―――遮るもののない空は、いつ見てもいいもんだ―――
座席に揺らされながら、掛けたサングラスの合間から見た空の様子にいたく上機嫌な少年は心の中でそう呟く。
二度の休憩をPAで挟み高速道路を降りた貸し切りバスは、いよいよ目的地である旅館に向けて海沿いの国道をひた走る。
IS学園の生徒達が待望した臨海学校初日は晴天に恵まれ、夏の陽光が照らす強い日差しが高い気温を生み絶好の海水浴日和となっており、車内は既に浮ついた言葉を口々に叫ぶ女生徒達で騒がしいのか、ヘッドホンで声を遮っていた箒がため息を漏らす。
「はぁ~~」
騒がしい場所が苦手な箒としては、こういう宿泊行事というものは遠慮しがちになってしまう。彼女自身旅行や友人達と遠出することが嫌いというわけではないのだが、どうしてもこういう空気に馴染めないのだ。
「ほ~~ちゃん?」
「ぬっ?」
イヤホンを片側外され、ツンツン自分の肩を指でつつく感触に瞼を開けて振り返ると、笑顔のまま頭に麦わら帽子を被ったのほほんが、実に楽しそうに話しかけてくる。
「海に着いたらいっぱい泳ごうね!」
「………ああ」
こうやって内に籠りがちな箒を引っ張り出してくれるのはいつだって親友の簪と、そしてこののほほんであった。自然と彼女の笑みに惹かれて自分も笑顔になってくることを感じたのか、言葉にこそ出さないがいつも感謝の言葉を彼女達にかけ続けていた。
「(ありがとう、本音)」
が、そんな言葉を受け取っている本人はというと、すぐさま泳いだその先のことを思い浮かべ、涎が零れ落ちる。
「………それでお昼御飯は、噂の臨海学校名物『海の幸フルコースバーベキュー』!!」
「……………」
「でへへへ~♪」
「…………食べ過ぎて腹を下しても知らんぞ? そして涎を拭け」
色気よりも食い気か………と、先程までとは別の意味のため息が漏れる箒と隣で尚も涎を垂れ流すのほほんを横目で見ていた一夏は、こういうことに苦手そうな箒のことも今回は心配ないかと安堵する。
「一夏、お前の番だぞ?」
片手にトランプを持ったラウラが、現在ゲーム中のババ抜きの順番を一夏に催促し、そちらに意識を戻したのだが…………そんな彼に座る少年は皆の浮かれた空気を鼻で笑い飛ばしながらこう言い放った。
「まったく………どいつもコイツも浮かれやがって」
「…………」
その言葉に、一夏達と同じくババ抜きをしていたシャルや他の生徒達が一斉に固まってしまう。
「あ……あのね、ヨウタ?」
「ガキ同然ではないか。もうボク達は高校生なんだよ?」
「………なあ、陽太?」
「こういう時こそ、どんなに楽しみでも礼儀正しくしてだな……」
珍しく冷静な様子でそう語る陽太であったが、周囲の生徒たちの感じている印象は180度違うものであった。
―――頭に麦わら帽子と水中ゴーグル―――
―――黄色いシュノーケルをセット―――
―――アロハシャツの下は裸であり、下はハーフパンツ型の水着―――
―――すでに膨らませた状態の浮輪の数々―――
―――そしてサンダル―――
「ん?」
サングラスをかけた陽太が『臨海学校のしおり』を何度も熱心に読み返しながら今後の予定を考える姿を見たシャルは引き攣った状態で何とか苦笑する。彼の人生を考えれば実は初めての旅行ということになるため、内心では一番ウキウキとしていてもおかしくない。現に旅行前日は全然寝てなかったようなので………。
「だから、皆………浮かれ気分をだな」
―――お前がこのバスの中で誰よりも浮かれてるよ―――
皆そのことを察してか、バスが目的地に到着するまで、なんでか誰もが陽太にそうツッコむことをせずにいたのであった。
☆
ワイワイと騒がしい学生団体を連れた観光バスは、やがて目的地である海岸にほど近い一軒の旅館に隣接されている駐車場に停車する。
「皆さ~ん! バスの中に忘れ物が無いようにお願いしますね~?」
『後、駐車場で点呼を取りますから勝手に旅館に行かないでくださいね』という引率である真耶の言葉に素直に従う一組の集団は持参の手荷物をもってバスを降り、数時間ぶりの直射日光にその身を晒す。
そんな中、一夏は背を伸ばしながら自分の旅行鞄を持って列に並ぼうとした時、旅館から二人の仲居を連れて歩いてくる着物姿の女性を目にする。
「あ、皆さん!! こちらの方が今日から三日間お世話になる旅館の女将さん、『清洲(きよす)』さんですよ」
真耶に紹介されるまま生徒達が各自頭を下げて会釈していく。
すでにIS学園では恒例行事になっているこの臨海学校はこの学園指定の旅館『花月荘』にとっても恒例行事なっており、若々しい容姿に反して三十過ぎという人生を重ねた妙齢の女将にしてみれば、様々な個性的な生徒を見れる楽しみの一つでもあった。
「今、先生からご紹介を受けました。この旅館『花月荘』の女将をさせていただいております『清洲景子(きよす けいこ)』と申します。どうぞお見知りおきを」
丁寧に挨拶をする女将に一組の生徒達は早くも好感を持てたのだが、そんな女性は噂に聞く問題児達を見ながら可笑しそうな笑みを浮かべ、真耶にこう話しかけた。
「毎年沢山の生徒さん達がいらっしゃいますが、今年はまた一段と『個性的』な生徒さん達がいらっしゃって」
ニコニコと笑う女将と引き攣った笑顔を何とか浮かべながら振り返った先にいる、見たころもない着ぐるみを着込んだ少女。
何処から呼ばれたかわからないが大量のメイドさん達がパラシュートで空中投下されてくるのを日傘を指して見守る縦ロールの金髪少女。
迷彩柄の野戦服と、どうやって税関を通したのか小一時間問いたださないといけないアサルトライフルを肩に背負った銀髪で小柄な少女。
アロハシャツを脱ぎ捨て砂浜にダッシュしようとしているのを幼馴染の少女に羽交い絞めで止められている少年。
フリーダム極まる生徒達相手でも上品に笑う女将の笑顔を受けた真耶は、心の底から呪いの声を上げるかのようにこの場にいない尊敬する女性に、泣きながら助けを求める。
「お〝り〝む〝ら〝ぜんぜーい〝っ! このメンバーをどうにか出来る自信が私にはありまぜーーーーんっ!!!」
「………っで?」
とりあえずシャツを着直した陽太と、そんな陽太を引きずるように同室の部屋に到着した一夏は、これから数日間世話になる部屋の内装を一目見て気に入っていた。
「畳がある!! しかも外は海かっ!!」
旅行鞄を置くと感動したかのように畳に寝転がる一夏は、ほのかに立ち上ってくる香りに感動する。IS学園ではベッド生活になっていたが、日本人のDNAによるものかこうやった畳に布団を敷いて寝るという行為にどこか懐かしさを感じていたのだ。
「………床に転がって寝るのがそんなにいいのか?」
「床じゃない、畳だ!」
ちゃぶ台に置かれていた饅頭の袋を開けて口に放り込みながら、一夏の様子を理解できないといった表情で問いかける陽太は、そそくさとテーブルに置いてあったポットから冷えた麦茶をコップに注ぎグビグビと飲み干すのであった。
旅館の宿泊に当たり、当然男女が同じ部屋で寝泊まりできないということで、基本四人部屋という割り当てながらも、陽太と一夏は『もう一人』を加えた三人で教師用の部屋に泊まることが決定していた。
「初日は自由行動だとはいえ………若い者が情けないぞ」
このくそ暑い中、いつも通りのジャージ姿で部屋に入ってきた奈良橋の姿を見た瞬間、陽太が嫌そうな顔でこう言い放つ。
「とっつぁんと一緒の部屋で寝泊まりとか………むせる」
「どういう意味だ!!」
陽太の監視役を兼ての部屋割りなのだが、最初に話を聞かされた時は、やれ『イビキうるさそう』『腋が臭そう』『絶対夜中に野獣になって可憐な陽太君を襲ってきそう』とか教師に対しての言葉とは思えない不敬ぶりを発揮し、最終的にヘッドロックに沈められたのだが、それでも諦めないのが火鳥陽太の特徴である。
「仕方ない………襲われる前に俺はオッパイの溢れる新世界に」
「行かせると思うてか!?」
奈良橋武夫、柔道四段の腕前は伊達ではなく、速攻で陽太の背後をとると裸締めで彼の行動と意識を落としにかかる。
「ぎぶぎぶぎぶぎぶっ!!」
「酒は持ってきていないか!? タバコは全て捨てたか!? 私が同じ部屋で寝る以上、貴様の不健康極まる生活も見張らせてもらうからな!!」
首も苦しいが暑苦しい熱気と脇の下の匂いが尚苦しいと、必死に彼の腕をタップする陽太の姿を見ながら、食らいたくないなら最初から口にしないほうがいいのにと当たり前すぎるツッコミを入れる一夏であった。
☆
絶好の海水浴日和の中、IS学園の貸し切りビーチにおいて心躍らす女子達であったが、その前にビーチと言えば定番の水着に着替える必要があり、着替え専用に用意されたコテージに多数の女子が詰めかけていた。
皆が皆、各々にこの日のために用意した水着に着替えながら、クラスメートのスタイルに目を光らせる。同じ女子であるからこそ絶対に許せない何かがあり、きっとそれは旅館でプロレス技を駆使して戯れてる男三人には永久に理解不可能な気持ちなのだろう。
そう。これはビーチを舞台にした女子たちの合戦なのだ。
「……………」
そんな事は終ぞ考えてもいない例外的女子、篠ノ之箒がブラウスとスカートを脱ぎ捨て、下着姿になった瞬間であった。
―――突き刺さるような視線の嵐―――
「!?」
背筋が凍りつく箒が振り返ると、そこには畏怖と驚愕と尊敬と憎悪を込めた無数の瞳が存在していた。もっと具体的に言うと高校生離れしたスタイルを持つ箒が何気なしに服を脱いだものだから、胸の部分が壮大に揺れるのを周囲の女子たちが目撃し、その女子たちの視線に気が付き更に箒に視線が集中した結果である。
「な、何だというのだ!?」
両腕で胸元を隠しながら箒は一歩後ずさった。何だ、と叫んではみたものの、この視線の正体には心当たりがある。
最初は中一の頃、親友であった簪とのほほんの姉の虚が自分の胸の発育具合を見た時に見せた驚愕の表情であった。その頃から夏場でプールの授業がある時、箒が着替える度に同級生女子が絶望の表情となり、プールに出れば見物していた男子達が感涙の涙と共に各自で喜びを表現する有様である。
ゆえにこういう露出度が増える夏場という季節は基本的に箒は苦手なのだが、最近忙しさに目が回るあまりこういう事態を想定しておらず、すぐさまバスタオルで身体を隠すと赤面しながら周囲に叫ぶ。
「し、失礼であろう!! 人の肌を凝視するなど!?」
人の輪から背を向け、彼女は小声で愚痴る。
「胸が大きくなったとて便利なものではない。背丈にあってもサイズが合わないし、夏場は谷間が蒸れるし、汗疹はできるし、こうやって好奇な視線にさらされるし」
人並み以上の胸の大きさを持つ者の苦労など皆は知るまい。と愚痴ってしまう箒であったのだが、場所とタイミングが悪かった。
「ヴぁあんっ?」
自分の背後で真っ黒いオーラを吹き出す鈴の存在に気が付いていなかったのだ。
「(谷間? 蒸れる? 汗疹? 好奇の視線?)」
今まで生きてきた人生の中で、絶望的な絶壁を抱える彼女には一度たりとも経験したことない悩みである。てかこの女は自分が毎日牛乳2リットル飲みながらクビレを作るために腹斜筋を日々酷使している間、『谷間のせいでおへそが見えない~(はーと)』とかやってんだろうか?
「(ふ・ざ・け・や・が・って・!!)」
「????」
「(何言われてるのか分からないとかいうその態度が腹立たしいのよ!!)」
血の涙を流しながら自分を睨み付けてくる鈴の視線を受けて、理解できず冷や汗を流して困惑する箒であったが、彼女のそんな態度が甚く腹が立ったのか、水着の入った『赤いポーチ』を床に叩き付けながら無言で激憤する。
「(何をそんなに怒っているというのだ!?)」
困惑しながらも自分の水着の入った『赤いポーチ』をいったんカバンに戻しながら、鈴の水着が入った『赤いポーチ』を備え付けの長椅子(ベンチ)の上に乗せて、改めて問いかけ直す。
「リ、鈴…………そ、そんなに睨まなくても」
鈴の凶暴な視線を受けて戸惑い続ける箒であったが、その隙を突いて『彼女(のほほん)』が動いたのであった。
―――秘伝の抜き足で素早く回り込んで、水着の入ったポーチをすり替える―――
これほど大勢がいる室内で、注意が他に逸らされていたとはいえあっさりやってみせる辺り、布仏本音という少女もまた立派な対暗部組織の一員と言えよう。
そして事が終えたのであれば、箒が気が付くよりも前に自分は先にビーチに行っておかねばならないと、これ見よがしに防水加工の着ぐるみを着たのほほんは、いつも以上にニヘラとした笑顔を浮かべながら浮き輪片手に外に飛び出していく。
が、ここでのほほんは彼女らしからぬ初歩的なミスを起こすのであった。
箒に怪しまれないように視線を外して明後日の方向を見ていたがため、箒と鈴の両者共に『赤いポーチ』の中に水着を入れていたという事実。
そしてその事を知らずに、ベンチの上に置いてあった『赤いポーチ』こそが箒の持ち物であると疑わなかった事実。
ここまで箒に気取られぬように細心の注意を払ってギリギリまで細工のタイミングをずらしていたがために、肝心な時に確認作業を怠ってしまったということが、ビーチにおいて『あの悲劇』を作り出してしまうのであった。
☆
「「砂浜アツッ!!」」
砂浜に素足で踏み出した男子二名の最初の言葉これである。そしてどこまでも広がっている目の前の水平線を目にし、陽太はこうつぶやく。
「IS学園が海辺じゃなかったらもっと感動できたんだろうな……………てかいつも見ている光景」
「感動がないなッ!!」
「だがまあ…………なあ一夏。さっきも言ったと思うけど、最初に海に入るのは平等に競争で決めるって言ったよな」
「ああ、そうだけど」
「じゃあ今しよう………掛け声は『よーい・ドン』だ」
何かテンションの上がっている男子二名は、まるで陸上選手のように互いに位置について静かにクラウチング・スタートの体勢をとる。
「位置について………うおりゃっ!!」
「うおりゃっ!?」
スタートの掛け声すらも叫ばずに走り出すテンションの高い陽太が先行し、一夏が後を追いかけるのであった。
「『よーいドン』と『うおりゃ』って一文字も合ってないぞゴラァっ!!」
「うるせー! 黙れボケっーー! 一番乗りは俺のもんじゃ、うきゃきゃきゃきゃっ!!!」
中学生を通り越して小学生と化した悪ガキ二名がビーチの砂浜を疾走し、互いに海に飛び込んでいく。
人口の島であるIS学園一帯は基本海水浴は禁止されているため、海があれども泳ぐということはプール以外できないためか、茹だるように熱い今日のような日には海に入りたいという生徒たちは意外に多いのだ。
「「冷たッ! でも気持ちいい!!」」
互いに猛烈な勢いで海水を掬ってぶつけ合わせる、こういうときだけ妙に仲のいい男子二名であったが、彼らにゆっくりと近づく人影があった。
「陽太さん、一夏さん!?」
ブルーのビキニに腰に同色のパレオを巻いたセシリアが、意識的にモデル歩きをしながら近づいてくる。同年代の白人少女たちに見劣りすると自称してはいるものの、陽太的にはむしろ平均値以上ではないのか、同年代って世界的に見てトップクラスの奴のこと話してんのか? と思われている均整の取れたスタイルの良さを最大限見せつけながらのビーチへの入場であった。
「(殿方お二人の視線は、これで釘付けですわ!!)」
どうやらまだ彼女の中では「自分は二人の男に同時に想いを寄せられているヒロイン」という設定は続いているようだ。が、
「うおりゃあああっ!!」
「まけるかぁぁぁぁぁっ!!!」
「………………」
テンションの上がった二人はセシリアの登場に気が付いていない。しばし呆然となってしまうセシリアであったが、やがて無視られていることに気が付いたのか、怒り心頭になって二人に向かって突撃しようとする。
「セシリアッ!!」
「シャルロットさんっ!?」
陽太のあの態度は何だ!? と無意識のうちに彼女をすでに保護者扱いしていることに気が付いていないセシリアであったが、そんな彼女がシャルの水着姿を見て、警戒心を高める。
「し、シャルロットさん、貴女!?」
「ん、どうしたの?」
陽太の前で試着した物とは別の(露出度が高すぎて結局人前で着る勇気がなかっため)オレンジ色のビキニに、セシリア同様腰にパレオを巻いたものであったのだが、彼女のスタイルの良さを目にし、ドーバー海峡を挟んだライバル的ヒロインの実力を改めて認識させられる。
「(このスタイルの良さは…………バストの数値は若干私のほうが上なのでしょうが、ウエストとレッグの美しさは認めざる得ない………やりますわね、シャルロットさん!?)」
「????」
相変わらず時々彼女の思考回路がわからなくなってしまうシャルロットは首を傾げるのだが、そんな彼女に途中まで来ていたバスタオルを剥がされたラウラが、赤面しながらまるでシャルの後ろに隠れるようにして歩いてきた。
黒いビキニを着用し、発育こそ二人に劣るものの、肌の白さと髪の毛の美しさを見せるラウラは、自分の今の姿が恥ずかしくて堪らないのか、俯いて両手の指を絡ませながら所在無さ気に立ちすくむ。シャルのよって結われたツインテールが普段とは違ったラウラの魅力を存分に引き出している。最も本人はそのことに気が付いていないが。
そして他の女子達もぞくぞくと現れだす中、先もってコテージを出たはずののほほんが顎を抱えながら『何故だ?』とうんうん唸りながら歩く姿を尻目に、一年一組の最終兵器(リーサルウェポン)がその姿を現す。
「……………」
箒が赤面しながらかなり後方から姿を現したことに、最初に気が付いたのは一夏であった。
「!?」
いつの間にかビーチボールを使ったドッジボールと化していた男子二名のはしゃぎ具合であったが、彼女の姿を見た瞬間、一夏は一瞬で硬直する。
「ん?」
そして遅れて陽太も彼女に気が付き、持っていたボールを落とすほどの衝撃に包まれる。
―――真っ白いビキニに包まれた見事な大鑑巨砲―――
―――魅惑のメロンに負けない魅惑の桃尻―――
普段から『デカイ』と噂されていたポニーテールの剣道少女のその姿を見た二人のリアクションは実に個性的であった。
一夏がこっそりそのまま海に浸かりながら陸に背を向け心の中で『かーちゃんのはだかかーちゃんのはだかかーちゃんのはだか(以下無限)』と呟き続け、陽太は『しまった! こんな事なら一枚五千円じゃなくて最低価格一万円にしておくべきだった!?』とどうしようもない後悔を抱えながら隠し持っていたデジカメのシャッターを切り続ける。
「…………やはり着替えてくる!!」
「「「ちょっと待ってっ!?」」」
二人のリアクションを『似合ってないから笑い飛ばしているんだ』と勘違いし、赤面したまま走り出そうとする箒をクラスメート数名が輪になって宥める…………と同時にシャルは陽太の顔面にアイアンクローをかましながら『そのデジカメで撮った写真でなんの商売をするのか正直に話しなさい。今なら鎖でグルグル巻きにして島流しで済ませてあげるから』と最後通告をし、痛みに悶えながら陽太は『こ、この間知り合った弾という弟子との密約というかそんな感じの~』と割とあっさりと白状して何とか命だけは助けてもらえないかと命乞いをしている光景を、遠くから見つめる瞳があった。
「……………」
誰よりも海水浴を楽しみにしていた少女、鳳鈴音である。海に入っても背中に髪が付かないようにいつものツインテールから更に両サイドにまとめたスペシャル仕様であるのだが、なぜかバスタオルを巻いた状態で誰にも見つからないように茂みの中から一切動こうとしない。友人たちの様子を眺めながら、すでに泣く寸前のように顔を真っ赤にしつつ、ギリギリと歯を食いしばりながら何かに必死に耐えていた。
「い、いいいいいい勢いで着ちゃったっ!?」
実に後悔している。何故自分はこんな冒険に足を踏み出してしまったというのか? これ浜辺に差し込む陽気が成せる業なのか、それとも神様のいたずらなのだろうか? だったとしたら神様ってやつはとんでもなく意地悪なものだよ、と心の中でグチってみたが神様が答えてくれるわけはもちろんない。
実はセシリアとほぼ同じぐらいのときに到着していたのだが、自分の現状を人様に見せることへの躊躇いから近くの茂みに身を隠してしまい、更に続々とチームメンバーやクラスメートが現れ余計に躊躇してしまった結果がこれである。人が多すぎてこっそりとコテージに戻って服を着ることすらできない。四面楚歌とはこのことか? いや、この場合正しいのは八方塞がりだろ? と心底どうでもいいことばかりが頭を駆け巡るとき、運悪く鈴自身が知らない張本人がノンキに彼女の存在に気が付き、声をかける。
「リンリン?」
「ひぃっ!?」
鈴の気配に気が付いたのか、思わず息をのむ鈴の方をのほほんが振り返り、数名が釣られて声をかけてくる。
「鳳さん、何そんなところで隠れてるの?」
「出てきて一緒に泳ごうよ!」
彼女達には一切の悪意はない。ただ純粋に鈴音という少女と一緒にこの海水浴を楽しみたいだけである。
「うっ………」
重ね重ね言うが声をかけてきた少女達には一切の悪意はない。だが今の鈴には悪意よりもこの善意のほうが猶更に手強く、勘弁してほしいのだ。
そして、こういう時に余計なことに気を回すことに定評のあるこの男も、鈴と早く一緒に遊びたいと大声で声をかけてくる。
「おおおーいっ!! 鈴ーーーっ!! 早くこっちきて遊ぼうぜーー!!」
箒ショックから抜け出した一夏が手を振りながら走ってくるのだ。おそらく手に持ったボールをもってビーチバレーをするメンツを集めているのだろう。
「(き、気が付きなさいよ!! もう逃げれないじゃない!!)」
逃げる逃げない逃げる逃げない逃げる逃げない…………終わることのない無限ループによってだんだん耳から煙を吹き出し始めた鈴は一夏が目の前に来たとき、彼女は遂に勢いよく飛び出すのであった。
「い、一夏ぁぁぁっぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!!」
大声をあげながら、もはやヤケクソ以外の何物でもない勢いで鈴はモデルポーズをとって見せる。そしてそれは彼女の『水着』を堂々と日の元に晒すのであった。
―――首から最低限の大事な部分を隠しているだけの『紐』―――
―――一瞬で静まり、波の音だけが響き渡るビーチ―――
「わ、私のせ、せせせせせせせせせせせせせせせせセクシーさに声もでないかっ!?」
サイズが合わなかったのか、首の後ろでリボン結びにして尺を仮に合わせている状態であった。これはこれで可愛らしく見えなくもないのだが、そう言えるのは首の部分だけで、首から下は正直犯罪臭すら感じるほどに露骨に肌を見せてる。本来、この水着を着用させることを想定していた人物と比べ、鈴の身体的な何かが絶望的に足りておらず、今にもその紐の下にかろうじて隠されている部分が見えそうなのである。
一体鈴の身に何があったというのであろうか? そして皆が完全に硬直する中で一人だけ何かに合点がいったのほほんは、『・・・ああっ!』と両手で何かジェスチャーをしながら確認をし、『なるほど~』と何かに納得する。
「ふ、ふふふふふふふふふんっ!!」
瞳を閉じながら顔を真っ赤にし鼻息の荒い鈴であったが、この時、彼女は自身の首の後ろで止めている紐が立ち上がった拍子に茂みの枝にひっかかかっていたことに気が付いておらず、一陣の風が通り抜けた瞬間、その事態は起こってしまう。
―――僅かに動いた枝によって結び目が解け、黒い紐が完全に地面に落ちる―――
つまりはなんとか隠し通せていた部分全て白日の下に晒されたのである。晒されたのである(二回目)
「・・・・・・」
目が点になっている一夏、箒、セシリア、シャル、ラウラ、陽太、そしてその他のビーチにいる全員………達の視線を受け、ようやく鈴は瞳を開いてゆっくりと自分が置かれている状況を理解し始める。
みんなの視線の先、自身の今の状況、そして地面に落ちた黒い紐………。
「・・・・・」
体中の血液がゆっくりと上昇し始める。
「・・・・・」
そして目の前で呆然となっている一夏を前に、彼女はゆっくりと拳を握りしめ、中段突きの構えを取り、一気に悲鳴と共に高速の正拳突きを解き放った。
「いやああああああぁっっっっっ!!」
「ぐへぇっ!?」
鳩尾に突き刺さった正拳突きの威力に、軽トラにぶつかった布団のように転がっていく一夏を前に、陽太は『あ~あ、綺麗に入ったなアレ(正拳突き)』と他人事な感想を述べながら、自身の上着をもって鈴に近づく。
「ふえええええぇぇぇ~~ん!! 一夏に全部見られたぁ~」
対して、文字通り全てを一夏とほかの人間に見られ、生きていけないと大泣きしながら地面に蹲る鈴であった、そんな彼女に陽太は上着を着せ、珍しい優しい声色で話しかける。
「?」
「もう泣くな。大丈夫だ」
「グスッ………陽太?」
泣いていた仲間に対して励ましの言葉をかけれる所もあるのか、と鈴が関心しかけるが、見上げた彼の表情が物語る。
―――必死に爆笑を耐えているがために、不自然に痙攣する顔―――
「だ、プププ……じょうぶ……ププ、き、君の……プププッ………写真の需要は……多分ギャグ枠」
「ギャグにも使うなっ!!!」
『グエッ!』という叫び声をあげながら鳩尾に突き刺さった鈴の正拳突きの威力に、軽トラにぶつかった布団のように転がっていく陽太を見て、のほほんは『あ~あ、綺麗に入っちゃったね。アレ(正拳突き)』と他人事のように言い放つが、彼女の背後から頭を鷲掴みにした箒が絶対零度の殺気を放ちながら問いかけた。
「本音………二三と聞きたいことがあるのだが?」
「ほ、ほほほほほほほほほほーちゃん?」
「正直に話してくれると………嬉しいな?」
『全てを悟った上で聞いてきている』、長年の付き合いによって完全に看破された本音の血の気が引いた笑顔を浮かべながら、それでも『のほほんちゃん、大失敗☆』と最後まで宣うのであった………。
PS
昼食に出されたBBQのいい匂いが漂う中、木に縛り付けられた陽太とのほほんは必死に謝りながらなんとかありつこうとしたが、終ぞその願いは叶えられなかったそうな………。
悪は成敗される。それは世の道理(笑)
あとがきはまた後日まとめて活報にあげさせていただきます