市立見滝原中学校万仙陣   作:三代目盲打ちテイク

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第1話 ハジマリ

「――――っ!!」

 

 瞼の裏に焼き付いた光景。自分が眠っていると夢の中で感じ、それと同時に何が起きたのかを悟った瞬間、私は飛び起きた。

 

「なに、――え」

 

 眼鏡をかけて自分のいる場所を認識して茫然とする。

 

「病、室……?」

 

 まさか、あの後誰かに助けられて病院に運ばれたのだろうか。確かに、あの仙人のような男の人が言うように元通りになったとかいうよりははるかに現実的かもしれない。

 ただ、時計の日付が私の退院の日のもので、テレビ番組も全部あの日と同じということを無視すれば。

 

「私、まだ、退院してない――」

 

 幸いなことに取り乱すことはなかった。なにせもう魔法少女という超常の存在を知っているのだ。今更取り乱す方がどうかしているとすら思っていた。

 ならば、何が起きたのか。自分の近くにソウルジェムはない。つまり魔法少女になったわけではないということ。

 

「夢、なの。それとも、あの男の人が? ――ぐっ」

 

 その存在を認識した瞬間、頭痛がした。そして――病室の中を甘い匂いが包み込む。

 いつからそこにいたのか。目の前に仙人の恰好をした男の人がいた。

 

「だ、誰――」

 

 その男の人は笑みを浮かべて私を見ている。不思議と怖さは感じない。この甘い匂いもただ甘いだけ。ただ嗅いでいるとどこか眠たくなるようなそんな桃色の香り。

 

「黄錦龍」

 

 男の人は、笑顔を浮かべて名乗った。

 

「ふぁん、じんろん?」

「そうだ、少女よ。黄錦龍という阿頼耶であり盧生だ」

「ろせい?」

 

 何を言っているのだろうか、この人は。

 

「あ、あなた、なにもの、なの。キュウべぇの、仲間、なの」

 

 明らかにただの人間ではない。もしかしたらインキュベーターの仲間なのかもしれない。そう警戒する。もしそうなら――。

 そう思ったけれど。

 

「そう怒るなよ。夢は叶ったのだろう。なら、笑ってくれよ」

 

 彼のことばに、唖然とする。笑ってくれ? まるで、それだけが目的であるかのように彼はそういう。

 夢がかなったのなら笑ってくれ。少しでも幸せになったのであればその証拠を見せてくれ。

 さながら無償の施しを与えて、その笑顔を楽しみにしている聖人のように彼はそういったのだ。

 

「夢、叶う? わからない、よ。せ、説明して」

「それがおまえの望みか。愛い愛い、ならば答えよう――」

 

 ――万仙陣。

 彼はそういった。すべての夢を叶える理想郷の入り口。桃源郷の道しるべ。

 

 この現実は辛い。誰もが幸せそうではない。ゆえにだれもが叶えてほしい夢を持つ。その夢を叶えるための夢だと彼は言う。

 普通であれば不可能だ。そのような所業は、いかに天稟を与えられた存在であろうとも不可能。しかし、盧生と呼ばれる存在であれば可能。

 

 なぜならば、盧生とは阿頼耶に触れた者である。阿頼耶とは人の普遍無意識だ。それに触れて悟りを開いた人間のことを盧生と呼ぶ。

 盧生ができることは多い。その中に夢を現実に持ち出せるというものがある。その権能を用いて黄錦龍という男の人は相手の夢を叶えるのだという。

 

 相手に叶えたい夢を描き、それを黄錦龍が肯定することによってその願いの深度によって多少なりに現実を改変する。

 それが万仙陣というものであるらしい。

 

 規模が小さくはなりはしたが効果の及ぶ範囲もその深度も変わらない。求める者すべてに幸せな夢を見せる。そうすることで、辛い現実でも夢がかなうことを教え、現実を生きる力とする。

 それが彼の描いた夢だという。

 

 はっきり言って意味不明だった。

 けれど、私は知っている。そんな荒唐無稽な話も事実である可能性はあるということを。

 魔法少女なんていうものがある世界。もしかしたら、そういうこともあるのかもしれない。私はそう思い始めていた。

 

 なぜなら、私は彼に願った。やり直したいと。だからこの時に戻った。

 

「そう、なの?」

「そうだ。おまえの夢は叶っている。それとも、足りないか。愛い愛いおまえのためなら幾らでも用立ててやろう」

 

 そういって彼が差し出すものは、飴玉だった。

 

「へ?」

「阿片はだめと娘に叱られた。怒るな、笑っていれば良いといったのに。だから、代わり。誰もが食せば幸せになれると柊四四八が言っていた。

 さあ、幾らでも食べると良い」

「あ、ありがと、う?」

 

 思わず受け取ってしまった。大丈夫なのかとも思ったけれど、その甘い匂いと彼の視線に思わず食べてしまう。

 

「あまい」

 

 ふと笑ってしまうほどの味。端的に言ってまずい。甘すぎるようにも感じるし、なめる場所でひどくむらのある味だった。

 ただそのあんまりな味に笑った。すっと笑えた。

 

「――――」

 

 そして、涙が溢れてきた。

 

「なぜ泣く。これでは足りないか」

 

 彼はどうしてないているのかわからないらしくて首をかしげて飴玉を差し出してくる。

 その様子が、なんだかおかしくて、笑ってしまう。けれど、やっぱり涙はとまらない。

 

「ち、ちが、う。ひぐ」

 

 何とか泣き止もうと思うけれど、涙は止まってはくれない。ずっと流れる。飴玉のように絶望にすぅと入り込んで来て溶けて、それがまるで流れ出しているかのように。

 涙はずっと流れ続ける。

 

「ならば笑ってくれよ。我が母のように、父のように。笑ってくれ」

 

 彼はずっとそう言い続けた。笑ってくれと。

 

「――あの、ごめんなさい」

 

 退院の日に大泣きしてるといろいろと問題になるので、何とか泣き止んで退院して彼に謝った。いきなり泣き出されてさぞ困ったことだろう。

 

「良い良い。好きにしていれば良い。俺はそれを見守っている。そして、笑ってくれ。おまえたちの幸せを俺は何よりも願っている」

 

 とりあえず彼についてわかったことは、底抜けに善人だということ。一言目には笑ってくれ。二言目には幸せを願っている。

 ここまで他人について本気で思えるのであれば、あのキュウべぇの手先じゃないと思う。あのキュウべぇにそんな器用なことができるとは思えないから。

 

「――そうだ、キュウべぇ!」

 

 魔法少女の秘密。魔法少女はソウルジェムが濁り切ると魔女になる。キュウべぇはいい奴なんかじゃなくて私たちを騙している。

 それを伝えないといけない。でも、どうやって伝えればいいのだろう。

 

 まどかや巴さん、美樹さんに佐倉さん以外の魔法少女に伝えてもまったく信じてもらえなかった。わかったのは、ワルプルギスとの闘いの時に、魔女化を見たからだった。

 知らない魔法少女が挑んで、夢に消えた。だから、私たちは信じられた。信じるしかなくて、それでもワルプルギスを何とかするしかなかったから。

 

 そして、結果は覚えている通りだった。

 

「どう、しよう」

 

 このままじゃまた同じ結果になってしまうかもしれない。

 

「なんとかしないきゃ」

 

 でも、どうやって。魔法少女でもない私に。

 

「眷属の許可を与えよう」

「え――」

「おまえが望むのなら眷属として夢を描くが良い。それでおまえが幸せになれるのであれば、俺はいくらでもおまえに力を貸そう。そして、笑ってくれ。おまえたちは笑っているのが良い。幸せになってくれよ」

「――――」

 

 眷属の許可。

 それは彼の夢の力を与えてくれるということであるらしい。

 副作用はない。できることは五系統十種類。

 それがどんな風になるかは私しだいだと彼はいった。すべてはおまえしだいであると。

 

「あ、あの、お願いします」

 

 なら、私はその手を取ろうと思う。魔法少女にはなれない。だから、この人の手を取る。力を貸してくれるといった彼のことばを信じて。

 彼はただ笑ってその判断を肯定してくれた。

 

「あ、そうだ。あ、あの、私、暁美ほむらです」

 

 まだ名乗っていなかったから、今更だけれど名乗る。

 

「黄錦龍という」

「知ってます」

 

 おかしな人だと思う。けれど、たぶんみんなを幸せにしたいという言葉に嘘はないと思う。まどかと同じで誰かの為を思うその言葉に嘘は感じられないから。

 

「そうだ。あの、これからどうするんですか? 家とか、あるんですか?」

 

 この人はどこに住んでいる人なのだろう。時を戻す前もいきなり現れた。住む場所とかあるのだろうか。

 

「家か、家は、必要か?」

「必要ですよ。住むところがないと大変だと思います」

「作ることができるが、それはするなと阿頼耶を通じて柊四四八が言っている。まあ、いいだろう。どこでも、我が桃源郷はあるのだから」

「…………」

 

 とりあえず、駄目な人だということが分かったかもしれない。

 

「あ、あの、よければ家に、き、来ませんか――?」

 

 家には誰もいない。男の人だけれど、たぶん大丈夫だと思う。助けてくれたし、それに一人よりもいいと思うから。

 

「そうだな、おまえが良いのならそうしよう」

 

 彼を伴って家に行く。誰もいない家。彼は居間に座って笑っている。どこを見ているのかわからないけれど、ただ笑っていた。

 

 ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇

 

「はぁ、かっ、は――」

 

 息が切れる。

 超常の存在のはずの魔法少女なのに息が切れる。沈む思考は、苦しさにかき乱されて、それでも意識ははっきりとしていて。混濁する意識と、歪み視界がありとあらゆる全てを呑み込んで。

 

 どうして、なんで。そんな疑問ばかりを噴出させる。

 わかっている。そんなことわかっている。

 

 魔法少女は希望じゃなかったから。この暗く、怖い世界を照らし、みんなを助けたい。

 そう願って希望になろうとした。

 ただ友達を助けたかっただけなのに、それすらも許されない。

 

「キュウべぇ。キュウべぇ、キュウべぇ。ねえ、出てきて、お願い。だって、そんなはず、ないよね。ねえ、あなたがそんなことするはずない。だって、神様だもん。私のお願いを叶えてくれた。神様のはず、だよね」

 

 私にとってキュウべぇは神様だった。

 希望を与えてくれる神様。

 

「キュウべぇ! なんで、なんで出てきてくれないの。出てきてよ、じゃないと私――」

 

 黒く、黒く染まって行く。

 きれいだったはずのソウルジェムがみるみるうちに。それに私は気が付かない。

 気が付けない。

 

 そんなはずない。だって、魔法少女だから。そんなはずないと必死に、必死に思っているから。

 だから気が付けない。もう限界だということにも。

 もう何もできないということにも。

 

「キュウべぇ――!!」

「なんだい、火野鏡(ひのかがみ)

「キュゥべぇ! よかった、ずっと来てくれないだもん。ねえ、聞いてくれる。魔女の中からさ、これが出てきたんだ。あなたも知ってる彼女のだよ。どうして魔女の中から魔法少女の持ち物が出てきたの?」

 

 そう私は何もしらないようにキュウべぇに問いかける。

 それは本質じゃない。本当は、その持ち物は初めから私の手の中にあった。だって、彼女が渡してきたものだから。

 彼女からとったものだから。

 だというのに、私はまるで何も知らない子供のように問いかける。問いかける。問いかける。

 

「魔女は魔法少女の成れの果てだからだよ」

 

 彼の問いは、聞きたくない予想通りのもので。

 

「魔女は魔法少女のなれの果てさ。君だってみたんじゃないかい? 君の目の前で彼女が魔女になるのを。だから無理をするなっていったのに。忠告を聞かないからだよ」

「だって、人助け、だから――」

「うん、人助けだよ。君のおかげでまた少し宇宙の熱的死から遠ざかることができた。感謝するよ火野鏡。君は実に優秀な魔法少女だったよ。君のように優秀な子が出てきてくれるのを待たないといけないのが大変なくらいさ」

「――――」

 

 彼はそういった。まるで当然のように。

 

「どうしたんだい? 固まって」

「どうして」

「?」

「どうして、教えてくれなかったの?」

 

 魔法少女は魔女になる。

 救う存在から、奪う存在になる。

 どうしてそんなことを黙っていたの。

 

 初めから言われていれば、魔法少女なんかにはならなかったのに。

 

「聞かれなかったからね」

 

 彼はそういった。聞かれなかったから教えなかった。

 そう彼はそういうものだ。

 聞かなかった私が悪い。そう悪いのは私。これから、悪くなるのも、全部、全部、全部。私が悪い。

 

「僕らはただこの宇宙の死を避けようとしている。これも立派な人助けさ」

「あはは、そっかぁ――」

 

 その瞬間、何かが孵化した。

 太陽が燦々と輝く明るい世界が広がりを見せる。

 

 新たな魔女が、この街に誕生した瞬間だった。

 

 死ぬ。人が死ぬ。もっと死ぬ。

 

 そこに広がっていたのは、絶望の姿であった。

 糜爛した絶望が広がっていく。

 悪性腫瘍の如く、自殺へと追い込んでいく。

 

 何もかもを救うはずだった善性は反転し、全ての悪性を暴きだす悪性の魔女。

 

 そんな魔女の誕生を目の前にして、キュウべぇの表情は一切変わらない。旧知の間柄であろうとも、キュウべぇには何ら関係ない。

 彼の興味はいかにエネルギーを集めるかであるからだ。

 

 だから、この惨劇もまた何一つ関係などなく。

 

 ただ次の魔法少女を探すべく少女を探すのだ――。

 




阿片はまずいので飴玉になったもよう。だたのいい人じゃね、これ。

次回暁美ほむら、夢の使い方を学ぶようです。
ほむほむの資質はこんな感じ。

暁美ほむら
 戟法 剛 1
    迅 3
 楯法 堅 1
    活 1
 咒法 射 7
    散 5
 解法 崩 6
    透 7
 創法 形 7
    界 10

うん、なんというか、このね……。
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