市立見滝原中学校万仙陣   作:三代目盲打ちテイク

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プロローグ1

――“世界”とはなんだ。

――“夢”とはなんだ。

 

 そんなものは決まっている。

 世界とは誰もが幸福に笑っている幸せであるべき場所だ。誰もが幸せそうに笑っている場所こそが世界だ。

 誰も彼もが理想とする夢を見ている。夢とは見たいものだ。

 

 阿片窟(ここ)には、全てがある。

 愛する人との幸せな日常。食いきれないほどの食べ物。使いきれぬほどの富。使い捨てにできるほどの女や男。望みうる空想の世界。

 限りある栄光も、ただ一人選ばれしものしか手にすることのできない輝かしい経歴も、誰もが望み全員が平等に手に入れることのできない勝利も阿片窟(ここ)には平等にある。

 

 他者との争いなどあり得ない。誰もが幸せそうに笑っている。自己で完結した幸福な世界の中で永劫見たいものを見ている。

 俺は理解した、ここは桃源郷なのだ。俗界を離れた他界・仙境。

 

 だが、桃源郷は永遠ではなかった。全てが燃え落ちた。母の愛に抱かれながら全てが失われたのだ。広がったのは理解不能の世界(ジゴク)だった。

 

 世界が怒りや嘆き、争いに満ちている。桃源郷からはほど遠い。

 なぜ争う。なぜそんなに嘆いている、なぜ怒る。

 こいつらは馬鹿なのか? 世界を自分の形に閉じてしまえばあの阿片窟のみんなのように幸せになれるというのに。

 

 なぜ笑わない。なぜそんな怒った顔をする。なぜ嘆き苦しむ道ばかり選ぶ。

 ああ、こいつらは知らないのだ。夢を見たいと思いながらその方法がわからぬ馬鹿なのだ。

 ならば教えてやらねば。救ってやらねば。

 

 本来桃源郷への再訪はできない。求めれば求めるほど行くことが出来ない。

 それはおまえたちが知らないからだ。桃源郷はおまえの中にある。

 

 おまえの桃源郷(セカイ)はおまえの中にある。おまえの中でおまえの形に閉じている。

 躊躇うことはない己が真のみを求めて痴れれば良い。悦楽の詩を紡いでくれ。

 

 おまえがそう思うならおまえの中ではそうなのだから。誰に憚ることがある。

 好きに願って夢を見ろ。おまえの閉じた仙境こそ、おまえにとっての真実である。

 

 困難を乗り越える? 思えばよかろう、その時すでにおまえはおまえの中で勝者だから。

 成長とやらも望んだ分だけしているはず。劇的な展開とやらも、好きなだけ夢見て描け。

 

 俺を斃したい? やればよかろう。

 おまえがそう思うのなら、おまえの中で俺を消し去り、おまえの世界を救った英雄としておまえ自身を誇ればいいのだ

 

 好きに夢を思い描け。そのときおまえは、おまえの中で世界の勝者だ。

 俺はおまえの幸せを、いつ如何なるときも祈っている。

 

 救われてくれよ。我が父のように、母のように。

 ――おまえたちは幸せになるべきだ。

 

 そういっているというのに、

 

「柊四四八」

 

 なぜおまえはそんな苦界で生きていこうとする。

 理解ができん。

 殴りつけた腕が朱に染まっている。痛いだろう、苦しいだろう。なぜ、救いを求めない。なぜ、救われようとしない。

 

 なぜ、苦しむ道の中で生きることが幸せなどと宣う。いったい誰が、苦しみながら進むこの道で幸せになれると言う。

 誰もがおまえのような痴れ者ではない。人とは自己に閉じ籠り幸せを謳歌する事で幸せになれる生き物なのだ。誰も苦しいことが好きな人間などいるはずがないだろう。

 それでもおまえはそんな幸せな世界(楽園)を捨てて苦しみにあふれたこの現実(苦界)に生きろという。それだけならばまだ良い。それがおまえのやりたいことならばやっていればいい。それを俺は見守ろう。

 だが、おまえはあまつさえ人にそれを教え、あろうことかその暴論を聞いたものはおまえに感化されて人として当たり前の事を捨ててしまう。

 

 自己の中で閉じていればいいだろう。おまえが尊ぶ絆などしょせんは我欲の押し付け合い、他者に望まぬことをやらせるため創りあげた体のいい方便でしかないのだ。

 嫌ならやらねばいいだけのこと、その自由すら奪い取るのが曰く絆、曰く正義。

 それらはただの同調圧力に過ぎない。そんなものが尊く輝かしいものであるなど世迷いごとをまじめな顔して吐き捨て他人にもそれを求める。

 本当に痴れているのはどちらだと言うのか。

 

 そんなおまえのような者がいるから、人は嘆き悲しむのだろう。

 だが、それでもなおあの男は否定したのだ。

 夢に縋らず現実を生きろと。

 

 理解ができない。

 

「娘よ――」

 

 生きる意味と救いの意味が何なのか、わからない。

 人が苦しみに包まれた世界で生きることが悲しくはないのか。

 おまえたちの大切な人間が嘆き苦しみ、涙を流しているのだぞ。

 救わなくてどうする。

 

 だというのになぜおまえたちはそんなにも満足げに笑うことができるのだ。

 嘆き悲しみ、苦しさに泣いている者たちを救わずに、殴りつけてさあ、立てと無責任に苦しい世界に放り出して、なぜ笑うことができるのだ。

 

 理解ができない。

 

「娘よ――」

 

 おまえならば、わかるのか――。

 

「ええ――」

「そう、か――」

 

 ならば教えてくれ。娘よ。

 どうして、この苦界で、生きていけるのかを。

 

 生きる意味を――。

 

 ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇

 

 幸せな日々は、唐突に終わりを告げて、世界は破滅へと加速度的に落ちていく。

 そうそれこそが定められた終局。

 魔女の夜。ああ、偉大なりしワルプルギスの夜が降臨する。

 全ては絶望の海に沈んだのだ。

 

「――――」

 

 ゆえに、暁美ほむらの意識が回復したとき、何が起きたのか理解ができなかった。何が起きたのか、何があったのか。ショックによる一時的な記憶の混濁。

 それと同時に、

 

「あ――っ――ぁ―――」

 

 激痛が神経を犯し脳髄に存在する判断、理性、ありとあらゆるものを洪水となって押し流していく。全身至る所に傷があるのだろう。

 どこがどうなっているのかすらわからない。背中に感じる生ぬるい感覚は血溜まりという奴だろうか。ただただ苦痛だけを感じる機械にでもなってしまったかのようだった。

 

 創傷裂傷死傷殺傷、端的に言って満身創痍。もはや感覚がくるって熱いのか、寒いのか、痛いのか、苦しいのかすらわからない。

 足の感覚がないということは、背骨でも折れているのか。喉奥に感じる鉄の味は内臓も無事ではないことを告げている。

 

 その苦痛こそが呼び水となって少女に現実(ゼツボウ)を理解させる。

 

「あぁ――負け、たん、だ――」

 

 そう敗北した最強の魔女に。そして、救う対象の魔法少女(トモダチ)が負けたことを。

 全てを救おうと立ち上がって、そして負けたのだ。

 

「みん、な――」

 

 だが、そんなことよりもみんなのことが気になった。戦った仲間は、どうなったのか。

 自分は敗北した。それは覆ることのない事実であると認識している。つぶれてひしゃげた肉塊となった己。

 では他は? 自分よりもはるかに強い仲間たちはどうなったのか。

 自分がこのざまだけど、みんななら大丈夫という楽観的な思考に走りそうになる思考は、吹きすさぶ嵐によって運ばれてきたものによって強制的に絶望へと突き落とされる。

 

「あ――あああああ―――」

 

 それは手だった。誰のものかなんてわかりやすすぎるほどにわかる。だって、その手には剣が握られていた。仲間である美樹さやかの使っていたそれだ。

 剣を使う己の仲間はただ一人。ゆえに彼女だとわかる。今にも敵に立ち向かうべく握りしめられた手が、目の前に転がって来た。

 べちゃりと血がはねた。それが顔にかかった。生ぬるく、鉄くさい、生臭い、友達の中を流れていた、大切な血がかかった。

 

 ぴしりという音を聞いた。何かにひびが入ったかのような。

 もうやめてと暁美ほむらは願う。誰にでもなく神でもなく、ただただ願う。こんな光景見たくない。痛みで気絶すら許されず、まるで暁美ほむらに全てを見届けよとでも言っているかのように感じられる。

 その中で、さらに絶望はその深度を、その熱量を増していくのだ。

 

 絶望の中で笑うのはただ一人のみ。その存在が満足するように莫大なエネルギーを伴って絶望はさらなる嚇怒を巻き上げながら全てを飲み込んでいくのだ。

 

「あ――――」

 

 次に落ちてきたのは、首だった。佐倉杏子のそれ。ばらばらに砕けた手足があとになって落ちてくる。どうせなら、美樹さやかのように手だけならどんなによかった。

 手だけであれば生存を信じることができたというのに、神はそんな楽観すら許しはしないのか。

 そう許しはしない。誰もかれも絶望から逃れることなど許しはしない。この宇宙を救うべく、絶望しろよ魔法少女。

 

 そんな声が響く。マスコットのような外見をした悪魔が、そこに顕現する。

 

「まったく理解できないよ」

 

 アクマはそう宣う。こともなさげに感情を感じさせない声色で。

 

「どうして君たちはそんなにあらがったりしたんだい。君たちはまったくの無関係。どうして僕らの邪魔をするんだい。僕らはただこの宇宙の死を避けようとしている。これも立派な人助けさ。ただ、世界を救うのに犠牲なしなんてうまい話なんてなかっただけのこと。ほら、君たちの歴史だってそれを証明している。フランスのジャンヌ・ダルク。フランスを救った代償として彼女は火刑になった。何事も等価交換。犠牲はつきものさ」

「――――」

 

 ふざけるな、そう言おうとして言葉の代わりに血を吐いた。

 犠牲がつきもの。それは確かに歴史が証明している。だが、的外れもいいところだ。何を傍観者を気取っているんだアクマ。

 全ての現況にして、この状況をこそ望む者がそんなことを言ったとして白々しさ以外にありはしない。

 

「それに君たちは願ったじゃないか。その対価を支払うのは当然のことだろう? 君たちの望みを僕はかなえてあげた。

 君たちのように過度な取り立てもしていないし君たちが行うに任せてきた。だというのに何が不満なんだい? 魔女になることかい? それとも人間ではなくなったこと? そうだとしたらますます理解できないよ。それもまた結果の一つだ。対価だよ。

 君たちが最も望むことを叶えてあげた。だから今度は僕らも願ってもいいじゃないか。君たちは望みを叶えるのに僕らの望みを叶えていけないなんて不公平もいいところだ。君たち日本人は平等を重んじるんだろ?

 そんなこと聞いていない? そりゃそうだよ聞かれなかったから答えなかっただけさ。聞かれたら僕は答えたよ。契約内容をきちんと確認しない君たちの怠慢を僕に押し付けられて困ったものだよ」

 

 それは言葉をつづける。やめろ、その口を開くな。反吐が出る。親の仇のように睨み付けてもアクマには馬耳東風だ。

 インキュベーターと呼ばれるアクマはほむらの心情など何一つ知らないとばかりに、ただただ言葉をつづけるのだ。己の中の痴れている正論を吐き続けるのだ。

 この地獄のような光景の中で、彼がそうする理由など決まっている。古今東西、悪魔というものが行うことは決まっているだろう。

 

 西洋においても、東洋においても、キリスト圏でも、イスラームでも。悪魔というものの存在は何一つ変わることはない。

 召喚者に甘言を吐いて、願いを叶えてその代償を取り立てていく。つまりは――。

 

「さあ、こんな状況だ。君にも願いがあるだろう? 言ってみるといい。どんな願いでも、僕はかなえてあげる。だから、僕と契約して魔法少女になってよ」

 

 ――契約だ。

 

 古今東西、アクマとうものが行うことは決まっている契約だ。願いをかなえる代わりにおまえの魂をヨコセ。悪魔メフィストフェレスが行った契約と同じく自らの魂を担保に願いを叶えてもらうのだ。

 インキュベーターに不可能はない。どのような願いであろうとも、願い主の持つ因果によって願いを叶える。不可能はない。そう不可能はないのだ。

 

 この絶望的状況ですら好転させられる。そんな甘言をインキュベーターはいうのだ。

 この状況、誰もがこの絶望の終わりを願う。当然だ、願うに決まっているだろう。誰もこんな地獄を望むはずがないのだから。

 願え、契約しよう。そうすればこの状況を好転できるかもしれない。甘い言葉が、耳から入ってほむらの脳髄を揺らす。

 

 全ての音が消えて、すべての痛みが消えて、すべてのにおいがきえて、あとにはもはやその甘い言葉だけが、脳内で反響するのだ。

 か弱い女の子でしかない、何の力もない少女にとって、それは耐えがたい誘惑で、

 

「悩む必要なんてないだろ暁美ほむら」

「――――」

 

 もはやそのアクマの手をつかむ以外にこの絶望を脱する方法などないのだから。

 ぴしりと音が響く。暁美ほむらの中で、覚悟というものが折れた音だった。

 もはや暁美ほむらにはその甘言にあらがう覚悟も気力もない絶望の中で、そのアクマの手を取ろうとしたその瞬間、

 

「駄目よ、暁美さん! まだ終わってないわ!!」

 

 輝く光を身にまとい、理想の中の魔法少女の姿を翻してその手にマスケット銃をもち、大嵐に負けない強い意志を見せつけながら、彼女は立っていた。

 ぼろぼろの身体。いつ倒れてもおかしくないほどの傷を負っているというのに、彼女はただ力強く己の得物を構えていた。

 

 ああ、なんと輝かしいことだろう。魔法少女とはそうあるべきだと言わんばかりに全身を希望に輝かせてそこに立っている。

 そう彼女こそが希望。まぎれもなく仲間の中で最強の魔法少女だ。

 彼女がいればまだ巻き返せる。なぜならば文字通り彼女は最強の魔法少女であるからだ。誰よりも強く、誰よりも優しく、誰よりも仲間を大切にしようとしていた年上の女の子。

 

「マミ、さん――」

 

 まさしく希望。彼女の名を呼んで、彼女は微笑んだ。

 

 その瞬間、木の枝や幹のような無数の腕が生じる。それは彼女を絡めとらんと迫ってくる。

 それこそが敵の攻撃。捕まってしまえば最後、そのまま同化されて消えてしまうだろう。そして、相手の糧となるのだ。

 この力もまた相手が吸収した能力に他ならない。魔女から吸収した能力だった。

 即ち、現実的な能力で防ぐことは不可能。魔女の力に対抗できるのは魔法少女のみ。だが、それがどうした。目の前に立つ少女もまた、魔法少女なのだ。

 

 黄色いリボンによって編み上げられるはマスケット銃。大小さまざまな銃器が戦列を組む。その速度はいままでほむらが見たことないほどに高速で緻密だった。

 結果は、相殺。マスケット銃の乱撃を受けて、地面から生じた無数の腕は散り散りに散っていく。

 

 しかし、それは問題だった。相手が使ったのは魔女の力ではあるものの魔法少女の力だ。どちらもそれは変わらず魔力を消費して使う。魔力、つまりはソウルジェムの力。

 それは使えば使うほど穢れて黒く染まっていく。そうなれば魔女になってしまう。それが必然だった。

 先ほどの攻防、いや、それ以前の攻防で希望の彼女――巴マミは消耗している。これ以上の戦闘継続など自殺行為。穢れを払うグリーフシードは手持ちがもうないのだ。

 

 だが、相手はそうではない。ワルプルギスとの闘いの最中に割って入ってきた彼女らはいまだに濁ることはない。

 それだけ見ればこちらが圧倒的に不利。なにせ、相手は万全でこちらは手負いなのだから。また、相手の能力がまったくわからないというのも問題だ。

 先ほど使って来た力以外にもいくつかの力を持っていることが確認している。その点、巴マミの手札は先ほどでほとんど切ったと言っていい。あとは応用でいくつかくらいだが、相手の手数が多い以上応用で勝つには札が根本的に足りていない。

 

 その証拠に、先ほどの技を放ってきた魔法少女は痛痒を受けた様子もなく笑顔を浮かべているからだ。この絶望的な空間の中でただ笑顔を浮かべている。

 黒髪ロングで右目に眼帯をつけた明るい黄色がアクセントになっているステレオタイプな魔女っ子という魔法少女の衣装を身にまとった少女。

 

 彼女はこの絶望の中でも笑っていた。

 この状況ですらそれが正しいのだと言わんばかりに。まるで笑顔は全てを救うとでも言わんばかりに。そういってただ笑っているのだ。

 それは芯の強さだった。自らの骨子に微塵も疑問を抱いていないという証拠。彼女にとって笑うという行為こそが至上なのだ。ゆえに、笑っている。

 この絶望的な状況の中ですら笑えるほどの意志はつまるところ、己という存在に微塵も疑問もなくただあるということ。

 

 そういう相手は強い。すべてを決めているのだから、強いのはあたり前だった。そうでなければこんなことにはなっていないだろう。

 目の前に立つこともなく、隣に立っているはずなのだ。

 

「私はね、世界中の人が笑えるような世界が見たいんだ。……その為なら手段を選ばないよ」

 

 その言葉はまさに善性そのもの。だが、決定的に何かがズレているのだ。そのズレすらも彼女は呑み込んでいる。

 ゆえに、彼女は屈することはなく、共闘という道はなく。ただ、己の目的のために彼女は魔女を狩り続ける。

 その先にある笑顔を求めて。そして、己が幸福というものを知るために。

 

「教えてよ、あなたを同化すればきっと、私は幸福がわかるはずだから」

「いいえ、それじゃあなたは一生わからないわ」

 

 誰かと一緒にいたいその願いと彼女の願いは相いれない。方法論が違えばまた違うが、今回は絶対に相いれることはない。

 ゆえに――。

 




黄錦龍への愛が流出した。

ぼちぼちゆっくりやっていこうと思います。
今はとにかくいろいろやっておこうかと。
死にそうなのですが、とりあえずゆったりゆっくりやらせていただきます。

ではでは。
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