原作をベースにチョビチョビ独自解釈を入れましたが、やっぱりこういう『大人の腹の探り合い』というのは難しいですね
ではお楽しみください
日が昇り切らぬ早朝から学園内に密かに自作した野菜畑において鍬を振るう轡木十蔵は、一通りの土を掘り返すと肥料を牧き、そこに秋に収穫する予定の野菜の種を埋めていく。学園内で寝起きする十蔵としては日課であり、密かな楽しみとしている趣味の一つでもある。
表向きは彼女の妻が学園長ということになってはいるが、実質的な実務を執り行うのは十蔵の仕事である。しかも彼には現在それ以上に重要な対オーガコア部隊の実質的な総責任者兼監督役という立場があり、政府の高官クラスとの交渉は主に彼の仕事であるのだが、彼は雨が降ろうが雪が降ろうが朝一番のこの土いじりを止めようとはしないのであった。
「今日はいつもよりも静かだと思いましたが………そうでしたね」
学園内で彼の次に起きだして訓練を始める対オーガコア部隊の隊員達が、全員臨海学校に赴いているということで、久しぶりに静かな朝を迎えた十蔵が老齢によって抱えてしまった腰の重さを解消しようと背を伸ばしていた時であった。
―――マナーモードのスマフォが震えたのは。
「……………」
ポケットから伝わってくる振動を感じ取り、すぐさま画面を確認した十蔵は通話ボタンを押して応答する。
「これは早朝から、おはようございます官房長官」
『こちらこそ朝早くから済まない。緊急の要件があってね』
そして十蔵は肩にかけたタオルで顔を拭うと、いつも自分が掃除用具などを置いてある小屋ではなく、学園内の学園長室に早足で向かっていく。
「オーガコア出撃の報ならば自衛隊経由で回ってくるハズです。ならば今回は対外機関からの出撃に対する『要請』ということですか?」
『向こうは『依頼』と言ってきているが、明らかに外交圧力をかけてきている』
鍵のかかった学園長室の扉を開き椅子に座ると、彼はテーブルに置いてあったノートパソコンを起動しながら話を続ける。
「では相手はやはり……」
『総理も今回の件については慎重に対応しているが、直接交渉してきた相手が相手だ………大統領自ら私達に連絡を寄越してきたのだからね』
官房長官のその言葉に思わず表情が硬くなる。大物が出てくる事は連絡を受けた時点である程度予想はできていたのだが、まさかこれほどの『超』大物が出てくるとは思ってもいなかった。
「………では回線をこちらにお願いします」
『貴方にはいつも負担をかけてしまう』
「いえいえ。最前線で命を賭けて戦う子供達や、自分の命を削ってでもその子達を守ろうとする若者に比べれば、私なんていつでものほほんとした年寄りですよ」
『………フッ。貴方が今すぐ外務大臣になってくれれば、内閣(うち)は任期満了まで安泰なんだが』
外交とは戦争を起こさないための政治手段である。という意見がある中、彼はもう一つの見方を外交に持っていた。
外交とは武力を用いずテーブルの上で行う闘争である。
最前線でISを纏ってオーガコアと戦うのが彼等彼女達の役目ならば、自分はテーブル(ココ)で笑顔を仮面に、言葉を剣に、情報を盾に、自分の向かい側に座る相手(テキ)を殴りつけてやるのだ。何故ならば外交相手とは常に利益を求め席に座るもの。ある意味本能で戦いを起こすオーガコアよりも万倍意地汚いのだからこちらも容赦はいらない。
「(君達は私の理想(希望)だ。輝くものであるのなら、今はその影でできたものは私が担当せねば)」
年甲斐もなく興奮している自分を十蔵は自覚していた。
これはたぶん戦いを前にした武者震いだ。どうやら自分も落ち着きの無さならば陽太達と良い勝負をしているのかもしれいないと自嘲し、回線を開くボタンをクリックする。
「お初にお目にかかります大統領(プレジデント)」
目の前のノートパソコンの画面に映し出された映像に深々と会釈する。
非常にネイティブに近い発音で話された流暢な英語での挨拶を受けた相手。若干後退してしまった茶髪をオールバックの髪型にし、インテリらしく眼鏡をかけ、オーダーメイドの高級スーツ姿の出で立ち………。
『私のほうこそ初めまして。貴方のご噂は兼がね耳にしておりますよ、ミスター轡木』
現アメリカ合衆国大統領『スティーブン・ホワイト』………若干40という歴代最年少で大統領に就任し、数々の画期的な政策を打ち出し、現在も米国内で絶大な支持率を誇るこの男を前に十蔵は重い口を開く。
「本来ならば然るべき正式な会談場所を設けてお会いしたい所でしたが、緊急時ということで申しわけありません」
『いえ、頭を下げないでくださいミスター。不躾に戸口を叩いたのは此方のほうなのですから』
インテリなのだが学生時代はアメリカンフットボールの選手だったらしく、非常に大柄な体格をし、今なお健康維持のために休日のスポーツを欠かさないと公言している男は爽やかな笑顔を見せながらも、時間を押しているということで済まなさそうに話の本題に早速移るのであった。
『今回、日本政府を通じてご連絡を入れたのは他ならぬIS学園の実質的な運営者である貴方のお力をお借りしたいからです』
「この『一学園』の運営者如き年寄りに出来ることがあるというのであればお力になりたいのですが………」
『ご謙遜されますな。貴方の手腕………冷戦終結直前から日本国内で政治と会社運営の双方に携わり、数々の歴代首相を影で支えながら、一大財閥をも築き上げられた貴方の事を私は高く評価しております』
十蔵の経歴を丁寧に調べ上げている、と暗に口にするスティーブンにも十蔵は温厚な年寄りの仮面を外すことなくこう返答する。
「いえいえ。政治に関しても、私、趣味が将棋でして………近場の将棋会場に行って地元の先生方と指したことがあるだけですよ。会社に関しても、妻のアドバイスを聞いていたらいつの間にやら………これは困りましたな」
『ハハハッ、これはこれ』
早々天狗になることも煽てられて相手の要求を軽々しく受けることもしない十蔵に何を思ったのか、スティーブンは一変させ、真面目な表情となり、直球に話を切り替える。
『日本時間にして深夜2時。東アジアの海域近くで、米国の潜水艦がトラブルを起こしました』
「…………」
『幸い同行していた艦隊の救助によって事なきを得ましたが、場所が排他的経済水域とのことで今回の事に関しての説明をせよと中国領事館がコチラの電話ベルを鳴らしっぱなしですが、問題は事故の内容の方なのはおわかりのはず』
「………IS関連ですか?」
『………ええ』
IS学園に連絡が来た以上、問題点はそこなのだろう。ある程度の予想はしていた十蔵だったが、次の言葉はそんな彼の予測の斜め上を行く。
『潜水艦に踏査されていたのは米国が開発した最新鋭第三世代『銀の福音』の改良型なのです。今回の事故はその機体の暴走でした』
「!?」
『暴走の原因も不明のまま混乱した現場を当該機は飛び去ってしまいました…………恥を忍んでお願いします。対オーガコア部隊のお力で暴走した『銀の福音』の鎮圧にご協力していただきたい』
これには十蔵も言葉を失う。一国の大統領が包み隠さず不祥事をこうやって自分に話してきているのだ………本来の流れならば、自国の戦力でもみ消すのが一般的な政治家のやり方であろうに。
「せっかくのお言葉ですが、対オーガコア部隊の戦力はオーガコア関連に対してのものであります。これは国連において部隊設立の際に定義した大前提でして……」
『無論、本来ならばこのようなことをIS学園に依頼するのは筋違い。ですが先の亡国との戦闘によって太平洋艦隊の戦力を疲弊しきっております。そもそも『銀の福音』の改良プランもそれを解消しようという流れでして』
「それならばIS委員会に直接連絡していただき、然るべき対応を願われるほうが」
『ですが時間がありません。これはまだ日本政府にお伝えしていないのですが、問題の『銀の福音』の予想進路は………日本です』
ここでそのことを切り出してきた大統領の話し方に十蔵は内心でわずかな怒りを覚えるのであった。
「失礼。そのような重要な情報は最初に内閣府にご連絡入れるのが筋なのでは?」
『はい。しかし正式手順で話を通してからにすると時間がかかりすぎる。それでは市街地に被害が及ぶかもしれない。それに私は先ほど申し上げましたように貴方がたを高く評価しております。ええ、日本の治安維持を真に守っているのは貴方達ではないのかと疑うほどに』
妙にこちらを持ち上げながら日本政府を低いものだと決めつけている発言である。どうにも話が先ほどからキナ臭いものに変わってきたことを感じた十蔵は会話の主導権を握ろうとする。
「政治的な意図のあるお話ならば是非とも日本政府とお願いしたい。この学園は都合上日本国に建設されていますが、国際規約においてあらゆる国家機関の干渉は受けない決まりですので」
『これは失礼。私の言葉が貴方にそのように伝わってしまったのならばこちらに非があります。だがこれは先ほどから申し上げておりますように急を要する事態です』
状況が差し迫っているのは事実なのだろう。今この場でウソをつく必要もあるまい………だが十蔵は大統領が事実の全てを話していないこと。そして『今』はそのことを答弁している猶予がないことを重々と承知していた。仮にこのまま福音を無視して被害を出すような真似をすれば学園側にも何らかの不利益が働くことは明白で、日本国内において軍用ISの、しかも対オーガコア用に改修されたISの相手ができるのがこの学園の対オーガコア部隊だけなのも事実なのだ。
「わかりました。現場には今すぐに連絡を入れます」
『おおっ!』
「ただし」
ここで十蔵は言葉を発するのに一拍置き、少しだけもったいぶりながらこう返答した。
「私達が行うのはあくまでも暴走ISの捕縛だけです。これは絶対だと認識していただきたい」
『…………』
「最近何かと『物騒』なことが立て続けに起こっているものでしてね………あ、大統領」
『…………何か?』
「実働部隊の火鳥君がプライベートで話していたのですが………『米国製の盗聴機は匂いがキツくてかなわない』と」
『!?』
ニコリとそれだけ言い残すと十蔵はモニターに一礼し、彼は敬礼しながら別れの挨拶をする。
「では私はこれから作戦通達としかるべき仕事がありますので」
プツンッ、と画面が暗転したことでようやく肩の力抜けたのかため息をつきながら背を伸ばすと、どうやってこのことを千冬に説明しようか、怒らせると彼女は自分にもたまに容赦ない顔を見せる時があるから嫌だなとちょっとだけ冷や汗を掻きながらスマフォを操作するのであった。
☆
「…………ふむ」
通信を終えたスティーブン大統領は、モニターを眺めながら豪華な皮張りの椅子に背中をつけると、瞳を閉じながらこの部屋にいるもう一人の人間に問いかける。
「中々手強いことだ」
「………致し方ないでしょう。日本国を裏から支え続ける影の首相とも噂される人物ですし」
赤いネクタイと金色のネクタイピン、そして灰色のビジネススーツに身を包んだ青年は、いつの間にか入れたカプチーノを机の上に置き、おどけた調子で言い放つ。
「ですが盗聴器のことまでバレていたとは驚きです。流石チフユ・オリムラの一番弟子なことはありますね」
「君の落ち度がそれで無くなったわけではないぞ『サイファー』?」
サイファー………先日、ショッピングモールで女尊男卑主義者の女性から陽太達を助けた青年は、困った表情で前髪をいじると、大統領に冗談交じりの泣き言を言い出す。
「ということは減給ですか? 困ったな………『兄さん』達になんて言い訳しようか?」
「…………フッ、冗談だ。最もまた一仕事してもらわないとボーナスは期待できんぞ」
大統領が眼鏡を直すと、サイファーは素早く懐から多数の書類を取り出し、大統領に提示する。
「すでに手筈は整っています。中国には少々気の毒ですが、この間のIS委員会の話し合いのときの態度がひどく気に入らなかったとこっちの人たちの声がうるさいものでして」
「…………優秀な部下を持つと楽なものだな」
書類の内容に満足したのか、大統領はカプチーノに口をつけると遥か彼方で今から作戦行動に映るであろう若きIS操縦者達のことを思い浮かべた。
「彼等と私は友情を築きたいのだよ。時代に望まれた『英雄』達………21世紀になった現代において繰り広げられる最新の英雄譚(オペラ)だ」
これから繰り広げられる英雄譚(オペラ)の一幕。それは多少の米国政府への不利益も含まれている。だが大統領はそれを上回る利益が自分の元に舞い込んでくると確信していた。
世界を震撼させる恐怖のテロ組織『亡国機業(ファントム・タスク)』
その『悪』に毅然と立ち向かう正義の少年少女達。
一昔前のアニメのような構図ではあるが、これが現実世界で
ならば恩は『売る』のではない。自分達が彼らの恩を『買う』ことで彼らとのコミュニケーションの第一歩とするのだ。そしてそれを理解しているサイファーは怪しげに眼鏡の角度を変えながらこう述べる。
「そしていずれ我らアメリカが世界において不動の王者に返り咲くため………」
彼の言葉に大統領は答えることなく、同じく怪しい笑顔を浮かべるのであった。
☆
そして場面は日本の『花月荘』へと移される。
日が昇り、大広間で一斉に朝食を取っていた部隊の面々であったが、その時血相を変えた真耶が大広間に駆け込んでくる。
「皆さんっ!?」
後から続いて奈良橋教諭も真剣な表情となっていたことで、対オーガコア部隊の面々は険しい表情となって非常事態になったのだ理解する………黙々と朝食を食べ続ける陽太を除いて。
そして普段は宴会用に使っている大座敷・風花の間に多数の機材を持ち込んだIS学園メンバーは、早速非常事態に対しての緊急ミーティングを開始する。
「(モシャモシャ)」
「………ねえ、ヨウタ?」
「ん?」
が、そんな場合だというのに丼にたっぷりの白米とおかずをのっけたオリジナル丼を手放さずに食事し続ける陽太に早速青筋を作ったシャルが拳を握りしめるが、そんなのどこ吹く風よと気にせずに陽太は入院中でありながら指示出しのために映像を中継させた千冬に問いかけた。
「で、場所は何処よ?」
『・・・・・・・・』
オーガコアが出たんでこれから出撃するんだろう、と端から決めていた発言であったがサイドモニターに映った千冬からは何ら解答が返ってこない。これには何かおかしいと思ったのか陽太はどんぶりをバカ食いしながらシャルに問いかける。
「なんで朝っぱらからあんな機嫌悪いんだ?」
「私が知ってるわけないでしょう? あといい加減ごはんは止めなさい!」
「昨日の昼みたいに食いっパぐれるのはもう二度と御免だ」
残り半分をそのまますべて口の中に放り込み、まるで餌を与えれたリスのように頬っぺたを膨らませる陽太に呆れるシャルであったが、そのときモニター越しの千冬が重い重い口を開く。
『…………今回の出撃場所は海上だ。ただし、目標発見時において即交戦は厳禁』
「はぁっ?」
なぜオーガコアを見つけておいて戦うななどというのだ。
口の中に食物を目一杯放り込んだ陽太が更に問いかけようとするが、千冬がゆっくりと瞳を開くとその威圧感に押し黙ってしまう。
―――滲み出る怒気を宿した瞳―――
「目標はオーガコアの影響を受けて暴走『しているかもしれない』ISだ」
「………かもしれない?」
今一要領の得ない言い回しにラウラが首を傾げるが、千冬が眼力を変えることなくラウラを見る。
「(ヒィッ!)」
『そうだ。かもしれない奴を我々の手で捕縛せねばならないのだ』
自分自身にまるで言い聞かせるように、だが納得など到底できないでいることがありありと見て取れた。
そもそも彼女と十蔵がこのIS学園で部隊を設立したのも、国家のしがらみによって部隊運用の速度を奪われ、しまいには部隊が本来尊重しなければならない理念すらも歪められかねないことを考慮した結果なのだ。だが通信越しに十蔵が告げてきた内容は、そんな二人が大事にしていたはずの思いを無下にしたと千冬自身は感じ取ってしまう。むろん、彼だって好きで下した判断ではないのだろうが、どうみてもアメリカの圧力に負けて彼らの使いっ走りになったようにしか思えず、怒りが腹の底でグツグツと煮えくり返る。
『目標は二カ月前、太平洋にて亡国機業製ISに敗走したアメリカとイスラエルが共同開発した『銀の福音(シルバリオ・ゴスペル)』の改良機だ』
「!?」
『極秘開発の後に更に改良されたためにスペックなどの詳細な情報が間に合っていない』
千冬の言葉に一人だけ陽太が異質な反応を示し、そして何か考え込むようにうつむいてしまう。だがそんな彼の態度に誰も気が付かずにミーティングは進む。
『深夜遅くに東アジア沖の排他的経済水域で、護送中だった潜水艦を破壊してそのまま飛翔。音速超の速度で蛇行した進路を取り続け、現在は約500ノット(約時速950㎞)で日本の太平洋沖を北上中。このままだと数十分で市街地に突入してしまう』
「だったらここで四の五の言ってないで早く取り押さえに行こうぜ!」
ある意味いつも通りの一夏の言葉であったが、今回はこれが正答であるとほかのメンバー達も謎のISと市街地上空で戦闘を行うなどはできないと判断し、何としても海上で阻止しないといけないと一夏に同調するのであった。
「だったら話が早いわ。私と陽太で足止めするからほかのメンバーは随時後続で……」
「あら、鈴さんと陽太さんのお二人でかっこつけようというわけですか?」
「私達のISは足が速いのよ。セシリア、アンタはいつも高速飛行テストだと最下位争いでしょうが」
「そ、それは!! わたくしのブルーティアーズだって高速飛行用パッケージをつければ」
「無駄口を叩くな二人とも………だがパッケージの換装をしている暇はない。ここはまず鈴の言う通り二人に先行してもらい、セシリアが後方から長距離支援砲撃をしつつ…」
ラウラが隊員二人をたしなめながら作戦を立案する中、手元でノートパソコンを眺めていた真耶が血相を変えて振り返る。
「こ、これって!?」
「山田先生?」
「お、オーガコアです! 新たにオーガコアの反応を検知!!」
全員がその言葉に驚愕し、さらに正面のメインモニターに赤い敵性アイコンが点灯し、ゴスペルの黄色いアイコンと並んで二体が別々の進路で動く図が描かれてしまう。
『山田君。そのオーガコアの情報は確かか?』
「はい! 自衛隊からの緊急要請シグナルを学園で受理したものです」
『クッ………よりにもよってこのタイミングか』
どちらも放置するにはあまりにも物騒すぎる。かといって国内でオーガコアと軍用の改良型ISに同時に対応できる戦力はこの部隊しかおらず、今から外部に協力を願い出るには時間がかかりすぎる。千冬がどうするものかと頭を悩ませる中、やはりこの男は決断は早かった。
「…………人気者は辛いとこだな」
「………ヨウタ」
「すんげぇ心配なんだが…………やるしないよな、コレ」
そして本当に心配そうな表情をしたまま、陽太はシャルたちのほうを振り返り、隊長として皆に振り分けを伝達する。
「オーガコアのほうにはほぼ一夏が固定みたいなもんだから、一人なんて論外だし俺も行く」
「ろ、論外って」
「お前一人とか正気の沙汰じゃないわ。心配しすぎて千冬さんの心臓が今度こそ破裂するぞ………鈴、お前も一緒に来い」
「ええっ~!?」
実はオーガコアの方に一人で行こうと内心で決めていただけに陽太から念を押してダメ出しを食らって一夏は落ち込んでしまう。対照的に鈴は一夏と一緒に行動できるということでちょっとだけ嬉しいのか顔を赤らめさせる。
だがこの人事にはセシリアが納得いかないといった表情で陽太に詰め寄った。
「どうして鈴さんなんですか!?」
「コイツのISが足が速い。それと推力に余裕がある。俺達二機を牽引してもらう」
つまり陽太のプランは最高速でオーガコアの元に赴き、短時間で勝負を決して福音の方に向かうメンバーの後を追いかけるというものである。チーム内でIS二機を引っ張りながら音速越えで飛行できるのは鈴の甲龍・風神だけであるだけに、ラウラもこの作戦を聞き『確かに、現状ではそれが一番シンプルで確実か』と納得のいくものであったが、この作戦を言い出した陽太自身が今一歩信用できなさそうにシャルの方を見ていた。
「………この間は簪が相手だったから、で済ませるが…」
「な、なんだよ!? 私だって早々不覚を取らないよ! それにお父さんから新型のパッケージも受け取ったし」
自慢げにそう語るシャルであったが、意外に心配性な陽太の表情が晴れることはない。後、簪のことを持ち出されると隣の箒も『ググッ………この間は…その……』と弱々しい言葉しか出すことができないのであった。
「とりあえずこのメンバー振り分けでいくしかない。早速出発すっぞ千冬さん?」
『グッ…………だが……陽太、私は……』
「いいからいいから」
陽太は手をプラプラとして気にしてないとアピールする。千冬の不機嫌な表情とオーガコア以外のISを相手にしろと言われた時点で、彼女自身が今回のことに納得できないものの上の人間の命令に押し切られたということを察したのだ。それにこれ以上押し問答している時間もないし、彼女の容態が悪化しようものなら隣の一夏が泣き叫んで使い物になりかねないと結構な打算もある。
「(それに……ISどもから福音の話を聞いた時から、なんとなく相手しないといけない予感はあったしな)」
昨日の今日のこのタイミング………作為的なものを感じずにはいられない陽太であったが、あいにく時間が刻一刻と差し迫ったいることもあり、彼は不承不承で命令を隊員たちに飛ばす。
「オーガコアには俺と一夏と鈴。残りのメンバーには福音捕縛に向かってもらう。無茶はしても無理はするな!」
「「「「「「了解!」」」」」」
☆
すぐさま旅館を飛び出した一行はISを装着し、浜辺において二手に分かれての行動を開始する。
「じゃあ、行くわよ二人とも」
「できるだけ早く終わらせるから、あんまり無茶はするなよ箒、みんな」
一人だけ名指しで心配され、ちょっぴりだが悪い気がしない箒は頬っぺたを若干赤く染めながらそっぽ向き、逆に一夏の方が心配だと言い張る。
「わ、私の事はいい! 陽太が一緒とはいえ油断はするなよ一夏!!」
「ああっ!」
「…………なんか腹立つな~」
そんな二人のやり取りが面白くない鈴が若干拗ねだす中、ISを纏ったシャルをなおも心配そうに見つめる陽太に彼女も頬を赤く染めながら対応するのであった。
「………………」
「も、もう~~。今日のヨウタはちょっと心配性すぎるぞ?」
「……………ああ」
が、陽太が心配しているのはシャルの事だけではなかった。昨日のIS達が話していた福音の一件であったのだ。
今回の事件が誰の差し金なのか、それとも本当にただの偶然なのか、結局判断することなく行動を開始していることに、陽太は嫌な予感を敏感に感じ取っていた。
「とりあえず無理だけはするな。やばくなったら海中に逃げろよ………大概のISは空戦仕様だから水中に入っちまえば極端に攻撃手段は制限される」
「まだ戦闘になるって決まってるわけじゃないんだから!」
暴走して飛んでいるだけという可能性すらあるのだ。シャルの言う通り問題なく捕縛の方もできる可能性もある。
「わかってる…………後それと」
そして一つ間を置いて、陽太はシャル、ラウラ、セシリア、箒とそれぞれ見つめながら彼女達のISの名を口にする。
「ヴィエルジェ、シュヴァルツェア、ブルーティアーズ、紅椿」
突然自分のISの名を呼ばれた操縦者たちは一堂に困惑するが、名を呼ばれたIS達が自分に対して返事をし返してくれたことを陽太は何となく感じ取り、これから姉に当たるISを『助け』に行くであろう彼女達にも励ましの言葉を贈る。
「ネットワーク越しじゃ言葉は届かないみたいだが、直接ならひょっとするかもしれない。何度でも呼びかけ続けろよ」
『大丈夫、皆、わかったって言ってる!』
相棒であるブレイズが皆の返事を代理して言ってくれたおかげで、陽太もようやく笑顔になれる。このメンバー内において最高値の適正率を誇る陽太であったが、それであっても装着していない他のISとの自由会話はできるものではない。だが暴龍帝は以前自分とブレイズとの間の会話に割って入り、千冬は触れただけでISの機能の一部を停止させてみせた。やはりこの辺りは千冬の言う通り、スカイクラウン(第七感発現者)とそうでないものとの絶対的な格差であるように感じ取り、腹の底で忘れかけた苛立ちが蘇ってくる。
「じゃあ行くぞ」
陽太がそう言い残し飛び立ち、一夏と鈴も後に続く。
「なあ、なんで今、皆のISに話しかけたんだよ?」
「そのうち理由を話してやるよ。今はオーガコア倒すことだけに集中してろ」
空中で問答しながら変形した甲龍に捕まる二人と、二人が捕まったことを確認した鈴はメインスラスターとアタック・ブースターの両方に点火し、猛スピードで加速して一気に三人は東北方面に飛び去ってしまう。
「………なんだったんだろ、今の?」
「さあ?」
そして理由が話されないまま取り残され、終始頭を傾げるシャルとセシリアであったが、副隊長であり福音捕縛組のリーダーであるラウラは気を取り直して作戦の開始を告げるのであった。
「今はそのことは置いておけ! とにかく私達は福音の捕縛に向かう。先頭は箒、シャル。お前達だ!」
「りょ、了解!!」
「うむ」
普段は戦闘には一夏、箒、陽太という順になるのだが、今回は二人ともがいないということで二番手として一夏同様に突撃と彼の援護を主任務とする箒を先頭に、その背後にシャルが付くという順番をとる。
「セシリアは私の後方に。前線組が戦闘になった場合、直接火砲支援(ダイレクトサポート)を頼む」
「了解しましたわ!」
後方からは大火力と鉄壁の防御力を持つラウラ、そして最後方において長射程高火力なライフルとBTによる援護の要であるセシリアが付く布陣で四人は浜辺から飛び立ち、陽太達が向かった方向とは逆の太平洋側に向かって機体を加速させ続ける。
『皆さん、現在福音は進路、速度そのままに飛行中。このままいけば9分55秒後に皆さんと接触(エンゲージ)します」
「了解、山田教諭………引き続きモニタリングと陽太達の方にリアルタイムでの通信を」
真耶からの通信に応えるラウラの前方で、福音に真っ先に接触することになるであろう箒とシャルは真剣な面持ちで前方を見つめながらも、プライベートチャンネルで会話を続ける。
「それで? 一夏に誕生日はお祝いしてもらえたの?」
「なっ!? い、今は作戦中だぞシャルッ!」
「それはそうだけど………これはこれで重要なことだと思うんだけどな、私は」
作戦中だというのに珍しくこういうプライベートな会話をしてくるシャルというのは箒としては珍しく、面食らってしまう。どちらかというと場の空気を読んで皆との調和を重んじる方のシャルだから猶更なのだ。少し浮かれるほど陽太に心配されたことがうれしいのか、若干緊張感に欠けているように箒には思えた。
「シャル、何度も言うが今は作戦中だ。気を引き締めろ」
「………う、うん」
箒の剣幕に圧倒され黙り込むシャルロット………確かにまだ戦闘になると確定している訳ではないが、不測の事態が起こりうる可能性は十二分にある、状況が終わる所か始まってもいない状態で油断するわけにはいかない。
シャルにもそのことはわかっていたのだが、そのほんの少しの隙にもならない綻びのような『油断』が招く結果をこの時の彼女は知る由もないのである………。
☆
それから約9分少々後。太平洋沖合において飛行を続ける四機に対して、真耶から通信が入る。
『もう間もなく目標とのエンゲージの模様。なお火鳥班も目標のオーガコアと交戦に入りました』
「向こうも始めたのか………こちらも失敗するわけにはいかない。陽太は私達に増援する予定だが、何なら私達が向こうを助けに行く気でいくぞ!」
ラウラのあえて鼓舞する意味合いを込めた言葉に他の三人が僅かに微笑みを浮かべる中、同時にハイパーセンサーがしっかりと目標の機影を捉え、四人にその姿を視認させる。
白銀の翼とボディ、そして不気味に揺れるバイザー………表示されている以前のデータからの画像とは細部において違いは多数見受けられるが、コアナンバーと外観からのフォルムから改修された銀の福音(シルバリオ・ゴスペル)と判断できた。
ラウラは瞬時に判断を下す。
「各機速度緩め! 警告を発しつつ相手の出方をうかがう!」
「「「了解!!」」」
現場リーダーのラウラの指示の元、シャルとセシリアは安全装置をいつでも外せる状態で武装を所持し、箒は鞘に刀を納刀しつつも最速で引き抜ける抜刀術の体勢を取る。そして警告を発する役のラウラはAIRの展開を可能にするために意識を集中しつつ、声を張り上げる。
「こちらはIS学園所属、ラウラ・ボーデヴィッヒッ!!」
コアネットワーク越しの呼び出しができないということで、ラウラが外部スピーカーで張り上げた声に反応したのか、高速で飛行していた福音が速度を大幅に緩め、徐行するようにゆっくりと四機に近寄ってくる。
「日本政府の依頼によってこの場に貴公の真意を確かめに来た! 貴公の行動は国際条約に大きく違反したものである! よって、この場にてその行動の真意を説明していただきたい!」
速度が緩まったことで、ラウラは相手に話が通じるのではないのかと淡い期待を抱く。一方、話しかけられた福音はというと、彼女たちのすぐそばまで接近するとその場で停止し、しばし四機を眺めながら首を左右にゆっくりと振りつつ、まるで何かを確かめるようにラウラ達を見続ける。
「…………暴走が止まったの?」
「それとも中の操縦者がコントロールを取り戻したんじゃ?」
そう。このとき、ラウラ達は重大な情報を知らされずにこの場に赴いていたのだ。
それはアメリカ政府が意図的に学園側に伝えなかった情報であり、同時にISの常識で考えるとにわかに信じがたいこと。つまり………。
「登録操縦者、アメリカ海軍所属のナターシャ・ファイルス中佐に聞く!」
四人は、学園はまだこのときに福音が操縦者無しの無人状態で暴走しているとは知らされていなかったのだ。そして箒の張り上げた声を聴いた瞬間、福音が一瞬だけビクリッと体を震わせ、小刻みに震え始めた。
「貴女の行動の真意は………一体…」
徐々に震えを大きくする福音の様子のおかしさに四人も気が付き、警戒心を高める。
「なんだか………コントロールが戻ったという状況じゃないみたい」
「どうやらそうらしい。操縦者は意識を失っているのか?」
「ラウラさん、このままでは………」
「武装のセフティーを解除しろ。出方次第では即攻撃の許可をする」
明らかに正常ではない動きに、四人はそれぞれ獲物の安全装置を外して攻撃の体勢を高めた。
そんな中、四人を見つめる福音に徐々にノイズが走り出す。
―――だ……れ?―――
思い出されるのは『あの日』の光景………。
―――貴女達は………私は?―――
青い空に飛び立ったたくさんの仲間………そして戦艦……それを……。
―――貴方は………やめて……皆を、仲間を………―――
「「「「!?」」」」
震える身体をそのままに、福音は両肩のショルダーアーマーからビームサーベルを取り出し、身を屈める。同時に四人も武装を福音に向け、攻撃態勢を整える。
『ギィ………ココココココココココロココロササササアサアナイデ』
「「「「!?」」」」
突然、福音が女性的な音声を発しながら両手にサーベルを持って突撃してくる。それを迎え撃つために箒とシャルが前に出て、背後からセシリアが援護のための三連バルカンによる射撃を行い、何もない海上に瞬時にいくつもの光点が生まれる………。
このとき、シャルも箒も、ほかのメンバーも、ましてや陽太や一夏も知る由もなかったのだ。
福音が何を求め、ここに来たのか。
ISが本当に『タダの兵器』であるのかどうかすらも………彼らはまだ、本当のことを知ってはいないということに。
―――…………どうして戦いに来たの? どうして皆を殺そうとするの!? 応えて、ナンバー002(兄さん)!!―――
うちでは福音編で浮かれているのは箒じゃなくシャルさんということにしました。
なんでそうなったかは次回にお話しします