どうでも)いいんじゃないかな?」

 

 シャルの後だったためか、はたまた彼女のラインが些かボリューム不足であったためか、明らかにお世辞でしかコメントしてない二人に、今度こそ本気で憤慨する。

 

「女の子が精いっぱい勇気を出して着た水着に対して、どうしてそうやる気のないコメントになるんですか、二人とも!?」

「え?」

「だって」

 

 二番煎じになっちゃっててインパクト薄いし、ということを伝えるためにシャルのほうを二人で指さし、蘭はそちらのほうを振りかえって、愕然となる。

 

「なっ!?」

 

 背丈が自分とさして変わらないはずなのに、なぜここまで差が出たというのであろうか? という言葉が口から出かかるほどにショックを受ける。具体的に言うと、自分よりも胸が大きく、ウエストが細く、脚のラインが健康的で、シミ一つない白い肌が露わになっていたのだ。

 

「に、似合ってると思うよ!」

 

 怨念すら感じさせる視線におびえながら話すシャルに、蘭は半泣き状態で問い詰める。

 

「どうしたらそういう感じに育つんですか!? フランスの方ではそれが標準なんですか!?」

「えっ? あ、いや…………それに、日本の人でも、同じ年で私なんかよりもずっとスタイルのいい人とか多いんだから、蘭さんだって頑張ればイケるイケる」

 

 シャルのその言葉を聞いた陽太は真っ先に箒の事を思い出し、確かに10代であれは反則だよな、とうんうん頷く。一方励ましの言葉に何とか取り直す蘭であったが、シャルと同い年で彼女以上のプロポーションの人なんて早々いるとは思えずに怪訝な表情となるのであった…………まったくの余談であるが、まさか陽太の思い浮かべた相手が最大の彼女の恋敵になるとはついぞこの時の蘭は知る由もない。

 

 その後、いくつか別の水着を選んだ女子二人が買い物を済ませると、陽太がお腹を抱えながら餌を求める雛鳥の如く、シャルに要求するのであった。

 

「ら~めん~、つけ麺~~、海鮮特盛~~~」

「ハイハイ、さっきまで具合悪そうにしてたくせに」

 

 具合の悪さが治ればすぐにこれだ。とため息が漏れる姿がおかしかったのか、蘭には恋人同士というよりも母親と息子という親子の関係にも見えた。

 

「俺達もお呼ばれしてもいいんすか!?」

「いいよ、どうせなら皆で食べたほうが、私も美味しいと思うし」

 

 すっかり二人っきりのデートという感じではなくなってしまっためか、特に異論なく弾や蘭の同席を快く受け入れたシャルであったが、その時、ふとショッピングモール内の街頭モニターにおいて、速報で入ってきていたニュースが目に止まる。

 

 ―――〇〇日未明、アフリカ南部の〇〇〇〇で起こったクーデターにおいて、亡国機業所属のISと思われる機影を確認し―――

 

 荒い画像でハッキリとは映ってはいなかったが、それは間違いなく先月においてIS学園内で死闘を繰り広げた、亡国機業幹部、アレキサンドラ・リキュールのISであることはシャルにはハッキリと理解できた。

 

「また亡国機業かよ………ここ最近、立て続けだな」

「世界各地って………日本も戦場になったりするのかな?」

 

 不安そうに肩を並べる五反田兄妹を見ながら、もし自分達が負けるようなことがあれば、この二人にも確実な被害が及んでしまうかもしれない、とシャルの心に浅い不安がよぎる。

 

「……………」

「………ヨウタ?」

 

 不安を覚えたシャルが無意識に安心感を得ようと陽太に視線をずらしたとき、彼女は見たのだった。

 

 ―――右手の親指と人差し指で銃を模し、映像に映るアレキサンドラ・リキュールに銃口を向ける―――

 

 陽太の瞳には燃えるような闘志が爛々と輝き、シャルとは違い不安も焦りもない。いや、そもそも彼女が感じているような負けた時の光景など端から思い描いていないのだ。

 

「………バンッ」

 

 おもむろに親指を地面に突き付け、『俺がお前を墜とす』と宣言するような動きを見せた陽太の姿に、シャルは思わず彼に手を取ってしまっていた。

 

「………シャル?」

「………かしいよ」

 

 陽太のことが分からない。

 

「(ヨウタはおかしいよ!? なんで、アレだけ打ちのめされたのに、まだ一人で勝つ方法を考えてるの!?)」

 

 陽太の気持ちがわからない。考えがわからない………心が見えない。

 隣にずっといたはずなのに、陽太がいつの間にか知らない人みたいな表情をし出したことが理解できない。

 

「………シャル?」

 

 だが、何とかそんな気持ちを、言葉をシャルは押し止める。

 それを言葉にしてしまえば、ただ陽太を困らせてしまうだけで、自分はそういうことをするために彼の隣いるはずじゃない。

 一方、彼女に手を取られた意味が分からず、首をかしげる陽太が彼女に問いかけ、シャルは明るい笑顔を『作る』と、あえて何も言わずに歩き出す。

 

「さあ、ラーメン屋さんに並ばないと!」

 

 意気揚々と前を歩くシャルの行動がわからず、首を何度も傾げながら、結局陽太は彼女の後をついていくのであった。

 

 

 

 

 

 

 

「………っで、つけ麺食べるために並ぼうって言ったら人の多さで拗ねるし、いざ食べようとしたら『具の量が少ない』やら、『値段高すぎ』やら文句垂れるしさ、もう………デリカシー無さ過ぎだよ」

『口が動いちゃうのは男の子が照れてる時の証拠よ』

「……………」

 

 その夜、無事に買い物から帰ってきたシャルは、本日の戦利品の中から引っ張り出した部屋のある人物の水着を手に、試着と当日の髪型を決めるために義母であるベロニカと通信でやり取りをしながら、世間話込であーだこーだと髪をセットし続けるのだった。

 

「あ………あの…」

『う~~~ん。私はやっぱりさっきのポニーテールの方がいいかなって?』

「ええ~~! 私はツインテールの方が可愛いと思うよ? ラウラはどっちがいい?」

「え……いや……こういう………のは…」

 

 テーブルにタブレットを立てかけ、椅子に座らされ、水着に無理やり着替えさせられた状態で先程から何パターンと髪型を変えられているラウラは気恥ずかしそうに頬を染め、返答に困ってしまう。そんなラウラの一挙手一投足がとにかく可愛いのか、ベロニカはニコニコと上機嫌で彼女を見つめ続ける。

 

 ラウラとベロニカの出会いはシャルがIS学園に転入したその日から始まっており、最初はタブレットの向こうにいるベロニカに対し、大変緊張した面持ちとガチガチの状態で挨拶と敬礼をしてきたラウラのことを彼女はすっかりと気に入ってしまったのだ………生真面目すぎて嘘がつけなさそうで、でも誠実な人柄を持つ友人を義娘は持てたのだと。

 それ以来、シャルが定期的に連絡を入れるたびに、ラウラを交えた三人で話に花を咲かせているのだ。

 

『ラウラちゃんの髪型なんだから、ラウラちゃんが決めちゃっていいのよ?』

「えっ?」

「ラウラの好みは私が一番よくわかってますよーだ」

『あ、お義母さんにそういう口の利き方して………ラウラちゃん、私に代わって叱っておいてね♪』

「ええっ?」

 

 義理でも、とても仲がいい母娘のやり取りに戸惑ってしまうラウラであったが、ふと、シャルの手が途中で止まっていることに気が付き、振り返る。

 

「シャルロット?」

『シャル?』

「…………えっ?」

 

 沈んだ表情で俯いてしまっていたことに自分でも気が付いていなかったのか、心配そうに見つめる二人の様子がわからず、今度はシャルロットが戸惑う。

 おそらく昼間の陽太のことなのだろう。彼の心が掴めず、段々と自分から離れて行ってしまっているように感じ、気持ちが揺らいでいたシャルに対して、義母は暖かな笑顔で励ますのであった。

 

『シャル…………貴女は、篠ノ之束さんからISを受け取って、寝食を惜しんでまで訓練して、難関であるIS学園の編入試験に合格したの。そしてフランスから遠い日本に一人で行けたのよ』

「…………」

『それがちょっと何? 少しぐらいヨウタ君の気持ちが掴めなくなったぐらいで………あの時の勇気を思い出して』

「…………」

『大丈夫。貴女は間違ってはないわ』

「………お義母さん」

 

 目頭が熱くなり、しゃっくりを上げそうになるシャルであったが、ここで涙を流していらぬ心配をかけることはしたくないと、グシグシと片手で眼をこすると、力強くブラシを握り絞めてラウラの髪を再度セットし直す。

 

「うん。私、大丈夫だよ、お義母さん!」

『その意気よ、シャルロット』

「イタイイタイ……大丈夫……イタイ……私も……力になる……イタイ」

 

 微妙に力が入りすぎていることに気が付いてほしいと必死に思いながらされるがままに目じりに涙を溜めて耐えるラウラと、二人を温かく見守るベロニカ。

 そんな二人に励まされたシャルロットが見たカレンダーの日付に、花丸で書かれた『臨海学校』の文字。

 

 

 少女達が予想もしてない事態が起こってしまう旅の始まりは、もうすぐそこまで迫っているのであった………。

 

 

 

 

 PS

 

 

 

 

「シャルから連絡があったというのか!? なぜ私に繋がない!!」

 

 会社(デュノア社)から帰宅したシャルの実父のヴィンセントが、タブレットを閉じて食事の準備をしようとしてた妻のベロニカに血相を変え問い詰める。

 

「アナタが出たら、毎度のやり取りになっちゃうでしょう?」

「当たり前だ! シャルは即時帰宅。私の眼の内が黒い間は……………あんな小僧(幼馴染の少年)の嫁になど出してたまるかッ!?」

 

 『どうしても交際を申し込みたいのなら、国立大学を首席で卒業し、デュノア社に新入社員として入社して、私に挨拶をしてから、交換日記から始めてもらう!』と息巻くヴィンセントを見たベロニカは、この時代錯誤の夫をどうするべきか、頭を悩ませるのであった。

 

 

 

 

 

 

 




まとめたあとがきは活動報告にうぷさせていただきます
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。